リアスの風を感じる三陸の海のワイン『神田葡萄園』

東北地方の陸奥・陸中・陸前にまたがる三陸海岸。青森県南東部から岩手県沿岸を経て宮城県東部まで、総延長600km余りの海岸だ。北部は海岸段丘が発達し、南部は複雑な海岸線が特徴のリアス式海岸になっている。

リアス式海岸の海に面し、氷上山と気仙川に挟まれた自然豊かな岩手県陸前高田市は、2011年3月11日の東日本大震災で、最も甚大な被害を受けた市町村の1つだ。震災から10年。
工場や販売所が津波に流された経験を乗り越え、三陸のワイナリーの先駆けとして頭角を表しているぶどう園が陸前高田市米崎町神田にある。

創業110年を超える陸前高田市米崎町神田の老舗ぶどう農園『神田葡萄園』6代目で代表取締役の熊谷晃弘さんにお話を伺った。

『神田葡萄園の歴史』

神田葡萄園は明治時代に初代社長である熊谷福松氏が、10本ほどの西洋ぶどうの苗を植えたことからその歴史をスタートさせている。熊谷氏は、日本四大名工である気仙大工だった初代社長は米崎町で初めて梨やりんごを育て始め、果樹栽培をはじめた人物でもある。

▶一度は中断したぶどう酒製造

神田葡萄園が初めてぶどうを植えてから15年後の明治37年頃には、ぶどうの木は100本にまで増え大豊作となった。生食用にぶどうを売るだけではさばききれぬ程の収穫量となり、苦肉の策としてぶどうの生汁をしぼって販売を開始。
その後のぶどう液製造の足掛かりとした。

神田葡萄園が東北の中でもいち早くぶどう酒の製造許可を取得し、ぶどう酒造りを始めたのは明治38年のことだった。その後、昭和20年代までぶどう酒と果汁飲料の製造を続ける。果汁飲料への需要が高まったことや時代背景、地域性などもあり、昭和28年には一旦ぶどう酒の製造から撤退する。
その後はぶどう栽培と果汁飲料の製造を主に行った。大手メーカーの清涼飲料水の流通に対抗する形で『マスカットサイダー』を商品化。変わらぬ味と製法、エビス様のマークがトレードマークのレトロなデザインが人気の、地サイダーとして定着させたのだ。

▶6代目の再スタート

熊谷晃弘さんは神田葡萄園の6代目当主として後を継ぎ、初代・2代目の想いを復活させるべく、2015年に『リアスワイン』の銘柄でワイン造りを再スタートさせた。

「家業に入る前には東京で飲食業に携わり、ワインとは割と近い関係にいました」という熊谷さん。神田葡萄園でワイン事業を始めようとしていたとき、会社での熊谷さんのポジションは専務だった。
責任の大きい立場にある熊谷さんが他所のワイナリーで修行をする選択肢は現実的ではなかった。しかし、熊谷さんのワイン製造への気持ちは確固としたものだった。そのため、熊谷さんは県の機関での研修やいろいろな醸造家のアドバイスを参考にし、ワイン醸造技術を身につけていったのだ。

『神田葡萄園のぶどう栽培』

神田葡萄園はワイン製造事業を始める以前、生食での加工用にキャンベルとナイアガラという2種のぶどうのみを栽培していたという。その後栽培を始めたワイン醸造用ぶどうは現在適種を絞り込んでいる段階だ。

神田葡萄園の栽培品種

ワイン醸造用ぶどうの品種の選定において、熊谷さんはさまざまな人の意見を聞いた。その上で一番初めに栽培したのは山梨県生まれの赤ワイン向け新品種、アルモノワールであった。そして、白ワイン用としてはドイツ系の品種、ケルナーを植えた。

「もともと自分がアロマティックなワインが好きなので。リースリングは難しいかもしれないけれどケルナーならいけるかも、ということで選びました」と熊谷さん。

その後さらに5、6種の品種を植えてみて、今現在植えているのが白ワイン用品種がアルバリーニョ、ソーヴィニョン・ブラン、リースリング・リオン、赤ワイン用品種がアルモノワールとマスカットベリーAの5種である。
土地に合う、合わないで先に品種を選ぶよりも、まずいろいろと植えてみる。そして合わないものをやめ、 適種を残すのが現在の方針だ。

海辺ならではのぶどう栽培の苦労

神田葡萄園の圃場は、3ヘクタールほどの広さになった。全5ブロックに分かれた圃場は、全てリアス式海岸の海から1km圏内にある。圃場によっては、海を見渡せる位置だ。この土地の気候は夏は冷涼で冬は温暖。
春には北日本の太平洋側特有の偏東風「やませ」が葡萄畑にも冷たく吹きつけ、春から夏にかけて海から湿気と雨を運んでくる。

海からの湿気はぶどう栽培にとって弊害は多く、防除をしても病気が出ることは完全には防げない。それに、やませは春から夏にかけての日照時間や、開花時からのステージの天候に影響を及ぼす。

ただ、気候から来る病気などの問題は、ぶどうの品種や樹の仕立て方によって強弱がある。その違いを見て対策をとって改善していけば、被害は出ないのではないかというのが熊谷さんの見通しだ。

ぶどう栽培において海のそばであることは、ネックでもあるが、同時に1番の強みでもある。

「他にはない、うちの強みといえばやはり海に近いところですね。特別なことをしなくても、自然とミネラル分を含んだ、海沿いならではのものができるんです。海に近いワイナリーは新潟などにもありますが、ここまで海に近いところで古い時代からやっているのはうちくらいでしょうか」

生食用ぶどう、ワイン醸造用ぶどう両方を栽培することにも多少なりとも苦労があるようだ。

神田葡萄園では生食用ぶどう、ワイン醸造用ぶどうの両方を6:4ほどの割合で栽培している。垣根栽培でも棚栽培でも、生食用ぶどうの方が生育ステージが早いため、醸造用品種と作業の分散化ができてはいる。
ただ、もともと生食用ぶどうを植えていた畑に醸造用品種を植えている途中で、両方が混植されている畑もあるため、薬剤散布のタイミングが難しい問題が起きている。

また、温暖化の影響はもちろん神田葡萄園にとっても無縁ではない。もともと病気に強いと言われていた生食用のぶどうでも病気になることがあり、苦労しているそうだ。
昨年、2020年の夏の長雨の影響も避けられなかった。

「岩手全域で2019年はぶどう栽培にとってすごく良い年だったんです。気候もすごく穏やかな年で、僕がワイン造りに従事してから一番良いんじゃないかなというくらい良い年だったんですけど」と熊谷さんは振り返る。

2020年はそれに比べると極端だった。7月の長雨と日照時間の不足に加え、9月も長雨が続いた。収量は通常の2〜3割減となった。

温暖化などの気候変動は日本全国、そして世界中のワイナリーにとって非常に大きな影響を与えている。消費者である私たちは、身近な問題として環境問題を捉え、自分たちにできることを少しずつ見つけていくべきなのだろう。

ぶどう栽培へのこだわり

「栽培面ではスタンダードな作り方を大切にし、特別何か変わったやり方をするわけではありません。特徴が出るとすれば海風を浴びて育つところでしょうか。特別なことをしなくても、海沿いならではのものができるのが強みですね」と熊谷さん。

神田葡萄園の土壌は、保水性のある粘土質の畑が多いため、雨量が多いと水が溜まることがある。特別に肥料を多くやるようなことはしていないが、土壌改良のため、牡蠣殻の入った肥料を入れる。地元の漁業者からもらった、駆除したウニの殻をもらい受けて撒くこともある。

ウニの殻はよく乾燥させ、粉々にしてから畑に撒く。牡蠣殻よりも即効性があり、カルシウムやマグネシウム成分が高いため、有機肥料として効果的なのでは?と熊谷さんは考えている。
また、地元の海産物を肥料として利用することで、テロワールに繋がればという狙いがある。

『神田葡萄園のワイン醸造』

醸造の面ではテクニックを駆使して造ることはしていない。熊谷さんが大事にしたいと考えているのは、このエリアに特徴的なぶどうの味を表現することだ。

「良いワイン醸造のためには、まずぶどうの収穫時期を見極め、きちんと熟してから収穫する。あとは選果をしっかりして、軽く減らしてやるっていうことくらいでしょうか」

当たり前のことだと熊谷さんは謙遜するが、当たり前の積み重ねこそがワイン造りにとって、最も重要かつ大変な部分なのではないだろうか。

▶小規模ワイナリーならではの苦労

小規模のワイナリーならではの苦労はやはり存在する。大手のワイナリーには大きな醸造スペースがあるが、神田葡萄園の醸造スペースは限られている。醸造のピーク時になるとタンクが埋まってしまったり作業スペースがなくなってしまうといった問題が出てきて毎年苦労しているのだそうだ。
小規模ワイナリーだからこそできることもあるのだろうと想像するが、苦労も多いのだという。

▶『リアスワイン』の名、ロゴとラベルに込めた想い

自然が形成した複雑な海岸線「リアス式海岸」は三陸の地ならではの景観だ。熊谷さんはワインの銘柄を決める際、すぐに海を連想できる名前にしたかったのだそう。また、神田葡萄園が事業を開始した当時、三陸には他にワイナリーがなかった。
三陸の先駆け的ワイナリーとして、この土地の象徴であるリアス式海岸を多くの人に知れ渡るような存在にする、という使命感もあったようだ。

神田葡萄園のワインボトルのラベルは、クラシックさとモダンさが絶妙に組み合わされたスタイリッシュなデザインだ。ラベルの背景には大きく「N6」の記載がある。
明治時代から続く歴史の重み、先代たちが培ってきた技術と信念に対し、敬意と熊谷さん自身の決意の意味も含め、誇りを込めてあえて6代目であることを表明しているのだ。

ロゴには「六代目福松」の文字を入れることにより、創業者 熊谷福松をはじめとした先代たちの「地に根付き、飾らず日常に溶け込む商品でありたい」という志の継承も示唆している。また「六代目福松」に対をなして「山海陸前宝」の文字もある。この言葉はフランスのテロワールに通ずる精神の現れだ。
リアス式海岸の海、そして山と川に囲まれた自然豊かな土地でぶどうを作り、海の豊かな食材にマッチするワインを陸前高田の宝としたい、といった想いが込められている。

『神田葡萄園の目標』

陸前高田は牡蠣の養殖が盛んなエリア。豊洲市場にも高値で出る品質の良い牡蠣の産地である。神田葡萄園はその土地柄を生かし、海産物とペアリングするシーンを目指してワインを造っている。
また、赤ワイン醸造用品種の栽培が難しい気候条件もあり、白ワインの醸造に特化することは必然の選択だとも言える。

「海産物、とくに地元・三陸の海産物を出すレストランで飲んでもらえたらすごくうれしいです」と熊谷さんは力を込めて語る。

▶神田葡萄園のフラッグシップワイン・アルバリーニョ

神田葡萄園では現在、白ワイン用品種のフラッグシップとするべく、アルバリーニョの栽培・ワイン醸造に力を入れている。

アルバリーニョはスペインのガリシア州やポルトガルのミーニョ地方の土着品種。房は小粒で緑色、果皮が厚くウドンコ病などの病害にも強い。
スペインの白ワインを代表する最高級ブドウ品種として知られ、アルバリーニョのワインは「海のワイン」と称される。豊かなミネラルと酸が魚介類によく合う。

「この土地=アルバリーニョというイメージがつくようにしたい」というのが熊谷さんの目標だ。「やはりアルバリーニョが、これからうちの核になるワインです。ただ、まだ生産量も多くなく、流通も小さいところで回しています。去年のビンテージはもう在庫がありませんが、秋ごろにまた出るので、飲んでほしいです。毎年飲んでもらって、成長していくのを味わってもらえたらうれしいですね。」

味としてはまだ樹齢が若いため、シャープで線が細い感じがある。神田葡萄園のワイン全てに共通する、ミネラル感とすっきりとした感じに加え、後味にやや塩味がある。料理と合わせるなら、やはり新鮮な牡蠣、特に生牡蠣がおすすめ。
他社にない味わいの強みは最後にふわっとくる塩っぽい味だ。土地柄として冷涼なので、その分すっきりとしていてさわやかでもある。

▶海産物と合うワインを模索

また、海産物に合うワインを造るという意味では、白ワインの他にスパークリングワインの醸造も視野に入れている。時期が来れば設備をそろえてスタートさせたいと熊谷さんは考えている。

また、三陸での赤ワイン用品種の栽培は難しいのだが、中でも熊谷さんが注目しているのは、ボジョレー・ヌーボーの原料となる品種、ガメイである。

「ガメイ(ガメ)は軽やかに仕上がる品種で、ボディ感はあまりないがチャーミング。ここは海産物が豊富なので、軽めの赤もこの土地らしさになるかもしれません」
もしかすると三陸・ヌーボー解禁!というニュースが現実のものとなるかもしれない。

▶次世代への継承

一次的な目標としては、現在すでに8割ほどである原料ぶどうの自社自給率を、100%に近づけることがあげられる。三陸の果樹栽培はりんごが主で、ぶどうの生産をしているのはほぼ神田葡萄園のみ。今後はもっと協力者となる生産者を増やしたい、三陸にぶどう栽培を根付かせたいと熊谷さんは考えている。
高齢化が進み、震災ののちに畑を手放して宅地に転化するケースも多く、離農する農家は多い。だが若い農家も少しずつだが増えている。

ぶどう栽培とワイン文化を三陸に根付かせ、次世代に継承するため、丹精込めてぶどうを育てている神田葡萄園。次世代を率いて、さらなる躍進を図るその未来の姿が見えるようだ。

▶地域の魅力発信の中心地として

神田葡萄園は、地域の交流人口減少の課題解決にも取り組んでいる。復興が進みつつある現在の陸前高田市では、三陸道の広域開通によって観光の通過点になってしまうことが危惧されているからだ。

神田葡萄園は先の震災で一度販売拠点を失った。だがクラウドファンディングを成功させ、2020年に販売所をリノベーション。内装・外観を刷新してリニューアルオープンした。
農業体験や観光などのニーズにこれまで以上に広く対応し、地域の魅力発信にも一役買い、交流人口の拡大に努めていく方向だ。

木のぬくもりが感じられる落ち着いた雰囲気の販売所には、自由に座れるテイスティングスペースが設置されている。神田葡萄園は現在も、ぶどう園や醸造所の見学などの体験を、従来通り受け付けている。
体験後にはワインをテイスティングしながらゆっくりくつろぐことができる。海を感じるリアスワインを、陸前高田の土地で造り手のもとで味わう体験。きっと他では得られないものだろう。

まとめ

今年で創業116年となる神田葡萄園。リアスの海を感じるワイン造りに全力を傾けるばかりでなく、三陸のこの地の未来を切り開く役目を担おうとしている。
東日本大震災から10年が経過したこの年だからこそ、陸前高田の神田葡萄園のワインを楽しみ、三陸の地に想いを馳せることには大きな意味があるのではないだろうか。

リアスの海風を感じながら海産物とともにワインを味わう人々で賑わっている。近い未来にそんな光景が現実のものになるように、と切に願うばかりである。

基本情報

名称神田葡萄園
所在地〒029-2206
岩手県陸前高田市米崎町字神田33
アクセス<新幹線・JRでお越しの場合>
最寄り新幹線駅:一ノ関
最寄りJR駅:大船渡線BRT陸前高田駅
一ノ関駅から車で約80分
陸前高田駅から約5分
<車でお越しの場合>
ナビで「神田葡萄園」と検索
HPhttp://0192-55-2222.jp/
http://riaswine.com/

関連記事

  1. 『新巻葡萄酒 ゴールドワイン』変わらぬために変化し続けるワイナリー

  2. 「サンクゼールワイナリー」 おだやかな大人の時間と造り手の愛情に満ちたぶどう畑が広がる丘 

  3. 東京野菜の魅力をワインで発信する「東京ワイナリー」の挑戦

  4. 極上の一滴を醸しだす「安曇野ワイナリー」

  5. 『Fattoria AL FIORE』ワインを通じて地域の文化や暮らしの意味を問うワイナリー

  6. 『Infeeld winery』オホーツクの雄大さを感じる、北の大地のワイナリー