追跡!ワイナリー最新情報!『香月ワインズ』苦しいヴィンテージを乗り越えて迎えた飛躍の年

有機農業が盛んな宮崎県綾町で、無農薬・減農薬ぶどうからワインを醸す「香月ワインズ」。代表の香月克公(かつき よしただ)さんは、自身が海外経験で感じた思いを軸に、多様性を重んじたワイン造りをおこなう。

香月ワインズのこだわりは、ぶどうの苗選びから始まる。苗は品種のみならずクローン型までを厳密に選定し、国外から取り寄せているのだ。

無農薬で育てている自社畑のぶどうは、なんと40種類。雨の多い宮崎県での無農薬栽培は想像を絶する苦労の連続だが、香月さんはこだわりと信念を持って取り組む。

そんな香月ワインズのワインの特徴は、ブレンドを大切にしていること。毎年変わるブレンド比率は、年ごとに一期一会の個性を生み出す。

今回は、香月ワインズの2022年ヴィンテージに迫っていこう。

『香月ワインズ 2022年のぶどう栽培』

まずはぶどう栽培の様子から見ていこう。

2022年、宮崎県の天候やぶどうの調子はどのような結果になったのだろうか。天候だけでなく、新たに始めた取り組みなどにもスポットを当てつつ、最新ヴィンテージのぶどう栽培を紐解いていく。

▶︎天候に恵まれた2022年

「2021年は、畑の半分ものぶどうが腐ってしまった最悪の年でした。2022年は一転して、雨が少なく、素晴らしい条件で収穫シーズンを終えることができました」。

梅雨時の6月も比較的雨が少なく、気温はぐんぐん上昇した。続く7月も降水量が少なく、ぶどうは順調に生育。香月ワインズの多くのぶどうの収穫期は8月だ。収穫期を迎えるまで、素晴らしい条件のもとでぶどうを成熟させることができた。

では、台風の影響はどうだったのだろうか?宮崎県は、台風の通り道としても有名だ。

「9月中旬に大きめの台風がやってきたのですが、うちのぶどうは収穫期が比較的早く、8月中に収穫が終わります。そのため、ほとんどの品種において台風の影響はありませんでした。しかし新しい畑のぶどうは晩熟の品種なので、収穫期を早める必要に迫られました」。

香月ワインズには、2018年に開拓した新しい畑がある。新しい畑に植えたぶどうの多くが、9月に入ってから収穫を迎える晩熟の品種だった。

「本当はもう少し熟すのを待ってから収穫したかったのですが、台風が来てしまったので、急遽スケジュールを前倒ししたのです。最高のタイミングに収穫できなかったという点では少々悔いが残ります」。

理想通りの収穫は叶わなかったが、前倒で収穫をおこなったために台風の被害はまぬがれた。万が一台風が直撃すると、収量は激減してしまうだろう。十分にぶどうの糖度を上げることも大切だが、台風を切り抜けることもまた重要なのだ。

「ぶどう栽培においては、最適なタイミングの見極めが欠かせません。しかし実は、自分がベストだと思ったタイミングでぶとうを収穫することは、最高のワインができることとイコールではないときもあるのです。納得のいかないタイミングで収穫したぶどうで、案外よいワインができることもありますよ」。

毎年が勉強の連続だと話す香月さん。自然と対話しながらのぶどう栽培では、正解はひとつではないのだろう。

▶︎生食用のぶどうを育てる新圃場

続いては、香月ワインズの新圃場のぶどうについて紹介しよう。栽培している品種は以下の3種類。

  • ナイアガラ
  • ポートランド
  • 巨峰

香月ワインズでは欧州系のぶどう品種を中心に栽培していたが、新たに栽培をはじめたのは生食用の品種だ。いずれも高温多湿な環境に耐えられる強健なぶどう品種を選んだ。

栽培品種のうち、比較的珍しい品種である「ポートランド」は華やかな香りが特徴で、香りの密度も非常に高い。

「香月ワインズではアロマティックなぶどう品種を好んでいるので、いずれ育てたいと思っていた品種なのです」。

ポートランドは早熟品種だが、残りの2品種は9月収穫の晩熟品種だ。巨峰とナイアガラの収穫時期はほぼ同じタイミングなので、2022年は混醸で仕込んだ。

▶︎貫くテーマとこだわり

香月ワインズのぶどう栽培とワイン造りのテーマは、「多様性」だ。栽培、醸造そしてワイナリーの運営に至るまで、すべての工程で多様性を重視している。

「たくさんの品種のぶどうを育てていますし、同じ品種でも複数のクローンを選んで植えているものもあります。圃場に生息する草花や生き物の多様性を重んじていて、いろいろな生き物が共存できる畑作りを常に目指しています」。

品種のクローンまで選んでいる香月ワインズ。例えばシャルドネは、4種類の異なるクローンを育てている。

「クローンの違いによって、シャルドネのトロピカル感やシトラス感の強さが変わってきます。海外ではクローンごとに垣根を分けることもあり、クローンの違いを非常に重要視しています。私自身の海外での経験に基づき、気に入ったクローンを選んでいるのですよ」。

たくさんの品種を育てる香月ワインズでは、ワインを造るときのブレンド比率は定めていない。多くのワイナリーにおいては、定番の銘柄にはお決まりの比率があるものではないだろうか。なぜ香月ワインズでは、ブレンド比率を決めないのか?

「豊作で調子のよい品種なら比率を増やし、不作なら減らします。年ごとのぶどうの状態と連動した、ナチュラルなブレンド比率にしているのです。多様性とは、お互いの特徴を生かして助け合うことだと思います」。

商業的に見れば、品種を絞ってぶどうを生産し、決まったブレンドでワインを醸すほうが効率的だ。だが香月さんは、己のこだわりを貫く。

「小さな畑にこんなにたくさんの品種を植えるなんて、非効率ではないのか?と言われることもあります。しかし私が目指すのは多様性です。ぶどう畑でも多様性を表したいと考えています」。

▶︎自然の営みを畑作りに生かして 新しい取り組みも開始

多様性を重視した香月ワインズの自社畑では、多種多様な生物の食物連鎖が見られる。圃場で当たり前に見られる「食物連鎖」という自然の営みは、持続可能な農業の鍵になるのではと考えられている。

「畑に薬剤は使用せず、虫の駆除も手で取るのみです。自然に草を生やして多様な植生を広げると、自然な食物連鎖が生まれます。ぶどうに集まる虫たちが捕食し合い、虫が増えると鳥もやってきます。そんな自然の営みに助けられて、大きな被害なくぶどう栽培を続けられているのです」。

除草もせず、薬も使わない栽培は難しいのではないかと、最初は周囲から言われていたという香月さん。しかし畑の生態系を重視した栽培方法で、収量は徐々に増加している。多様性を大切にした栽培でもワインはできるのだということを、多くの人に伝えたいと話してくれた。

そんな香月さんの取り組みに、大学研究機関も熱い眼差しを送る。2022年にはついに、宮崎大学の応用生物科学科との共同研究が始まった。香月さんの圃場を使い、食物連鎖の力だけでどこまで農業ができるのかという実証実験をスタートさせたのだ。

「実験のため、クローバーや蕎麦といった花を咲かせる植物の種を圃場にまきました。今後は、どんな虫が来たのか、どうやったら益虫が集まってくるのかというデータを収集していきます」。

花の種をまいたことで、圃場には絶えずたくさんの花が咲きほこる。日本の在来種である白い花を咲かせるたんぽぽなど、珍しい植物も見ることができるそうだ。今後が楽しみな研究に参加できて嬉しいと、香月さんは微笑む。

数年かけておこなう実証実験は始まったばかり。食物連鎖を利用した農業の有用性が証明されることは、日本の農業は根底から変える力を秘めているかもしれない。香月さんが貫いてきた農業のスタイルが、日本の農業を救うきっかけになることに期待したい。

『人々の意見を力に変えて 新しい境地に達したワイン造り』

続いては、香月ワインズの2022年のワイン造りについて見ていきたい。2022年ならではの特徴や試みの内容にスポットを当てていく。

▶︎より多くの人にワインを届けるために

これまでの香月ワインズは、無農薬、無添加にこだわった高級ワインを軸にワイン造りをおこなってきた。しかし1本1万円という価格設定のワインは、手に取る人が限られる。また、手間暇を惜しまないゆえの少量生産から、多くの人にワインを届けられない状況が続いていた。

そこで2022年の香月ワインズは、低価格帯のワイン生産にも力を入れることにした。理由はいたってシンプル。より多くの人々にワインを届けるためだ。

生産量を増やしたのは、3,000円台で手に入るペティアンのラインナップ。ペティアンに使用するのは、自社畑のぶどうと、契約農家から買い取ったぶどうだ。

2022年ヴィンテージは2種類のペティアンを発売。中でも香月さんおすすめの銘柄は、

「2022 PETITE PLANETE (プティ・プラネット)」だ。自社畑の生食用ぶどうと、契約農家から買い取った「ブラックオリンピア」という巨峰の交配品種が使用されている。

「ワイナリーがある綾町の特産品であるブラックオリンピアを使用しています。また、程よい『酸』を意識して造ったので、ぜひ飲んでいただきたい1本になりました」。

香月ワインズにとって、「酸」に焦点を当てたワイン造りは2022年が初めてだ。なぜ酸にこだわるようになったのか。また、酸を生かすためにどのような醸造をおこなったのだろうか。

▶︎市場の声に耳を傾けて生まれた「酸」のあるワイン

2021年までの香月さんは「ぶどうを完熟させること」を何よりも大切にしてきた。そのため、香月ワインズのワインには、比較的「酸」が少ないという特徴があった。温暖な気候の宮崎では、完熟させるとぶどうの酸を失いやすいのだ。

完熟させることに焦点を当てていた香月さんだが2021年に自分の常識をくつがえす出来事が起こる。未完熟なぶどうから造った白ワインが、市場から高い評価を受けたのだ。

「2021年は悪天候で、ぶどうを完熟させるのが難しい年でしたが、程よい酸が残るワインに仕上がったのです。アルコール度数は低くなりましたが、飲み心地のよさが評価されました」。

未熟なぶどうで美味しいワインを造るのは難しいと考えていた香月さんにとっては、目からウロコの出来事だった。酸が残る味わいが求められていることに気づいたのだ。

「程よい酸が残った2021年のヴィンテージからヒントを得て、2022年ヴィンテージでは摘果ぶどうの果汁をあえて少量加えました。2021年の難しい年があったからこそ、2022年のPETITE PLANETEが生まれたのです」。

2022年のPETITE PLANETEには、「未熟のぶどう果汁」がブレンドされている。摘果したぶどうの果汁を絞って保存し、醸造時に利用したのだ。完熟ぶどうと未熟なぶどうの果汁をミックスすることで、添加物等は使わずに酸を付与する手法を採用した。

「周囲の声を積極的に取り入れることで、素晴らしいワインを造ることが出来ました。PETITE PLANETEは、早摘みと完熟の『いいとこ取り』のワインです」。

香月ワインズの新境地を、ぜひ味わってみたいものだ。

▶︎宮崎の名産「日向夏」のワイン

2022年の香月ワインズは、珍しいワインを新たに生み出した。宮崎県の名産である柑橘「日向夏(ひゅうがなつ)」のワイン、「あやてらす ​AYA TERRACE 2022」だ。原料は「日向夏」のみで、香月ワインズならではの無添加・無濾過で仕上げている。

日向夏ワインを生産した理由は、地元農業を盛り上げるため。近隣にある福祉施設で栽培された日向夏は、新型コロナウイルスの流行などが原因で売り上げが低迷。だが、売れなかった果実でも、ワインに加工することで付加価値を与えることができる。香月さんは、ワイナリーが稼働しない春に、日向夏ワインを造ることに決めたのだ。

「日向夏はアロマティックでおいしい柑橘です。しかし果皮が分厚いという特徴が原因で、近年は売れにくいという現状があり、農家の高齢化も重なり耕作放棄地も増えてしまっています。自分もなにか力になれないかと考え、ワインを開発しました」。

日向夏を高値で買い取れば、農家の収入増に繋がり、生産者の大きな助けになる。日向夏の栽培を推奨する県や町も関わりながら、日向夏ワインのプロジェクトは本格的に進められた。

ここで、「日向夏のワイン」の製造工程と味わいについても見ていこう。まずは醸造方法に注目したい。

「果汁を野生酵母で発酵させて造る点はぶどうのワインと同じなのですが、最大の違いは発酵の温度です」。

一般的な白ワインの発酵温度は、12〜15度程度。しかし日向夏を同様の温度帯で発酵させようとすると、腐敗が進んでしまった。原因は、日向夏に豊富に含まれる「酸」と「オイル分」だと考えられた。発酵がうまく進まないという理由から、当初は日向夏はワイン造りに適さないのではないかと思われたのだ。

「発酵温度を色々な温度帯に変えて試してみました。このタイプのワインの発酵には採用しない発酵温度ですね」。

試行錯誤したからこそ発見できた発酵温度だった。次年度以降も安定的に発酵を進められれば、日向夏ワインの普及はより一層進むだろう。

続いて気になる「味」についても尋ねた。香月さんは「本当に、日向夏そのままの味わいですよ」と微笑む。

「無濾過による澱のコクと、柑橘のキリッとした酸、それに日向夏ならではの独特な香りが感じられる微炭酸のワインです。日向夏は柑橘の中でも香り高い品種だと言われていて、その特徴的な香りが魅力ですね」。

アルコール度数はビールと同程度で、食前酒や食中酒に最適なワインになった。

「暑い季節にキンキンに冷やして飲むのも最高ですね。酸が高いので、チーズなどのクリーミーな食材との相性もよいと思います。とてもおもしろいワインができました」。

2022年ヴィンテージの「あやてらす AYA TERRACE 2022」の生産本数は約500本。2023年以降は醸造量を増やすことを考えているという。

「地域の農家さんに貢献できるよう、増産も意識していきたいです。宮崎の日向夏農家さんが盛り上がり、若い人にも興味を持ってもらえればと考えています」。

自身の得意とする「ワイン」の力で、地元農業を支援する香月さん。既成の枠を飛び越えて、宮崎のために出来ることに全力で取り組んでいく。

『変わらないものと変えていくもの 香月ワインズの将来』

2023年以降、香月ワインズはどんなワイナリーになっているのだろうか。2022年飛躍の年だった香月ワインズに、海外進出などの未来はあるのだろうか?

海外進出への考えを中心に、香月さんが思う「香月ワインズの未来」を聞いてみた。

▶︎シンガポール進出と海外への思い

2022年、香月ワインズはシンガポールで予定されているイベントの打合せに参加した。ワイナリーにとって、海外を見据える転機となった出来事だった。

シンガポールでの打合せに参加したきっかけは、農林水産省が優秀な料理人を表彰する制度である「料理マスターズ」の受賞シェフからの誘いだった。

「シンガポールのミシュラン星付きレストランとコラボするので、ぜひ香月ワインズのワインを扱いたいとお誘いを受けたのです」。

少量生産の香月ワインズでは、そもそも輸出を念頭に置いていなかった。以前オランダのナチュラルワイン輸入業者から声がかかったこともあったが、生産量を理由に断った。

しかし海外での知名度向上は、会社の発展につながるまたとない機会だ。実際、今回のシンガポールでのイベントに参加してみて確かな手応えがあったという。

現状は輸出の予定はないものの、シンガポールでの体験はワイナリーの大きな財産となった。5年後、10年後には国外進出し、世界で認められる香月ワインズが見られるかもしれない。

▶︎生産量を増やす 大切にしてきたものを守り続ける

一方で海外進出について、香月さんは次のようにも話す。

「現状、国外に輸出できるほどの生産量はありません。国内ですら需要に追いついていないのに、海外に回してしまっては日本の方が飲めなくなってしまいます。そもそも香月ワインズは、周囲の方からサポートしていただき、みんなで造ってきたワイナリーです。安易に海外進出をして、古くからの仲間を無下にしたくありません。自分が今やるべきは、生産量を増やして需要と供給を安定させることです」。

待っている人たちを、悲しませることはできませんと、穏やかながらもはっきりとした口調で香月さんは言葉をつなぐ。

経営者としてワイナリーの未来を考えながらも、いちばん大切なものをぶれずに守りつづける香月さん。香月ワインズは、変わらない安心と発展への希望が共存するワイナリーだ。

『まとめ』

天候に恵まれた2022年の香月ワインズでは、さまざまな実験的取り組みがおこなわれた。

酸を生かしたペティアンの醸造、低価格帯ワインの充実、宮崎大学と共同の圃場実験。いずれも、2023年以降も継続する予定だ。

「今後は、ワイン造りにチャレンジしたい若い人たちを受け入れる体制を作っていこうと考えています。香月ワインズには、ワインを造りたいという若い人たちが全国から集まってきているのです」。

香月さんは学ぶ意欲のある若者たちに、海外でのインターンの斡旋などの取り組みもおこなっている。今後も、意欲ある若者への支援活動を積極的にしていくつもりだという。

2022年も変わらないスタイルで、飲み手を魅了した香月ワインズ。香月さんの思いに導かれた人たちが、今後も続々とワイナリーに集まってくるのだろう。

年々輝きを増していく香月ワインズから、一瞬たりとも目が離せない。


基本情報

名称香月ワインズ
所在地〒880-1302
宮崎県東諸県郡綾町北俣2381
アクセス飛行機・宮崎空港から車で約1時間。
綾町役場(県道360号)より綾 馬事公苑方面へ車で約10分。
綾 馬事公苑の花時計から徒歩約5分。
HPhttps://www.katsukiwines.com/

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