『NIKI Hills Winery』ワインの力が試される北海道の大地

「試される大地」という言葉をご存じだろうか?過去に使われていた、北海道のキャッチフレーズである。

余市郡仁木町にある「NIKI Hills Winery」(以下「NIKI Hills」)は、2015年の創業以来、まさに「試される大地」の挑戦を続けているワイナリーだ。

小樽近くに拡がる仁木町は、フルーツ栽培の長い歴史をもつ。特にりんごは全国に先駆け、120年前から栽培が始まっている。しかし産業構造の激変により農業就労人口の高齢化が進んでおり、跡継ぎのないまま放置された果樹園が増えつつある。
さらに鉱山で栄えた鉱業も廃れ、全盛期には8000人を超えていた人口も今では3500人を下回る。住民の半数は50代以上だ。

かつて寒村だったカリフォルニアのナパ・ヴァレーがワインで賑わいを見せているように、仁木町もワインで元気にできないか。そんな夢が試されているのが、仁木の大地だ。

北海道ワインのぶどうは、その多くが余市・仁木エリアで造られている。余市・仁木地区の「余市・仁木ワインツーリズムプロジェクト」に多くの人の夢が期待を寄せている。

『異業種からの参入』

NIKI Hillsは、ふたつの会社が役割分担しながら運営している。
農業の6次化を目的とした一般農業法人の「NIKI Hillsヴィレッジ」と、ぶどう栽培を担当している農地所有適格法人の「NIKI Hillsファーム」だ。
このふたつの会社の親会社は、東京に本社を構える広告代理店「DNCホールディングス」である。700名を超える従業員を抱えているという。

社長の石川和則さんは社員教育に力を入れており、「大人数で研修ができる、広い場所はないか」と探していた。縁あって、2014年3月に仁木町の町長と顔を合わせる機会があった。
そのとき案内されたのが、現在ワイナリーが建っている旭台の丘だった。

旭台の丘に登ると、仁木町と隣町の余市町がひろがり、余市川の流れがゆうゆうと海に注ぎ込む。周囲は山々に囲まれて、まるで1枚の絵のようである。

「この景色は世界に通用する。ここで研修をすることでグローバル・スタンダードな感覚を養うことができる」。
石川社長は、この土地に一目惚れした。隣町の余市町では、すでにワイナリーが有名だ。地続きの仁木町にも、名醸地になれるだけのポテンシャルがあるのではないか。地域創生も視野に入れたワイナリーの設立を決め、ワインと景色を楽しめる、ワインツーリズムの構想を立てた。

ワイナリー構想が立ち上がったのが2014年の春。同年12月に土地を取得して、畑の造成に着手した。2015年9月末にはワイナリーが完成し、10月から初醸造を始めた。それから年を追うごとに植栽本数を増やし畑を拡充。同時に宿泊施設やレストランを建て増しし、ワイナリーがグランドオープンしたのは2019年7月7日である。

NIKI Hillsが稼働する前から、仁木町にもワイン用ぶどうを栽培している農家はあった。主に池田町にあるワイナリー向けのぶどうだが、仁木町のぶどうの歴史自体がまだまだ浅いので、仁木町のぶどうは、まだ特徴が見えづらい。しかしNIKI Hillsの関係者は、目の前の大地を信じている。

白ワイン「HATSUYUKI 2015」はワイナリーの第1号ワインにも関わらず「Japan Wine Competition 2017」で銀賞を獲得。
創業2年目には「HATSUYUKI 2016」が香港で行われた「LE GRAND TASTING WINE AWARDS 2018」で日本勢唯一のゴールドメダルを獲得と、快進撃をつづけている。ほかにも多数の受賞歴を誇り、熱心なワインファンの間で知られる存在になろうとしている。

『入社1年で醸造を任された麿直之さん』

NIKI Hills取締役の麿(まろ)直之さんはNIKI Hillsの醸造担当者である。
ワイナリー設立と同時に仁木町に移住してきたという。前職はMR(医薬情報担当者)で、新潟に住んでいた。
「今はワイン造りを一生の仕事にしたいと思っていますが、この世界に入ったのは社長との縁あってのことです」。

2014年8月に、北海道に行く機会があった。懇意にしていた石川社長のところに挨拶に寄ったところ、ワイナリーの建設予定地を案内された。
そして「一緒にワイナリーをやろうよ」と誘いを受けた。

もともとワインに興味があったわけではない。それでも石川社長のワイナリーで働いたら面白そうだと直感し、仁木にやって来た。それが9月末のことだ。
当時は石川社長ひとりで切り盛りしていたというワイナリーの仕事に合流し、今に至るという。

「社長からの誘いがなければ、ずっとMRを続けていたと思います」。
移住直後の10月から醸造に携わったが、右も左も分からない。近隣ワイナリーに依頼していたコンサル期間が終了したことで、早くも危機が訪れた。

技術も知識もたった1年の経験では心もとない。だが月末にはワイナリーが完成し、契約農家からぶどうが届く手はずになっている。残り1か月を切っている。
「醸造できるか?」と聞かれたら「まだできません」と答えざるを得ない状況だった。

そこで海外遊学を決意。行き先の条件は「北海道のような冷涼な土地」「将来シャルドネとピノ・ノワールを中心に栽培・醸造していく方針なので、このふたつを扱っていること」だった。

この条件で探したところ、ドイツ南部のファルツ地方にある「ベルンハルト・コッホ」というワイナリーが受け入れてくれることになった。醸造責任者は、日本人の醸造家。
「文字通り基礎中の基礎だけなら。ワインのクオリティをどこまで高められるか保証はできないが、ある程度のクオリティでワインを造れるようにはなる」という言葉にすがった。麿さんは現地に飛び、ノウハウや知識を見覚えていく。

ドイツで半月お世話になった後、今度は道内のワイナリーでも半月、ワイン造りを学んだ。そして10月10日、ついにぶどうが納品された。

ワイン業界は横のつながりが強い。このときも余市から2社、小樽から1社、岩見沢から1社という具合に応援に駆けつけてくれた。そして機械の動かしかたなども教えてもらいながら、なんとか初醸造をやり遂げた。
このときのヴィンテージがコンクールに入賞した「HATSUYUKI 2015」である。

「決して狙って賞を取りにいったわけではなく、第三者に見てもらうことで自分たちのワインを確認したかったんですね。間違った方向に進んでいないか?傲慢になっていないか?対外的な評価がひとつの指標になりますから」。
いろいろな方がアドバイスや協力という形で関わってくれた結果が受賞に結びついた。自分ひとりの力ではない、と発言は控えめだ。

『さらに探求は続く』

まだまだ知識や経験が足りなかったため、2016年の冬の間は広島にある「独立行政法人酒類総合研究所」で研修を受け、翌春再び「ベルンハルト・コッホ」へ。秋には再度、岩見沢のワイナリーに教えを乞いながら、2回目の醸造に挑んだ。

2017年と2018年は、ニュージーランド南島の「コヤマ・ワインズ」の小山竜宇(たかひろ)さんの元で2か月間の修行。2年続けて行かせてもらうことで、経験が磨かれていった。だが、知識が増えると新たな疑問もわいてくる。作業の答え合わせをしながら、更なる探求にふけった。

2019年は、行き先をオーストラリアにした。「冷涼な地区」「ピノ・ノワールを仕込んでいる所」を調べあげ、片っ端から問い合わせた。その数、じつに100軒。その結果「バス・フィリップ・ワインズ」から色よい返事をもらい、3か月間お世話になった。

さらに昨年は初めて、あえて違う品種を仕込んでいる南アフリカのワイナリーを訪ねた。シャルドネとピノ・ノワール以外の造り方を知らなかったため、見聞を広めるための旅だった。

こうして経験ゼロの状態から着実に研鑽を積み、醸造を学んできた麿さん。「ワイン造り自体は2015年からですが、南半球にも行かせてもらっているので1年に2回醸造し、10ヴィンテージくらい経験しています」と語る。

『シャルドネとピノ・ノワールをメインにする理由』

NIKI Hillsが畑の造成を始めたのは2015年。植栽を開始したのが2016年からである。2019年に念願の自社圃場で取れたぶどうのファースト・ヴィンテージ(最初の仕込み)に取りかかった。
現在メインで醸造しているシャルドネとピノ・ノワールは、2020年にようやくまとまった量を仕込めた段階だという。

「HATSUYUKI」と「YUHZOME」は車で10〜15分程度の隣町の契約農家からぶどうを仕入れて造っていた。契約農家は西向きの斜面。
一方NIKI Hillsのぶどう畑8haのうち、ケルナーは北東向きの斜面、ピノ・ノワールは南向きの斜面に植えているので、糖度や酸の面でもさまざまな変化がありそうだ。

現在、自社圃場で栽培しているぶどうの樹はおよそ1万6000本。そのうちの8割がシャルドネとピノ・ノワールが半々。1割がケルナーで、残りの1割が実験的な品種10種類ほどだという。

従来、北海道では寒さに強いドイツ系の品種がメジャーだった。白ではケルナー、ミュラー・トゥルガウ、バッカス。赤ではツヴァイゲルトとレゲントだ。シャルドネとピノ・ノワールを中心にしたのは、世界で主流の品種を主体にすることで、仁木町から世界に発信していこうという考えからだ。

ドイツ系品種は世界の主流とは言いがたい。「HATSUYUKI」の原料であるケルナー自体、知名度は高くないという。ケルナーは白ぶどう品種のリースリングと赤ぶどう品種のトロリンガーの交配品種で、リースリングの特徴を持ち、耐寒性が高いのが売りだ。つまり、リースリングの代用品的な位置づけだった。

そこに気候変動の影響が生じた。気候条件が合わないがためにリースリングがうまく熟さなかった寒冷地でも、リースリングが美味しく育つようになったのだ。その結果ドイツではケルナーからリースリングへの乗り換えが進み、ケルナーの作付け面積が減少傾向にあるという。

同様に、栽培適地ではないといわれた北海道でも、ピノ・ノワールも育つようになってきた。「シャルドネはまだ早いのかもしれませんが、近い将来絶対に栽培できるはずです」と麿さん。
今後はピノ・ノワールとシャルドネをメインに据えていきたいというわけだ。

近い将来には、ケルナーの「HATSUYUKI」やツヴァイゲルトレーベの「YUHZOME」をしのぐ1本が、ピノ・ノワールやシャルドネから生まれてくるのだろう。

『ワイン造りの苦労と工夫』

ワイン醸造に関する技術は具体的でむずかしい部分が多い。「本来はワイン片手に飲みながら話すような奥深いこと」と断りを入れつつ、麿さんが話してくれたのは以下のような事柄だ。

▶酸味と糖度

ワイン造りにおいてNIKI Hillsがこだわっているのは、酸味だ。冷涼地で育ったぶどうは酸が強い。北海道で操業しているからこそNIKI Hillsでは酸味を感じられるワインを大事にしている。

ブドウが熟すと、糖度も上昇していく。糖が生成されているからだ。しかし酸はある水準まで生成されると、その後は代謝とよばれる過程に入り、減っていく。熟したぶどうは欲しいが、酸も保持して欲しい。そんな葛藤が生じる。

契約農家のぶどうは、10月半ばで糖度20度ほど。酸が落ちる前が収穫の目安になる。

ところがNIKI Hillsの畑のぶどうは、酸がしっかりと保持されている。この「しっかり熟しているのに、酸味もしっかり保っている」のが、NIKI Hillsの自社圃場のぶどうの特徴だ。

▶低温で発酵させる

発酵の基本手順に従えば、白ワインは15〜20°Cで発酵させる必要がある。現在NIKI Hillsのメインとなっているのは、白ワイン品種のケルナーとバッカスで、華やかなアロマを持つ。
香りを立たせるために、発酵中も発酵後も低温に保つよう心掛けている。低温を保持できる機械を導入し、理想とする環境を実現している。

▶あえて酸化を促してみる

香りを立たせるのに最もよい方法を探るため、麿さんは様々な方法も試している。そのひとつが、あえてケルナーやバッカスを酸化させてみる方法だ。
熟成中のワインに酸素をどんどん供給すると、どういう変化が現れるのか?常識に囚われない試行錯誤が重ねられている。 

▶ワインをまろやかにする「マロラクティック発酵」をスキップする

ワインの発酵にはアルコール発酵と、これに続いて起こるマロラクティック発酵というふたつの段階がある。マロラクティック発酵は、ぶどう果汁に元から存在するりんご酸が乳酸に変化する発酵で、酸味をまろやかにしてくれる。
しかし麿さんはしっかり酸味を残したいがために、このマロラクティック発酵をさせずに瓶詰めまで持っていく。酸味を優先してあえて定石を踏まない。これが醸造家としての麿さんの個性なのだろう。

酸は代謝されて減っていく。そのため、もっとも重要なのは、ぶどうの段階でどれだけ酸が含まれているかということだ。その基本を踏まえつつ、ワインの可能性を狭めないためにチャレンジを重ねている。

必要に応じて、「知っているが、やらないという判断をする」と「これはしたくない」という、ふたつの間でバランスを取っていく。
「ワインに関する話だったら、何時間でも話し続けられます」という麿さんの情熱には圧倒されるばかりだ。

『NIKI Hillsの多彩な魅力』

ワインは栽培地と切り離せない。仁木町という北の大地にふさわしいワインを作りたい。だから日本離れした北海道の雄大さ、ワイナリーが建つ旭台の眺望を楽しみながら、いつまでも見飽きない風光と共にワインを楽しんでもらえたら一番だ、と麿さんは笑う。

よいワインとは、気がついたらグラスを空にしているようなワインだ。NIKI Hillsのワインは酸がしっかりしていて飲みやすい。
代表作である「HATSUYUKI」は華やかで酸味もあるが、その実、控えめなのでお寿司とも合わせられる。

「日本のワインは余韻が短い」という声もあるが、NIKI Hillsでは余韻が残る造りをしている。ツヴァイゲルトらしいスパイシーさやカシスなどの果実味を感じられる「YUHZOME」とともに、ぜひ現地で感じてみたいものだ。

NIKI Hillsはワイナリーのみならず、「グリーンツーリズム」「アグリツーリズム」に応えられるだけの森や庭園を備えている。
現在の敷地面積は約33haだが、そのうちワイン用のぶどう畑は8ha。残りは森林が6〜7ha、庭園が3ha、そのほかは施設や果樹園だ。

ナチュラルガーデン(1.1ha)には200種類の草花、1,500株の球根などが植えられている。森は「アファンの森財団」理事長、故C.W.ニコルさんの監修によるものだ。

石川社長はワイナリー巡りを楽しんでもらうために、仁木町にワイナリーを集めたいという。他社のワイナリーはライバルではなく、仁木を盛り上げるファミリーだと考えているそうだ。

『まとめ』

NIKI Hillsは初ヴィンテージからコンクールで入賞を重ねる注目のワイナリー。ぶどうのポテンシャルを最大限に活かした、北海道らしさが感じられるワインの醸造が強みだ。
住民の半数が50代以上という準限界集落地を盛り上げるため、ぶどうを使った6次産業化に力を入れており、ワイナリーを集積して「北海道のナパ・ヴァレー」を目指す。

北の大地は今、試されている。「100軒を超えるワイナリーが集まる『余市川ワインバレー』を目指す」という目標が、達成されることを願ってやまない。

基本情報

名称NIKI Hills Winery
所在地〒048-2401
北海道余市郡仁木町旭台148-1
アクセスJR仁木駅よりタクシーで10分
HPhttps://nikihills.co.jp/

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