広島県福山市の最北端に位置する山野町。春は新緑と桜が美しく、夏は冷涼な川で遊び、秋は紅葉が楽しめる風光明媚な山野峡がある、自然が豊かな町だ。一方で、少子高齢化が進み、過疎化が進んでいる地域でもある。
そんな山野町に再び人が集まり、人と人が繋がる機能を果たしているのが山野峡大田ワイナリーなのだ。
『地域活性化のために始まったぶどう栽培とワイン醸造』
山野峡大田ワイナリーは、もともと医療関係の企業を経営していた大田祐介さんが代表を務めている企業だ。
スタートは、市議会議員も務めている大田さんの地域創生活動に端を発している。
▶かつてのぶどう産地の耕作放棄地を活かす
山野峡大田ワイナリーのぶどう栽培は、地域活性化への模索から始まった。大田さんは山野町に数多く存在する耕作放棄地や休耕田の活用法を見出すため、小麦や菜の花などを植える試みをしていた。
しかし毎年の苦労が収穫量に優り、継続は難しかった。そこで選ばれた作物がぶどうだったのだ。
福山市のぶどう栽培の歴史は古く、マスカット・ベーリーAの種無し品種、ニュー・ベーリーAの特産地として半世紀以上前から知られていた。山野町もかつてはぶどうの産地ではあったが農家の高齢化や過疎化によってぶどう栽培はほぼ廃れていた。
もともとぶどう好きでもあった大田さんが休耕田に植えた30本のぶどうの苗木は無農薬でもよく育ち、近隣の人々に配れるほどの豊作となった。
初めは趣味の範疇だったというが、大田さんは徐々にぶどう栽培が地域活性化に繋がる可能性を感じ始めた。有数のぶどう産地であるにもかかわらず、福山市にワイナリーが存在しないことも後押しし、2015年にふくやまワイン特区を申請。特区とは構造改革特別区域の略だ。民間事業者や地方公共団体による経済活動や事業を活性化させたり、新たな産業を創出したりすることを目的とし、国が行う全国一律の規制を緩和するなどの特例措置が適用される特定の地域のことである。
古民家を改修した農家民宿「やまの宿・西元」として小規模のワイン醸造を開始した。また、ぶどう畑も年々拡張する。
2017年には、それまで食品会社に勤めていた峯松浩道さんも醸造責任者として加わった。そして備後ワイン・リキュール特区を活用、山野峡大田ワイナリーとしてワイン醸造を開始した。
事業を拡張し、地域により貢献できるワイナリーとして大きく前進を果たす。
▶地域を耕し、人と人をつなぐ産業としてのワイン醸造に惹かれて
2011年の東日本大震災へのボランティア活動をきっかけに、地域の人と人とのつながりを生み出す側に回りたい、と思い始めたという峯松さん。そんな中で大田さんとの出会いがあった。
大田さんにワイン造りを一緒にやろうと誘われた頃の峯松さんはワイン造りの経験があったわけではなかった。
しかし大田さんが造ったワインを初めて飲んだ時に不思議と「造ってみたい」と思ったのだという。
「福山の大学では食品工学を学びました。その経験をすぐに活かせるかはわかりませんでしたが興味があったのです」と語る峯松さん。ぶどうとワインが、土地と地域を耕す性質の産業であることに惹かれたのだ。
16年勤めた会社を辞め、転職に踏み切ったのだという。そして広島県の酒類総合研究所で2週間の合宿を経験しワイン醸造を学んだ。その後2017年からワイン醸造を始め、次の年からはぶどう栽培にも携わっている。
▶ワイナリー名に込められた願い
お金だけではなく、人と繋がることが価値になっていくであろう、これからの時代。その中で、美しい山野峡がある非常に魅力的なこの地域でワインを造り、たくさんの人が和気あいあいと集う社会を作っていく。
「山野峡という言葉は絶対入れたかったんです」と峯松さんは語る。地元の人々が誇るシンボル、山野峡に代表の名字が加わり、山野峡大田ワイナリーの名になった。
『山野峡大田ワイナリーのぶどう栽培』
代表の趣味から始まったという山野峡大田ワイナリーのぶどう栽培は生食用のキャンベル・アーリーから始まった。その後ワイン醸造を始めるにあたり、どのように栽培品種を増やしていったのだろうか。
▶山ぶどうとヨーロッパ品種の交配種をフラッグシップに
山野峡大田ワイナリーでは、日本の山ぶどうとヨーロッパ品種を交配した品種でのワイン造りにチャレンジしている。
品種の選定には山梨県の「マンズワイン(https://mannswines.com/)」のレインカットの産みの親である志村富男氏が設立した 「志村葡萄酒研究所(https://www.dr-tomio.com/)」に協力を仰いだ。
そして、山ぶどう「行者の水」とメルローとの交配種である「富士の夢」という品種と、山ぶどう「行者の水」とリースリングとの交配種である「北天の雫」を選び、栽培している。
日本の山ぶどう系の品種でも日本の高温多湿には非常に苦戦しているそうだ。それでも山野町に合った栽培法を工夫していく中で、2020年は一番よいぶどうができたという。
山ぶどう系の品種の他は、シャルドネ、ピノ・グリ、マルスラン(カベルネ・ソーヴィニヨンとグルナッシュの交配種)、ソーヴィニョン・ブラン、セミヨン。そして赤のキャンベル・アーリーの対となる白ワイン用として、ナイアガラを植えている。
ソーヴィニョン・ブランとセミヨンに関しては峯松さんの好きな品種なのだとか。どの品種も瀬戸内での栽培に比較的向いているのではないかということが基本的な選定の判断基準だ。
特にナイアガラは湿気の多い圃場で育てられるものとして選ばれた。ピノ・グリに関しては冷涼な気候でも栽培が難しい品種で、あくまでも試験的に植えているという。
畑の構成は1,000リットルの醸造タンクの大きさに合わせてある。一度にたくさんのワインを醸造できるわけではないため、全9種合わせて3,000本の木があり、大体全てを均等の量植えているのだ。
▶排水性を高めた畑
山野峡大田ワイナリーのぶどう畑は耕作放棄地や休耕田だったところが多い。そして渓谷というぶどう栽培には好条件の立地だ。
しかし水が豊富な土地でもあり、畑をいかに早く乾燥させるかが鍵になる。そのため、畑の中に手作業で暗渠を走らせた。
また、外部から畑の中に水が入りにくくする必要があり、畑の周りの境界にしっかりとした溝を掘った。そのことにより、ゲリラ豪雨などがきた時にも素早く排水できるようになっている。
▶山野町の土で育つぶどうの味
山野峡大田ワイナリーの土壌作りは必要最低限にとどめ、Ph調整するための石灰を入れたり硬い土に堆肥を入れたりする程度にしている。山野町の土でぶどうを育てることを大切に、ぶどうが育つ上で足りないものがあれば補うスタンスだ。
峯松さんは言う。「いいか悪いか、やってみないとわかりませんが、山野町の土で育てたらこんな味になるよ、というのを試してみたいんです」
除草剤は一切使用していない。枯れた草を年に1回、土にしっかり混ぜる。土が呼吸することで肥やしになる。山野町の土で健やかに育ったぶどうで、山野峡大田ワイナリーのワインは造られているのだ。
▶スズメバチにぶどうを食べられた!
自然が相手のぶどう栽培は苦労の連続だ。「もう自然に抗う気持ちはなくなりました」と語る峯松さんだが、一昨年スズメバチの発生には衝撃を受けたという。あるぶどう品種の3分の1ほどをスズメバチに食べられてしまうという被害があったのだ。
ぶどうひと房に4〜5匹のスズメバチがついている中の収穫作業は、非常に大変だったそうだ。次の年からは、春に女王バチを捕獲すれば夏場にハチが増えないことがわかり、春にトラップを仕掛けて対処している。
自然と向き合うことの連続である農業が非常に厳しい仕事であることを改めて痛感するエピソードだ。
『山野峡大田ワイナリーのワインの特徴』
山野峡大田ワイナリーではシチュエーションに合わせ、さまざまなぶどうを使った数多くの種類のワインを造っている。お祝い事や、友達と会う時、家族で集まる時など。いろいろなシチュエーションのテーブルに合わせられるワインを造る、というのが山野峡大田ワイナリーのひとつの目標だ。
地元福山の人に対しては「地元を懐かしく思ってもらえるワイン」を造っていきたいと考えている。そのために味わいだけではなく、ホームページやパッケージ、SNSなどワインに関わるものすべてを包括し工夫を重ねているのだ。
▶個性的なエチケット
山野峡大田ワイナリーのエチケット(ラベル)は縁がギザギザにカットされた切手型になっている。ぶどう畑の片隅に郵便局があることからアイディアを得たデザインだ。コンセプトは「山野からのお便りワイン」。
ワインの裏側に貼られたラベルに、手書きのメセージが印刷されている。メッセージの内容はその年のワイナリーでの出来事など。ワインボトルで届く、山野峡からのポストカード、といった雰囲気だ。
また、エチケットのデザインにはシルエットだけの猿のイラストが使われていて、ワインの種類ごとに違う色が施されている。猿の顔の色合いでワインの味が表現されており他にはない個性的なデザインだ。
エチケットの猿は初年はグラスを持っているだけ、次の年にはグラスに口をつけた状態、3年目はボトルを持っているイラストだった。そして今では猿がエチケットの主役になっている。
自然豊かな山野峡大田ワイナリーの周りには数多くの野生動物がいる。中でも猿は強敵だ。ぶどう栽培は、毎年ワイナリーと猿の知恵比べだという。
「ぶどうを収穫し、ワインにできた喜びは猿とも分かち合えたらいいなと思っています」と峯松さん。猿のイラストには戦友に対する優しい思いも込められていたのだ。
エチケットのデザインはこれからも地元のアーティストとコラボレーションし、毎年リニューアルされる予定だ。
年ごとのエチケットの変化を見るのも、山野峡大田ワイナリーのワインの楽しみ方のひとつになるだろう。
▶採れたて新鮮なぶどうで造られるワイン
山野峡大田ワイナリーは半径200mのところにぶどう畑がある。ぶどうを収穫したカゴを、そのまま手でワイナリーに運び込めるほどの距離感だ。新鮮な状態のぶどうをすぐワインにすることができる。
採れたてのぶどうの鮮度をできるだけ保ったままワインにするのが山野峡大田ワイナリーのワイン醸造のこだわりだ。
また、山野峡大田ワイナリーの醸造は全てステンレスタンクで行なっているため、山野町のぶどうの味をそのままに味わえるワインに仕上がっている。
糖と酸味のバランスの取れたワインづくりのためにはぶどうの木をしっかりと成長させることが必要不可欠だ。そのために、まずはきちんとぶどうを成長させ、その上で樽熟成をすることを検討している。
ぶどうの木が若い現時点ではステンレスタンクでの熟成で、果実味を特徴として伝えるのが狙いだ。
▶山野峡大田ワイナリーのロゼ
峯松さんのおすすめのワインは、キャンベル・アーリーとマルスラン、2種類のロゼ・ワインだ。どちらも合わせられる料理の幅が広く、色味の美しいワインだ。
普段ワインを飲まない人でも、色を見ただけで『飲んでみたい!』と言う人もいるという。
「広島では地元でワインを造られていることを知らない人が多く、ワインを飲まない人も多いんです。そういう人にボトル見てもらって『きれいじゃけえ飲んでみよう』と思ってもらうようにしたいので、ロゼを造りました」
キャンベル・アーリーは透明感のある紅色で、ぶどうの爽やかさがある。単体でも飲みやすいタイプのワインで、飲み会で飲むのにもおすすめだ。
マルスランは淡く鮮やかなオレンジピンクが目を引く。果実味が強くいろいろな料理に合わせやすいワインだ。美しさとともにテーブルを華やかに演出してくれるだろう。
『山野峡大田ワイナリーのこれから』
「ここにはなにもないから」と地元を去る人が多い山野町。そんな山野町で「ここにはワインがある!」と、誇りに思ってもらえるようなワイン造りを山野峡大田ワイナリーでは目指している。
「誰かと一緒に飲みたい、と思ってもらえる、より良いワインとはいろいろな料理に合わせやすい美味しいワインなのだと思います」と峯松さん。そのためには美味しいぶどうを作る、結局その一点に研ぎ澄まされていくのだ。ぶどうの成長を手伝い、良いワインにするための収穫時期を見極める。寒い冬や暑い夏が来ようとも、そのための努力を峯松さんたちは今もそしてこれからも続けていくのだ。
また、山野峡大田ワイナリーは、ワイナリーと地域の発展の両方をセットでやっていくという展望を持っている。ぶどうを栽培し、ワインを造り、売るのがワイナリーとしての基本的な機能である。しかしそれだけでなく、地域の人たちがワイナリーを中心にいろいろなことをする、場としての機能も果たしていきたいと考えているのだ。
▶人と人とのつなぎめとして
ワイナリーで行われている企画には、地元の藍染作家とのコラボレーションイベントがある。
「藍染は蓼藍(たであい)という植物を育て、それを発酵させて染めるもの。ワインとは共通点が多いんです。イベントでは藍染体験で染めた風呂敷で、ワインボトルを包んで持ち帰ってもらったんです。私がワインの話をして、ボトルの包み方をお伝えしました」と峯松さん。
関係しあっていくこと、心のつながりを持つことを価値と思う人を増やす。そのつなぎめをワインが果たすことを原点としている山野峡大田ワイナリーらしいイベントだ。
▶ぶどう畑のキャンプサイト
また、ワイナリーのぶどう畑の中でキャンプができる仕組みを作る予定もあるそうだ。歩いてすぐの場所に川遊びのできる清流が流れている、絶好のキャンプサイトなのだそう。
また、ヤギを飼う予定もあるそうなので、ヤギとの触れ合いを楽しむこともできるかもしれない。
地元の主婦層が販売員を務める、ワインの直売所をオープンした。「働いてくださる方達は、とても張り切っています。『ワインについてどんな話をすればいいの?』と聞いてきてくれるのですが、私は、会話してくれればそれだけでも十分だよ、と伝えているんです」。
ワインを買うだけではなく、地元の人との一対一での会話が楽しめる。峯松さんはそんな直売所を作りたいと考えている。
▶日本初 ワイン農家Youtubeチャンネル 「山野なんで」
たくさんのイベントが中止となった情勢の中、山野峡大田ワイナリーでは2020年5月からYoutubeチャンネル「山野なんで(https://www.youtube.com/channel/UCtMCwnjOF0IHYU9cGImhadQ)」を開設した。
このチャンネルは日本初のワイン農家のYoutubeチャンネルだ。編集は知人に託しているそうだが、撮影は全て峯松さんたちで行っている。ぶどうの栽培からワインの醸造までの一連の流れを楽しく、わかりやすく伝えてくれている。
動画としてのクオリティーも非常に高い。ワインファンのみならずソムリエや他の醸造家からも好評を得ているそうだ。
「訪ねてくるお客さんに『お久しぶりです』と言っても、動画見てるから久しぶりな気がしない!と言われることがあるんですよ」と笑う峯松さん。今の時代だからこその人との繋がり方にも、可能性を感じているそうだ。
『まとめ』
山野峡大田ワイナリーではこれからも山野の土地で美味しいぶどうを作り、美味しいワインを造り続けていく。そしてワインを通してたくさんの人と繋がり、地域を元気にしたいと考えている。
峯松さんは語る。「ワイナリーが地域の交差点となることが、私たちが地域にお返しできることかなと思います」山野峡大田ワイナリーを中心として、山野町に賑わいが戻る未来はそう遠くないはずだ。
山野峡の自然に囲まれたぶどう畑でキャンプを楽しみ、地元の人とおしゃべりをしながらワインを選ぶ。そんな休日を過ごしに、山野町を訪れてみたい。
基本情報
名称 | 山野峡大田ワイナリー |
所在地 | 〒720-2602 広島県福山市山野町862−5 |
アクセス | 山陽自動車道 福山東ICから約25分 福山駅から約40分 |
HP | https://yamano-wine.com/ |