『 天橋立ワイナリー 』風光明媚な天橋立で、ぶどうの品質を生かしたワインを造る

京都府宮津市にある「天橋立ワイナリー」は、日本三景のひとつとして名高い「天橋立」を直近に見渡せる場所にある自社畑でぶどう栽培をおこなっている。経営母体は、地元で江戸時代から続く老舗旅館をはじめとした事業を広く営む「千歳グループ」だ。

自社でぶどう栽培とワイン醸造をするとともに、世界中のワインの輸入・販売も手がけることから、世界のワイン事情に精通しているのが天橋立ワイナリーの強みのひとつ。

天橋立ワイナリーの代表取締役を務めるのは、山﨑浩孝さん。若い頃にワインと出会い、飲むだけでなく自ら造ることを志した。北海道で修行をした後に、故郷である天橋立に戻って天橋立ワイナリーを設立し、ぶどう栽培とワイン醸造を始めた。

今回は、天橋立ワイナリー設立までの物語とぶどう栽培とワイン醸造におけるこだわりについて、山﨑さんに詳しく伺った。天橋立ワイナリーの魅力を余すところなく紹介していこう。

『天橋立ワイナリーの設立まで』

まず始めに、山﨑さんとワインの出会いからみていこう。山﨑さんがワインと運命的な出会いを果たしたのは、まだ成人したばかりの頃のこと。アメリカ・サンフランシスコのレストランでのことだった。

「サンフランシスコのレストランで蟹を食べながら、ジンファンデルという品種のワインを飲みました。気さくに飲めて、しかも素晴らしい味わいに感銘を受けたのです。現在は600軒以上もワイナリーがあるナパ・バレーですが、当時はまだ50軒にも満たない数だったのを記憶しています」。

ジンファンデルは、アメリカ西海岸のカリフォルニア州を中心に栽培されている赤ワイン用品種である。


帰国した山﨑さんは、ワインそのものはもちろん、ワイン造りにも惹かれている自分に気づいた。ワインというお酒の魅力と秘密を解き明かしたいという探究心が湧いてきたのだ。

▶︎北海道で経験を積む

自分が信じた道を突き進むことに決め、果樹栽培が盛んな北海道に渡った山﨑さん。1985年に小樽市の「北海道ワイン」で働き始めた。

「創業者である嶌村彰禧氏に弟子入りして、『ワイン造りはぶどうから』という信念を持ってワインを造る北海道ワインで10年間働きました」。

北海道ワイン時代には、ドイツの国家資格「ケラーマイスター(醸造責任者)」を持つドイツ人、グスタフ・グリュン氏と出会った。品種選びと栽培管理、醸造について多くの知見を得たという。

折しも、山﨑さんがワイン造りについて学んだのは、樽を使った伝統的な醸造法から脱却し、ステンレスタンクを用いた新たな手法に関する研究が目覚ましかった頃のこと。ワインが近代化していく時代の流れを目の当たりにしてきたという。


そして、北海道ワインの嶌村氏の後押しもあり、1988年には京都でのぶどう栽培をスタート。1999年には天橋立ワイナリーを設立し、自社醸造は2001年から開始した。

『天橋立ワイナリーのぶどう栽培』

次に紹介するのは、天橋立ワイナリーのぶどう栽培について。北海道でぶどう栽培を学んだ山﨑さんだが、地元に戻ってからは北海道とのさまざまな違いに戸惑うこともあったようだ。

まず、北海道と京都では、地価が大きく異なるため、ワインを造るためにかかるコストが大幅に高くなる。また、広大な土地を確保することは難しいことも北海道と大きく違う点だろう。

そんな中で、どのようにぶどう栽培をスタートさせ、現在に至るのか。まずは最初に植栽した品種にスポットを当てることから始めたい。

▶︎自社畑で栽培している品種

京都に戻った山﨑さんが、まず初めに自社畑で栽培したのは「セイベル9110」。別名「ヴェルデレー」とも呼ばれる品種だ。北海道ワイン時代に栽培を手がけていたことから選択した。また、同時期に植え付けた品種には、セイベルの交配品種3つとドイツ系品種のリースリング、ツヴァイゲルト、レンベルガーなどがある。

さらにその後、ギリシャでワイン関連の学会に参加したことをきっかけに、ギリシャ系の品種にも注目している。赤ワイン用品種の「アギオルギティコ」、白ワイン用品種の「サバティアノ」「ロディティス」「アシルティコ」など、日本ではあまり馴染みのないものばかりだ。

「実は、ギリシャと天橋立は、緯度がほぼ同じなのです。ギリシャで多く栽培されている品種は収穫時まで酸が残りやすい品種特性を持つため、雨の多い日本での栽培にも適しているのではと考えています」。

また、2024年現在、天橋立ワイナリーの自社畑では30種類程度のぶどうを栽培している。最も栽培面積が広いのは「セイベル13053」だが、少しずつ植え替えをおこなっているため、近いうちにジョージア原産の品種「サペラヴィ」が1位の座を手にするようだ。

▶︎気候と土壌の特徴

天橋立ワイナリーの自社畑は約4haの広さを誇る。天橋立のすぐそばにあり、天橋立によって日本海の宮津湾から仕切られてできた内海である「阿蘇海」に面しているのが特徴だ。天橋立は全長3.6kmの砂州で、砂浜と数千本の松が美しい景観をかたち作っている。自社畑の標高は20〜30mほど。もともと田んぼだった土地で、土づくりには苦労した。

「畑を造成する時に山土や河川の砂、堆肥を入れてぶどうが好む土壌に改良しました。石灰質を補うため、近海産の牡蠣殻も入れています。日本の土壌は水の透過性がよいですが、雨が多い気候で湿度も高いため、健全なぶどうを育てるためには努力が必要ですね。しかし日本人には技術力と忍耐力があるため、美味しいぶどうを作れるのだと思います」。

天橋立ワイナリーの畑には常に海風が吹きつけている環境のため、風通りは抜群だ。また、畑は山に向かって緩やかに傾斜しているため、水はけもよい。気温が高い西日本でのぶどう栽培ではあるが、日本海に面しているため、京都府の他のエリアに比べると平均気温が2〜3℃低いという特徴もある。

全て垣根栽培の自社畑があるエリアの年間降水量は、1,920ml程度。雨の影響を最小限に抑えるために樹の根本も土を高く盛り、畝を造ることで余分な水分を排出しやすいよう工夫している。

▶︎ぶどう栽培におけるこだわり

天橋立ワイナリーがぶどうの栽培管理においてこだわっている点について、いくつか紹介しよう。まず、自社畑では垣根栽培を採用しているが、仕立て方は品種や区画ごとの特性によって使い分けているそうだ。

「最適な方法を常に模索しているため、仕立て方を随時変更することもあります。また栽培管理の中では、特に剪定や除草などが手間がかかる作業です。そこで、最新の機材を導入しているのです」。

天橋立ワイナリーでは、最新の農業機材の導入に積極的だ。さらに、日本では珍しいぶどう栽培専用のリーフ・カッターやトラクターも保有しており、広い畑を効率よく管理するために役立っている。

また、天橋立ワイナリーの畑で実施された新たな取り組みもある。北海道ワインと北海道大学が共同でおこなった取り組みの実証実験の場として、天橋立ワイナリーの畑を使用したのだ。GPSを使って24時間体制での栽培管理が可能となる装置で、北海道大学の研究室からリモートで操作した。近い将来、日本ワインの技術革新に多いに寄与することが期待される新技術だといえるだろう。

『天橋立ワイナリーのワイン造り』

続いて見ていくのは、天橋立ワイナリーのワイン造りについて。醸造工程における工夫やこだわりに迫りたい。

使用している機材や仕込みの際の工夫とはどのような点だろうか。また、リリースされている銘柄の中から、特におすすめのものを紹介いただいたので順に見ていこう。

▶︎醸造における工夫と目指すワイン

新しい技術の導入に積極的な天橋立ワイナリー。醸造工程において特に効果を実感しているのは、ドイツのScharfenberger社製のプレス機「EUROPRESS」だ。

「新しく導入したプレス機は、品種に応じた適切なプレスの圧力と時間がプログラムできるので、搾汁の品質が劇的にアップしました。セットしておけば夜間にプレスするなど、時間を効率的に活用することも可能です」。

近年の気候変動の影響により、ワイナリー立ち上げ時に比べて、2〜3週間程度は収穫時期が早くなっていることを実感していると話してくれた山﨑さん。丁寧に栽培したぶどうが収穫適期を迎えると、収穫後は冷蔵コンテナに入れて4℃くらいの低温にした後にプレスする。低温で保管することが美味しいワインを造るための秘訣だという。

天橋立ワイナリーが目指すのは、安定経営できるだけの醸造量を維持しながらも、優れた味と品質のワインを造ることだ。

「ワインの輸入業もしているので、世界の高品質なワインを飲む機会が多いのです。世界の味に触れながら、日本で美味しいワインを造る方法を模索しています。世界を身近に感じながら日本ワインの品質向上を追求していけるのは、我が社ならではの個性かもしれませんね。私自身はフランスワインが好きで、中でもピノ・ノーワルをよく飲みます。世界のぶどう栽培とワイン醸造、マーケットの3本柱に対して、常にアンテナを張って意識し、学びながらワイナリー経営しているのです」。

グループ会社のワインセラーには、約5万本の輸入ワインがある。また、1本100万円の最高級ワイン「シャトー・ルパン」の輸入代理や、JALのファーストクラス用ワインの卸しなどの実績もあるという。

高品質なワインに触れ、買い付けの際には自ら海外のワイナリーにも出向くという山﨑さん。どうしたら世界と同等、またはそれ以上のワインが日本でも造れるのかと研究しながら、ぶどう栽培とワイン醸造に取り組んでいるのだ。

▶︎おすすめ銘柄の紹介

天橋立ワイナリーのワインのおすすめ銘柄を紹介いただいたので、紹介していこう。まず、「こだま 樽熟成 白」は、果実味豊かな味わいに酸味とほろ苦さが調和した1本だ。ヴェルデレー主体で、シャルドネやソーヴィニヨンブランなどもブレンド。

ステンレスタンクでの発酵後、18か月間の樽熟成をしている。樽の風味が加わることで、より深みのある味わいとなっているのが特徴だ。

「こだま 樽熟成 白」は、千年グループが経営するオーベルジュ旅館「ワインとお宿 千歳 chitose」でも提供されている。コース料理のアミューズとお造りに、「こだま 樽熟成 白」がぴったりなのだとか。「ワインとお宿 千歳 chitose」は、1日2組限定。こだわり抜いた料理とワインで、天橋立での夜を贅沢に過ごすことができる。

また、ジョージア原産の品種「サペラヴィ」を使った銘柄「茜」も、山﨑さんおすすめの1本だ。サペラヴィはまだ認知度が低い品種ではあるが、フルーティな酸味が強いのが特徴。果実そのもののポテンシャルが高いため、ジュースにしても美味しいという。

「酸が強いため、長期熟成に向いている品種です。できれば10年以上熟成させるのが望ましいのではないかと感じています。『茜』は12か月熟成ですが、将来的にはもっと長く熟成させたサペラヴィのワインを造りたいですね」。

ちなみに、「こだま」や「茜」など、和のテイストを感じる素敵な名前は、宮津市大垣にある「元伊勢籠神社(もといせこのじんじゃ)」の先代宮司による命名だ。由緒正しい神社に縁があるワインを飲めば、ご利益が期待できるかもしれない。

▶︎「1世代1品種」という言葉を胸に

愚直によいぶどうを作ること以外に、よいワインを造る方法はないのだと山﨑さんは語る。そんな山﨑さんが大切にしているのが、ドイツ人ケラーマイスターのグスタフ・グリュン氏から受け継いだ「1世代1品種」という言葉だ。

「自分の世代で、ひとつの品種のワインを完成させるという意味です。気候が急激に変わっていく中では、次世代のためにより可能性がある品種を探っていく必要があります。ワインは1年に1度しか造れません。20年経験を積んだ今、ようやくグリュン氏の言葉の意味と手応えを感じてきたところです」。

山﨑さんは自身は創業以来、セイベルの栽培に特に力を入れてきた。だが、交配品種であるためワイン用として世界的な評価を受けることは難しいという懸念点がある。

そこで、セイベル以外で注目しているのが、スペイン系の「モナストレル」や、ドイツ系のハイブリッド品種である「レゲント」などだ。

中でもレゲントは、山﨑さんが北海道ワインのメンバーとともに1992年にドイツを訪問した際に持ち帰った品種で、赤ワインのアッサンブラージュに使うと非常に美味しい。

「自社畑ではカベルネ・ソーヴィニヨンやメルローも栽培しているので、レゲントと一緒に仕込みます。ブレンド比率を工夫することで、素晴らしいワインになりますよ。以前、北海道・余市の栽培家の藤本毅氏から、レゲントは本州にも適性があるかもしれないというアドバイスをいただいたこともあるので、可能性を信じて引き続き試行錯誤していきたいですね」。

天橋立ワイナリーのレゲントのワインは、すでにコンクールでの受賞経験もある。年間300〜400本程度の少量生産のため、本州で育ったレゲントならではの魅力を楽しみたいなら、見かけた際には迷わず手にとってみてほしい。

▶︎大人気のイベント

天橋立ワイナリーでは自社開催のイベントをいくつか実施している。まず、除葉作業や芽かきなどが体験できるイベントだ。天橋立のすぐそばに広がる美しい景観のぶどう畑での作業は、日頃のストレスから解放される時間になるに違いない。農作業体験した畑で育ったぶどうから造られたワインだと思うと、より一層美味しく感じるのではないだろうか。

さらに、毎年8月10日頃には、「セイベル13053」の収穫祭を開催している。この時収穫したぶどうはロゼワインとして仕込み、新酒「茜 ブラッシュ」となる。リリースは9月の中旬から下旬にかけて、非常に早い時期に楽しめるヌーヴォーなのだ。

「収穫祭は定員50名程度で開催しています。収穫作業の後には、みんなで一緒にランチを楽しんでいただきますよ。すぐに予約がいっぱいになるので、気になった方は早めにご連絡ください」。

収穫祭では、ぶどう畑専用のトラクターなどの珍しい農機具が畑を走る姿を間近で見ることも可能だ。日本ではあまり使われていない種類の機材もあるので、ぜひあわせて楽しんでほしい。

『まとめ』

北海道で学んだぶどう栽培とワイン醸造の技術を、故郷の天橋立の気候や土壌に合わせて創意工夫しながら歩んできた山﨑さん。日本有数の観光地であるという地の利を生かし、訪れるたくさんの人たちに愛されるワインを造っている。

天橋立ワイナリーのワインは地元での消費がほとんどだが、公式ショッピングサイトでも購入可能。また、東京・新丸の内ビル内のレストラン「ムスムス (MUSMUS)」では、こだわりの食材を使った料理とともに天橋立ワイナリーのワインが楽しめるので、足を運んでみるのもよいだろう。

天橋立ワイナリーがリリースしている銘柄は30種類を超え、毎年新しい取り組みをおこなっている。自社畑に栽培する品種に関しても常にブラッシュアップし、病気への耐性や土地に合うかどうかなど、さまざまな観点から総合的に判断して見極めているのだ。

コンクールで賞を取ることは重要だが、同じくらい大切なのは地元の人たちに愛されることだと話してくれた山﨑さん。今後はさらに安定したワイナリー経営をおこない、長期熟成ワインを造ることも視野に入れていくそうだ。

「世界のワイン造りについて知れば知るほど、優れたワインに必要なのは、ぶどうそのものの持つ能力なのだということがわかります。よいぶどうを作り、最新の設備で発酵させて基本に忠実にワインにすることで、世界に通用するワインを造っていきたいですね」。

基本情報

名称天橋立ワイナリー
所在地〒629-2234 
京都府宮津市国分123
アクセスhttps://www.amanohashidate.org/wein/#index_find_access
HPhttps://www.amanohashidate.org/wein/

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