『吾妻山麓醸造所』地元産のワインで「新しい福島」を発信!福島の復興を支えるワイナリー

福島県福島市の西部、吾妻連峰の麓にある「吾妻山麓(あづまさんろく)醸造所」。吾妻山麓の扇状地にあり、福島市内を一望できる。

2019年8月に設立された吾妻山麓醸造所が根底に持つのは、「福島の人の役に立ちたい」との強い思いだ。

今回は、吾妻山麓醸造所でぶどう栽培とワイン醸造責任者を務める牧野修治さんに話を伺った。東日本大震災で傷ついた福島の復興を第一に考え、福島に笑顔を取り戻すために奮闘するワイナリーの魅力を紹介していきたい。

『東日本大震災をきっかけに、ワイナリー立ち上げを決意』

吾妻山麓醸造所の代表取締役である横山泰仁さんがワイナリーを設立したきっかけは、東日本大震災だ。ワイナリー設立までのストーリーを順に見ていこう。

人と人をつなぎ、楽しい雰囲気や場所を提供するワインで復興を

突如発生した東日本大震災で、福島は一変した。震災後の福島では「復興」が叫ばれながらも、福島の人々の気持ちは沈んだままで、なかなか笑顔が戻らない。

横山さんは震災前、JAの厚生連で、福島第一原子力発電所のある双葉町での病院の立ち上げ事業に関わっていた。医者との付き合いでワインを飲む機会が多かった横山さんは、ワインは人と人をつなぎ、楽しい雰囲気の場を提供できる飲み物だと常々感じていた。

「福島にワイナリーを作ったら、地元の人々や福島を訪れる人たちの気持ちを晴れやかにできるのではないか」と考えた横山さん。福島市内にワイナリーの立ち上げを決意した。

横山さんは、共通の知り合いを通して、当時山梨県の醸造会社で働いていた牧野修治さんに出会い「福島市でワイナリーを新しく立ち上げるから来てくれないか」とオファーした。牧野さんは、横山さんのオファーを快諾。吾妻山麓醸造所で栽培醸造責任者として働きはじめた。

アメリカで学び、山梨県で12年間研鑽を積んだ栽培醸造責任者

牧野さんの出身は、宮城県仙台市。日本のワイン産業に貢献したいとの強い思いを持って、アメリカの大学でワインについて学び、学位を取得。在学中も、日本に帰国した際には日本のワイン産地を巡った。
日本に帰国後は、山梨県のワイン醸造会社に就職。山梨県の勝沼は、ワイナリーが多数あり、日本のワインの中心地ともいえる場所。山梨で働くことを選んだのは、山梨が日本のワインに関する情報量が圧倒的に多いと感じたからだ。

さらに、アメリカで出会った人が山梨県の醸造会社を紹介してくれた縁もあり、自分自身の研鑽を積むためにも山梨での就職を決めた。東日本大震災が起こったのは、帰国から2年後のことだった。

「地元である仙台や東北が震災で大変な状況にあるのに、何もできない自分に無力感を感じました」。自分にできることを模索しているなかで舞い込んだのが、横山さんからの誘いだったのだ。

「ワインを美味しく飲んでもらう」ことを目指すため、エノログ資格を取得

牧野さんは海外の「エノログ資格」に相当する「ワイン醸造技術管理士資格」を持っている。海外では社会的な認知度も高い国家資格であるエノログ。日本では一般社団法人葡萄酒技術研究会エノログ部会が「ワイン醸造技術管理士資格」を発行している。
海外での資格取得者や、国内でのワイン関連の就学実績と実務経験を有する場合にのみ取得できる資格だ。

ワイン醸造技術管理士の職務は幅広い。「健全なワインを造り、美味しく飲んでもらう」ことを目指す人が有するエノログ資格は、日本ワインの発展に寄与したいとの熱い思いを抱く牧野さんに相応しい資格だといえるだろう。

『2020年にぶどうを植栽。福島の地に合った品種を模索中』

吾妻山麓醸造所では、2020年にぶどうを植栽。圃場の広さは合計1.6haだ。日本で広く栽培されているワイン専用品種を数種類選び、ぶどう栽培をスタートした。

ポテンシャルの高い品種を見極める

ワイナリーの南側にある1haの圃場では、現在5品種を栽培している。白品種はソーヴィニヨン・ブラン、アルバリーニョ。赤品種はメルローとタナ、プティ・ヴェルドだ。また、もうひとつの圃場では、シャルドネとメルロー、ソーヴィニヨン・ブラン、シラーを栽培する。

福島県では、醸造用のぶどうを栽培している生産者が少ない。そのため、どの品種が福島の土壌に合っているのかは未知数だ。
「栽培のしやすさだけではなく、ポテンシャルの高い品種を早い段階で見極めて、量を増やしていきたいですね」。
2021年はまだぶどうの収穫時期ではなかったため、長野県や山形県から醸造用のぶどうを仕入れ、ワイン造りを行った。

粒の大きい土砂や石が多く、火山灰が混じった土壌で水はけがよい

ワイナリーの南側には川が流れており、航空写真で見ると美しい扇状地であることがよくわかる。扇状地には河川の浸食で堆積した粒の大きい土砂が多く、水はけがよいのが特徴だ。圃場も扇状地に位置し、さらに以前は山だった場所を切り開いているため、石がごろごろしている。詳しい調査は行っていないものの、土壌には吾妻山が噴火したときの火山灰が混じっているようで水はけがよく、果樹が育つ環境として適している。

また、ワイナリー南側の圃場の標高は200~250m。小高い場所にあり、福島の街を一望できて眺めがよいのも自慢だ。

『傾斜のある土地ならではの栽培方法を実践』

吾妻山麓醸造所では、平地ではなく斜面でぶどうを栽培している。そのため、水が流れすぎないよう、草を生やしながら育てる草生栽培を採用。また、蔦科の植物であるぶどうは、高いところに上ろうとする習性を持ち、養分も高い場所に運ぶ習性があるので、栽培時の工夫で均等に育成するよう努めている。

土地の持つポテンシャルを発揮させるため、あえて施肥は行わない

2021年現在は、圃場を切り開いたばかり。ぶどうの生育具合を見ながら栽培を進めている段階だ。土壌がもともと保有する栄養成分が豊富なので、施肥はおこなっていない。土地の持つポテンシャルを見極めたいと考えている。また黒系ぶどうは施肥で窒素分が入ると色づきが悪くなることもあるため、できるだけ避けたい考えだ。

施肥をすればぶどうの樹はよく育つが、1度地面に肥料を与えてしまえば、抜くことができない。肥料を与えすぎると、芽と芽の間隔や樹間があいてしまい、ほしいところに芽がでないこともあるので、慎重に進めているのだ。

景観を損なわないよう、ドッグラン建設で獣害の軽減を検討

ワイナリーの近くには高湯温泉という温泉地がある。山深い立地のため、サルやシカの目撃情報や、数年前にはクマの出現例もある。
タヌキやイノシシも近くにいることは間違いないため、獣害対策も検討中だ。

獣害対策のひとつとして計画しているのが、圃場内への「ドッグラン」の建設だ。犬のマーキングにより、野生動物が近寄りづらくなる効果が期待できる。また、ブラッシングで抜けた犬の毛をネットに入れて下げることで、動物除けになるのだ。

景観が素晴らしい吾妻山麓醸造所の立地を生かし、開放的な雰囲気のドッグランを建設予定。愛犬と一緒に自然を楽しめて、より訪れたくなる施設を目指す。

『2023年、福島市のオリジナルワイン誕生へ』

現在は長野と山形から買いぶどうを仕入れてワインを醸造している吾妻山麓醸造所。2021年4月からワインとシードルの販売をスタートした。
2023年には自社圃場のぶどうの収穫が見込めるため、自社ぶどうでのワインをリリースする予定だ。福島市産のぶどうを使った福島を盛り上げるオリジナルワインの誕生に、多くの人が期待を寄せている。

地元に愛される、福島県産のワインを造りたい

吾妻山麓醸造所が本当に造りたいのは、地元産の原料を使用したワイン造り。まずは福島市の人々に飲んでもらい、少しずつ県外にも広げていくことが目標だ。

物理的な復興は進んでいるが、精神的な復興はまだまだ途上である福島。吾妻山麓醸造所は地元産の美味しいワインで、福島県の人々を喜ばせたいと考える。
「福島で生まれたワインを味わってもらうことで、福島はこんなに楽しい場所なんだと県外の人にアピールする材料にもなるはずです」。
地産地消を促進し、地元に愛されるワイナリーとなるための努力を惜しまない吾妻山麓醸造所。復興の一助になることが、ワイナリーの使命なのだ

地元で愛されるワイナリーとなるため、模索の日々は続く。濾過をかけすぎず、亜硫酸の使用もできる限り減らすなど、食の安心安全を意識したワインを造っていきたい考えだ。

ワイナリー自体を楽しむイベントを開催し、地元に根付かせたい

吾妻山麓醸造所では、イベントの開催にも力を入れている。2021年12月にはクラフトマーケットを開催し、地元の人を中心に500人超のお客さんを呼び込んだ。
「2021年4月からワインを販売しはじめたばかりで認知度も低いなか、多くの人々の期待を感じる機会になりました」。
コロナ禍のなか、ワイナリーの知名度をアップするための取り組みは難しい部分もあるが、今後のイベント開催にも前向きだ。

ワイナリーはワインを飲むためだけの場所ではなく、ワインを飲まない人やファミリーも、みんなが楽しめるイベントを企画する。生ハムをつくるワークショップなども過去に開催。

「ぶどうの剪定枝を使った遊び」や「雪の積もったぶどう畑をかんじきで歩く」など、吾妻山麓醸造所が思い描くイベントの構想はバラエティ豊かだ。「ワイナリーを楽しんでもらい、地元に根付くワイナリーになりたい」と、未来への思いは大きく広がる。

『福島の魅力が詰まった、優しい味わいのワイン』

2021年10月末には、福島市内のレストラン「Aoyagi」で、初のメーカーズディナーを開催。同レストランのシェフは、吾妻山麓醸造所のワインを、「優しい味のワイン」と評価した。

「ワインは嗜好品です。安全で美味しいのは当たり前。さらに、飲んでくれる人の笑顔をその先に見据えて造っていかなければならないと思っています」と、ワイン造りについて語ってくれた牧野さん。
牧野さん自身が持つ優しい性格が表現された繊細な味わいが、吾妻山麓醸造所のワインの持ち味だ。

ワインを彩るエチケットにも、こだわりや遊び心が満載

2021年リリースの吾妻山麓醸造所のワインに、デラウエアの「DELAWARE 2021」という商品がある。
辛口で爽やかな口当たりが特徴の白ワインで、よく冷やして飲むのがおすすめだ。実はこのワイン、エチケット(ラベル)のデザインに工夫がされている。

白地にウサギのモチーフが描かれ、全体にシンプルな印象。常温では真っ白なエチケットだ。しかし、飲み頃の6℃くらいまで冷やすことでエチケットにブルーの水玉模様がくっきりと浮かび上がってくる。遊び心満点の仕掛けがなんとも楽しい。

吾妻山麓醸造所の販売するワインのエチケットには、すべてウサギのモチーフが入っている。ウサギのデザインは、地元の名所に由来するという。

吾妻連峰の「吾妻小富士」と呼ばれる山には、雪解けの時期になると山肌に愛らしいウサギの形に雪が残る。春の訪れと種まきの時期を知らせることから、地元では「種まきウサギ」として親しまれているのだ。

福島の人々に愛されるワイナリーでありたいからこそ、地元の人がよく知る「種まきウサギ」をエチケットのデザインに取り入れた吾妻山麓醸造所。

また、マスカット・ベーリーAを使った「MASCAT BAILEY A 2021」のエチケットの表にはウサギのモチーフはない。
しかし、ワインを飲んで量が減ってくると、裏側にデザインされたウサギがひょっこりと顔を出す仕組みだ。

エチケットに関するさまざまな工夫は、今までワインを飲まなかった人にも手に取ってもらいやすくすることが狙い。福島県はワインが根付いていない土地であるため、まずは少しでも多くの人に地元産のワインを広めていきたいとの思いから端を発したアイディアだ。

シードルのラベルは、福島市内の学生がデザイン

吾妻山麓醸造所が醸造するシードルのラベルにも、地元とのつながりを感じさせるストーリーがある。2020年ヴィンテージのシードルのラベルは、福島市内にある福島県立福島西高等学校のデザイン科学科の生徒たちにデザインしてもらったものだ。

未来のデザイナーの卵たちにデザインを依頼。若い力と発想を取り入れ、地元の人たちに親しみを持ってもらうことが、ワイナリーの発展につながると考えたのだ。

当初は2作品のみを選ぶ予定だったが、学生の強い思いが伝わってきて選びきれず、12作品すべてを採用。生徒たちが書いた言葉とともに、エチケットにした。好みのデザインを選ぶ楽しみもあり、人気が高く完売した銘柄だ。

2022年も福島西高校の2年生にエチケットデザインを依頼。現在、新しいラベルをデザインしてもらっている最中だ。
「新しいエチケットも、きっと素敵なデザインになるはずです。地元の人々に、ぜひ期待してもらいたいですね」。

『苦労して醸造したワインやシードルを福島の人へ届けたい』

ぶどうやりんごの醸造は、毎年苦労の連続だ。2021年の仕込みで牧野さんにとって予想外だったのは、「種無し」のデラウエアが入荷したこと。
以前に勤務していた山梨県では、醸造用のデラウエアといえば種ありが主流だったためだ。

種無しのデラウエアの入荷で慌てたものの、マスカット・ベーリーAなどの仕込みで使う酵母を加える手法を駆使し、プレスの段階で細かく修正。四苦八苦しながら醸造を進めていった。

2021年に仕込んだシードルは、香りが強い商品になりそう

また、2021年はりんごの収穫が例年よりも苦戦した年だったこともあり、「青子」と呼ばれる青いりんごが入ってくることもあった。サイズは少し小さいものの、そのぶん皮の要素が多くなり、香りが強く出た。
そのため、2021年に仕込んだシードルは、香り高く味わい深い仕上がりになりそうだと期待している。

「苦労しながら福島で造ったワインやシードルだからこそ、福島の人々に一番に飲んでもらいたいですね」。
さらに吾妻山麓醸造所は、震災の影響で福島を離れて県外で暮らす人にも、「福島では今、こんなに美味しいワインができた」と届けたいと考えているのだ。

福島を強く思う気持ちが、吾妻山麓醸造所の強み

吾妻山麓醸造所は代表取締役の横山さんと奥さん、牧野さんの3人で運営している。ワイナリーを立ち上げたときの「福島を盛り上げたい」という思いに多くの人々が共感し、新たな絆が生まれつつある。
福島を思う気持ちの強さとホスピタリティが、吾妻山麓醸造所の大きな強みだ。

日本全国に多くのワイナリーがあるなかで、まだワイナリーが少ない福島。美味しく魅力的なワインを生み出すことで喜びを広げ、福島を盛り上げることができるのではないか。小規模ワイナリーが掲げる大きな希望に、地元の人々は大いに期待を寄せているのだ。

『まとめ』

2022年夏、吾妻山麓醸造所のワイナリーの敷地内で一番眺望のよい場所に、セラードアができる予定だ。ぶどう畑と福島の街を一望できる場所でワインやコーヒーなどを味わってもらい、お客様にくつろいでもらえる癒しの空間を目指す。

また、現在は3階層のブランディングがある吾妻山麓醸造所のワインは、現在は2,000円代のワインがメインだ。今後、自社圃場の葡萄の収穫が増えてくれば、トップレンジとして位置づけ、より高品質なワインを造っていくことも視野に入れている。県内外で高く評価されるワインにまで押し上げていくのが目標だ。

立ち上げ当初から多くの人からサポートを受け、吾妻山麓醸造所の今がある。
「美味しいワインを造り、福島を盛り上げることが大切です。地域の人々をはじめ、お世話になった人への恩返しになればと思っています」。
福島を思う強い気持ちで、さらなる発展を目指す吾妻山麓醸造所の今後から、目が離せない。

基本情報

名称吾妻山麓醸造所
所在地〒960-2151
福島県福島市桜本字梨子沢4番地の2
アクセス
福島西ICから車で14分
電車
庭坂駅から車で11分
HPhttps://azumasanroku-winery.co.jp/

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