ぶどう本来のおいしさをワインに閉じ込める、『Cantina Hiro(カンティーナ ヒロ)』

山梨県山梨市牧丘町にあるCantina Hiro(カンティーナ ヒロ)。サラリーマンとぶどう栽培の兼業を経て、ワイン造りの世界に飛び込んだ広瀬武彦さんが、2013年から始めたワイナリーだ。
「ワインの善し悪しはぶどうで80%決まる。自分の畑で、どうクオリティーの高いぶどうを作るかしか考えていません」と広瀬さん。ワイン醸造のための高品質なぶどう作りに心血を注ぎ、ぶどうの果実感が楽しめるワインを生み出している。

『はじまりは、ぶどう作りから』

東京のNECに就職し10数年働いたのち、生まれ故郷である山梨県に戻ってきた広瀬さん。

「30歳のころ山梨県にUターンし、NEC関連のIT企業で働き始めました。ぶどう作りを兼業で始めたのは40歳くらい。母が寝たきりになり、父が介護をするようになってぶどうを作れなくなってしまったからです。初めは何をすればいいかが全くわからず、嫌でしょうがなかった。父に聞いても喧嘩になるだけで、途方に暮れて畑で寝そべっていたら、近所のぶどう栽培農家のおばさんが『大丈夫だよ、木がちゃんと教えてくれるから。だから木と話をしなさい』と言うんですよ。当時は木と話なんてできるわけないだろうって馬鹿にしていましたが、ぶどう作りを始めてから『あの言葉はこういうことだったのか』とわかるようになってきましたね」

そこから、広瀬さんはサラリーマンをしながら、巨峰やシャインマスカットなど生食用のぶどう作りを着実に行ってきた。

『兼業から、ワイン醸造の道へ』

サラリーマンとぶどう作りの兼業を続けていた広瀬さんが、ワイン造りの道に入ったのは2013年。55歳になって体力的に兼業が辛くなり、さらにサラリーマンとしての人間関係に煩わしさを感じるようになってきたからだという。

「仕事での人間関係に悩んでいたときに、なべさんという先輩が『ヤマ・ソービニオンっていうワイン用のぶどうを作っているが、儲からないからお前が作れ』っていうんですよ。
『儲からないものを作るなんて嫌ですよ』ってその場では断ったんだけど、よくよく考えてみると、なべさんの畑を借りればすぐにワインを醸造することができると考え、ワイナリーを造ろうと思ったんです」と広瀬さんは語る。

ワイナリーを造ることを決意した後、勝沼のワイナリーにワイン醸造を指導してもらい、2013年1月からワイン造りを本格的にスタートさせたのだ。

『栽培が難しい、イタリア品種を扱う』

ワイナリーの立ち上げ準備を始めた広瀬さんは、まず「栽培する品種」「ワイナリーの個性」「名前」をどうするか、その3つから考え始める。

「さまざまなワイナリーをまわってみると、品種はメルローやシャルドネ、甲州などを使っているワイナリーが多かったんです。個性を出すために他のワイナリーで扱っていないものがいいと探っていたら、イタリア品種はほとんど扱われていない。理由を尋ねると、『赤ぶどうの色が出しにくいし、栽培が難しい』と言うんです。
それならイタリア品種を栽培しようと決心しました。日本で購入できるイタリア品種は少なく、当時購入できたのがネッビオーロとトレッビアーノでしたね。少し経ってから、ランブラスコとバルベラ、ピノ・ネロ、ピノ・グリージョの4品種の栽培も始めました」と品種を決めた経緯を語る。

栽培が難しいイタリア品種を選んだのは、「人がやらないことをやる」というサラリーマン時代の経験と、ぶどう作りの栽培技術を持つ広瀬さんだからこその選択だ。植えたイタリア品種は、成長中の芽を2度、鹿にすべて食べられてしまうという苦労もあったが、あきらめずに試行錯誤を繰り返し、現在はリリースの目途が立つまでになっている。

『2大柱はヤマブドウ系とイタリア品種』

イタリア品種の扱いを決めたこと。当時、広瀬さんの三男がイタリアのピオモンテ州アスティで料理の修行をしていたこともあり、ワイナリーの名前もイタリア系にしようと決めた。
カンティーナ ヒロの「カンティーナ」は、イタリア語で「自社畑のぶどう100%でワインを造る小さなワイナリー」を表す。ヒロはもちろん、広瀬からとっている。

カンティーナ ヒロの出発点は、広瀬さんの先輩であるなべさんから譲られたヤマ・ソービニオン。今では、出発点という意味のイタリア語を商品名とした「Partenza(パルテンザ)」という看板商品に醸造されている。
「ヤマ・ソービニオンに加えて、ヤマ・ブランという白ぶどうも植えています。カンティーナ ヒロの大きな柱は、ヤマブドウ系とイタリア品種。また、牧丘町は巨峰の産地でもあるので、巨峰のスパークリングも造っています」と広瀬さんは品種について語る。

『ぶどう本来のポテンシャルをワインに』

取り扱う品種のほか、カンティーナ ヒロのもう一つの個性は「ぶどう本来のポテンシャルをワインにする」という広瀬さんの考えだ。補糖も補酸も一切しないと断言する。

「ぶどうが持っている酸と、ぶどうが持っている糖でワインを造る。ぶどうは完熟させると糖度が上がりますが、完熟させるまえに虫や病気に侵されてしまう。ぶどう本来のポテンシャルを出すために大切なのは、完熟するまで虫や病気に侵されない健全なぶどうを作ることです。そのためには、良い微生物がたくさん生息する良い土作りが重要です」

『良い土でこそ、健全なぶどうが育つ』

「おいしいワインを造るには、ぶどう自体がおいしくなければならない」「おいしいぶどうとは、ぶどう品種本来のコク、味、酸、糖度を兼ね備えてるもの」そして、「良いフカフカな土でぶどうを育てないと、健全なぶどうはできない」というのが広瀬さんのぶどう作り、ワイン造りの信念である。

草生栽培が良い、悪いではなく、耕うんするかどうかも栽培家の考え方一つ。農薬を使わないに越したことはないけれど、一番重要なのは「本当の土ができて、本当の健全な木ができること」。そうでないと、おいしいぶどう・ワインはできないと考えている。

「自然派ワインが脚光を浴びていますが私の考えは異なります。無農薬だけど低品質のぶどうでワインを造るより、最低限の農薬を使った良いぶどうでワインを造る方が良いワインになると思う。もちろん農薬をやたらめったら使うのではなく、定められた基準の中で、天候や土、木を見ながら自分の考えで減らして使っています」と広瀬さんは話す。

また、土ができないと健全な気が育たない、土ができてこそ農薬を減らすことが出きるという信念をもって栽培・土づくりを行っている。

『木と話す=木を観察すること』

ぶどうを栽培するときに、広瀬さんが特に注意して見ているのは天候だ。2020年は6・7月の雨が多く、病気にならないよう気を張っていたという。
天候は毎年変わるので気が抜けないし、木によって必要な対処は異なる。

「品種によって木の特性は違いますし、枝の張り方を見て枝をどれくらい残すかも変えている。強い木もあれば、弱い木もあります。木と話をするというのは、よく木を観察しろということ。観察すれば、木が自身の状態を教えてくれるということだったんです」と、近所のぶどう栽培農家のおばさんの言葉の意味を今では深く理解し、栽培に活かしている。

長年生食用のぶどう作りを経験してきた広瀬さんだからこそ、質の良いぶどうを作るために最適な木の状態が判断できるのだ。

『生食用の栽培技術と経験を活かす』

イタリア品種の栽培の難しさはどのようなところにあるのか。

「ネッビオーロはイタリアのバローロで、ワインが1本10万円、100万円で売られることもある品種。2012年に植えてから、一番苦戦しています。特に木の強弱で剪定を変えないといけない、ぶどうの色づきが悪いところが本当に難しいですね。また、新梢によって実がつかないこともあり、原因を究明中です。最近では栽培方法も大体わかってきたから、ここからが勝負です」と広瀬さんは自信をのぞかせる。

失敗してもあきらめずに試行錯誤を重ねるのは、広瀬さんがこれまで培ってきた生食用のぶどう栽培の技術を持つことと、経験によるところが大きいのではないか。生食用と同じ棚栽培でワイン用のぶどうを育て、培った栽培技術と経験を応用しているのだ。

「新梢の強い枝がある場合に弱める方法や、品種によって摘心を変えたり、ぶどうの色を黒くするためにどうすればいいかなど、棚栽培や生食用の栽培技術を知らないとできないことがいろいろあります。例えば、ぶどうの色付けにも技術が必要で、太陽にあてればいいと思っている人も多いけれど大きな間違い。直光着色と非光着色など、ぶどうの品種により色付きは異なります。例えば、シャルドネや甲州は光を当てる直光着色、黒系ぶどうは栄養分で黒く色付く散光着色です。散光着色種の巨峰に色付けする場合、ひと房を30~35粒にし、1粒につき1枚の葉面積で吸収する養分が必要となり、ぶどうに色付けを行います」

栽培の難しい品種だからこそ、うまくいかなければ今まで培ってきた知識と経験から原因を探り、試行錯誤を続けてきた苦労の甲斐があり、ネッビオーロのぶどう・ワインは納得のいくワインの完成まで今一歩のところまでに迫っている。

『毎年同じ品質のぶどうを作りたい』

良い土を作るために、肥料を多く使えばいいかというとそうではない。肥料をたくさん使うほど、木が暴れてしまい良い実がつかず、虫がつきやすく、病気になりやすいという。

「肥料は最低限がいい。最低限を見極めるために、土壌分析をしたり、土を食べて味をみています。まだ正解はわかりませんが、味の違いはわかりますよ」と広瀬さん。

土作りに力を入れる広瀬さんが目指すのは、天候に関係なく、毎年同じぶどうを作る栽培のプロフェッショナルだ。

「雨量が多いと病気に侵されてしまう農家もいますが、天候に関係なく毎年同じものを作るすごい人がいっぱいいる。生食用であろうが、ワイン用であろうが、私も毎年同じ品質のぶどうを作ることを目指しています」と話す。

『ぶどう本来の香りと糖度、コクを出す』

ぶどうの善し悪しでワインの味わいが80%決まると考えるからこそ、広瀬さんには並々ならぬぶどう作りへのこだわりがある。

気候や土壌に合わせて品種を選ぶのではなく、この畑でいかにクオリティーの高いぶどうを作るか。そのために天候を注視し、良い微生物が住みやすい土作りに精を出す。それしか考えていないという。

広瀬さんにとって、質の高いぶどうとはどのようなものだろうか。

「例えば、シャインマスカットの味を聞くと、甘くておいしいという人が多い。でもそんなのはだめで、本当のシャインマスカットは、ハーブのような香りが鼻からぬけるように感じるもの。ぶどうが持つ香りと糖度、コクが感じられてこそ質が高いといえる。どんな品種であれ、ぶどう本来の香りと甘み、味わい、コクをいかに出すかが重要なんです」

目指すぶどうのクオリティーを高く設定し、毎年試行錯誤を繰り返す。そんな広瀬さんが生み出すワインには、もちろんたくさんのファンがついている。

『ぶどうのイメージが湧くワイン』

ぶどうをワインに醸造する工程では、温度管理などの基本をしっかり行いながら、余分な薬剤などは使わず、ぶどう本来のポテンシャルをワインに閉じ込める。
ワインを飲んだとき、果実そのものを飲んでいるという印象を持ってもらいたいという。

「カンティーナ ヒロのワインを飲んで目を閉じたら、ロケーション、ぶどう畑のイメージが広がるようなワインを目指しています。このフルーティーなぶどうは、どんなところで育ったんだろう、一度行ってみたいなあとか。ぶどうを食べているみたいだなあと思って、幸せを感じてもらいたい」と広瀬さん。

ワイナリーを始めたころは、醸造についてまったくわからずとても苦労したそう。
ただ、広瀬さんの長男がシャトー酒折(https://www.sakaoriwine.com/)にお世話になったり、ニュージーランドに修行に行った経験もある醸造家で、今は助けてもらいながら醸造している。

近い将来、ワイナリーを長男に任せたいとも考えている。

『シンガポール最高級のホテルで採用』

広瀬さんは、生み出すワインについて「ポジティブな話や未来を語りながら楽しく飲んでほしい」と希望を語る。

商品名の一つである「Felicissimo(フェリシモ)」は最高に幸せを表すイタリア語、「Regalo  felice(レガロ フェリーチェ)」は幸せの贈り物を意味している。

実は、カンティーナ ヒロのワインは、シンガポールの最高級ホテルであるラッフルズ・ホテルの売店で販売されている。

シンガポールのバイヤーが気に入り、持ち帰ってくれたことから縁ができたそう。ラッフルズ・ホテルの客に認められれば、次は部屋に置かれ、将来的にはレストランで使ってもらえるようになるかもしれない。

広瀬さんはたまたま運がよかったというが、「ぶどうの果実実が感じられる」と評価されての採用であった。

『ジビエのレストランを作りたい』

「今考えているのは、ワインに合うジビエのレストランを作ること。イタリアで修行をしてきた三男は狩猟もやっており、彼が自分で鹿などを捕獲して解体、料理を出して、それに合うワインを味わってもらえるレストランの開店を計画中です」と広瀬さんは少し先のプランを打ち明ける。

さらに、シンガポールからワイナリーのファンを招いてぶどうの収穫をしてもらい、できあがったワインを送る体験型プランも考えているという。

もともとカンティーナ ヒロでは、年に数回イベントを行っていた。
2月に焚火をしながら焼き芋とスパークリングワインを楽しむイベントを行ったり、5月にぶどうの新芽を天ぷらにして食べるイベントを行ったり。

新型コロナウイルスの影響がなくなれば、広瀬さんのアイディアから、これまで以上に面白いイベントが企画されることだろう。

『ワイナリーを通して人と出会う』

サラリーマン時代とまったく異なるのは、人との出会いだと言い切る広瀬さん。

「クライアントや同僚としか出会えなかったサラリーマン時代と比べて、今は不特定多数のさまざまな人と知り合うことができる。人間としての幅を広げることができると感じています」と話す。

ワイナリーを始めたことで、人と出会い、出会った人に夢を語る。出会いが財産であり、人と話をしているとポジティブになれるという。

さらに、「自然が相手だから苦しいこともあるけれど、努力すればするだけ結果がでる。目標があるから頑張れます」とワイン造りの魅力を語る。

『必要とする店に、ワインを届けたい』

広瀬さんの今の悩みは「カンティーナ ヒロのワインをわかってくれる、必要としてくれる店にワインを届けたい。けれど、どのように販路を広げればいいのかがわからない」ということだ。

どこでも飲めるワインではなく、大切に扱ってくれるところと長く付き合いたい。ワインは生き物なので、飲む人のもとへ届くまで、しっかりと品質を管理してくれる信頼できるお店に預けたいのだとか。

ただ、そのこだわりは、一般ユーザーにとって何より安心できるものでもある。つまりカンティーナ ヒロのワインを、常に最適な状態で味わえるということに他ならないからだ。いつか、日本はもちろん、世界のさまざまな地域で、カンティーナ ヒロのワインに出会える日がくるかもしれない。

『まとめ』

生食用のぶどう作りから、ワイン造りの道へと進んだ広瀬さんが、唯一無二のワインを生み出すカンティーナ ヒロ。

良い微生物が繁殖する土作りで、ヤマ・ソービニオンやイタリア品種を強く育てあげ、香りや甘み、コクを余すことなく感じられるおいしいぶどうでワインを生み出している。試行錯誤の結果、今ではシンガポールの最高級ホテルで採用されるまでに成長した。

新型コロナウイルスの影響下であっても、サラリーマン時代の企画力を活かし、現在はワインに合うジビエ料理を提供するレストランの開店を計画中だ。
カンティーナ ヒロのワインをジビエとともに味わうことで、どのような感動を与えてくれるのか。たくさんのファンが楽しみにしている。

基本情報

名称Cantina Hiro(カンティーナ ヒロ)
所在地〒404-0003
山梨県山梨市牧丘町倉科7143
アクセス塩山駅から車で18分 
勝沼インターから車で30分
HPhttp://cantina-hiro.jp/

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