『つくばワイナリー』東京近郊で美しいぶどう畑の景観が楽しめるワイナリー

茨城県つくば市の北端にある「筑波山」のふもとにある「つくばワイナリー」は、東京都心から80kmほどにありながら、広大な自社畑を持つワイナリーだ。

水はけがよく、筑波山から吹き下ろす「つくばおろし」の恩恵で健全なぶどうが収穫できる自社畑では、ヤマブドウ系のハイブリッド品種をメインに栽培している。

茨城県初のワイナリーとして2011年に事業を開始したつくばワイナリーが、ぶどう栽培とワイン醸造を始めるきっかけは、なんだったのか。

「筑波研究学園都市」として多くの研究機関や大学を擁する地元・つくば市で愛されるつくばワイナリーの歩みを見ていきたい。

今回は、専務取締役の岡﨑洋司さんにお話を伺った。さっそく紹介していこう。

『つくばワイナリーの設立』

まずは、つくばワイナリー設立までのストーリーをたどって行きたい。

つくばワイナリーの母体「株式会社カドヤカンパニー」の創業は、明治28年。常磐線・羽鳥駅前で酒やタバコを販売する小売店として歩みをスタートさせ、スーパーマーケット、不動産賃貸業や和菓子専門店の経営など、多角的に事業展開をおこなってきた。

その後ワイナリー事業部が発足し、つくばワイナリーとしてスタートしたきっかけは、カドヤカンパニーがつくば市内に広大な土地を取得したことだった。

「茨城県の住宅供給公社が破産し、県内の何十か所もの土地が売りに出されました。そのときにわが社で購入したのが、現在つくばワイナリーがある場所です。バブルの頃に開発された宅地で、バブル崩壊のために販売されなかった土地でした。つくば市内とはいえ農村エリアのため、畑として整備しなおして農業に付随したビジネスを始めようと考えました」。

当初は、ワイナリーを作ることは視野に入れていなかった。観光農園など中心に全国を視察してまわり、取得した土地にどんな活用法があるかを研究したという。

▶︎ワイナリー設立のきっかけ

カドヤカンパニーがぶどう栽培とワイン造りに注目したのは、北海道を視察したときのことだった。和洋菓子店を製造・販売する企業の店舗とギャラリーが、どこまでも広がるぶどう畑の中にある光景を目にしたのだ。

「ぶどう畑がとても美しくて、これまで茨城にはなかった景観でしたね。その景観を、つくばに作ろうと思ったのです」。

つくば市で購入した土地は、約18ha。ぶどう畑とワイナリーだけでなく、ショップやレストラン、宿泊施設を作るのに十分な広さがある。ワインを飲んでのんびりと過ごしてもらえる場所になれば、ワインツーリズムも実現可能だろう。

2011年にワイナリー事業を開始し、2012年からはぶどう栽培をスタート。こうして、つくばワイナリーの物語が始まったのだ。

『つくばワイナリーのぶどう栽培』

つくばワイナリーが自社畑にまず植えたのは、ヤマブドウとメルローの交配品種の「富士の夢」、ヤマブドウとリースリングの交配品種の「北天の雫」だ。2017年にはマルスランとメルロー、シャルドネも植え、栽培を開始した。

さらに2021年には新たに畑を増やし、プティ・マンサン、アルバリーニョ、タナーを植え、マルスランとシャルドネも追加した。

スタート時の栽培品種として「富士の夢」と「北天の雫」を選んだのは、山梨県にある「志村葡萄研究所」の志村富男氏からのアドバイスによる。カドヤカンパニーはぶどう栽培とワイン醸造を始めるにあたり、志村氏に相談したのだ。

「ぶどう栽培に向いた土地ではあるものの、はじめから欧州系品種を栽培するのは難しいとアドバイスをいただき、ヤマブドウ系のハイブリッド品種を栽培することにしました。ヤマブドウ系のぶどうは日本の気候にマッチした品種特性を持つので、病害虫に強いというメリットがあります」。

▶︎自社畑の特徴

筑波山のふもとにある、つくばワイナリーの自社畑。かつては桑畑が広がっていた場所だそうだ。自社畑を見守るようにそびえる筑波山は花崗岩が隆起してできた山で、畑の土壌には風化した花崗岩が混ざっている。

「花崗岩質土壌がぶどうにどんな影響を与えるかについては、まだはっきりしたことはわかっていません。今後、何十年とぶどう栽培していく中で、この土地ならではの味わいの特徴が少しずつわかってくるのだと思います」。

畑の海抜は30〜50mほど。なだらかな丘になっており、水はけがよい。また、筑波山から吹いてくる風の「つくばおろし」により、風通しもよいのが特徴だ。空気がこもらないので病気になりにくい。

つくば市の年間降雨量は1300mm程度。降雨量が少ないとはいえないが、多すぎるほどでもない。降雨量より問題となるのは、寒暖差が少ないことだ。

「つくば市は、ぶどう栽培をするには気温が高めなのです。特に夏の夜温が下がりにくいために赤ワイン用品種の色づきが思わしくなく、苦労しています。また、酸味も残りにくいですね」。

▶︎土地と気候に合う品種選び

つくばワイナリーでは、つくば市の気候条件で健全なぶどうを栽培するため、栽培品種を厳選することで対応している。色づきがよく、酸味が残りやすい品種を選んでいるのだ。

ヤマブドウ系の「富士の夢」と「北天の雫」は酸味が強い味わいが特徴だ。また、プティ・マンサンとアルバリーニョ、タナーもしっかりとした酸味を持つ品種特性があるために選んだ。

「つくば市のような気候では果皮の色づきが悪い品種もある中で、マルスランは夜温が下がりにくい気候でも色が濃くなり、しかも酸味を残しつつ熟すので土地に合っていると感じますね。期待が持てるため、今後さらに力を入れていきたいと思っています」。

マルスランは、フランス・ボルドー地方でも使用可能な品種として新たに登録された。世界的なワイン産地のボルドーでも、気候変動によって果皮が色付きにくくなっているためだ。昨今の気候変動に対抗するには、さまざまな面において柔軟な対応が必要なのだろう。

つくばワイナリーではメルローも栽培しているが、やや色付きにくい傾向があるという。そのため、赤ワインではなくロゼワインとして仕込むなどの工夫も視野に入れていくつもりだ。

▶︎ぶどう栽培でのこだわり

2022年は、つくばワイナリーのぶどう栽培にとって非常に恵まれた天候の年だった。

晴天の日が多く、よい状態で収穫できた。そのため、ワインの仕込みも順調に進み、スケジュール通りに醸造することができたのだ。お盆明けから数回に分けて収穫し、スパークリング、ロゼ、赤の順に仕込みをおこなった。

「素晴らしい仕上がりのロットがたくさんできたので、新酒を出す際のブレンドを考える際に選択肢が多すぎて苦労したくらいです」。

どの年も2022年のように問題なく過ごせればよいが、苦しい状況に立たされる年ももちろんある。例えば、2020年は特に難しい年だった。

雨が多く、気温が低かったためにぶどうの房が大きくならなかった。そのため収量が減少し、仕込み量にも影響が出たのだ。

ぶどう栽培では天候を読み、できるだけ早めに対処していくことが必要だ。だが、年ごとの気候が安定しない近年では、過去の経験が生かせない事象も起こり得る。つくば市でも、気温の上昇や天候の変化を実感しているという。

そんなつくばワイナリーが栽培管理で大切にしているのは除葉だ。除葉は、余分な葉を取り除くことにより、ぶどうの房に日光を当てて成長を促すためにおこなう。だが、気温が高すぎるときには日射量を調整するため、除葉のしすぎには注意が必要だ。

「房が日に当たりすぎると酸味がなくなってしまうので、品種ごとにベストな除葉量を慎重に検討しながら管理しています」。

つくばワイナリーの自社畑では、垣根栽培でぶどうを栽培している。また、雨に強い品種である「富士の夢」以外のぶどうにはすべてレインガードを設置。雨対策は万全だ。

ヤマブドウ系の「富士の夢」と「北天の雫」は、いずれも樹勢が非常に強い品種である。そのため、剪定や芽の残し方などに工夫を凝らす必要がある。

また、これまでの経験を生かして、ヤマブドウ系だけではなく欧州品種の栽培量も増やしてきた。

2023年時点で、自社畑で栽培している品種のメインは「富士の夢」で、収量全体の約半分、「北天の雫」は35%ほどで、残りの15%が欧州品種だ。

2021年に植えたぶどうの収量が増えれば、今後はマルスランがもうひとつの主力品種になる見込みだ。年を追うごとにバリエーション豊かになるラインナップに、さらに期待したい。

▶︎二番果も収穫してワインに

つくばワイナリーのぶどう栽培において、注目すべきポイントがある。それは、ワイン醸造に「二番果」も使っていることだ。

二番果とは、収穫用に残した房とは別の場所にできる房のことだ。樹勢が強い「富士の夢」は、脇芽が次々と伸びてきて二番果が付きやすい。二番果の房型は小さく、切り落とすのが一般的だ。しかし、つくばワイナリーでは「富士の夢」の二番果も収穫し、ワイン醸造に使用している。

「富士の夢」の栽培面積は70aで、収量は10t程度。二番果を使っているため、一般的なワイン用ぶどうの平均収量よりもやや多くなっている。

二番果を使い始めた当初は、二番果だけの収量は500kgほどだったため、酸味を生かした新酒のスパークリングワインを醸造。2022年には、二番果だけで3t収穫できたため、赤ワインとして仕込んだ。

「品質が悪い二番果は使えないのですが、『富士の夢』の二番果は高品質です。また、一番果よりも収穫時期が遅く、気温が下がる時期に熟すために、酸味がしっかり残るという特徴があります。熟成に耐えられるワインになると思いますよ。さらに、小粒で皮の成分が多く、糖度も高いのです。二番果の赤ワインがどんなワインに仕上がるかを楽しみにしているところです」。

つくばワイナリーではこれからも、「富士の夢」の二番果を使ってさまざまなスタイルのワイン造りに挑戦する予定だ。今後の展開に注目したい。

『つくばワイナリーのワイン醸造』

つくばワイナリーでは、2019年に自社醸造を開始した。自社栽培のぶどうの魅力を、ブレンドによって最大限に生かすワイン造りをしている。

つくばワイナリーが目指すワインの味わいについて尋ねてみた。

▶︎こだわりのブレンド

「『北天の雫』の場合、収穫時期をずらして3回収穫します。それぞれ仕込んで、ブレンドで目指す味わいに仕上げるのです。ぶどうごとにもっとも合う醸造方法を採用して、ブレンドで美味しさを追求しています」。

自社醸造を開始したときから、よりよい風味を出そうとさまざまなブレンドを試してきたという。収穫時期が違う単一品種のブレンドだけでなく、複数品種のブレンドも手がける。

ワイナリーのスタート時には委託醸造だったが、自社醸造を開始してからは、一貫してブレンドにこだわったワイン造りを続けてきた。

収穫時期の調整や、ロットごとに仕込んで細かくブレンドできるようになったのは、自社畑と醸造施設が隣接しているからこそ。

ワイナリーの強みについて伺うと、「常に最善を尽くす姿勢で臨んでいることですね」と、力強く答えてくれた。

▶︎アカデミックな街にぴったりのワイナリー

つくばワイナリーは「筑波研究学園都市」の区域内にある。日本のみならず世界各地からの研究者が集まる特殊なエリアだ。

「研究職の方はワイン好きが多いようで、みなさんワインを買いに来てくださいます」。

つくばワイナリーのワインの価格は、3000〜5000円代が中心。こだわったワイン造りを心がけているワイナリーのスタイルにぴったりの、アカデミックな客層が集まりやすいのだ。

また、つくばワイナリーには、東京都内や千葉、埼玉から訪れる人も多い。車なら都内から1時間半、「つくばエクスプレス」なら秋葉原から45分と恵まれた立地のため、週末には都内や関東近県からワイナリーを訪れる人が多い。

「都内の都市型ワイナリーにはない広大な自社畑を保有しているので、美しい景観を楽しみながらのんびり過ごしていただけますよ」。

次の週末には、つくばワイナリーを訪れる計画を立ててみるのもよいだろう。

▶︎おすすめワインとペアリング

続いて、おすすめのワインとペアリングを教えていただいた。

「飲みたいシーンやそのときの気分、合わせたいお食事などに合わせて、ラインナップの中から自由に選んでいただけたらと思います」。

とくにおすすめなのは、「Twin Peaks マルスラン プレミアム」だ。半年ほど樽熟成させ、ブルーベリーやプルーンのような果実味が樽の香りと絶妙に調和している。ビーフシチューや味噌煮込みとの相性がよいという。

また、つくばワイナリーの主力品種である「富士の夢」を使ったワイン、「TSUKUBA ROUGE」と「TSUKUBA ROUGEプレミアム」もおすすめなのだとか。

「ヤマブドウ系品種の特徴である色調の濃さと、果実のボリュームが感じられる厚みのある味わいが特徴です。タンニンは少なめなので、とても飲みやすい赤ワインですよ」。

「TSUKUBA ROUGE」はステンレスタンク熟成で、「TSUKUBA ROUGEプレミアム」は樽熟成という違いがあるが、どちらも醤油や出汁を使った和食と絶妙にマッチする。

また意外なことに、赤ワインでありながら刺身との相性もよいそうだ。マグロなどの赤身の刺身とともに、「TSUKUBA ROUGE」と「TSUKUBA ROUGEプレミアム」を飲み比べてみるのも面白いかもしれない。

2022年ヴィンテージでは、瓶内二次発酵のスパークリングワインに初めて挑戦したつくばワイナリー。

リリースは、2023年のゴールデンウィーク頃の予定。『富士の夢』のロゼ・スパークリングと、『北天の雫』で造ったスパークリングをリリースする。

晴れた休日にキリッと冷やしたスパークリングワインを楽しめば、最高な1日になるだろう。

『まとめ』

つくばワイナリーは、首都圏からほど近い立地で訪れやすいワイナリーとして多くのワイン好きに支持されている。ヤマブドウ系のハイブリッド品種を中心に自社畑で丁寧な栽培をおこない、ブレンドにこだわったワインを醸造しているのが特徴だ。

また今後は、ワインツーリズムの拠点としての機能を果たすことも計画中。

「ワイナリーを中心にして、多くのお客様にきていただけるエリアとしてつくばを盛り上げていきたいですね。いずれ発表できると思いますので、楽しみにお待ちください」。

ぶどう畑に囲まれた美しい景観が広がる観光地を築きつつある、つくばワイナリー。日本のワインツーリズムの新たな名所となるのも、そう遠くはなさそうだ。

基本情報

名称つくばワイナリー
所在地〒300-4231
茨城県つくば市北条字古城1162-8
アクセス・つくばエクスプレス「つくば駅」から車で約25分
・常磐道土浦北インターから車で約20分
HPhttps://tsukuba-winery.kadoya-company.com/

関連記事

  1. 『Veraison-Note』日本産ネッビオーロの可能性を追求する造り手のぶどう畑

  2. 『信濃ワイン』ワイン文化への尊敬と愛が生み出す、桔梗ヶ原ならではの味

  3. 『甲斐ワイナリー』歴史と伝統、確かな技術で前進し続ける、ワイン職人たちの蔵

  4. 『グランポレール勝沼ワイナリー』産地の個性を醸し、日本ワインの未来を切り開くワイナリー

  5. 追跡!ワイナリー最新情報!『 GAKUFARM & WINERY』新たな醸造技術に挑戦し、ラインナップの幅を広げた1年

  6. 追跡!ワイナリー最新情報!『神戸ワイナリー』気候変動に対応し、新たな取り組みに積極的