広島県三次(みよし)市にある「広島三次ワイナリー」は、地元で栽培が盛んなぶどうの6次産業化を目的として設立された。2024年に創業30周年を迎えたところだ。
創業当時は観光施設としての役割が大きく、お土産用のワインを醸造してきた広島三次ワイナリー。転機となったのは、現在の取締役ワイナリー長兼醸造長である太田直幸さんが就任したことだった。ニュージーランドでぶどう栽培とワイン醸造に携わった経歴を持つ太田さんが、本格的なワイン用ぶどうの栽培と醸造をスタートさせたのだ。
広島三次ワイナリーが目指すのは、クリーンで品種の特徴が素直に表れた、価格を超えるワイン。健全で完熟したぶどうだけを使った奥行きと深みのある風味は、幅広い層に支持されている。フラッグシップワインである「TOMOÉ」シリーズを中心に、豊富なラインナップが魅力的だ。
今回は、広島三次ワイナリーのぶどう栽培とワイン醸造におけるこだわりについて、太田さんに詳しく伺った。さっそく紹介していこう。
『広島三次ワイナリー 設立の経緯から現在まで』
三次市とJAの共同出資により、1994年に設立された広島三次ワイナリーは、いわゆる「第三セクター」のワイナリーである。
三次市はもともと広島県随一のぶどうの産地だ。そこで、地元産のぶどうを活用し、6次産業化を推進するために農家や地元企業が株主となってワイナリーを設立した。
地元の農家が栽培したぶどうを使ったワイン造りをおこなうとともに、2007年には自社でのぶどう栽培も開始。そして、2013年に太田さんが着任したことで、より本格的なぶどう栽培とワイン醸造が可能になったのだ。
▶︎広島三次ワイナリーの自社畑
三次市は、日本海と瀬戸内海までの距離がちょうど同じくらいに位置する自治体だ。だが、気候的に日本海側の特徴に近いため、冬には降雪も一定量ある。
広島三次ワイナリーの自社畑は標高330~350mほどのところにある。もともと牧草地だった場所をぶどう畑に作り替えた。土壌は粘性の高い細粒黄色土だったため、さまざまな肥料を使って土壌改良を重ねてきた。
畑の面積は2ha程度で、太田さんが入社する以前から栽培していたのはピノ・ノワール、シラー、プティ・ヴェルドの3品種。2024年には新たに畑を拡張し、シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブランを植栽した。
ソーヴィニヨン・ブランを選んだ理由のひとつに、太田さんが広島三次ワイナリーに来る前にはニュージーランドでワイン造りをしていたことがある。そのため、太田さんが造るソーヴィニヨン・ブランのワインが飲みたいというお客様の声が多かったのだ。
「ニュージーランド南島にあるカンタベリー地方では、ソーヴィニヨン・ブランのワインも手がけていました。お客様からご要望いただいたこともあり、自社畑を拡大するタイミングで植栽することに決めたのです」。
ニュージーランドと三次市は気候面において全く異なるため、三次市で育つソーヴィニヨン・ブランがどんな味わいのワインになるのか待ち遠しい。
また、太田さんはワインぶどう生産者のための非営利の支援団体である「一般社団法人 日本ワインブドウ栽培協会」の理事を務めており、ウィルスや病害虫に侵されていない品種や、日本にまだ入ってきていない品種を普及する活動に取り組んでいる。
そこで、広島三次ワイナリーの自社畑には、海外から輸入したウィルス・フリーの苗木の母樹を管理するための区画が確保されている。さらに今後は、まだ日本に入っていないクローン品種などを植える予定もあるという。
地域差や産地形成の視点も大事にしながら、これから植栽する品種を厳選していきたいと考えている広島三次ワイナリーでは、プティ・マンサンやアルバリーニョなどの植栽も検討しているそうだ。
▶︎地元契約農家のぶどう
太田さんがぶどう栽培においてこだわっているのは、まずしっかりと土地を理解することだ。ニュージーランドと日本では気候が大きく異なることもあり、ワイン用ぶどうの栽培をする上で関わる全ての要素ごとに、しっかりと理解することが欠かせなかった。
「私自身だけではなく、広島三次ワイナリーの社員や契約農家さんにも、三次でのワイン用ぶどう栽培について理解してもらうことから始めました」。
広島三次ワイナリーの契約農家には、1950年代半ば頃から広島県の中山間地でぶどう栽培をしている農家が多い。栽培しているのは主に以下の通りだ。
- ピオーネ
- デラウェア
- マスカット・ベーリーA
- シャルドネ
- セミヨン
- メルロー
- 小公子
- シラー
- ピノ・ノワール
「三次市では古くから、贈答用の高級ピオーネの栽培が盛んでした。そもそも弊社は、三次のピオーネ農家さんの所得向上を目指して6次産業化することを目的にして立ち上げられたワイナリーなのです」。
だが、太田さんが着任する前の広島三次ワイナリーでは、コンサルタントの意見に従って栽培や醸造の方針を決めていたため、コンサルタントが変わるたびに対応方針の変更があり、栽培方法について契約農家と認識のズレが生じていたという。
契約農家は生食用ぶどうに関してはプロである。しかし、ワイン用として使う場合には押さえるべきポイントが違うこともある。そこで太田さんは、「なぜそのような手法を取る必要があるのか?」ということを丁寧に説明した上で栽培方法を指導することで、契約農家からの信頼を勝ち得た。
契約農家と関わる中で、教わることも多かったと話してくれた太田さん。喧嘩したこともあったけれど少しずつ理解し合ってきたからこそ、お互いに情報や技術を共有できるよい関係性が築けたと微笑む。
『広島三次ワイナリーのぶどう栽培』
ここからは、広島三次ワイナリーのぶどう栽培について深掘りしていこう。
日本の多湿な気候でワイン専用品種を栽培する場合、雨の影響によって発生する病害虫被害への対策が重要となる。そこで、広島三次ワイナリーでは、多くの西日本のワイナリーと同様に屋根状のビニールの雨除けを採用している。
「自社畑には当初、雨除けがありませんでしたが、毎年少しずつ投資して設置しました。農薬の使用量を大幅に減らせましたし、病気の発生率も格段に下がりましたね」。
農薬や肥料は、有機的なものと化学的なものをバランスよく併用している。健全なぶどうを収穫することを重視しているためだ。
さらに、ぶどう栽培では「熟度」と「仕立て方」に特化したこだわりがあるという広島三次ワイナリー。詳細を見ていきたい。
▶︎種まで熟したぶどう
太田さんが特に重視しているのは、ぶどうの「熟度」である。酸味を重視する場合、完熟を待たずに収穫をするケースもあるが、広島三次ワイナリーでは完熟してから収穫するのが基本だ。
「ワインにとって酸味はもちろん必要ですが、構成要素のひとつに過ぎない酸のために収穫時期を早めることは、本末転倒なのではないかと考えています。ワインとは、さまざまな要素を足し算・引き算をしながら造るものです。醸造段階で風味を調整することはできますが、畑でしっかりと熟したぶどうにしか出せないフレーバーというものがあるのは確かです」。
ぶどうが完熟しているかどうかの判断基準のひとつとなるのが、果肉ではなく種の熟度だ。若い種はかじるとえぐみを感じるが、熟した種は木質化してナッツのようになる。そのため、収穫のタイミングを決める際には、種の熟度の確認が欠かせない。
「ヨーロッパ系品種の特性として、発酵させて初めて出てくる香りを持っているものがあります。香りの元になる物質である前駆体は果皮に含まれますが、発酵してから出てくるものなので、破砕していない状態では能力を発揮しません。したがって、酸などひとつの要素が突出した状態ではなく、全ての要素がバランスよくある状態で収穫することが重要なのです。種が完熟していることが、バランスよく熟して収穫の適期であることを決定する基準のひとつなのです」。
もちろん、種の状態以外に、果肉の柔らかさなど確認すべきポイントはいくつもある。生食用だとハリがある方がよいが、ワイン用として使うなら果肉が少し柔らかくなり始めたくらいが熟度が増した状態だ。年ごとの気候や地域によっても収穫に適した時期は常に変わるため、さまざまな要素を総合的に見て判断する必要があるという。
さらに、自社栽培のぶどう以上に難しいのが、契約農家に依頼する収穫タイミングだ。契約農家は主に生食用ぶどうを栽培しているため、通常は果皮にハリがあって美しい状態で収穫するが、ワイン用途の場合には収穫時期を遅らせる必要がある。ただし、収穫時期を遅らせると病気のリスクが高まるため、農家に理解してもらうためには丁寧な説明と依頼が欠かせないのだ。
▶︎土地と気候に合う仕立て方を採用
広島三次ワイナリーの自社畑のうち、初期からぶどう栽培をしている区画では垣根栽培を採用。一方、新たに開墾した区画は垣根と棚のハイブリッド方式の仕立て方を導入している。
「一般的な仕立て方では地上1mほどのところにあるフルーツゾーンを、もう少し上に上げています。垣根栽培のように地面に垂直方向に枝を伸ばして、その後は横に広げる仕立て方です」。
ハイブリッド方式を選択したのは、湿気対策のためだ。フルーツゾーンを高く設定することで、地面からの湿気の影響を避けることができる。降水量が多い三次市で健全なぶどうを栽培するための工夫なのだ。
また、新しい畑では雨対策として暗渠(あんきょ)を設置。樹の上部を覆う屋根状になった雨除けのビニールを伝って落ちた雨水を排出できるよう、全ての列に暗渠排水をめぐらせている。余分な雨水を畑から出してしまうことで、より雨の影響を受けにくい環境を構築できたという。
『広島三次ワイナリーのワイン醸造』
続いて紹介するのは、広島三次ワイナリーのワイン造りについて。自社畑で栽培したぶどうと、地元農家が栽培したぶどうは、一体どんなワインとして生まれ変わるのか。
ワイン醸造におけるこだわりと工夫、おすすめ銘柄を詳しく紹介していこう。
▶︎広島三次ワイナリーが目指すワイン
太田さんが醸造で心掛けているのは、品種の特徴が素直にあらわれる、「クリーンなワイン」を造ることである。不要な雑味や欠陥があると、本来の香りや味は損なわれてワインとしての評価が下がってしまうためだ。
そこで、亜硫酸無添加や野生酵母での発酵といった手法にはこだわらず、あくまでも「クリーンなワイン」を造ることに徹している。
「年ごとのぶどうの特徴や生かすべきポイントを表現するため、しっかりと手をかけて造り込むのです。醸造方法を売りにするのではなく、ワインの品質が価格を超えているワインを目指しています」。
1本1000円のワインがあれば、1万円を超えるものもある。しかし、価格そのものに絶対的な価値はなく、たとえ高額でも品質が見合っていれば、飲み手を満足させることができる。つまり、あくまでも品質だけで勝負するのが太田さんのこだわりなのだ。
▶︎幅広い層にワインを届けるために
広島三次ワイナリーには醸造マニュアルが存在しない。同じ畑から収穫した同品種でも、年ごとに異なる風味や特徴を持つものだ。そこで、全ての仕込みにおいて太田さんが司令塔となり、どんな造りにするのかを設計・指示していく。ぶどうの状態に応じて、足りないものがあれば補い、突出したよさはさらに引き出すのが広島三次ワイナリーのワイン造りだ。
醸造量が多いにも関わらず、太田さんが全ての意思決定をおこなっているとは驚きだが、いずれは次世代に引き継ぐことも考え始めているそう。
また、こだわり抜いた醸造をしてはいるが、広島三次ワイナリーのワインをできるだけ多くの方に、日常的に楽しんでもらいたいと考えている太田さん。
「日本では、ワインは敷居が高いお酒だと感じている人もまだ多いのではないでしょうか。理由のひとつは価格帯が高いことです。そこで、広島三次ワイナリーでは多くのお客様が手に取りやすい価格で商品を提供しています。私たちが一生懸命造った美味しいワインを、幅広い層のお客様に普段から飲んでいただきたいと考えているのです」。
さらに、普段から海外のワインを飲む人にも「日本ワイン」を知ってもらうため、高品質なワインを造る必要があるという。確かに、「たまには日本ワインを飲んでみよう」と手を伸ばしたワインが価格に見合う価値を有していなければ、日本ワインを継続的に飲むことがなくなってしまうことは想像に難くない。
ワイン好きの人にも日本ワインの美味しさに気づいてもらうことを視野に入れて、広島三次ワイナリーは日本ワインのさらなる発展に貢献しているのだ。
▶︎フラッグシップワイン「TOMOÉ」シリーズ
広島三次ワイナリーのフラッグシップワインである「TOMOÉ」シリーズの中から、何本かおすすめを紹介していただいた。「TOMOÉ」は、ワイン専用品種を使ったシリーズだ。
まず初めに紹介するのは、「TOMOÉ シャルドネ クリスプ」である。
「『TOMOÉ』シリーズは、厳選した三次産原料100%を使用しています。『TOMOÉ シャルドネ クリスプ』はステンレスタンクで発酵させ、すっきりした味わいを持たせたまま瓶詰めしていて、豊潤な香りとバランスのよい風味が特徴ですよ」。
「TOMOÉ シャルドネ クリスプ」の販売価格は2,200円と、非常に手に取りやすい。日本ワインを気軽に試してみたい方にぴったりの1本ではないだろうか。
続いて紹介するのは、「TOMOÉ シャルドネ 新月」と「TOMOÉ シャルドネ 待月(たいげつ)」である。
じっくりと手をかけて管理した厚みのある香りが特徴の「TOMOÉ シャルドネ 新月」と、和食にも合うと定評の「TOMOÉ シャルドネ 待月」は、広島三次ワイナリーの数あるラインナップの中でも特に人気の銘柄だ。
ちなみに、「新月」「待月」という月にちなんだ名称は、月をテーマに多くの作品を残した日本画家である奥田元宋氏に由来する。近隣にある美術館「奥田元宋・小由女美術館」では奥田氏と夫人の作品のほか、さまざまな企画展示を楽しむことができるため、ワイナリーを訪れた際には立ち寄ってみてほしい。
▶︎華やかで果実味豊かな「TOMOÉ デラウェア」
「TOMOÉ」シリーズからさらに1本、おすすめワインを紹介しよう。「TOMOÉ デラウェア」の販売価格は1,980円で、日本ワインとしてはかなり低価格だ。
フレッシュで華やかな風味が楽しめる「TOMOÉ デラウェア」は、2013年からさまざまなコンクールで高い評価を受け続けており、2023年には「日本ワインコンクール」で北米系白品種としては初めての金賞を獲得した。
デラウェアの栽培が盛んな山梨や九州などのワイナリーからも、造り方についての問い合わせを受けることが度々あるという、醸造家たちにとっても魅力的な1本なのだ。
「TOMOÉ デラウェア」の味わいの大きな決め手となっているのは、収穫タイミングだという。
「デラウェアを栽培している他のエリアでは、果皮に色がつく前に収穫して、酸が高い状態で醸造することもおこなわれているようですね。一方、『TOMOÉ デラウェア』は、果皮が全体に薄紫に色付き、1割くらい緑の粒が残っているタイミングで収穫したデラウェアを使用しています。風味豊かに仕上がっていますよ」。
収穫時期が早すぎず、かつ遅すぎないよう、広島三次ワイナリーが長年かけて試行錯誤してきた成果が「TOMOÉ デラウェア」として評価されているのだ。
また、「TOMOÉ デラウェア」は、搾汁工程においてもさまざまなテクニックを活用している。例えば、果実は破砕したときに自然に流れ出るフリーラン果汁と圧搾果汁を分け、えぐみのある圧搾果汁をあえて酸化させる手法を採用しているのだ。
酸化した果汁は次第に色味が茶色がかってくるが、酸化した物質は一晩置いておくと容器の下に沈むという特徴があり、容易に取り除くことが可能だ。また、より厳密に不要な部分を取り除くために、ゼラチンを加える工夫などもおこなっているという。
「TOMOÉ デラウェア」は、搾汁率が75〜78%ほどと高いのも大きな特徴。デラウェアの果皮に含まれる優れた成分を最大限活用するための施策だ。苦味を取り除く処理を丁寧に実施することで、高い搾汁率が可能となった。
ほかにも、さまざまな栽培・醸造テクニックを駆使している「TOMOÉ デラウェア」は、日本ワインの入門編としてだけでなく、ワイン愛好家も大満足の仕上がりだ。カルパッチョなどのあっさりした魚介料理とのペアリングを試してみていただきたい。
『まとめ』
地元産のぶどうを使ったワインを醸す広島三次ワイナリーは、これからもクリーンで個性的なワインを手がけていく。
「三次市ならではの個性が感じられるぶどうを栽培し、飲み手はもちろん、同業者をも圧倒するような品質のワインを造っていきたいですね。広島三次ワイナリーは観光施設も兼ねたワイナリーですので、ふだんはワインを飲まない方たちにも、地元の食とともにワインを楽しむ機会を提供していきたいと考えています」。
広島三次ワイナリーに足を運べば、ワイナリーや畑の見学、試飲だけでなく、隣接する三次農業交流拠点施設「トレッタみよし」で地元の食材を味わったり購入したりすることも可能だ。
広島三次ワイナリーは、日本ワイン業界の未来を見据えた新たな取り組みにも積極的である。たくさんの人に日本ワインを楽しんで欲しいという広島三次ワイナリーの造り手の思いを感じに、ぜひ三次市を訪れてみてはいかがだろうか。
基本情報
名称 | 広島三次ワイナリー |
所在地 | 〒728-0023 広島県三次市東酒屋町10445番地の3 |
アクセス | https://www.miyoshi-winery.co.jp/access.php |
HP | https://www.miyoshi-winery.co.jp/ |