山形県東根市は、県のほぼ中央に位置する。最上川の東岸にあり、奥羽山脈から流れ出る河川が作り出した扇状地を市街地に持つ。果樹栽培の盛んな山形県の中でも有数の果樹生産地であり、さくらんぼは全国1位、ラ・フランスは2位の生産量を誇っている。
そんな「果樹王国」の東根市にあるのが、山形県でいちばん小さなワイナリー「東根フルーツワイン」だ。
東根フルーツワインでは、ぶどうだけでなく、さくらんぼやラ・フランスなどの果物でもワインを造っている。東根フルーツワインを立ち上げたのは、元・大学教授でバイオテクノロジーの研究者だった、阿部利徳さん。研究者としての経験を生かし、美味しいだけでなく健康もよいワインを造ることをモットーとしている。
また、東根市の果樹農家から、出荷できない規格外の果物を買い入れてワインを造ることで、農家とwin-winの関係を築きつつ、地域活性化にも一役買っているのだ。
今回は、代表社員である阿部さんに、東根フルーツワイン創設のきっかけやワイン造りにおいてのこだわり、これからの取り組みについてのお話を伺った。
『東根フルーツワイン設立のきっかけとこだわり』
阿部さんが東根フルーツワインを立ち上げたのは、2016年のことだ。
「私は作物の成分分析などを中心とするバイオテクノロジー分野の学者で、大学教授をしていましたが、定年を迎えて出身地の東根に戻ってきました。東根市は、国内最高級品種のさくらんぼ、『佐藤錦』の発祥地としても知られています。私の研究を生かせる仕事をしようと考え、東根で作られた果物からワインを造るためにワイナリーを設立したのです」。
もともとは日本酒好きだったという阿部さん。過去には日本酒研究会の顧問も務めていたほどで、自分でも日本酒を造りたいと思っていたそうだ。
しかし、教授時代のこと、飲み過ぎのせいか脳梗塞を起こしてしまった経験を持つ。その後阿部さんは、大好きなお酒の中でも、特に体によいとされるワイン造りをすることにした。
▶︎科学的なエビデンスに基づく、健康によいワイン
阿部さんが健康維持のために注目している物質が「活性酸素」である。活性酸素は、体内に溜まりすぎると、病気の原因になりやすいといわれる。
この活性酸素を取り除く「抗酸化作用」を持つのがポリフェノールという物質だ。ポリフェノールは、特に赤ワインに多く含まれると耳にしたことがある人も多いだろう。
ワインに含まれるポリフェノールには、「アントシアニン」がある。また、果物を発酵することで発生する「アミノ酸」も、健康によい効果をもたらす。そのため、果物そのものを食べるよりも、ワインにして飲んだ方が体によいというのが、阿部さんの持論だ。
また、ワインにはアントシアニンというポリフェノールだけでなく、果物を発酵させると生成される健康にいいアミノ酸が含まれている。そのため、阿部さんは果物を食べるよりワインの方が健康にいいと考えているそうだ。
東根フルーツワインでは、山形大学と共同でワインの成分分析をおこなっている。研究結果は過去に2度、「日本ブドウ・ワイン学会(ASEV Japan)」で発表した実績もあるという。
東根フルーツワインのワインは、美味しいだけではない。科学的なエビデンスに基づき、健康にもよいことが、実証されているのだ。研究者ならではの視点を生かしたワイン造りは、東根フルーツワインの味わいにも生きている。
▶︎健康的なワインとの付き合い方
いくら健康によいお酒であるとはいえ、ワインはアルコール飲料だ。そのため、日々の摂取量には気を配る必要があることは言うまでもない。
「活性酸素を体内から取り除くために必要なポリフェノールは、1日1000mgです。一般的な赤ワイン100mlに含まれているポリフェノールは、およそ200mgほどですね」。
つまり、ワインのみからポリフェノールを摂取するためには、1日500mlのワインを飲む必要があることになる。
「毎日500mlのワインを飲むと、多すぎるように思います。ワインは100mlほど飲むことにして、残りの800mgのポリフェノールは、野菜やコーヒー、お茶、チョコレートなどから摂取するのがよいのではないでしょうか。『ケルセチン』というポリフェノールは玉ねぎやアスパラガスに、『リコピン』というポリフェノールはトマトに多く含まれていますよ」。
お酒の飲み過ぎで体を壊した経験があり、しかも研究者でもある阿部さんが語るワインとの付き合い方は非常に説得力がある。美味しいワインはつい飲み過ぎてしまいがちだが、健康維持のためには、ぜひ心に留めておくべきだろう。
『山形の果物を使ったワイン造り』
東根フルーツワインでは、自社でのぶどう栽培はおこなっておらず、ワイン原料となるぶどうなどの果物はすべて山形県内の農家から買い入れたものを使用している。
美味しい果物が多く栽培される山形で栽培された、どんなぶどうを使っているのか。また、ぶどう以外にワインとして仕込む果物とは。ぶどう以外のワインも造るワイナリーの秘密を、順に探っていきたい。
▶︎生食用ぶどうのワイン
まずは、東根フルーツワインがワインに使っているぶどうの品種から見ていこう。いずれも、近隣の農家が栽培したぶどうだ。
- シャインマスカット
- マスカット・ベーリーA
- ヤマブドウ
- ヤマ・ソービニオン
- ナイアガラ
- デラウェア
阿部さんはこれらのぶどう品種を選んだ理由を、次のように語ってくれた。
「山形では、生食用ぶどうの栽培が盛んです。そのため、県内のワイナリーではワインに生食用ぶどうを使うことが多く、その流れに従った形ですね。山形で手に入りやすい、身近な品種なのです。どの品種も、ワインに向いていると思いますよ」。
▶︎さくらんぼやラ・フランスのワインも人気
東根フルーツワインではラ・フランスでもワインを造っている。
「2022年7月に参加した、『杜の都ワイン祭り バル仙台』というイベントでは、ラ・フランスのワインが非常に好評で売り切れました。また、『佐藤錦』『ナポレオン』など、さくらんぼから造ったスパークリングワインも大人気でした。消費者の方々は、ぶどう以外のフルーツワインも求めているということを実感しました」。
さらに、東根フルーツワインでは白桃の「あかつき」や、りんご「ふじ」でもワインを造っている。もちろん、どちらも山形県内で生産された原料だという。
バラエティ豊かなフルーツからできた風味豊かなワインを、ぜひ一度味わってみたいものだ。
▶︎シャインマスカットワインで金賞を受賞
東根フルーツワインのぶどうのワインで最も人気があるのはシャインマスカットのワインで、フランス・ボルドーで開催された「Bordeaux Sake Challenge2021(ボルドー・サケ・チャレンジ)」のワイン部門では金賞を受賞した。
シャインマスカットワインでは、品質には問題がないものの、日焼けや実割れなどにより見かけの問題だけで規格外になってしまったものを原料として使用した。
「規格外だからといって、品質が悪いわけではないんです。規格外のぶどうを使っても賞を取れるくらいのワインが造れることが証明できましたね。農家さんのところでは、生食用としては出荷できないぶどうやほかの果物がたくさん出ます。そこで、うちでは一部、規格外の果物も購入しているのです」。
せっかく手塩にかけて育てても売ることができない在庫を抱えるのは、農家にとって大きな打撃だ。規格外の原料を使うことは、農家とワイナリーの両者に大きなメリットがある取り組みなのである。
▶︎天然酵母を使ったデラウェアワイン
続いては、ほかの銘柄についても紹介しよう。デラウェアのワインも、東根フルーツワインの人気銘柄だ。
東根フルーツワインでは通常、フランス製の乾燥酵母を使って醸造をおこなっている。2021年に初めて、デラウェアの醸造をする際に天然酵母を使ってみたそうだ。また、白ワインだけでなく、醸し発酵によるオレンジワインも醸造。デラウェアを2種類のワインに仕上げた。
「デラウェアワインの成分分析も実施します。デラウェアは赤紫の果皮ですので、アントシアニンが含まれます。通常の白ワインよりもポリフェノールが多く含まれているはずですね」。
ポリフェノールは、赤ワインだけではなく白ワインにも含まれる成分だ。赤ワインの方がポリフェノールの含有量は多いが、果皮が着色のぶどうで造ったワインには、白ワインでも一定以上のポリフェノールが含まれる。オレンジワインであれば、含有量はさらに多いだろう。デラウェアワインの分析結果が非常に楽しみだ。
『ワイン造りにおけるこだわり』
美味しくて体によいワインであること以外に、阿部さんがワイン造りにおいて心がけているのは酸味と甘味のバランスだ。
「例えば、甘みが強いシャインマスカットには酒石酸で補酸します。逆に酸味が強いヤマブドウには、マロラクティック発酵をおこなって酸味を抑える対策をしています」。
マロラクティック発酵は、鋭い酸味のあるリンゴ酸を発酵によって乳酸に変え、酸味をまろやかにする効果がある手法だ。
また、ヤマブドウワインには、フランス産のオークチップを入れ、樽香加えることでより風味豊かな味わいに仕上げている。
▶︎古代人も飲んでいた?ポリフェノールたっぷりの山ぶどうワイン
酸味が強いヤマブドウワインは好き嫌いが分かれる品種だ。阿部さん自身は、酸味が強いワインが好きなのだとか。また、阿部さんが話してくれたヤマブドウワインについてのお話が非常に興味深かったので紹介したい。
「ヤマブドウは酸が強いので、ワインにしたときに雑菌が繁殖する心配が少なく、品質が安定しています。そのため、日本人は古代からヤマブドウのワインを造って飲んでいたのでは?と言われているのですよ」。
もしかすると、私たちのご先祖様は海外からワインが輸入されるよりも前から、山に自生するヤマブドウでワインを造って飲んでいたかのかもしれないということだろうか。
阿部さんが分析した結果、ヤマブドウのワインは、アントシアニンの含有量が、一般的な赤ワインの2倍だったそうだ。
アントシアニンはポリフェノールの一種で、摂取すると目や血管によい効果があることで知られている。
動物性の脂質や乳製品の摂取量が多いフランス人に心疾患や動脈硬化が少ない現象のことを指す、いわゆる「フレンチ・パラドックス」といわれる現象に関係が深いとされている存在が、このアントシアニンだ。
日本でも、古代人が生きる知恵として、薬代わりにヤマブドウワインを飲んでいたと考えるのは少々飛躍しすぎだろうか。
いずれにせよ、ヤマブドウワインには、成人病予防やアンチ・エイジングに効果が期待できるポリフェノールが多く含まれていることには変わりがない。
東根フルーツワインのヤマブドウワインも、健康のためにと買っていくお客様が多いそうだ。酸味を抑えた飲みやすい味わいに仕上がっているので、酸味が苦手な方でも美味しく飲んでいただけるに違いない。
「ヤマブドウのワインに合わせる料理は、脂が多めステーキなどの肉料理や、中華料理などがおすすめですね」と、阿部さん。
美味しいものを食べたいけれど、健康にも気を使いたい方はぜひ、東根フルーツワインのヤマブドウワインをチェックしてみてはいかがだろうか。
▶︎クラウドファンディングを実施
阿部さんに、東根フルーツワインのいちおしワインは?とたずねると、「優雅な香りがする、シャインマスカットのワインですね」という答え。
マスカットの豊かな香りがそのまま味わえるワインで、好評のため2021年ヴィンテージは完売済みだ。次にシャインマスカットのワインがリリースされるのは、2022年12月頃になる予定(*インタビュー時)。クリスマスの食卓に合わせるのにぴったりだ。
東根フルーツワインでは、2022年度のシャインマスカットワインのために、クラウドファンディングを立ち上げた。前年よりも醸造量を増やし、事実上の予約販売のような形で、リターンとしてシャインマスカットワインを送ることにした。
2022年9月には、もともとの支援金額目標10万円のところ、なんと200万円を達成。大成功をおさめた。
東根フルーツワインのシャインマスカットワインに合う料理は、魚介類全般やグラタン、そしてハンバーガーなどだ。親しい人との集まりなど、楽しくカジュアルなシーンに合わせてほしい。
▶︎成分を考えながら丁寧に醸造
東根フルーツワインの強みとはなにか?と、阿部さんに質問してみた。
「成分を考えながら丁寧に醸造するところです。美味しいだけではなく、いかに体によいワインを造るかということを、いつも念頭に置いているんです。私が造ったワインを消費者のみなさんが飲んで元気になり、笑顔になる。話が弾んで、家族団欒が生まれ、さらに健康につながる。そんな効果のあるワインを造りたいと思っているところですね」。
▶︎幅広い層の方に飲んでもらいたいワイン
東根フルーツワインでは、幅広い層の飲み手を想定してワイン造りをしている。
「ターゲットは、20代から50代くらいまででしょうか。私自身が70歳を過ぎているので、ほんとうは、同年代のシニア世代の方にも飲んでもらいたいのです。しかし、ワインが健康によいことを知らない方が圧倒的に多いんですよね」。
人生100年時代。阿部さんのような70代以上の方も、生活の知恵のひとつとして、健康維持のためにワインを生活に取り入れることもおすすめだ。
▶︎ブルーベリーワインの醸造に挑戦
今後新たに挑戦したいことは、ブルーベリーでのワイン造りだと話してくれた阿部さん。
「ブルーベリーの収穫は、ぶどうのように一度におこなえるわけではないので、成熟した実から順に収穫して冷凍保存しておきます。新しい取り組みはいつも楽しみですね」。
どんな味わいで、どんな体に優しい成分が入っているのか。新登場のブルーベリーワインのリリースも待ち遠しい。
『まとめ』
「東根フルーツワインの強みは、ぶどう以外のフルーツワインにも重点をおいているところです。ぶどうのワインももちろん大切にしながら、それ以外の果物からも、美味しくて健康によいワインを造っていきます。フルーツワインを造ることで農家さんも助かり、消費者のみなさんも美味しくて健康になって、幸せが循環していくのです」。
今後は、これまでの年間醸造量6000ℓをさらに増やしたいと考えているという。
2022年には、ルクセンブルグ大公国で開催された「Luxembourg Sake Challenge2022(ルクセンブルグ・サケ・チャレンジ)」のディスカバリー部門で、さくらんぼ「紅さやか」のワインが金賞に輝いた東根フルーツワイン。
これからも、美味しいだけではなく、健康にもよいワインを造り続ける。研究者ならではの独自の視点とあくなき探究心は、非常に興味深い。阿部さんの真摯な取り組みを、これからも応援していきたい。
基本情報
名称 | 合同会社東根フルーツワイン |
所在地 | 〒999-3723 東根市大字大江新田字平林39-1 |
アクセス | https://www.h-fruitwine.com/access |
HP | https://www.h-fruitwine.com/ |