『亀ヶ森醸造所』自然のままの醸造が生み出す、りんごとワインのお酒

亀ヶ森醸造所は、岩手県の「へそ」花巻市にあるワイナリー。ぶどうとりんご栽培に適した盆地が広がる、自然豊かな場所にある。

亀ヶ森醸造所の代表者は2名、それぞれぶどう農家とりんご農家を営んでいる。亀ヶ森醸造所は「ワインとシードル」の両方を醸造している場所なのだ。
ふたりの出会いや歴史、ワインとシードルにかける思いについて紹介していこう。

『ふたりで造った小さなワイナリーの歴史とは』 

亀ヶ森醸造所は、2015年に誕生したワイナリーだ。場所は、岩手県花巻市大迫町亀ケ森。地元のりんご農家である高橋英則さんとぶどう農家の大和田博さんが会社を設立し、ワイナリーの歴史がスタートした。

りんご農家とぶどう農家。異なる果実を育てるふたりが、どうして共同でワイナリーを造るに至ったのだろうか?
ワイナリーの誕生から現在までのストーリーを追っていきたい。

▶りんご農家の高橋さんとぶどう農家の大和田さん

シードルを担当する高橋さんは、りんご農家だ。地元亀ケ森出身であり、親の代からりんご栽培農家を営んでいた。

ワインを担当する大和田さんは、ぶどう農家。農家ではなかったものの農業に従事したいという思いを持っていた大和田さんは、岩手大学農学部の出身だ。卒業後は別の仕事に就いていたが、農業への夢が諦めきれず、亀ヶ森の地でぶどう農家に転向することになる。

学生時代からワインが気になっていたという大和田さん。初期投資の少なさも、ワイン醸造に興味を持つ理由のひとつだった。

全く異なる経歴を持つふたりはいかにして出会ったのか。高橋さんと大和田さんの出会いについて紹介していこう。

高橋さんと大和田さんは「花巻市農業公社の圃場アルバイト」に参加したことがきっかけで出会った。

ふたりが育てる果実のコラボレーションに可能性を感じ、りんごとぶどうのミックスジュースを作ったのが全ての始まりだった。大和田さんに「ワイン造り」への興味があったことは前述の通りだが、同じく高橋さんも「シードル造り」に興味を持っていたのだ。

「建物があれば、ワイナリーができる」そう考えていた大和田さんに、高橋さんは快く協力した。ワイナリーとして使えそうな「元豆腐加工施設だった場所」の情報を仕入れ、大和田さんに話したのだ。

結果その場所はワイナリーとして使用するには至らなかったものの、この出来事がきっかけになりワイナリー設立は実現に向かうことになる。醸造免許取得のため具体的に始動した大和田さん。
ワイナリーとして使用できる新たな場所を見つけ、念願のワイナリーを始めることができた。

場所を見つけてからワイナリーを建てるまでにも苦労があった。たったふたりの決意で立ち上げたワイナリーは、資金的に恵まれた状態でスタートした訳ではなかったからだ。
ワイナリーの建築においても、自分たちでできる工事は自分たちで行った。安く手に入れられる中古の材料を自ら探し出し、少しずつ造っていったのだ。

こうして、2015年7月から民家を改築してワイナリーを建設。2016年には醸造免許を取得し、ワイナリーで初の醸造が行われた。現在は、シードルとワイン合わせて40種類以上のラインナップをそろえている。 

▶名前の由来「醸造所」という言葉を使う意味とは

亀ケ森に暮らすふたりが造った「亀ヶ森醸造所」。亀ヶ森醸造所は、地域に根ざしたワイナリーでありたいと願っている。

地域に根ざすという思いを表し、名前は地名「亀ケ森」から取った。また「ワイナリー」ではなくあえて「醸造所」にしたのには、ふたつの意味がある。

ひとつ目の理由は、ワインだけでなく「ワインとシードル両方」を造る場所だから。「ワイナリー」から来る「ぶどうのワイン」のイメージを避けたのだ。

もうひとつは、『村の中にある酒を造るための施設』というイメージを表現するためだ。亀ヶ森醸造所は、自然豊かな田園の中にたたずむ醸造所。まさしく「醸造所」という響きにふさわしい、素朴な空気が漂う場所だ。

『岩手のぶどうで土地の味を出す』

続いて亀ヶ森醸造所のぶどうについて紹介していこう。亀ヶ森醸造所で栽培されているぶどう品種は実に種類が多い。代表的なぶどう品種は次の通りだ。

  • キャンベル・アーリー
  • ナイアガラ
  • ヒムロット
  • ニューナイ
  • ポートランド
  • アーリースチューベン
  • ヤマソーヴィニヨン

これらの品種を育てている理由について大和田さんに伺った。「これらの品種は、もともとお借りした土地に植えられていたぶどうです。主に岩手で広く栽培されている、生食用ぶどうを利用しているのです」

元から畑に植えられていた生食用ぶどう品種の栽培が多い中「ヤマソーヴィニヨン」は大和田さん自らが植えたものだ。植える品種にヤマソーヴィニヨンを選んだのは、日本の気候に合う品種だからだという。
大和田さんは「ぶどう栽培は、分からないことがまだまだたくさんあります」と話す。最近は品種ごとに樹勢の強さが違うということを体感しているそうだ。

なお大和田さんが今後栽培してみたい品種として挙げたのは「シュナン・ブラン」。シュナン・ブランは、フランス・ロワール地方や南アフリカで多く栽培されている白ぶどう品種だ。
蜂蜜やカリンの香りが特徴で、甘口や辛口、スパークリングまで色々な表情が楽しめるワインになる。

シュナン・ブランを栽培したい理由を「たまたま写真で見た、美しい黄色い果実の色に一目惚れしました」と言う大和田さん。その後シュナン・ブランのワインを実際に飲み、味の面白さも気に入った。表現の幅の広さを強く感じたのだそうだ。

シュナン・ブランは、日本のワイナリーでもまだあまり見かけない ワイン用ぶどう品種。亀ヶ森醸造所の「シュナン・ブラン」のワインが生まれるのはいつのことか。想像するだけでも未来が楽しくなってしまう。 

▶ぶどうは「自然のままに」りんごは「手作り肥料で」畑の土作り

次はぶどうとりんごの畑について見ていこう。大和田さんと高橋さんに土作りのこだわりについて伺った。

まずはぶどう畑の土から紹介しよう。ぶどう畑はほとんどが、既にあったぶどう畑を借り受けた場所だ。畑は数か所にわたっており傾斜や方向も様々。土壌の母岩となる地層は、主に中生代のものだと考えられている。
岩手県北上川東部の土壌は、古生代から中生代の堆積岩からできているのだ。

特段こだわっているものはないが「余計な土作りをしないことを意識する」という大和田さん。余計な土作りをしないのは「ワインはその土地の土を表すもの」だと考えているからだ。土壌に住む微生物の繁殖を邪魔しないため、除草剤の使用は避けているという。

肥料も極力与えていない。ヤマソーヴィニヨンは大和田さんが植えたぶどうだが、植樹当初から施肥をしていないのだ。「4年前までは、生食用品種の畑に牛糞たい肥を使っていましたが、今では施肥が本当に必要かどうか疑問に感じています」という大和田さん。
現在では、生食用ぶどう品種の畑でも肥料を与えるのをやめた。

次は、りんご畑について紹介したい。りんご畑の土は土作りを行う必要があるという。使用する肥料は自分で完熟させている。「牛糞と豚糞にもみがら、刈草、落ち葉、りんごの搾りカスなどを混ぜて、1年間ぐらい熟成させます」と高橋さんは教えてくれた。

ぶどうとりんご。それぞれ植物としての特徴が異なり、育てる側の打つ手も異なる。多彩な農作物の実りをお酒で楽しめる亀ヶ森醸造所。ワインやシードル、それぞれの栽培のこだわりを味で感じ取ってみるのもおすすめだ。

▶亀ケ森という場所が持つ強み

大迫町亀ケ森の地形は「盆地」だ。あまり強い風は吹かず、朝夕の寒暖差が大きく、雨量は比較的少ないという特徴がある。こういった気象条件はぶどう栽培に適している。そのため、亀ケ森という風土自体がぶどう栽培における強みになっているのだ。
大和田さんいわく、ぶどう栽培における苦労もあまり感じないという。

「土地ならではの苦労」は特段ないものの、2020年のぶどう栽培については気候による苦労があった。8月に雨が多かったことでナイアガラの果皮が軟弱になり、裂果が増えてしまったためだ。

一方りんご栽培で、土地ならではの苦労や強みがあるかを高橋さんに尋ねた。盆地の亀ケ森では春の遅霜が発生する。花芽が霜に当たって傷むことがあるため「春の遅霜」は土地ならではの注意しなくてはならない点だ。

反対に盆地が生み出す朝夕の寒暖差は、りんごに甘さをもたらす。味の良いりんごが生まれることが、大迫町亀ケ森の強みなのだ。

▶最高の状態で収穫されるぶどうとりんご 栽培のこだわりとは

亀ヶ森醸造所の栽培方法やこだわりを紹介しよう。

ぶどう栽培は全て「棚仕立て」で栽培しているという。棚仕立ての中でも、亀ヶ森醸造所で主に使用しているのは「短梢棚」。ヤマソーヴィニヨンのみ「長梢棚」で栽培している。
「やはり日本のぶどう栽培には、垣根より棚栽培のほうが適していると考えています」と大和田さん。理由は日照時間が短いことにあるという。

棚仕立てだとぶどうの樹が天面に広がるため、日照が確保しやすいのだ。また棚の下部の風通しが良くなり、作業がしやすいという利点もある。雨や台風が多い日本のぶどう栽培に適した方法と言えるのである。

「こだわり」とは違うものの、多くのぶどう品種を育てていることを「ありがたい環境だ」と感じている大和田さん。色々な品種の持ち味を考えて、ワインにすることができるという。

こだわりというより「気を付けていること」として教えてもらったのは、ぶどう収穫のタイミングについて。生で食べる時とワインにする時、それぞれタイミングを考えた上で収穫しているという。
「どういうワインにするのか」までを考えて、収穫の時期を調整しているのだ。

収穫時期に気をかけている点はりんご栽培も同様だと高橋さんは話す。シードルを最高の状態で仕込むために大切なのは「収穫期」なのだそうだ。

「収穫」という栽培作業ひとつとっても、未経験者には想像できないほど奥が深い。お酒になった時の美味しさを考え抜かれて収穫された、ぶどうやりんご。最高の状態の果実が惜しげもなくお酒に醸造されていく。 

▶ぶどうとりんご、それぞれの苦労

ぶどうやりんごの栽培で最も苦労することは何か、おふたりに尋ねた。

ぶどう栽培で苦労していることは、労働力不足の問題だ。「作業ピーク時の労働力不足が悩みのタネですね」と大和田さんは話す。労働力不足の問題は、労働力が確保できないことには解決できない問題。
終わりない畑仕事に、いつも追われている状態だという。

一方りんご栽培の苦労はどのようなものだろうか。りんごの苦労として話してもらったのは「新しい品種が出ること」についての悩みだという。毎年新しい品種が出ているというりんご。高橋さんのりんご畑でも多くのりんご品種を栽培し、シードルにしている。
しかしせっかく新しいりんご品種を導入しても、育てたりんごがシードルに合うか合わないは「仕込んでみないと分からない」のだという。

休みなく面倒を見る。毎年新しいものを取り入れては試していく。おふたりの話から、農業という終わりと休みがない仕事の、大変さと尊さを感じることができた。ワインやシードルは紛れもない「農作物」なのだと改めて実感する。

『日常の側に 亀ヶ森醸造所のワインとシードル』

ふたりが目指すのは、毎日の食事に普通に飲まれる味噌汁のような存在のワイン。そして、ビール感覚でグビッと飲めるシードルだ。
「日常に寄り添った、特別ではないお酒」を目指している。

ふたりが好むのも、普段の生活で気兼ねなく楽しめるスタイルのお酒だ。高橋さんは「キャンプや外でするバーベキューなどの場で、キンキンに冷やしてガンガン飲めるシードルを目指しています。スタイルもフリーで飲んでもらいたいです。カレーにシードル、漬物にシードルなども楽しんでほしいですね」と話す。

▶醸造のこだわりと苦労

余計なことをしないことがこだわりだという、亀ヶ森醸造所のワインとシードル造り。亀ヶ森醸造所では無濾過のワインを造っているが「そもそも濾過することが頭になかった」と大和田さんは話す。無濾過ワインならではの味わいは「滓(おり)に由来する旨味からくる甘さ」が魅力だ。

ワイン造りの苦労について尋ねると、技術や手間の苦労以上に「不安に耐える辛さ」に苦しさを感じるという大和田さん。温度管理などを人為的に制御しない醸造は、最終的にできるワインの結果が予想しづらい。
ワイン醸造のたび、言い知れぬ不安と闘っているのだ。

ワインは年ごとに味わいも変わり、育てたぶどうを使う「生き物」だ。生き物である以上、温度に大きな影響を受ける。温度管理をしない醸造はぶどうを信じて待つことが必要だ。
「ワインにあえて何もしないこと」は、「できあがりの不安と闘うこと」と同じ意味を持つのだろう。

シードルについても自然な方法で醸造しており、こちらも無濾過。その上炭酸ガスを外部から添加しない「瓶内二次発酵」で造られている。シードル造りで苦労するのは、複数のりんごをミックスした「シードルミックス」の醸造。熱を加えず自然発酵させるため、毎年味わいが異なるという。

味わいが変わることは造り手にとっては不安だろうが、飲み手としては「今年の味は何だろう」と楽しみにできる魅力も備えているということだ。自然の力で造られたワインとシードルは、その年その年の土地や気候を反映した味を出す。
年ごとのお酒に出会うことは、新しい友達を作る楽しさに似ているのではないだろうか。

▶自然に寄り添うワインでありたい

自分たちのワインを「食べることが好きな人に、味噌汁を飲むように意識しないで飲んでほしい」という大和田さん。「ワインは嗜好品だからこそ、他のワイナリーと比べるのではなく自分たちのワインを好きになってくれる人に楽しんでくれれば」と、ワインへの思いを話してくれた。

そんな大和田さんに、お気に入りのワインについて尋ねた。大和田さん自身のお気に入りは「ヒムロット」のワイン。ヒムロットは、生食される品種の白ぶどうだ。ヒムロットのワインの「香り」が好きだという大和田さん。
ヒムロットから造るワインは、茹でる前のタケノコのような香りがするという。

亀ヶ森醸造所のヒムロットは、皮ごと醸しているため、褐色がかった色合いで深みがある。特徴あるその香りを楽しみたい1本だ。

▶個性的な取り組みとシンプルな思い

亀ヶ森醸造所では、他のワイナリーではあまり見られることのない個性的な取り組みを行っている。しかしそれらの取り組みは全て「個性的であること」を狙って行われたものではない。
高橋さんと大和田さんが持つ、シンプルな思いが形になったものだ。亀ヶ森醸造所の個性的な取り組みやワインの販売スタイルについて、3つ紹介していこう。

まずは、亀ヶ森醸造所のワインやシードルの瓶サイズについてだ。通常ワインボトルの容量は750mlだが、亀ヶ森醸造所では500mlや1800mlをそろえているのだ。なんと、他にボックスタイプの20リットルもある。

大きなサイズのワインをそろえる理由は「一升瓶ワインの延長で、毎日のワインにしてもらいたいという思いがあるから」だという大和田さん。
一方の500mlは飲み切りとしてのサイズで、色々なワインやシードルを試してもらいたい思いから生まれている。

ふたつ目に紹介するのが「コラボワイン」だ。亀ヶ森醸造所では、りんごとぶどうの果汁をミックスさせて醸造したワインが存在する。りんごとぶどうの「コラボワイン」は、ジョナゴールドとナイアガラを混醸しているのだ。

個性的なワインのアイデアは「料理を考えている時と同じようなイメージで浮かんでくる」のだという。足りないものがあれば補う、加えれば美味しいものができるのであれば加える。非常にシンプルな発想から生まれているのだ。

最後に紹介するのが、岩手発のクラウドファンディング「いしわり」を利用したことだ。なぜクラウドファンディングを利用したのだろうか?大和田さんに理由を尋ねた。

「ひとつには、新たに始める醸造所を地元に知ってもらうためのPRです。もうひとつは、人々が様々なことの立ち上げに直接関わっていくことが、新しい時代をつくっていくことになるという思いが私の中にあるからです」。

亀ヶ森醸造所は「今までこうだったから」「こうあるべき」といった既成概念に囚われず、シンプルに良いものを目指すため新しいことに取り組んでいるのだ。

『これからも、ただただシンプルに良いものを目指す』

亀ヶ森醸造所が今後新たに挑戦していきたいことは、栽培から流通に至るまで、より自然と共存した形を目指すこと。例えば「化石燃料を使わない」などの取り組みを目指していきたいと話してくれた。

大和田さんに将来どんなワインを造りたいかを尋ねると、返ってきた答えはとてもシンプルなものだった。

「今までと変わらず味噌汁のような存在のワインを造っていきたい」。

亀ヶ森醸造所が突き詰めるお酒造りの方針は変わらない。これからも変わらず、毎日飲んでも飽きることのない日常にそっとなじむお酒を目指し、栽培と醸造に励みつづけるのだ。

『まとめ』

土地の恵みがいっぱいに詰まった「ワインとシードル」を造る亀ヶ森醸造所。醸造所が目指すものはシンプルに、日常に自然になじむお酒を造り続けることだ。

土地ならではの味や魅力を感じる楽しみを、肩肘張らずに教えてくれるのが亀ヶ森醸造所のワインとシードル。ワイナリーに出向き、亀ケ森の地で生まれたお酒をその場所で楽しむオツな時間を過ごしてみてはいかがだろうか。

基本情報

名称亀ヶ森醸造所
所在地〒028-3204 
岩手県花巻市大迫町亀ケ森19-7-1
アクセス新花巻駅、花巻空港から車で約15分
HPhttp://kamegamori.com/

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