2005年に広島県で生まれた「せらワイナリー」。
広島県世羅町の農業振興のため生まれたワイナリーだ。未経験からぶどう栽培とワイン醸造を開始し、試行錯誤しながら、農家とワイナリーがともに歩んできた。
地元契約農家が栽培したぶどうを使ってワインを醸造するせらワイナリーでは、「生産農家の顔がみえるワイン」を目指す。土地の味や農家の個性といった世羅町らしさが表現されたワイン造りが行われており、ワイナリーと農家は、強い信頼関係で結ばれている。密なコミュニケーションで目標を共有し、気軽に相談しあえる関係を築いているのだ。
地元愛あふれるワイナリーから生まれるワインは、親しみやすく日常に寄り添う味わいが魅力。甘口から辛口まで様々なタイプが醸造されているので、幅広い場面にあわせて楽しむことができる。
特におすすめなのは、「百花 マスカット・ベーリーA」。コンクールでの評価も高い本格ワインで、食中酒としても最適だ。
今回は、醸造責任者の橋本悠汰さんにお話を伺った。25歳という若さで、せらワイナリーの醸造を一手に引き受ける造り手だ。
ワイナリー設立15周年を迎えた、せらワイナリーの2021年にスポットを当て、「ぶどう栽培」「ワイン醸造」「2022年の目標」について紹介していきたい。
『長雨と日照不足の中でも品質をキープした2021年のぶどう』
まず、せらワイナリーの、2021年のぶどうの出来や栽培の様子についてみていこう。
せらワイナリーがある世羅町の契約農家たちが栽培したぶどうの状況や、収穫されたぶどうの様子はどうだったのだろうか。
また、2021年のヴィンテージに関わる「天候」はいったいどんなものだったのか。ひとつずつ掘り下げて、紹介したい。
▶「長雨」がぶどう栽培に影響した2021年
「2021年は長雨の影響が非常に大きかったです。6〜7月前半までは調子がよく、素晴らしいぶどうが採れそうだとワクワクしていたのですが、収穫が近づくと、とたんに雨。長雨が続き、糖度や着色に影響がでました」。
長雨は7月の中旬頃から始まった。ぶどうの成熟期に当たる時期だ。8月上旬には持ち直したものの、中旬からはまたぐずついた天気に。日照量が極端に少ない日々が続いた。
雨だけではなく、昼夜の寒暖差が例年より少なかったことも、ぶどうの生育に影響した。比較的標高の高い位置にある世羅町は、昼夜の寒暖差が大きい。寒暖差があることは、品質の高いぶどうに欠かせない条件でもある。しかし2021年は、例年よりも夜温が高い日が多く、昼夜の寒暖差が緩やかになってしまったのだ。
長雨や寒暖差の少なさで、ほとんどの白ワイン用ぶどう品種の糖度は低めに留まった。例年より平均1〜2度ほど糖度が低くなり、病気の発生もところどころに見られた。
一方、成熟期の違いから、赤ワイン用ぶどうでは糖度の影響が少なかった。天候がシーズンの後半に持ち直したことで、赤ワイン用ぶどうの最終的な糖度は上昇。例年と遜色ない結果となったのだ。
また、糖度以外に異常気象の影響を受けた部分が、赤ワイン用ぶどうの「着色」だ。収穫されたぶどうは、例年より着色が薄めだった。
特に顕著だったのが、マスカット・ベーリーA。今までのせらワイナリーでは着色の悩みを抱えたことがなく、常に色がしっかりと乗ったぶどうを収穫してきた。そのため異常気象による着色不良は、想定外の事態だったという。
難しい天候の1年ではあったが、悪いことばかりではない。収量は微減に抑えることができたうえ、「香り」の品質は高かったのだ。
どんな天候の年でも「プラスの面」が生まれ、ワインの個性につながる。せらワイナリーでは、ヴィンテージの難しさと奥深さを、強く感じられた2021年となった。
▶難しい天候の中でも品質をキープ 契約農家のぶどう栽培
せらワイナリーのワインは、世羅町内の農家が栽培するぶどう100%で醸造されている。
2021年は農家が驚くほどの異常気象にさらされたものの、品種や畑によってはその影響を最小限に抑えることができた良質なぶどうが収穫でき、ワイナリーに届けられた。
なかには、例年通りの糖度を持つぶどうを収穫した農家もあった。
「糖度を上げてきた農家さんは、葉を取り除いて房に光を当てるように栽培しているところが多かったようです。日照不足を補うために行われた農家さんの判断が功を奏したのでしょう」。
せらワイナリーは、経験豊富な農家によるぶどう栽培によって支えられているのだ。
また、収量が大きく減らなかったのも、契約農家の栽培技術と努力のたまものだ。
「雨が降る合間をぬって防除に取り組んでくれる農家さんが多かったので、病気は最小限に抑えられました」。
こまめなコミュニケーションをとりつつも、栽培に関しては各農家の判断を尊重。可能な限り「農家任せ」で依頼しているという、せらワイナリー。
農業振興目的で誕生した、せらワイナリーと契約農家の信頼関係が垣間見える。
『目指したのは「今まで通りの味」 2021年の醸造』
続いては、せらワイナリーの2021年の醸造と、リリースしたワインについて紹介したい。
橋本さんが責任者として初醸造した2021年は、どのような1年になったのだろうか。せらワイナリーの醸造家の、人となりと考えにも迫りたい。
▶若き醸造責任者 橋本さんとワインの出会い
今回お話を伺った橋本さんは、2021年から醸造責任者を担当している。中四国のワイナリー協会では、最年少の醸造責任者だ。
せらワイナリーに新卒入社した橋本さん。大学では生物工学を学んでいた。
「大学のカリキュラムの一環でワインを造り、ワイン造りの面白さとワインの美味しさに魅了されました。進路に悩んでいたときにワインを造れたらと考え、せらワイナリーに入社しました」。
入社初年度から醸造部に所属し、ワイン造りに明け暮れた橋本さんは、現在入社3年目。
「まさか3年目から責任者を任せられることになるとは思ってもいませんでした」。
言葉の端には「醸造の大変さ」がにじむが、生き生きとした表情からは、やりたいことが実行できている喜びが感じられる。
2021年は、橋本さんが責任者になってから最初のヴィンテージ。2021年ヴィンテージすべてのワインを、橋本さんがほぼひとりで造り上げた。
「想像の何倍も大変でしたが、いざやってみたら何とかなりました。達成感もありますが、今はシーズンを無事乗り越えられた安心感の方が大きいですね」。
達成感は、大きな経験と自信になったことだろう。伸びしろが大きな若き醸造家の今後に、熱い視線が注がれる。
▶「今までどおりの味」を出せるように 2021年のせらワイン
2021年のワインは、昨年までリリースしていた銘柄を、引き続き醸造した。
「新しいことに取り組むよりも、基本に忠実に造りました。『今までより味が落ちた』と言われないように、シリーズの味をしっかりと出すことを目標にしていました」。
早速、2021年ヴィンテージのワインについて見ていこう。まずは近日リリース予定のものから。2021年ヴィンテージのワインは、甘口の銘柄からリリースしていく。
2022年4月にリリース予定の「百花ハニービーナス」は2022年2月に瓶詰めをした甘口白ワイン、味わいの目玉は「上品さ」。糖度が上がりにくかったヴィンテージだったが、あえて補糖はせず低アルコールでも持ち味の香りとクセの少なさを生かして仕上げた。
芳醇な香りを引き出した、魅力的な白ワインになっている。
「よいものができていますが、まだすべての工程が終わっているわけではないので、気は抜けません」。
ワインのリリースまで、もうまもなくだ。
また現在醸造中の赤ワインも、全般的にベーリーA系はワインに無理をさせずライトに仕上げる予定のものも多いが、高価格帯の銘柄には状態の良いものを選りすぐって使用している。この年のよい部分が感じてもらえるように仕上げたいとのこと。リリースされたら、2021年らしい爽やかな飲み口を、ぜひ楽しみたい。
すでにリリース済みで完売した2021年の新酒は、ワインを購入するためにワイナリーを訪れたお客様から大好評。
「みなさん『美味しい』と言ってくださって、とても嬉しかったです。それだけで報われた思いですし、次のやる気につながります」。
来年以降、少しずつ「自分のワイン」を造っていきたいと話す橋本さん。徐々に、造り手の個性が表現された銘柄が増えていくのかもしれない。毎年のヴィンテージを追いかけ、ワインの味わいの変遷を追うのも楽しそうだ。
▶メルローのワインに期待 おすすめ銘柄の紹介
2021年のヴィンテージでおすすめの銘柄を尋ねたところ、橋本さんのおすすめは、「メルローの赤ワイン」だという。完熟ぶどうだけで醸造されており、深みある味や香りが期待できる。
2021年は例年に比べて、ぶどうの色付きはしにくかったものの、品種個性を表現する「香り」はしっかりと感じられた。熟成期間は、樽で1年の後、瓶で1年以上が目処。しっかりと樽香が乗った、丸みあるワインになることだろう。
また、すでにリリースされたワインのなかでおすすめワインも紹介しよう。
「百花 マスカット・ベーリーA2019」だ。
樽熟成された辛口銘柄で、穏やかながらも樽の深みが感じられる1本だ。
橋本さんが入社後に初めて醸造された「辛口ワイン」ということで、思い入れあるワインだという。味わいは丸みと厚みが調和し、赤ワイン好きも納得できる仕上がりになっている。
ぜひ、「せらワインチョコレート」と一緒に楽しんでみてはいかがだろうか。せらワインチョコレートは、ほんのりとマスカット・ベーリーAのワイン風味を加えたホワイトチョコレート。ワイナリーを訪問した際は、ワインとともに購入するのがおすすめだ。
▶醸造の苦労と喜び
醸造責任者としての初醸造で、苦労したことはどんな点だろうか。
「全部が大変です」という率直な感想のあと、橋本さんが挙げたのは「濾過作業」だ。
「自分としてはピカピカ光る美しいワインに仕上げたいのですが、どうしても濁りが残ることがあります。改善していきたいですね」。
ひと言で濾過といっても、さまざまな方法があり、狙った清澄度に仕上げるのは至難の業。橋本さんは、より技術の精度を上げていきたいと話す。
ワイン醸造をひとりでおこなうのは、並大抵のことではない。困難に立ち向かえたのは、前任者の指導のもと、すでに醸造所内の機械類をひと通り動かせるようになっていたから。責任者になるまでの2年間で必死に勉強と経験を重ねてきたのだ。
また、醸造していて楽しいことや、嬉しいことについても尋ねた。
「自分が造ったワインがお客様の手に渡り『美味しいね』と言ってもらえることですね。ワインに詳しいお客様に、具体的な部分を褒めていただけるのも、本当に嬉しいです。お客様からいただく言葉が、何よりも励みになります」。
醸造期間以外は、ワイナリーでの販売を担当することもある橋本さん。ワイナリーの訪問客と直接対話し、ワインの感想を聞けることが、喜びのひとつだ。
「お客様とお話するのが好きなんです」と微笑む橋本さんからは、人柄のよさが感じられる。
今後は、自分が造ったワインを売り場で売ることができる。手塩にかけたワインがお客様の手に渡るのを見届けるとき、橋本さんは今まで以上の喜びに包まれるのではないだろうか。
『自社圃場誕生 せらワイナリー次年度の目標』
最後に、せらワイナリーが掲げる2022年以降の目標についてみていこう。
「ワイン造りの目標」と「ワイナリーとしての目標」の両面から、せらワイナリーの未来の姿を探る。
▶自社圃場で栽培と醸造の可能性を広げる
2022年3月から、せらワイナリーでは自社圃場でのぶどう栽培がスタートする。
「試験圃場なので、ひとまずは総収量600kgほどの小さい圃場です。世羅町での栽培実績が少ない品種を植えることで、今後の地元のぶどう振興にも貢献できたらと思います」。
自社圃場を作る目的はふたつある。ひとつ目の目的は、世羅町でワイン用ぶどう品種の栽培を増やすための足がかりとするため。そしてふたつ目は、高齢化が進む世羅町において、一定のワイン用ぶどうを確保するためだ。
自社圃場での栽培が成功すれば、町内のぶどう栽培に、ノウハウを生かすことができる。地元農業の活性化を目的とした、せらワイナリーらしい取り組みだ。
自社圃場で栽培予定のワイン用ぶどうのなかには、西洋ぶどう品種の「シラー」がある。橋本さんの好きなぶどう品種だ。自社圃場の管理も、橋本さんを中心として行なわれていくことになる。
ぶどうが育ちワインになるまでには4〜5年は待たなくてはいけない。長い月日が必要だが、栽培から醸造までこだわりもって完結できるため、挑戦する価値がある。
「栽培は力を入れたい部分なので、しっかりと取り組み、よいものを造っていきたいです」。
将来的には畑の拡大も視野に入れつつ、地元の土壌にあうワイン用ぶどう品種を探っていく。
▶オンライン工場見学の開催
せらワイナリーには、ガラス張りの見学通路がある。見学通路からは醸造所の中をのぞくことができ、年間を通して工場内を無料で見学可能。作業日であれば「醸造見学」もできるのだ。
「工場見学は、お客様にご好評いただいています。2022年1月には、初めてオンライン工場見学をおこないました」。
参加者には、事前にワインが送付され、醸造やワインの説明を受けながら、ワインを飲んで楽しめる。新型コロナウイルスの影響で観光客が現地に行きづらくなったことから、旅行などが実施できず悩む団体から相談があったことに応えた形の企画だったが、予想以上の反響があった。
「今後はオンラインの企画も増やしていきたいですね。工夫しながらすすめていきます」。
オンラインイベントが増えれば、遠方に住むワインファンや、現地に行きたくても叶わない人々も気負うことなくイベントに参加できる。より幅広い層に、せらワイナリーのワインを知ってもらうきっかけになるだろう。
▶自分のワイン造り
怒涛の1年を乗り越えた橋本さん。今後の目標は、自分の醸造スタイルを確立させていくことだ。
「ぶどうのよさと土地の味を引き出した、きれいなワインを造りたいです」。
橋本さんの目標とするワインは、酵母の働きをきちんとコントロールして、クリアに醸造したワインだ。「ぶどう本来の味」を表現するためのワイン造りを追求する。
求めるワイン造りに必要なのは醸造技術だけではなく、なによりも、健全なぶどう。地元で収穫されたこだわりのぶどうを使い、素直な世羅の味を出したワインにすることを目指す。
「世羅のテロワールを表現したいです。『世羅らしい味』がどんなものになるかは未知数ですが、追求していきたいですね」。
せらワイナリーの、若き醸造家の夢は広がる。いつの日か「せらワインらしさ」を自分のワインで描くために、2022年もぶどうとワインに向き合い続けるのだ。
『まとめ』
2021年、せらワイナリーでは、新しい醸造責任者のもとでワイン造りがおこなわれた。長雨が多く難しい年ではあったが、地元契約農家の経験と知識や栽培努力により、ぶどうの品質を確保。ヴィンテージの特性を生かしたワインが生まれた。
甘口白ワインは、フレッシュで爽やかな仕上がりが魅力。辛口赤ワインは、たっぷりと熟成させてからリリースする「メルロー」が楽しみだ。
2022年には、さらに新たな取り組みが始動する。特に、自社圃場の栽培状況からは目が離せない。今後どんなぶどうが育って、どんなワインが生まれるのか。せらワイナリーへの興味と期待は膨らむばかりだ。
基本情報
名称 | せらワイナリー |
所在地 | 〒722-1732 広島県世羅郡世羅町黒渕518番地1 |
アクセス | 電車 JR尾道駅(JR新尾道)から中国バスで約60分「甲山営業所」下車→タクシーで約15分 JR三原駅から中国バスで約60分「甲山営業所」下車→タクシーで約15分 車 岡山・四国方面からのお客様 山陽自動車道尾道JCTから尾道松江道経由 世羅ICより国道184号→世羅高原ふれあいロード・フルーツロード経由約20分 山口・広島方面からのお客様 山陽自動車道 河内ICより(広島空港) フライトロード→県道49号線→大和工業団地東口信号を右折→フルーツロード経由約30分 中国自動車道ご利用のお客様(山陰方面から尾道松江線ご利用のお客様) 尾道松江線三次東IC経由吉舎ICより国道184号→フルーツロード経由約40分 三次ICより国道184号→フルーツロード経由約50分 三次ICより国道375号→県道45号線→ふれあいロード・フルーツロード経由約40分 |
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