『ミシマファームワイナリー』化学農薬不使用の生食用ぶどうワインを次世代のために

高知県土佐郡土佐町は、日本の三大河川である吉野川の源流地域に位置する。美しい自然に恵まれた土佐町にあるのが、「ミシマファームワイナリー」だ。

ミシマファームワイナリーは、化学農薬不使用の生食ぶどうの栽培にこだわる。次世代に未来ある農業を残すため、ワイン醸造の道を選んだのだ。

ミシマファームワイナリーのオーナー山中敏雄さんに、ワイナリー誕生の経緯や、ぶどう栽培とワイン醸造へのこだわりについてお話を伺った。

山中さんのお話からは、現在の農業や未来への、並々ならぬ熱い想いが伝わってきた。農業やワイン醸造に関わる人だけでなく、現代のあらゆる人に通じる、忘れてはならない何かが秘められているように感じる。さっそく紹介していこう。

『次世代のためのワイナリー』

ミシマファームワイナリーの歴史は、1960年にはじまった。山中さんの奥様である、こずえさんのお父様、義雄さんが土佐町に開いたぶどう園として歩みをスタートさせたのだ。
こずえさんのご両親による二人三脚での営農は、40年ほど続いた。しかし、こずえさんのお母様の和子さんは病床につき、2008年に他界。義雄さんも2010年に帰らぬ人となった。

▶結婚と未経験からの就農

先代の義雄さんは、娘であるこずえさんに、農業を継いでもらうことを望んではいなかった。誰かよい人と出会えたら、土地を売って出て行ってかまわないと話していたそうだ。

当時、福岡県博多市のビル管理会社で働いていた山中さん。こずえさんには、山中さんとの結婚をきっかけに博多に行く選択肢もあった。しかし、父である義雄さんの手掛けたぶどう栽培を、続けたいとの思いがあったこずえさん。山中さんはまったくの農業未経験者だったが、就農に前向きだった。

「新しいことをするのが好きなんです。僕のように未経験の人間が、農業をすることに面白味も感じました」。

結婚した山中さん夫婦は、2013年3月にこずえさんの生まれ育った土佐町に移住。そこで、農業の厳しい現実を知ることとなった。なんと、まったくといってよいほど、ぶどうが売れなかったのだ。

しかも、先代が作ったぶどう畑はハウス栽培だ。畑の整備だけでなく、ハウスの補修も定期的に必要になる。そのため、年間数十万円もの維持費が必要となり、赤字が出てしまう。赤字を兼業で穴埋めする、まさに本末転倒ともいえる農業の形がそこにはあった。

▶無農薬のぶどうと農業の未来

「働いても働いても、農業にお金をつぎ込んで貧乏になるんです。実際、その状態が数年間続きました。いまだに僕と妻は、農業とワイン以外にも6つの仕事を掛け持ちしています」。

そこまでの苦労をして、山中さんとこずえさんが農業を続けるのはなぜなのか。理由のひとつに、先代の植えたぶどうの奇跡的ともいえるたくましさがある。

実は、母の和子さんが病床についた頃から、ぶどう園では農薬を使わずに栽培をおこなっていた。意図してのことではなく、先代ひとりでは農薬の散布にまで手が回らなかったというのが実情だ。だが、農薬を使用していないにも関わらず、病気はほとんどなく、きれいなぶどうができたのだ。

農薬がかかっていないことは大きな付加価値となり、通常のぶどうよりも高値で売ることも可能なはずだと考えられる。

しかし意外なことに、無農薬ぶどうをJAを通して販売しようとすると、ほとんどがB品としてはねられてしまう。山中さんとこずえさんは話し合い、自分達自身でブランディングしていくしかないという結論に至った。

また、山中さんたちが農業を続けているもうひとつの理由に、農業の未来への危機感がある。

周囲を見渡しても、次の世代に農業を渡していきたいという農家はほとんどいない。彼らは自分たちの子供には、役場や大手企業などに勤め、安定を得ることを望んでいるのだ。

「正直、ぞっとしました。このままいくと、日本の農業は、10年、20年後はどうなるんだろう。現役世代の次には、農業の担い手がいないと感じたのです」。

自らのぶどうにブランディングをして付加価値を付け、自分たちで直接販売できるところまでやってみよう。そして、作り上げた営農のスタイルを、次の世代につなげよう。そのためには、農薬不使用を掲げる必要がある。山中さん夫婦は決意した。

▶知名度の低さと見た目の問題がネックに

しかし、山中さんたちのぶどうはなかなか売れなかった。東京や大阪などの商談会にも、何度も足を運んだ。だが、土佐町はぶどうの産地ではないため知名度で劣る。

しかも、農薬を使わないぶどうは見た目がよくない。当初は興味を持ってもらえたとしても、商談にまではつながらなかった。

東京の有名果物店に飛び込みで営業をかけたこともあるが、どうしても見た目の問題がネックとなったのだ。

▶次世代のためのワイン醸造

山中さんたちは、ぶどうの加工品製造もいろいろと試した。しかし、生計が立てられるくらいの売り上げまでは得られなかった。しかも、ぶどうは足が早い果物だ。加工品にしても、賞味期限はあまり長く設定できない。

しかしある時、ワインであれば賞味期限が長いと気づいた。長く保存できることが1番の決め手になり、山中さんたちはワイン醸造に舵を切ることにしたのだ。

2017年には、ワイン特区での醸造認可を取得。醸造場所は敷地内の建物を改装して用意し、初期投資をおさえた。そして、2018年にワイン醸造を開始したのだ。

「ワイナリーのオーナーさんといえば、ほとんどの方が夢を抱いてワイナリーをはじめるのだと思います。ですがうちの場合は、どちらかというと、悔しい思いをエネルギーにしているのかもしれません」。

山中さん夫婦は2022年現在、50代半ば。ワイナリーは自分たちのためというより、志のある次の世代のためにオープンしたのだという。あと数年は自分達で経営を続け、軌道に乗ってきたら、早めに次の担い手への引き継ぎをするつもりだ。
ミシマファームワイナリーは、未来を憂い、次の世代のためによき農業の形を残そうという、義侠心にも似た山中さんたちの心意気が生んだワイナリーなのだ。

▶兼業しながらのワイナリー経営

前述した通り、山中さんたちはいくつもの兼業をしながらワイナリーを運営している。しかし、農業は手間と時間のかかる仕事だ。畑にはどんどん草も生えてくるので、草刈りの人を雇わなければならない。すると、また費用がかかる。

「専業でのワイナリー経営は、今はまだ考えられません。そのため、時間をどう割り振りするのか、この10年ほどずっと模索してきました」。

山中さんたちのメインの兼業は新聞の販売店経営だ。午前0時から1時に起床し、3〜4時間かけて朝刊を配達する。その後再び睡眠を取り、農作業やほかの仕事に備えるのだ。

「このパターンが一番時間を有効活用できますね」と山中さんは語るが、ほかにも日祝限定で、ソフトクリームのテイクアウトができるカフェをワイナリーに併設。さらに、古民家民宿経営なども手掛けているのだ。山中さん夫婦の働きぶりには頭が下がる。

『ミシマファームワイナリーのぶどう』

ミシマファームワイナリーで栽培しているぶどうは、全体のほぼ9割が、先代が植えた生食用品種だ。

先代から引き継いだ樹は、樹齢60年を超えている。樹齢はぶどうにとってステータスだと考える山中さんは、これからも古木を生かす方向だ。

ただ、生食用品種のみだとワイナリーとしては、あまりにも先鋭的になりすぎる。また、ワイナリー会員からの、ワイン用品種のぶどうのワインが飲みたいとのリクエストもある。

ミシマファームワイナリーのワイナリー会員制度は、年会費を支払ってワイナリーを支えることにより、ワークショップへの参加やワインの配布などの特典が受けられる仕組みだ。

ミシマファームワイナリーでは、会員の要望にこたえるため、新しくワイン用品種も植えている。

メルロー、ナイアガラの2品種は、2022年に少量収穫できる見込みだ。デラウェアはようやく実りはじめた段階。ピノ・ノワールと甲州、マスカット・ベーリーA、シュナン・ブラン、モンドブリエも樹の成長と実りが待たれる。

「ミシマファームワイナリーならではの味とは?と考えると、おすすめは、やはり生食用ぶどうですね。うちのスペシャルだと思っています。安芸クイーンは、今後さらに植栽して増やそうと考えています」。

ピノ・ノワールなどの王道のワイン用品種で、ワイン通を唸らせるものを造るのも、ワイナリーとしてのひとつの道だろう。しかし、ミシマファームワイナリーはあくまでも、日本のぶどう農家が造っているワインであることにプライドを持っているのだ。

▶高知の雨からぶどうを守るハウス栽培

2022年までの数年、高知ではぶどう栽培にとっては難しい天候だった。しかし幸いにも、ミシマファームワイナリーでは、2021年のぶどうの出来は比較的よかったそうだ。

梅雨が2か月続き、9月も連日の降雨だったが、完全に雨を防御できるハウス栽培が功を奏したのだ。

「実は2018年頃、苗木を1000本くらい買いました。露地も含めて、あちこちに畑をお借りして植えたのです。露地植えのぶどうには傘をかけるなどの処置をしましたが、高知の雨からぶどうを守るには、それだけでは足りなかったのです」。

地面に染み込んだ雨水のために、ぶどうが水分過剰となり、実割れを起こすなどの悪影響が出たのだ。以降、ミシマファームワイナリーでは露地栽培は行わず、約60aのハウスのみでぶどうを栽培している。

▶化学農薬不使用のぶどう栽培

持続可能な農業を、次世代につなげることを目指すミシマファームワイナリーでは、農薬を使わずにぶどうを栽培している。なんと、有機表示が可能となるボルドー液でさえ、使用していないのだ。

ただし、体長1​​mm以下の昆虫で、果実に穴を開けることで知られる害虫「アザミウマ」に対しては、「スワルスキーカブリダニ」をぶどうの樹に放し、害虫対策をしている。

実は、アザミウマを食べる「スワルスキーカブリダニ」は農薬としての販売が許可された「生物農薬」なのだ。そのため、ミシマファームワイナリーのぶどうは正確にいえば、「化学農薬不使用」である。

「本来、スワルスキーカブリダニだけでアザミウマを完全に防除することは、難しいとされています。おそらく、うちが日本ではじめて、スワルスキーカブリダニだけでアザミウマに対処しているケースでしょうね」と、山中さんは推測する。

▶窒素が虫を呼ぶことを突きとめる

ミシマファームワイナリーで害虫にひどく悩まされた例は、山中さんが農業を始めたての頃にもあった。

周囲からすすめられ、有機肥料を畑に入れた後、虫とうどん粉病などが大量発生してしまったのだ。

「僕が九州から虫を連れてきたんじゃないかと思ったくらいです。肥料の窒素分が、虫と病気を寄せ付けるのではないかと仮説を立てました」と、山中さんは冗談を交えながら振り返る。

そこで山中さんは自分の仮説を検証すべく、2棟並んで建っているハウスのひとつには有機肥料を入れ、もうひとつには入れずにぶどうを育ててみた。すると、有機肥料を入れたハウスにだけ見事に虫と病気が集中したのだ。2棟の間にはほんの1mほどの間しかないのにもかかわらず、違いが出たのである。

たまたま近隣に移住してきた昆虫学者にも確認してみると、虫には窒素分を検知する器官があり、窒素分の多いところに寄っていくことがわかった。山中さんの仮説は正しかったのだ。

費用をかけて肥料を入れることで、かえって虫と病気を寄せつけてしまうことがあるという、現在の農業が抱える問題点を山中さんは身をもって感じた。以降、ミシマファームワイナリーでは肥料を使っていない。

▶生物循環を活かす「バイオサイクル」農法

ミシマファームワイナリーでは山中さんが独自に「バイオサイクル」と名付けた、生物循環の力を借りた農法を行っている。

「バイオサイクル」ではまず、土着菌と呼ばれる、良性の白い菌を山から取ってきて畑に入れ、土の中の環境を健全に保つ。そして、ミミズやモグラに土を耕してもらうのだ。

ミシマファームワイナリーでは棚栽培でぶどうを育てている。棚栽培されたぶどうの根は広く浅く張っていくため、土を耕すことがない。しかし、土着菌には酸素が必要だ。そのため、ミミズやモグラに土を掘ってもらい、土中に酸素を行き渡らせるのだ。

周囲にもともと暮らしているモグラを捕らえ、自分の畑に移動させているだけで生態系を脅かしているわけでもない。自然の生物循環をそのまま、農業に活かすのがバイオサイクルなのだ。

『ミシマファームワイナリーのワイン』

よくするために何かを足すのではなく、余計なものを引いていく。足りないものがあれば足し算の要素も入れるが、まずは引き算を基本とするのが山中さんたちのやり方だ。

「もともとまったくの素人として農業に入ってきましたが、素人ならではの感覚はいまだに大事にしています。これまでの農業で当たり前に使われてきたものに対して疑問を持ち、省いてみたりすると、新しい発見があるんですよね」。

素人ならではの感覚、と山中さんが呼ぶパイオニア的姿勢は、ワイナリー運営の面でも生かされている。

▶国からのお墨付き

ミシマファームワイナリーでは当初、自らの飲食店や宿泊所のみのワイン提供ができるワイン特区の認可を取得。日本酒醸造の経験があった山中さんは、認可を受けたあとに1年、山梨の醸造家の指導を受けてファーストヴィンテージを仕込んだ。その後、2,000ℓ以上醸造し、販売もできる認可に切り替えたそうだ。

ただ、認可を切り替えた後もミシマファームワイナリーでは例年、600ℓ強しかワイン醸造をしていない。

実は、2,000ℓ以上の醸造が義務付けられていても、毎年延長許可を取れば、認可が取り消されることはない。ただし、延長申請をするためには毎年、国税局に品質検査をしてもらう必要があるのだ。

「3年間2,000ℓ以上の醸造量があれば、更新は不要となるので、普通のワイナリーならたぶん意地でも2,000ℓ造るんです。でも、逆にいえば品質検査を受けることで、毎年国から、品質にお墨付きがもらえるようなものなんです。ずっと延長申請しても構わないとさえ思っています」。

毎年の手続きの手間を、「国からのお墨付き」と捉える、山中さんの常識にとらわれない柔軟さに脱帽する。

▶自社ぶどう100%

量よりも質を重視しているミシマファームワイナリー。買いぶどうは一切使わず、自社ぶどう100%で醸造するのが、こだわりのひとつだ。

「今後も、そこはずっと曲げずにやっていきたいですね。そのため、量を造ることにはあまりこだわっていません」。

酵母の選び方や補糖のやり方には毎年工夫を加え、醸造技術の研鑽には余念がない。トライ・アンド・エラーを繰り返す作業に面白味を感じるそうだ。山中さんの気持ちよいほどの前向きなストイックさは、きっとワインの味にも表れていることだろう。

▶華やかな香りの生食用ぶどうワイン

ミシマファームワイナリーでは、非発泡性のスティルワインのみを醸造している。シーズンごとに白と、赤かロゼかどちらかを選択。ぶどうの出来によって年ごとに判断してラインナップを決める。また、すべてのワインが混醸法で造られ、多いときは7種類ほどのぶどうが、ひとつのワインに使われる。

メインとなるのは巨峰系4倍体品種と呼ばれる大型のぶどう。そして、安芸クイーンなどの3倍体品種のぶどうだ。どちらも生食用品種である。

一般的に、生食用ぶどうのワインは、通常のワインよりも味わいや香りが薄いイメージがある。近年、生食用のぶどうはホルモン剤を与えられて栽培されているものが多い。ホルモン剤を使うことで、まず、ぶどうの種がなくなる。そして、実が大きく成長するぶん、味が薄まってしまうのだ。

一方、ミシマファームワイナリーではホルモン剤などを与えずに育った健全なぶどうを使っているため、ぶどう本来の華やかな香りのするワインとなるのだ。

「ストレートにぶどうのよさが表現できるワインを醸造したいですね。生食用ぶどうのワインでも、香りもよくおいしいんですよ、と伝えられるように精一杯造っています」。

『まとめ』

山中さん夫婦は、60代になるまでの間に、ワイナリーを次の世代に引き継ぎしていきたいと考えている。自分たちの取り組みが農業の分野に活かされ、繁栄していく未来を描きつつ、日々努力を重ねているのだ。

「やる気があり、常識に縛られずにやれる方に引き継いでもらいたいです。僕らのイズム、みたいなものを引き継ぐ必要もありません。新しい価値観で、持続可能なぶどう作りとワイン醸造を続けてほしいですね」。

自分たちのためではなく、あくまでも次の世代のため。山中さんたちの奮闘はこれからも続くだろう。

日本のぶどう農家としての矜持と、次世代を想う温かな気持ちが込められたミシマファームワイナリーのワイン。ぜひ1度、飲んでみてほしい。

基本情報

名称ミシマファームワイナリー
所在地〒781-3521
高知県土佐郡土佐町446−2
アクセス
大豊ICから車で17分
電車
大杉駅からバス・徒歩で44分
HPhttps://www.mishimafarm.com/

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