相模原の地で先駆者として立ち上がった『KENTOKU WINERY』

神奈川県相模原市は、県北部に位置する人口72.5万人の政令指定都市だ。
神奈川県内第3位の人口規模を誇る相模原市中央区に、2021年でぶどう栽培6年目を迎えるワイナリー「KENTOKU WINERY(ケントク ワイナリー)」がある。

相模原市唯一のワイナリーでもあるKENTOKU WINERYの事業統括担当、森山錬一さんにお話を伺った。

『KENTOKU WINERYの歩み』

KENTOKU WINERYは、異業種からの参入だ。母体となる「大森(だいしん)産業株式会社」は、アスファルトやコンクリートなどの建築廃材を処理し、再生資材としてリサイクルする企業。
異業種からのワイン醸造参入は珍しいことではないが、KENTOKU WINERYの設立には、一体どのような背景があるのだろうか。

▶高齢化する従業員のために

大森産業株式会社が手がける事業では、ときに危険な作業も発生するケースがある。
会社代表である森山謙徳氏には、高齢化する従業員のために、危険の少ない新たな分野での実績を作りたいという思いがあった。

代表の願いを形にするため、2014年に農地を取得して農業法人を立ち上げた。当初は玉ねぎやじゃがいもなどを作っていたが、ワイン愛好家でもある代表の希望から、2015年からはぶどうの苗の植栽を開始。
ひとつだった農園もその後、ふたつ、3つと順調に数を増やしていった。

▶試行錯誤の年月

KENTOKU WINERYでは、ぶどう栽培やワイン醸造に関して全くの未経験からのスタート。
しかもワイナリー 事業の専業ではなく、本業も続けつつ、ぶどう栽培を行ってきたというのだから驚きだ。

最初の2〜3年は試行錯誤の連続だった。勝沼や山梨のワイナリーまで出向き、勉強を重ねた。

また、「現代っ子なんで」と自らを語る森山さんが活用したのはYouTubeだ。
ワイナリーがアップロードしている動画を、自分たちのぶどう栽培の参考にしている。

数年にわたる努力が実り、KENTOKU WINERYが初めて本格的なぶどうの収穫を果たしたのは2019年のことだ。
収穫したぶどうは、横浜にある「横濱ワイナリー」に醸造を委託。2020年にKENTOKU WINERYのファーストヴィンテージとしてリリースした。

▶ワイン特区としてドメーヌに

KENTOKU WINERYでは構造改革特別区域法によるワイン特区での醸造免許を取得予定だ。2022年にはワイン特区の基準である2kℓの醸造量をクリアできるため、自社醸造へと切り替える予定で準備を進めている。

自社畑の相模原産ぶどうのみを使って自社醸造する、いわゆるドメーヌになるのだ。ドメーヌワイナリーとなることは、当初からKENTOKU WINERYの目標のひとつだった。

▶相模原でワイナリーを経営する意義

ぶどう栽培に関しては決して適地とはいえない相模原で、なぜワイナリー経営をするのかとたずねた。
「自分も会社も、相模原で生まれ育ってきました。自分の目の届く、地元でやりたいとの思いがあります」。

かつては相模原にもワイナリーがあった。相模原唯一のワイナリーを、自分たちの手でもう1度作りたいと考える。周囲に挑戦する人はいない。
ならば自分たちでと立ち上がったのが、KENTOKU WINERYだったのだ。

山梨や長野に行けばワイナリーは数多い。よほど突出した力量がないと埋もれてしまうリスクも存在する。いっぽうで相模原でのワイナリー経営は、同時に先駆者となることを意味する。
実際、数多くの地元飲食店が相模原産のワインということで、興味を持って購入してくれるのだ。

日本のワイン消費量1位と2位にランクインしている東京と神奈川の消費者に近いことも、利点にあげられる。
ワイナリーを訪れてワインを試飲した後でも、移動が簡単な立地も魅力だ。

気候などのハンデはあるものの、あえて相模原の地でチャレンジする。相模原に適したぶどう品種を見つけ、唯一無二の存在になりたい。
そんな秘めたる熱い思いを持つのがKENTOKU WINERYなのだ。

『KENTOKU WINERYのぶどう栽培』

KENTOKU WINERYは小規模ながら17〜18種類ものぶどう品種を栽培している。まずは数多くの品種を栽培し、適性がある2〜3種類に絞り込んでいこうという狙いだ。

▶適種を見出す過程

KENTOKU WINERYの3つの畑では垣根栽培を採用している。畑はいずれも同じ市内に位置するが、周辺の環境や日照時間、虫の多さや土壌の質が異なるため、施すべき対策もそれぞれに違う。
畑ごとに適した対策を重ね、徐々に適種を見出しつつある段階だ。

適種だと考えているのは「マスカット・ベーリーA」や「ブラック・クイーン」などの日本固有種。「アルモノワール」や、「ビジュノワール」などのハイブリット種も、相模原の気候に合うと考えている。

ぶどうの出来の判断基準で大切にしていることに「房付きと見栄えのよさ」がある。
「マスカット・ベーリーAやブラック・クイーンは、よいワインができる期待感が大きいですね」と、手応えを語る。

平均気温が比較的高く、夜温が下がらない相模原。晩熟タイプのぶどう品種を栽培すると、糖度が上がらず、色付きも芳しくない傾向がある。
そのため、早熟タイプで9月の中旬くらいまでに収穫可能な品種の方が適している。

また、雨の多い相模原で栽培するにはリスクが高い品種もある。実割れの可能性や、9月以降の秋雨で晩腐病にかかりやすくなるためだ。

実がギッチリとつまったタイプのぶどうはハサミで摘粒を行い、隙間を作って灰色カビ病などの病害リスクを減らす必要がある。

だが、栽培にかかる手間に関しては考慮が必要だ。KENTOKU WINERYでは、森山さんを含めた2名だけでぶどう栽培を行っている。
そのため、出来るだけ手間がかかりにくく、病気に強い品種が必要とされる。

これらの要素を考慮し、6年のぶどう栽培から得た経験で割り出した適種が、日本の気候に合った固有種や日本向けに開発されたハイブリット種というわけなのだ。

▶ぶどう栽培の醍醐味

未経験から始めたぶどう栽培は苦労の連続だ。しかしそれでも続けられるのは、収穫の喜びがあり、ワインを飲んだ人に「美味しい」といってもらえる瞬間があるからだという。

「ぶどうも生き物である以上、育てることで愛着がわきます。商品としてリリースされ、おいしいといっていただけるのが醍醐味。生産者冥利につきますよ。そのためにやっているようなものですね」。

苦労が9割だと苦笑いする森山さん。しかし、お客様の「美味しい」のひとことの前には、苦労などあっさりと吹き飛ぶのだとか。

『KENTOKU WINERYのワイン醸造』

2021年現在、ワイン特区の免許申請中であるKENTOKU WINERY。醸造はほかのワイナリーに委託している。
ワイン醸造を依頼しているのは、3つのワイナリー だ。

▶2つの都市型ワイナリー 

KENTOKU WINERYがまず最初に醸造委託したのは、神奈川県横浜市にある「横濱ワイナリー」。収穫したぶどうは長期保管が難しく、できるだけ早く醸造所へと運ぶ必要がある。
そのため、最短距離にある横濱ワイナリーは最適の立地だった。また、同じ神奈川県にあるワイナリー同士のつながりを大切にしたいとの思いもあった。

しかし、小規模な横濱ワイナリーでは、受け入れられる醸造量には限りがある。KENTOKU WINERYが2020年にさらなる委託先として選んだのは、東京都練馬区にある「東京ワイナリー」。

横濱ワイナリーと東京ワイナリー、この2つの都市型ワイナリーは偶然にも、女性醸造家によるワイナリーであるという共通点がある。
「女性なので、じっくり話を聞いてもらえると感じています。おふたりとも、年に2回ほどはうちの農園に遊びにきてくれるんですよ」。

また、両ワイナリーとも最近になって自社でのぶどう栽培を始めたため、森山さんの側からアドバイスできる点もある。
お互いにギブ&テイクのよい関係が築かれているのだ。

▶高速を使用すれば最も近い、山梨のワイナリー

さらに、3つ目の委託先は山梨で探した。山梨は相模原から高速道路を利用すると1時間半程度。道路の渋滞がなければ、横浜や東京よりもかえってアクセスがよい。
小ロットでも請け負ってくれる醸造所を探して問い合わせ、引き受けてくれたのが勝沼ワイン村の「東夢ワイナリー」だった。

醸造スタイルは、各委託先に一任している。ワイナリーごとに特色がある出来も、消費者としてはKENTOKU WINERYのワインを楽しむうえでの嬉しいポイントだ。

自社醸造が可能になったら、外部から醸造家を招き入れる予定。醸造家とともに醸造に関しても新たな方向性を探っていかなければならない。
今はそのために、自社醸造ステージに向けて備えている段階だ。

▶単一品種で仕込んで品種特性を知る

KENTOKU WINERYのワインは、すべて単一品種で醸造している。醸造所を見つけるのに苦労した際、アッサンブラージュ(複数の原酒を混ぜて醸造すること)の選択も出来た。しかし、あえて行わなかったのには訳がある。

アッサンブラージュすると、ぶどうごとの味わいを判別しにくくなる。そのため、まずは品種ごとに単一でワインに仕込み、それぞれの特性を見極めたいと考えたのだ。

いずれはアッサンブラージュにも挑戦したいという。しかし今は品種ごとの特性をきちんと把握し、よりよいワインを造る糧にするのが狙いだ。

『KENTOKU WINERYが目指すワイン』

KENTOKU WINERYは小規模ワイナリーながら、栽培しているぶどうの種類が多い。そのため、ワインの商品展開も豊富だ。
相模原の地に合う品種が絞られてくれば、商品ラインナップは洗練されていく予定。ワイナリーとして、今後どのようなワインを目指しているのかについて伺った。

▶理想と現実

KENTOKU WINERYの代表は、フルボディの赤ワインをこよなく愛している。ワイナリーとしても、濃厚で骨格のしっかりしたフルボディのワインを目指す。だが、相模原の気候で思い描く味を実現するのはかなり難しい。

理想と現実のギャップの存在はたしかにある。しかし、相模原産のぶどうのみを使用した、単一品種のワインであることだけでも、オリジナリティと存在感は抜群だ。KENTOKU WINERYのじゅうぶんな強みだといえるだろう。

▶メインターゲットは飲食店

KENTOKU WINERYのワインの多くは県内の飲食店や酒屋に提供している。
「このご時世ではなかなか難しいことですが、人の集まる場所でのお酒は本当に美味しい。ワインは楽しい会話と食事があってこそのものです。飲食店やソムリエの方が選んでお店に置いてくれるのがうれしいですね」と語る森山さん。
それまでの冷静な口調がほんの少し熱を帯びていた。

もちろん一般の消費者に自宅で楽しんでもらいたいという思いも強い。だが人の集まる場で喜ばれる存在でありたいとの思いが、KENTOKU WINERYの大きな原動力になっていることは確かだ。

▶ぶどうの品質がすべて

実は森山さんはアルコールが苦手。しかしワインの味わいには敏感だ。
あまり飲めないからこそ、先入観のないフラットな姿勢でワインの味に向き合うことができるのかもしれない。

ワイン愛好家が飲んでおいしいワインを造るのももちろんよいことだが、ワインに初めて触れる人に応援してもらえるものを造れたら、というのが森山さんたちのスタンスだ。

KENTOKU WINERYで醸造するワインの細やかな味わいや香りは、ワインの専門家であるソムリエや、ワインを取り扱う飲食店に判断してもらいたいと考える。
KENTOKU WINERYでは、あくまでも生産者の立場として、ぶどうの品質を最大限に生かしたワインを実直に追求する。

『KENTOKU WINERYのこれから』

2021年にぶどう栽培6年目を迎え、自社醸造のスタートを目前に控えた、KENTOKU WINERY。まるで可能性の塊のようなワイナリーだ。森山さんたちはこれからの展望をどのように見据えているのだろうか。

▶変わり種にも挑戦

KENTOKU WINERYでは、王道のスティルワインだけではなく、小ロットで造るワインにはスパークリングや変わり種を作るなど、遊びがあってもよいのではないかと考えている。
赤ワイン用品種で白ワインを造るなどのアイディアもあり、面白い試みにも挑戦したいそうだ。

相模原の地域性をワインの味わいに出した商品を展開するのが、KENTOKU WINERYの展望である。もちろん前提として、クオリティと値段のバランスも重視する。これからリリースされるヴィンテージに注目したい。

▶スクールや体験にも力を入れる

東京や神奈川の消費者に近い利点を生かし、KENTOKU WINERYでは今後、ぶどう栽培やワイン造りのスクールや体験などにも力を入れていきたいと考えている。
また、飲食店向けにその店オリジナル仕様のワインを造るなど、特別感のあるアイディアもある。

「何かを体験したいと考える立場なら、近場に行くと思うんです。消費者のみなさんがどこかに出掛けて新しい体験しようというときに、自分たちのワイナリーが選択肢のひとつになれれば面白いですね」。

森山さんたちの若いセンスがあれば、KENTOKU WINERYはきっと興味深い体験を提供してくれる場になるに違いない。

『まとめ』

一般的にはあまりよく知られていないが、実は日本のワイン生産量第1位なのは、大手の生産工場がある神奈川県。しかし日本ワインといえば、山梨県や長野県をイメージする人が大半なのではないだろうか。

そんな中、KENTOKU WINERYは神奈川を代表する、ワインのアイコン的存在を目指す。
「『神奈川といえばKENTOKU WINERY』といいわれる存在になりたいですね」。
この先、神奈川県のワイン生産の未来を大きく左右する存在になるに違いない。

自社醸造が始まり、ドメーヌとしてますます成長していくKENTOKU WINERYのこれからに、期待が高まるばかりだ。

基本情報

名称KENTOKU WINERY(ケントク ワイナリー)
所在地〒243-0801
神奈川県厚木市上依知2936
アクセス
相模原愛川ICから車で7分
電車
原当麻駅から車で11分
HPhttps://www.kentokuestate-winery.com/

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