『シャトー酒折ワイナリー』世界のワインを知るインポーターが営むワイナリー

山梨県甲府市酒折(さかおり)町にある「シャトー酒折ワイナリー」は、輸入洋酒の専門商社である「木下インターナショナル」のグループ企業だ。

ぶどう栽培とワイン造りの歴史が長い山梨の地で、地元生産者と二人三脚のワイン造りをおこなうシャトー酒折ワイナリーの強みは、世界のワインと生産者について深く知っていること。

インポーターとして培ってきた考え方はワイナリーの理念の根底にあり、企業文化としてしっかりと根付いている。「ワインの真価を知り尽くしている」という信念が、ワイン造りや生産者との関係を構築する上で十分に生かされているのだ。

今回は、常務取締役で醸造責任者も務める井島正義様さんに、シャトー酒折ワイナリーの歴史と、ワイン造りにおけるこだわりについてお話いただいた。

『シャトー酒折ワイナリー 誕生の経緯』

シャトー酒折ワイナリーの設立は1991年のこと。まずは、ワインの輸入販売を手がけてきた企業が、なぜ製造分野への進出を決めたのかについて振り返ってみよう。

当時の時代背景と、日本におけるワインの位置付けなども確認しつつ、ワイナリー設立までの歴史をたどっていきたい。

▶︎シャトー酒折ワイナリーの設立まで

木下インターナショナルは1970年に洋酒輸入が自由化される以前から京都で洋酒輸入事業をおこなっており、海外の酒類を幅広く扱ってきた。そんな中、1980年代に製造分野への進出を決めたのは、時代の変遷に伴うさまざまな環境の変化に対応するためだった。より安定した経営を実現するために、自社での酒類製造に乗り出したのだ。

国外ワイナリーでのワイン製造に資本参入するとともに、日本国内では山梨県でワイナリー事業を立ち上げた。当時、ワイン製造のための酒類製造免許は新規取得ができなかったため、木下インターナショナルは廃業予定の山梨の事業者から免許を譲り受けてワイナリーを設立したという。

ワイナリー事業の拠点として酒折町を選んだのは、近隣に温泉地や神社仏閣など多くの観光地があり、観光客の誘致が期待できたためだ。

「日本ではワインを飲む人自体がまだ少なかったので、消費者に観光がてらワインを知ってもらえるよう、訪問に適した施設にすることを考えていました。また、地名に『酒』という文字が入っていたことも、酒折を拠点に選んだ理由のうちのひとつですね」。

▶︎井島さんとシャトー酒折ワイナリーの出会い

醸造責任者を務める井島さんが、どのような経緯でシャトー酒折ワイナリーでワイン造りを手がけることになったのだろうか。井島さんの経歴と、ワイン造りにかける思いを尋ねてみた。

「私は学生時代からお酒の製造に興味があり、酒造会社やウイスキーメーカーなどへの就職を希望していました。しかし文系出身だったため、製造分野での採用にはハードルがあったのです」。

営業職や企画職としてではなく、製造分野に関わりたいという思いを抱きつつ就職活動をする中で、業界の勉強になるだろうと考えて会社訪問したのが、「木下インターナショナル」だった。

井島さんが木下インターナショナルを訪れたのは、ちょうど社内で酒類製造プロジェクトが立ち上がったタイミング。製造に携わりたいという熱意を伝え、製造事業の計画に参加しないかと声をかけてもらったことで入社を決めたという。

入社後はまず梅酒製造に携わり、1993年にはワイン醸造部門に異動した井島さん。コンサルタントの指導を受けながら必死に勉強し、醸造家としてのスキルを積んできた。

『シャトー酒折ワイナリーのぶどう栽培』

続いては、シャトー酒折ワイナリーのぶどう栽培にスポットを当てていこう。立ち上げから今日まで、時代の流れとともに大きな変化を何度も経験してきたシャトー酒折ワイナリー。現在のスタイルに至るまでの、ぶどう栽培における取り組みを見ていきたい。

酒折町周辺の里垣地区は、古くからぶどう栽培が盛んにおこなわれてきた地域で、現在もベテランのぶどう農家が栽培するぶどうが多く生産されているのが特徴だ。

そこで、シャトー酒折ワイナリーでは、主なワイン原料には農協から買い付けたぶどうを使用。また一部の銘柄には、自社畑で栽培したぶどうや契約農家から購入したぶどうも使っている。

だが、ワイナリー設立当初は、「ヨーロッパ系ワイン専用品種からワインを造る」ことを長期的な目標としていた。そのため、まずは地元農家が栽培したぶどうを農協を通して購入しつつ、自社畑でのぶどう栽培をスタートさせたのだ。

▶︎試行錯誤が続いた日々

開墾した0.5haの試験農場では、リースリングやミュラー・トゥルガウ、ガメイ、ピノ・ノワールなど何種類ものヨーロッパ系品種を栽培。どの品種が自社畑の土壌に適するかを確認しようと考えた。

「輸入ワイン業者らしく、初めは海外の栽培手法を参考にしていました。しかし、海外のぶどうの栽培地とは気候が大きく異なる日本では、どうしてもうまくいかなかったのです」。

糖度が十分あるぶどうは栽培できるようになってきた。だが、フランスでおこなわれているワイン造りのセオリーを踏襲しても、なぜだか満足のいくワインを造ることができない。ぶどうの風味を生かしたワインができず悩む日々が続く中、転機が訪れたのは1996年のことだった。

▶︎海外生産者の言葉で気付いた「ワインの本質」

輸入ワイン事業で取引していたフランス・ブルゴーニュ地方北部、シャブリの生産者であるジャン・コレが日本を訪れ、シャトー酒折ワイナリーに立ち寄って意見交換をおこなう機会があった。シャブリはシャルドネを使った辛口白ワインが有名な銘醸地である。そこで、シャトー酒折ワイナリーの自社畑で栽培したシャルドネのワインをテイスティングしてもらったのだ。

シャルドネのワインをテイスティングをしたコレ氏は口をつぐんでしまい、周囲は重苦しい空気に包まれた。だが、次に甲州のワインをテイスティングしたコレ氏がおもむろに口を開いた。その時の言葉は、今も井島さんの心に残っているという。

「『甲州のワインは、ぶどうそのものの味がしっかりと引き出せている。無理にシャルドネにこだわる必要はないのではないか』とアドバイスをいただいたのです。目が覚めるような思いでしたね。日本だからこそできるワインを造ればよいのだと、考え直すきっかけになりました」。

自分たちが注力する対象として、ヨーロッパ系品種だけに限定する必要はないということが明確になり、ワイン造りの原点に立ち返ることにしたのだ。

さっそく原料を見直すところから手をつけ、一部の銘柄に使用していた海外原料の使用も取りやめた。地元の生産者が育てる甲州のよさを引き出し、自分たちにしかできないワインを造るという方針を決めたのだ。

▶︎優れたマスカット・ベーリーAとの出会い

2024年現在、シャトー酒折ワイナリーは地元農協から買い付けたぶどうをメインにワインを醸造している。買いぶどうの総量は毎年100tほどだ。

また、一時的に栽培を中止していた自社畑も再開。栽培しているのは、シャルドネ、シラー、マスカット・ベーリーAで、収量は合わせて3t程度だという。

今やシャトー酒折ワイナリーの主力品種となったマスカット・ベーリーAだが、自社畑で栽培をスタートさせたのは2007年になってからのこと。実は、自社畑でマスカット・ベーリーAの栽培を始めたのは、ある栽培家との出会いがきっかけだった。

「池川仁さんという生産者の出会いが、シャトー酒折ワイナリーにとって大きな転換点のひとつでした。完熟した高品質なマスカット・ベーリーAを探していた時にぶどうを提供してくれたのが池川さんだったのです」。

そもそも、シャトー酒折ワイナリーがマスカット・ベーリーAに初めて注目したのは、1999年のこと。ワイン造りに向いていない品種だと考えていたマスカット・ベーリーAだが、たまたま出会った濃く色づいたものを試しに仕込んでみたところ、予想以上に素晴らしい仕上がりとなったのだという。

だが、当時はマスカット・ベーリーAの注目度が今ほどではなく、市場に出回る果実も色づきがよいものは少ない時代だった。そのため翌年は、完熟したマスカット・ベーリーAが欲しいと打診してわざわざ買い付けたぶどうを使い、シャトー酒折ワイナリー初のマスカット・ベーリーAによる樽熟成ワインを仕込んだ。そして、そのワインを飲んだ池川さんが、自分のぶどうを使ってみないかとシャトー酒折ワイナリーに打診したのだ。

▶︎「キュヴェ・イケガワ」の誕生

せっかく素晴らしい品質のマスカット・ベーリーAを仕込むなら、他のぶどうと混ぜることなく使用したい。そこで、小さめのタンクが準備できたタイミングで、池川さんが手がけたマスカット・ベーリーAのワインを造ったシャトー酒折ワイナリー。こうして、「キュヴェ・イケガワ」シリーズのワインが生まれたのだ。

2005年にファーストリリースした「キュヴェ・イケガワ」は、たちまちトップ・キュヴェとしての地位を確立。また、池川さん自身も、ぶどう栽培以外に、山梨大学の非常勤講師や酒類総合研究所の醸造講師を兼任するなど活躍の場を広げてきた。

2024年現在、池川さんからはマスカット・ベーリーA10t、甲州15tの供給を受けている。さらに、シャトー酒折ワイナリーの自社畑の管理も一任しているという。

「池川さんのぶどう栽培は、すべての作業が理にかなっているのです。ぶどうがどのように育ち、どのような樹液の流れになっているかなど、非常に細かい部分を観察しながら栽培管理をしています。池川さんがぶどうを育てる時に大切にしていることは、醸造家が酵母を育てる時の考え方に共通していると感じますね」。

必要なときに必要なものを与えることを大切にし、薬剤は効果が期待できるタイミングや量を考え抜いて使用しているため、散布量は規定量よりも大幅に少ないという。

『シャトー酒折ワイナリーのワイン醸造』

続いては、シャトー酒折ワイナリーのワイン醸造について見ていこう。

醸造責任者である井島さんは、どのようなこだわりを持ってワインの醸造に取り組んでいるのか。またシャトー酒折ワイナリーの信念とは。余すところなく紹介していきたい。

▶︎目指すワインのスタイル

シャトー酒折ワイナリーが目指すのは、ぶどうのフレッシュさとフルーツ感をダイレクトに表現しているワインだ。

ぶどうの違いやヴィンテージによる特徴の変化をつぶさに感じられるワインを造るには、原料であるぶどうの「品質のばらつき」を受け入れることが重要になるという。

「買いぶどうの品質にばらつきがあるのは当然のことです。そのため、農家さんに負担を強いて品質の統一化を求めることはしていません。ワインは原料あってこそですので、『農家ファースト』であるべきだと考えているからです」。

▶︎3つの醸造方針

シャトー酒折ワイナリーは、醸造において3つのこだわりを持つ。ひとつ目は「器具と設備を清潔にすること」、ふたつ目は「美味しいジュースをしぼること」、そして3つ目は「酵母を健全に生育させること」だ。

「とてもシンプルですが、これらをこだわり抜くことで、結果的にぶどう本来のよさをしっかりと引き出した美味しいワインができるのです」。

ひとつ目のこだわりから順に詳しく紹介していこう。ぶどうの味を伝えるクリーンなワインを造るうえで最も大事なのが、設備器具の清潔さを維持することと、各工程を素早く無駄なくこなすことだ。井島さんは「魚をさばくのと同じ」だと話す。徹底的な衛生管理とてきぱきした作業は「鮮度を保つこと」「汚染させないこと」につながっていく。

ふたつ目のこだわりは、「美味しいジュースをしぼる」こと。シャトー酒折ワイナリーでは、搾汁に工夫をこらしている。

「搾汁率が高いのが、うちの醸造の特徴です。一般的には、ぶどうの自重で搾る『フリーラン果汁』がよいとされていますが、甲州はフリーラン果汁だけでは不十分だと考えています。甲州の果実は、果皮と果実の間の部分に厚みがあり、旨味成分が凝縮しています。そのため、強めに搾汁することでより美味しいワインを造ることができるのです」。

だが、しっかりとプレスすることにはデメリットもある。苦み成分まで抽出してしまうのだ。そこで、苦味を軽減するためにプレス果汁とフリーラン果汁を別々のタンクに分け、プレス果汁のみ濾過して、苦みを軽減した後に混合している。

3つ目のこだわりは、「酵母を健全に生育させること」。そのため、オフ・フレーバーを出さないために繊細な管理をおこなっている。また、適正な量の亜硫酸を加え、酵母メーカーが販売している「サプリメント」も活用する。

「酵母が健全に動くためのサプリメントも、必要に応じて使用しています。投入のタイミングは感覚によるところも大きく、香りや醪(もろみ)の様子を見ながら調整しています。感覚がつかめるまでは、栄養の分析なども実施して、最大限に効果を引き出せるよう工夫していました」。

健全なワイン醸造のために、使えるものはしっかりと活用し、ぶどうのフレッシュなおいしさをクリーンに引き出すワインを造る。シャトー酒折ワイナリーの3つのこだわりは全て、目指すワインのスタイルにつながる取り組みなのだ。

▶︎あらゆる場面で楽しめるワインを

シャトー酒折ワイナリーは、どのようなシーンで飲まれることを想定してワインを造っているのだろうか。

「ぜひ、家庭の食卓で気軽に飲んでいただきたいですね。日常の食卓に並べられるものでありたいと考えているため、価格設定も大切にしています」。

例えば、最もスタンダードな「Rシリーズ」のワインは、いずれも1,000円台で購入できる。

「さまざまなシチュエーションに応じて選べるようにと考えています。普段はスタンダードシリーズ、特別な場面では上のランクの『キュヴェ・イケガワ』やフラッグシップシリーズを選んでいただくのがおすすめですよ。シーンに合わせて選べる豊富なラインナップをお楽しみください」。

▶︎生産者と共におこなうワイン造り

最後に見ていくのは、シャトー酒折ワイナリーが抱く、生産者への思いについて。シャトー酒折ワイナリーは、海外の銘醸地でのワイン造りを熟知する企業が母体のワイナリーだからこそ、生産者の立場に立つことを重視している。

ワインに適正な価格を設定することは、消費者のためだけではなく、生産者とよい関係を築くためにも重要なことだと話す井島さん。

「ぶどう生産者は、自分たちが提供したぶどうがどんなワインになって、どのくらいの利益が出たかという情報を知るすべはありませんでした。しかし、ワイン造りは生産者との協力体制があってこそ成立するものです。そこで私たちは、ぶどうを使用した銘柄や価格などを全てオープンにしました」。

シャトー酒折ワイナリーのワインは、ぶどうの品質がそのままワインに表現されている。だからこそ、シリーズによる味わいの違いも明白だ。スタンダードシリーズと「キュヴェ・イケガワ」を飲み比べると、違いに驚くはずだと井島さんは微笑む。

シャトー酒折ワイナリーでは、テイスティングの場に生産者を招き、仕上がったワインの味わいを確認した上でぶどう栽培にフィードバックしてもらうこともある。

「我が社が生産者との関係を大切に考え農家をリスペクトするのは、海外のワイン産業を理解しているからこそです。ニュージーランドのワイナリーを訪問した際、レセプションで契約農家ををクローズアップしている様子を見た経験などから、ワイナリーと生産者が協力し合ってワイン造りに取り組んでいくべきだと実感しました」。

『まとめ』

かつてのワイン業界では、生産者は生食用として出荷できないぶどうだけを出荷し、ワイナリーは必要な時にだけぶどうを購入するという時期があった。双方のベクトルが同じ方向を向いていない場合、よい関係を築くのが難しいのは当然だろう。

だが近年、ワイナリーと生産者の関係はよい方向に変化してきている。きっかけは、シャトー酒折ワイナリーが「生産者の名前入りワイン」を造るようになったことだったという。

「海外の生産者と話す中でつくづく感じるのは、日本のぶどう栽培の技術の高さです。海外の生産者は口を揃えて、こんなに雨と湿気が多い気候でぶどうを作るのはクレイジーだと言いますよ。日本の生産者の栽培技術は世界一です」。

日本の生産者が素晴らしい技術を駆使して作ったぶどうの特性を、しっかりとワインとして表現することこそが、シャトー酒折ワイナリーの使命だ。世界の優れたお酒を知る企業が作ったワイナリーだからこそ、シャトー酒折ワイナリーは自社製造のワインに対する評価基準も厳しいという。

「雨の多い気候でも健全に育ったぶどうのよさをいかに表現するかが、醸造家の腕の見せ所であり、輸入販売からスタートした企業としての矜持(きょうじ)でもあります。日本ワインが世界に認められつつある今、日本に来た海外の方にも日本ワインを楽しんでもらえるようにしていきたいですね。ワインは非常に情報量が多いお酒ではありますが、難しいものと気負わず、気楽に楽しんでいただきたいです」。

信じる道を進めば、自ずと日本ならではの個性を持った唯一無二のワインが生まれるのだと、井島さんは確信を込めて話してくれた。

基本情報

名称シャトー酒折ワイナリー
所在地〒400-0804
山梨県甲府市酒折町1338番地203
アクセスhttps://www.sakaoriwine.com/winery/#access
HPhttps://www.sakaoriwine.com/

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