『都農(つの)ワイン』不適地を逆手に取り、たゆまぬ挑戦で年間20万本以上のワインを生産するワイナリー

宮崎県にある都農ワインは、町おこしの目的でスタートしたワイナリーだ。その心を持ちながらも、世界に通じるワインを造りたいという大きな目標を掲げる。子世代、孫世代へと引き継ぐために、歩みを着実に前へと進めている。

『雨の多い宮崎県でワインを造る、都農ワイン5つの挑戦』

雨の多い宮崎県は日本一の不適地といわれるくらい、ぶどう栽培に向いていない土地である。そんな場所でワイナリーを1996年にオープンした都農ワイン。
都農の地でぶどう栽培を成功させた永友百二氏のチャレンジ精神を引き継ぎ、創業から現在までさまざまな挑戦を行っている。

▶ワイナリーの始まりは、農業振興と町おこし

お酒の消費量は減っているものの、果実酒の消費量は伸びている日本。日本ワインは消費量、輸出量ともに増えているという。日本にあるワイナリーは毎年30~40件増加し、九州全体では20件ほどにのぼる。
現在宮崎県には6件のワイナリーがある。日本の主要なぶどうの産地を見ると、1位は山梨県で2位は長野県。3位は北海道で4位は山形県、5位は岩手県で6位が宮崎県だ。

「宮崎県はワインと縁がない土地とよく言われますが、実は全国6位のぶどうの産地なんです。都農ワインでは現在約20万本のワインを年間で造っていますが、日本にある300社のうち12社くらいしか競合がいません。90%以上がワインの売上であることを見てもらえば、量が多いことをわかってもらえるはず」と、都農ワインの工場長である赤尾誠二さん。

赤尾さんは現在40代半ば。農業高校の出身で、都農町でワイナリー事業を立ち上げる技術者募集があり応募した。将来は寿司屋の板前や料理人など、手に職をつける仕事にあこがれていたという。
都農ワイナリーで出会った人の背中を追い、ワインにはまっていったそう。実家が畜産業を営んでいたため、365日24時間仕事することに抵抗はなく、むしろ楽しさを感じていたという。

▶雨の多い宮崎県で、ぶどう作りに挑戦

都農ワイナリーの象徴は、5つのチャレンジだ。ひとつめは「尾鈴のぶどう」。都農町でのぶどう作りが始まったのは、戦後まもなくの1953年。雨が多いためぶどうは実らないといわれていた宮崎県で、永友百二氏がお米に変わる作物としてぶどうを植えた。当時は「田んぼに木を植えるなんて」と揶揄されたという。

「宮崎県は冬が短くて春が早く訪れる気候。そのため、夏にぶどうの収穫ができる。全国的に秋の果物であるぶどうが、宮崎県ではスイカの横に並ぶ果物として出荷できた。夏のぶどうの需要があったというのが、産地背景としてあります」と赤尾さんは話す。

当時、植えられたのは食用ぶどうであるキャンベル・アーリー。見事栽培に成功し、現在まで長く栽培されている。

▶果実酒造りで町おこし。1996年ワイナリーオープン

2つめは「ワイナリーのオープン」。
1988年、北海道中川郡池田町の町営ワイナリーを見て、町おこしのために町営のワイナリーを作りたいと計画がスタートした。当時は地方公共団体に酒類販売業免許を出さない方針であり、第3セクターという形で始めなければならなかった。

さらに、当時は果実酒製造免許を取得するまでに数年、認定を取るまでにも数年かかり、計画から約10年の月日を要した。

「ワイナリーをオープンする前の1994年ごろ、このあたりはワインを知らない人が多かったんです。焼酎しか飲まない『焼酎王国』と言われていました。特に九州は『お酒を飲む』と言えば焼酎を指す。宮崎県には日本酒の蔵も1件しかありません。そんな中で当時の町役場の河野啓也さんが農家や地元の人、税務署などを説得して、ワイナリー建設を進めてきた。1996年に念願のワイナリーがオープンしました」。

指導をしたのは、現在オーストラリアでワイナリーを経営しているワインコンサルタントの方だ。年間300リットルの試験ワイン醸造と80aの試験栽培から始めた。

▶良いぶどうで、世界に通用するワイン造り

3つめが「世界に通用するワイン造り」。
当時の工場長で現社長の小畑さんは、情熱的な人で「良いぶどうが、良いワインを造る」という強い信念を持っていた。

「小畑は市場で売れる良いぶどうをワイナリーにもらうため、農家さんと取っ組み合いをするくらい衝突しました。おかげで農家さんとの距離が縮まり、良いぶどうをもらえているというのが現状です。都農ワインの醸造コンセプトは、当時から『地元産ぶどうしか使わない』ことなんです」と赤尾さんは語る。

30年ほど前は、ぶどうの産地ではない場所にワイナリーができることもしばしばあったという。海外から原料となるぶどうジュースを仕入れて日本で発酵して「国産ワイン」にしていた。
農家から市場に出しにくいぶどうをもらい、ぶどうがなくなったら海外の原料を使う。都農ワインも創業時はワインの本数が少なかった。すぐに完売してしまうため、行政から「海外の原料を仕入れて造れ」と指示された。
しかし、それを断って、地元のぶどうだけで造りたいと言い切ったのには大きな意味があったのだ。

▶最先端の醸造技術を導入してワイン醸造を行う

インターネット黎明期で、情報もデジタル化されていなかった時代。海外に出て情報収集するのが普通であった。都農ワインは日本で最先端の醸造技術を導入してきた稀有なワイナリーだ。

「最新の醸造技術を導入していたのは、都農ワインのすごく良いところ。当時、ヨーロッパの伝統的な手法を重んじてクラシックに造るスタイルが主流でした。カリフォルニアやオーストラリアのように新たな知見を持って、科学的なアプローチでワインを造る手法がトレンドになってきた。私たちは後者の新世界的な技術を用いて、ワイン造りを始めたのです」。
不適地という土地柄もあるが「世界に通用するワインを造りたい」という大きな挑戦の始まりだった。

▶ぶどう栽培の固定概念を変えて、栽培を可能に

4つめは「ワイン用のぶどう栽培」。宮崎県は高温多湿の環境で、食用のキャンベル・アーリーに比べて、ワイン用ぶどうを栽培するのは大変だ。それを可能にしたのが、地元の有機農業を研究しているグループとの出会いであった。
堆肥を積極的に土に加えてぶどうを作る。ぶどう栽培には縁がない土づくりで、固定概念から一歩外れたところでぶどうという植物に向き合っていくことになった。

「これは僕たちにとって、とても大きな財産になりました。ぶどうは一般的に『痩せた土地でよく育つ』と言われている。その固定概念を変えることも大変でしたね」と赤尾さん。

都農ワインでは、堆肥や有機肥料を使って土ごと発酵する土づくりを行い、草の養分を土に戻してぶどうに伝える草生栽培を実施。また月の満ち欠けを利用し、化学肥料は少量のみ使用。
独自の仕立て方や剪定方法で、必要最低限の農薬で健全樹の維持に努めており、20年近くこのやり方で栽培しているという。

▶棚栽培で枝を垂らす、独自の仕立て方を採用

都農ワインの独自の仕立て方とは、雨の多い宮崎県に合った棚仕立てのことだ。垣根と棚のどちらが良いか議論は尽きないが、垣根の方が育てやすく、結果も良いし安定するという。ただ、雨の多い土地では、ぶどうの位置が高い方が風通しが良く病気が防げるため、棚仕立てにしているのだ。

赤尾さんは「一概にこれが良い悪いではなく、地域によって合う仕立て方は変わります。僕たちは棚仕立てでやっていて、枝を垂らすことで、枝や葉、果実も充実しやすいと考えています。棚で栽培している人たちと話すと、葉っぱのあたる光の量や時間がどうとか、意見は分かれるんですが」と苦笑い。

▶世界の常識を変えるキャンベル・アーリー

5つめのチャレンジは、「世界のワイン業界の常識への挑戦」だ。
オーストラリアのワインライターであるデニス・ギャスティンさんが2003年に来日。キャンベル・アーリーという食用ぶどうでワイン造りをする都農ワインを、海外メディアに紹介してくれた。ワイン用ぶどうでのワイン造りが世界の常識だった当時、ギャスティンさん自身のワイン業界への挑戦でもあったという。

「ギャスティンさんが取材をした記事が紹介されたのが「WINE REPORT」という本でした。その後、キャンベル・アーリーが「世界のぶどう100選」に選ばれたり、都農ワイン自体が将来性のあるワイナリーとして紹介されました。ギャスティンさんは都農ワインに3度来てくれたのですが、我々のさまざまな挑戦に共感してくれた」と赤尾さんは話す。

ギャスティンさんは「僕もワイン業界に挑戦したい。ワイン用ぶどうで造るワインだけがワインではない。地域に根差しているぶどうで造った、地域の人に支持されるワインこそがワインなんだ」と語ったという。「THE WORLD ATLAS OF WINE(世界のワイン地図)」では、約500ページのうち日本は1ページしか記載がない。
だが日本を代表するワイナリーのひとつとして、都農ワイナリーが紹介されている。これが都農ワインのすごさである。

『地域に貢献して、持続可能な企業経営を目指す』

都農ワインの企業理念は、「みんなのワイン(住民参加型ワイナリー)」「地域貢献」「持続可能な企業経営」だ。地域に貢献することで、持続可能な経営をも目指す。では、地域貢献とは何だろうか。都農ワインでは「経済的貢献」と「文化的貢献」に分けて考えている。

▶都農ワインが行う経済的、文化的貢献

「経済的貢献は、農家さんからぶどうを買うこと、ワイナリーで売る物産品。都農町への寄付、雇用もあります。直接的な経済効果として認められる部分では、23年で19億円という効果がありました。さらに法人税や酒税など、国に納める税金も5億円を超えています。よくやっているでしょ? 社会的な意義や役割を果たしていると考えています」と赤尾さん。

文化的貢献では、ワイン祭りや都農ワインカップサッカー大会、野球大会などのスポンサーを務める。また、コルクボードでジオラマを作り、ワイナリーのブランド作りを町の有志と行ったりもしている。

「ジオラマ作りは本当に楽しかったですね。それを見ながら、このあたりに何を作ろうかと町の人と話し合い、オープンステージを作りました。そして、ワインを片手にジャズライブを開催したり、ハーベストフェスなどのイベントをしました」。町営の花火大会がなくなったとき、社長が「みんなの花火、みんなで復活」と、町民の寄付で上げる花火大会を復活させたこともあるそうだ。

▶農家とつながり、醸造技術で地域に貢献する

都農ワインでは、創業時から独自のフリーペーパー「情報誌 コルク」を年2回発行している。デザイナーに監修をしてもらっているものの、自分たちで特集を考えて文章を作成し、写真も撮影をする。2020年3月は「風と太陽」「寒と暖」「土と地層」「水と滝」というテロワールを特集した。

農家との絆は強く、一緒にイベントをしたり、永友百二さんの孫に畑を見てもらうなど関係性が深いという。また、都農ワインの醸造技術を活かして梅でワインを造り、中山間部地域の活性化の一役を担う。
グラッパを造ったり、グラッパをベースに都農町で獲れた柑橘系を使ったリキュールも造っている。今後はミネラルウォーターを世に出していきたいという。ワイナリーができる地域貢献は幅広く、醸造技術という面だけでも多くの貢献を地域にもたらしている。

『美味しいぶどうが育つ、都農ワインのテロワール』

宮崎県は日本のぶどうの産地の中でも、降水量が断トツで1位である。しかし、日照量は長野県よりも良い年があるという。また、その土壌は昔海の底であったこともわかっている。

▶雨は多いが、海が近いために日照量も多い

「宮崎県は海が近く、太平洋から湿った空気がやってくると山で雨になる。常に風が吹いており、雨雲は雨が降ったらすぐ通過する。雨の量は多いけれど、雨が降る時間は少ない。日照量が多い恩恵で、アロマティックな香りが特徴です」

また、冬が短いためにぶどうの芽吹きが早く、収穫までが早いのも大きな特徴だという。宮崎県は不適地ではあるが、同時に土地が与えてくれる大きなメリットもある。

▶1500年前に、大きなカルデラだった尾鈴山

都農ワインでは、宮崎県の地質学者に畑のジオストーリーを見てもらい、テロワールを深めてきた。ワイナリーのある場所は尾鈴山のふもと。尾鈴山は地元では有名な場所で、尾鈴山蒸留所があることでも知られている。

実は1500万年前は、都農ワインがある場所は大きなカルデラの中にあったという。直径約45㎞で、尾鈴山の噴火口は、ワイナリーから約30㎞離れていた。その火口から溶岩が飛んできたのが牧内台地である。そしてカルデラの半分は地殻変動に伴い、海底に沈んだという。

「残ったカルデラの一番高いところが今の尾鈴山。ワイナリーのある牧内台地は水が湧きます。畑の近くには水の道がいくつかあり、「白水の滝」の源泉も近い。年中水が枯れることなく湧いています。『白水 アンフィルタードシャルドネ』という商品は、白水の源泉の滝ちかくで栽培したシャルドネで造ったワイン。日本一になったこともあります」と赤尾さんは話す。

▶海の底だった層に根が到達すると、ぶどうの味が変わる

牧内台地は、溶岩が腐食してできた粘土層に、若い火山灰土壌が盛っている。粘土層の下からは、丸い「チャート」という海底でしか作られない石が出てきている。これは35万年前にこの台地が海の底であったということを示しているそうだ。

また、南九州に見られる「赤ホヤ」という地層が、牧内台地にはない。赤ホヤは酸が強く、ぶどうの根っこが到達するとぶどうが枯れてしまうという地層。
地元の農家は約15年で木を植え替えるが、都農ワインでは27年木が保たれているという。その理由は、牧内台地は傾斜が強いため、雨で流れたというのが有力説だ。

「溶結凝灰岩という溶岩が風化して岩になり、岩が柔らかくなって土になる。そこに水の湧く層があります。ぶどうの根っこが5年、10年をかけて地層に伸びていくんですが、現場感覚では樹齢が10年くらい経つと、ぶどうの味が変わる。おそらく黒ボク土層という火山灰土層を突き抜け、35万年前に海の底だった層に根が到達し始めているんだと思います。さらに根が伸びると、もっと味が変わるかもしれませんね」。
赤尾さんは、改めて牧内台地の土壌分析と根域調査を行いたいと考えている。

『20名のスタッフで、年間約20万本のワインを造る』

都農ワインでは毎年さまざまな取り組みを行いながら、年間約20万本のワインを20名のスタッフで造っている。創業から10年ほどはぶどうの基礎技術を固め、軌道にのってきたのちに品種を増やしてきた。
醸造でも設備投資を途切れなく行い、新商品を多く出している。

▶3つのシリーズのワインを醸造

「僕たちのワイナリーでは大きくわけて3つのシリーズを販売しています。
ひとつは『尾鈴ビンヤードシリーズ』で、契約農家が尾鈴山のふもとで作ったぶどうのワイン。14種類あります。
2つめは『牧内ビンヤードシリーズ』で、牧内台地の自社畑で育った14品種のぶどうからできたワイン。20種類くらいですね。
3つめは『プレステージシリーズ』でナイトハーベストや自然酵母を使った樽など、技術を詰め込んだ最高峰ワインです」。『プレステージシリーズ』は2020年にリリースした5,000円台のワインで、オンライン中心の販売だ。

▶30種類以上のラインナップは、都農ワインの挑戦の象徴

ワインを30種類以上造っているワイナリーは多くない。都農ワインでは、なぜたくさん造ることができるのか。
赤尾さんは「年間1アイテム以上、新商品を出すというコンセプトがあるのが大きいですね。年に1アイテム以上の新商品を出すためには、毎年絶え間なくさまざまなチャレンジをし続けなければ形になりません。例えば、新しい品種のぶどうを植えれば収穫に3~5年かかる。チャレンジの結果、ワインの種類が増えているのです」と話す。

コロナ禍では「キャンベル・アーリードライ Bag in box」という3リットルの箱入りワインをリリースした。4本分のワインが入っていて、値段は3本分。冷蔵庫に入る大きさで、ワインが傷みにくいのも特徴だそう。以前から準備していたからこそ発売できた商品だ。
毎年走り続けてきたことで、年々技術力や知見が追い付いていって、商品化がかなう。30種類以上のワインのラインナップは、都農ワインのチャレンジの象徴なのだ。

▶さまざまな苗木や品種

都農ワインではさまざまな品種の適正化を模索中だ。赤尾さんは、日本には「渋みがしっかりある赤の品種が少ない」と感じているという。「宮崎牛やジビエなど、美味しいお肉に合わせるような赤ワインがほしい。
日本で作られたハイブリッド品種であるビジュノワールに期待しています。色も渋みも良く、魅力的ですよね」と語る。

▶価格に比べて、品質が良い。コスパ重視の値付け

ぶどうの収穫量は天候に大きく左右される。台風がくると収穫量が減り、ぶどうの原価が上がる。
例えば、1本5,000円のワインであればぶどうが1㎏1,000円近くでも良いが、2,000円のワインは1㎏200~300円の原価が限界だ。都農ワインの値付けの特徴は「ワインの品質 ≧ ワインの価格」で、コストパフォーマンスのよさを重視している。
ワインの価格よりも品質が若干上であるがゆえに、2回目以降のリピーターが生まれると考えているのだ。

高級ラインの「プレステージシャルドネ都農」などは、土の恩恵やテロワール、満月や自然環境などを表現したいと造ったワイン。
値段以上に、やりたいことを詰め込んだと赤尾さんは語る。

▶チキン南蛮に合う「キャンベル・アーリー ロゼ」

都農ワインの代表銘柄でもある「キャンベル・アーリー ロゼ」は、パンチのあるロゼだ。イチゴのカクテルのような、特徴的な香りがあるという。甘口ながらも酸味があり、チーズケーキなどのスイーツにも合う。
ワインを飲みなれていない人の導入のワインとして、味わいも価格も人気だ。都農ワインが造る約20万本のうち、10万本がキャンベル・アーリーのロゼなのだとか。

「インターンシップで来ている地元の大学生2人が、『20歳になったら、キャンベル・アーリーのロゼをカクテルにして楽しもう』と企画してくれています。カクテルのようなワインをよりカジュアルに楽しむ。ワインの底辺を広げて、気軽にワインを楽しむ流れを作りたいと言っていました」

赤尾さんは「ワインは地酒でもあります。キャンベル・アーリーのロゼは、チキン南蛮にもすごく合うんですよ」と話してくれた。

『まとめ』

雨の多い宮崎県で永友百二さんがぶどう栽培を成功させたことが、現在の都農ワインのルーツであり、スピリッツだ。実は皇室に献上するほど立派な梨を栽培していた職人でもあったという。
そのマイスター精神が、ワイン醸造になっても脈々と受け継がれている。赤尾さんらはその精神を引き継ぐことを使命と考え、挑戦をし続けているのだ。

「ぶどう作りもワイン造りも年に1度だけ。25年栽培と醸造を行っても、25回の経験しかない。その経験を次世代に引き継ぎながら、歴史や樹齢を重ねていくことで、都農ワインのテロワールをもっと表現できるワインになると思う」という赤尾さんの言葉に、ワイン造りへの情熱が詰まっている。

基本情報

名称都農ワイナリー
所在地〒889-1201
宮崎県児湯郡都農町大字川北14609-20
アクセス◆お車(宮崎市から)
国道10号線を北上(都農町まで約1時間半)。 都農町に入り、JAスタンドを過ぎて1つ目の信号(右手に都農神社のある交差点)を左折します。
10号線から約300mほど直進して右折専用レーンのある交差点を右折すると小高い丘の上にワイナリーが見えてきます。
道なりに坂道を上がっていくと左手に都農ワイナリーがあります。
◆電車
JR都農駅より車で10分
HPhttps://tsunowine.com/

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