長野県塩尻市にある「Shiojiri Minori Vineyard」は、橋本美範(みのり)さんが経営するぶどう園だ。ワインの輸入会社で働きながら、2020年から塩尻の新エリアである片丘地区でぶどう栽培をスタート。16品種のぶどうを育てている。
Shiojiri Minori Vineyardのファーストヴィンテージのワイン「MINORI 2022」は、委託醸造して2023年にリリース。自然酵母を使い、ぶどう畑の味わいが生きた滋味深いフィールドブレンドワインに仕上がった。
「いろいろな人がいて、いろいろなワインがあるからこそ、バリエーションが生まれて楽しくなるものなのだと思います」と語る橋本さんは、ワインに対する深い愛情を持っている。
また、自分自身がぶどう栽培とワイン造りをするだけでなく、ぶどう畑やワイン造りを手伝ってもらうことを通じて、ワインファンの裾野を広げることにも意欲的だ。
Shiojiri Minori Vineyardのこれまでの歩みと、これからどんな未来に向かって進んでいきたいと考えているのかについて、橋本さんにお話いただいた。詳しく紹介していこう。
『Shiojiri Minori Vineyardの発足まで』
まずは、橋本さんがShiojiri Minori Vineyardを設立するまでの経緯をたどっていきたい。いくらワインが好きとはいえ、ぶどう栽培を実際に始めたのには何かきっかけがあったにちがいない。
また、ぶどう栽培と並行して、現在も東京にあるワイン輸入会社に勤務している橋本さん。ふたつの仕事をどのように両立しているのだろうか。
▶︎東京ワイナリーのサポーターとして活躍
「もともとワインが好きで、ワインの輸入会社に転職し働いています。しかし、海外の産地までは行きたくてもなかなか足を伸ばすことは難しいものです。ちょうど娘が小学校に上がった頃のことですが、長期間自宅を空けることができないことにもどかしさを感じていました。ワインを造っている現地に赴き、造り手さんと交流したり、醸造過程を自分の目で見てみたいという気持ちが強くなっていたのです」。
そんなとき出会ったのが、東京都練馬区にある「東京ワイナリー」のサポーター制度だった。ボランティアとして栽培や醸造作業に取り組めると知り、さっそく参加。東京ワイナリーでぶどう栽培とワイン造りに実際に触れた経験こそが、現在に繋がっている。
実は、大学時代にも授業の一環として農作業を経験したことがあるという橋本さん。
「昔は虫が本当に苦手だったので、当時は農作業にあまりよいイメージを持たなかったと記憶しています。しかし、ぶどう畑での農作業を経験してみると、『自分が求めていたのはまさにこれだ!』と感じました」。
橋本さんと一緒に東京ワイナリーのサポーターとして参加していたのは、普段は会社員として働いている人たち。時には夏の暑い盛りに畑に出ることもあった。大変な作業には違いないのだが、みんな非常に生き生きとした表情で取り組んでいたそうだ。作業を終えて、みんなで一緒に飲むワインの味は格別で忘れられない思い出だ。
「ワインは、地元産の農作物を使った料理と合わせて楽しめるツールでもあります。ワインを活用して練馬の農業を盛り上げようとしている東京ワイナリーの取り組みにも感銘を受けました」。
▶︎ぶどう栽培をスタート
畑作業の楽しさに気づき、自分もぶどう畑をやってみたいと考えるようになるまでに、それほど時間はかからなかった。だが、東京でぶどう栽培が可能な畑を見つけるのは難しいこともわかっていた。
そして、塩尻ワイン大学の1期生の方と出会い、2期生の募集があることを知った橋本さん。2018年4月から塩尻ワイン大学の2期生となり、月1回の授業を3年間受けてぶどう栽培とワイン醸造についての知識をつけていった。
2020年には自治体経由で塩尻市内の畑を紹介してもらった。塩尻ワイン大学は塩尻市が主催しているため、塩尻市内でのぶどう栽培を希望する受講生に畑を紹介する体制がしっかりと整っているのだ。
企業で働きながら新しいことを学び、さらに自分で管理する畑も手に入れた橋本さんのバイタリティには脱帽だ。自分のしたいことをやっているだけだと謙遜しつつも、熱い思いを話してくれた。
「私が勤めている会社はヨーロッパからオーガニックワインの輸入をしているのですが、近年はコロナ渦や戦争の影響もあり、ヨーロッパでも気候変動による被害も大きく、事業の継続を断念する生産者も増えています。輸入会社の中でも、日本ワインが注目されてきていることをここ数年実感していました」。
胸に抱くさまざまな思いを原動力に、橋本さんは新たな挑戦を続けていく。

『Shiojiri Minori Vineyardのぶどう栽培』
ワイン用ぶどうの一大生産地として知られる長野県塩尻市は、内陸性気候である。昼夜の寒暖差は大きいが、冬の降雪量はそれほど多くなく、高い山々に囲まれ台風などの自然災害は少ない方だ。
「塩尻市には『日本三大遺跡』の『平出(ひらいで)遺跡』があり、縄文時代から人が住んできた土地です。天候や水に恵まれた地域だからこそ、人々が古代からこの地で暮らしてきたのでしょう。畑仕事をする中で、そんな塩尻の気候の素晴らしさをいつも実感しています」。
▶︎自社畑の特徴
Shiojiri Minori Vineyardが管理する畑があるのは、塩尻市の片丘地区。ぶどう栽培がおこなわれているエリアとしては、比較的新しい場所だ。
標高780mにある畑は西向き斜面で、風通しがよい。湿気が溜まるとぶどうが蒸れやすくなって病気が懸念されるが、丘陵地で風が吹き、斜面で水はけがよい点はぶどう栽培にとって好条件だ。
Shiojiri Minori Vineyardの近くには大手ワインメーカーの畑があり、優れた品質のワインをリリースしている。そのため、片丘の地でぶどう栽培をスタートすることには不安はなかったという。

▶︎16品種のぶどうを栽培
自社畑の土壌は水はけがよいが、水分量はそれなりにある。Shiojiri Minori Vineyardで栽培しているのは16品種のぶどうで、白ワイン用品種のメインは以下だ。
- ケルナー
- アルバリーニョ
- ピノ・ブラン
- ソーヴィニヨン・ブラン
- シャルドネ
- ピノ・グリ
また、自分が興味を持った品種を中心に栽培しているという赤ワイン用品種は以下である。
- ガメイ
- メルロー
- カベルネ・フラン
勤めている輸入会社が扱っているワインの中で、橋本さん自身が好んで飲んでいたのは、アルザスやドイツ、オーストリアなど冷涼な地域の白ワインだ。そんな中で選んだ品種のひとつがケルナーである。アロマティックなワインを造るためには外せない品種だった。
さらに、日本の気候にも合うとされているアルバリーニョにも注目し、自分の手で育ててみたいと考えた。
多くの品種を栽培する中で、土地に合う品種かどうかが少しずつわかってきている。もっとも早い段階でカビ系の病気にかかってしまった品種はケルナーだが、その後はうまく生育してきているという。
「ケルナーは果実感があってひときわ香り高く、ブレンドワインに使うと華やかさを添えてくれる存在です。がんばって育ててよかったと感じる品種のひとつですね」。
橋本さんが栽培の難しさを感じている品種は、ソーヴィニヨン・ブラン。樹性が強く、収量が増えないのが懸念点だ。
Shiojiri Minori Vineyardの樹が成長するにつれて、これからも数多くの問題に直面するだろう。だが、畑仕事をして心から楽しいと思えた感動を胸に、橋本さんは真摯にぶどう栽培に向き合っている。

▶︎土地とぶどうに優しい農法
Shiojiri Minori Vineyardの畑の広さは1.2haほど。橋本さんが心がけているのは、土地とぶどうと人にとって優しい農法だ。
「自分自身が嫌なことは、農業をする上でも避けたいと思っています。そのため、虫や病気の対策にケミカルな薬剤は使いません。その分、手間がかかるのは仕方ありませんね」。
認証は取っていないものの、できるだけオーガニックな方法でぶどうを育てることを心がけている。その方が、土壌から与えられるものが大きくなると考えているのだ。
しかし、ぶどう畑の管理だけをしているわけではなく、会社員としても活躍している橋本さん。薬剤に頼らない栽培管理を実現するのは難しいのではないだろうか。
「ぶどう畑は自宅から10分ほどの距離にあります。仕事のない日には畑に出向き、ぶどうと向き合っていると、すごく心地よいですよ。私が畑に行けないときは、夫がフォローしてくれるのでとても感謝しています」。
Shiojiri Minori Vineyardが実現している土地とぶどうに優しい農法は、橋本さん夫婦の努力のたまものなのだ。

『畑の味わいが楽しめるフィールドブレンド』
ここからは、Shiojiri Minori Vineyardで栽培したぶどうで造るワインについて紹介していこう。
2022年に初収穫したぶどうで造ったファースト・ヴィンテージのワインは、委託醸造して2023年にリリースした。ぶどうの味わいがしっかりと引き出されたワインになっている。
▶︎フィールドブレンドが奏でるハーモニー
Shiojiri Minori Vineyardのワインは、自社畑で育ったたくさんの品種をブレンドした、いわゆる「フィールドブレンド」だ。
将来それぞれの品種の収量が増えた際には、単一品種のワインを造る予定もある。だが現時点では、さまざまな品種を一緒に醸したときに、どんなハーモニーを奏でるのかを追求したいと考えている。
もともと、植栽のタイミングでフィールドブレンドのワインを造ることを想定していたわけではない。しかし、さまざまな品種が合わさることで生まれるハーモニーの面白さに、徐々に気づいてきたそうだ。
「他の人が造ったワインを色々と飲んでいる中で、自分の好みはフィールドブレンドのものが多いことに気づきました。そのため、単一品種のワインに固執しなくてもよいのではと思うようになってきたのです」。
橋本さんが目指しているのは、優しい味わいで体に染み入るようなワイン。Shiojiri Minori Vineyardのワインは、畑の滋味深い味わいが表現されているのだ。
2023年に収穫したぶどうは、白ワインの「MINORI Bran」と、赤ワインの「MINORI Rouge」として2024年にリリース。委託醸造先が前年とは異なるため、造り手による表現の違いも注目すべき味わいのポイントとなるだろう。
「ワインボトルを開けた瞬間にワクワクする気持ちになるのは、自分のワインでも同じです。ぶどうそのものの味わいを表現することを大切にしたワインを造っていきたいですね」。
年ごとにブレンド比率が変化するのも、Shiojiri Minori Vineyardのフィールドブレンドの魅力。2024年以降にリリースされるワインも楽しみにしたい。

▶︎自然酵母を使用
Shiojiri Minori Vineyardのぶどうで造るワインは、自然酵母を使用している。
「培養酵母を使うと、華やかさが出たり、狙い通りの表現ができたりするとは思います。しかし自然酵母を使うことで、狙ってはいない自然に出る香りを生かし、より畑の味わいを表現することができるのではと思うのです」。
委託醸造先は、自分自身が理想とするワインを造ってくれるワイナリーだ。自社栽培したぶどうがワインとして生まれ変わるたびに、ワイン造りにおいてぶどう自体のポテンシャルの重要さが何よりも大切だということを感じてきた橋本さん。
だが、どんなに愛情と手間をかけて栽培しても、自然災害や獣害など突然のハプニングは避けようがない。Shiojiri Minori Vineyardの畑でも、収穫を目前にしたタイミングで鳥や蜂による食害を経験したことがある。
被害を最小限に抑えるために、早く収穫したいと考えたこともあった。しかし、蜂による被害を避けるためにぶどうの房に目の細かいネットをかけたりすることで、収穫までの数週間ぶどうを守っているそうだ。

▶︎コース料理の最初から最後まで楽しめるワイン
Shiojiri Minori Vineyardの2022年ヴィンテージのワインは、208本限定リリースだった。使用した品種は、カベルネ・フラン、メルロー、ケルナー、ガメイ、ソーヴィニヨン・ブラン、アルバリーニョの6品種。収量は少ないが、ピノ・グリとピノ・ブランもブレンドしている。
色合いは、オレンジがかった淡いピンク。赤ワイン用品種の割合が半数を超えているため、華やかな色合いに仕上がった。最初にケルナーが醸し出す華やかな香りや蜜のような雰囲気があり、少しハーバルなニュアンスも楽しめる味わいだ。
「コース料理の最初から最後まで楽しめるワインです。塩尻市内にある飲食店『シオジリ_ストア』さん、『colico』さんで提供いただいていて、前菜や魚料理、肉料理にも合わせられると好評です」。
2022年のフィールドブレンドはペティアンで、11〜13℃くらいで飲むのがおすすめだ。橋本さんおすすめのペアリングは、オリーブオイルと塩だけで味付けした、シンプルな旬の野菜料理。アルコール度数が低めで飲みやすい味わいのため、シンプルな味付けのメニューと合わせることでぶどう本来の味が生きてくる。
橋本さんが目指すのは、ワインを地酒のような感覚で、土地のものとして気軽に楽しんでもらうことだ。
「地元の食材や場所と共に楽しんでもらえるワインが目標です。地元の人がお昼のランチタイムにパンと一緒に楽しんだり、和食や煮物、サラダなどいつもの食事と一緒に気軽に合わせたりできるワインを造っていきたいですね」。

『まとめ』
自社畑の樹が成長して収量が増えてきたら、単一品種のでワインにも挑戦していきたいと考えているShiojiri Minori Vineyard。自分が理想とするぶどうが収穫できた品種があれば、そのぶどうの個性をより表現できるワイン造りにも挑戦していきたいと話してくれた。また、醸造量も徐々に増やしてより多くの人に飲んでもらいたいそうだ。
さらに、自社ワインだけではなく、塩尻全体をワインで盛り上げたいという思いも強い。
今年から自社醸造できるようにワイナリーの準備を進めている。Shiojiri Minori Vineyardは今後、より多くの人がワインに親しむための「場」として地域に親しまれるワイナリーを目指していく。
自分自身が大のワイン好きだけあって、ワインのいろいろな楽しみ方を伝えたいと思う気持ちが人一倍強い橋本さん。
「自分の残りの人生をかけて精一杯楽しみながら、周囲の方にもぶどう栽培やワイン造りを楽しんでもらえたらと思っています。好きなことを追求できる場を造りたいですね。いろいろな選択があるから世界は素晴らしいということを、ワインの世界でも実現していきます」。

基本情報
名称 | Shiojiri Minori Vineyard |
所在地 | 長野県塩尻市片丘 |
https://www.instagram.com/shiojiri.minori.vineyard/ | |