山形県の中央部に位置する西村山郡朝日町は、「りんごとワインの里」と称される自然豊かな町だ。磐梯朝日国立公園の主峰「大朝日岳」の東部山麓地域にある。
そんな朝日町にそびえるのが、「朝日町ワイン」のワイン城。お城のような素敵な外観は、ワイナリーを訪れた人の気持ちをわくわくさせてくれる。
第三セクターとして運営されている朝日町ワインは、山形県産のぶどうのみを使ってワインを醸造するワイナリーだ。原料の半数以上を占めるのは、地元・朝日町産のぶどう。地域のぶどう農家と共に成長してきた朝日町ワインは、地域で栽培されたぶどうを愛情込めて醸造し、地域の魅力を発信している。
今回は、朝日町ワインで営業を担当している島﨑悠輔さんに、ワイナリーの歴史や魅力、ワイン造りにおけるこだわりについて、さまざまなお話を伺った。
朝日町ワインはなにを大切にワイン造りに取り組んでいるのか?また、朝日町ワインにしかない強みとは?朝日町ワインの魅力に迫っていこう。
『朝日町ワインの歴史』
まずは、朝日町ワイン発足のきっかけから見ていこう。朝日町ワインの歴史は1940年代にまで遡る。前身である「山形果実酒製造有限会社」が1944年9月4日に創業したのが始まりだ。
その後、現在の朝日町ワインになるまでには、どんな道をたどってきたのだろうか。ワイナリーが歩んだ道のりを振り返っていきたい。
▶︎朝日町ワイン設立から現在まで
朝日町ワインの前身である「山形果実酒製造有限会社」は、第二次世界大戦中に日本政府の国策によって生まれたワイナリー。ワイン醸造の過程で生成される「酒石酸」を軍事利用するため、ぶどう産地でのワイン造りを政府が奨励していたのだ。終戦を迎えた後は、醸造技術を生かして大手ワインメーカーの下請けとしてワインの原酒製造に携わった。
1973年には、ワイナリーに転機が訪れる。自社ワイン「サンワイン」の製造を開始したのだ。折からのワインブームを受けて販売量は順調に増加。そして、山形朝日農協と朝日町の共同出資で第三セクター方式の会社運営となったのだ。1990年には社名を「朝日町ワイン」へと変更した。
そして2000年には、試飲や設備見学もできる「ワイン城」をオープン。観光ワイナリーとして、地元の人たちや観光客に親しまれている。
▶︎東京から山形へ 島﨑さんの来歴
ここで、今回インタビューを受けてくださった島﨑さんについて紹介したい。2017年に朝日町ワインに入社した島﨑さん。入社前は、ワインのインポーターとして東京で働いていたそうだ。なぜ朝日町ワインへの転職を決めたのだろうか。
「日本ワインに可能性を感じたことと、私の地元である山形でワイン造りや地域に携わる仕事がしたいと思ったことが理由ですね。イベントで飲んだ朝日町ワインの味わいに感銘を受けて、ぜひ朝日町ワインで働きたいと考えました」。
2015年頃から徐々に注目されるようになった日本ワインに、次第に注目し始めた島﨑さん。日本各地のワイナリーに足を運び、直接ワイン造りの現場を目にする中で、日本ワインならではの面白さと奥深さに魅了されていったという。
朝日町ワインに就職し、初めの2年間はぶどう栽培とワイン醸造を担当。3年目から営業に配属になった。世界のワインを知る経歴を持っているからこそ、山形ワインにしかない魅力や朝日町ワインならではの強みを語ることができると話してくれた島﨑さんの言葉には、朝日町ワインと地域へのリスペクトの念があふれている。
『朝日町の特性を生かしたぶどう栽培』
続いて見ていくのは、朝日町ワインのぶどう栽培について。朝日町を中心とした地元の農家が育てるぶどうを使って、ワインを醸す朝日町ワイン。また、自社畑でもこだわりのぶどうを栽培している。
果樹栽培が盛んな土地である朝日町ならではの、気候や土壌を生かしたぶどう栽培について深掘していこう。
▶︎カベルネ・ソーヴィニヨンを中心としたぶどう栽培
まずは、朝日町ワインが自社畑で栽培している品種と、畑の特徴について見ていきたい。
朝日町ワインの自社畑は、広さおよそ70a。全体の60%はカベルネ・ソーヴィニヨン、残りの20%ずつにシャルドネとソーヴィニヨン・ブランを植栽している。
「これまで、土地に合う品種を探して試行錯誤してきましたが、今後はカベルネ・ソーヴィニヨンを主体として栽培していきたいと考えています」。
朝日町ワインの自社畑のカベルネ・ソーヴィニヨンは小粒なのが特徴。しかも果実の粒同士が密着していない「ばら房」なので、房の風通しがよく病気になりづらく黒々とした果実が収穫できるというメリットもある。さらに、安定した収量も期待できるそうだ。
▶︎果樹栽培の適地
朝日町の気候や土壌の特徴についても見ていこう。土壌は火山灰や腐植土が混ざった栄養価が高い黒ボク土。朝日町は古くから果樹栽培が盛んにおこなわれてきた土地だ。朝日町はりんご栽培の歴史が長く、120年以上前からりんごを作ってきた。
朝日町は町全体が山の中腹にあり、標高は200m前後。町域の南北を突っ切るように最上川が流れ、山と谷が広がる自然豊かな場所だ。盆地なので湿度は高いが、周囲にさえぎるものがないために風通しは良好。また、昼夜の寒暖差が大きいのが特徴だという。
夏季には最高気温が40℃近くまで上昇することもあるが、夜温は15℃程度に下がる。ぶどうにとっては、昼夜の寒暖差があると糖が蓄えられ、アントシアニンが増えて色づきがよくなるという利点がある。
また、冬季には降雪量が多く、常に1mほどの積雪がある。東北の冬はぶどうにとって厳しい環境ではあるが、垣根栽培の樹がすっぽりと埋まってしまう積雪のおかげで、凍害の心配はないそうだ。
▶︎栽培管理の工夫とこだわり
次に紹介するのは、朝日町ワインのぶどう栽培における工夫とこだわりについて。
朝日町ワインでぶどう栽培とワイン醸造に関わるスタッフは、気づいたことを積極的に共有し、意見を出し合いながら切磋琢磨して日々技術を高めている。少人数で年齢も近いため、風通しがよい社風だという。
「栽培管理において特に気をつけているのは、剪定作業ですね。ぶどうの新梢管理は、収量や果実の質に直結する重要な工程なのです。スタッフ全員で決めたルールに沿って、どの枝を残すかを判断しています。新梢をつける『結果母枝(けっかぼし)』には、太すぎない枝が最適だというのが、研究の結果わかったポイントです。スタッフが独自に学んだり勉強会に参加したりして、協力しながら技術を高めています」。
「立派な枝を新梢として残せばよい」と、つい考えてしまいそうなところだが、実は新梢が太すぎると葉の間隔が大きくなり、葉の枚数が少なくなるそうだ。そのため、ある程度細い枝を残したほうが葉が密に茂り、光合成が盛んになるのだとか。
また、自社畑の樹を成長させすぎず、順次改植していくのもこだわりのひとつだ。加齢によって樹が弱り、病害虫が発生しやすくなって栽培の難しさが目立ってくることを防ぐ目的だ。
「最近の研究だと、ぶどうの樹の最盛期は7〜8年目というデータもあるそうです。健全なぶどうが栽培できる畑を維持するための管理を心がけています」。
『朝日町の恵みをワインに 朝日町ワインの醸造』
さて、朝日町ワインはどのようなこだわりを持って、どんな味わいのワインを造っているのだろうか。次なるテーマは、朝日町ワインのワイン醸造について。
具体的なおすすめ銘柄も紹介いただいたので、朝日町ワインのワインを購入する際には、ぜひ参考にしてほしい。さっそく見ていこう。
▶︎朝日町ならではのぶどうの深みを表現したい
朝日町ワインが目指すのは、朝日町産のぶどうの特徴をうまく表現できるワイン。そのために大切にしているのは、「ぶどう本来の深みと香り」をしっかりと出すことだ。ぶどう本来の味わいをワインに映し出すためにはどうしたらよいかを考え抜き、ワイン造りをおこなっている。
朝日町産ぶどうの魅力を生かすための取り組みのひとつが、使用する樽の見直しだ。もともとはフランスの大手ワイン樽メーカー製の樽を使用していたが、改めて自社のぶどうに合う樽を選び直している。
「朝日町のぶどうの繊細な風味を引き立てたいので、樽香が強くなりすぎないものを造ろうと試行錯誤しているところです。樽の香りが強すぎると、ぶどう本来の風味を邪魔してしまいますから。朝日町のぶどうの魅力をもっとも引き出せる樽を探しているところです」。
▶︎地元農家と共に歩んできたワイン造り
長い歴史を持つ朝日町ワインには、長年の経験に基づいた醸造のセオリーがある。例えば、赤ワインはステンレスタンクではなく、ホーロータンクで醸造すること。また、白ワインはスキンコンタクトでほどよい果実感を出して豊かな酸とのバランスをとることや、低温発酵することなどが挙げられる。
さらに、醸造技術的な部分だけではなく、「第三セクター」のワイナリーとして、「地域の農家と共におこなうワイン造り」も大切にしている。
「私たちは、朝日町の農家さんが一生懸命作ったぶどうでワインを造っています。第三セクターとして、地域の町おこし的な存在でもあるのです。そのため、朝日町ワインがコンクールで受賞すると、農家さんも町も一緒になって喜び合います。お互いに密にコミュニケーションを取りながら、一緒にワイン造りをしているのです」。
朝日町を代表するワイナリーとして、町のぶどうを表現するワイン造りを。地域への思いをワインに宿しているからこそ、朝日町ワインのワインはより魅力的で人を感動させる味わいを宿しているのだろう。
▶︎「柏原ヴィンヤード遅摘み 赤」
続いては、島﨑さんにおすすめ銘柄を教えていただいた。最初に紹介するのは、マスカット・ベーリーAの赤ワイン「柏原ヴィンヤード遅摘み 赤」。なんと、島﨑さんが朝日町ワインへの入社を決めたきっかけになった、思い出深い銘柄だという。
「このワインに使っているぶどうは、標高が高い柏原地区の南向き斜面で育ったものです。また、一般的に山形のマスカット・ベーリーAは10月初旬に収穫しますが、このワインのぶどうは11月上旬に収穫しました。凝縮感のある、黒々と色づいた果実だけを使った贅沢な1本ですよ」。
遅摘みぶどうには十分な糖が蓄えられるため、通常のぶどうとは一線を画した、粘り気のある口当たりと濃厚さを持つ。出来上がったワインも非常に濃密だ。
さらに、柏原地区のぶどうの場合、遅摘みであっても酸が落ちないのが特徴だ。通常、ぶどうを遅摘みすると、糖分が上がる代わりに酸が落ちていく。しかし柏原地区のマスカット・ベーリーAは、酸を残しつつも十分な糖度がある。
「濃厚で味わいのバランスが素晴らしいワインです。私は『柏原ヴィンヤード遅摘み 赤』を初めて飲んだ時に、『日本ワインってすごい!』と驚きました。多くの方に飲んでいただきたいですね」。
樽は使わず、ぶどうの味を素直に表現しているが、一般的なマスカット・ベーリーAに見られるキャンディー香は少なく、胡椒を思わせるスパイシーさがあるのが特徴。マスカット・ベーリーAの新たな可能性を感じられる味わいを、ぜひお試しいただきたい。
おすすめのペアリングは、醤油タレベースの和風ハンバーグや、山形の郷土料理である「芋煮」など。また、甘辛い濃いめの「和の味」にもぴったりだ。
▶︎「マイスターセレクション キュヴェ マスカットベーリーA 赤」
続いてのワインは、「マイスターセレクション キュヴェ マスカットベーリーA 赤」。その年最高のキュヴェで造った、プレミアムな銘柄だ。
「すべての仕込みが終わった段階で、スタッフ全員でワインをテイスティングして、もっとも評価がよかったタンクを『キュベマスカット・ベーリーA 赤』という商品にしています。つまり、各ヴィンテージでいちばん評価がよかったワインだということです。決める時には、だいたいすぐに意見が一致しますね。明らかによいものは、やはりはっきりと違いがわかるものです」。
選ばれたワインは、11ヶ月の樽熟成と1年以上の瓶熟成をさせてからリリースする。長期間の熟成は酸の角を取り、柔らかさとエレガントさを付与する。細やかさと高級感のある赤ワインで、艶のあるキラキラした色合いが非常に美しい。
料理に合わせるなら、ステーキやチーズなどがおすすめだ。本格的な洋食にもマッチする、高いポテンシャルを感じられることだろう。
▶︎マイスターセレクション 遅摘みマスカットベーリーA ロゼ
最後に紹介するのはロゼワイン、「マイスターセレクション遅摘みマスカットベーリーA ロゼ」である。
このワインの魅力は、いちごを思わせるチャーミングさと華やかさにある。辛口でキレがある味とは対照的に、いちごのようなの香りは「フラネオール」という成分に由来するが、「マイスターセレクション 遅摘みマスカットベーリーA ロゼ」にはフラネオールの含有量がとりわけ多いことがわかっている。
「研究機関で測ってもらったところ、フラネオールの量が突出していたという結果が出たのです。原因はいろいろと考えられますが、遅摘みのぶどうを使っているので、成分が濃縮されたことによるところが大きいのではないでしょうか」。
色合いは、非常に鮮やかで深みのあるピンク色。ロゼ特有の爽やかさと遅摘みならではのボリューム感があるため、冷やし方によってオールシーズン楽しめる。
「サーモンのサラダやエビ、カニを使った料理など、前菜系の料理と幅広く合わせることができます。個人的には、コップに氷を入れてワインを注いでグビグビと飲むのが好きです。気軽に飲んでほしい1本ですね」。
暑い季節にはぜひ、「マイスターセレクション 遅摘みマスカットベーリーA ロゼ」にたっぷりと氷を入れて、野外で自由に楽しんでみてはいかがだろうか。
▶︎これからも地域とともに
朝日町ワインの製品は購入しやすい価格帯で統一されている。多くのワインは1,000円台で、老若男女が躊躇せず手に取りやすく、自宅で気軽に楽しめるのが魅力だ。
「朝日町ワインを長年変わらずに手にとってくれているお客様の存在は非常にありがたいですね。これからもずっと地元の方たちから愛されるワイナリーでありたいです」。
朝日町ワインの魅力について「堅苦しく気取らなく、親しみやすいこと」だと話してくれた島﨑さん。
「朝日町ワインは、町の農家さんのぶどうをメインに使い、山形県産ぶどう100%のワインを造っています。町ぐるみで協力しながら運営しているワイナリーであることが、最大の強みだと思っています」。
地域とともに歩むワイナリーである朝日町ワインは、親しみやすく気取らない雰囲気こそが魅力なのだ。
『変わらないものと変えていくもの 朝日町ワインの未来』
最後に見ていくのは、朝日町ワインのこれからについて。
朝日町ワインは今までと変わらず安定した味を表現しつつ、新たな可能性を探るべく醸造の挑戦を続ける朝日町ワインの挑戦と、今後の展望について紹介していきたい。
▶︎ワイン造りの目標 欧州ぶどうにも注力
朝日町ワインは、変わらない魅力を発信する一方で、新しいことに積極的にチャレンジしながらワイン造りのさらなる技術向上を目指している。
その取り組みのひとつとして紹介したいのが、欧州系品種を使ったワイン造りだ。今後、自社畑に新しい品種を導入することも考えているという。
「地域産のマスカット・ベーリーAによるワインはすでにコンクールでも数多く受賞歴があり、世間的にも評価いただいていると自負しています。今後は、地元の農家さんのぶどうだけではなく、自社畑で育てる欧州系品種を増やしていきたいですね」。
どのワインも全部美味しいと認められたら嬉しいですからと、微笑む島﨑さん。朝日町ワインの新たな可能性に期待したい。
▶︎イベントも楽しんでほしい
朝日町ワインが主催するイベントについても紹介しておきたい。朝日町ワイン最大のイベントといえば、「朝日町ワインまつり」。
朝日町ワインまつりは、野外バーベキューをしながらワインの飲み放題が楽しめる大人気のイベントだ。2023年9月23日には、第44回朝日町ワインまつりを実施。新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止が続いていたため、実に4年ぶりの開催となった。
また、「朝日町ワイン メンバーズクラブ」のメンバー会員限定の収穫イベントも毎年開催している。
「朝日町ワインメンバーズクラブは、発足3年ほどの比較的新しい取り組みです。参加者の半数以上は県外の方で構成されています。もし興味があれば、ぜひ参加してみてください」。
『まとめ』
毎年、試行錯誤を続けながら、よりよいワインを目指してぶどう栽培とワイン醸造に取り組む、朝日町ワインの造り手たち。歴史の長さにあぐらをかかず、品質の安定と新たなチャレンジをうまく両立させているのだ。
「朝日町は人口6,000人ほどの小さな町ですが、ぶどう栽培の歴史が長く、熱意あふれる農家さんが作るぶどうはすばらい品質です。各々が高い意識を持ってぶどう栽培に取り組んでいて、非常に研究熱心な方ばかりですよ。そんな朝日町のぶどうを使って、町ぐるみでワインを造っているというところを、ぜひより多くの方に知っていただきたいですね」。
ワインができるまでのストーリーとワインの味わいから、地元である朝日町のよさを感じとってもらえると、とても嬉しいと話してくれた島﨑さん。
歴史の深みと人の温かさや地域の魅力など、ワインを輝かせるたくさんの要素が詰まっている朝日町ワインの取り組みを、これからも応援していきたい。
基本情報
名称 | 朝日町ワイン |
所在地 | 〒990-1304 山形県西村山郡朝日町大字大谷字高野1080 |
アクセス | https://asahimachi-wine.jp/company/ |
HP | https://asahimachi-wine.jp/ |