長野県塩尻市の片丘地区にある「Yoshie Vinyard(ヨシエ・ヴィンヤード)」では、塩尻市出身の吉江豊さんがぶどう栽培をおこなっている。ワイン専用品種と並行して生食用品種も手がけているのが特徴だ。
委託醸造しているワインは補酸・補糖をおこなわず、ぶどうそのままの風味を生かした造りだ。
東京で家具職人をしていたが、故郷に戻ることになった際にぶどう栽培とワイン醸造の道に入ることを決意したという吉江さん。一体なぜ、就農することを決めたのだろうか。
今回は、Yoshie Vinyard設立の経緯と、ぶどう栽培やワイン醸造におけるこだわりについて吉江さんにお話を伺った。
将来的には醸造施設を作って自社醸造を目指すという目標を持って切磋琢磨するYoshie Vinyardのこれからについても、スポットを当てて紹介していきたい。
『故郷での「ものづくり」 Yoshie Vinyard設立まで』
塩尻市出身の吉江さんは、東京で家具職人として働いていた。建具や住宅の注文家具を製造する仕事は吉江さんにとって天職だったが、あるとき、家庭の事情で故郷に移り住むことになった。
「塩尻に戻ってどんな仕事をしようかと考えていた際に、長野県が主催していた『ワイン生産アカデミー』の存在を知ったのです。長野県内でワイン用ぶどうを生産し、将来のワイナリー設立を目指す新規参入希望者を対象とした施策でした」。
▶︎地元での就農を決意
以前はあまりワインを飲んだこともなかったと振り返る吉江さんだが、「ワインと漆器と街道の街」である塩尻市出身だけあって、ぶどう畑が広がる風景は子供の頃から見慣れた景色だった。そのためぶどうは、故郷で過ごした時期に身近にある存在だったのだ。
地元に戻って自分がやりたいことは何かを模索し、自分の才能を生かしながら、しかもやりがいある仕事を求めていた吉江さん。
塩尻市ならではの仕事といえば、ぶどう栽培とワイン造りではないか。勉強すれば自分でもワインが造れるかもしれない。考えれば考えるほど、ものづくりをしたい自分にとって、ぶどう栽培とワイン造りはぴったりの仕事だと思えてきた。そこで、「ワイン生産アカデミー」の受講を決めたのだ。
「ワイン生産アカデミー」の講義内容は多岐に渡り、新規参入事例の紹介から栽培・醸造技術、ワイナリー経営の基礎を学ぶことができた。また、同期として学んだメンバーは、今でも困ったときに頼れる心強い存在となった。
▶︎ぶどう栽培をスタート
2014年に塩尻市に戻った吉江さんだが、実家が農家というわけでもなく、ぶどうを栽培する人と知り合いというわけでもなかったため、すべてが手探りでのスタートだった。
当初は、長野県の「新規就農里親制度」を利用するつもりだったが、諸事情により実現しなかった。その代わりとして、里親制度でお世話になる予定だった農家でアルバイトをさせてもらうことに。農家でぶどう栽培の手伝いをしながら、栽培について学んでいった。アルバイト先だった農家は独立後も気にかけてくれて、いろいろと相談にのってくれるなど、力になってくれたそうだ。
さらに、塩尻市にある「サンサンワイナリー」でもアルバイトをして、ぶどう栽培についての実践的な知識をつけていった。
そして、2015年には自社畑として利用できる畑を借り入れて整備を開始。ワイン専用品種を植栽して、Yoshie Vinyardとしてのぶどう栽培をスタートさせたのだ。
『Yoshie Vinyardのぶどう栽培』
Yoshie Vinyardが自社畑で栽培しているのは、赤ワイン用品種4種類と、白ワイン用品種2種類。いずれも、吉江さんが自ら選んで植えたものばかりだ。それぞれの品種を選んだ理由を尋ねてみた。
自社畑がある塩尻市の片丘エリアは、ぶどう栽培の歴史が短い地域だという。気候や土壌の特徴についてもあわせて見ていきたい。
▶︎Yoshie Vinyardで栽培している品種
吉江さんがぶどう栽培をスタートさせた頃は、日本国内で醸造用品種のぶどうの苗木が手に入りにくい時期だった。苗木商に注文しても、品種によっては2年待ちになることも珍しくはないという状況だったのだ。そのため、希望する品種の苗木を手に入れるのに非常に苦労したそうだ。
「当初は、『どうしてもこの品種が作りたい』という希望はありませんでした。むしろ、シャルドネのように広い地域で栽培されている品種以外を植えたいと考えていました。ワインを造ったときに、自分だけの個性を表現できる品種を探していたのです」。
当時、山梨県でワイナリーのコンサルタントや苗木商をしている方と知り合い、ぶどう栽培について教えてもらっていた吉江さん。苗木が手に入りにくい中ではあったが、その方に相談を持ちかけ、なんとか希望する条件に近い品種の苗木を分けてもらうことができたそうだ。
Yoshie Vinyardの自社畑で栽培している赤ワイン用品種は以下である。
- メルロー
- カベルネ・ソーヴィニヨン
- プティ・ヴェルド
- マルスラン
続いて、白ワイン用品種は以下だ。
- ヴィオニエ
- ソーヴィニヨン・ブラン
吉江さんがセレクトしたオリジナリティのある品種からも、「ものづくり」にこだわる職人気質の片鱗が感じられるのではないだろうか。
▶︎赤ワイン用品種の紹介
75aある自社畑で栽培するぶどうのうち、栽培量がもっとも多いのはメルローだ。
「メルローは、塩尻市での栽培実績が豊富な品種です。塩尻市の気候にあっていると考えられるため、メインで栽培する品種として導入しました。ボルドースタイルのワインを造りたいと考えたため、カベルネ・ソーヴィニヨンとプティ・ヴェルドも選びました」。
マルスランに関しては、ちょうど苗木を探していたときに、たまたま手に入った品種だったそうだ。実際に栽培しているマルスランを見せてもらう機会があり、その様子に非常に興味を持ったので植えることにしたのだとか。
色付きがよいため優れたワインになるポテンシャルを秘めたマルスランには、個性的な品種を探していた吉江さんに訴えかける特別な魅力があったのかもしれない。
▶︎白ワイン用品種の紹介
白ワイン用品種を選択した際に重視したのは、「塩尻の土地に合う品種」かつ「飲み手に喜ばれるワインを造ることができる品種」かどうかというポイントだった。
特にヴィオニエには、導入しているワイナリーがそれほど多くないところに魅力を感じた。温暖な地域を好むとされるヴィオニエだが、比較的冷涼な気候の塩尻市で栽培することに不安はなかったのだろうか。
「現時点での自社畑の気候は、ヴィオニエにはやや涼しすぎるかもしれません。しかし、気候が刻々と変化していて、温暖化も進んでいると考えられるため、近いうちに塩尻市の気温もさらに上昇していくのではないでしょうか。そのため、今後は徐々にヴィオニエの栽培に適した気候に変わっていくと予測しています」。
天候が安定せず、気候が常に変動していく中でのぶどう栽培には、大きなリスクが伴う。しかし、先を見据えて品種選びの段階からしっかりと対策をおこなっていくことで、より安定したぶどう栽培を実現することが可能となるのだ。
▶︎自社畑の特徴と、ぶどう栽培におけるこだわり
吉江さんが管理する畑は、塩尻市の片丘地区にある。自社畑の標高は760〜770mほどで、日本を代表するメルローの産地といわれる、同じ塩尻市の桔梗ヶ原地区よりも、若干標高が高いエリアだ。
自社畑の周囲にはソバや長芋、アスパラガスなどの野菜を栽培する農地が広がる。現在はぶどうを栽培している自社畑の一部も、以前はソバが栽培されていた土地だったそうだ。樹の仕立て方は、スタートが容易で拡張もしやすいため、垣根方式を選んだ。
土壌は赤土と黒ボクが混ざっており、粘土質ではあるものの、畑には傾斜があるので水はけにも問題はない。長野県内のぶどう栽培の地域としては新しい土地である片丘地区は、周りにさえぎるものがなく日当たりが非常によい。そのため、風通しがよく、ぶどう栽培には非常に適した畑だと感じているという。
吉江さんがぶどう栽培をするうえで重視しているのは、病害虫の発生を防ぐこと。少しでも手入れを怠ると、畑が全滅してしまう可能性もゼロではない。そのため、消毒はしっかりと実施する。並行して、風通しのよさを担保するために枝数の調整や房のまわりの除葉も念入りにおこなうことを心がけている。
「品質のよいワインを造るためには、品質の高いぶどうを作る必要があります。そのため、時間のある限り畑に通い、しっかりと観察しながら栽培管理をしています」。
ワイン用ぶどうの栽培を始めたのは2015年だが、のちに生食用のぶどうの栽培もスタート。生食用のぶどうは2023年から収量が増えてきたところのため、2024年以降の収量アップに期待が膨らむ。
『Yoshie Vinyardのワイン醸造』
Yoshie Vinyardのワインは、塩尻市内にあるワイナリーに委託醸造している。かつての委託先は「サンサンワイナリー」で、2021年以降は「Belly Beads Winery」だ。
「サンサンワイナリーさんに委託していたとき、ワイン造りについて多くのことを教えていただき、サンサンワイナリーさんがワイン造りに関して貫いている思想に感銘を受けました。ぶどうそのままの味わいを生かすことの大切さを学んだのです。ぶどうの魅力を最大限に引き出すためには、何よりもまず、よいぶどうを作ることが非常に重要だということを改めて実感しました」。
▶︎ぶどうそのままの味わいを生かす
ぶどう本来の味を引き出すため、ワイン醸造において吉江さんがもっとも重視しているのは、基礎に忠実に造ること。さらに、補酸・補糖はせず、年ごとのぶどうの特徴を引き出すことにも注力している。
「将来的に、自分の醸造所でワインを造るようになっても、目指すところは変わらないでしょう。健全なぶどうをしっかりと発酵させ、適切な管理をすることで美味しいワインを造ることが大切です。基本的なことをしっかりおこなうのが、実は一番難しいことかもしれませんね」。
自分自身が思い描くぶどう栽培とワイン造りを実現させるために突き進む中でも、本当に困ったときに助けてくれる仲間や先輩がたくさんいることは、とてもありがたいことだと話してくれた吉江さん。
実は2021年には、腰のヘルニアを発症してしまい、立っていられないくらいの痛みに苦しんだ経験がある。痛みを耐えながら栽培と醸造をする中で、周囲の人たちに助けられてなんとか乗り越えてきたからこそ、あたたかいサポートのありがたさを身にしみて実感したそうだ。
「とても大変な出来事でしたが、あの状況を乗り越えられたからこそ、今ではどんなアクシデントが起きても怖くないという気持ちになりましたね。おかげさまで、その後ヘルニアはよくなり、普通に生活が送れるようになりました」。
▶︎「Viognier 2022」
Yoshie Vinyardのワインのエチケットはシンプルなデザインで、卵がモチーフになっている絵柄だ。2021年は少しだけ殻に割れ目が入った卵で、2022年には卵の中からなにかが顔を覗かせていた。そして、2023年は卵の中の生き物が生まれかけているという風に、ヴィンテージごとの変化が楽しめる仕掛け作りがしてある。
エチケットに描かれたかわいらしい卵などの絵柄は、なんと吉江さんお手製の「消しゴムはんこ」なのだとか。手先が器用で、ものづくりが得意な吉江さんならではの特別なエチケットだ。消しゴムはんこをひとつずつ手押しして制作しているエチケットが貼られたボトルは、ワインを飲んだ後もそもまま飾っておきたくなる愛らしさだ。
そんなYoshie Vinyardからリリース済みの銘柄の中で、吉江さんがおすすめしてくれたのは、「Viognier 2022」。しっかりと香りを引き出すために低温発酵させ、絞る前にスキンコンタクトして皮を液体と一緒に3~4時間ほど漬け込んでから搾汁した。
使用しているのは、自社畑で栽培したヴィオニエ100%。華やかな香りとバランスがよい味わいが特徴だ。お客様からの評判もよく、「ヴィオニエの品種特性がうまく表現できた仕上がりだ」とのコメントをもらったそうだ。
Yoshie Vinyardのワインを飲んでほしいと思うシチュエーションについて尋ねると、誕生日などのお祝いごとや、特別な日の食卓で飲んでほしいとの回答だった。
「私が造ったワインを飲んで、楽しい気分になっていただければ嬉しいですし、嫌なことを忘れて気分を変えたいときにもおすすめです。例えば、かつての私みたいに腰が痛くて辛い日があっても、うちのワインを飲んで笑顔になってくれたらと思います」と、いたずらっぽい表情で話してくれた吉江さん。
晴れやかな気分になりたいと思った日の特効薬として、Yoshie Vinyardのワインが気分を上げる手伝いをしてくれるかもしれない。
▶︎「Merlot&Marselan 2021」
続いてもう1本、おすすめの銘柄を紹介しよう。「Merlot&Marselan 2021」は、自社栽培したメルローとマルスランを使った赤ワインだ。
「メルロー85%、マルスランが15%の混醸ワインです。補酸と補糖は一切しておらず、アルコール度数が12%あるのが特徴です。味わいでは、特にキリッとした酸が際立っているように感じますね」。
「Merlot&Marselan 2021」は、トマトソースのパスタやチキンのトマト煮込みなど、柔らかな酸味のある料理との組み合わせを試してほしい。
さらに、2022年ヴィンテージでは、ボルドースタイルのワインにも挑戦したYoshie Vinyard。メルロー主体でカベルネ・ソーヴィニヨンとプティ・ヴェルドをブレンドし、新しい味わいを目指した自信作だ。
「人を元気にできるワインを造ることができれば嬉しい」と話してくれた吉江さんが造るワインは、ぶどうの美味しさをストレートに表現しているのが最大の魅力だ。ぜひ、いくつかの銘柄を飲んで、品種それぞれの個性と美味しさが表現された味わいを感じてみてほしい。
『まとめ』
新規就農してから現在まで、さまざまな苦労を重ねながら歩んできた吉江さん。Yoshie Vinyard設立当初から、将来の目標は変わっておらず、自社醸造所でのワイン醸造を実現させることを目指している。
「ようやく委託醸造でワインが造れるようになったので、次は自社の醸造施設を作る夢に向かって進んでいきます。ありがたいことに応援してくれる人がたくさんいるので、立ち止まっているわけにはいきませんね」。
醸造用品種だけではなく、生食用ぶどうも栽培しているYoshie Vinyard。手がけているのは、シャインマスカットやクイーンルージュ、巨峰、クイーンニーナなど、そのまま食べて美味しい、消費者にも人気が高い品種ばかりだ。
生食用品種の栽培は、醸造用品種の栽培・スケジュールやワインの仕込み作業などとも両立ができるため、小規模事業者にとっては安定収入の確保にもつながる効果的な取り組みだという。
生食用ぶどうの収量が増えてきたら、自社で直売をすることも検討している吉江さん。自社畑の前を通る街道は、美しい眺望が楽しめる場所にある。Yoshie Vinyardにぶどうを買いに訪れたお客様は、景色を楽しみつつ好みのぶどうを選べる楽しさがあるというのだから、近くに行った際にはぜひ立ち寄りたいものだ。
「生食用ぶどうを買いに来てくださった方にも、ワインの紹介をしていきたいと思っています。よりたくさんの人に、Yoshie Vinyardのぶどうとワインを楽しんでいただきたいですね」。
さらに今後は、イベントへの出店などもおこない、Yoshie Vinyardの活動をもっと広く知ってもらうことにも積極的だ。自社醸造施設の設立も視野に入れながら、造ったワインをきちんと販売できるよう、販路の確保をすることなども直近の課題だと話してくれた。
最後に、自社の強みについて吉江さんに尋ねてみた。
「しっかりと手をかけて栽培して、収穫のタイミングもすべて自分の目で見て判断してコントロールしているところでしょうか。細かいところまで行き届いた管理ができているのは、小規模ならではの強みだと自負しています。今後どこかのイベントでうちのワインを見かけたら、ぜひ飲んでみてくださいね」。
ものづくりを愛し、生まれ育った塩尻市でぶどう栽培とワイン醸造を楽しんでいる吉江さん。Yoshie Vinyardのワインの味わいが気になった人も多いことだろう。今後も引き続き、Yoshie Vinyardの取り組みを追いかけて行きたい。
基本情報
名称 | Yoshie Vinyard(ヨシエ・ヴィンヤード) |
所在地 | 〒399-0724 長野県塩尻市片丘9975-4 |
アクセス | 塩尻ICから車で5分ほど |