日本のワイン産地の中でも、北限に近い岩手県。今回紹介する「高橋葡萄園」は、冬には極寒となる岩手県花巻市大迫町で、ぶどう栽培とワイン醸造を行っている。
高橋葡萄園の代表であり栽培と醸造を担当するのは高橋喜和さん。大学院卒業後、一貫してワイン造りに携わってきたプロフェッショナルだ。高橋さんはなぜワイン造りの道を選んだのか。そして、こだわりのワイン造りとは。
ワイナリー誕生のきっかけ、栽培と醸造について紹介していこう。
『高橋葡萄園誕生の歩み ワイン造りへの思いに導かれて』
高橋葡萄園の創業までには、長い道のりがある。高橋さんはもともと、別のワイナリーでぶどう栽培とワイン造りを行っていた。
なぜ自分のワイナリーを立ち上げることになったのだろうか。ワイナリー誕生するまでの歴史をたどっていきたい。
▶実家の農家を継ぎたい 農業への思い
実家が農家の長男として生まれ育った高橋さん。
「自分も農業がしたい」すべてはこの思いから始まった。
将来は農業に従事したいという思いは、成長するうちに自然と芽生えたものだ。進学先に選んだのは、岩手大学の農学部。実家の農業を継ぎたいという一心で選んだ進路だ。
大学では果樹園芸学を学んだ。リンゴやブルーベリーの栽培実験などを経験し、知識と技術を身に付けた。大学院に進学、卒業後は県の園芸試験場で臨時職員として働く。まさに農業漬けの日々だった。
新たな就職先を探していたときに、大学時代お世話になっていた研究室の教授から連絡が入る。
「エーデルワインの人員に空きが出た。ワイナリーで働いてみないか」。
エーデルワインは、岩手県花巻市大迫町にあるワイナリーだ。
「エーデルワインに行けば、地元で農業に関わることができる」と考え、承諾する。こうして高橋さんの歩む道は、ぶどう栽培とワイン造りへと進んでいった。
▶エーデルワインでの勤務とオーストリアの研修経験
高橋さんが就職先にエーデルワインを選んだのは、「農業がしたい」との強い思いからだった。ワイン造りは「ぶどう栽培」という農業でもある。ワイナリーはぴったりの就職先だったといえる。
エーデルワインに入社したのは、1996年4月のこと。
入社から2年間、エーデルワインで栽培と醸造の基礎をたたき込まれた。
そして1998年から2000年までの20か月、花巻市と友好都市提携を結んでいるオーストリアのベルンドルフ市の協力を得て、クロスターノイブルク国立ワイン学校でワイン醸造を学んだ。オーストリアへの留学経験は、ワイン造りの信念を形作り、造り手としての人生における大きな財産になった。
気象条件も土壌も日本とは異なるオーストリア。2年間日本で学んだワイン造りの技術も、オーストリアでは通用しないことが多かったという。
例えば、日本ならではの降雨と病気の問題は、オーストリアでは見られなかったのだ。
日本とオーストリアの違いについて、身をもって知った。
実感したのは「オーストリアの条件でそのままワイン造りをまねしても、日本では上手くいかない」ことだった。
日本ならではの栽培方法や工夫で、ワインのよさを引き出すことが大切だとの考えに至った。
「オーストリアと日本では、栽培の条件が異なります。日本ならではのやり方が必要だと分かったことこそが、何よりも大きな収穫でした」。
5年の時を経て帰国し、オーストリアで学んだ知識と経験を生かしてエーデルワインで本格的に栽培と醸造に携わった。しかしエーデルワインでのワイン造りの日々は、突然終わりを迎える。勤務10年目にして、ワイン造りとは関係のない事務方の部署に異動に。ぶどう栽培やワイン醸造に直接関わることができなくなった。
会社からは「経営者になってもらうため」と説明された。しかし高橋さんがやりたかったのは「農業」だ。
「せっかくオーストリアという異国の地で、必死に苦労して勉強してきたのです。学んできたワイン造りを生かしたいと強く思いました」。
「ぜひとももう一度ワイン造りに携わりたい」との思いを会社にもぶつけたが、現場には戻れなかった。
「ワイン造りができるところに行きたい」と考えて、エーデルワインを退職。隣町の紫波郡に完成した「紫波フルーツパーク」を紹介され、フルーツパークのワイン部門に勤務することになったのだ。
▶「ワイン造りがしたい」思いの強さがワイナリー創業へと導く
転職先の紫波フルーツパークでワイン造りをしていた高橋さん。しかしここでも、ワイン醸造の現場から離れた部署に異動することになる。
またもワイン造りから離れるのかと苦悩した。奇しくも当時、個人経営のワイナリーが増えてきた時期であったことも後押しになった。
「やりたいことをやるのなら、自分で動かなくては」と考えて独立を決意。2011年の10月には、紫波フルーツパークを退職し、自らのワイナリー設立をするべく立ち上がったのだった。
ワイナリー建設までの3年間は、自社畑で収穫したぶどうでの醸造を秋田のワイナリーに委託。2015年には晴れてワイナリーを建設した。ようやく自社のワイナリーで、ぶどう栽培からワイン醸造までを行えるようになったのだ。
ワイン造りに携わりたいというシンプルだけれども強い思いが、ワイナリー創業まで突き動かしたのだ。「もしずっと現場でワイン造りに携われる部署にいたら、独立はしていなかったと思います」と柔らかく笑う。ぶどう栽培への愛情と熱意こそが、高橋葡萄園というワイナリーをつくった。
『高橋葡萄園のぶどう栽培 健全なぶどう樹を育てる』
それでは、高橋葡萄園の「ぶどう栽培」に迫っていこう。
ワイナリーで育てているぶどう品種と栽培の工夫とは?栽培のこだわりやポリシーとは?高橋葡萄園ならではのぶどう作りについて紹介していきたい。
▶高橋葡萄園のぶどう 岩手の寒さに耐えうる品種を育てる
まずは、1997年から育てているぶどう品種を紹介したい。
育てている品種は次の5種類だ。
- リースリング・リオン
- ミュラートゥルガウ
- ツヴァイゲルトレーベ
- ピノ・ノワール
- キャンベル
それぞれのぶどうについて見ていこう。
リースリング・リオンは日本生まれのぶどう品種。ドイツやフランスのアルザスで有名な白ぶどう「リースリング」と、日本のぶどう品種「甲州三尺」の交配品種だ。
昔から岩手の気候に合っているといわれており、エーデルワイン時代から栽培を手掛けてきた。岩手の地でよいワインを生み出してきた実績も豊富にあり、高橋葡萄園でも主力品種として栽培している。
ミュラートゥルガウは、ドイツ生まれの白ぶどう。そしてツヴァイゲルトレーベは、オーストリアで生み出された赤ぶどう品種。ミュラートゥルガウとツヴァイゲルトレーベは、エーデルワイン時代に小規模の試験栽培を行っていた際に可能性を感じた品種だ。
原産国であるドイツやオーストリアが冷涼な気候であることから、寒さに強い性質を持つ。岩手県も冬の寒さが厳しい地域だ。寒さに強い品種は、岩手の地で栽培適性がある。
岩手の冬は、気温がマイナス12〜13度まで低下する。大雪が降ることは少ないが、肌を刺すような厳しい寒さが続くのが岩手の冬の特徴だ。そのためぶどう栽培をするうえでは、寒さに強い品種であることが第一条件なのである。
条件をクリアし、品質の高いぶどうに育て上げられる品種を選んだ。
しかしいくら寒さに強い品種とはいえ、凍害が発生することはないのだろうか?実は、高橋葡萄園では、凍害に遭わないために「寒さに耐えうるぶどう作り」をしている。
収穫量を制限することで樹に栄養が残り、冬の寒さに耐えられるぶどうになるというのだ。
ぶどうは、ほとんど垣根仕立てで栽培している。垣根は棚仕立てと比較して収穫量が制限される。実が多くなりすぎないために樹が丈夫に育ち、冬の寒さに耐えうる強さを身につける。
棚仕立てでぶどうを栽培すると、垣根よりも豊作になる。しかし実をたくさん付けてしまうと、実に養分が集中して冬の寒さに負けてしまい、凍害に遭いやすくなるという。
垣根栽培で収量を制限し、岩手の冬と共存する栽培方法。
長年極寒の地でぶどう栽培をしてきた、北国ならではの工夫だ。
▶田んぼから転作した自社畑
ワイン用のぶどうといえば「乾燥した気候や水はけのよい土壌を好む」といわれる。だからこそ、ジメジメとした粘土質の土が多い日本での栽培が難しいとされているのだ。
黒ボク土の自社畑は、なんと元は「田んぼ」だった場所。田んぼと言われて一般的に思い浮かぶのは、ぬかるんでいて水はけが悪い土壌性質だ。なぜそんな場所で、高品質なぶどうの栽培が可能なのだろうか?
「実はうちの畑は、水はけが非常によいのです。むしろ田んぼ時代には『水持ちがよくない』といわれていました。ぶどう栽培により合っている土地だったようですね」。
水はけが良好なのは、昔周囲が川だったことが影響している。土を掘り返すと、川石とみられる角の取れた丸い石が大量に出土するのだ。毎年落ち葉をすき込むためにトラクターで耕起するのだが、その時にもゴロゴロと石が出てくる。
「ぶどう畑にすることで、土壌の特性がよい方向に転びました」。
まるでぶどう畑になることが運命づけられていたかのようだ。
▶健全なぶどうの樹にすること 栽培のこだわり
高橋葡萄園が実践するぶどう栽培のこだわりは、健全で丈夫な樹にすることだ。そのために行っているのは大きく分けてふたつの作業。
ひとつは、タイミングを意識した適切な防除。もうひとつは、肥料の管理と土作りだ。
特に土作りはこだわりをもって取り組んでいる。人間が健康な食事で体を作るのと同様、ぶどうも適切な養分がないと樹が作れない。健康なぶどうの樹に育てることが第一と考えて栽培しているのだ。
土作りのために工夫しているのが「草生栽培」。刈草を使ったマルチングだ。除草剤は一切使用せず、刈草を土に撒くことで土壌の有機物を補給している。
除草剤をやめたのは、土中に生息する微生物のことを考えたのがきっかけだ。土中の微生物は、土をふかふかに柔らかくする働きを持つ。
柔らかな土は「団粒構造」を持ち、団粒構造の土には豊かな緑が育つ。土の粒の間に豊富な空気が取り込まれ、養分や水分を取り込みやすくなるためだ。
除草剤を使用してしまうと、表面の雑草がすべて枯れるため、土の表面がむき出し状態になる。裸の表土には、容赦ない日光が降り注ぐ。強い紫外線にさらされ、土の中の微生物が死んでしまう。
微生物が減少すると土壌の団粒構造は生まれず、健康な大地が育たなくなるのだ。
「ぶどうがきちんと養分を吸え、ぶどう自身の体を健康にすることにこだわって栽培しています」。
現在の栽培の方法に落ち着いたのは、日本の環境に合った栽培方法を取り入れてきた試行錯誤の結果だ。
オーストリアでの留学経験がある高橋さんだが、栽培方法は日本のやり方を積極的に取り入れている。環境に合わせた栽培方法をすることが、ぶどうの成長に最も大切なことだと考えるためだ。
「温暖化によってより暑くなっているので、日本ならではの栽培の工夫をしたのは正解だったと思っています」。
環境の変化は「暑さ」以外の新たな弊害も生み出している。周辺地域ではタヌキやハクビシンなどによる獣害が増えた。近隣では、イノシシやクマがぶどうを食べる事例も発生している。野生動物の餌が減り、生態系が変わってきているのだろう。
しかし気候や環境が変わっても、すべきことは変わらない。ぶどうに合った栽培方法を行い、丈夫で健全な樹の育成を目指すのみだ。
健全な苗から美味しいワインを造ること。シンプルながらも奥深いこだわりだ。
『食事に馴染むワインでありたい 高橋葡萄園のワイン』
続いて紹介するのは、高橋葡萄園のワイン造りについて。高橋葡萄園では、年間3,000〜6,000ℓほどのワインを醸造する。
まず始めに伺ったのは、目指すワイン像についてだ。
「すっと飲めるタイプのワインが好きなので、あまり主張しすぎない『食事に馴染むワイン』を造りたいと思っています」。
食事と共にボトルを開けて「気づいたら飲みきってしまった」ような、肩肘張らないワインを目指している。
高橋さんが造るのは、食卓に寄り添うワイン。生活に自然に溶け込み、人生を柔らかく彩るワインなのだ。
▶手作業で丁寧に ワイン造りのこだわり
高橋葡萄園が掲げている「食事に馴染むワインでありたい」という目標。そのために行っている醸造のこだわりがある。
ひとつは、ワインのアルコール度数をいたずらに上げないことだ。アルコール度数は、醸造中に補糖(糖分を添加すること)で調節が可能。補糖したアルコール度数が高いワインは厚みのあるボディに仕上がるが、飲みやすさに欠けることがある。
日本の食卓に馴染むワインを目指す高橋葡萄園では、補糖を極力行わない。特に白ワインは、ぶどうが本来持っている糖分のみで発酵させる。補糖しないことでアルコールが抑えられ、優しく馴染む味わいのワインに仕上げている。
もうひとつのこだわりは、醸造作業をなるべく手作業で行うことだ。ぶどうを丁寧に扱うことも徹底する。なめらかで優しい風味を大切にするため、ぶどうや醪(もろみ)に負荷をかけないワイン造りをしているのだ。
例えば、醪をタンクに移す時に「ポンプ」を極力使用しない。バケツリレーでタンクに移すなど、負担をかけないワイン作りを心がけているのだ。
ホースを使用する時も、発酵中の液体の底までしっかりと沈ませる。余分な空気を含めないように、丁寧に作業を行う。
優しく丁寧に造られたワインは、ぶどう本来の味をじんわりと引き出す。
▶ワイン造りのやりがいとは?栽培醸造自体を楽しむ
次に、ワイン造りに感じる「やりがい」や「楽しさ」について尋ねた。
「お客さんに飲んでもらって『美味しいね』と直接いってもらえるのが、一番嬉しいし、やりがいを感じますね」と微笑む。
高橋葡萄園のワインは、「和食に合わせやすいワインだ」と称される。「日本の家庭料理に合うワインだと、私自身も思っています。実際に飲んだ人に感じてもらえると嬉しいですね」。
高橋葡萄園のワインと、和食とのペアリングについても触れてみたい。
例えばリースリング・リオンのワインは、繊細かつ芯のある綺麗な酸が印象的だ。辛口で、生の魚介に合わせやすい。和食の代表、寿司とも好相性だ。柑橘類をしぼって食べる魚貝料理にもよく馴染む。
ワインが持つ酸により食事にメリハリが生まれ、いつもの家庭料理をより魅力的に引き立たせる。
「初めてうちのワインを飲むなら、まずはリースリング・リオンから飲んでみて欲しいですね」と高橋さん。
ツヴァイゲルトレーベの赤ワインは、出汁や醤油系の味付けをした料理とのペアリングが秀逸だ。ワイン自体が優しく軽い仕上がりのため、素材の味を楽しむ和食の繊細さにぴったりと合う。
「ワイン造りという仕事自体が楽しい」と、はにかみながら話してくれた。言葉の端々から感じるのは、ワイン造りに携わることができる「喜び」だ。
▶栽培から醸造まで一貫して管理できるのが強み
高橋葡萄園ならではの強みは「栽培から醸造までを一貫して行えること」だという。高橋さんが中心となってすべての作業を行い、自分がよいと考えるワインの追求が可能なのだ。
しかしひとりでワイン造りのすべてを回していくのは、ときに困難だ。そこで高橋葡萄園では、多くの人の助けを借りながらワインを造っている。
栽培は高橋さんの母親が中心となって作業をする。繁忙期には、パートの従業員を雇って乗り切る。ボランティアとしてぶどう栽培を手伝いに来てくれる人もいる。
それだけではなく、なんと収穫時期になると、近くの飲食店や酒販店の人が手伝いに来てくれるという。ぶどうの搾汁に参加してもらうこともあるとか。
「地域の皆さんに助けてもらいながら、作業をしています。本当にありがたいですね」。
手伝いに来てくれる飲食店の人は、お客さんにワインの説明する際に収穫に参加した時の話をすることもあるそうだ。ぶどう栽培に参加したエピソードを話すことはお客さんに喜ばれ、ワインの注文にもつながるメリットも。
多くの人に助けられながら、毎年ワインを造り続ける。たくさんの人々が自然に集まるワイナリーであることも、高橋葡萄園の強みのひとつなのかもしれない。
『ジュースやスパークリングワインも生産していく 高橋葡萄園の未来』
最後に伺ったのは、将来の展望について。「ジュース」と「スパークリングワイン」の生産を増やすことだという。それぞれ詳しく紹介したい。
まずは「ジュース」について。高橋葡萄園で造るのは、ワイン専用品種のぶどうを使用した本格ぶどうジュースだ。現在は飲食店向けに限定生産しているが、予想外の反響があったため、更に生産量を増やしていきたい意向だ。
高橋葡萄園のぶどうジュースは、自社畑で栽培したワイン用ぶどうを、陸前高田市にある神田葡萄園に製造を委託している。ジュースを造り始めた当初はミュラートゥルガウのみだったが、現在ではリースリング・リオンとキャンベルの2種類が追加された。
キャンベルは借り受けた畑に元々植栽されていた樹から採れた実を使用しており、非常に濃厚なジュースになる。元々の畑の持ち主が選抜した優良枝を挿し木して増やした樹で、接ぎ木ではなく自根で育つ珍しいぶどう。味の濃い美味しい実がなるという。
ワイン用ぶどうから造られた大人も楽しめるジュースは、飲食店では「ノンアルコールカクテル」のベースとしても使用される。ノンアル需要が増えている昨今において、需要の大きさを感じているという。
「ランチタイムの利用者にも喜ばれているようですね」。
2021年には、東京の飲食店にも「ワイン専用品種のぶどうジュース」を売り出していく予定だ。
続いて挑戦したいと考えているのが「スパークリングワイン」の醸造だという。
造りたいのは「瓶内二次発酵」のスパークリングワイン。瓶内二次発酵は、発酵から生じた炭酸ガスを瓶に閉じ込めることで泡を生み出す、スパークリングワインの製法だ。濃密な泡と豊かな酵母の旨味が特徴で、奥深い発泡性ワインになる。
「ストックしてあるワインを利用して造ってみたいのです」と静かに意気込みを話してくれた。
ノンアルコールでも楽しめる「ジュース」と、本格的な「スパークリングワイン」。高橋葡萄園は、豊富な選択肢を消費者に提示する。より幅広い層の人々が、高橋葡萄園のぶどうの味を楽しめる未来が、すぐそこまで迫っている。
『まとめ』
高橋葡萄園は、ワイン造りに人生を捧げてきたベテランの造り手が営むワイナリーだ。岩手後に適したぶどう品種を用いて、丁寧な手仕事でワインを生み出している。
高橋葡萄園の素晴らしさは、ぶどう栽培への愛情にあふれた造り手の姿勢にある。穏やかで優しい高橋さんの人柄を反映させたかのような、日常の食卓に合わせられるワインが魅力だ。
ワイナリーを訪れた際は、ぜひワインを味わうとともに、造り手と会話を交わしてみて欲しい。造り手の思いに触れることで、ワインがより一層、輝きを増すはずだ。
基本情報
名称 | 高橋葡萄園 |
所在地 | 〒028-3204 岩手県花巻市大迫町亀ヶ森第47地割4番 |
アクセス | 電車 JR石鳥谷駅から車(タクシー)で20分 車 花巻ICから車で20分 |
HP | http://weinbautakahashi.com/ |