「Cantina Hiro(カンティーナ ヒロ)」は、2018年4月にオープンした、山梨県山梨市牧丘町にあるワイナリーだ。代表の広瀬武彦さんはIT企業のサラリーマンとの兼業から農業を始め、巨峰、シャインマスカットなどの生食用ぶどうの栽培で実力をつけていった。
その後サラリーマンを辞め、ワイナリー立上げ準備期間に、栽培の難しいイタリア品種からワインを造ることを決意。ぶどうが本来持つポテンシャルをそのままに、補糖と補酸なしで醸造することにこだわってきた。ぶどうの声に耳を傾けながら、クオリティの高いぶどう栽培とワイン醸造をおこなう。
今回は、カンティーナ ヒロのぶどう栽培とワイン醸造についてのお話を伺った。新たな取り組みや今後の展開についても紹介するので、ぜひ最後までご覧いただきたい。
『カンティーナ ヒロのぶどう栽培』
広瀬さんは天候に左右されない品質のぶどうを作り上げるのが、ぶどう栽培のプロフェッショナルだと言い切る。
「天候がどうであろうと、毎年同じように見た目と味がよく、品質の高いぶどうを作る先輩農家さんもいます。それがプロなんです。そのために栽培家がするべきなのは土づくり。ただ、それだけです」。
▶︎ハイクオリティなぶどうを作るための土づくり
広瀬さんが土づくりの基本として意識しているのは、土壌のなかの微生物を増やすことだ。対策としておこなっているのは、微生物資材を使うことと、微生物の増加を促す堆肥や米糠、籾殻、酒粕などを土に入れていくことだ。土壌分析は、それぞれの圃場ごとに隔年で実施している。
土づくりは、年間を通しておこなうものである。だが、手がかかるぶどう栽培と並行して、土にも意識を配ることは難しいことに思える。
「季節ごとにやるべきことのルーティンが、だいたいあるんですよ。毎年欠かさずに繰り返しているだけです」と、広瀬さんはこともなげに語る。
しかし、詳しい説明が進むにつれ、土づくりは決して簡単なことではないことが次第にわかってくる。
状況を見ながら適切なタイミングで必要な量だけミネラル・アミノ酸等を散布する。そして、本格的な土づくりはぶどうの収穫が終わったあとの秋から樹の休眠期に、有機肥料だけでおこなうのだ。
撒くのは、堆肥と米糠(こめぬか)だ。また、自家製の「ぼかし肥料」も加える。ぼかし肥料とは、米糠などの有機肥料に、土や籾殻などを加えて発酵させて作る肥料のこと。
一般的な有機肥料は、微生物に分解されて初めて効き目が現れるため、効果が出るまでには時間がかかる。一方で、有機肥料を発酵させて作られるぼかし肥料は、含有される微生物が多いため作物への効果も短時間で現れるのが特徴だ。
肥料を与えた後の土は耕さず、肥料を地表からゆっくりと染み込ませていく。水に肥料を溶いて液肥とし、さらに液状の微生物資材を少し混ぜて畑に撒くのだ。
この一連のルーティンは、広瀬さんが独自に考案したものである。土壌の分析結果を確認しながら不足分を加えたり、超過分を省いたりと、微調整をしつつぶどう栽培に適した土を作る。
「まずは土ありきですね。ですから、天気がどうのこうのなんて言ってるようではだめなんです。まあ、私もつい言ってしまうことはありますけどね」と、広瀬さんはいたずらっぽく笑う。
農業は自然が相手である。偉大なる自然に人が抗うことなど到底できない。だが、「人事を尽くして天命を待つ」ためには、まずは土づくりが必要なのだ。
また、新たな取り組みとして、剪定材を炭化し地中に貯留するなど、炭素の土壌貯留を徹底する中で栽培したぶどうを使用してワイン醸造をしていく。カンティーナ ヒロでは「やまなしSDGs登録制度」に登録し、2030年に向けた指標を定めて、3つの宣言をおこなっている。
環境分野の取り組み:
・「有機栽培に向けた取り組み」
化学肥料の使用率を、現状5%→2030年には0%に
・「地球温暖化対策、4パーミル・イニシアチブの取り組み」
剪定枝のチップ化炭素化現状を、現状80%→2030年には100%に
社会分野の取り組み:
・「自然破壊にならぬよう高齢者の畑の借入等を実施」
ぶどう園の栽培面積を、現状3ha→2030年には5haに
経済分野の取り組み:
・「ぶどう苗木オーナー制による来県者の増加」
ぶどう苗木オーナー数を、現状40名→2030年には200名に
「やまなしSDGs登録制度」とは、山梨県内の企業等のSDGs達成に向けた取り組みを促進することにより、企業等の価値の向上を図るための施策だ。企業等と協働した地域課題の解決を図る体制を築くことを通じて、地方創生の取り組みを推進する。さらに、持続可能な山梨県を実現することを目的としているのだ。
カンティーナ ヒロの新たな取り組みを、応援したい。
▶︎栽培が難しいネッビオーロへの対策
カンティーナ ヒロで栽培されているぶどう品種には、ヤマ・ソービニオンなどのヤマブドウ系交配種と、イタリア品種の2大柱がある。
栽培しているイタリア品種のひとつに、イタリアの高級ワインの代名詞とも言えるネッビオーロがある。非常に繊細な特性を持ち、栽培が難しいことでも知られる品種だ。
日本では、土壌の水分が豊富のため果実が密集する。皮の薄いネッビオーロは粒が張り、ぶどうの果実どうしが密集しすぎて「玉割れ」が起きるのだ。果実が病気になると、房ごと破棄することになる。そのため、開花後に粒が小豆大になると摘粒をおこなって玉割れを防止する。多くの人力が必要となる大変な作業である。
また、色付きに関しての栽培管理も、ほかの品種と比べてはるかに難しい。赤ワイン用ぶどうは、葉面積と房数、果実数のバランスが重要だ。このバランスが崩れ、葉面積が不足すると色付きが悪くなり、葉面積が多すぎると新梢が徒長してしまう。
広瀬さんが手塩にかけて、大切に栽培管理されたカンティーナ ヒロのぶどうは、収穫までの時間を、バランスよく整えられた環境で快適に過ごすのだ。
▶︎アメリカ製肥料を導入
カンティーナ ヒロではアメリカ製肥料を使用している。広瀬さんがその肥料を使うに至ったきっかけは、なんと「イチゴ」だという。
「千葉県のあるイチゴ農家さんが使っていた肥料です。その農家さんのイチゴをいただいたら、これまでに食べたことがない味わいで驚きました。甘さと酸のバランスがあり、コクが凄かったんです」。
イチゴの味に驚いた広瀬さんは、さっそく取扱業者に問い合わせた。すると、その肥料を使っているぶどう農家は、日本にはまだほかにないことがわかったのだ。そこで広瀬さんは、自ら実験台になることを申し出た。
新しく導入した肥料の効果が出る日は、そう遠くない。肥料によってぶどうの味わいがさらによいものに変化すれば、カンティーナ ヒロのワインは、さらにレベルアップすることだろう。生食用のぶどうでは結果が出はじめているそうだ。
『カンティーナ ヒロのワイン』
カンティーナ ヒロの2021年ヴィンテージのおすすめワインを伺ったところ、甲州とトレッビアーノの2銘柄について紹介いただいた。
甲州のオレンジワインは2020年が初リリースの銘柄。2021年ヴィンテージは、前年までのヴィンテージに比べてダントツで美味しいと、広瀬さん自身が太鼓判を押す。さらに、2022年以降にリリースを予定しているトレッビアーノも、よい仕上がりだったという。
「なにか特別にしたということはありません。やはり、ぶどうそのもののポテンシャルが高かったのではないでしょうか。甲州に関しては、例年よりも糖度が高く、コクが深かったことが、仕上がりを左右した要因のひとつかもしれませんね」。
長年コツコツと続けてきた、土づくりや栽培管理が生み出した当然の結果だといえるだろう。
補糖と補酸をおこなわずに造られるカンティーナ ヒロのワインは、ぶどうの持つポテンシャルがそのまま表現される。そのため、ワインの仕上がりは年間を通した努力の結果とイコールでもあるのだ。
▶︎おすすめペアリング
カンティーナ ヒロの甲州ワインは、後味にほんのりとした甘みがあるのが特徴だ。広瀬さんおすすめのペアリングは、酢豚など甘めの味付けの中華料理。和食であれば甘辛煮にも合うという。
2021年ヴィンテージの甲州は残念ながら売り切れだが、2022年にリリースされるカンティーナ ヒロの甲州ワインはぜひ、中華料理と一緒に楽しんでみたいものだ。エビチリとのペアリングもよいかもしれない。
一方、しっかりとした酸のあるトレッビアーノに関しては、マリネなど酸味の効いた料理と合わせるのがおすすめだとお話いただいた。
▶︎5年後でも同じ状態で飲めるクリアなワイン
カンティーナ ヒロのワインのコンセプトは、「5年後でも同じ状態で飲めるワイン」と、「特別なときに開けたくなるワイン」。
「自然派ワインが流行していますが、うちのワインは正反対ですね。クリアでありつつ、果実味をしっかり感じられるワインを目指しています」。
補糖と補酸をおこなわず、果実味をいかにワインに閉じ込めるか。そのためにはまず、クオリティの高いぶどうをいかに作るかが重要だ。広瀬さんは、ぶどうをそのままの状態でワインに表現することに注力する。すべての土台となるのは、やはり土壌である。
「人間と同じですね。体が健康でなければ、いろいろなことができないじゃないですか。健康のためには、バランスのよい食事が大切です。ぶどうも、栄養バランスの整った土壌があってこそ健全に育ち、美味しいワインになるのです」。
土づくりを万全にした上で、そこで育つぶどうの声に耳を傾け、求めていることをかなえてやる。まるで子育てをしているようにぶどうを育て、クオリティの高いものにしていくのだ。また、ぶどう本来の味わいをいかにワインとして表現するかが醸造家の仕事だと、広瀬さんは考えている。
「ぶどうの品質がよければワインは美味しくなりますが、ぶどうが悪ければ、できるワインも悪いのです。うちのワインを毎年飲んでくださる方は、そこのところをわかってくださっています。年ごとのワインの出来について語り合えるような関係を、お客様と築いていきたいと考えています」。
『カンティーナ ヒロの新たな取り組み』
新型コロナウィルス感染症の流行により、アルコール類の売り上げが低調な近年。カンティーナ ヒロでも、苦しい期間が続いている。しかし、2022年に入ってからは、徐々に社会の動きが活発になりつつあるが、まだまだ戻っていない。
▶︎富士山を眺めながらのワイン会
カンティーナ ヒロでは、予約制のプライベート・ワイン会をはじめた。
「料理はフレンチかイタリアン、またはジビエか鉄板焼きのフルコースです。7種類のワインを飲み放題にしています。専門のシェフがワイナリーまで運んで現地で仕上げをしてくれた料理を振る舞うのです。ワイナリーのテラスから富士山を眺めながら、美味しい料理とワインのペアリングを楽しんでいただけますよ。しかも、塩山駅からの送迎付きです」。
富士山を臨むテラスで、美味しい料理とワインをゆっくり楽しむことができる。カンティーナ ヒロならではの、贅沢なワイン会だ。興味がある方は、ぜひ予約してみてほしい。
▶︎夢のある苗木オーナー制度
また、カンティーナ ヒロでは、年会費制の苗木オーナー制度を導入した。個人もしくはグループで、1株単位で苗木オーナーになることができる。年4回の合同作業はイベントとして開催し、参加者にも好評だ。苗木は、ネッビオーロとヤマ・ソービニオン、トレッビアーノから選択が可能。また、イタリア系の新たな品種を選択肢として加える予定もある。
苗木オーナー制度専用圃場は、抜群のロケーションで、20aほどの広さがある。この圃場で取れたぶどうだけで醸造したワインが、苗木オーナーのオリジナルワインとなるのだ。出来上がったワインはオーナーだけに分配される。
「すでに30人程度の方にオーナーになっていただきました。小さなお子さんをお持ちの方は、『子どもが二十歳になったら、一緒にオリジナルワインを飲みたい』『子供の結婚式で乾杯用のワインにしたい』とおっしゃっていましたね」。
市場に出ることのない特別なワインを手にできる、なんとも夢のあるオーナー制度だ。
▶︎ジビエレストランの開業計画を推進
カンティーナ ヒロでは、ジビエレストランを開業する計画も着々と進行中だ。
「事業再構築の補助金に、申請を出しているところです。認可されれば、ジビエの解体場とレストランを併設した施設を作る予定です。順調に計画が進めば、オープンは2024年ごろですね。ワイナリーの創設日が4月1日なので、同日にオープンできたら最高です」。
土地で獲れた新鮮なジビエとともに、カンティーナ ヒロのワインが味わえるレストラン。オープンしたら、全国の美食家とワイン愛好家をはじめとした、多くの人からの注目を浴びる場所になることは間違いない。
『まとめ』
「ぜひ皆さん、うちのワイナリーまで遊びに来てほしいですね。ワイナリーでのテイスティングでは、同じ品種の、畑違いのぶどうで醸造した銘柄をお出しすることもあります。味の違いがわかると、皆さん結構面白がってくれるんですよ。また、うちの畑でとれたぶどうは、ほかとはひと味違うと感じてもらえたら嬉しいです。カンティーナ ヒロに来て、ワインについての新たな発見をしていただきたいですね」。
カンティーナ ヒロを訪れて、ぶどう畑を眺めてワインを飲む。そして、広瀬さんとワインの味わいについて話し合うことは、きっと特別な体験となるだろう。
人との関係を大切にしていきたいと考える広瀬さん。カンティーナ ヒロのワインを飲んでくれるお客様と、毎年のワインの味わいの変化が共有できる関係を築いていきたいとお話しいただいた。造り手と直接つながることは、飲み手にとっても実りの多い経験になるはずだ。
雄大な富士山を遠くに眺めつつ、ワインを飲んだ感想を現地で造り手と分かち合う。そんなシンプルでわくわくするプランの旅に、一度出かけてみたいものだ。
基本情報
名称 | Cantina Hiro(カンティーナ ヒロ) |
所在地 | 〒404-0003 山梨県山梨市牧丘町倉科7143 |
アクセス | 塩山駅から車で18分 勝沼インターから車で30分 |
HP | http://cantina-hiro.jp |