『Domaine ICHI』自然を愛し仁木でワインを醸す、ナチュールの造り手

Domaine ICHI(ドメーヌ・イチ)があるのは、北海道余市郡仁木町。豊かな自然と美食が魅力のこの地は、高いレベルの日本ワインを生み出す産地としても話題になっている場所だ。

Domaine ICHIは、自然派ワインの造り手だ。自然の力を尊重し、自分たちは「サポートをするだけ」だというワイン造りは、いったいどのように行われているのだろうか? そのこだわりや苦労はいったい何だろうか?

ワイナリーの歴史をたどりながら、Domaine ICHIのぶどう栽培、ワイン造りについて紹介していこう。

『Domaine ICHIの歴史とワイン造りへのきっかけ』

Domaine ICHIは、ワイン造りに携わる以前から「ベリーベリーファーム上田」としてオーガニックフルーツの栽培・加工品販売を行っていた。

ベリー農園からワイナリー創業に至った理由とは? ワイン用ぶどう栽培とベリー栽培とのつながりとは何か? Domaine ICHI代表の上田 一郎さんに話を聞いた。

『全ての始まりは、オーガニックベリーの栽培から』

ワイナリー創業の日から10年近く前のことだ。全ては1999年に上田さん夫妻がオーガニックフルーツ農園を開いたことから始まった。

上田さん夫妻が栽培していたフルーツは、ブルーベリーやラズベリーといったベリー類。「自然のまま」にこだわった栽培を特色として、オーガニック認証を取得。有機農法を実践したベリー農園を作り上げてきた。

そして、ベリー栽培の傍らで続けてきたのが「ぶどうの栽培」。農園の畑にはもともとぶどうが植えられており、そのぶどうを栽培して北海道のワイン会社に卸していた。

上田さんは、もともとお酒が大好きだった。ワイン用ぶどうを栽培している中でムクムクと湧き上がってきた思いが「自分たちだけで、自分たちのぶどうを使ったワインが造れないだろうか?」というものだった。

思いを現実にし、2008年に醸造用の果汁を買って試験的にワインを造ってみたのがワイナリーの始まり。いわゆるガレージワイナリー(ガレージのような限られた場所で生産する、少量生産ワイナリー)のような状態からのスタートだった。

当初は決して醸造設備に恵まれた環境ではなかったが、実際にやってみて分かったのは「自分たちでもワインは造れる」ということ。

それからというものワインの生産を徐々に増やしていき、現在に至る。

▶昔ながらのワイン造りから、自然派ワインへの変遷

2008年に余市で2件目のワイナリーとなったDomaine ICHI(旧ベリーベリーファーム&ワイナリー仁木)。やってみたいというシンプルな思いからスタートしたワインの道だったが、ワイン造りの知識や技術はどのようにして得ていったのだろうか。

当時は、ワイン造りを研修できる施設やワイナリーはほとんど存在せず、ワインについて学びやすい今の環境とは全く異なっていたという。そんな中で上田さんが取った方法が、経験者をワイナリーに招くというものだった。

ぶどうを卸していた北海道のワイナリーから退職した技術者を招き、ワイン醸造を担当してもらったのだ。

しかし、上田さんが夢に描いていたのは「人の手を加えず、ぶどうの持つ力をサポートするワイン造り」をすること。

2018年からは、ヴァン・ナチュール(自然に近い方法・有機農法を利用して造られたワイン)に切り替え、体制を新たにワイン造りを始めた。醸造担当を含めた社員数名と、畑仕事をメインに担当する上田さんというメンバーで日々、ぶどうとワインに真剣に向き合い続けている。

現在では、世界的な日本酒ブームの影響もあって、海外のインポーターからも注目されているDomaine ICHIのワイン。
地元のワイナリー
「ドメーヌ タカヒコ(http://www.takahiko.co.jp/)」
「ドメーヌ モン(https://domainemont.com/)」
「モンガク谷ワイナリー(https://mongakuwinery.com/)」とともに「日本、余市のワイン」として、少量ではあるがスウェーデンに展開されている。

▶「Domaine ICHI」名前の由来

ベリーベリーファーム&ワイナリー仁木は、2020年に名前を変えた。新しい名前が「Domaine ICHI」。

Domaineは、フランス語でぶどう生産者の意味だ。では、「ICHI」に込められた思いとは? 上田さんに教えてもらった。

「もともとは、2018年から造っていた「ICHI」ブランドのワインから生まれた呼び名です」ベリーベリーファーム&ワイナリー仁木時代から、納得のいった品質のワインだけ「ICHI」という名前を付け、販売していたのだ。

ICHIにはいくつかの願いや思いが込められている。ひとつは上田さんの名前「一郎」のICHI、地域で「一番」のICHI。そして、北海道「余市」のICHIだ。
「前のワイナリー名(ベリーベリーファーム&ワイナリー仁木)が、分かりづらい名前だったので…分かりやすい名前にしたかったという意味もあるんですけどね」

ワイナリーの名前を変えたことは、自分のやりたかったワイン造りがスタートできたという思いの表れでもある。
ワインに様々な手を加える昔ながらのワイン造りから脱却し、ずっと自分が造りたかった自然派ワインの生産に舵を切ったこと。だからこそ、ワイナリー名もワイン醸造への思いを込めたものになったのだろう。

『Domaine ICHIのぶどうについて』

Domaine ICHIがある北海道余市郡は、北緯43度に位置する。これはフランスのワイン産地とほぼ同緯度であり、西洋ぶどう品種が栽培しやすい環境だ。

そんな余市で育てられる「Domaine ICHI」のぶどうと、そのこだわりや苦労について紹介しよう。

▶Domaine ICHIで育てるワイン用ぶどう品種

Domaine ICHIでは、3系統のワイン用ぶどう品種を育てている。

ひとつは、ヴィティス・ヴィニフェラ種、即ち古くからワイン生産に使用されてきた、西洋ぶどう品種だ。
ふたつ目が、ハイブリッド種。これは、日本で生まれた交配品種のこと。
みっつ目が、「ナイアガラ」などの生食用ぶどう品種だ。
生食用ぶどう品種は、ベリーベリーファーム上田創業当初から農園で育てていた品種を、引き続きワイン用としても栽培している。

ワイン用のメイン品種であるヴィニフェラ種の中では、現在次の3品種を育てている。

  • ピノ・ノワール
  • ピノ・グリ
  • ゲヴュルツトラミネール

これら3品種を選んだ理由は、「フランスアルザス地方とほぼ同緯度であること」と「日本人の好みに合致する品種であること」というものだ。

過去には、余市周辺のワイン用ぶどうは「ドイツ系品種」ばかりが育てられていた。ドイツ系品種は、冷涼な気候を好むものが多いため、余市の気候と合致したからである。
しかし、昨今の気候変動の影響もあり、より温暖な地域にあるぶどう、つまりフランス系のぶどう品種が栽培できるようになったのである。

▶畑のこだわり、ぶどうの力を信じること

上田さんは、オーガニック農業の担い手だ。ワイナリーを始める以前から自然に任せた農業を営んでおり、上田さんの育てる農産品は取得の大変な「有機JAS認証」を受けている。

ぶどう栽培のこだわりについて聞くと、上田さんの第一声は「自然に近い形で育てること」。農薬も、「ボルドー液」(有機農法でも使用される、安全性の高い殺菌剤)のみを使用し、殺虫剤も使わない。
難しいため実現できていないが、究極的に目指しているのは「無農薬栽培」だと言う。

上田さんのお話で、心に強く残った言葉がある。それは、「虫も環境の一部、こちらのエゴでいじめたくないんです」というものだ。
そのおかげで「雑草や虫と闘いながらですけど…」というが、上田さんは信念を持って有機農法を貫く。

『Domaine ICHIで造るワイン』

Domaine ICHIは、日本で初めてオーガニックワイン認証を取ったワイナリー。この事実は、上田さんのワイン哲学を強く感じさせるものだ。

Domaine ICHIが追求するオーガニックへのきっかけやこだわりについて、またワインの特徴や、醸造の苦労について紹介したい。

▶オーガニックへのきっかけ

オーガニックにこだわるきっかけは、ベリーベリーファーム上田でのフルーツ栽培を始めた理由にまで遡る。そもそも農園を始めた理由というのが「オーガニックな果物を作りたかったから」なのだ。

「畑に薬を入れたくない」という上田さん。上田さんが育てているベリー類や生食用ぶどうは、毎年オーガニック認証を受けている。
オーガニック認証を取得するには、大変な手間と時間と費用がかかる。

まずは、手続きの大変さがある。特に書類作りの大変さは筆舌に尽くしがたい。毎年、電話帳のような分厚さの書類を作って、手続きをしているのだ。

そして認証取得に時間がかかる。有機JAS認証を取るだけで3年かかるというのだ。
もちろん栽培や醸造に使用できる原料などに対しても、多くの制限がかかる。有機JAS認証が受けられる農薬や肥料であるかをひとつひとつ調べる必要があるし、香味料・着色料が使えないのはもちろん、酸化防止剤なども自然由来の原料のものしか使えないのだ。

そんな時間と手間を費やして造られるオーガニックワインだが、上田さんいわく味わいの差はほとんどないという。

「オーガニックだからといって、美味しいという訳ではないんです。どういったものを使っているか、という点だけ。ただ、オーガニックワインは本当に余計なものは使わないし、入れない。安心できるものであることは、間違いないですよ」

▶ワイン造りへのこだわり「何も足さず、何も引かず、果汁だけ」

Domaine ICHIのワインは「何も足さない、何も引かない」という上田さん。上田さんのワイン造りのモットーは、ぶどうの力だけでワインを造ることだ。

「人間の力なんて大したことなくて、畑に行っても自然の力にちょこっと人間が手助けすれば、作物がなってくれる。ワインも同じです。果汁と酵母が生きていて、そこに人間がちょっと手助けをする。すると発酵していいワインができる。我々は微生物が動きやすい環境を作るだけなんですよ」と、上田さんは話す。

ワイン造りは「ぶどう8割、腕2割」といわれている。つまり良いぶどうを作ることが、何にも増して大事なことなのだ。

「変な手を加えて、工業的なワインにしたくない」という上田さん。ぶどうに向き合い、自然と向き合い、自然の恵みを信じてワインに向き合う。この姿勢をどんなに大変でも続けていくという。

「あとは全部、自然がやってくれる」
言葉にすると簡単だが、どれだけ難しいことだろうか。手軽で便利な農薬や殺虫剤、醸造のコントロール。ぶどうやワインを人の思う通りにできる、便利な手段が使えないのだ。
栽培している自分ができるのは、ぶどう自身の力で成長するための手助けをするだけ…人間の子育てに通ずるものを感じた。

「何も足さず、何も引かず、果汁だけ」ぶどうとワインへの、我が子へ向けるような愛を感じさせる素敵な言葉だ。

▶「Domaine ICHIのワインは、ぶどうが良い」と言われる

自分たちのワインの強みを「ぶどうの良さ」と答えてくれた上田さん。実際、周りからも「Domaine ICHIのワインは、ぶどうが良い」と言われるのだそうだ。

Domaine ICHIのワインは、良いぶどうを使い、余計なものは一切入れない、安全で美味しいワイン。冷涼な気候を持つ北海道ならではの繊細さを持つ味わいが素晴らしい。

Domaine ICHIでは、ワインに適した西洋ぶどう品種にも、生食用ぶどう品種にも平等に愛情を注ぐ。「最近は生食用ぶどう品種を抜いてしまう農家さんも多いのですが、うちでは創業当初からあるものだから残しています。これからもずっと育て続けます」

これからも安心安全な栽培で、大地の恵みをその実いっぱいに受けたぶどうが栽培されていく。そしてそんなぶどうを使って、最高のワインが造られるのだろう。

▶自然に任せているからこその苦労も

なるべく自然に任せたぶどう栽培・ワイン醸造をしているDomaine ICHIだからこその苦労も存在する。

まずは、ぶどう栽培に関する苦労だ。試験的に農薬一切使わなかったことでベト病が蔓延。苗の葉が全てなくなってしまったことがあった。

そして、ワイン醸造にも自然派ならではの苦労のエピソードがある。瓶詰めしたワインが再発酵してしまったことで、50本近くのワインボトルからコルクが全て飛んでしまったというトラブルがあったのだ。
コルクが飛んでしまったワインは全て樽に戻し、再度発酵させてから瓶詰めするという大変な作業が必要となった。

「毎年毎年が勉強」と言う上田さん。ワイン造り・ぶどう栽培は1年に1回しかできない上、日本にはワイン造りのノウハウが蓄積されていないからこそ、毎年が真剣勝負だ。

ノウハウがない、という苦労は思いの外大きい。ワイン造りが1年に1回しかできないという事実は誰にでも平等だが、例えばフランスの歴史的なワイナリーであれば「何世紀にもわたって受け継がれてきたノウハウ」という強さがあるのだ。その点、歴史の浅い日本ワインは未成熟。
ひとつひとつ新しい発見や経験を重ね、ノウハウを育てていく必要がある。「最終的には自分の持っている技術や知識を引き継ぎながら、次へつなげていくつもりです」という上田さん。

立ちふさがる壁の方が多いようにも思えるワイン造りの仕事だが、上田さんたちを突き動かすものはいったい何なのだろうか?
上田さんは「仕事はつらいですが、楽しいです。好きじゃないとやってられないですよ」と話す。

ワイン造りには休みが全くない。しかも、いわゆる「儲かる仕事」ではない。心から「ワインを造ること」が好きではないとできない仕事だ。
会話の端々から謙虚さがにじみ出る上田さんだが、ワイン造りにかける情熱は熱い。造り手たちのたゆまぬ努力と熱い思いで、毎年新しいワインが生まれ続けている。

▶Domaine ICHIが目指すワイン

Domaine ICHIが目指すのは「北海道でしか作れないぶどうを使った繊細でシャープなワイン」そして、「ご飯を食べながら美味しく一緒に飲んでいただけるようなワイン」だ。

新しいブランドになってからは、飲食店からの注文も順調に入っている。飲食店で提供されると、お客さんの感想の声が届く機会が増えるため、造り手にとっての励みになるのだという。
上田さんは「お客さんの声が直に入ってくるのは、本当に嬉しい」と繰り返し語る。

そんなDomaine ICHIのワインをどんな人に飲んで欲しいか尋ねたところ、「ワインを好きな人に、食事を楽しみながら飲んで欲しい。自然派の優しさが好きな人に、飲んで欲しいです」という答えが返ってきた。

気の合う仲間や家族の中で、ゆっくりと話しながら、まったりとくつろぎながら、食事と共に楽しんでみたいワインだ。

▶Domaine ICHIのワインとおすすめのペアリング

「おすすめのペアリングは結構あります!」と上田さん。

ICHI 2019 Pinot Noir Cuvée Reserveであれば、チーズやビターなチョコレートと合わせると上質なひとときが楽しめる。

また、ピノ・グリなどの白ワインシリーズは、幅広い料理に寄り添ってくれる。特に、魚料理、鳥料理が得意で、和食に合わせるのもおすすめだ。
赤、白、ペティアンと様々なワインがラインナップされており、色々なシチュエーションに、料理に合わせて楽しめるのが魅力だ。

ペアリングの発見は、お客さんや酒屋さんからのフィードバックで知ることも多いという。
私たちも、Domaine ICHIのワインで自分だけのお気に入りペアリングを探してみると面白いだろう。造り手に伝えたい!と思わせるような、素晴らしいペアリングが見つかるはずだ。

『Domaine ICHIワイン造りの未来とは~憧れのヴァン・ジョーヌ醸造へ~』

Domaine ICHIでは、ワイン醸造に関する挑戦が続く。

ひとつは、ワインの本数を増やすこと。現状(2021年2月)1万5,000本程の製造本数だが、最終的な目標3万本。毎年少しずつ醸造量を増やしている最中だ。

ふたつ目は、新たな品種のぶどう苗を増やすことだ。今年から増やすのは、新たな品種3種類。
「サヴァニャン」「シャルドネ」「ピノ・ブラン」だ。来年以降は2,000本のペースで苗を増やしていく。

そして最後の挑戦は、上田さんの大好きなワイン「ヴァン・ジョーヌ」を醸造すること。ヴァン・ジョーヌは、フランスのジュラ地方で生産されるワインだ。「サヴァニャン」というぶどう品種を使い、あえて空気に触れさせる特殊な製法で造られる。液体は濃い黄色になり、ナッツの風味や熟した果実・スパイスの香りが印象的な、他にはない特徴を持つワインになる。

ヴァン・ジョーヌの醸造を「自分の目標というか夢」だという上田さん。ただし、Domaine ICHIのヴァン・ジョーヌを楽しめるのは、まだまだ先のことになる。
ヴァン・ジョーヌ用の苗を植えるのは3年後、それから5年でワインに使える実がやっと収穫できるようになり、熟成にはさらに6年かかる…。

気の遠くなる未来の話にはなるが、夢の実現に向けて準備は着実に進んでいる。上田さんが醸す夢の結晶に出会えることを楽しみに、そのリリースをのんびりと待ち続けたい。

『まとめ』

「何も足さず、何も引かず、果汁だけ」でワインを造る、Domaine ICHI。このワイナリーは、自然の力を尊敬する造り手たちが、好きの一心でワインを造っている場所だ。

美しい自然と澄み切った空気に囲まれた北海道余市。Domaine ICHIに訪れ、そのワインを飲めば、雄大な大地の恵みと造り手の思いをしみじみと感じられることだろう。

基本情報

名称Domaine ICHI(ドメーヌ・イチ)
所在地〒048-2411
北海道余市郡仁木町東町16丁目118番地
アクセス新千歳空港から余市まで
 【道央自動車道/札樽自動車道/後志自動車道経由】
 約1時間20分
小樽から余市駅/仁木駅まで
 【国道5号】約30分
HPhttp://very-berry-farm.com/
https://www.natural-farm.jp/

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