岩手県西磐井郡平泉町は、世界遺産として有名な中尊寺があり、いにしえの物語を今に語り継いでいる地域だ。そんな平泉町にあるワイナリーが、「平泉ワイナリー」である。
「農事組合法人アグリ平泉」が運営する平泉ワイナリーは、2017年に創業。ぶどう本来の味をそのまま楽しめるワイン造りをモットーとしてきた。
2021年から栽培・醸造担当として活躍している武居紹子さんは異業種からワイン造りの道に入った。初めてだらけの環境のなかでも、果敢にぶどう栽培とワイン造りに挑戦してきたのだ。
平泉ワイナリーでは、生食用ぶどうも含めた8品種のぶどうを垣根仕立てで栽培。地元のベテラン農家や近隣ワイナリーなどの協力も仰ぎつつ、「平泉の山の畑シリーズ・Ora(オラ)」など、平泉の味を表現したワインを造っている。
今回は、平泉ワイナリーの2022年からの動向について、武居さんにお話を伺った。さっそく紹介していこう。
『2022〜2023年の天候とぶどう栽培』
まずは、平泉ワイナリー周辺の2022〜2023年の天候について振り返ってみたい。同じ地域であっても気候は毎年異なり、年ごとに特徴がある。気温や雨量など、さまざまな天候の要因がぶどう栽培に大きく影響してくるのだ。
「2022年は、ぶどうの生育期が始まる春に気温の低い日が続いたと記憶しています。そのため、花ぶるいもありましたね。また、2023年5月にも気温が下がった時期があり、遅霜の被害が発生しました。特に影響を受けた品種はヤマブドウです。遅霜は対策が難しいので、被害が拡大しないようにと祈ることしかできませんでした」。
▶︎遅霜や病害を乗り越えて
遅霜とは、ぶどうが芽吹いた後の4月以降に急激に夜温が低下したときに発生する霜のことだ。冬期はぶどうが休眠しているため、霜が降りても被害は出ないが、芽吹きの後に降りた霜は新芽を枯らすなどの被害をもたらすことがある。
また、2022〜2023年は、雨の影響による病気の発生が相次いだ。梅雨時の雨量が多かったため、2022年は黒とう病、2023年にはベト病が発生したのだ。
平泉ワイナリーがある平泉町は、幸い台風の被害はもともと少ない土地だ。そのため、遅霜や病気の影響から逃れた房に関しては、無事に収穫を迎えることができた。
毎年いくつもの試練が訪れるぶどう栽培ではあるが、武居さんは落ち込む様子も見せず、非常に前向きだ。
「確かに大変ではあるのですが、何が起きても対処できるだけのスキルをつけていかなければならないので、落ち込んでいるヒマはないですね。常に気持ちを切り替えて、できることをしていくしかありません。ぶどうに被害が出ると、もちろん精神的にもダメージを受けます。しかし、前を向いていくしかないのです」。
平泉ワイナリーには、困難に直面したときに支えてくれる心強い味方がたくさんいる。近隣のぶどう農家や県内のワイナリーの醸造家、県の普及センターの担当者、さらにはかつての学舎である「千曲川ワインアカデミー」の仲間など、多くの人が助言をしてくれるのだ。
「多くの方に助けていただき、アドバイスもたくさん受けました。畑の状況によって最善策は異なるので、確実に解決する方法を見つけるのは簡単ではありませんね。迷いながらですが、なんとか進むべき道を見つけてひとつずつ対応してきました」。
就農してからまだ数年の武居さんにとって、さまざまな事態に対しての判断を下さなければならないことは、非常に大きなプレッシャーだったことだろう。だが、天候と病害に悩まされた2年間は貴重な経験となったに違いない。
▶︎困難に打ち勝って前進
2021年に平泉ワイナリーに着任した武居さんが自社畑のぶどう栽培を実際に手がけたのは、2022年になってからのこと。2022年と2023年は、記録的な酷暑に襲われた年でもあった。例年であればお盆明けには朝晩の気温がぐっと下がることを実感する平泉町。だが、特に2023年は8月下旬以降も過酷なほどの暑さが長引いた。
「平泉町にずっと住んでいる方たちも経験したことがないというくらい、暑い日がずいぶん続きましたね。37℃くらいあったのではないでしょうか。日中は畑での作業も大変でした」。
そして迎えた収穫の時期。花ぶるいの影響が出た2022年に比べて、2023年は収量が一気に増加。しかし、暑さの影響もあって収穫作業が思うように進まず、収穫適期を過ぎても採りきれないぶどうが出てきてしまった。だが、そんな状況でもネガティブに捉えないのが武居さんのよいところだ。
「見方を変えれば、しっかりと完熟した状態で収穫できたと言えます。また、東京の『ワルン・ロティ』さんが収穫のお手伝いの人を連れてきてくれて、皆さんに収穫体験を楽しんでいただけました」。
「ワルン・ロティ」は、平泉ワイナリーの母体である「農事組合法人アグリ平泉」に小麦栽培を依頼しているパン屋だ。平泉ワイナリー創設の段階から関わりがあり、平泉ワイナリーのワインの販売もしてくれる心強い存在だ。
周囲の協力を得ながら、さまざまな経験を通して、平泉ワイナリーはまた一歩成長を遂げたと言えそうだ。
▶︎ワイン専用品種の収穫もスタート
平泉ワイナリーの自社畑で栽培しているワイン専用品種には、メルロー、シャルドネ、ピノ・ノワール、ソーヴィニヨン・ブランなどがある。2022年はまだ本格的な収穫量がなく、少量を試験醸造するのみだったが、2023年には樹の成長によって収量が格段にアップした。
ワイン専用品種の収穫は9月1日のソーヴィニヨン・ブランからスタート。10月中旬には、収穫時期がもっとも遅いピノ・ノワールを収穫した。
「2023年に品質がよかったのはシャルドネです。ワイン専用品種の収穫が本格的にスタートした初年なので、今後は樹が成長するにつれて、さらによくなっていくと思います。将来的には、自社畑で栽培するぶどうの中でワイン専用品種がメインになると思いますので、期待してほしいですね」。
『2022〜2023年のワイン醸造』
次に、平泉ワイナリーの2022年以降の醸造にフォーカスしたい。
平泉ワイナリーでは2021年から、ボジョレー・ヌーヴォーの解禁日に合わせて、「ひらいずみヌーヴォー」をリリースしている。本数限定ながら、地元で長く愛されているようにとリリースを続ける「ひらいずみヌーヴォー」。最新ヴィンテージの仕上がりはどうだったのだろうか。
また、ワイン専用品種が収穫できたため、新たな銘柄も登場した。それぞれについて詳しく紹介していこう。
▶︎より華やかな香りの「ひらいずみヌーヴォー」
2023年の「ひらいずみヌーヴォー」は、前年までよりもさらに美味しくなったとの評判だという。
「2023年は、熟度が上がってからぶどうを収穫したので、より凝縮感がある仕上がりになりました。ぶどうの味と品質がダイレクトにワインの仕上がりに影響することを実感しましたね」。
2023年ヴィンテージの「ひらいずみヌーヴォー」のアルコール度数は8度。深みがあり、鮮やかで可愛い色味が特徴だ。また、澱(おり)引きを丁寧に実施したため、より透明度がある仕上がりとなった。
2023年のぶどうは完熟していて一部に痛みもあったので、手作業で丁寧に除梗。果実の一部は破砕して仕込んだ。前年までよりも、より華やかな香りも好評だったという。
「ひらいずみヌーヴォー」の2023年ヴィンテージは、限定51本のみのリリースだ。当初は数が少なすぎるのではと仕込みを躊躇したが、毎年リリースし続けることに意義があるとのアドバイスを受けたため、造ることを決めた。
地域の人たちに、ワインをより身近に感じて欲しいとの武居さんの思いから生まれた新酒である「ひらいずみヌーヴォー」は、地元の道の駅限定で販売。造り続けることにより、平泉の欠かせない文化のひとつとして、地元に受け入れられるに違いない。
▶︎新たなラインナップが登場
2023年には平泉ワイナリーの新たなラインナップとして、メルロー、シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブランが加わった。それぞれ単一で仕込んだ銘柄だ。ワイン専用品種のぶどうでの仕込みは、武居さんにとって初めての経験だった。
「初挑戦だったので、学んだことを正確に実践して仕込みました。勉強になることばかりでしたね。今回仕込んだメルローは、オークチップで樽のニュアンスをつけようと考えています。今後は、新たな手法にも積極的に挑戦していきたいですね」。
ワインの味わいで、遊び心を表現してみたいと話してくれた武居さん。同じ品種でも時期をずらして仕込んだものがあるため、アッサンブラージュして味わいに深みを出すことも検討中だ。
武居さんが醸造の際に意識したのは、自分が造りたいワインではなく、それぞれのぶどうがどうすれば一番美味しいワインになるかだという。
「ぶどうの味を素直に表現することを目指したので、ぜひたくさんの人に飲んでいただきたいですね。普段の食卓でいつものメニューと合わせて、気取らず気軽に飲んでもらえたら嬉しいです」。
▶︎スパークリングワインとフィールドブレンドも醸造
ワイン専用品種のぶどうは、単一品種の銘柄以外に混醸も手がけたそうだ。
「メルロー、シャルドネ、ピノ・ノワールを混醸したフィールドブレンドも造りました。また、ナイアガラを使ってスパークリングワインも仕込んだので、リリースを楽しみにお待ちください」。
スパークリングワインは、平泉ワイナリーとして初めての試みだ。使用している品種はナイアガラ。華やかな香りが特徴のナイアガラは、スパークリングワインにふさわしいのではないかと考えたのだ。
平泉ワイナリー初のスパークリングワインは、2023年12月10日に限定50本ほどをリリースした。
「スパークリングワインは、地域のコンサートイベントで販売しました。地域を元気にしたいと考えている平泉町への移住者たちが主催のイベントです。皆さんに喜んでいただけましたよ」。
▶︎シードル醸造にも挑戦
平泉ワイナリーでは、2022年からシードル醸造にもチャレンジしている。「束稲山麓シードル」という銘柄で、原料として使用している「大文字りんご」は、ほとんどが地元である平泉町産のものだ。
「大文字りんごは非常に美味しいので、教科書通りに造るだけで美味しいシードルになるのです。素材がよいと美味しいお酒になると、シードル造りを通して改めて実感しました」。
だが、ワイン醸造とシードル醸造は工程に違いもあるため、難しさも感じるそうだ。特に、りんごを潰す工程に非常に手間がかかったという。また、ぶどうより果汁に含まれる栄養分が若干少ないため、使うべき発酵補助剤の種類もワインとは異なるのも難しい点だ。
シードルを造るにあたっては、岩手県大船渡市のワイナリー「THREE PEAKS(スリーピークス)」で研修を受けた武居さん。
「たくさんアドバイスをいただき、本当にみなさんのおかげで美味しいシードルが造れました」。
「束稲山麓シードル」は、高島平のレストラン「La Cutalina(ラ・クッタリーナ)」や、京島の「Spencer’s Vineyards(スペンサーズ・ヴィンヤーズ) クラフトワインショップ」など、東京都内でも取り扱いがある。いずれも、ソムリエ資格を持つオーナーが経営している飲食店だ。
「ソムリエさんが『美味しい』と評価してくださって、自分の店に置こうと決めてくれたことが本当に嬉しかったですね。大きな自信につながりました」。
『まとめ』
新しいことにどんどん挑戦し、どんなことでも困難ではなく楽しいことだとポジティブに捉えて突き進む武居さんに、今後の抱負を尋ねてみた。
「まずは、美味しいワインを造って製造量も増やしていくことを目指します。並行して、地域の活性化にひと役買いたいと考えています。面白いことにはどんどん乗っていくフットワークの軽さが自慢なので、どんどん声をかけていただけたらありがたいです」。
ワインは難しい飲み物だと思ってしまうかもしれないが、日常の食卓で肩肘張らずに楽しんでほしいと考えている武居さん。だからこそ、平泉ワイナリーのワインをより多くの人に知ってもらう機会を作ることにも熱心なのだ。
平泉ワイナリーはさまざまなイベントへの出店はもちろん、2022年にはワイナリーでジャズコンサートを開催した。また、今後は異業種との積極的なコラボレーションの構想もある。
すべては、平泉の人たちにワインをより身近に感じてもらうための取り組みだ。地域での繋がりをどんどん増やして、よいものを造っている人たちと共に地域を盛り上げていきたいとの思いが、平泉ワイナリーの原動力なのだ。
「平泉の人たちにとって、ワインがもっと身近な存在になればと思っています。ワインをサングリアみたいにしても美味しいよとか、炭酸で割っても別にいいんだよとか、飲み方の提案をする機会も作っていきたいですね」。
長い歴史を紡いできた平泉町が、ワインの街としての新たな顔と持つ日もそう遠くはないのかもしれない。
基本情報
名称 | 平泉ワイナリー |
所在地 | 〒029‐4101 岩手県西磐井郡平泉町長島字砂子沢172‐6 |
アクセス | JR平泉駅より車で6分 |
HP | https://agri-hiraizumi.com/ |