『KIKYOワイン』歴史ある塩尻志学館高等学校で生徒たちが造る希少ワイン

長野県塩尻市にある「塩尻志学館高等学校」。国語や英語、数学などの普通教科に加え、商業や福祉、農業などの専門科目を学べるのが特徴の高校だ。

専門科目の中に、なんとぶどう作りからワイン醸造までを学べる講座があり、現在約60名の生徒が関わってワインを造っている。

今回は、塩尻志学館高等学校 農業科主任の宮入清志先生と、2年生の倉橋さんにお話を伺った。全国でもめずらしい、高校生が醸造するワインの秘密に迫ろう。

『1943年にワイン造りが始まった、歴史ある高校』

塩尻志学館高校では、1943年(昭和18年)に果実酒類製造免許を取得し、ワイン造りを開始した。今では70年以上も歴史がある、伝統的なワイン造りを行う高校として認知されている。

まずは、塩尻志学館高校でワイン造りがおこなわれるようになったきっかけから、紹介していきたい。

痩せた塩尻の土地でも、農業を生業にできるように

地域の歴史をさかのぼると、1890年(明治23年)に痩せた塩尻の土地でも農業を生業にできるようにと開拓が始まったのが発端だ。当時、豊島理喜治という人が、コンコードやナイアガラなど、約20品種、3000本のぶどうを植えた。

ぶどうなど果樹の栽培には、栄養のある土地よりも痩せた土地の方が適している。塩尻の土地が果樹の栽培に適していたことで、今では塩尻はワイン用ぶどうの一大産地となったのだ。

近年の日本ワインブームもあり、宮入先生によると、長野県内でも小規模ワイナリーが増えたり、遊休荒廃地にワイン用ぶどうを植えていたりする新聞記事などをよく見かけるそうだ。

現在まで続く、ワイン造りの長い歴史

「醸造がはじまったときから2022年まで、1度も途切れずワイン造りが続いてきたのは、本当にすごいことだと思っています」と、宮入先生。

宮入先生は、塩尻志学館高校に勤務して4年目。偶然にも、宮入先生の叔父が塩尻志学館高校の前身であった農学校の卒業生で、ワイン造りを開始した時期に入学したという。

宮入先生の叔父は、現在90歳近い高齢。「昔は、生徒たちが長靴で踏んでワインを造っていた」などの話を聞いたこともあるそうだ。機械化が進む前の時代ならではの手法でワインを造っていた、当時の様子がうかがえる。

教員も生徒とともに、学びながら実績を積んでいく

塩尻志学館高校で指導にあたる教員は、実は、ぶどう栽培やワイン造りの専門家ではない。赴任が決まった教員が勉強し、実績を積みながら生徒への指導をおこなっている。

宮入先生が赴任をする前には、「塩尻志学館高校で、ワイン造りを指導してもらえないか」と打診があった。面白そうだと感じて、転勤を決めたという。専門家ではないため、生徒と互いに学び合いながら、ぶどう栽培とワイン醸造を進めている。

「まったく教科書通りにはいかないため、ぶどう栽培から学ぶことも多い」とも感じている宮入先生。

長野県の厳しい寒さの中でおこなうぶどうの剪定も、マニュアル通りにはいかない。生徒たちは1本ずつ異なるぶどうの樹をしっかりと見ながら、「今シーズンはどの芽を残そうか」「どのようにぶどうを栽培していこうか」と考えながら剪定を行っている。

『多様なカリキュラムを選択できるのが魅力の高校』

塩尻志学館高校の2年生の倉橋さんの家では、ワイン用ぶどうを栽培している。倉橋さんのお宅は祖父と祖母、父と母、3兄弟の家族構成。倉橋さんは長男として、家業を継ぐ可能性もあるそうだ。

倉橋さんが進学先として塩尻志学館高校を選んだ理由から紹介したい。

出荷した後、ぶどうがワインとして醸造される過程を学びたい

長野県松本市にある倉橋さんの家は、ワイン用ぶどうをはじめとして、リンゴやナシ、生食用ぶどうも栽培している果樹農家だ。小さいころから果樹に親しみ、出荷作業なども手伝ってきたという倉橋さん。

塩尻志学館高校を選んだのは、塩尻志学館高校では授業の一環としてぶどう栽培だけでなく、ワイン造りを行っていると知ったからだ。自分の家で作るぶどうが出荷されていくのを見てはいたが、その先はわからない。出荷した後のぶどうから、どのようにワインができていくのか、その後の過程に興味を持っていた。

塩尻志学館高校では、ワイン用ぶどうからワインを造る方法を学ぶことができる。歴史も長く、専門的な知識も得られる点に魅力を感じて、進学を決めた。塩尻志学館高校の生徒の多くは、長野県出身者が占めているという。

2年生からは進路を見据えたカリキュラムを自分で選択

塩尻志学館高校のカリキュラムの特徴のひとつに、2年生以降の生徒が自分の学びたい科目を自分で選択できる点がある。1年生は決められた時間割で授業を受けるが、2年生からはそれぞれが将来の進路を見据えて、適正や興味関心に沿った科目を選べるのだ。塩尻志学館高校では、通年制のカリキュラムを「講座」と呼んでいる。

倉橋さんは農業を学びたいと考え、野菜を栽培する科目やワインを造る科目を選択したそうだ。

選択可能な講座は、なんと100種類以上。2年生でワインについて学ぶことができるのは、倉橋さんも履修する「ワイン製造α」で、週に4時間(4単位)の授業がある。3年生になると、2年生での学びを発展させた内容の「ワイン製造β」を、同じく週に4時間(4単位)受講できる。

また、自由選択科目として、2年生と3年生で一緒に学ぶ「ワイン学」が2時間(2単位)ある。ぶどうの収穫は、農業関係の実習だけでなく、1年の「産業社会と人間」の授業でもおこなっている。

『メルローやナイアガラなど、栽培するぶどうは6~7種類』

塩尻志学館高校で栽培しているワイン用品種のぶどうは6種類。

  • メルロー
  • ナイアガラ
  • シャルドネ
  • カベルネ・ソーヴィニヨン
  • 甲州
  • コンコード

さらに生食用のポートランドも栽培しているので、合計7種類だ。

授業では、ぶどう栽培の方法を教科書で学ぶだけでなく、実際にぶどう畑で作業をすることができるのが塩尻志学館高校の特徴だ。

日本でのぶどう栽培の未来を担うことになるであろう若者たちが、多様なぶどう品種の栽培について学べる環境が準備されている。

春には樹の形を整える誘引作業を行い、夏には必要のない葉を摘み取る「芽かき」を実施。秋にはぶどうを収穫し、生徒たちは身をもってぶどう栽培の苦労と面白さを学んで行くのだ。

塩尻志学館高校では生徒たちが授業の一環としてぶどう栽培とワイン醸造を手がけるが、生徒たちは未成年のため、ワインを飲むことができない。そのため、授業の中でぶどうジュースも造っているそうだ。

32aの圃場で、垣根仕立てと棚仕立てを採用

塩尻志学館高校の生徒たちが、ぶどうを育てている圃場の広さは、32a。1aは10mかける10mで100㎡の広さなので、その30倍の3,000㎡をイメージするとわかりやすい。

仕立て方は、主力のメルローが垣根仕立て。そのほかのぶどうでは、棚仕立てを採用している。また、省エネルギー化を考え、スマート方式の仕立て方が導入されているそうだ。

『降水量が少なく、ぶどう栽培に適した土地』

ぶどうの生育には、土壌の具合や降水量、風などの自然条件が関係する。塩尻の土地は、石が混じったような土壌で、肥えた土地ではないが水はけのよさが特徴だ。また、降水量が少ないこともぶどう栽培にはプラスに働いている。

土壌のポテンシャルが高いので、よいぶどうが収穫できる

山梨大学の先生の調査によると、塩尻志学館高校の圃場は、土壌のポテンシャルが高いそうだ。宮入先生は、毎年よいぶどうが収穫できると実感しているという。

ただし、気候や土壌などの条件はよいものの、統計資料によると平均気温が100年で2度上がっている。そのためなのか、ぶどうの樹に本来あらわれるはずのない病気にかかってしまうことが懸念点だ。

2021年も長雨が続くなど、近年では当たり前の事になりつつある異常気象の影響は避けられなかった。降水量の少ない夏場に雨が降り、ぶどうの樹が病気に侵された例もあったのだ。しかしながら、10日に1度のペースで計画的に消毒を行っていることもあり、大事には至らなかった。結果として、非常に高品質なぶどうが収穫できたという。

年に1度、企業と連携して植樹作業を経験する

圃場のぶどうの樹は、樹齢20年~30年で植え替え、新しい世代の樹に変えていくのが塩尻志学館高校の習わしだ。ただし、カベルネ・ソーヴィニヨンなど、ぶどう作りを始めたころに植えた古木も少数ではあるが残っている。今では幹の太さは15~16㎝もある立派な古木だ。

学校の圃場の植え替えは毎年実施するわけではないため、生徒たちは年に1度、5月に校外での植樹を経験する。キリンホールディングスグループのメルシャン株式会社が管理する、山間のぶどう畑での植樹作業だという。企業とタイアップして学びを深められるのも、学校ならではの興味深い試みだ。

『ひとつひとつの作業を丁寧に、手間暇をかける』

ぶどうの栽培を行うのは講座を受講している生徒たちだ。「大変なのは、それぞれの作業でまったく手を抜くことができないことです」と、倉橋さんは話してくれた。

夏休みなどの長期休暇のときにも、圃場を訪れて手入れをおこなう必要があるのだ。生徒たちは年間を通して、ぶどうと真摯に向き合っている。

丁寧に育てた分、どんどん成長して健全なぶどうが実る

ぶどう作りとワイン造りを学ぶ生徒たちは、年により人数が異なる。2022年現在は、3年生が21人、2年生が17人、さらにワイン学を受講する20人ほど。個々にぶどうの樹が割り当てられ、樹に名前をつけて各自が責任をもって管理する。

ぶどうの樹は生き物なので、少しでも作業で手を抜くと、後々に響いてくる。生徒たちは細心の注意を払い、自分の樹を大切に育てているのだ。

倉橋さんのように背が高い生徒にとって、背の低いぶどうの樹の手入れは、体勢的にも困難な面もあるそうだ。それでも、丁寧に手入れをして育てたぶん、どんどん成長して健全なぶどうが実ることにやりがいを感じるという倉橋さん。
「成長の過程がしっかりと感じられ、努力が形になっていくのが、大変ななかでも楽しいです」。

時代のニーズを取り入れ、科学的なワイン造りにこだわる

生徒たちはワインを飲むことができないため、「このようなワインを造りたい」という、確固たるイメージは持ちにくい。
しかしながら、塩尻志学館高校では醸造に関して、時代のニーズを取り入れたワイン造りにこだわっている。たとえば、今では日本ワインの主流となった辛口ワインを目指してこだわりの醸造をしているのだ。

塩尻志学館高校はワイナリー協会の準組合員でもあり、地元のワイナリーと連携をしながらワイン醸造をすすめている。

一定以上の品質を保つために亜硫酸測定器が導入され、こまめな分析をおこなう。宮入先生は、「生徒はいずれ卒業し、教員にも転勤が起こり得るのが学校です。『この人でなければできない作業』がある状態では困ってしまいます。だからこそ、普遍的であることが求められるのです」と語ってくれた。
人が変わっても同じクオリティーのワインが造れるように、教育現場ならではのデータに基づいた科学的なワイン造りを目指しているのだ。

塩尻志学館高校では、人が口にする食品を製造するのがはじめてだという生徒がほとんど。倉橋さんも、「ワインは飲み物で、人の体に入るものです。髪の毛1本さえも落ちないように、衛生面にはつねに気を遣いました」と、大変さを語ってくれた。ワインの色や香りをチェックするのは未成年でも可能なため、生徒が主体となってワイン醸造をおこなっている。

『ぶどう栽培やワイン醸造は、学びのための教材』

塩尻志学館高校のワインの醸造本数は、赤、白、ロゼをあわせて年間約3,000本。以前は、できるだけたくさん造るようにといわれ、1万本以上造っていた時期もあったという。     

しかし、塩尻志学館高校でのぶどう栽培やワイン醸造は、あくまでも生徒の学びのための教材だ。そのため、現在では本数が必要最小限に見直された。

年間約3,000本のワインを造り、文化祭で譲渡

塩尻志学館高校では、ワイン1本を造るために多くの手間をかけている。醸造されたワインのうち、メルローの赤ワインは樽で1年間、瓶で1年間、合計2年間熟成させる。

塩尻志学館高校はワインの販売免許は持っていない。そのため、できあがったワインは年に1度、7月の文化祭で譲渡会の形式で販売される。赤ワインは1本1,000円、白ワインとロゼは1本900円という破格の値段だ。実際、塩尻志学館高校のワインは手に入りにくく、希少価値が高いといっても過言ではない。

コロナ禍がはじまってからは、主に生徒の両親などを対象に販売を実施した。しかし倉橋さんは、コロナが落ち着いたら、また以前のようにできるだけいろいろなところから買いにきてほしいと願っている。北海道や沖縄、可能ならば世界の人が、塩尻志学館高校のワインを飲んで、美味しいと知ってもらいたいそうだ。

オンライン授業用の教材を翻訳し、海外と連携していきたい

宮入先生は今後の計画として、国際的な交流を視野に入れている。宮入先生が作成したワインに関するオンライン授業用の教材を、倉橋さんが英語に翻訳。海外からでもワインについての学習ができるように、ホームページ上に掲載する予定だ。

コロナ禍で中止となっているものの、塩尻志学館高校では以前、フランスやアメリカでのワイン研修を実施していた。

宮入先生も2019年には、3年生の生徒をアメリカのカリフォルニア州周辺のワイナリーや大学や高校へと引率し、現地のワイン製造について学んだ経験を持つ。そのときの経験に刺激を受け、もっと海外との連携を強化したいと模索中なのだ。

農業を通して、地域が元気になる仕組みづくりをしたい

最後に、宮入先生と倉橋さんに今後の目標を伺った。恵まれた環境で、ぶどう栽培とワイン醸造を学ぶことができる塩尻志学館高校。ぶどうとワインについて、ともに学び続ける先生と生徒は、いったいどんな目標を持っているのだろうか。

宮入先生は、「農業を通して、地域が元気になるような仕組みづくりをしたいという夢を持っています。そんな夢を叶えるための手段として選んだのが、教員という職業なのです。今後も、地域での人材育成とネットワークづくりに力を入れていきます」と語ってくれた。

具体的には、以前は農業高校だった塩尻志学館高校が所有する、たくさんの遊休農地を活用する考えがある。「信州ひすいそば」を植えて、塩尻市の名産に育てあげたいという。

実は、塩尻市は「そば切り」発祥の地。信州そばと信州ワインで、塩尻市をさらにアピールしていく計画だ。学校の授業で年越しそばを打つなど、生徒も巻き込みながら、計画は少しずつ進んでいる。

倉橋さんが目指すのは、宮入先生のように、ワイン造りや農業を学生に教える教員だ。「ワインを造るよりよい方法を、学生に教えられる指導者になりたいです。自分たちは先輩たちから受け継いで、ぶどう栽培やワイン醸造を行っています。おなじように、ワイン造りを次の世代につないでいきたいです」と語ってくれた。少し照れくさそうにはにかんだ、きらきらと輝く表情が印象的だ。

倉橋さんは将来、ぶどう作りやワイン醸造の世界に進むのか、教員になるのかはまだわからない。倉橋さんが進む未来の選択肢は無限だ。どんな道に進んでも貴重な後継者になってくれると、宮入先生は倉橋さんのこれからに大きな期待を寄せている。

まとめ

塩尻志学館高校の生徒たちが年間を通して成長を見守ったぶどうは、科学的なデータにもとづき、美味しさを最大限に引き出されたワインになる。

「5,000~6,000円の価格で販売してもおかしくない、胸を張って自慢できるワインですよ」と、宮入先生が太鼓判を押すほどの仕上がりだ。

生徒たちが造ったワインは、卒業後さらに2年間熟成され、生徒たちが20歳になったときにプレゼントされる。20歳になった記念に、自分たちが仕込んだワインを同級生とともにあけて乾杯する楽しみが待っているのだ。

塩尻志学館高校で、自分の興味関心に合った科目を学び、得意分野を伸ばした生徒たちの卒業後の進路はさまざまだ。倉橋さんも国立大学の農学部入学を目指し、未来に向けて努力を続けている。

10代の生徒たちの真摯なぶどう栽培やワイン造りは、無限に広がる将来への足掛かり。どんな道へ進んでも、真剣に取り組んだ経験は、これからの人生の糧になるだろう。

基本情報

名称KIKYOワイン【長野県塩尻志学館高等学校】
所在地〒399-0703 
長野県塩尻市広丘高出4-4
問合せ先TEL 0263-52-0015 FAX 0263-51-1310
Mail  kikyo@m.nagano-c.ed.jp
HPhttps://www.nagano-c.ed.jp/kikyo/

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