今回紹介する「Domaine Kelos(ドメーヌ ケロス)」は、果樹栽培が盛んな山形県天童市にあるワイナリー。ワイン好きが高じて、自らぶどう栽培とワイン醸造を始めた夫婦が造るのは、「食事のよきパートナー」となるワインだ。
ワイナリーの代表取締役を務めるのは、中川淑子(よしこ)さん。夫の憲一郎さんと共に、二人三脚でさまざまな苦労を乗り越えてきた。
憲一郎さんの故郷である天童市で、ぶどう栽培をスタートさせた中川さん夫婦。ワイナリー立ち上げまでには、一体どんな物語があったのだろうか。
ドメーヌ ケロスの立ち上げから現在に至るまで、そしてぶどう栽培とワイン造りにおけるこだわりについて淑子さんにお話いただいた。ワインを愛する夫婦が造るワインの秘密に迫っていこう。
『ドメーヌ ケロス設立までの経緯』
まずは、中川さん夫婦がぶどう栽培とワイン醸造を始めるきっかけについて尋ねてみた。
ぶどう栽培を始めるまで、就農経験はまったくなかったというふたりが、なぜワイナリーを設立をすることになったのだろうか。
▶︎日本中のワイナリーを巡る
もともとワイン愛好家だったという中川さん夫婦。淑子さんは40代の頃からワイン教室に通って造形を深め、ワイン関連の資格も取得した。
ふたりで日本中のワイナリーを訪れては、美味しいワインを探す日々だったという。そんな中、ある思いがふくらんでいくのを感じたそうだ。
「ワイナリーといえば、大企業が運営している規模の大きなところばかりかと思っていたのですが、いろいろなワイナリーを尋ねるうちに、家族や夫婦で経営している小規模なワイナリーもたくさんあるのを知りました。次第に、『もしかしたら自分たち夫婦にもワイナリー経営ができるのではないか』と思うようになったのです」。
もともと、「ものづくり」への興味があった中川さん夫婦。農業かつ、ものづくりでもあるワイン造りは、自分たちの夢を叶える手段としてぴったりなのではないかと考えたのだ。
当時、中川さん夫婦は他県に住んでいたが、憲一郎さんは果樹栽培が盛んな山形県天童市出身。天童市はラ・フランスやさくらんぼだけでなく、ぶどう栽培を手がける農家も多いエリアだ。土地勘のある地元で夢を実現させることは、夫婦にとって最適な形での新たな挑戦かもしれないと思われた。
「ワイナリーを始めたきっかけを質問いただく度に改めて考えてみるのですが、本当にいろいろな要因がひとつずつうまい具合に繋がって、今があるのだと感じています」。
▶︎新規就農と移住を決意
2018年3月、中川さん夫妻は天童市に移住した。ぶどう栽培とワイン醸造に関してはまったく経験がない中での決断は、かなりの勇気を必要としたのではないだろうかと想像できる。
「もちろん、ひとりでは絶対にできない挑戦だったと思います。夫婦で同じ方向を向いて進んで来たからこそ成し遂げられた夢でしたね」。
移住を決めてからの行動は非常に早かった。まず、移住前に天童市の農業委員に相談したところ、認定新規就農者制度で認定を受けるべきだとのアドバイスを受けた。
認定新規就農者制度とは、業経営基盤強化促進法に基づいて、新たに農業を始める人が作成する「青年等就農計画」を市町村が認定する制度のことである。認定を受けていれば、重点的な支援措置が講じられるため、申請を勧められたのだという。
ただし、この制度には一定以上の農地を保有しているなどの条件のほかに年齢制限もあったため、特例措置の枠組みで2018年4月に認定を受けた。中小企業診断士の資格を保有している淑子さん。企業コンサルタントの経験があったため、特例の対象として認定されたのだ。
ワイン造りをしたという夢を漠然と抱いても、思い立ってから数年以内に実現させられる行動力がある人はそう多くないはず。淑子さんたちを突き動かしたのは、どんな思いだったのか。
「いざぶどう栽培を始めても、収穫できるまでには数年かかります。また、ワイン醸造をスタートさせてから、自分たちが納得いくワインを作り上げるためには、相当長い年月を要するはずです。そう考えると、一刻も早くぶどう栽培を開始することが必要だったのです。不安もありましたが年齢を考えると猶予はないと思い、とにかく行動したという感じですね」。
▶︎天童市でぶどう栽培をスタート
ぶどう栽培を始めるにあたって管理することになった最初の農地は、山形県天童市の荒谷(あらや)地区の畑にあった。憲一郎さんの親戚が保有していた農地を借り受けたのだ。
実は、1970年代半ばまでは、天童市の荒谷地区で大手酒造メーカーがワインを醸造をしており、醸造所が2軒あったそうだ。荒谷は現在、さくらんぼやラ・フランスの産地として知られているが、かつてはぶどう栽培がさらに盛んな土地だったのだ。
偶然とはいえ、縁のある土地がぶどう栽培の適地だったことは、ワイナリー設立はまさに運命的なものだったといえるかもしれない。
その後も同じく荒谷地区に自社畑を増やし、自宅も同じエリアに構えた中川さん夫妻は、本格的にぶどう栽培をスタートさせた。
『ドメーヌ ケロスのぶどう栽培』
ここからはドメーヌ ケロスのぶどう栽培に焦点を当てていこう。自社畑の特徴や、栽培している品種について紹介していきたい。
天童市の荒谷地区では、伝統的に棚栽培でのぶどう栽培がおこなわれてきた。ぶどう栽培の歴史が長く、果樹の栽培適地とされる天童市では、どんなぶどうが育つのだろうか。
▶︎自社畑の特徴
ドメーヌ ケロスの自社畑は、荒谷地区の数か所に点在している。近隣を流れる立谷川は、かつては氾濫を繰り返すことで有名な川だったそうだ。明治時代以降、対策として河川の幅を広げたり、堤防を築いたりする治水工事によってできたのが、現在自社畑があるエリアなのだとか。土が痩せているために米作には不向きで、果樹しか育たないと言われてきた。
掘ると石がゴロゴロと出てくる黒ボク土で、借り受けた土地のほとんどが耕作放棄地だったため、ぶどうを栽培するには造成が必要だった。5年以上放棄されていた土地もあり、中には木が生えて雑木林のようになっていた場所もあったそうだ。自ら整備した畑では、垣根栽培をスタートさせた。石だらけの土地を耕し、出てきた石を処分するのが本当に大変だったと当時を振り返る。
天童市の荒谷地区は、山形盆地の東側に位置している。標高は160mほどでわずかに傾斜しているため水はけは良好。盆地のため、朝晩の寒暖差が大きいのが特徴だ。
「雨が降っても、水はけがよいので水たまりができることはまずありません。冬には雪が降るので年間降水量はそれほど少なくありませんが、秋雨が少ないのでぶどう栽培に適している気候です。秋に雨による病気の心配がないので、収穫期が遅い晩生の品種の栽培に向いている土地ですね」。
樹に房をつけたままで、10月下旬から11月上旬まで残しておいても雨の被害を受けることはない。そのため、完熟を待って収穫することが可能になるそうだ。
▶︎栽培品種の紹介
ドメーヌ ケロスが管理している畑の中には、もともとぶどうが栽培されていた土地もあった。植えられていたのは、棚仕立てのマスカット・ベーリーAやキャンベル・アーリーの古木だ。樹齢は数十年以上で、後継者不在となっていたため、ドメーヌ ケロスが管理を引き継いだ。
一方、新たに開墾した畑には垣根栽培を導入した。手がけるのはヨーロッパ系のワイン用品種で、栽培しているおもな品種は以下のとおりである。
赤ワイン用品種
- メルロー
- カベルネ・ソーヴィニヨン
- プティ・ヴェルド
- カベルネ・フラン
白ワイン用品種
- シャルドネ
- ソーヴィニヨン・ブラン
- プティ・マンサン
- セミヨン
自社畑で栽培するぶどうのうち、ヨーロッパ系の品種が80%を占める。なかでも、中川さん夫婦がもっともこだわりを持っているのはプティ・マンサンとプティ・ヴェルドである。
いずれも、淑子さんがこれまでに飲んだ日本ワインの中で、特に印象に残っているワインに使われていた品種なのだとか。日本ワインならではのエレガントさをしっかりと表現をすることを目指して栽培している。2022年に初収穫を迎え、少量のみの収穫ではあったが、出来栄えは予想を上回る品質だったそうだ。
また、マスカット・ベーリーAも、よいぶどうが収穫できると期待されている品種のひとつ。今後、それ以外の品種も、樹の成長とともに素晴らしい品質のぶどうが収穫されるのが待ち遠しい。
▶︎ぶどう栽培におけるこだわり
中川さん夫婦がぶどう栽培をするうえでこだわっているのは、「余計なものを使わないこと」。どうしても使わなければならない場合を除き、可能な限り化学農薬を使用しない栽培に取り組んでいる。
湿度が高く雨が多い気候の日本では、ぶどうが生育する段階で病気が発生することがある。そんな中、農薬を極力使わないぶどう栽培を可能にするには、とにかく日々の手入れをしっかりとおこなうことが必要だ。
「ぶどうの成長に合わせて、芽かきや除葉、摘芯など、季節ごとに必要な栽培管理を丁寧におこないます。適切な時期に正しく管理することで、ぶどうを健全な状態で育てることが可能になるのです。風通しをできるだけよくすることも心がけています。毎日、コツコツと積み重ねていくことが重要ですね」。
ぶどう栽培で大変だったことについて尋ねてみると、2022年8月の出来事を話してくれた。2022年は、ドメーヌ ケロスの自社醸造所がオープンした年。業者との打ち合わせや建設に当たっての準備などで、思うように栽培管理できなかった時期があったそうだ。
「新型コロナウイルスやウクライナ危機などで海外情勢が不安定になり、ワイナリー建設のための資材の入荷の目処が立たず、予想外の出来事が続きました。そんな時期にちょうど例年以上の雨が降って、ぶどうに病気が出てしまったのです」。
前年の2021年には天候に恵まれたため、油断もあったのだとか。なんとか巻き返そうと必死で栽培管理をおこない、収穫のときにも病果を丁寧に取り除いた。
「ボランティアの方たちが、病気の部分を丁寧に取り除いて収穫してくださいました。ワインに仕込んだらとてもよい出来だったので、ひと安心しましたね」。
周囲のあたたかい支援に支えられたのが不幸中の幸いだった2022年。続く2023年は、とにかく雨対策を重点的に実施した。
冷涼な気候とはいえ、夏には30度を超える日もあり、湿度も高い天童市。雨対策としては、レインカットや傘かけを実施している。手間のかかる作業ではあるが、病気対策としては欠かせない作業だ。
しっかりと見守られながらすくすく育ったぶどうはやがて実りの時期を迎え、美味しいワインになる。
『ドメーヌ ケロスのワイン醸造』
続いて見ていくのは、ドメーヌ ケロスのワイン醸造について。
そもそもワイナリー名のドメーヌ ケロスは、憲一郎さんがワインの名前を「NOM DE KELOS(ノン・デ・ケロス)」と付けたことが始まりだった。
東北地方の縁のある人ならば、「ノン・デ・ケロス」が「飲んでください」という山形弁だと気づいた人もいるかもしれない。地元では馴染みのある言葉なので、一度聞いたら絶対に忘れない名前だと好評なのだとか。
豊かな人生には日々の食卓で過ごす楽しい時間が大切で、食事がもっと楽しくなるようなワインを造ることが使命だと考えている、ドメーヌ ケロス。ワイン醸造におけるこだわりを紹介しよう。
▶︎目指すのは体にすっと染み込むワイン
「ワインは食事のよきパートナーだと思うのです。ワインがある食卓は会話も弾み、家族の仲もよくなるでしょう。ワインそのものの味わいはもちろん美味しく、さらに、『料理の引き立て役』として安心して飲めるワインを造りたいと思っています。体にすっと染み込み、ほっとしていただけるようなワインが理想ですね」。
ドメーヌ ケロスが理想とするワインを造りあげるため、何よりも大切にしているのは衛生管理だ。醸造の過程で雑菌が発生すると、欠陥臭(オフ・フレーバー)の原因となる可能性があるため、避けなければならない。
衛生管理が適切におこなわれているかどうかのひとつの基準として、淑子さんが考えるのは、道具や設備が購入時と同じような状態でキープされていること。例えば、使用後に洗浄され磨き上げられたステンレスタンクは鏡面のように輝いている。
また、ぶどう栽培と同様に、ワイン醸造においてもできるだけ余計なものは足したくないと考えているドメーヌ ケロス。亜硫酸塩の添加は最低限に留めて補糖は極力避け、補酸はおこなわない方針だ。
余計なものを足さずに造るドメーヌ ケロスのワインは、クリーンな状態で醸造されるからこそ、ぶどうそのままの風味を美味しく味わえるワインに仕上がるのだ。ナチュラルなぶどうの風味は、ワインを酌み交わす食卓を明るく盛り上げてくれることだろう。
▶︎ブレンドワインにも意欲的
2022年に自社醸造を開始したドメーヌ ケロス。初の自社醸造について尋ねてみた。
「プレス機の蓋がなかなか開かないなど、揃えたての機械の操作でやや苦戦しましたね。また、醸造中は思うような味わいにならなくて心配でしたが、最終的にブレンドすると、思っていた以上に美味しいワインになったので満足しています」。
2022年の結果がよかったため、2023年ヴィンテージも同じ路線を踏襲することを考えている。2023年には、プティ・マンサンとプティ・ヴェルドの収量も増えたため、造れるワインの選択肢も増えた。
ぶどう本来の美味しさがストレートに表現されたドメーヌ ケロスのワイン。2023年ヴィンテージのワインのリリースも待ち遠しい。
▶︎特別な日に飲んでもらいたい「メルロー 2022」
オンラインショップで購入可能な、ドメーヌ ケロスのおすすめワインを紹介していただいた。
「『メルロー2022』は、黒系の果実味が豊かな味わいで、スパイシーさや漢方のようなニュアンスが特徴です。カベルネ・ソーヴィニヨンをごく少量ブレンドしたので、最初は果実味がありふくよかですが、後半はタンニンもしっかり感じられます。エレガントな雰囲気を楽しんでいただきたいですね」。
「メルロー 2022」に合わせる料理として淑子さんが提案してくれたのは、香ばしく焼き上げてソースをかけたステーキや、生ハムなど。誕生日や記念日など、ちょっと特別な日の食卓で楽しんでみていただきたい。
▶︎キャンベル・アーリーのスパークリング
スパークリングワインである、「あかキャン 2022」と「ロゼキャン 2022」についても説明していただいた。
「キャンベル・アーリーを使っているので、赤を『あかキャン』、ロゼを『ロゼキャン』にしました。瓶内二次発酵で造ったスパークリングワインで、無濾過なので濁りがあります。赤は発酵後にプレスしたので果皮を長めに浸け込み、ロゼはプレス後に発酵させました」。
いずれも、2022年ヴィンテージが初仕込みの銘柄だ。自社醸造所のオープン前に、山形県工業技術センターの「発酵試作支援センター」で自社醸造前の試験醸造としてテスト醸造した。非常に美味しいものができたため、2022年に醸造に踏み切ったのだという。
使用しているキャンベル・アーリーは香りが華やかで酸がしっかりあるため、スパークリングにしたいと思っていた品種。糖度があまり高くないため、アルコール度数は約8%。低めのアルコール度数であることが、キャンベル・アーリーの果実味をしっかりと引き出している。
どちらも合わせる料理の幅が広く、前菜や天ぷら、酸味のあるソースを使ったチキンのメインディッシュとのペアリングが淑子さんのおすすめだ。また、「ロゼキャン」であればデザートやイチゴとの相性もよい。
さまざまな料理とのペアリングを試し、自分だけのお気に入りを見つけてみるのもよいだろう。
ちなみに、キャンベル・アーリーのスパークリングは、赤、ロゼ共に2023年ヴィンテージも醸造した。2023年12月販売済みの「あかキャン」は完売したが、「ロゼキャン」は2024年3月に販売予定だ。
『まとめ』
ドメーヌ ケロスの魅力は?という問いに、「夫婦で楽しそうにやっているところがいちばんの魅力かもしれませんね」と、穏やかな笑顔で答えてくれた淑子さん。
朝から夜まで一生懸命働いているふたりをみて、近所の人たちがいつもあたたかい声をかけてくれるそう。
「右も左も分からない新規就農者としてスタートした私たち夫婦を、地域の人たちが本当にあたたかく応援してくださるのです。本当にありがたいですね。これからもふたりで力を合わせて頑張っていきたいです。毎年いろいろなことがありますが、常に最高の出来だと誇れるぶどうを作り、よいワインにしたいと考えています」。
ぶどうがよければ絶対によいワインができるので、何よりもそれが最優先だと話してくれた淑子さん。実は、ワイナリーの2階にはセミナー室があり、定期的にワイン教室を開催してワインが好きな人を増やす活動にも精力的に取り組んでいる。
「ワインを楽しく飲むということを、山形でももっと広めていきたいのです。企画していることはたくさんあるので、少しずつ種まきをしながら、徐々に新しいことに取り組んでいくつもりです。私の気持ちが周囲の方たちに伝わっていることは実感しているので、ワインがもっと日常に溶け込むお酒になるように活動を続けていきます」。
2023年ヴィンテージのワイン醸造も順調に進んだドメーヌ ケロス。例えば、全房プレスで果汁を優しく圧搾したプティ・マンサンの白ワイン、「NOM DE KELOS プティ・マンサン 2023」は、パイナップル等の黄色いフルーツや蜂蜜のような香りが特徴。やや甘口で、かつシャープな酸味がはっきりと感じられ厚みのある味わいだ。2024年春にリリース予定なので、楽しみにお待ちいただきたい。
そのほかにも続々とリリースされる予定のワインは、いずれも山形のテロワールを感じられる味に仕上がった。ぜひ公式ショップをチェックして、気になる1本を見つけてみてはいかがだろうか。
自分たちが大好きなワインを囲む幸せをたくさんの人に届けようと、夫婦で力を合わせてぶどうを育て、ワイン造りに励むドメーヌ ケロス。これからも引き続き、ドメーヌ ケロスの取り組みを応援していきたい。
基本情報
名称 | ドメーヌケロス |
所在地 | 〒994-0054 山形県天童市荒谷48 |
アクセス | https://www.kelos.co.jp/contact |
HP | https://www.kelos.co.jp/ |