『LOWBROW CRAFT(ロウブロウ・クラフト)』余市の農家が作るガレージワイン

北海道余市郡余市町は、ワイン専用品種のぶどう栽培が盛んな土地だ。ワイナリーも多数あり、北海道の中でも特に高品質なワインの産地として名高い。今回紹介するのは、2022年に余市町に誕生したワイナリー、「LOWBROW CRAFT(ロウブロウ・クラフト)」だ。

石蔵を改装した醸造所が特徴的なLOWBROW CRAFTが手がけるのは、「農家が造るガレージワイン」。代表を務める赤城学さんはこだわりを持って、ひとつの作品を完成させるようなワイン造りをおこなっている。

そんなLOWBROW CRAFTが誕生したきっかけと、ぶどう栽培やワイン醸造におけるこだわりとは?また、LOWBROW CRAFTならではの強みとは?赤城さんがこれまで歩んできた道のりと、LOWBROW CRAFTの魅力に迫っていきたい。

『LOWBROW CRAFT 誕生までのストーリー』

北海道に移住する以前は、出身地である千葉県に住んでいたという赤城さん。どんな経緯で、北海道でぶどうを栽培し、ワイナリーを設立することになったのだろうか。まずは、赤城さんがぶどう栽培とワイン造りに興味を持ったきっかけから振り返ってみたい。

あわせて、赤城さんの思いが込められた、ワイナリー名の由来についても紹介していこう。

▶︎北海道への移住と出会い

「私は千葉県出身です。地元では家業の玩具店を経営していました。北海道に移住することになったきっかけは、当時私の妻が働いていた会社が農業法人を設立したことです。ワイン造りを担う人材を社内公募しており、興味を持ったのでチャレンジしてみたいと考えました」。

家業とは全く異なる仕事だったものの、「北海道に移住」と「農業」には夫婦ともに関心があった。就農経験はなかったものの、お酒が大好きな赤城さん夫妻にとっては非常に魅力的な仕事に感じられたそうだ。赤城さんの妻が社内公募に応募して、希望が通ったことをきっかけに余市町に移住。ワイン用ぶどうの栽培担当として夫婦で働くことになったのだ。2014年のことだった。

「余市のぶどう農家やワイナリーの方々と交流しているうちに、自分で育てたぶどうを自分で醸造してみたいという気持ちが次第に芽生えてきました」。

そんな赤城さんの転機となったのは、余市町登地区にあるワイナリー「ドメーヌ・タカヒコ」を運営する曽我貴彦さんとの出会いだった。

「『農家の造るワイン』として曽我さんが造るガレージワインは、栽培から醸造までを一貫しておこない、初期設備費を抑えて小規模で始められるのが特徴です。曽我さんが手がけるナチュラルなワインには造り手の思いがふんだんに込められていて、非常に感銘を受けました」。

一念発起した赤城さんは、自身でワイン造りをするために、2019年に会社を退職。登地区に農地を取得して、自社畑でぶどう栽培をしながら、ドメーヌ・タカヒコにて3年間の研修も受けた。そして2022年、念願の自社ワイナリーとしてLOWBROW CRAFTをオープンしたのだ。

▶︎石蔵を改装した醸造所

ワイナリーをオープンするには、さまざまな準備が必要だ。現在のLOWBROW CRAFTの醸造所は石蔵を改装したものだが、当初は畑にある倉庫を改修してワイナリーの施設を作る計画だったそうだ。

「ワイナリー建設を予定していた時期に、ちょうど世界情勢の変化のあおりを受けて木材やコンクリートなどの資材が急激に高騰してしまいました。倉庫の改修をするつもりでしたが、もともとの見積金額では不足することがわかったのです。ギリギリの予算で考えていたため、自分で改修工事をおこなうしかないかと思い悩んでいました。そんなとき、余市町登町でイタリアン・オーベルジュを経営している『余市SAGRA(サグラ)』さんから声をかけていただいたのです」。

宿泊施設を備えたレストランであるオーベルジュ「余市SAGRA」は、地元・余市の食材を使った美味しい料理に定評のある人気の施設。オーベルジュの敷地内にある石蔵を、醸造所として使わないかという打診を受けたのだ。石蔵は雪を使った天然の冷蔵庫である「雪室」として、かつてはりんごの貯蔵に使われていたものだった。しかし、長年使われていなかったため、大幅に手を入れる必要があった。

「石蔵の屋根はすっかり落ちてしまい、外壁のみの状態でした。室内にまで樹木が伸びて、放置された農機具も散乱していましたね。2022年の収穫時期までに醸造所を完成させるスケジュールで動いていたため、間に合わせるのはとても大変でした」。

春の雪どけとともに、伸びた樹木の伐採や片付けを始めた赤城さん。予算を抑えるために、自園の畑を管理しながら建築作業の手伝いもした。がんばったかいあって、醸造施設は収穫ギリギリに完成。すぐにぶどうを搬入して、なんとか醸造を開始することができた。

▶︎ワイナリー名の由来

ワインを気軽な存在にしたいと考えている赤城さんの思いは、ワイナリー名にも反映されている。

「LOWBROW(ロウブロウ)」は、英語で「教養が低い」「低俗な」という意味を持つ言葉だ。1960年代後半にアメリカ・ロサンゼルスで出現したストリート・アートである「ロウブロウ・アート」などに使われることもある。赤城さん自身が、ストリート・カルチャーやパンクロックなどの思想を取り入れ、枠にとらわれない大衆性を持つロウブロウ・アートを好むことから、ワイナリー名として「LOWBROW」を採用した。

「富裕層しか手が出せないような高級ワインではなく、ロウブロウ・アートのように身近で、ワインに詳しくない人でも誰でも気軽に飲めるワインを造りたいという思いを込めました。さらに、農家であり職人でもあるという意味を込めて、『LOWBROW CRAFT』と名付けたのです」。

敷居が高くとっつきにくいイメージをなくし、ワイン初心者でも気軽に手に取れるようなワイン造りを目指す。難しいことは考えずにごくごく飲める、日常に溶け込むワイン造りがLOWBROW CRAFTの魅力だ。

『LOWBROW CRAFTのぶどう栽培』

続いては、LOWBROW CRAFTの自社畑がある余市町の気候と、土壌の特徴を確認しておこう。余市町の気候は北海道の中では比較的温暖だ。平均気温は7〜8月が20℃前後、1〜2月がマイナス4℃前後で、真冬でも平均気温がマイナス10℃以下になる日はあまりない。

LOWBROW CRAFTでは、余市町でどのようなぶどう栽培をおこなっているのだろうか。栽培している品種と、栽培管理におけるこだわりについても紹介していきたい。

▶︎気候と土壌の特徴

「自社畑は南向きの斜面になっているため、日照時間が長いのが特徴です。山間部にある丘陵地で、午前と午後では風向きが変わります。風通しのよい場所ですね」。

自社畑のぶどうは全て垣根栽培で、畑の土壌は黒ボク土がメイン。火山性土壌のため、水はけがよい。だが、大小さまざまな火山岩を多く含むことがネックとなり、開墾した際には非常に手間がかかったという。

ぶどう栽培におけるこだわりを尋ねると、「自然との共存」だと回答してくれた。自然に対する赤城さんのリスペクトが感じられる言葉だ。

「野生酵母を使ってワイン醸造をしているので、ぶどうの休眠期に硫黄とボルドー剤は使いますが、化学農薬や殺虫剤は使用していません。畑のすぐ裏は山なので、害虫や害獣による被害は避けられませんね。対策はしっかりおこないますが、できるだけ益虫を生かし、自然と共存したぶどう栽培を目指しています」。

▶︎自社畑で栽培している品種

LOWBROW CRAFTで栽培している品種は、2020年に植栽したピノ・グリと、2021年に植栽したツヴァイゲルトレーベだ。数あるワイン専用品種の中で、なぜこのふたつを選んだのだろうか。どのような基準で品種選定をしたのかについて尋ねてみた。

「ツヴァイベルトレーベは、北海道で古くから栽培されている品種なので選びました。スパイシーで華やかな味わいが特徴です。出来上がったワインの味わいに、造り手によるふり幅が大きいところにも面白味を感じましたね」。

余市で新たにぶどう栽培を始める場合、ピノ・ノワールを植える方が多いそうだ。だが、赤城さんはピノ・ノワールではなく、あえてピノ・グリを選んだ。なぜだろうか。

「ピノ系の品種は余市に適性があると感じていたので、ぜひ栽培してみたいと考えました。これまで栽培経験がなかった品種に挑戦したかったので、ピノ・グリかピノ・ブランかで迷いましたが、品種の個性により魅力を感じたため、ピノ・グリを選びました」。

ピノ・ノワールの突然変異により、果皮の色が変わって誕生したのが、白ワイン専用品種のピノ・グリだ。ピノ・ノワールの遺伝子は不安定で、突然変異が起こりやすい特徴がある。

栽培している中で不安定な遺伝子がもたらすマイナス面に直面することもあるが、そこにも愛おしさを感じると話してくれた赤城さん。ピノ・グリならではの個性がワインに与える影響を楽しみにしているそうだ。

『LOWBROW CRAFTのワイン醸造』

いよいよ、LOWBROW CRAFTのワイン醸造の話題に移ろう。ワイン造りにおいては、「Lo-Fi(ローファイ)」なワイン造りと、エチケットデザインにこだわっているという赤城さん。

「Lo-Fi」なワインとは、一体どのようなワインのことを指すのか。また、LOWBROW CRAFTのエチケットには、どのような思いが込められているのか。詳しく見ていきたい。

▶︎農家が造る「Lo-Fi(ローファイ)」なワイン

「Lo-Fi(ローファイ)」という言葉を耳にしたことがあるだろうか。音楽をレコーディングする際に録音状態が悪いことや、音質が悪いことを表す言葉だという。完璧ではない音楽のジャンルを指す言葉として、「ローファイ・ミュージック」のようにも使われる。意図的に音質の悪い録音機器を使用したり、あえてノイズを取り入れたところに魅力を見出す音楽で、「ローファイ・ミュージック」には、低予算で手軽にできるというメリットがある。

「Lo-Fi」の対義語は「Hi-Fi(ハイファイ)」で、音響機器においてノイズを最小限に抑えて原音に近いことを指す言葉だ。音楽における「Lo-Fi」の定義をふまえた上で、LOWBROW CRAFTのワインは「Lo-Fi」なワインだと表現する赤城さん。

「必要最低限の設備で、シンプルな醸造を目指しています。醸造家ではなく、あくまで農家が造るワインですね。理想のワインありきでコントロールした「Hi-fi」なワインではなく、品種の個性があって洗練されすぎてない、ピュアで雑味のある「Lo-Fi」なワインです」。

等身大で、日々の生活に寄り添うことを目指して作られたLOWBROW CRAFTのワインは、私たちそれぞれの日常をさりげなく彩ってくれる存在なのだ。

▶︎こだわり抜いたエチケット

LOWBROW CRAFTのワインは、エチケットやネーミングも魅力的だ。アーティスティックでおしゃれなデザインには、赤城さんのこだわりが詰まっている。栽培から醸造までひとりでおこなっている赤城さんにとって、ワインはひとつの作品といえる存在だ。そこで、エチケットも自分でデザインし、作品を完成させているという。

「ラブルスカ種のワインのエチケットは、私が好きなミュージシャンのレコードジャケットやロゴのオマージュです。一方、自社畑で栽培したヴィニフェラ種のワインエチケットは自分が描き下ろしたイラストを使いました」。

赤城さんは音楽から受けたインスピレーションをもとに、エチケットをデザインする。たとえば、ナイヤガラのワイン「NIAGARA 2022」のエチケットに込められた思いは、「後先考えず突っ走る思春期のような衝動」。エチケットのデザインを眺めて、造り手の思いを感じながら味わってみてほしい。エチケットデザインやワインのネーミングの由来になっていることからもわかるように、赤城さんにとって音楽はかけがえのない存在だ。

「ジャンルを問わず雑多に聞いているので、好きなミュージシャンはたくさんいます。作業のときは必ず音楽をかけており、生活の一部になっていますね」。

『おすすめ銘柄と、LOWBROW CRAFTの強み』

余市で育ったぶどう本来の味を大切に醸した、LOWBROW CRAFTのワイン。おすすめの銘柄を教えていただいた。

また、赤城さんが考える、LOWBROW CRAFTの強みについても紹介したい。

▶︎LOWBROW CRAFT おすすめのワイン

赤城さんが挙げてくれたのは、個性的なエチケットが印象的な「BONNARD BONHEUR 2022」。自社畑で育てている樹齢3年目のピノ・グリ100%のワインだ。初収穫したぶどうを使っており、生産本数は1,600本。

「農地造成から醸造まで、ワンオペレーションでようやく完成させたという達成感があります。余市に移住しぶどう栽培を始めて10年、農地を取得して5年という節目に発売することができました。時間をかけて飲むといろいろな表情を出します。ぜひ、ゆっくりと味わって、変化の過程もお楽しみください」。

紅茶やハーブ、ナッツ、さらに柑橘系の果実味もあり、海老などの魚介類を使った中華料理やお寿司に合わせるのが、赤城さんおすすめのペアリングだ。

▶︎固定観念にとらわれないワイン造り

LOWBROW CRAFTのワイン造りの強みは、先入観にとらわれないところ。赤城さんが自由気ままに表現したエチケットにも、お客様からは多くの反響がある。ワインの味だけではなく、エチケットデザインをきっかけに興味を持ってもらえることが面白く、嬉しいという。

「デザイン制作時にインスピレーションを受けたミュージシャンのファンが、私のワインに興味を持って購入して下さったこともあります。逆に、ワインを飲まれたお客様から『あのアーティストのCDを買って聴いてみました』という声をいただいたこともありますよ」。

ワインはこうあるべきだという既成概念にとらわれずに造った、LOWBROW CRAFTならではの自由な表現が、ワイン好きにも音楽好きも受け入れられたということなのだろう。

『まとめ』

ワインに詳しくない人も、難しいことは考えずに家族や仲間と共に、気軽にLOWBROW CRAFTのワインを飲んで欲しいと話してくれた赤城さん。今後はぶどう栽培や醸造のスキルをさらに磨き、アートな面もより見せていきたいと考えているそうだ。

「独立してひとりで作業するようになってからは、以前と工程が異なるため、かなり戸惑いました。そのため、いかに効率よく作業できるかについて日々模索しながら取り組んでいます。一歩一歩着実に進み、この先も長く続けていきたいですね」。

将来的には、コンクリートタンクでの醸造に挑戦することも検討しているという赤城さん。農家が造る「自然と共存したワイン」の、今後の展開も楽しみだ。LOWBROW CRAFTからリリースされているこだわりのワインを、ぜひ一度味わってみてほしい。

基本情報

名称LOWBROW CRAFT
所在地〒046-0002
北海道余市郡余市町登町987-2
アクセスhttps://maps.app.goo.gl/5LKPNiaZKWw3UyYg7
HPhttp://lowbrowcraft.jp/

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