『GRAPE SHIP(グレープ・シップ)』マスカット・オブ・アレキサンドリアが鮮烈に香るロゼワインが自慢

生食用ぶどう栽培の分野において、長い歴史を持つ岡山県。中でも、もっとも古くから栽培されてきたのが、「マスカット・オブ・アレキサンドリア」という品種だ。

生食用の種無しぶどうの台頭により、岡山県内でも次第に生産量が減少してきたマスカット・オブ・アレキサンドリアだが、現在も栽培を続けているエリアがいくつかある。そのひとつが倉敷市の船穂地区だ。

今回紹介するのは、そんな船穂地区で生食用品種とワイン用品種のぶどうを栽培し、ワイン醸造をしているワイナリーである「GRAPE SHIP(グレープ・シップ)」。

代表を務めるのは、倉敷市出身の松井一智さん。もともと、フレンチの料理人として活躍していたが、ふとしたことから出会ったぶどう栽培に魅せられて就農し、ワイン醸造もスタートさせた。有機栽培したぶどうで醸すナチュラルワインは、優しい味わいが特徴だ。

「GRAPE SHIP」設立までの経緯と、ぶどう栽培・ワイン醸造におけるこだわりを余すところなく紹介していこう。

『ぶどう栽培との出会いから、GRAPE SHIP設立まで』

まずは、松井さんとぶどう栽培との出会いについてお話いただいた。料理人として働いていたため、仕事をする中でワインとの関わりは持っていた松井さん。

だが、厨房で働くシェフがぶどう栽培に携わる機会はあまりなさそうに思える。農業との出会いは、どのように訪れたのだろうか。

▶︎農業に魅せられて新規就農

ぶどう栽培と巡り合ったきっかけは、松井さんが仕事を求めてフランスに渡ったときのことだったそうだ。

関西のフレンチレストランでシェフとして働いていたが、フランスでスタッフを急募していたレストランで働きたいと、フランスに渡った松井さん。だが、日本の仕事を辞めるのに手間取り、渡仏できたときにはすでに求人枠が埋まってしまっていたそうだ。

見知らぬ土地で路頭に迷った松井さんを救ってくれたのは、フランスでワイナリーを経営していた日本人醸造家の、大岡弘武さんだった。フランス滞在中は大岡さんのもとでぶどう栽培に携わり、日本に帰国した後も屋外で農業をする心地よさが忘れられなかったという松井さん。関西に戻って料理人としての仕事を続けていたものの、農業をしたいという気持ちが次第に強くなっていった。

「農業をするのであれば、都市部にいる必要はありません。偶然にも、私の出身地である岡山県は、ぶどう栽培が盛んな土地です。家族に近い場所に住んで農業に携わることを考えると、私自身が今後歩んでいく道として、非常に自然に感じられました」。

▶︎GRAPE SHIPをオープン

就農を決意した松井さんは倉敷市にUターンした。2010年から2年間研修を受けた後、2012年に農家として独立。まずは縁あって紹介された土地を使ってぶどう栽培をスタートさせた。

「20代は料理にのめり込み、30代は生食用品種のぶどう栽培に打ち込みました。そして、40代になってワイン造りに携わるようになったのです」。

松井さんがワイン醸造をスタートさせたのは、かつてフランスで出会った大岡さんとの再会がきっかけだった。2016年にフランスから日本に帰国した大岡さんが、岡山県岡山市に移住してぶどう栽培とワイン醸造を始めたのだ。

大岡さんのもとでワイン醸造を手伝うようになった松井さんは、ワイン造りに関する知識を付け、経験を積んでいった。そして2021年にはGRAPE SHIP株式会社を設立し、自社醸造所もオープンした。

『GRAPE SHIPのぶどう栽培』

続いて紹介するのは、GRAPE SHIPのぶどう栽培について。自社畑の特徴と、ぶどう栽培におけるこだわりなどを見ていこう。

▶︎船穂地区にある自社畑の特徴

ぶどう栽培が盛んな土地で就農した松井さんだったが、当初は新規就農の難しさを感じたこともあったという。

「私自身の出身地であるとはいえ、地域の農家の方たちからすれば、就農したばかりの私は見知らぬ存在です。そのため、初めの頃は畑を貸してくれる人がなかなか見つかりませんでしたね。しかし、真面目にぶどう栽培を続けていたら、耕作放棄地を使ってもよいと近隣の農家さんからお声掛けいただけるようになってきました」。

地域のぶどう畑を少しずつ引き継ぎ、管理する畑を増やしてきたGRAPE SHIP。現在は船穂地区内でいくつかの畑を管理している。

メインで栽培している品種は、引き継いだ畑にもともと植栽されていたマスカット・オブ・アレキサンドリアだ。岡山県の生食用ぶどうは温室栽培が基本のため、松井さんが引き継いだ畑にもビニールが設置されていた。

「温室栽培ならレインカットができるので、現在もそのまま利用しています。初期投資が少なくて済んだため、非常に助かりました」。

自社畑は船穂地区に点在しており、標高は100m程度。いずれも南向きの傾斜地となっているため、日照時間が長いのが特徴だ。

岡山平野の南部では江戸時代から大規模な埋立がおこなわれた干拓地であり、倉敷市船穂町周辺も干拓工事でできた土地だ。花崗岩の上に砂が堆積した土壌で、水はけが非常によい。昔からぶどう栽培が盛んな場所であったのもうなずける。

▶︎マスカット・オブ・アレキサンドリアの歴史を継承

松井さんは、マスカット・オブ・アレキサンドリアを栽培することに使命を感じている。地域の農家に受け入れられたのは、マスカット・オブ・アレキサンドリアを継承していくことを決めたからこそ。そのため、岡山県の伝統品種を後世に伝えていくことを心に決めたのだという。

岡山県でのマスカット・オブ・アレキサンドリア栽培がスタートしたのは1886年のこと。長い時間をかけて、ガラス温室を活用した加温栽培など、独自の栽培技術を発展させてきた。近年では種ありぶどうの人気低迷とともに栽培量が低下してきてはいるが、歴史を途絶えさせるには忍びない。

そんな現状を危惧し、最近では岡山県各地でマスカット・オブ・アレキサンドリアを残そうと活動している栽培家がいる。中でも松井さんは、ワインというツールを活用することで、マスカット・オブ・アレキサンドリアを未来に残すことを目指しているのだ。

▶︎醸造用品種の栽培も手がける

GRAPE SHIPの自社畑では、醸造用品種の栽培もおこなっている。栽培している品種は、白ワイン用品種がソーヴィニヨン・ブランとシュナン・ブラン、マルサンヌ。赤ワイン用品種はシラーとグルナッシュ、小公子だ。

いずれも試験的に栽培をスタートさせ、現在はマスカット・オブ・アレキサンドリアとの混醸用として活用している。

温暖で降水量も多い岡山県のぶどう栽培では、古くから棚栽培がスタンダードとされてきた。地表から離れた位置に房が付くため、湿気が避けられて病気予防に効果が期待できる。また、GRAPE SHIPでは有機栽培を導入しているため、棚仕立てで完全に雨を防げるハウス栽培をする恩恵は大きいそうだ。

化学肥料や化学合成農薬などを使わず、石灰硫黄剤とボルドー液のみ使用してきたGRAPE SHIP。最近ではボルドー液の使用量も減らし、可能な限り自然な環境での栽培に取り組んでいる。

▶︎変動する気候への対策も万全

GRAPE SHIPの自社畑では、シラーと小公子の栽培量を徐々に増やしている。この2品種を選んだ理由を尋ねてみた。

「今後さらに加速していくと思われる温暖化に対応できるように、南フランスの品種を増やしています。白ワイン用品種は北のエリアが原産のものが多く、岡山では今後、栽培しにくくなるのではないかと考えました。また、うちはマスカット・オブ・アレキサンドリアをメイン品種としているので、赤ワイン用品種をさらに充実させたいという思いもあります」。

試験栽培した結果、色付きがよく豊かな味わいのシラーと小公子に着目したのだ。いずれも、土地に合う品種であるとの手応えを感じているという。GRAPE SHIPが栽培する、マスカット・オブ・アレキサンドリア以外の品種にも、今後さらに注目していきたい。

『GRAPE SHIPのワイン醸造』

次にフォーカスするのは、GRAPE SHIPのワイン醸造について。2021年に自社醸造所を設立して醸造をスタートし、2023年には3回目の醸造を終えた。

木材をふんだんに使用したナチュラルな木造建築の醸造所には、松井さんのこだわりが詰まっている。

「醸造所は、いちばん仲のよい同級生に依頼して建ててもらいました。醸造所は山の上にあるので、周囲の景色に溶け込むようなナチュラルな造りにしたかったのです。茶色の焼き板の壁がアクセントになっています」。

▶︎ぶどうだけで醸すナチュラルワイン

GRAPE SHIPのワインのこだわりは、余計なものは加えずぶどうだけを使うこと。天然酵母で発酵させ、補糖・補酸はしない。さらに、亜硫酸も不使用だ。

豊かな芳香が特徴で、「ぶどうの女王」と称されるマスカット・オブ・アレキサンドリア。GRAPE SHIPが栽培する醸造用のマスカット・オブ・アレキサンドリアは、凝縮した深い味わいが特徴だ。

ビニールハウスを利用した栽培ではあるが、施肥や水やりはせず、ぶどうにとっては厳しい環境で育てている。そのため、驚くほど強い生命力を発揮しているのだとか。

フランスのように、ワインが生活に自然に溶け込んだ世界が、松井さんの理想だ。

「高級ワインを造りたいという考えはないですね。日本で飲食業に従事しているときは、勉強の意味もあったので、私も真面目にワインを飲んでいました。しかし、フランスに行って考え方が変わったのです。いつもの食卓はもちろん、特別な日の食事と一緒に、うちのワインを美味しく飲んでいただけたら嬉しいです」。

有機栽培のぶどうを使用しているため、天候により収量が減るなどの苦労もあるが、生食用とワイン用品種の両方を栽培することで経営を成り立たせている。

「醸造用品種は有機栽培ですが、生食用は慣行農法で岡山ならではの温室栽培をして、一流の品質のぶどうを目指しています。スタッフを路頭に迷わすことのないための取り組みです。生食用品種と醸造用品種は生育のスケジュールがずれるため、無理なく二足のわらじを履くことができるのです」。

苦労は特になく、楽しんでやっていると笑顔で話してくれた松井さん。ぶどう栽培とワイン醸造を心から愛しているという、柔らかな表情が印象的だった。

▶︎マスカット・オブ・アレキサンドリアの魅力を引き出す醸造

GRAPE SHIPの自社畑で栽培しているマスカット・オブ・アレキサンドリアは、収穫時期や醸造方法によっても多彩な魅力を見せる。

「早摘みのマスカット・オブ・アレキサンドリアはフレッシュで華やかな香りが特徴ですが、遅摘みは印象がガラリと変わり、フランスワインにも負けないようなワインを造ることができますよ。同じマスカット・オブ・アレキサンドリアを使っていても、異なる味わいのワインを楽しんでいただけることが『GRAPE SHIP』の魅力になればと思っています」。

早摘みのマスカット・オブ・アレキサンドリアを使った「mellow 2022」は、2022年9月初旬に収穫したマスカット・オブ・アレキサンドリアだけを使用。清澄剤不使用で、亜硫酸も無添加だ。爽やかな酸味とライトで口当たりがよいのが特徴の微発泡ワインで、レモンや青リンゴ、ハーブなどの香りと、カリンのような甘い香りが広がる。

一方、遅摘みのマスカット・オブ・アレキサンドリアを使ったワインは、2024年冬以降のリリースを予定しており、熟成中だ。洋梨やパイン、マンゴーのような熟した果実の風味と、樽由来のバニラやバターを感じる妖艶でふくよかな味わいが表現されているとのことなので、登場を心待ちにしたい。

マスカット・オブ・アレキサンドリアが見せるさまざまな味わいで、瀬戸内の豊かな自然の恵みを存分に表現しているGRAPE SHIPのワインを、ぜひ楽しんでいただきたい。

『おすすめ銘柄と、さまざまな取り組み』 

ここで、GRAPE SHIPからリリースされたワインの中から、特におすすめの銘柄を紹介したい。

また、ぶどう栽培・ワイン醸造と並行して、地域貢献を目的とした取り組みも実施しているGRAPE SHIP。どのような施策をおこなっているのかを見ていこう。

▶︎「朱(SHU) 2023」

GRAPE SHIPのフラッグシップとも言える銘柄が、「朱(SHU)」である。濃く鮮やかなロゼ色が美しく、まさに「門出と出発を寿(ことほ)ぐ朱色の一杯」というにふさわしい。

最新ヴィンテージである「朱(SHU) 2023」は、アルコール度数が8%。使用しているのは、マスカット・オブ・アレキサンドリア75%とシラー25%だ。

マスカット・オブ・アレキサンドリアとシラーを別々のタンクで仕込み、2週間果皮を漬け込んだ。発酵中にタンクの中で足踏みし、果皮を多く液体と触れさせた後に、マスカット・オブ・アレキサンドリアとシラーをアッサンブラージュした。清澄剤とフィルターは不使用、亜硫酸も完全無添加という、ナチュラルな造りが特徴だ。

優しい味わいのロゼで、澱(おり)引きはしていないため、にごりがあり、味わいを確認しながらブレンドした自信作だという。

 「マスカット・オブ・アレキサンドリアが鮮烈に香るロゼワインで、イチゴやザクロ、アセロラなどの余韻がありますよ」。

「朱(SHU)」のエチケットデザインは日の出をイメージ。毎年、お正月に間に合うようにリリースしている。2023年ヴィンテージは発売後すぐに完売。例年より酸味が強く、奥行きがある味わいが好評だった。

漢字ひと文字で「朱」という、オリジナリティのあるネーミングは、日本ワインだからこそ、漢字を使ってワインのイメージを表現したいという松井さんの願いが込められている。

「朱色は不老長寿や魔を払う色として、神社仏閣や宮殿に使われてきました。このワインを手にとってくださった方たちに健やかな時間を過ごして欲しいという願いも託しています。いつか海を越えて様々な国の人々に味わってもらえたとき、『朱』という名前から日本のことを思い浮かべてもらいたいと思っています」。

▶︎地域密着型のワイナリーとして

GRAPE SHIPでは、ぶどう栽培とワイン醸造以外にもさまざまな取り組みをおこなっている。興味深い取り組みをいくつか紹介しておきたい。

まず、地域に貢献する取り組みとしておこなっているのが、B型事業支援施設との農福連携施策だ。ぶどうの誘引や草取り、ワインを仕込む際の除梗作業などを福祉施設の利用者に実施してもらっている。ワイナリーとしても、生産面積の拡大や耕作放棄地の解消につなげるメリットがあるという。並行して、近隣の高齢化した農家の手伝いも積極的におこない、できるだけ地域の農家が農業を継続できるようサポートをおこなっている。

また、後進育成にも積極的で、地域で自社の取り組みに賛同してくれる生食ぶどうの若手生産者を受け入れているGRAPE SHIP。将来的に地域でぶどう栽培とワイン醸造に取り組む人を増やすための取り組みだ。

さらに、食育に関する取り組みとして、毎年近隣の保育園児をワイナリーに招待している。ぶどうの収穫から搾汁、新鮮なジュースの試飲などを通して、マスカット・オブ・アレキサンドリアの魅力を伝えているのだ。子供たちが大人になっても心に残る体験になってほしいと願っている松井さん。参加した保育園時の中には、「大きくなったら、ぶどう農家になりたい!」という心強い声も聞かれるほど。今後もぜひ続けていきたい活動のひとつだという。

『まとめ』 

地域に貢献できるワイナリーとして、SDGsへの取り組みも重視しているGRAPE SHIP。剪定した枝はすべて燃やして灰にし、器を作る際の釉薬として器作家さんに提供しているそうだ。

「限りある資源を有効活用し、持続可能なぶどう栽培とワイン造りを継続していきたいと考えています。ワイン醸造の際に出るぶどうの搾りかすも、チョコレートの原料や、手ぬぐい・Tシャツなどの布製品の染料として使い、可能な限り廃棄物を出さないよう努力しています」。

西日本随一のぶどう産地として名高い岡山県で、伝統あるマスカット・オブ・アレキサンドリアの継承を使命とするGRAPE SHIPの活動を、これからも引き続き追いかけていきたい。

基本情報

名称GRAPE SHIP(グレープ・シップ)
所在地〒710-0261
岡山県倉敷市船穂町船穂7153-1

アクセス新倉敷駅からタクシーで約10分。
車の場合は山陽自動車道玉島IC下車から約5分。
HPhttps://www.grapeship.jp/

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