『ドメーヌ・フジタ』畑ごとのテロワールを映し出した味わいのワインを目指す

長野県小諸市にあるワイナリー「ドメーヌ・フジタ」は、神奈川県川崎市の高校で社会科の教師をしていた藤田正人さんが設立したワイナリーだ。「生きた地理」を教えたいと考えて世界を旅する中で、ワインに興味を持った藤田さん。

2015年からぶどうを植え始め、2018年には委託醸造によるワイン造りをおこなった。2021年には初の自社醸造にこぎつけたが、病に倒れて2022年6月に急逝。

藤田さん亡き後、ドメーヌ・フジタを引き継いだのは織田徹さんだ。愛知県名古屋市出身で、自動車関連企業に勤務した後、経営コンサルタントとして活躍してきた経歴を持つ。千曲川ワインアカデミーの7期生としてぶどう栽培とワイン造りを学んでいるとき、ドメーヌ・フジタと出会ったことが織田さんの運命を変えたのだ。

織田さんが目指すのは、畑の個性をしっかりと表現した味わいのワインを造ること。ドメーヌ・フジタの畑を管理し、2023年から自社でのワイン醸造を再開した。

今回はドメーヌ・フジタ設立の経緯から現在までのストーリーと、ぶどう栽培・ワイン醸造におけるこだわりについて、代表取締役の織田さんにお話を伺った。あわせて、ドメーヌ・フジタがこれから目指す姿についても迫ってみたい。

『ドメーヌ・フジタ 設立から現在まで』

ドメーヌ・フジタの創業者である藤田さんがぶどう栽培を始めたのは、2015年のこと。フランス・ブルゴーニュで現地のワインに感銘を受け、自分もぶどう栽培とワイン造りを始めたいと思ったのがきっかけだった。高校教師をしていた藤田さんは、生徒思いかつ型破りな人柄で、ときには生徒を連れて海外を旅することもあったそうだ。

教師を退職後、2015年に「千曲川ワインアカデミー」の1期生として参加した藤田さん。自らの夢を叶えるため、ワイナリー設立に向けて学び始めたのだ。 

「ブルゴーニュは小さなワイナリーが多い場所で、家族経営のような小さな組織ごとに、自分の造りたいワインをそれぞれが造っています。藤田さんも、独自性のあるよいワインを造りたいという思いを持ち、ワイナリーを立ち上げたと聞いています」。

▶︎小諸市でぶどう栽培をスタート

ぶどう栽培に適した場所を探して全国をまわった結果、長野県小諸市の糠地(ぬかじ)区が藤田さんが理想とする特徴を持つ土地だとわかった。

藤田さんがワインぶどうを植えることにした畑の標高は、900m前後。富士山、八ヶ岳から北アルプス、浅間山も見渡せる眺望の良い場所にあり、藤田さんはその土地に出会えたことに運命を感じたそうだ。

理想の土地だと感じた最初の畑にピノ・ノワールを植え、ドメーヌ・フジタのぶどう栽培がスタートした。その後も畑を徐々に増やし、小諸市内の4か所でぶどう栽培をおこなうに至った。

苦労しながらも夢に向かって着実に歩みを進め、2018年からは委託醸造でワインを造った。そして2021年には、自宅横に醸造場を建設してワイナリーをオープン。念願の自社醸造ワインを完成させた。だが、その2021年ヴィンテージが、藤田さんの手による唯一のワインとなったのだ。

「日本とフランスでは気候風土が異なるため、出来上がるワインの味わいはもちろん違います。ブルゴーニュのワインに感銘を受けた藤田さんですが、ブルゴーニュの真似をするのではなく、小諸市ならではの美味しさが感じられるようなワインを造りたいとの思いで醸造に取り組んでいたようです」。

▶︎織田さんとドメーヌ・フジタの出会い

織田さんが藤田さんに初めて会ったのは、2021年12月のことだった。当時、千曲川ワインアカデミーでぶどう栽培とワイン造りを学んでいた織田さんにとって、藤田さんはアカデミーの先輩に当たる。

「千曲川ワインアカデミーを通じて、ドメーヌ・フジタの研修生を募集しているという案内が出ていました。ぶどう栽培やワイン造りの実践的な経験を積める場所を探していたので、応募してお話を聞くことにしたのです。お会いした藤田さんは話好きな方で、自社醸造でよいワインができたと、生き生きされていました。ぶどう栽培やワイン造りに関していろいろな話をしてくれて、一緒にやろうと誘ってくださったのです」。

当時、愛知県名古屋市に住んでいた織田さん。愛知と長野は遠距離のため、定期的に通うことができるのかといった不安もあったが、さいわい冬季は作業量が少ない時期だ。そこで、まずは月に1度通うことにして研修をスタートさせた。

だが、その後事態は急変する。2022年4月に、藤田さんが体調を崩して突然入院することになったのだ。ちょうど畑の作業が忙しくなるタイミングだったため、春先の剪定を始めて丁寧に整えた畑をそのままにしておくことはできない。そこで藤田さんは、自分の代わりに畑の面倒を見てもらえないかと織田さんに相談した。

「そのときは、半年くらい頑張れば藤田さんが復帰されるだろうと思いました。そこで畑の管理を引き受けることにしたのです」。

▶︎ドメーヌ・フジタを引き継ぐ

秋頃までには復帰するつもりという藤田さんの言葉を受けて、一緒にぶどう栽培とワイン造りをすることを楽しみにしていた織田さん。だが、希望むなしく2022年6月に藤田さんは急逝し、叶わぬ夢となったのだ。

藤田さんが亡くなる直前、畑だけではなくワイナリー全体を引き継ぐ気はないかという打診を受けていた織田さん。しかし、当時の織田さんは、愛知県の知多半島でぶどう栽培とワイン造りをするつもりで準備をすすめているところだった。すでに自分の畑を持って、ぶどう栽培をスタートさせていたのだ。愛知と長野という離れた土地で、果たして掛け持ちでの対応は可能なのか。

ドメーヌ・フジタの畑の状況を一番把握しているから、という藤田さんから託された思いを胸に、悩んだ末に引き受けることにした織田さん。だが、現実はそう甘くはなかった。

「なんとかなるだろうと考えていたのですが、1か月もしないうちに掛け持ちは難しいことを思い知らされました。そこで、名古屋の仕事を縮小して小諸との行き来を減らし、できる限りドメーヌ・フジタの仕事に集中することにしたのです」。

急なことだったので、畑での作業は遅れる一方。ましてや未経験の醸造まで考える余裕もなく、2022年のワインの委託醸造について、同じ地区にあるワイナリー「Terre de ciel(テールドシエル)」の池田社長に相談した。当時、地域生産者の委託を一手に引き受けて多忙を極めている中にも関わらず、池田社長は産地を盛り上げるためにと醸造を引き受けてくれたそうだ。

そして2023年には、愛知の畑を人に譲って本格的に拠点を小諸市に移した織田さん。名古屋での経営コンサルタントの仕事も店じまいした。

将来的にはぶどう栽培とワイン醸造を始めるつもりで千曲川ワインアカデミーで学んでいたとはいえ、急な展開に戸惑ったに違いない。だが、引き受けるからには手を抜くわけにはいかないと心に決め、ドメーヌ・フジタでのぶどう栽培とワイン造りに集中する生活をスタートさせたのだ。

『ドメーヌ・フジタのぶどう栽培』 

ここからは、ドメーヌ・フジタのぶどう栽培について紹介していきたい。自社畑で栽培しているぶどうは3品種。ピノ・ノワールとシャルドネ、ソーヴィニヨン・ブランである。

ブルゴーニュに魅せられてワイン造りを志した藤田さんが、ブルゴーニュで多く栽培されている品種を選んだであろうことは想像に難くない。

自社畑の特徴と、ぶどう栽培をする上で重要な小諸市の気候、ぶどう栽培におけるこだわりについて尋ねてみた。

▶︎自社畑の特徴と気候 

自社畑の標高は900mほど。土壌は火山灰性の黒ボク土がメインで、区画によっては粘土質のところもある。

雨が少なく日照時間が長い小諸市糠地区は、標高が高いとはいえ夏場の日中は30℃以上まで気温が上昇する。だが夜温は下がりやすく、昼夜の寒暖差が大きいのが特徴だ。また、畑の周りにさえぎるものがないため風が吹き抜けていく。

近年の気温上昇に地元の人は悲鳴を上げているというが、名古屋出身の織田さんにとっては、温度だけでなく湿度が低いこともあって非常に過ごしやすい環境だという。

ドメーヌ・フジタの自社畑では、垣根栽培を採用している。小諸市は長野県の中では雪が少ないエリアのため、降雪はあってもほとんど積もることはない。しかし、自社畑がある地区は標高が高く冬季の寒さは格別だ。樹を無事に越冬させるために、幹を藁(わら)で巻いて保護する必要がある。

今年新たに1か所の畑を開設して合計5か所となった自社畑は、いずれも日当たりがよい傾斜地にある。第一圃場である日向山の畑は、大きく開けた斜面のど真ん中にあり360度の展望が開ける見晴らしがよい立地だ。

「藤田さんが小諸市でのぶどう栽培を決意したのは、日向山の畑と出会ったからだそうです。丘の上にあるので心地よい風が吹き抜け、富士山や北アルプスなどの山々を一望できますよ」。

▶︎手を抜かず、試行錯誤を続ける

畑を管理する上で織田さんが気を付けているのは、栽培管理のどの段階でも手を抜かないことだ。

「植物はとても正直で、きちんと手をかけると素晴らしい実をつけてくれます。しかし、手を抜いているわけではなくても、手入れが追い付かなければ病気や害虫被害が発生します。そのため、いかに畑全体をまんべんなく手入れできるかを重視しています」。 

圃場は全部で1.5haほどあり、基本的に織田さんがひとりで管理している。栽培管理の工程ごとに畑を順に回りながら作業を進めるが、成長が早い夏場には作業が追いつかないこともある。畑をひと回りして最初の地点に戻ると、もう手がつけられないほど荒れてしまっていることも珍しくなかったそうだ。

「ドメーヌ・フジタでぶどう栽培をするようになって、初めは戸惑うことばかりでしたね。どのタイミングで何をしなければならないか、今の作業がどのような結果をもたらすかが分かっておらず、失敗を繰り返しながら手探りで進めていたのです。そして、ひとつずつ課題を克服してきました」。

小諸市に移住してすぐの頃は、丁寧に作業しすぎたために、畑を一巡するのに時間がかかりすぎてしまったことがある。いったん遅れが生じると、それを取り戻すためには2倍3倍の手間がかかる。そんな時に遠くから駆けつけてくれる仲間に何度救われたかわからない。よい状態を維持できなかった畑は収量が下がり、管理の良し悪しがはっきりと結果にあらわれたそうだ。

手間をかけすぎるよりも適度なスピード感を持って作業を進めたほうがよいことがわかったため、これまでの経験を生かして作業方法を段階的に進化させていく。

「畑全体をよい状態に維持できるよう、加減しながら対応する方針に変更しました。手は抜かず、いかに効率的に作業を進めるかのバランスが難しいです。よいぶどうを作ることは、よいワインを造るための絶対条件です。優れた品質のぶどうを収穫できるように取り組んでいきたいです」。

藤田さんと一緒にぶどう栽培をする時間はほとんど持てなかったが、ぶどうの樹を見ていると、藤田さんの考えや栽培の仕方などがわかることがあって感慨深いと話してくれた織田さん。 

今後は、新しい道具の導入や栽培手順の組み直しなどをおこない、さらに効率よく栽培していける体制を整えていく予定だ。

『ドメーヌ・フジタのワイン造り』

次に、ドメーヌ・フジタのワイン造りに話を移そう。

織田さんが目指すのは、土地の味わいがしっかりと表現されたワイン。「この畑で獲れたぶどうが、このワインになった」と感じられることに重点を置いている。これは、かつて藤田さんが目指していたものと同じだ。

醸造段階でテクニックを駆使するより、まずは品質のよいぶどうそのものを使うことが重要だと考えているドメーヌ・フジタのワイン造りについて見ていきたい。

▶︎基本に忠実な醸造でリスクを減らす

織田さんがドメーヌ・フジタを引き継いだのは、2022年のこと。ワインは委託醸造したが、実は少量の試験醸造を自社でも実施していたそうだ。

初めての試みは失敗だらけ、2023年は無事にリリースできる品質のワインを造ることを目指した。気をつけたのは、とにかく基本に忠実なワイン造りを実行することだ。

「まず強調したいのは、藤田さんが目指した『補糖・補酸をしないワイン造り』を踏襲することです。そのために必要なのは、糖度と酸度がともに高いぶどうを作ること。ぶどう果汁の糖分はアルコール発酵に絶対必要なものですが、糖度が上がるのを待っている間に酸度がどんどん下がってしまうのです。両立させるのは結構難しく、藤田さんがこの地を選んだのは、それが可能な気候風土であると信じたから。ドメーヌ・フジタではこれまで一度も補糖・補酸をせずにワイン造りができています」。

醸造の過程で余計なことをすると、劣化のリスクが高まる。そのため、酸化しないように配慮しながら仕込みをおこなう。手間暇かけて育てたぶどうが持っているポテンシャルを損うことなく、いかにそのままワインに繋げるかがポイントだ。醸造に関しては藤田さんと同じプロセスを維持しつつ、必要な部分は変更することも含めて、とにかく結果としてよいワインを造ることを目指しているのだ。

醸造におけるこだわりポイントをどこにおくかは、醸造家それぞれに違う。だからこそ、出来上がるワインには多様性が生まれるのだろう。

織田さんの目指すところは、藤田さんと同じ「テロワールの表現」ではあるが、アプローチは人それぞれ違って当たり前。これからもヴィンテージを重ねるごとに、織田さんは自分だけのオリジナリティを追求しながらワインを造り続ける。

▶︎ドメーヌ・フジタのワイン

ドメーヌ・フジタの2021年ヴィンテージは、藤田さんが生前に仕込んだ最初で最後のワインだ。2023年にリリースし、全5銘柄とも完売した。

「藤田さん自身は出来上がりに100%満足していなかったようなのですが、飲んでいただいたお客様からは大変好評でしたし、私も素晴らしい出来だと感じています。瓶詰めして2年経ったことで、ポテンシャルがより発揮されたのかもしれません。お客様からお褒めの言葉をいただくたびに、藤田さんに直接伝えられたらどんなに良かったかと思います」。

2024年にリリースするのは、委託醸造で造った2022年ヴィンテージのワイン。樽仕込みの「日向山ピノ・ノワール」と「井子シャルドネ」、ステンレスタンク仕込みの「清水端ソーヴィニヨン・ブラン」の3銘柄である。生産本数はとても少ないが、畑を引き継いだばかりで苦労した思い出とともに、たくさんの人に助けられ励まされて出来た感慨深いワインである。

続く2023年は、前年よりも収量が回復し、とてもよい品質のぶどうが収穫できた。織田さんがドメーヌ・フジタで手がけたファースト・ヴィンテージとなるワインは、3〜4銘柄としてリリースする見通しだ。

「自分が造ったワインは、まだ自信が持てる段階に至っていません。しかし、藤田さんのワインの例でもわかるように、造り手と飲み手の感じ方にはギャップがあるものです。ワイン造りとはそういうものだと思うので、飲んでくださる方の記憶に残り、また飲んでみたいと思って楽しんでもらえれば嬉しいです」。

2023年のピノ・ノワールは質量ともによかったので、期待したいと話してくれた織田さん。しっかりと熟成させるため、リリースは2025年秋以降になる予定だ。

▶︎ワインのストーリーを感じて欲しい

「ワインを飲んだお客様から美味しいと言っていただけるだけでありがたいですが、欲を言えば、ドメーヌ・フジタのワインのストーリーを感じながら飲んでほしいです」と、織田さんは語る。

理想とするのは、実際に畑を訪れた上で、ドメーヌ・フジタのワインのストーリーを感じてもらうこと。長野県小諸市の土地に惚れ込んで、ぶどう栽培とワイン醸造をしてきた藤田さん。そして、その志を引き継いだ織田さんの思い。心を込めて育てたぶどうをワインに醸し、リリースするまでの長い物語がまるごと詰め込まれているのが、ドメーヌ・フジタのワインなのだ。

「たくさんの方に、畑とワイナリーに遊びにきていただきたいです。お客様との接点を増やしていきたいので、お迎えできる施設や体制を整えていくつもりです。2024年の春には試飲スペースを整備しました。新しくできた展望デッキからは眼下に広がるりんご畑の向こうに富士山や八ヶ岳、北アルプスなどが一望できます。季節ごとに素晴らしい景色が望める糠地の景色の中でワインを味わって欲しいと考えています」。

『まとめ』

ドメーヌ・フジタのワインは、小諸市を中心とした長野県内での販売が中心だが、東京や横浜でも購入可能。小諸市の小宮山酒店と岸田酒店、JR小諸駅内の「E’CUVEこもろ」、東御市の「TOMI WINE CHAPEL」や「とうみワイン&ビアミュージアム」、軽井沢の「キリマン酒店」や「aVin」でもドメーヌ・フジタのワインに出会える可能性があるそうだ。

「最新の2022年ヴィンテージは生産本数が極めて少ないため地元限定販売で、小諸、東御、軽井沢の酒販店のみの取り扱いです。2021年ヴィンテージは東京・横浜の酒販店にも出荷しているので、在庫の有無は各酒販店にお問い合わせください」。

ドメーヌ・フジタのワインと出会えたら、織田さんが手塩にかけて育てたぶどうそのものの味わいをぜひ感じてみてほしい。

また、ドメーヌ・フジタでは、一緒にぶどう栽培やワイン造りをしてくれる仲間を募集中だ。すでに参加しているメンバーの中には東京や神奈川から通っている人もいて、自然の中での農業体験を大いに楽しんでいるという。

「ぶどうを収穫した後には、一年間農作業を一緒にしてくれた人たちと忘年会を開催し、リリース前のワインを味わって評価する会などもおこなっています。ぶどう栽培とワイン造りに興味がある方がいらっしゃれば、ぜひご一緒したいので、公式サイトの応募フォームからご連絡ください」。 

これからも確実に進化を続けていくであろうドメーヌ・フジタの取り組みに、引き続き注目していきたい。

基本情報

名称ドメーヌ・フジタ
所在地〒384-0809 
長野県小諸市滋野甲4162-221
アクセスhttps://kaze-nukaji.com/access/
HPhttps://kaze-nukaji.com/

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