『Domaine Kyoko Hosaka(ドメーヌ・キョウコ・ホサカ)』「食」へのあくなき探究心から、山梨でぶどう栽培とワイン造りに挑む

山梨県韮崎市にある、「Domaine Kyoko Hosaka(ドメーヌ・キョウコ・ホサカ)『準備室』」。東京にて食に関する仕事や活動に従事してきた保坂香子さんが、地元にUターンして立ち上げたワイナリーだ。

「準備室」という言葉に疑問を感じたかもしれない。実は、Domaine Kyoko Hosakaとして活動をスタートしたのちに、「Domaine」とは自家栽培・自家醸造でないと名乗れないと知った保坂さん。Domaine Kyoko Hosakaでは完全自家栽培ぶどうを使いワイン造りを行っているが、まだ自家醸造でないため「準備室」をつけている。

おっとりと柔らかな口調で話す保坂さんだが、食やワインへの思いは誰にも負けないほど強い。ぶどう栽培では厳しい収量制限を実施し、ぶどう本来の力を引き出すワイン造りを実践する。ワイン造りへの思いとこだわりを、余すところなく紹介していきたい。

『Domaine Kyoko Hosakaの歩み』

まずは、Domaine Kyoko Hosakaが現在まで歩んできた道のりをたどる。なぜワイナリーを作ることにしたのか?そしてワイン造りに目覚めたきっかけとは?

▶︎東京で「食」の仕事に携わる

山梨県韮崎市に生まれ育った保坂さんは、子供の頃からとりわけ「食べること」に関心があった。「食」と「人の体」の関わりに興味を持ち、大学では予防医学としての「栄養学」や「食文化」「フードコーディネート」など、食に関わる幅広い分野の学問を修めた。


大学卒業後も東京に残り、さまざまな「食の職」に就く縁に恵まれた。やりたいことはいろいろやってみたいという好奇心と、チャレンジ精神に溢れる経歴を紹介しよう。

まず、新卒で就職したシステム会社では、テーマパーク併設のショッピングモールにオープンの2年前から常駐することになった。何軒もの直営レストランが開業するまでの一連の業務を経験し、クラフトビール店においては調査のためにヨーロッパにも研修に行った。

「自分たちの手でお店をゼロから創る」という体験に感銘を受け、いつかは母体のしっかりした会社で飲食事業をやってみたいと思うようになった。

その後、都内テレビ局が放送外事業で飲食店を立ち上げるという話を聞き、中途採用で入社。2店舗の業態を決め、メニュー開発から店舗レイアウトまでをプロデュース。店舗完成後は現場で朝から晩まで働いた。数年後に会社が飲食事業から撤退することになり、他部署に異動に。食に関わる仕事にたずさわりたいとの思いが強く、退職を決めた。


続いて、学生時代に関わっていた食に関する出版の仕事や、料理研究家と共に飲食店の立ち上げを経験する。料理研究家に依頼された百貨店店舗のプロジェクトが終わりかけた頃、ワインの勉強をしたいと考え、百貨店のワイン売り場に飛び込んで経験を積んだ。

「自分が学びたいこと」を基準に仕事を選び、経験を重ねてがむしゃらに仕事に打ち込んだ。やがて幅広い経験が重宝され、多方面での仕事の誘いが舞い込むようになった。

「ある医科大学の大学院研究室から、秘書を探しているのでやってみないかとのお話をいただいたのです。条件は、できれば栄養学かワインがわかる人とのことでした。テレビ出演や執筆もする教授なので、テレビ局や出版のことがわかるとなおよいとのお話でしたので、今まで私が経験してきたこと全てが生かせる仕事だと考え、お受けしました」。

研究室での初めての仕事は、「アンチエイジングの権威」ともいわれる白澤卓二教授の著書「なぜ長寿の人は赤ワインを飲んでいるのか?」のレシピページの、フードコーディネーター業務だったそうだ。

学んだことが必要とされて次の仕事に繋がり、順調に仕事の幅を広げていった。だが、「食の根幹である農業を勉強したい」という思いが生まれ、次第に大きくなっていることに気づいた。

「昔から、いずれ私は小規模でも自分でなんらかの事業を起こすだろうと漠然と思っていました。そこで、まずは農業を学ぼうと考えて山梨県にUターンしたのです」。

▶︎農業の勉強のため山梨にUターン

2016年に山梨に戻った目的は、あくまでも農業について学ぶため。当時は自分がぶどう栽培とワイン造りをするとは露ほども考えていなかったそうだ。

もともと、学生時代は毎年のようにフランスの知人宅に滞在してワインを堪能し、都内では近所のワインバーに通ったりと「生粋のワイン・ラヴァー」だった保坂さん。しかし、ワイン造りは個人が手を出せるようなものではないと考えていた。

農業の勉強のために進んだのは「山梨県立農業大学校」の職業訓練科。野菜コースと果樹コースの選択肢があったが、「野菜コース」を選んだ。

「当時、果樹コースを選ぶのは、ほぼ果樹農家の跡取りの方でした。自宅に畑や農機具、施設一式が揃っているような人たちばかりでしたね。農業未経験の私が果樹を始めるのは現実的ではないと考え、大学時代のゼミの恩師から有機農業の大切さを叩きこまれてきたこともあり、野菜コースに進みました」。

職業訓練校では、学校での栽培実習や座学に加え、農家の実習先としてひとりに対し一農家をマッチングしてくれる仕組みがあった。そこで、「パーマカルチャー」を取り入れた農的暮らしを実践するオーガニックファームに週2〜3回通ったのだ。

住み込みのスタッフ以外にも、「WWOOFer(ウーファー)」と呼ばれる、労働力を提供する代わりに食事・宿泊・知識・経験を得るためのボランティアシステムを利用する外国人が不定期で滞在していた。

食事は当番制で、時間をかけて自給用の野菜や米、麦を使って調理。また、保存食や加工品を作るなど、野菜栽培以外のさまざまなことを学んだ。

「そこには、旬の野菜しかありませんでした。都内にいた頃は、旬の素材を意識し取り入れてはいましたが、定番の野菜は季節を問わずに買えましたから。『旬』を意識する貴重な経験でしたね」。

また、鹿を解体するという貴重な経験もした保坂さんは、獣害駆除とジビエ料理に接点を見出せるのではないかと感じた。そこで、現在は年に1回、滋賀のオーベルジュに泊まり込みでジビエ解体の手伝いに通っている。

▶︎ぶどう栽培との出会い

念願の農業にふれることになり、東京での暮らしとはまた違う充実した日々を過ごす中で、運命が変わる出会いが訪れた。

「訓練校の助手の先生が趣味でシャルドネの垣根栽培をされていたのですが、『忙しくて管理しきれていないから栽培を任せたい』とお声がけいただきました。せっかくのお話だからと栽培させてもらうことにしたのがきっかけで、ワイン造りの道に入ることになったのです」。

圃場に植えられていたのは、垣根栽培の100本ほどのシャルドネ。植栽から4年目の樹だった。夢中になってぶどうの世話をし、並行して山梨県農政部果樹6次産業振興課が主催する「やまなし葡萄経営セミナー」にも参加。果樹試験場の圃場で講義を受けたり、県内のワイナリーに見学に行ったりと盛りだくさんの内容だった。平日の日中は職業訓練校で野菜栽培を学び、朝夕と土日はぶどう栽培に携わる日々を送ったという保坂さんのバイタリティには圧倒されてしまう。

そして2016年9月には、無事シャルドネの収穫にこぎつけた。

「シャルドネの管理を任せてくださった先生から、収穫後はワインにして欲しいというお話をいただき、近所のワイナリー『ドメーヌヒデ』さんに委託醸造しました」。

委託先のドメーヌ ヒデ代表の渋谷さんから、「せっかくソムリエの資格を持っているのだから、レクチャーするのでうちの研修生になって醸造してみないか」と言われ、ふたつ返事で引き受けた。

「2016年の春に山梨に戻ってすぐ、奇跡的にぶどう栽培に携わることになり、秋には自分が栽培したぶどうでワインを仕込みました。いきなり栽培と醸造の両方を体験できるなんて、さすが山梨だと思いましたね」。

屈託なく笑う保坂さんは、すでにぶどう栽培とワイン造りの虜になっていたのかもしれない。

「山梨のワイナリーといえば大手資本や家族経営の老舗がほとんどで、小規模のドメーヌ形式でワイン造りができるとは思ってもいませんでした。しかし、長野などで小規模ワイナリーが増え始め、山梨にもいくつかドメーヌ形式のワイナリーができ始めていたので、私もドメーヌ形式でやってみたいと思うようになったのです」。

▶︎ぶどう栽培とワイン造りの道に突き進む

職業訓練は2017年1月に終了し、3月には山梨県果樹試験場で剪定のアシスタントなど、引き続きさまざまな研修を受けた。

「山梨県果樹試験場では、剪定の補助や新しい圃場づくりのための石拾い、苗の植樹などをおこないました。今後の研修先を探していたところ、大手ワイナリーが農水省の『農の雇用』という補助金制度をつかった栽培家養成プログラムを始めると聞き、説明会に参加したのです。農水省の方から、「女性の農業者・栽培家を増やしたいと考えているので、研修制度で学んでみませんか?』と熱い言葉をいただき、研修生になりました」。

「2016年5月から2018年3月までの間に、山梨ならではのぶどう栽培やワイン造りに関わる、驚くほどたくさんの経験ができました。神様が『ワイン造りをしなさい』と言ってくれていると勘違いしてしまうほどでしたね。環境と機会が非常に整っている山梨では、ぶどう栽培とワイン造りが地域の産業であると深く実感しました」。

その後は、ワイン農家として雇用就農の道に進むことになった。

「東京のある企業から、ワイナリーを造りたいという話があり、その企業の事業の一環として、私の畑で育てたぶどうを使ってワイン造りをおこなうことになりました。『ワイナリー設立準備室 栽培・醸造責任者』という肩書きと、一日中畑で作業できる環境をいただきました。また、同じ時期に山梨大学ワインフロンティアコースに通い、翌3月には試験を受け、山梨大学認定ワイン科学士という資格を取得しました」。

2019年秋には、「Domaine Kyoko Hosaka準備室」の名でワインを初リリース。

その後、所属していた会社のワイナリー事業が撤退したため、2020年には満を持してワイン農家として独立。2022年の秋には、独立後はじめてのワインをリリースした。

『Domaine Kyoko Hosakaのぶどう栽培』

続いては、Domaine Kyoko Hosakaのぶどう栽培にスポットを当てよう。

ぶどう栽培でこだわっていることや栽培している品種、畑の特徴について伺った。

▶︎栽培ぶどう品種と栽培の工夫

Domaine Kyoko Hosakaでは、ふたつの異なる地域の自社畑でぶどうを栽培している。

南アルプス市の圃場で栽培している品種は以下。

  • シャルドネ
  • 甲州
  • アリカント

韮崎市の圃場で栽培している品種は以下。

  • マスカット・ベーリーA
  • デラウェア
  • ソーヴィニヨン・ブラン
  • シュナン・ブラン

いずれも除草剤や化学肥料を使用せず、減農薬で栽培。手がけているのは、もともと植栽されていたシャルドネのほか、マスカット・ベーリーA、デラウェア、甲州など、保坂さんが好きな品種ばかりだ。

韮崎市は良質なマスカット・ベーリーAの産地であり、県内外のワイナリーが韮崎市穂坂地区のマスカット・ベーリーAを使ったワインを造っている。

自社圃場では、収量制限を実施。また、収穫期を10月半ばまでひきのばした「遅摘み」を採用している。マスカット・ベーリーAは非常に色付きがよいため、2020年には亜硫酸無添加に挑戦した。お客様からの評判もよく、2021年以降も亜硫酸無添加、野生酵母で醸造している。2021年には一部で乾燥培養酵母も使用した。

▶︎デラウェアとシャルドネの魅力

過去にある醸造家が造ったデラウェアのワインを飲んで、酸が美しく辛口で香りが華やかで、「こんなデラウェアのワインを造りたい」と思うようになった経験があるという保坂さん。

韮崎市は以前はデラウェアの産地であったが、デラウェアを栽培するぶどう農家は年々減少の一途をたどっている。単価が安いためだ。そして生食用に改植してしまった農家が多い。だが、地元の歴史あるぶどうを残したいと考えた保坂さんは、離農する農家から畑を借りてデラウェアを育てているのだ。また、ワインにしたときのポテンシャルの高さもデラウェアの魅力だという。

「香りの出方も個性的ですし、酸を残すと非常によいワインになります。甘いぶどうという印象が強いデラウェアですが、酸味がある辛口の味わいを追求したいです」。

続いて、シャルドネについて掘り下げたい。比較的温暖な気候の南アルプス市で育てるシャルドネには、温かい産地のシャルドネらしいパンチが宿る。ふくよかさがあり、面白いものができているという。冷涼な地域とはまた違った個性が表現されているのだ。

南アルプス市のシャルドネならではの味わいをしっかりと出すため、栽培段階で厳しい収量制限をかけている。

「求める凝縮感を出すためのこだわりのひとつが、収量制限です。新梢に2房ずつ実らせるワイナリーが多い中、うちでは1房だけ残します。もったいないとは思いますが、やはり収量制限の力は大きいですね」。

シャルドネ以外のぶどうも、できるだけ収量を抑えて収穫するように心がけている。以前欲が出て収量を増やした際、できた果実の味を確認して、違いに愕然としたのだという。

「いくら量がほしくても、厳格に摘房しなくてはいけないと学びました。もちろんたくさんワインを造ることも大切ですし、もっとたくさんのワインを造りたいと思うことはあります。しかし、せっかく自分で一から作るのですから、凝縮感があり土地の特徴やぶどうのよさがしっかりと反映したワインを造りたいのです」。

▶︎ふたつの地域 異なる特徴の畑

Domaine Kyoko Hosakaの圃場は、醸造用、生食用合わせて1haほど。耕作放棄地を開墾したり、既存の畑を借りて広げてきた。大半の圃場は地元である山梨県韮崎市にあり、シャルドネと甲州の畑は南アルプス市にある。それぞれの地域の圃場は異なる特徴を持つ。

韮崎市の圃場は、夜温が下がりやすいために昼夜の寒暖差が大きいのが特徴だ。また、35度以上の気温が5時間以上続くと、アントシアニンの形成阻害が起こるとも言われているが、35度以上が5時間以上続くことは少ない。着色がよく、昔から続く生食用ぶどうの産地として栄えてきた土地なのだ。

圃場は標高400~550mの場所に点在している。南アルプス市にある圃場は平地に広がり、韮崎市より標高が低い。そのため、収穫期は韮崎市よりも早めだ。

土壌は小石がゴロゴロして、水はけが非常に良好。県内でも降水量が少ないエリアで、さくらんぼ、スモモ、桃、ぶどう、柿など、初夏から晩秋まで常に果物が採れる恵まれた果樹産地でもある。また、潅水設備などのインフラも非常に整備されているそうだ。

「どちらの圃場も、ぶどう栽培に適しています。同じ山梨県内の隣接している市でも、環境の違いによってできるぶどうの違いがはっきり分かるのが興味深いですね」。

それぞれの土地の特徴を生かしておこなわれるぶどう栽培。ふたつの地域で育つぶどうが楽しめるのはなんとも贅沢だ。

▶︎剪定のこだわり

ぶどう栽培においてこだわっているのは、ぶどうの生育の命運を決める重要な作業である剪定だ。樹勢や実の付き方だけでなく、ぶどうの味も剪定方法によって大きく変化するのだ。

Domaine Kyoko Hosakaは、垣根仕立てと棚仕立ての両方でぶどうを栽培。このうち棚では「長梢X字剪定」という剪定方法を採用している。

そもそも棚栽培の剪定方法は大きく「短梢剪定」と「長梢剪定」に分かれるが、長梢X字剪定の選択には理由がある。

枝の配置の特性上、短梢剪定は長梢X字剪定よりもやや収量が少ない。また、ピオーネなどの生食用ぶどうを短梢栽培すると、樹勢のコントロールが偏るため、幹に近い房で部分的に形が悪くなることもある。

短梢剪定のほうが作業しやすい部分もあるが、人間の都合でできた剪定方法のためにデメリットも存在する。一方、長梢剪定はぶどうの樹勢や樹液の流れが均等になるよう仕立てているため、圃場に効率よく枝を配置することができる。総合的に考えて、ひとりで栽培管理をするなら棚栽培の長梢X字剪定が最善だという結論に達したのだ。

「どんな剪定方法がよいかは、やってみないとわからないことですよね。生食用ぶどうを育てた経験があるからこそ、剪定方法を選ぶ大切さに気づくことができました。棚栽培も、実際にやってみて、初めてよさがわかった栽培方法です。ぶどう栽培を始めたばかりの頃は、県内のワイナリーの棚栽培を見て『なぜ垣根にしないのだろう』と思っていました。しかし、棚を選択しているのには、きちんと理由があるのです。地域の農家が長く守ってきた栽培方法、コンクリート柱の棚は理にかなっており、後世に継承していくべきものだと思っています」。

Domaine Kyoko Hosakaの自社圃場では、シャルドネ以外のぶどうは棚栽培だ。棚栽培は剪定さえしっかりとおこなえば、ひとりでも管理がしやすい。さらに面積あたりの収量が多いため、コストパフォーマンスのよい栽培方法なのだ。

多くのものを学びながら吸収し、自分のものにしていく。保坂さんのぶどう栽培は、日々進化を続けている。

『食と共に楽しむワイン』

Domaine Kyoko Hosakaのワインは委託醸造だが、醸造作業には保坂さん自身も関わってきた。

Domaine Kyoko Hosakaがワイン造りにおいてこだわっていることや、目指していることについて尋ねてみた。

▶︎よいぶどうから、徹底的に美味しいワインを目指す

「醸造技術はもちろん大切なので、日々勉強中です。しかし、よいワインに重要なのは、なによりもよいぶどうを作ることです。凝縮感のあるよいぶどうを作った上で、伝統的な製法で清潔に管理したワイン造りを心掛けています」。

Domaine Kyoko Hosakaでは除草剤は使用せず、減農薬でぶどう栽培をおこない、赤ワインにおいては酸化防止剤を使用していない。だが決して、「ナチュール」を目指してワインを造っているわけではないという。

「以前、ブルゴーニュのとある生産者のワインを飲みました。とてもおいしかったのでテクニカルシートを読んだら、家族経営のビオワインでした。美味しいワインとは、それぞれに考え方があると思いますが、私はよいブドウを育てて、清潔でシンプルに、伝統的な製法で造っていきたいと考えています。クリーンで欠陥臭がなく、問題なくレストランに出せて流通にも耐えられるワインです。ナチュールだからオフ・フレーバーが出ても仕方ないという言い訳はしたくないのです」。

基本的な醸造の技術力を高めつつ、今後は新しいことにも挑戦していきたいと話してくれた保坂さん。

「醸造において、今は委託醸造先にお世話になっているので大きなトラブルはありません。万一のトラブルやイレギュラーに対応するためにも、さらに醸造技術を身につけて、よいぶどうから安定した品質のワイン造りがおこなえるようになりたいですね」。

▶︎Domaine Kyoko Hosakaのワイン

Domaine Kyoko Hosakaが造っているのは、年間3,000本ほど。どんな味わいのワインなのだろうか。現在は栽培した全てのぶどうを自分のワインにしているわけではなく、他社にも納品している。

「飲んだ方からは、『香りがよい』と言っていただけることが多いです。酸化防止剤を使っていないためか、しっかりと凝縮感があるのにスルッと飲めるという声もいただきます」。

マスカット・ベーリーAは2023年も「ドメーヌヒデ」に委託醸造を依頼。収穫後は委託先に通い、自ら管理してワインを造り上げた。

また韮崎市の「小規模ワイナリーサポート事業」を利用して「マルス穂坂ワイナリー」の指導を受けられることになり、2023年のデラウェアは研修を受けながらマルス穂坂ワイナリーで委託醸造した。

出来上がったワインは酒販店やレストランに卸している。また、付き合いのあるワインフェスやツーリズムに持っていくと、あっという間に完売してしまうそうだ。

「オンライン販売も整備したいのですが、ひとりで畑と醸造もしているので、なかなかスムーズに準備が進まないのが実情です」。

Facebookの公式アカウントなどでは、Domaine Kyoko Hosakaが参加するイベントや卸先の情報を得ることが可能だ。ぜひ公式SNSをチェックしてほしい。

▶︎Domaine Kyoko Hosaka流 ワインの楽しみ方

Domaine Kyoko Hosakaの「ワインの楽しみ方」について質問してみた。

「やはり、『食』があってのワインです。食を大切にするシーンで味わってほしいと願っています」。

特に「日本の食事」と合わせてほしいという保坂さん。日本の食事とは、「日本の食卓で食べられているものすべて」を指す。和食だけではなく中華、エスニック、洋食などが日常的に並ぶ、バラエティ豊かな食卓だ。

「例えば、うちのマスカット・ベーリーAのワインには、実山椒が入った牛のしぐれ煮がとてもよく合います。うちのワインだけかもしれませんが、野生酵母で発酵すると、マスカット・ベーリーAが若干スパイシーな仕上がりになるような気がします。収量制限の影響か、色が濃く出る傾向があり、凝縮感もあります。お肉料理とマッチしますよ」。

一般的にはライトな味わいという印象のマスカット・ベーリーAだが、自社圃場で採れるマスカット・ベーリーAは、「日本的な瑞々しさ」にプラスして、ややどっしりとした質感もある。

「日本の食事とあわせて楽しむワイン」を追求するDomaine Kyoko Hosakaのワインを、ぜひ一度味わってみたいものだ。

『食とワインをもっと身近に』

最後に見ていくのは、保坂さんが思い描くワイナリーの目指す姿について。現在「準備室」の名が付いているDomaine Kyoko Hosaka。今後はなにを目指し、伝えていくのか。

保坂さん自身が「ワインを通して伝えたい思い」にスポットを当てる。

▶︎地元の食とワインを楽しんでほしい

Domaine Kyoko Hosakaでは、「収穫イベント」としてボランティアとともにぶどうの収穫をおこなっている。現在は知り合いを招待する限定イベントだが、今後はサポートクラブなどを立ち上げ、より多くの人と一緒に楽しみたいと考えている。

収穫イベントでは、「食」に対する保坂さんの思いを垣間見ることができる。毎回、参加者のために地元飲食店に依頼した「限定ランチボックス」を作ってもらっているのだ。

「地元食材を使った料理を入れてほしい」「ここでしか食べられないものを加えてほしい」などと話し合いをしながら、ランチボックスの中身を決めていくのだとか。

「せっかく遠方からも収穫作業に来ていただくので、感謝の気持ちを伝えると同時に、楽しんでいただきたいと思って準備しています」。

お客様を喜ばせたいとの気持ちから誕生した商品もある。ぶどうの未熟果を活用した調味料だ。

「初めてシャルドネの摘房をおこなった時に、あまりにもたくさんのぶどうの房を落とすことに愕然とし、どうにかして落とした房を使えないかと調べました。すると古代ギリシャでは『アグリーダ』、フランスでは『ヴェルジュ』と呼ばれる、未熟なぶどうをつぶしてレモン汁代わりにするものがあることを知ったのです。最初は知り合いに差し上げる目的で自宅のキッチンで手作業で造っていたのですが、商品化してほしいという声が多かったのでジュース工場に生産を委託し、販売を開始しました」。

商品化したヴェルジュは、収穫イベントでも振る舞われた。レモン汁の代わりに料理に使うのもよし、ドレッシングの材料にするのもよし。炭酸や焼酎で割っても楽しめるという。

地域食材の美味しいランチボックスと、畑でとれたぶどうジュースとヴェルジュ。Domaine Kyoko Hosakaの収穫イベントは、ワインだけでなく土地の恵みや地元の食文化も楽しめる時間だ。

▶︎食とワインの文化を、もっと身近に

「自社醸造所は2025年頃に完成予定です。そのタイミングで、ワイナリー名から『準備室』を外します」。

すでにフルスロットルで活動しているDomaine Kyoko Hosaka。ワイナリーの名前から「準備室」がなくなったとき、何を新たな目標として掲げるのだろうか。

「醸造所予定地は駅から徒歩5分の、『駅近ワイナリー』です。電車で首都圏からも来やすく、地元の人も立ち寄りやすい存在になりたいですね。食とワインの文化を広めるためのイベントや情報発信をしていきたいと思っています。もっと気軽に、毎日の食卓にワインが並べば嬉しいです」。

食とワインを身近に感じてもらうために、自身の経験を生かしたイベントも考案中だ。

「東京にいたときに、『味覚の授業』という小学生向けの食育プログラムのボランティア講師として活動していたことがあるので、それを参考にした『畑で味覚を感じるイベント』などができたらと考えています。また、料理とワインとの組み合わせも積極的に提案していきたいです。素材から手作りしたものを食べることの喜びを、ワインの楽しみ方と合わせて発信していきます」。

これまでのすべての経験は、Domaine Kyoko Hosakaを唯一無二の個性を持つワイナリーにしてくれるはずだ。

「ほかにもやりたいことはたくさんあるのですが、畑仕事が追いついていないので、気長にお待ちください」。

保坂さんの行動力と信念なら、近いうちにきっと実現するに違いない。

『まとめ』

Domaine Kyoko Hosakaは、保坂さんだからこそ生まれるアイデアの宝庫。今までの経験を通して学んできたことが、活動の至るところに散りばめられている。私たち消費者が食の大切さやワインの楽しみ方を改めて考えてみることは、真剣に日本ワインに向き合う造り手を応援することにつながるのだ。

Domaine Kyoko Hosakaの活動を追い、造り手の思いを感じてみてはいかがだろうか。日本ワインの未来は明るいと心から実感できるだろう。


基本情報

名称Domaine Kyoko Hosaka(ドメーヌ・キョウコ・ホサカ)
所在地〒407-0024
山梨県本町1-8-1
リンクhttps://www.google.com/search?q=%E5%90%88%E5%90%8C%E4%BC%9A%E7%A4%BE%E3%82%A4%E3%82%BA%E3%83%9E%E3%82%BF%20domaine%20kyoko%20hosaka%E6%BA%96%E5%82%99%E5%AE%A4%20%E9%9F%AE%E5%B4%8E%E5%B8%82%20%E5%86%99%E7%9C%9F&source=sh/x/gs/m2/5#lpg=cid:CgIgAQ==
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