「都農ワイン」は、宮崎県都農町の農業復興と町おこしを目的として生まれたワイナリーだ。都農ワインがある宮崎県は、年間降水量が多い気候。「ワイン用ぶどう栽培には合わない土地」とまでいわれている。
しかし、都農ワインでは1996年の創業以来、難しい環境をチャンスに変え、世界に通用する高品質なワイン造りを行う。
ぶどうは有機肥料や草生栽培を活用し、可能な限り農薬を押さえて栽培されている。雨の多い宮崎県で農薬を減らすのは、想像を絶する難しさだ。また降雨に対応するため、棚栽培で枝を垂らす独自の方式を採用。こだわりの全ては、宮崎のテロワールをワインに反映させるためだ。
都農ワインが販売するワインには、30種類以上のラインナップがある。多くの種類のワインをあえて造ることで、挑戦を続ける環境に身を置いているのだ。
美味しいワインを造るため、歩みを止めない都農ワイン。最新シーズンの2021年にはどんな取り組みをし、どんなワイン造りをしたのだろうか。
今回は都農ワインの、2021年シーズンの動向をじっくりと紹介していきたい。
『雨に悩んだ2021年 経験を栽培の力に変えて』
最初に見ていくのは、都農ワイン2021年のぶどう栽培についてだ。
2021年ならではの天候の特徴や、ぶどうの様子はどうだったのだろうか。都農ワインで工場長を務める、赤尾誠二さんにお話を伺った。
▶長雨の多さを痛感した2021年
「2021年は天候が厳しい1年でしたね。雨によって収量が例年よりも大幅に減少しました。なかなか、ここまで雨の影響がある年も珍しいくらいです」と、シーズン中の雨の多さを振り返った赤尾さん。
2021年の雨は、例年とは違った特徴があった。「台風」のような大きくわかりやすい被害というより、しとしとと降り続く長雨が多かったのだ。
ここで、2021年の天候の詳細を見てみよう。2021年シーズンは暖かな気温からスタートした。ぶどうの樹の休眠期、萌芽期もうららかな陽気が続き、例年より生育が早かった。
開花期まで順調に栽培が進められたが、梅雨開けからは、例年と違った天候の傾向が表れた。梅雨前線が停滞してしまい、晴れが増えるはずの夏に、雨が降り続く日々になったのだ。
連日の雨だと、大地やぶどうは常に水にさらされている状態になる。適度な乾燥状態を好むぶどうにとって、湿気は大敵。土壌や空気中に湿気がたまり、病害虫が発生する原因になるのだ。
ぶどう栽培に特に大きく影響したのは、8月上旬の雨だった。8月上旬は、都農ワインで育てる多くのぶどう品種にとって「成熟期」にあたる。成熟期は、ぶどうが色づき糖度が増していく時期で、収穫につながる重要な段階だ。
「梅雨時期の雨は、今までの経験でしのげていたのですが、8月の長雨が痛かったですね。2〜3週間も雨が降り続き、一部のぶどうには病気が出てしまいました」。
ようやく太陽が顔を出したのは、8月下旬。収穫期は晴れが多かったため熟度は上昇し、品質は例年並みをキープできた。
都農ワインでは、契約農家による買いぶどうも取り扱っている。契約農家のぶどうは例年比90%以上の収量を確保した。それぞれの農家の収量はやや減ったが、40軒もの契約農家との付き合いがあるためにリスク分散ができ、収量がキープできたのだ。
度重なる雨は多くのぶどうに影響を与えたが、幸いなことに影響の少ないぶどうもあった。「8月上旬が成熟期に当たらない品種は、収量も十分でした」。
特にマスカット・ベーリーAとビジュノワールは、逆境の中でも一定の収量が確保できた品種。マスカット・ベーリーAは成熟期が雨に重なっていなかったため、またビジュノワールは耐病性の強さが功を奏したのだ。
▶天候も「覚悟と経験と工夫」で乗り越える
「日本でぶどうを育てる以上、天候に苦労する覚悟はできています。しかし、雨に経営を左右されないような仕組みを整えることと、雨が影響しにくいぶどう品種を育てることの必要を、改めて感じました」。
日本で農業に従事する以上、長雨や台風といった宿命的な風土から逃れることは不可能だ。不可能だからこそ、天候に対応して自分たちが進化していく必要がある。温暖化によって変わる天候に対し、ワイナリーが何をできるかを必死に考える。
では、どうしたら変わりゆく天候に対応できるのだろうか。都農ワインが考えるのは「経験に由来する技術」と「植える品種」で雨に立ち向かうこと。
都農ワインには、27年にも及ぶぶどう栽培の経験がある。2021年の雨においても、経験が役に立つ場面はいくつもあった。
「『この雨は止まない雨だから、収穫が遅れることを見越して防除をしよう』など、過去の経験と照らし合わせて適切な判断ができました。」。
通常は行なわないタイミングで防除をすることで、雨の影響を最小限にできたのだ。
また2021年には、ピノ・ノワールの収穫を通常より早める判断が下された。収穫を早めたのは、今までの経験から考えて雨が降ることが予測できていたから。
「収穫を早めたおかげで、ピノ・ノワールの収量は微減で済みました。今までの栽培経験があったからこそできた判断だったと考えています」。
収穫を早めたことで、2021年のピノ・ノワールには冷涼な地方を思わせる風合いが生まれた。いつもは温暖な気候を感じさせる華やかさが特徴だった都農ワインのピノ・ノワール。ワインが手に入ったら、ヴィンテージによる味の違いを比べてみるのも面白い。
想定外の事態に対応できる都農ワインの力は、経験によって培われてきたものだ。また、経験と同時に重視していくのが、雨に強いぶどう品種の選定。雨に強い品種の増強について現在進行形で行っているのは、ビジュノワールの栽培面積を増やすことだ。
「2021年は、27年間のなかでも、最大規模といえる雨の影響があった1年でした。まだまだ未経験の、知らないことが起こるのです。大変ですが、ワイン造りが好きなので続けていけます」。
ベテランと言われる存在になろうとも、ぶどう栽培は毎年、新しい挑戦の連続だ。直面した問題の原因を理解し、分析して次の年の糧にする。造り手たちは、終わりの見えない挑戦に立ち向かい続ける。
都農ワインには、27年間続けてきた自信とプライドがある。天候を理由にして、品質の低いワインを造ることはない。大変だった経験も一切無駄にせず、未来へつなげてよりよいものづくりを目指すのだ。
▶2021年新しい取り組み 樹齢のマーキングをぶどう栽培に生かす
2021年に新しく始めた栽培の取り組みがある。
「自社畑のぶどう苗に、樹齢のマーキングをし始めました。スタッフとともに取り組んでいます」。
なぜ樹齢のマーキングが必要なのだろうか。理由は、都農ワインの畑に樹齢30年近くの古木が増えてきたから。日本でワイン用ぶどうを栽培していると、30年から40年ごろの樹齢から苗が枯れやすくなる。また、雨の影響を受けると、枯れる傾向が顕著になる。木が突然パックリと割れ、生育が止まってしまうこともあるのだ。
高い樹齢の木々を育て続けるのはリスクが大きい。そこで早めに植え替えをすることで、リスクを最小限におさえるのがねらいだ。樹齢をひとつひとつマーキングする作業は大変だが、畑の細かな管理を怠らず行うことで、管理の精度が上がっていく。畑が適切に管理されれば、ぶどう全体の品質を向上させることができる。
「樹齢が高い苗は、枯れたらすぐに、若い元気な苗に植え替えます。苗を入れ替えることで、畑全体を活性化させることができるのです」。
2021年以降も毎年200本ほどのペースでぶどうの補植を進めていく予定だ。
「近年は日本でも、ぶどうのクローン苗を選べるようになってきました。同じ品種でもクローンを見極めれば、テロワールにマッチングする苗を選べるようになります」。
都農ワインに合うクローンの見極めは、さまざまな苗を試しながら、少しずつ確立させていく。ぶどう栽培には長い視点が必要だ。土地に合うぶどうかどうか、また、ワインにしたときにどんな味がでるのか。はっきりとした情報がわかるまでには、何年もの月日がかかる。
「諦めず挑戦して分析を重ねることで、次の世代やその次の世代には、よいクローン苗でワイン造りに取り組めているかもしれませんね」。
赤尾さんの言葉からは、一代では完成させられないワイン造りのスケールの大きさを、まざまざと感じさせられる。
『2021年のワイン醸造 新商品開発で醸造技術もレベルアップ』
続いて紹介するのは、都農ワインにおける2021年のワイン造りについて。
2021年は天候の影響でワイン生産量は少なめだが、新商品もリリースされる予定だ。どんなワインがどのように造られているのか、都農ワインのワイン造りに関する最新情報を紹介しよう。
▶2021年ヴィンテージは新商品が登場
「2021年は、ワインの新アイテムを3種類ほど考案中です。2022年夏までにリリース予定なので、ぜひ楽しみにしていただきたいですね」。
新アイテムの中でも特に注目の存在が、2021年のぶどう品種をアッサンブラージュ(ブレンド)したワインだ。品種によって収量の差が大きかった2021年。収量が少なかった複数品種をアッサンブラージュして、2021年ならではのヴィンテージを表現する。
今までになかったぶどう品種の組み合わせが試される可能性もあり、開けて飲む時までわからない、味と香りに期待が高まる。楽しみにリリースを待つとしよう。
ほかにも、ワイナリーで熟成中だったワインを満を持して蔵出しする銘柄があり、新商品として販売する予定だ。ワインの生産量自体は例年よりも少量だが、飲み手が楽しめる多彩なラインナップが展開される。
「ぶどうの生産量が落ちた年はワインの大量生産ができないので、種類でカバーする必要があります。つまり、ワイン造りに工夫が求められるのです。新しいワインを生み出すことは、必然的に醸造のスキルアップにもつながるのですよ」。
壁にぶつかっても、経験や技術の力で次の一手を打てる強さがある都農ワイン。赤尾さんも、豊富な経験とチャレンジ精神が自分たちの強みだと話す。
保守的な姿勢を捨て、常に成長を目指す都農ワインでは、若い世代の造り手も着実に力をつけてきている。
「常に新しいことをしている環境は、大変ですが楽しいものです。仕事に対するモチベーションになりますね」。
都農ワインでは、人を育てる環境が自然と作られているのだろう。「人材の力」を感じられる、都農ワインの未来は明るい。
▶新しいぶどう品種のワインにも期待大 自社畑も拡大中
都農ワインはここ数年で、新しいぶどう品種の栽培にも挑戦している。白ぶどうの「アルバリーニョ」と「ピノ・グリ」だ。2022年には晴れて収穫を迎える予定で、新しいワインが誕生することになる。
単一品種にするか、ブレンドにするかなどは、まだ未知数。収穫時の様子をみてから考える。今後加わるワインのラインナップにも、ぜひ期待していてほしい。
また、自社畑も少しずつだが着実に拡大中だ。
「近隣の農家さんがだんだんと離農しているので、彼らの土地を借りたり買ったりして、増やしているのです。元は牧草地だったりお茶畑だったりと、さまざまな歴史を持つ土地なのですよ」。
近隣地域だとしても、土地のカラーは多様なので、ミクロクリマ(局所的な気候や土壌)が異なる。テロワールの違いが味に表れることもあるため、ワイン造りの可能性はさらに広がるだろう。
『2022年の都農ワイン ワインと食事をあわせて楽しめる空間作りにチャレンジ』
最後に伺った内容は、都農ワインの2022年の目標や、具体的に進行中の企画についてだ。
「ワインと同じ土地のテロワールを感じられる『食』を提供したい」と話す赤尾さん。都農ワインが提供する「食」とはいったい何だろうか?早速紹介していきたい。
▶ベーカリー事業の立ち上げ
「実は今、ぶどう畑の隣で小麦を育てているのです。2022年中には、パン屋をオープンします」。2022年、都農ワインはベーカリー事業を立ち上げるのだ。
ベーカリー事業を選んだ理由はふたつある。
ひとつは、ワインのある生活をより豊かにする食の選択肢を提供するため。パンに使う小麦から自分たちで育てることで、ぶどうと同じテロワールを持つ食べ物を提供できると考えたのだ。
もうひとつは、事業リスク分散の目的だ。都農ワインでは、ワイン事業が売上のほとんどを占める。ワイン事業を一本柱として運営すると、天候によって経営方針を大きく左右されてしまうこともある。
仮に、十分なワイン生産ができない年が何年か続いてしまうと、高品質なワインを生産することはもちろん、事業の継続も難しくなる。ワイン事業を末永く続けていくためにも、ワイン以外の事業の柱を用意することを考えたのだ。
「もともと物販コーナーがあったスペースを使って、パンを作れるようにします。また既存のカフェの見直しも考えていて、イートインスペースを造る予定です。ワインとパン、ロケーションを美味しく楽しんでもらう空間づくりを目指します」。
▶パンに使う小麦の自家栽培 ぶどう栽培の技術力向上にも寄与
パン作りの原材料「小麦」は、都農ワインで自家栽培する。育てているのは、「ミナミノカオリ」という強力粉の品種だ。
栽培を開始したのは2021年。初めての小麦栽培は、新しい発見ばかりだった。
「まず収穫タイミングの見極めが、ぶどうよりも難しいと感じました。収穫期に雨が降ると、苗によって熟期がそろわなかった点が苦労しましたね」。
2022年は2021年の反省を生かし、畝(うね)を作る方角を南北に変更して、より日当たりがよくなるように栽培を始めた。
「毎年実験しながら、品質を少しずつ高めていきたいです」。
小麦の栽培では、ぶどう栽培との違いを意識する一方で、共通点を感じることもあった。共通する部分と違う部分のそれぞれを理解することで、ぶどう栽培を含めた畑全体の技術力が向上する。
ワイナリーのワインを100%楽しむ方法は、ワイナリーに行って、その土地の食を楽しみながらワインを飲むこと。ストレスフリーでワインと食を堪能し宿泊ができたなら、これ以上幸せなことはない。
都農ワインで「ワイン」「食」「宿泊」の魅力が複合された幸せを感じられる日が訪れるのも、そう先のことではないかもしれない。
『まとめ』
都農ワインの2021年は、ぶどう成熟期における、度重なる長雨に苦しんだ1年だった。しかし都農ワインは、苦労したことも糧にして未来に立ち向かう。
長雨への対策と、雨の多い気候の中での栽培の経験を蓄積していくのだ。また、雨に対応する品種を増やすことで、より安定的なぶどう栽培を行っていく。
ワイン醸造の面では、新商品に注目したい。2021年のぶどうをアッサンブラージュした、ワインを発売予定。蔵出し熟成ワインも販売されるため、豊富なラインナップの中で、さまざまな特徴を持つワインを楽しめるだろう。
2022年にはベーカリー事業も始動する、都農ワインの活躍は留まるところを知らない。まずはベーカリーのオープン後、ワインとパンのマリアージュを感じに行こう。都農町のテロワールを心から実感できる、心ときめくワイン体験が待っているはずだ。
基本情報
名称 | 都農ワイン |
所在地 | 〒889-1201 宮崎県児湯郡都農町大字川北14609-20 |
アクセス | ◆お車(宮崎市から) 国道10号線を北上(都農町まで約1時間半)。 都農町に入り、JAスタンドを過ぎて1つ目の信号(右手に都農神社のある交差点)を左折します。 10号線から約300mほど直進して右折専用レーンのある交差点を右折すると小高い丘の上にワイナリーが見えてきます。 道なりに坂道を上がっていくと左手に都農ワイナリーがあります。 ◆電車 JR都農駅より車で10分 |
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