『坂城葡萄酒醸造』「合わせる料理」から考える醸造の魅力

レストラン出身の成澤篤人さんが造ったワイナリー「坂城葡萄酒醸造」。長野県坂城町にあり、地元で育てたぶどうからワインを醸造している。

坂城葡萄酒醸造の魅力は、こだわりのぶどうやワインだけに留まらない。特に注目してほしいのは、オーナーである成澤さんのワインに対する熱意と、ワイナリーの目標だ。
テロワール表現に対する思い、合わせる料理を先に考える醸造など、坂城葡萄酒醸造らしいワイン造りは必見だ。

ワイナリー誕生のきっかけと歩み、ワイン醸造のこだわりについてなど、たくさんのお話を伺うことができた。ぜひ最後までじっくりとご覧いただきたい。

『ワイナリー創業のきっかけ ワインを「より深く知る」ために』

最初に見ていくのは、ワイナリーが始まるまでの物語だ。そして成澤さんがワイナリーを運営する目的についても紹介したい。

ワイナリーを経営している理由や目的から、成澤さんのワインに対する愛情や、人に対する思いの深さをぜひ知ってほしい。ワインとの出会いからワイナリーへの思いまでを、ひとつひとつ見ていこう。

▶ソムリエ資格取得からイタリアンレストラン開業へ

坂城葡萄酒醸造のオーナー、成澤篤人さんは、イタリアンレストランの代表も兼任している。
成澤さんがワイナリーを創業したきっかけは、飲食業の従業員だった時代に遡る。

「もともと多国籍料理居酒屋の店に勤めていました。会社がスペインバルを出店して自分が赴任したこと、そして30歳で独立したいという思いがあったことから、ソムリエ資格の勉強を始めました」。

成澤さんとワインとの本格的な出会いは、ソムリエ資格の勉強から始まった。ちょうど「スペインバル」という、ワインが勉強できる環境にもあった。自分の店を持つという具体的な目標のため、難関資格であるソムリエ試験合格を目指したのだ。

飲食店勤務の傍ら分厚い教本と格闘し、2008年にソムリエ資格を取得。

ソムリエ試験で勉強したので、知識としては醸造やぶどう栽培を知っていた。しかし実際にワイン造りを体験したことはなかった。

「机上の勉強だけでは、ワインを理解したとはいえない」。
そう考えた成澤さんは、ワインをより深く知るための行動を開始する。

▶ワインを「より深く知る」ために

より深く本質的にワインを学ぶために成澤さんがおこなったのは、近隣のワイナリーを訪問することだった。長野県には数多くのワイナリーが存在する。

ワイナリーを訪れて、ぶどう栽培や醸造を教わる日々。ワイナリーの作業を身をもって体験した成澤さんは「日本ワインの面白さ」を知ることになる。

「2008年当時、地元のワイナリーを訪問するまでは、日本のワインについては、ほとんどといってよいほど知りませんでした。当時の日本ワインは『お土産の甘口ワイン』という印象が根強く、目を向けていなかったのです。しかし実際にワイナリーを訪れて、イメージが大きく変わりました」。

ソムリエ資格を持つ成澤さんが、日本ワインについてあまり知らなかったのには理由がある。2008年当時のソムリエ試験では、日本ワイン分野は「優先度が低い」テーマだったのだ。

ちなみに、現在のソムリエ試験においては、日本ワイン分野の設問数が大幅に増えた。専門的な勉強が必須の分野となったのだ。日本ワインが世界的に注目されており、国内での地位が大幅に向上したことが見て取れる。

「美味しい日本ワインを造るワイナリーさんがたくさんありました。そこで自分の店でも、地元のワインを提供したいと強く感じたのです」。

そして2009年には、晴れて目標だった「自分の店」を地元の長野にオープンさせる。

ワインリストに並べていたのは、イタリアンレストランということから「イタリアワイン」は当然だが、地元のNAGANO WINEを中心にラインナップした。

「イタリアやフランスのワインを置いてはいたものの、実際に産地に行ったことはありませんでした。お客様からワインについて聞かれても、調べた情報を伝えるだけ。情報だけでワインをさも知っているように説明するのが、恥ずかしく思えたのです」。

地元ワインに魅せられた成澤さんは、その後もワイナリー訪問を重ねる。新規開業したワイナリーがあれば、こまめに足を運び、植栽や収穫の手伝いをした。

ワイナリー訪問を続けるなかで、成澤さんには、「自分でもワイン造りをしてみたい」という思いが生まれた。

「ワインを知りたいという思いが深まるばかりで、もう自分でワインを造ることでしか納得できないと感じたのです。自分が心から納得したものをレストランで提供するため、そしてワインを理解するために、ワイナリーを始めることにしました」。

▶日本ワインを日本の文化に

2011年からぶどう栽培を開始し、2018年には坂城葡萄酒醸造が誕生した。

「自分がワイナリーを経営する理由のひとつに、『日本ワイン文化を根付かせるため』というものがあります」。

日本ワインの魅力を知った成澤さんは、「日本ワイン」のためにできることを常に考えている。自分のワイナリーを設立するまでの間も、日本ワイン文化のために、数々の活動に取り組んできた。

2013年に発足した「信州ワインバレー構想」では、立ち上げメンバーに参加。
民間の人間が活動の中心となるべきだと考え、「NAGANO WINE応援団」という任意の団体を結成して初代代表を務めた。

NAGANO WINE応援団には、飲食店や酒屋、デザイナー、ライターなどの幅広いメンバーが参加。長野ワインのプロモーションを目的としたイベント、セミナー等数々の啓蒙活動に取り組んでいる。

「今でこそ知名度が上がった日本ワインですが、まだまだブームの域を出ていないと思っています。だからこそ自分は、日本ワイン業界の未来につながる活動をしたいのです」。

日本のワイナリーは、急速に数を増やしつつある。しかし成澤さんは現状にあぐらをかくことはしない。日本ワインが「新しく珍しい流行りもの」でなくなる日まで、日本ワイン文化醸成と定着のために身を捧げるのだ。

▶ワイナリーを造るもうひとつの理由

成澤さんがワイナリーを始めた理由は、もうひとつある。それは、「レストラン従業員の福利厚生を充実させるため」。
ワイナリー経営を軌道に乗せ、レストラン以外の収入の柱を作ることで、飲食部門の負担を減らしたいと考えているのだ。

飲食店勤務は、休みが取得しづらく長時間労働が常。成澤さんは、従業員の待遇を改善したいと考え続けてきた。

「飲食店は、休みが増えて勤務時間が短くなれば経営が難しい点があります。しかし『飲食店だから労働時間が長くても当たり前』としたくないのです。休みたいときに休めないというのはおかしいと考えています」。

成澤さんは、従業員に時間的な余裕を与えたいと考えている。そのための手段として、ワイナリー経営に活路を見出したのだ。

「まだワイナリー経営を始めたばかりなので実現はしていませんが、目標に掲げて努力し続けます」。

ワインの探究を求めてワイナリーを興した成澤さん。しかし今や、ワイン造りの目的は自分のためだけに行っているのではない。
日本ワインの未来や従業員の労働環境改善のために、坂城葡萄酒醸造はワインを造るのだ。

『砂礫土壌で育つ、坂城葡萄酒醸造のぶどう』

坂城葡萄酒醸造では、7割ほどのぶどうを自社栽培で、3割ほどのぶどうを地元契約農家から買い取っている。

いずれも長野県坂城町で生まれたぶどうであり、土地ならではの個性を反映している。「Vino della Gatta SAKAKI」のぶどう栽培の工夫や考えを見ていこう。

▶坂城町の自社畑 魅力的な「砂礫土壌」

坂城葡萄酒醸造が所有するぶどう畑は、坂城町内の10か所にのぼる。広さの合計は、2.6haほどだ。

「坂城町は小さな町なので、一面で大きな畑は借りられません。そのため、小さな畑に分散しているのです」。

畑が点在していると、作業性が落ちるという欠点がある。一方で、違う土地でさまざまなぶどうを育てられることには、大きなメリットもある。違った個性を持つぶどうをブレンドすると、ワインの複雑味が出るのだ。

また畑が分かれていることは、意外な利点もあるという。

「栽培スタッフが言うには、景色が変わることが、リフレッシュになるんだとか。ぶどう栽培は、同じような作業の連続です。大きな畑の同じ景色でずっと同じ作業しているのは、精神的に疲れてしまうようですよ」。飛び地の畑を管理する場合、移動時間が休憩にもなり、作業にメリハリが生まれるのだ。

続いて、畑の土壌についても紹介しよう。坂城町の畑は、主に砂礫土壌。坂城町の特産品には「ねずみ大根」という小ぶりな大根があり、まさにねずみのような見た目をしている。坂城町の砂礫土壌でしか栽培することができない、地元の名産品だ。

「ねずみ大根の小さく特徴的な形は、坂城町の土壌に多く存在する石の影響です。長野県の千曲川沿いは粘土質土壌が多いため、坂城町の砂礫土壌は珍しい土質ですね。大手ワインメーカーも、坂城町の土壌に注目しています」。

粘土質土壌と砂礫土壌は、土壌粒子の大きさが異なるため、ぶどうの生育にも大きな違いをもたらす。砂礫土壌を好むワイン用ぶどう品種も多いため、「坂城町でぶどうを栽培する」こと自体がひとつの個性になるのだ。

高品質なぶどうを生み出すポテンシャルを秘めた、坂城町の土。
坂城葡萄酒醸造は坂城町の畑で、坂城町でしか作れないぶどうを育てる。

▶砂礫土壌を生かして 自社で栽培するぶどう品種

坂城葡萄酒醸造の自社畑で栽培するぶどう品種は、次の7品種だ。

<赤ワイン用ぶどう>         

  • カベルネ・ソーヴィニヨン
  • メルロー
  • カベルネ・フラン
  • サンジョヴェーゼ

<白ワイン用ぶどう>

  • シャルドネ
  • ソーヴィニヨン・ブラン
  • リースリング

長野県で栽培されている赤ワイン用ぶどう品種といえば、「メルロー」が主流だ。しかし坂城葡萄酒醸造では、カベルネ・ソーヴィニヨンを多く栽培している。

カベルネ・ソーヴィニヨンを栽培する理由は、畑のある坂城町の土壌が関係する。カベルネ・ソーヴィニヨンは、砂礫土壌との相性がよいのだ。

2015年に初収穫を迎えたカベルネ・ソーヴィニヨンは、大成功だった。糖度が十分で、酸も落ちにくく、大変品質のよいぶどうが採れたのだ。でき上がったワインのボリュームも申し分なかった。

しかしぶどう栽培は、そう簡単にいくものではないのが難しいところ。ぶどうの生育度合いの問題があったり、度重なる異常気象もあったりで近年は苦労が絶えない。

「樹齢10年に達するまで、ぶどうは樹を大きくしようとするので果実に養分が行きづらくなります。初年度はうまくいきましたが、以降は樹を大きくしている時期に当たり、なかなか満足のいく果実が収穫できないシーズンが続きました」。

しかし、耐え忍ぶ時期を越えれば光が見える。初めて畑に植えたカベルネ・ソーヴィニヨンが、10年目を迎えるのだ。栽培技術も研鑽しながら、よりよい品質を目指して挑戦は続く。

「やれることはまだたくさんあります。試行錯誤しながら、品質を高めていきます」。成澤さんの言葉は、明るく力強い。

▶頭を働かせ、工夫する ぶどう栽培の苦労やこだわり

畑の場所や斜面の向きを考えた植え付けなど、数多くの栽培の工夫を凝らしている坂城葡萄酒醸造。栽培の工夫のなかでも、近年特に気を遣っている作業が「除葉(生育に不要な葉を取り去る作業)」だ。作業タイミングだけでなく、取り去る枚数にも気を配り、収穫を見越した繊細な作業を行っている。

坂城葡萄酒醸造では、リースリングをギヨーダブル仕立てで栽培している。主枝2本をワイヤーに這わせて誘引する仕立て方だ。

房ができる新枝を、2本の主枝からそれぞれ5本ずつ伸ばすように管理しており、ひとつの枝から収穫する房は2つまでに制限する。すなわち、1本の樹から採れるぶどうは、最大20房ということになる。房数を制限するのは、残す房に栄養分を集中させるためだ。

何が正解なのか、天候や栽培手法がぶどうにどう影響するかは、今でもわからないことがたくさんあるという。
例えば、原因不明の穂先の枯れが表れることがある。有識者に尋ねたが、原因の特定は難しいそうだ。早期発見して取り除けば大事に至らないため、こまめな観察が欠かせない。

「これからも原因不明なトラブルや、栽培に影響を与える異常気象は続くはずです。ぶどう栽培の方法も、変化を強いられるでしょう。それでも試行錯誤して、自分たちにできることをやっていくことが大切だと考えます」。

代わりゆく環境に適応するには「頭と手を使って試し、どんなことにもチャレンジすること」が必要だ。天候や場所など人の手では変えられないものはあるが、自分たちが動き続けることでよいものが作れるはずだと考えているのだ。

ベストな天候をただ待つのではなく、困難を前提とした上でどう動くか。成澤さんの考え方は、極めて現実的かつポジティブだ。

『 料理に合うワインを造る 坂城葡萄酒醸造の醸造』

続いて見ていくのは、坂城葡萄酒醸造で行うワイン醸造や目指すワインについて。

「レストラン出身なので、料理に合うワインを造りたいですね」と、成澤さん。

具体的な醸造のエピソードや、ワインに関する思い、工夫など興味深いお話がたくさんある。順に紹介していきたい。

▶料理人ならではの視点「逆から組み立てるワイン」

坂城葡萄酒醸造の醸造は、「逆から組み立てる」のが特徴だ。

「ワインを造るときは、お客様が飲むシチュエーションや合わせる食事を決めるところからスタートします。普通は、ぶどうの特徴や出来からワインの方向性を決めるのが一般的ですよね。うちは、まさに『逆から造る』ワインです」。

狙った料理にあうワインを造るために、栽培手法や醸造方法をどうするか、と逆算的に進められる坂城葡萄酒醸造のワイン造り。ほかにはない特徴であり、坂城葡萄酒醸造ならではの強みでもある。ワインを狙った方向に仕上げるため、醸造家だけでなくシェフや成澤さんも加わってワインの方向性を決めている。

ここで、成澤さんが「ワイン造りで嬉しかったこと」として話してくれた、あるエピソードを紹介したい。

「ワイン漫画『神の雫』の作者の方が、千曲川ワインバレーのワイナリー見学にきたことがありました。弊社にもお越しいただいたのですが、ワインをすべて飲んでいただいたときの感想が、『あなたたちのワインは、料理のために隣の席を空けてくれてるよね』というものでした。自分たちの醸造信念が伝わったのが嬉しかったです」。

坂城葡萄酒醸造のワインは、料理と楽しむことで完結する。食事とともにワインを飲めば、ワイナリーのこだわりや個性が明確に感じられるだろう。

▶テロワールを表現するカベルネ・ソーヴィニヨン

「うちのテロワールを表現したカベルネ・ソーヴィニヨンを目指しています」。

特徴的な砂礫土壌の性質を生かして、カベルネ・ソーヴィニヨンのワインを造る坂城葡萄酒醸造。

一般的なカベルネ・ソーヴィニヨンのイメージは「渋くボディが強い、ギシギシしたタンニン」というものだが、坂城町で育てると料理に合わせやすい絶妙な優しさのワインに仕上がるという。

カベルネ・ソーヴィニヨンは、日本での栽培が難しいぶどう品種のひとつだ。気候や土壌が異なるからだろう。カベルネ・ソーヴィニヨンの名産地ボルドーのような、ボディあるワインを生み出すことは少ない。

「カベルネ・ソーヴィニヨンらしい強さを出すことは目指しますが、日本ならではの特徴も大切にするべきだと思うのです」。

欠点に思えることでも、別の面から見れば、長所や個性になる。坂城町だからこそできるカベルネ・ソーヴィニヨンのワインを造るのが、坂城葡萄酒醸造の目標だ。

「テロワールを受け入れて、坂城町らしいワインを造りたい」と、成澤さんの決意は固い。

▶エチケットデザインのこだわり

坂城葡萄酒醸造のエチケットは、長野県出身の有名デザイナー2名が描いている。いずれも美しく個性的。手に取りたくなる魅力に満ちたデザインだ。

2名のデザイナーと成澤さんの出会いや、エチケットデザインを決める上でのエピソードを紹介しよう。

トップキュベのワイン「Vino della Gatta」のエチケットイラストを描いたのは、小松美羽さん。坂城町出身の小松美羽さんは、日本のメディアにも多数出演している著名なアーティスト。海外でも有名であり、作品は高額で取引される売れっ子だ。

「小松さんが今ほど有名ではなかった、2011年頃のことでした。同郷の人がレストランをやっているという話を聞きつけて私の店に来てくれたのが、小松さんとの出会いでした」。

当時はちょうど、ぶどう栽培を開始した時期だった。ワインができたらラベルを描いてほしいと軽い調子でお願いすると、小松さんは快諾してくれた。

時が経ち、2016年のこと。成澤さんはラベルデザインを依頼すべく、小松さんに連絡をとったのだ。

「2016年の頃は、彼女はもうテレビ番組の『情熱大陸』に出るほど有名になっていました。以前お願いしたラベルの話なんて忘れているかもしれないと思って連絡したのですが、覚えていてくれていて、うれしかったですね」。

「猫とぶどうと坂城町」というテーマで、自由にデザインしてもらうよう依頼した。ちなみに、成澤さんは猫好きだ。レストラン名やワイナリー名にも猫の名が入っている。ワイナリー名でもありトップキュベワイン名の「Vino della Gatta」の「Gatta」は、イタリア語で猫の意味だ。

「坂城神社の狛犬をモチーフにした、『こまねこ』が描かれたエチケットを完成させてくれました」。

坂城町らしさとワイナリーらしさを両立した、インパクトとユーモアを表現した魅力的なエチケットだ。

ほかのワインのエチケットデザインは、アーティストのOZ- 尾頭-山口佳祐さんにイラストを依頼した。

「OZ-尾頭- 山口佳祐さんには、坂城町に実際に存在する風景を浮世絵風にして描いてもらいました」。

浮世絵風の風景画にはワイナリーがあり、働くスタッフも登場する。またエチケットの前面には、ワイナリーのテーマである「猫」のイラストも。猫の柄はワインの銘柄ごとに異なるため、比べて眺めるだけでも楽しい。

▶ボトルを手にとってもらうための仕掛け

長野出身のアーティストに依頼した魅力的なエチケットには、デザイン以外にも大きな仕掛けが施されている。

「坂城葡萄酒醸造のワインボトルの表のエチケットには、ワインに関する情報はなにも記載していません。あえて、どんなワインなのかわからない状態にしているのです」。

通常のワインボトルのエチケットといえば、銘柄名や品種名が記載されているのが当たり前。しかし坂城葡萄酒醸造のエチケットには表記がない。

これではどんなワインなのか、想像がつかないのではないか?しかし成澤さんは、あえてワインの正体をボトルの表に記載しないことを選んだのだ。

「例えば『シャルドネ』と表示されていれば、お客様はワインを見て『シャルドネなんだ』と思うだけで終わってしまう。イラストがキャッチーで目に留まるからこそ、何も書かないことで手にとってもらえるのです。どんなワインか気になって、裏を見たくなるでしょう?」。

イラストで惹きつけ、あえて情報を隠すことで、ボトルを手に取ってもらう。ワインに関する情報をエチケットの表に入れない理由は、お客様にボトルを手に取ってもらうための仕掛けだったのだ。

また、ボトルの裏側のラベルにも、お客様を引き付けるための工夫がある。

「ラベルには、通常はワインの情報が列挙されていますよね。しかし、うちのラベルには、ソムリエである私のテイスティングコメントを記載しています」。

ワインボトルのラベルの情報は、無機質なことが多い。産地、アルコール度数、容量など必要最低限の情報が並べられているケースが大多数だろう。一方、「テイスティングコメント」は、飲んだワインの感想を伝えることができる「血の通った情報」なのだ。

例えば「猫じゃらし」という銘柄の、ソーヴィニョンブランの白ワインに記載されたコメントは、「青リンゴやライム、ハーブの若々しい香り」。具体的な果物や花々などに置き換えて表現することで、普段ワインを飲まない人でも、香りや味を思い描きやすくなる。

坂城葡萄酒醸造のエチケットは、美しさと面白さ、販売の工夫が詰まったワイナリーの個性を表したもの。飲み手が楽しめる要素が満載なので、店舗に行った際やワインショップで見かけた際には、ぜひ手にとってじっくりと眺めてみてほしい。

『ワイン造りの目標 2つの柱を確立させたい』

最後に紹介するのは、坂城葡萄酒醸造が掲げる将来の目標について。目指すワインと、ワイナリー運営の方向性を成澤さんに尋ねた。

▶大衆ワインを造りたい

坂城葡萄酒醸造の多くのワインは、1本2,000〜3,000円の価格に設定されている。

「3,000円前後の価格は、ワインファンでないと手に取りづらい価格帯だと思っています。今はスーパーでも、1,000円前後の美味しい外国産ワインがたくさんありますからね」。

日本ワインの品質は、世界と比べて遜色ないほどにレベルが上っている。しかし、成澤さんが考える「問題点」は、価格が高いことだ。
同じ価格で比較してしまうと、日本ワインではなくフランスワインやチリワインが選ばれてしまう。ワイン人口を広げるためには、低価格で美味しいワインを増やす必要性を強く感じているのだ。

低価格の大衆ワインの醸造を実現するために成澤さんが考えているのは、長野名産の白ぶどう「龍眼」を使用したワインを造ることだ。

「かつて長野で大量に生産されていた龍眼を使用して、デイリーワインを造りたいですね。棚栽培で収量を上げ、コストを下げてカジュアルなワインにしたいと考えています」。

龍眼ワインの目標は、地元の人々が日常的に飲めるお酒になることだ。ワインをより身近に感じられるように、成澤さんは日本人の生活に寄り添う新しいワインの開発を進める。

▶世界に通用するワインを目指して

デイリーワインの開発と同時に進めていくのは、世界に通用する高品質なワインの醸造。使用するのは、西洋ぶどう品種だ。品種個性とテロワールを突き詰め、レベルの高いワインを生み出すことに専念する。

世界を見据えたワイン造りのために、すでに取り組んでいることもある。それはエチケットに記載したテイスティングコメントの下に、英訳を載せていることだ。英訳を担当しているのは、坂城葡萄酒醸造の醸造責任者。アメリカで13年間ワイン醸造をしていた経験を持つ、女性醸造家だ。

英語表記があることで、海外からやってきた旅行者でも手に取りやすくなる。日本の売上だけでは不十分になる未来が来ることを予期し、海外展開を見据えて、具体的な行動を始めているのだ。

「エチケットデザインも、日本らしさを感じられる方が、海外の方はより手に取りたくなりますよね」。

坂城葡萄酒醸造は「大衆ワイン」と「ハイレンジワイン」2本の柱を強固にし、さらなる高みを目指す。

すべては、日本にワイン文化を根づかせ、海外にも日本ワインを知ってもらうため。坂城葡萄酒醸造の挑戦はこれからも続く。

『まとめ』

坂城葡萄酒醸造は、長野県坂城町の個性を表現したぶどうを育ててワインを造るワイナリーだ。砂礫質土壌から生まれたぶどうには、土地の個性が色濃く反映されている。

「合わせる料理」から逆算して考え、醸造されたワインは、食卓のお供にぴったり。日本ワインの可能性を広げてくれる存在だ。

坂城町にある坂城葡萄酒醸造のワイナリーには、レストランやショップも併設されている。地元食材がふんだんに使われた料理に舌鼓を打ちながらワインとのペアリングを楽しむのは、この上ない至福のひととき。

坂城町の自然の恵みを舌や肌で感じに、ぜひ訪れてほしいワイナリーだ。

基本情報

名称坂城葡萄酒醸造
所在地〒389-0601
長野県埴科郡坂城町坂城9586-47
アクセス
上信越道坂城ICから5分
電車
しなの鉄道「坂城駅」から徒歩7分
HPhttps://sakaki.wine/

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