「花瀬(はなぜ)ワイナリー」は、鹿児島県肝属郡(きもつきぐん)錦江町(きんこうちょう)にある。ワイナリー名の由来となったのは、近くを流れる「花瀬川」。春には藤や桜が咲き誇り、古くより景勝地として親しまれてきた場所だ。
そんな自然豊かな場所にある花瀬ワイナリーの代表を務めるのは、「クラシックブドウ浜田農園」を経営する濵田隆介さん。父が始めたぶどう園を引き継ぎ、30年にわたってぶどう栽培を続けてきた。
また、2023年にはワイン醸造もスタート。きめ細やかな愛情を持って育てたぶどうは美味しいワインになり、待望のファースト・ヴィンテージとしてリリースされた。
今回は、花瀬ワイナリー設立までの経緯と、ぶどう栽培・ワイン醸造における工夫やこだわりを紹介しよう。長年の夢だったワイン造りに取り組む濵田さんのこれまでの歩みと、これから目指す未来を覗いてみたい。
『花瀬ワイナリーの設立まで』
大隅半島の南部に位置する、「本土最南端」のワイナリーである花瀬ワイナリーは、どのような経緯で鹿児島に誕生したのだろうか。まず初めに、花瀬ワイナリー設立までのストーリーを振り返ってみよう。
錦江町でぶどう栽培を始めたのは、町議会議員だった濵田さんの父だ。地域活性化のためにぶどう栽培を思い立ち、自己資金で山を開拓した。
「錦江町は果樹栽培が盛んな土地ではありませんが、豊かで清涼な花瀬川の水があり標高も高いため、よいぶどうが育つ条件を満たしているのではないかと考えたようです。近くにある『花瀬自然公園』に訪れる人向けに、ぶどう狩りができるぶどう園を始めました」。
▶︎父が立ち上げたぶどう園を引き継ぐ
当時、高校生だった濵田さんは、将来はぶどう栽培をしてみないかと父から提案を受けた。そこで、鹿児島県立農業大学校の果樹科に進学。だが、大学1年の時に父がくも膜下出血で倒れ、亡くなってしまったのだ。
その後、一度は地元の農協に就職した濵田さん。だが、24歳の時に一念発起して父の畑を引き継ぎ、本格的に就農することを決めた。そして始めたのが、ぶどうにクラシック音楽を聞かせて育てることだった。新たな試みは「クラシックブドウ」として各種メディアからも注目され、集客にも役立った。また、温暖な気候を生かしてマンゴー栽培もスタートさせ、事業は順調に推移していった。
では、濵田さんがワイン造りを始めたのはなぜなのか。実は、ワイナリー設立に至るまでにはいくつものきっかけがあったという。
まず、花瀬の綺麗な景観や精粋を生かすためのツールとして、ワインが一番よいと考えたこと。将来この地域に何ができるのかと思案し、「ワインを造る」ことが地域活性化の一助となるのではという答えが出たのだ。
また、アメリカ・カリフォルニアにおけるぶどう栽培とワイン製造業の礎を築いたとされる薩摩藩士、長澤鼎(ながさわ かなえ)について知ったことも大きかった。その昔、自分と故郷を同じくする人が異国の地でワイン造りに成功したということに心を動かされたという。
だが、ワイン醸造をスタートさせるためには、酒造免許を取得するという大きな壁がある。また、当時結婚して子供も生まれていたことから、簡単に新たな事業を始めるには不安があった。
▶︎ワイン造りに向けて着実に歩みを進める
濵田さんが最終的に踏み出すきっかけをくれたのは息子だった。学校でおこなわれた立志式で、「お父さんの跡を継ぎたい」と言ってくれたのだ。
「嬉しかったですね。私自身が父から『ぶどう栽培をやってみないか』と言われた時のことを思い出しました。しかし、錦江町は過疎化が進み、人がいなくなっていく一方です。これからも長く農業を継続していくためには、新しい取り組みが必要です。私が息子や地域のために新しいことを始めるのであれば、難しいことでも挑戦する価値はあると考えました」。
せっかく始めるなら、自分が本当にやりたいことに取り組んでみたい。今こそ、昔から思い描いていたワイン造りを始める好機ではないのか?
考え抜いた末に、ともかく行動を起こすことにした濵田さん。手始めに参加したのは、首都圏で開催されたワイン関連のシンポジウムや講習会だった。
そんな中、長野県東御市の「ヴィラデストワイナリー」「アルカンヴィーニュ」を立ち上げた玉村豊男さんと話す機会があった。その際、「鹿児島でワイン造りをするのはどうだろうか」と尋ねると、「面白そうな取り組みだ、ぜひ飲んでみたい」という反応をもらったのだ。
そんなさまざまな経験に後押しされて、濵田さんはとうとうワイナリー設立に向けて動き出すことを決意した。
▶︎鹿児島でのワイン造りを実現するために
「これまで長く積んできたぶどう栽培の経験と実績があるので、ワイン用に美味しいぶどうを作る自信はありました。それならば、美味しいワインもできるだろう、やってみる価値は十分にあると考えたのです」。
焼酎文化があるためにお酒好きが多い鹿児島県なら、ワインも喜んでもらえそうだという期待もあった。新しいお酒を受け入れてくれる文化が土壌としてあることは、濵田さんが鹿児島でワイン造りに乗り出す追い風となったに違いない。
こうして、ワイン醸造とワイナリー設立という目標を掲げて歩み始めたが、その後も険しい道のりが待っていた。
まず、ワイン原料に使うぶどうは数多く存在するが、鹿児島で育つ品種を探す必要があった。また、醸造するための知識と経験もつけなければならない。そこで、全国各地のワイナリーに出かけて手伝いをした。経験を重ねるうちに、少しずつワイン造りに関する知識を付けていったそうだ。
並行して、酒造免許の取得とワイナリー建設に関しても着実に対応を進めていた。2021年3月には申請していた錦江町ワイン特区が承認された。また、事業再構築補助金にも採択。2022年9月には醸造設備の搬入が終わり、翌月にはワイナリーが完成した。そして、2022年11月には無事に酒造免許も取得できたのだ。
「ワイナリーが完成するまでには、コロナ禍やウクライナ情勢の悪化で資材価格が高騰したり、物流がスムーズにいかず海外からのコンテナが遅れたりと、予想外のことも数多くありました。そのため、2022年から自社醸造をスタートさせるつもりが、どうしても間に合わず、1シーズン見送ることになってしまったのです」。
度重なるトラブルや遅延に心が折れそうになったこともあったが、ワイナリー立ち上げに合わせて県外で就職していた息子が帰ってきてくれたことは嬉しい。なんとか頑張らなければと踏ん張ったと、当時を振り返る。
▶︎念願のワイナリーオープンと初仕込み
さまざまな困難を感じる中であっても歩みを止めず、次なる行動を起こした濵田さん。実際に自社醸造をスタートする前に、改めて醸造を体系的に学ぶ必要性があると感じたのだ。
そこで、長野県東御市のワイナリー「アルカンヴィーニュ」を運営する「日本ワイン農業研究所」主催の「千曲川ワインアカデミー」への参加を決め、9期生として学び始めた。
「大変なこともありましたが、『花瀬』という地名を背負ってワインを造るのであれば、いい加減なものを造るわけにはいきません。そのため、きちんと勉強することに決めたのです」。
そして2023年になり、ついに花瀬ワイナリーをオープンし、念願の初仕込みをおこなった。
「本土最南端のワイナリーでの初醸造ということで、千曲川ワインアカデミーの同期生たちが鹿児島まで来て手伝ってくれました。ヴィラデストワイナリー代表の小西さんも来てくださったのですよ。長年の夢を叶えたことを、亡き父も喜んでくれていると思います」。
『花瀬ワイナリーのぶどう栽培』
続いては、花瀬ワイナリーのぶどう栽培にスポットを当てていこう。長くぶどう栽培の経験を重ねてきた濵田さんが大切にしているのは、ずばり「気付くこと」。
「畑に足を運び、ぶどうの声を聞くことが一番大事です。観察すれば、ぶどう自身が必要としていることが自然とわかってきます。農作物を育てる上で、しっかりと手をかけることの大切さをあらわした、『足跡は肥やし』という言葉の通りですね」。
▶︎自社畑の特徴
花瀬ワイナリーの自社畑は、大隅半島南部に広がる「大根占台地(おおねじめだいち)」にある。標高は200〜300mほどで、10万年以上前に噴火した阿多カルデラから噴出した火砕流が幾重にも堆積してできた土壌だ。ミネラル分が豊富な花崗岩と、火山灰が混ざってできた土質を有する。
「独自性がある地形と土壌ですので、この土地ならではのぶどうから個性を持つワインができると考えています。ぶどう栽培や土壌について学ぶうちに、錦江町のぶどうの産地としてのポテンシャルの高さを秘めていることがだんだんとわかってきました」。
また、自社畑の土壌調査を実施した鹿児島大学の教授にも、水はけが非常によいため、ぶどうに向いているとのお墨付きをもらったそうだ。
「もともと、美しい景観を生かした観光資源となればと考えてスタートさせたワイナリー事業でしたが、よいワインができる条件を備えているという認識を次第に強くしているところです」。
▶︎栽培している品種
ぶどう栽培の歴史が長い花瀬ワイナリーでは、以前から栽培していた生食用品種に加えて、ワイン専用品種の栽培もスタートさせた。ワイン用として栽培している品種は以下の通りだ。
- デラウェア
- メルロー
- シラー
- マスカット・ベーリーA
- アルバリーニョ
- プティ・マンサン
栽培している品種のうち、花瀬ワイナリーの主力となるのは、暖かいエリアで栽培しても酸が抜けにくいという定評があるアルバリーニョとプティ・マンサンだ。温暖な気候の鹿児島でワイン用のぶどうを栽培する場合、ネックとなるのは、やはり赤ワイン用品種の果皮の色付きの問題である。そのため、まずは白ワイン用品種を中心としたラインナップを展開していくつもりだという。
また、生食用として人気が高い品種でのワイン造りにも挑戦している。2023年に仕込んだのは、巨峰とデラウェア、シャインマスカットだ。特に、濵田さんの父が植栽した巨峰はクラシックブドウ浜田農園での歴史がある品種のため、ワインにすることを決めた。
花瀬ワイナリーの自社畑では、全ての品種が棚栽培で育てられている。温暖で雨量が多く、台風の直撃も受けやすい鹿児島では、垣根よりも棚の方が向いているといえそうだ。
『花瀬ワイナリーのワイン醸造』
次に紹介するのは、花瀬ワイナリーのワイン醸造について。ワイナリー設立の構想を最初に抱いてから初醸造までは、非常に長い道のりだった。
さまざまな壁を乗り越えてようやくたどり着いたファースト・ヴィンテージをリリースしたことは、濵田さんにとって大きな達成感を味わった経験である。
▶︎ファースト・ヴィンテージを振り返る
2023年は大雨の被害で土砂災害が起きたために、ビニールハウスが倒壊する被害があり、収量にも影響がでた。そのため、ファースト・ヴィンテージの醸造量は予定よりも少ない2,000本ほど。
2023年に仕込んだワインのうち、いくつかの銘柄を紹介しよう。まず、デラウェアは無濾過の白ワインにして「デラウェア 無濾過 2023〈白〉」としてリリース。
また、アルカンヴィーニュの小西さんの提案で、巨峰は除梗破砕したぶどうを果皮とともに漬け込む「スキン・コンタクト」をおこなった。
その他、それぞれの仕込み量は少なくても品種ごとに仕込んでみたいと考えて、メルローとシラー、シャインマスカットのワインも造った。自社醸造を開始する前の委託醸造時代には混醸にしていたため、単一品種のワインを作りたいと思っていたためだという。
さらに、醸し発酵のロゼを手がけることも思い立ち、「デラウェア 無濾過 2023〈オレンジ〉」を造った。
ファースト・ヴィンテージとしては非常にバリエーション豊富で、選ぶ楽しみも味わえるラインナップだと言えるだろう。
▶︎鹿児島の食卓で楽しめる味わいを目指す
花瀬ワイナリーが目指すのは、鹿児島の食卓で焼酎と共に楽しんでもらえるワイン。味わいは、飲みやすく和食に合うものがよいと考えている。
2023年ヴィンテージで特におすすめの銘柄は、「巨峰-01 無濾過 2023〈ロゼ〉」。巨峰ならではの豊かな香りと、すっきりした飲み口のバランスがよいエレガントな味わいに仕上がった。
「『巨峰-01 無濾過 2023〈ロゼ〉』は、どんな味わいに仕上がるのか一番楽しみだった銘柄です。生食用品種として馴染み深い巨峰のワインは、オリジナリティがあるでしょう。ワイン専用品種だけではなく、生食用品種を醸造することにも可能性を感じているので、今後も継続して造っていきたいですね」。
濃いめの色合いが美しい「巨峰-01 無濾過 2023〈ロゼ〉」には、地元・鹿児島産のヒラマサやカンパチのカルパッチョが非常によく合う。鹿児島まで足を伸ばす機会があれば、ぜひ現地でペアリングを試してみたいものだ。
また、濵田さんが九州特有の甘い醤油を使った料理に合うとすすめてくれたのが、「デラウェア 無濾過 2023〈オレンジ〉」である。「デラウェア 無濾過 2023〈オレンジ〉」は、タレの焼き鳥や豚の角煮などともマッチする。さらに、ケーキなどのスウィーツともペアリング可能だという。
欧州系品種を使ったワインでおすすめなのは、「メルロー 無濾過 2023」。スッキリとした飲み口と濃いルビー色が特徴で、香りもしっかりと出ている。
「初醸造を無事に終えることができて、とにかくほっとしました。ワインの仕上がりはぶどうの出来具合によるものだと思いますし、醸造のコツはぶどう自身が教えてくれると思います。今後も、その都度ぶどうの状態を見て、どんなワインを造っていくのかを考えていきたいですね。日本の銘醸地のワインも参考にしながら、試行錯誤していきます」。
▶︎花瀬ワイナリーの強みと魅力
最後に尋ねたのは、花瀬ワイナリーの強みと魅力について。あわせて、ワイナリーの今後についても触れておきたい。
花瀬ワイナリーの近くを流れる花瀬川とその周辺は、景観が素晴らしいエリアだ。花瀬川は、自然に形成された平滑な石畳のような珍しい形状の川床があることで知られている。一帯は県立自然公園に指定されていて、公園内にはオートキャンプ場やバンガロー村、レクリエーション村があり、家族連れに人気のスポットだ。
自然公園を訪れた方たちにワイナリーにも来てもらい、遠くても行く価値があるワイナリーだと思って欲しいと考えている濵田さん。
花瀬ワイナリーは決してアクセスがよい立地とは言えないため、集客するには工夫が必要だ。ぶどう園には、両親の代から経営している飲食スペースがある。現在、近隣エリアには飲食店が他にないため、地域のためにも人が集まる拠点として続けていきたいと考えているのだ。
「美味しいワインを造るのはもちろんですが、多くの人が集まる場を作り上げることも大切だと考えています。うちでは自社栽培のぶどうやマンゴーを使ったパフェやジェラートなどを楽しめますよ。また、ぶどう狩りもできるので、今後はより多くの方に足を運んでいただきたいですね」。
ぶどう園の名称が「クラシックブドウ浜田農園」であることからもわかるように、濵田さんが就農後すぐに集客のために始めた取り組みに、ぶどう畑で開催するクラシックコンサートがある。ぶどう狩りのシーズンである8月上旬から9月に、近くの保育園の園児を招待して生演奏を楽しんでもらっている。また、食育の一環として、園児にぶどう狩りも体験してもらうそうだ。
さらに今後は、収穫作業体験の開催も検討している。宿泊には、自然公園にあるオートキャンプ場やバンガローが利用できるので、遠方からの参加も可能だ。コンサートや収穫体験の情報はSNSで告知するということなので、気になる方はぜひチェックしてみてほしい。
『まとめ』
濵田さんが「花瀬ワイナリー」と名付けたのは、地域に根ざした存在になりたいという思いから。故郷を盛り上げたいという気持ちで、次の世代まで続くワイナリーになる方法を試行錯誤しながら取り組んでいる。
「花瀬ワイナリーはすでに、私だけのワイナリーではありません。花瀬ワイナリーとしての活動を通して、地域ぐるみでこの地を盛り上げていくための中心的存在になりたいですね。将来的には、錦江町でぶどう栽培やワイン造りに挑戦してくれる人が出てくるような仕掛けも作っていきたいと考えています」。
花瀬ワイナリーの挑戦は、まだ始まったばかり。豊かな自然の中でクラシック音楽を聞いて育ったぶどうから生まれる美味しいワインに、引き続き注目していきたい。
基本情報
名称 | 花瀬ワイナリー |
所在地 | 〒893-2402 鹿児島県肝属郡錦江町田代川原4232-5 |
アクセス | https://maps.app.goo.gl/eYN7TXb2Fd4Ak15f6 |
HP | https://hanaze-winery.net/ |