『東夢ワイナリー』勝沼のテロワールを表現し、地域の魅力を発信する

美しい南アルプスの山々と、どこまでも続く空。耳を澄ますと、聞こえるのは爽やかな川のせせらぎ。そんな豊かな自然に恵まれた山梨県甲州市勝沼町にあるワイナリーが、今回紹介する「東夢ワイナリー」だ。

代表を務める髙野英一さんは、勝沼町出身。地元への強い思いからぶどう栽培を開始。その後、ワイナリーを立ち上げるに至った。

また、東夢ワイナリーは自社の運営にとどまらず、ワインの里としての勝沼の魅力をより広くアピールするために、「勝沼ワイン村」を設立。勝沼ワイン村には複数のワイナリーがあり、多くの来訪者が集う場を目指している。

地元にワイナリーを作った髙野さんが抱いた夢とは?また、東夢ワイナリーがこれから目指すものとは?

今回は、ワイナリー誕生までのストーリーと、ぶどう栽培・ワイン醸造のこだわりについてお話を伺った。詳しく紹介していこう。

『東夢ワイナリー誕生のきっかけ』

まずは、髙野さんがぶどう栽培を始めたきっかけから振り返ってみたい。

2002年、髙野さんは長年勤務してきた東京電力からの退職が近づいていた。ちょうどその頃、故郷である勝沼の風景の異変に気付いたという。

「ある日、子供の頃から親しんできた馴染み深い風景が、以前と様変わりしていることに気づきました。何が原因だろう、どうなってしまったのだろうと危機感を覚えてさらに細かく見てみると、荒廃した農地があちこちにできてしまっていたのです」。

▶︎ぶどう栽培の開始から、ワイナリー設立まで

ぶどう栽培が盛んな勝沼町では、古くから町内の至るところにぶどう畑が広がっていた。しかし、農業従事者の高齢化などが原因で、離農する農家が増えていたのだ。当然、担い手のいなくなった土地は荒れていく。

自分たちの世代が行動を起こさなければ、子や孫の世代に美しい景色を継承していくことはできなくなるだろう。地域の未来に不安を覚えた髙野さんはいてもたってもいられず、故郷のために行動を起こした。勝沼町の鳥居平(とりいびら)地区にある荒廃した農地で草刈りを始めたのだ。

「ひとりで始めてはみたものの、結構な重労働でなかなか先が見えない状態でした。しかし、そんな私の姿を見かねて仲間が手伝ってくれるようになり、荒れ果てていた畑が徐々にもとの姿を取り戻してきたのです」。

整備され、再び息を吹き返した農地を活用しない手はない。では、なにを育てるか?髙野さんの答えは決まっていた。もちろん、勝沼を代表する果樹であるぶどうだ。

また、ぶどう栽培をするなら醸造用品種も育ててワインを造りたいと考えた。自分たちの畑で作ったぶどうを生かしながら、地域農家さんの思いも汲みとってワインに仕立てることで、社会貢献したいと考えたのだ。

こうして、髙野さんの取り組みが実を結び、2007年に東夢ワイナリーが誕生した。

▶︎「勝沼ワイン村」をスタート

ここで、東夢ワイナリーの社名の由来を紹介しておきたい。髙野さんは東京電力のOBであり、勝沼のぶどう畑をよみがえらせる取り組みに賛同・協力してくれたのも、東京電力の仲間だったそうだ。

また、お酒を造って社会に貢献しようというアイデアは、東京電力時代の事業提案制度での計画が源流にあるという。そんな髙野さんにとってワイナリーを作ることは、まさに「東電マンの夢」。そのため、ワイナリー名を「東夢」としたのだという。そんな東夢ワイナリーは、2024年に設立20周年を迎えた。

そして、自社ワイナリーの経営だけではなく、地域貢献への強い思いからスタートしたプロジェクトがある。勝沼ワイン村の設立だ。

時代が移り変わっても、勝沼がぶどうとワインの産地であるためには、未来志向の地域貢献を目指すべきではないのか。そこで髙野さんが設立したのが勝沼ワイン村なのだ。

勝沼のワイン産業を今後も末永く続けていくため、ワイナリー建設を目指す人々を集めて立ち上げた。地域資源の活用と地域雇用、新たな勝沼の魅力発信を掲げ、国内外に通用する価値を生み出すために始まった試みだ。

東夢ワイナリーとの縁があり、髙野さんの思いにも共感したメンバーを募って、複数のワイナリーが集まる場を作ったのだ。集まったメンバーたちは、2020年から勝沼ワイン村内で個別にワイナリー経営を開始。2024年現在、勝沼ワイン村には9軒のワイナリーと煎茶専門店、そしてワイン村直営のショップが軒を連ねている。

「勝沼ワイン村は、地域住民や観光客のコミュニティの場となることを目指して運営しています。敷地の真ん中に広場があり、さまざまなイベントも開催して、お客様の来訪をお待ちしています」。

『東夢ワイナリーのぶどう栽培』

続いて見ていくのは、東夢ワイナリーのぶどう栽培について。東夢ワイナリーはどのようなこだわりを持ってぶどう栽培をおこなっているのか。また、勝沼でのぶどう栽培の特徴についても紹介していきたい。

東夢ワイナリーで栽培する品種や、自社畑のテロワールなどにもスポットを当てつつ、東夢ワイナリーのぶどう栽培に迫っていこう。

▶︎栽培しているぶどう品種

まずは栽培品種を紹介する。白ワイン用品種は以下。

  • 甲州
  • モンドブリエ
  • シャルドネ
  • プティ・マンサン

赤ワイン用品種は以下。

  • ビジュノワール
  • マスカット・ベーリーA
  • メルロー
  • アルモノワール
  • タナ

東夢ワイナリーがぶどう栽培をおこなっている畑は、もともと地元の農家がぶどう栽培をしていた土地を借り受けたものだ。そのため、栽培する品種の多くは農家が栽培していたもので、収穫したぶどうの卸し先もそのまま引き継いでいるという。

また近年は、自社醸造用としての栽培量も増やしており、温暖化にも適応できる品種を中心に栽培。さらに消費者の動向を踏まえ、ワインとして需要のある品種の導入も積極的に進めている。

▶︎気候と土壌の特徴

東夢ワイナリーの自社畑の土壌や気候についても触れておきたい。東夢ワイナリーの自社畑には、大きく分けて2種類の土壌がある。ひとつは砂質土壌で、もうひとつは粘土質土壌だ。

砂質土壌には、非常に水はけがよい特性がある。水はけのよさはぶどう栽培にとってはメリットではあるが、ぶどうの粒が大きくなりにくいという面も持つ。そのため、砂質土壌は生食用ぶどうを栽培する農家からは敬遠されがちだという。

「その点、砂質土壌は醸造用品種を栽培する土地としては、非常に適しています。土壌の栄養が少ないため、生育のスピードはやや緩やかになります。その分、味が凝縮されたぶどうを収穫できますよ。砂質土壌でぶどうを栽培すると、植栽から一定量が収穫できるまで5年ほどかかるのです」。

一方の粘土質土壌は、砂質土壌とは正反対の特徴を持つ。保水力がありしっかりと根が張る畑になるのだ。そのため、生食用のぶどうの栽培に好まれる土質である。肥沃な土壌のためにぶどうの樹勢が強くなりやすく、栽培の際は樹勢のコントロールを考えて管理することが重要になるそうだ。

「自社畑があるのはいずれも勝沼町内で、それほど離れてはいません。しかし、区画によって特徴が異なる土壌のため、同じ品種を育てていても、それぞれのテロワールを感じられるぶどうになるのです。多様性は、うちのぶどうの魅力のひとつだといえるでしょう」。

▶︎寒暖差を生かしたぶどう栽培

自社畑がある勝沼の気候的な特徴を見ていこう。東夢ワイナリーの自社畑は、勝沼の中でも標高が低い地区にある。このエリア最大の特徴は、「激しい寒暖差」が生じることだという。

「畑は『日川』という川のそばにあります。また、近くの山から吹き下ろしてくる『笹子おろし』と呼ばれる冷たい風が通り抜けるため、勝沼の中でも特に夜温が低くなりますね」。

夏には日中の気温が40度を超えることもあるが、「笹子おろし」のおかげでぶどう栽培に適した環境になっているそうだ。

さらに、風が吹き抜けることの利点は、寒暖差を生み出すだけではない。風が畑の中にこもる湿気を吹き飛ばし、ぶどうの健全性を保ってくれるのだ。

「特に、創設当初から管理している鳥居平の畑は日当たりもよく標高も高いことから、果皮の色付きがよく、酸味がしっかりと残ったぶどうが収穫できます」。

東夢ワイナリーは、勝沼ならではの気候の特徴を生かしながら、良質で味わい深いぶどうを栽培しているのだ。

▶︎ぶどう栽培におけるこだわり

東夢ワイナリーでは、創業当時から一貫して醸造用のぶどうのみを栽培している。収量以上に品質を重視しており、安定的に高品質のぶどうを提供できるように栽培管理をおこなっている点が大きなこだわりだ。

自社畑のぶどうは、棚仕立てでの栽培がメイン。創業当初は垣根中心の栽培をおこなっていたが、少しずつ棚栽培の畑が増えてきた。もともと棚栽培だった地元の農家から引き継いだ畑の比率が増えてきたためだ。ぶどうの仕立て方はさまざまで、区画によって長梢と短梢の両方がある。

「小規模ワイナリーですので、作業効率を考えた管理をおこなっています。笠かけや収穫など、少人数でも作業がしやすい畑を目指しているのです。雨量と樹勢の強さなどを考慮しながら、作業効率と持続性を保てるように努めています」。

東夢ワイナリーでは、社員全員でぶどう畑に入って作業することが多い。そのため、可能な限り効率的に作業ができるような栽培管理を目指している。大切なのは、「無理なく持続可能なぶどう栽培」を実践すること。高品質で安定した収量を確保することに重きを置いているのだ。

そのために重要視しているのは、病害虫への対策を早めに実施すること。畑の観察を大切にし、異変が起こる前や初期段階での防除を心がけている。

「また、天候と相談しつつになりますが、可能な限り減農薬での栽培管理をおこなっています。草生栽培をベースに除草剤不使用に切り替え、生物多様性のある栽培を心掛けているのです」。

さらに、品種の特性や作業性・品質を考え、垣根栽培への回帰も検討中だという。今後、植え替えや新品種導入の際には、垣根栽培の区画が増える可能性もありそうだ。

『東夢ワイナリーのワインの醸造』

東夢ワイナリーのワインをひと言であらわすと、ずばり「食事と共に輝く辛口ワイン」。食事とペアリングすることで美味しさが増す東夢ワイナリーのワインは、どのようなこだわりを持って醸造しているのだろうか。

また、どんな銘柄がラインナップされているのかも気になるところだ。東夢ワイナリーのワイン造りに焦点を当て、おすすめの銘柄についても触れながら深堀りしていきたい。

▶︎東夢ワイナリー醸造のこだわり

東夢ワイナリーのこだわりは、少量生産だからこそ実現可能な、丁寧な醸造だ。

「弊社のワインは、もっとも本数が多い銘柄でも2,000本未満です。醸造家が常にワインに気を配り、より満足いただける製品をお届けできるように心掛けています」。

少量しか造られないワインとの出会いは、運命的なものだ。東夢ワイナリーを訪れる客は、その時にしか出会えないワインとの巡りあいを喜ぶ人が多いのだという。

東夢ワイナリーからリリースされている銘柄の中から、「【2021年】樽熟成 勝沼ビジュノワール(赤)GI Yamanashi」を紹介したい。「日本ワインコンクール 2023」の受賞ワインである。

「樽熟成 勝沼ビジュノワール」に使用したぶどうは、勝沼町の風間農園で栽培されたビジュノワールだ。ビジュノワールは、濃く色づいた色調から、フランス語で「黒い宝石」を意味する名前が付けられた品種。山梨県果樹試験場で開発された赤ワイン醸造専用品種で、山梨27号(甲州三尺×メルロー)とマルベックの交配種である。

「樽熟成 勝沼ビジュノワール」は、ビジュノワールをオーク樽で熟成させ、ボリュームとバランス感覚に優れた味わいに仕上げた。

「ブルーベリーを思わせる香りに、しっかりとしたタンニンが特徴です。樽熟成によるまろやかで調和のとれた味わいが楽しめます」。

「樽熟成 勝沼ビジュノワール」とのマリアージュとしては、ジビエ料理がおすすめ。ビジュノワールの特有の渋みは、肉料理との相性が抜群だ。中でも、「クセのある肉」には、ビジュノワール特有の深みある味わいがマッチする。ぜひ試していただきたい組み合わせだ。

▶︎東夢ワイナリーの魅力

「東夢ワイナリーの大きな魅力は、実際に足を運ぶことで楽しんでいただける観光施設であるということです。醸造家と栽培家がすぐそこにて、ワインと勝沼の風土を存分に味わうことができる仕掛けがありますよ」。

さらに、東夢ワイナリーは宿泊施設も完備。また、勝沼ワイン村の中央にある広場では年間を通してさまざまなイベントが開催され、訪問客を楽しませてくれる。

「ワインが美味しくてつい飲みすぎてしまっても、安心して宿泊できるコテージやキャンプ施設がありますよ。すぐそばの日川にかかるアーチ橋で、勝沼のシンボルとして親しまれている「祝橋」や、遠望には南アルプスの山々などの素晴らしい景色も楽しんでいただけます」。

心置きなくワインを楽しめる東夢ワイナリーを訪れて、勝沼ならではの魅力を感じてみてほしい。

『東夢ワイナリーのこれから』

最後のテーマは東夢ワイナリーの「未来」について。ワイン造りにおける目標と、ワイナリーとして目指す姿についてお話いただいた。

また、東夢ワイナリーで2024年に開催を予定しているイベントや企画についても触れておきたい。

▶︎型にはまらず楽しんでもらえる場所でありたい

東夢ワイナリーが今後突き詰めていきたいと考えているのは、「形にこだわらずに楽しめるよう、ワインの世界を広げること」。これまでワインに縁がなかった人でも気軽に楽しめ、親しみやすさを感じてもらいたいと考えている。そして、「ワインのディープな世界の手前」を体感できるワイナリーでありたいそうだ。

現在検討中なのは、東夢ワイナリーとワイン村、宿泊用のコテージを横断的に楽しんでもらえるような仕掛けを用意することだ。ただワインを飲むだけでなく、東夢ワイナリーのワインが生まれた場所である勝沼で、ゆっくりと過ごす時間そのものを満喫してもらえるイベントを企画しているという。

「『ワインが日常に溶け込むこと』をコンセプトに、ワインが勝沼の文化の一角を担っていると理解していただける仕掛けを考えていきたいですね。ワイン村の中にある広場でワインを楽しみながら、のんびりと過ごしてもらえるイベントにしたいと思っています」。

▶︎2024年もたくさんのイベントを企画中

「音楽とワイン」「映像作品とワイン」などが楽しめ、参加者や造り手との会話でさらにワインのおいしさを実感できるイベントを開催している東夢ワイナリー。

イベントではもちろん、ワインとともに味わえる、美味しい『食』も提供。東夢ワイナリーと勝沼ワイン村が、ワインを楽しみながらリラックスできる場になれるような試みを展開していく。

「勝沼ワイン村は、まだ完成していない存在だと思っています。未完成だからこそ、周囲の人々とともに造り上げていく楽しみがあります。勝沼ワイン村のファンの皆さんからも村づくりに関する新しいアイディアをいただきながら、これからも引き続き、勝沼ワイン村を発展させていきたいですね」。

2024年の代表的なイベントとしては、4〜6月と10〜12月の第1土曜日に開催する「勝沼ワイン村チルタイム」がある。勝沼ワイン村内にある各ワイナリーのワインの試飲と販売はもちろん、キッチンカーもやってくるため、地域のワインと食を同時に楽しむことができる。

また、そのほかにもイベントの開催が予定されているため、最新情報は公式サイトや公式SNSで情報をチェックするのがおすすめだ。

『まとめ』

代表の髙野さんが、地元である勝沼の荒れ果てた農地を憂い、地域再生を願って始めた取り組みから生まれた東夢ワイナリー。

ぶどう栽培やワイン造り、勝沼ワイン村の活動の根幹には、「地域の未来」に向けたあたたかい思いが息づいている。

東夢ワイナリーの魅力をさらに味わいたいと思ったら、ぜひ勝沼ワイン村を実際に訪れてみてほしい。ワインが生まれた土地の景色と空気、造り手の思いをダイレクトに感じることで、東夢ワイナリーの魅力をより深く感じられるに違いない。

基本情報

名称東夢ワイナリー
所在地〒409-1316
山梨県甲州市勝沼町勝沼2562-2
アクセスhttps://toumuwinery.com/company/
HPhttps://toumuwinery.com/

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