東京野菜の魅力をワインで発信する「東京ワイナリー」の挑戦

今やすっかりおなじみになったクラフトビールのマイクロブルワリー。
店舗を兼ねた街角のビール醸造所だが、ワインで同じことをやってのけた女性がいる。それが今回の主人公、越後屋美和さんだ。

彼女が切り回す「東京ワイナリー」は、東京23区内につくられた初めてのワイナリーに他ならない。
都会で操業するワイン醸造所を「都市型ワイナリー(アーバンワイナリー)」と呼ぶそうだが、彼女の「東京ワイナリー」は、東京で最初の都市型ワイナリーということになる。

早口で、気さくで、元気が良い越後屋さんは、何の後ろ盾もないまま、まったくの独力で先駆的な店をつくり上げた。
その取り組みは高く評価され、「平成28年度東京都女性活躍推進大賞受賞者 個人部門」を受賞するなど、話題に事欠かない。

そんな越後屋さんに醸造や瓶詰めで忙しい師走の合間を縫ってお話を伺った。

『東京野菜の味わいに打たれ、独立開業を決意』

越後屋さんは玉川大農学部を卒業後、大田市場に入り、東京産の野菜の仲卸として働き出した。
「東京にいるからこそ、東京の野菜を」と「都産都消」を合い言葉に仲間と肩を並べ、黙々と仕事を続けた。
しかしその反面、野菜と東京のイメージが結びつきづらく「都会で育てられた野菜って、おいしいのかな?」と疑問が拭えなかったという。

そんなある日、越後屋さんは一軒の農家と出会う。
練馬区の大泉学園にあるその畑は決して広いとは言えなかった。
しかし面積の小ささと反比例するかのように野菜を慈しむ様に胸を打たれた。
収穫物を一つ一つ拭いていく様子は、手塩にかけて育てているという風情そのものだった。なにより瑞々しくて雄弁な味に衝撃を受けた。

「東京の野菜を東京人は知らないんじゃないか。だから東京産の野菜の良さを知ってもらう、という仕事に取り組みました。そうしている内に、組織の業務としてではなく、自分の力で伝えてみたくなったんです。具体的な方法は八百屋でも、ジャムづくりでも、コンサルでも良かったんですが、元々ワインが好きでしたからワインでいこうと決めました」。

折しも地ビールブームで、マイクロブルワリーが雨後の竹の子のように開業した時代だった。
ワインはぶどうの他に原料を用いずに造るため、ビールよりも「地のもの」というニュアンスを出しやすい。
だから小さな規模で地域の住民向けのワイナリーをやってみたくなった。
それを住宅地で廻していければ、言うことなしだ。
越後屋さんの中で東京の野菜とワインとが組み合わされた瞬間だった。

しかし越後屋さんは酒造りの門外漢である。独立開業は困難な道のりだった。
なんと言っても苦労したのは、独立する前提で修行させてくれる醸造所がなかなか見つからないことだった。

日本ワインの本場である山梨県のワイナリーに電話を掛けまくったものの、
「独立するためにやらせるのは微妙だね」
「山梨で開業するならいいけど、ほかでやるならちょっとね」
と門前払いばかりだった。 受け入れてくれる人を地道に探すしかない。

さんざん回り道したが、最終的には人との繋がりの中で山梨のワイナリーや広島の酒類総合研究所で研修を受けることに成功した。

しかし超えなければならない山はまだまだ続く。
研修の後は、物件探し、機材探し、原料の入手先や販路の確保、経営のこと……。なにも分からないまま始めたので、文字通り手探りだ。次々立ち現れる困難をクリアするのに忙しく、不安を感じる暇さえないほどだった。

越後屋さんは「頭で考えるより先に、とりあえず動きながら考える」という行動力でブルドーザーのように前進した。安全パイを取るというよりは、とりあえずやってみる。
そんな彼女の頑張りを、周囲の応援が支えた。困った事態になっても「できるよ」と励ましてくれたり、知恵をくれたりした。

そんな奮闘の日々を乗り越え、見事念願の酒類製造免許を取得したのは2014年9月のことだった。
「あれを苦労というのか分かりませんが、嫌なことはすぐ忘れちゃう性格なんですよね。『大変だったけど、今があるからな』と思います」。
越後屋さんはさばさばした口調で振り返った。

『ワインを通じて東京の農業を発信する』

東京23区内で最も農地が多い練馬区にワイナリーをつくったのは、彼女にとって当然の帰結だった。農家とのつながりを感じることができ、農地が見える場所でやらなければ、自分の想いは成就しない。

だから提供するものは「野菜に合うワイン」というコンセプトに基づいている。旨みや苦みや歯ごたえを含めた野菜の複雑な味わい。この多重奏に見合うワインとして「東京ワイナリー」が選択したのは無濾過の生ワインだ。

不純物を取り除かない無濾過ワインは濁りワインとも言われるが、材料であるぶどうのカスなどが残留している。だから口にした際に予期しない味がする。
濁りワインの苦みや複雑な味わい。これが滋味あふれる練馬野菜に合うのだ。
さらに無濾過ワインには、濾過の行程をはさむ一般のワインに比べて空気に触れる機会が少ないため、ワイン本来の味わいがしっかりしているとも言われる。
この「濃さ」に触れられることが「東京ワイナリー」ならではの持ち味ということになるのだろう。
「ぶどう自体も農産物。同じ土壌、同じ空気で育てられたもの同士を食べ合わせるということを、すごく贅沢だと感じますね」と越後屋さん。

元は新聞販売店だったという70平米ほどの敷地は、醸造所と野菜料理のカフェ兼販売所に区切って運営されている。
「店で『これはこういう野菜なんですよ』とお伝えしながら出していると、野菜に興味を持って下さる方も多いんです」。

野菜は練馬のものを中心に、東京産のものをあれこれ試しているという。ワイナリーを始める切っ掛けとなった農家からも知恵を借りながら、果菜や根菜、葉物、果物を並べていく。
「野菜は季節ものなので文字媒体ではお薦めを伝えづらいのですが、(取材時点の季節である)冬の練馬大根はおいしいですね。

それから豆類は鮮度が命なので、枝豆、いんげん、そら豆、とうもろこしは農家直送だと違いが分かりやすいです。
サポーターさんには年に何回かワインをお贈りしているんですが、そのとき東京の野菜も同梱しています。するとワインだけではなく野菜も一緒に楽しんで下さる方が多くて、嬉しくなりますね」。
初志貫徹。「ワインを通じて東京の農業を発信する」という越後屋さんの動機は、うまい具合に作用しているようだ。

『東京産のぶどうで造るワイン』

さて先ほど「ぶどう自体も農産物。同じ土壌、同じ空気で育てられたもの同士を食べ合わせるということを、すごく贅沢だと感じますね」という越後屋さんの言葉を紹介した。
この取材をするまで知らなかったのだが、実は東京でもぶどうが栽培されているそうだ。のみならず、「高尾」という東京農業試験場が育成選抜した固有品種まであるという。高尾は贈答用の高級生食向け品種で、ワインにすると落ち着いた味わいが楽しめるそうだ。

「ワイナリーはぶどうさえ買ってくれば、どこでもできるんですよね。東京は、元々ぶどうの産地ではありません。それでも地元の固有種を使うという部分が支持されていて、買ってくださる方やプレゼントに使ってくださる方は、『東京のぶどうを使った東京のワイン』というある種のブランドに価値を見出してくださっていると感じます」(越後屋さん)

創業当初は契約農家に任せきりだったぶどうだが、昨年(2019年)ついに自社畑を取得したという。それまでも農家さんから農地を借りてはいたとのことだが、新規で認定農業者(農業経営基盤強化促進法に基づき5カ年の農業経営改善計画を自治体から認定された農業経営者・農業生産法人を指す言葉)という資格を会社で取得し、本格的に生産者としても活動を開始したのである。

主な生産地は大泉、清瀬、練馬、国立で、育てている品種は多岐に渡る。
東京に合う品種を見定めようと、試行錯誤しているところだ。自社畑で育てているのはワイン用品種で、シャルドネ、ゲヴェルツトラミネール、シラー、メルロー、タナ、ピノ・グリ。それから小公子などの国産品種。ほかにアルバリーニョやソービニョーブラン、リースリングなども試験的に植えている。

原料のぶどうは東京産のみではない。後述するが、「東京ワイナリー」は敷地が狭く、基本的に越後屋さんが一人で作業しているため、一度に大量のぶどうが入荷すると作業が追いつかなくなる。
だから収穫時期をずらす意味もあり、東京、長野、山形、青森、北海道と全国各地の信頼できる生産者から買い入れているのだそうだ。およそ8割を全国から、2割を東京から調達しているという。

今年(2020年)は長梅雨による日照不足に祟られたが、こうして産地を分散させているため大きな打撃を受けることはなく、逆に昨年よりも仕込み量が増えたくらいだという。

契約農家との繋がりは大田市場時代の縁が土台で、そこに JA や普及指導員(農業改良助長法に基づく地方公務員。農業技術や農場経営を向上させるための支援を行う)とのネットワークを駆使した。
「東京ワイナリー」では「1品種=1地域」という制約を課している。だから「この品種の最高峰はこの産地」と当たりを付け、産地へ足を運ぶ。そして現地のワイナリーやワイン愛好家に相談し、繋いでもらいながら生産者を獲得していった。つまり遠隔地から購入してはいるものの、文字通り、作り手の顔が見えるぶどうばかりなのだ。

こうした経緯があるため、「ぶどうは同じ農家さんから買い続けたい」と越後屋さんは語る。同じ農家との関係を続けることで要望を伝えられるし、自分が造り続けたいワインに近づいていけるのでは、と思えるからだという。
「やはり個人でやっていますから、『これだ!』というぶどうから造りたいんです」(越後屋さん)

『楽しく造ることが、楽しく飲んでもらうことに繋がる』

「東京ワイナリー」では毎年8月から醸造に入り、年末まで走り続ける。仕込みは12月になると落ち着いてくるものの、売り手として忙しくなるため正月の三が日まで気が抜けないという。
年間の製造本数はおよそ1万本。前述の通り越後屋さんが一人で仕込んでいるのだが、手が足りないのでその都度ボランティアに応援に入ってもらっている。

「『今日はこんなぶどうを絞りますよ』と SNS で告知してボランティアさんに集まってもらっています。みんなで造ると楽しいんですよね。楽しく造ることが、楽しく飲んでもらうことに繋がるのかもしれません。いろいろな人たちが集まって作業することで、味わいも豊かになると私は思っています」。

越後屋さんは、ぶどうの個性がそのまま表現されたワインを造りたいと考えている。作為的な味ではなく、その土地の恵み、味わい、香りを見守って導き出した滋味。だから「醸造家ができることは、実はあまりないのではないか」と越後屋さんは語る。

「毎年同じように造るということはなく、ぶどうを見て造り方を決めています。ぶどうの扱いも小さな搾汁機で少しずつ、なるべく優しい形でつぶします。除梗(じょこう:果梗と呼ばれるぶどうの実がついている軸の部分を取り除くこと)も手作業です。発酵も果汁の糖分と天然の酵母菌を頼りに発酵させています。『ぶどうに寄り添っていく』ということを目指していたら、こういうスタイルになりました。特に有機とか自然を念頭に置いていたわけではないんですが、味わいに優しさを求めていたら、この形に行き着いたという感じです」。

『日常で飲める普段使いのワイン』

東京ワイナリーには毎週空き瓶を持って現れる常連客がいる。ワインの量り売り目当てのお客だ。地域の人が自転車で買いに来たりもする。こうして地域の日常の一部となっているのが「東京ワイナリー」の姿だ。

「昔は器を持ってきて、味噌や醤油を量って買っていく文化があったじゃないですか。そういうのっていいな、思っていました。

ワイナリーだからこそできること。ワイナリーならではの地域還元ということで、量り売りは創業から1年位してから始めました。最初は1品目だけだったんですが『赤か白か選べないから両方出して』と言われて、今は両方出しています。バックヤードの業務が大変なのでこれ以上増やせそうもないのですが、非常に好評です。

『1杯だけ飲みたいのよね』『あまり飲まないのよね』という方でも気軽に買って行けるので、量り売りは需要の掘り起こしにも繋がっています。なにより店を身近に感じてもらえるのが良いんです。

足繁く通って下さる方もいますので、私もどんなワインを量り売りに出そうかと、あれこれ考えながらやっています。本当に楽しいです」。

こうした彼女の一途な取り組みに共感し、飾らない人柄に惹かれ、ワイナリーには大きな輪が広がっている。
今年はコロナ禍の影響で人を集めて作業するのに難儀したそうだが、草の根的なファンを持つ「東京ワイナリー」のことだ。なんらかの形で乗り越えてしまうのではないだろうか。

最後になったが、店名の由来について尋ねてみた。
「開業の準備が忙しくてじっくり考える時間がなかった、というのが本当のところです。
『東京にあるワイナリー』で検索したときに、上位に出てくる名前が良いと思いました。だから「東京●●ワイナリー」にするつもりでした。でも間に入れる言葉が思い浮かばないうちにタイムオーバーになっていまい、現在の名前でスタートしました。

ところが他のワイナリーさんから『本当に良い名前を取られたよ〜』と羨ましがられまして、結果オーライかなと。小さな醸造所なのに少し大それた名前でしょうか?」。

社会が大きく変わろうとするとき、変化は中央からではなく辺境から起こるといわれる。その意味で東京23区の西端にある練馬区に、東京初の都市型ワイナリーをつくった越後屋さんの判断は正しかったと思う。

「都会でありながら農産物に恵まれている」という不思議な地の利を活かした「東京ワイナリー」。今後の活動にも目が離せない。

基本情報

名称東京ワイナリー
所在地〒178-0061
東京都練馬区大泉学園町2-8-7
アクセス西武池袋線大泉学園駅徒歩約10分
HPhttps://www.wine.tokyo.jp/

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