『マルス穂坂ワイナリー』山梨各地のテロワールを表現し追求する、ワインの造り手

「マルス穂坂ワイナリー」は、山梨県韮崎市穂坂町にある。目の前に甲府盆地、西側に南アルプスの山々を望む、丘陵地帯にあるワイナリーだ。

日の光が降り注ぐ明るい山麓の畑では「山梨のぶどうとワイン」への愛情にあふれた造り手達が、日々ぶどう栽培に勤しんでいる。

ワイナリーの歴史やぶどう栽培・ワイン造りのこだわりについて、工場長を務める田澤長己さんと、製造係長を務める茂手木大輔さんにお話を伺った。
お二人の話から感じられたのは、地域のぶどうや農家、山梨ワインへの愛情。そして山梨各地のテロワールを表すワイン造りに対する使命感だった。

『穂坂とのつながりから生まれたマルス穂坂ワイナリー』

マルス穂坂ワイナリー竣工のきっかけについてお話を伺った。マルス穂坂ワイナリーの母体は、「本坊酒造株式会社」。
1872年(明治5年)創業の本坊酒造株式会社は、鹿児島で焼酎を造る老舗企業だ。

なぜ、焼酎メーカーがワイナリーを立ち上げるに至ったのだろうか?ワイナリー立ち上げの歴史と、マルス穂坂ワイナリーが誕生した経緯について紹介していきたい。

▶高度経済成長期に需要が増え始めたワインやウイスキー

ワイナリーの立ち上げには、戦後の高度経済成長期に需要が増え始めたワインやウイスキーが背景にある。

焼酎甲類の事業が最盛期を迎える中、将来の展望を描くと、生産拠点の拡充では「ワイン」や「ウイスキー」に目を向ける必要があると感じた本坊酒造は、洋酒事業への進出を決める。
当時から「ワインならば山梨」ということで、1960年に石和(いさわ)町にワイナリーを立ち上げたのだった。

石和のワイナリーは、現在も「マルス山梨ワイナリー」として運営されている。立ち上げ当初は、同じ工場でワインとウイスキー両方を造っていた。しかし1985年にウイスキーの生産拠点を長野県に移設。
山梨の工場は、ワインの製造に専念することになる。

▶マルス穂坂ワイナリーの誕生

現在は「マルス山梨ワイナリー」「マルス穂坂ワイナリー」2つの施設があるが、当初は石和にある「マルス山梨ワイナリー」のみだった。
マルス穂坂ワイナリーが生まれた経緯には、穂坂の契約農家や地域とのつながりが関係している。

マルス山梨ワイナリーがある石和は、甲府盆地の中ほどにある。石和は盆地という土地の特性もあり、標高が低く地温が高い場所だ。
当初は山梨県内のぶどうを石和のワイナリーに運び、醸造から瓶詰めまでの全てを完結させていた。

そして1983年頃から、韮崎市穂坂地区の農家との契約栽培がスタートする。韮崎という場所は、南アルプスの丘陵地が多い地形。標高の高い穂坂は昼夜の気温差が大きく、醸造用ぶどうがたくさん穫れる地域だ。
特に赤ワイン用のぶどうの品質の高さで名高い。「山梨では一番よいワイン用ぶどうが育つ地域だと、僕らは考えているのです」と、工場長の田澤さん。

ワイン用ぶどうの産地として成長しつつあった韮崎。そこで行政や商工会が、あるプロジェクトを立ち上げる。プロジェクトの内容とは「韮崎を赤ワインの一大産地にする」というものだった。
しかしそこでひとつの課題が浮上する。それは「韮崎には全国流通する規模のワイナリーが存在しない」ということ。高品質なワイン用ぶどうを作れる韮崎市穂坂町だったが、当時は「産地として知名度を上げることができる中核ワイナリー」がなかったのだ。

よいぶどうが穫れても、ワイナリーがないのでは中核となる「赤ワインの一大産地にする」というプロジェクトが達成できない。そこで誘致の声がかかったのが、本坊酒造だった。
穂坂の契約農家のぶどうでワインを造る本坊酒造も、長年にわたり地域との強い結びつきがあり醸造拠点としてワイナリー施設を構えることで、さらなる品質向上につなげたい想いがあった。そして2017年、韮崎市のワイナリーとして「マルス穂坂ワイナリー」が誕生した。

本坊酒造のワイン製造は「マルス穂坂ワイナリー」と「マルス山梨ワイナリー」からなる。マルス穂坂ワイナリーは、「日本ワイン」醸造に特化している。穂坂のワイナリーが行うのは、ぶどうを運んできてからワインにするまでの工程だ。
マルス山梨ワイナリーでは、「貯蔵」「瓶詰め」「出荷」を行う。つまり、醸造以降の製造工程を担当している。

どちらのワイナリーも、ワイナリー見学やワインの購入ができる。双方のワイナリーがそろえるワインは基本的に同じだが、一部「穂坂限定」「山梨限定」の商品もある。「ワイナリー限定」のワインは、今後も増えていく予定だ。
是非どちらにも足を運んで欲しい。それぞれの限定ワインを比べる楽しみもある。

『こだわりの自社畑と地元契約農家 それぞれの利点を生かしたぶどう栽培』

次に尋ねたのは、ワイナリーで取り扱うぶどうについて。
マルス穂坂ワイナリーでは、どのようなぶどうをどのように育てているのだろうか?ぶどう栽培における苦労やこだわりについて伺った。

まずは自社農園「穂坂日之城農場」で育てるぶどう品種から紹介していきたい。自社畑は、マルス穂坂ワイナリーの近くにある。収穫できるぶどうはおよそ15t。
契約農家から買い付けたぶどうも合わせると、1シーズンで400t弱のぶどうが仕込みに入る。つまり自社畑のぶどうは、全てのぶどうの中のほんの一部なのだ。

そんな自社畑のぶどうは、ワイナリーのフラッグシップワインに使用される。栽培しているぶどう品種は、西洋系のワイン用ぶどう品種のみだ。

黒ぶどう品種は以下5種類を栽培。

  • カベルネ・ソーヴィニヨン
  • メルロー
  • カベルネ・フラン
  • プティ・ヴェルド
  • シラー

白ぶどう品種は次の2種類だ。

  • シャルドネ
  • ヴィオニエ

これらの品種が選ばれた最も大きな理由は、欧州系品種の中でも、山梨の気候風土に合うぶどうだったから。
そして赤ワインであれば「ボルドー系のブレンド」、白ワインであれば「ブルゴーニュのスタイル」を造りたかったため、合致したぶどう品種が選抜されている。
なおヴィオニエのみは、田澤さんが深く興味を持ち、可能性を感じた品種だからなのだとか。

一言で「山梨に合う品種」というのは簡単だが、適性を見極めるのには長い時間と試行錯誤があった。これまでもたくさんの品種を栽培する中で取捨選択していった結果、選ばれた品種が現在のラインナップなのだ。

穂坂の自社畑ができたのは2000年のことだが、以前には石和の工場付近に自社農園を保有していた。石和の時代から、多くのぶどう品種を栽培。現在では栽培されていない「セミヨン」や「リースリング」などもあったという。

栽培する中で見えてくる「山梨に合うか合わないか」。山梨の気候に合いそうな品種を、穂坂の自社農園に植え込んだ。栽培にチャレンジしたぶどうの中には、気候に合う合わないは関係なく「やってみたい」という理由で育てた品種もあった。

特に「ピノ・ノワール」は、育てたかった品種の代表だ。自社畑で栽培を始め、何回かは収穫に成功したという。しかし着色が不十分だったり、熟すまでに成長してくれなかったりと、満足のいくぶどうに育てるのが難しかった。
山梨での栽培は難しいと判断し、現在では育てていない。

地球温暖化が懸念される昨今の地球環境において、適合する品種の探求は終わらない。
「今後10年20年と今植えている品種が定着できるかは、自分たちにも分かりません。試験の連続ですね」田澤さんはそう話す。

▶地元品種のプロ 契約農家のぶどう

マルス穂坂ワイナリーで行う仕込みでは、契約農家のぶどうが多くの割合を占める。契約農家が育てるぶどうの特徴や、契約農家とのつながりについて話を伺った。

「一部、欧州系品種もありますが、契約農家さんから買うぶどうのほとんどは甲州とマスカット・ベーリーAです。特に山梨では、白ぶどう品種はほとんどが甲州。400t中150tは甲州ですよ」と田澤さん。
甲州とマスカット・ベーリーAは、山梨に遙か昔から根付いているぶどう品種。だからこそあえて自社畑では栽培せず、全て地元の農家に任せているのだ。

「地元の品種は農家さんにお願いして、栽培方法などは全てお任せする。それこそが地場産業としての本来のあり方だと考えています」と田澤さん。
多くの契約農家を抱えているマルス穂坂ワイナリー。契約農家の形態も実に様々だ。個人で契約している農家もあれば、JAを経由して買い付けているぶどうもある。

多くの農家とつながるうえで大切にしているのは、お互いの信頼関係だ。ぶどう栽培をする中で、契約農家の人々と多くのことを話し合う。今では、農家ごとのぶどうの特徴や違いを理解しているという。
「ぶどうの品質に応じて、相応の値段で買います。さらによいものだった場合、農家さんの名前を付けてワインを造ったりするのですよ。そのようにして、良好な関係を維持しながら高い品質を保持しています」。

地元の農家には、地元の品種を中心に栽培を依頼。そして自社畑では、欧州系品種や試験的な品種を栽培する。それぞれの特徴を把握して棲み分けることで、高い品質のぶどうを確保している。
結果として、地域やぶどう品種ごとの魅力がしっかりと反映されたワインができあがっているのだ。

▶ぶどう栽培に恵まれた「穂坂」 マルス穂坂ワイナリーの自社畑

マルス穂坂ワイナリーの自社畑は、穂坂町三之蔵日之城(ひのしろ)にある。畑の土壌は粘土質、養分を蓄える力が高い。山の斜面に畑があるため、傾斜があり水はけに優れている。
そのうえ、畑のある斜面は南東向きなので、日中を通して一定の日当たりが確保できているのだ。

恵まれた畑であることに加え、穂坂という土地もぶどう栽培に最適な場所。穂坂地区は、日本の中でも高い日照量を誇る地域のひとつ。
日照量は、ぶどうが十分な糖度を得るために大切な要素なのだ。

そして「風通し」に関しても、ぶどう栽培に適している。穂坂には、地域特有の「八ヶ岳おろし」という風が年中吹く。山から吹き下ろす「八ヶ岳おろし」は、畑から余分な水分を飛ばしてくれる。
風のおかげで、湿気が溜まりづらくなり、ぶどうの病気が予防できる。

気候風土だけではなく「大きな1枚畑である」という点もぶどう栽培に適しているポイントだ。マルス穂坂ワイナリーの自社畑は広さ2.2ha。山梨にある多くのぶどう畑は、小規模な畑が飛び地になっているところが多い。
そんななか、畑が一枚であることは、栽培作業にも入りやすく、恵まれた環境にあると言えるのだ。

▶目指すワインになることを考えて育てられる自社畑のぶどう

続いて伺ったのが、ぶどう栽培のこだわりや工夫について。製造係長の茂手木さんは、栽培の工夫について「最終形のワインを考え、それを目指してぶどうを育てることがこだわりです」と話してくれた。

最終形のワインから逆算したぶどう栽培。高品質なワインにするために具体的に行っていることが「収量制限」と「収穫タイミングの調整」だ。

まずは収量制限について解説しよう。
マルス穂坂ワイナリーでは最高峰のワインを造りたいという意識から、垣根仕立てを採用している。

垣根仕立てを行う理由は、収量を細かく調整しやすいから。凝縮したぶどうにするための「収量制限」がしやすいのである。そのほかの工夫としては、雨の多い時期にはグレープガードをしてぶどうに雨が触れないようにする。
土にマルチングを施し、雨が入り込まないようにするなど、細かな作業で高い品質のぶどうを栽培している。

収穫のタイミングもこだわり抜く。農園と醸造の担当者同士が「最終的なワインの理想」について密に話し合いをしながら、ぶどうを仕上げていく。そして適切な時期に収穫を行っているのだ。

「面白いのが、同じ畑でも区画によってできるぶどうの品質や特徴が異なることです」と茂手木さん。同じ地域にある一枚畑でありながら、なんと場所ごとでぶどうの出来が異なるというのだ。
2000年から穂坂の自社農園で栽培していく中で「収量制限すると高品質なぶどうができる場所」「品種ごとの適した場所」などが分かってきている。畑の特性や栽培に関するノウハウを蓄積し、畑の性質に応じた「収量制限」と「収穫タイミングの調整」を行っている。

田澤さんは自社畑の特徴について次のように話す。
「区画によって性質が異なるのには、色々な要因があります。斜面の上の方と下の方では土壌の性質が異なったり、風の抜け方が違うことも。雨が降った時の水の通り道も場所によって違うため、湿気が溜まりやすい場所や、溜まりにくい場所ができたりもするのです。こういったひとつひとつが、ぶどうの生育や品種ごとの適性に影響するのですよ」。

自分たちの畑だからこそ、隅々まで理解でき、ぶどう栽培に生かす使い方が可能だ。ワインのことだけを考えて健全なぶどうの質を徹底して追求できることが、自社畑でぶどうを育てる理由であり、こだわりなのだ。

『地元に愛されるワインでありたい マルス穂坂ワイナリーのワイン』

次に伺ったのは「ワイン」についての話だ。マルス穂坂ワイナリーでは、どのようなこだわりを持ってワインを造っているのだろうか?ワイナリーが考えるワインの楽しみ方とは?ワイナリーが目標としているワイン像の話から始め、順に紹介していこう。

マルス穂坂ワイナリーが目標としているワインは「国外より国内、特に山梨の人に飲んでもらって『やっぱりマルスだ』といってもらえるようなワイン」であることだ。

マルス穂坂ワイナリーでは、創業当初から山梨県のぶどうだけを使ってワインを造り続けている。ずっと山梨のぶどうに触れてきたからこそ身にしみて感じるのは、同じ山梨でも地区それぞれ違った特徴があるということ。
地区ごとのぶどうそれぞれが持つ、固有の特徴を伸ばすような造り方を意識して、ワイン造りに携わっているのだ。

例えば「甲州」のワインひとつをとっても、マルス穂坂ワイナリーでは「地域」の名前を付けたワインを造っている。マルスの理念は、日本の甲州でもフランスでいう「AOC(原産地呼称制度)」を大切にするということ。
AOCはフランスのワイン産地を保護する制度だ。AOCでは区画や畑単位で、ワインの銘柄が定められる。山梨のワインでも同様に、地域や畑による甲州の違いを知ってもらいたいと考えているのだ。
「山梨の中にこんなにいい甲州の『産地・地域』があると、まずは地元の方に知って飲んで欲しいです」と田澤さん。

マルス穂坂ワイナリーが望むことは「ワイン生産地としての山梨」に、よりワイン文化を浸透させること。ワイン産地として制定されるうえでは、地元の人々が自分たちの地域で生まれたワインを飲む文化が必要だと考えているからだ。

地元の名前が付いた甲州を、地元の人が飲む。そんなワインが、長く山梨でワインを造り続ける、マルス穂坂ワイナリーの目標だ。

▶土地ごとのぶどうを表現するワイン造り

マルス穂坂ワイナリーのワイン造りにおけるこだわりは、土地ごとのぶどうのよさを大切にしていること。土地のぶどうのよさを表現するとはどういうことなのか。そして、土地のぶどうを表現するために、具体的に行っていることとは?

「契約栽培で作ってもらったぶどうは『ぶどうに寄せる』醸造をしています。つまり、農家さんからいただいたぶどうの特徴を見て、ぶどうの特徴に合うように、ワイナリー側が醸造方法を調整して造っているのです」。

「ぶどうに寄せる」醸造とは具体的に何をするのか?茂手木さんに詳しい話を伺った。
「甲州ひとつをとっても、標高が低い平地の石和市周辺でできた甲州と、標高が高い斜面の穂坂地区でできた甲州は全く違うのです」と茂手木さん。ぶどうの特徴を強調し、よさを引き出すことを念頭にワインにしていくのだ。

例えば、石和の甲州の特徴はぶどうの果皮が薄く、水分量が豊富で酸がおとなしいこと。石和周辺は地温が高いため、ぶどうの成熟が早いのだ。そんな石和の甲州には「フレッシュでフルーティー」なワインにする醸造方法がマッチするという。
香りを重視するため、圧搾時はできる限り酸素と触れないよう、窒素ガスを置換。酸素に触れることで、繊細な香りが壊れてしまうからだ。そして発酵時の温度は低温をキープする。するとアロマティックなワインに仕上がる。

一方、穂坂の甲州は異なった特徴を有する。寒暖差がありながらも冷涼であるため、果皮が厚く濃厚な味のぶどうになるのだ。渋味もしっかりとある穂坂の甲州は、骨太な印象のワインに仕上げたほうが魅力を引き出せる。
骨太なワインにするには、あえて酸素と触れさせて圧搾する。そうすることで味に厚みが増し、より骨格が強調されるからだ。さらに高めの温度で発酵させることで、力強さを出す。

このように、同じぶどう品種であっても、栽培された地域によって全くといってよいほど特徴が異なるのだ。そして、異なる性質を生かす醸造をすることで、カラーの違うワインができあがるのである。

なお、自社畑ぶどうを使ったワイン醸造に関しては、考え方が異なる。契約農家のぶどうは「ぶどうに寄せる」醸造をするが、自社畑ぶどうのワインは「理想とするワインスタイル」を目指し醸造しているのだ。
健全で完熟したぶどうを栽培し、理想としているワインに持って行くための醸造方法を選択していく。

「ぶどうに合わせるか」「自分たちの理想に合わせるか」のふたつの醸造方法を使い分けるマルス穂坂ワイナリー。
地域や畑の個性を大切にし、尊重しているからこそできるワイン造りのこだわりだ。

▶昔から各地域のぶどうに触れてきたこと ワイナリーならではの強み

マルス穂坂ワイナリーならではの「強み」について伺ったお話を紹介したい。ワイナリーの強みは、山梨の広い地域のぶどうを使ってワイン造りをしてきたことだ。
各地域のぶどうでワインを醸造していたからこそ、現在では地域の個性を表現するワイン造りができている。

必ずしも過去の日本ワインは、地域の個性に目を向けた醸造はされていなかった。マルス穂坂ワイナリーも同様で、最初から山梨それぞれのテロワール表現を生かし切る段階になかった。

「設立当初のワインは、山梨各地のぶどうを、全部を混ぜて仕込んでいました」と田澤さん。山梨中のぶどうを全部一緒に絞り、50kL程ある大型のタンクでワインを造っていたのだ。

醸造方法も、現在とは異なる。ぶどうの特徴を生かすよりも、醸造によって香りや味を調整するという考えだった。
「よい言葉ではないですが、厚化粧したようなワインでしたね」田澤さんは当時をそう振り返る。

しかし各地のぶどうや農家と向き合いワイン造りを進めていくうちに「ぶどうの特徴を個別に表現しなくては」と考えが変わってきたのだ。
現在では「ぶどうがよければよいワインができる」というシンプルな考えのもと、ワインを造っている。

ぶどうが持っているもの以上のものを、ワインで出すことはできないという考えだ。
「過去も経験しているからこそ、今があります。改めてぶどうの大切さ、ぶどう栽培して下さっている農家さんの大切さに立ち返っています」と田澤さん。

山梨の色々な産地のぶどうから、産地の個性を表現するワインを造る。そんなマルス穂坂ワイナリーでは、日常の食卓に並ぶワインを理想として、ワイン醸造をしている。
産地で生まれたぶどうがワインになる。そしてそれが、産地の食卓に並ぶ。「自分たちのワインが、何気なく日々の生活に溶け込むワインであること。
それが最も嬉しいです。和食と合うことも知ってもらい、楽しんで欲しいですね」と茂手木さん。

絶景に囲まれ、ゆったりとした穂坂の自然の中にたたずむマルス穂坂ワイナリー。山梨のぶどうを愛すること。山梨の農家を愛すること。自分たちの造るワインに心からの愛情を持っていること。
このワイナリーの強みは、山梨とワインに対する愛情そのものなのではないだろうか。

『より「地域」にピンポイントを当てたワイン造りへ マルス穂坂ワイナリーの挑戦』

最後に伺ったのが、今後のワイナリーの活動や、ワイン造りの目標についてだ。「マルス穂坂ワイナリー」と「マルス山梨ワイナリー」には、具体的に進行中のプロジェクトなどはあるのだろうか?ワイナリーの未来を、少しだけ覗いてみよう。

「これまでも、山梨のぶどうを使ったワインを造り続けてきました。今後はよりピンポイントな地域に絞ったぶどうで、ワインを造っていきたいと考えています。今進行中なのは「畑」単位に絞ったぶどうで、ワインを造ることです」と茂手木さん。

今までワイナリーが造ってきたワインは、軸となる「シャトーマルス」という銘柄が中心だった。シャトーマルスは、ぶどうの質によって3段階に分かれている。
契約農家のぶどうから造られる最もスタンダードなラインが「シャトーマルス」。
契約農家の中でも品質の高いぶどうに絞ってワインにした物が「シャトーマルス プレステージ」。
そして自社畑のぶどうから生まれたフラッグシップ・ラインが「シャトーマルス キュベ・プレステージ」だ。

「『シャトーマルス』の大枠を取り払っていき、個々の地域の魅力が分かるワインを造っていきたいのです」と田澤さん。
現在のワインの銘柄分けを少しずつ整理していき、ゆくゆくは「キュベ・地域名」や「キュベ・農家名」といった、生産地や生産者が分かるようなワイン展開を進めていく予定だそうだ。

山梨の中でも、よりピンポイントにテロワール表現を目指す、マルス穂坂ワイナリー。山梨県内のぶどうを広く使ってワインを造ってきたからこそ、それぞれの地域の魅力をワインで表現することを使命としているのだろう。

「ワイナリーにもっと多くの方が来て欲しいと思っています。これからも限定のワインが登場したり、楽しんでいただける企画を用意しています」と田澤さん。

山梨のテロワール表現を超え、「地域」という一歩先の段階を見据える、マルス穂坂ワイナリー。山梨のぶどうや山梨の農家を愛する造り手達の飽くなき挑戦を、現地に行きワインを飲むことで応援したい。

『まとめ』

山梨の「地域ごと」のぶどう特性をワインに仕上げるマルス穂坂ワイナリー。地元農家と向き合い、ぶどうや土地と向き合い、真剣にワイン造りに取り組んでいるからこそ、ぶどうの持つ細かな違いをワインに表現できているのだろう。

山梨のぶどうを愛するマルス穂坂ワイナリーのワインを満喫するには、ワイナリーに実際に足を運ぶのが一番だ。
「穂坂」と「石和」2つのワイナリーをはしごして、マルスワインづくしの1日を楽しんでみてはいかがだろうか。山梨ワインの奥深い魅力に、どっぷりとはまってしまうことだろう。

基本情報

名称マルス穂坂ワイナリー
所在地〒407-0172
山梨県韮崎市穂坂町上今井8-1
アクセス電車
JR中央本線韮崎駅よりタクシーで約20分

中央道韮崎ICより車で約10分
HPhttps://www.hombo.co.jp/company/kura/mars-hosaka.html

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