高知県土佐郡土佐町の、吉野川源流地域。自然豊かな土地にあるのが、「ミシマファームワイナリー」だ。
ぶどう園として歩みをスタートしたのは1960年のこと。現在は創業者の娘さん夫妻が家業を引き継いでいる。化学農薬不使用で育てたぶどうでワイン造りをしているのが特徴だ。
ミシマファームワイナリーがワイン醸造を始めたのは、次世代に農業を引き継ぐことができる基盤造りのためだった。独自の生物循環の力を借りた農法で育てた自社ぶどうだけを使い「日本のぶどう農家が造っている」ことを誇りに、ワイン造りをおこなっている。
ファンの声に応え、ワイン用品種の栽培にも励んでいるが、育てているぶどうは先代が植えた生食用品種が中心。生食用ぶどうの混醸ワインは華やかな香りで、ストレートにぶどうのよさを味わうことができる。
今回は、ミシマファームワイナリーの2022年のぶどう栽培とワイン醸造、今後の展望についてオーナーの山中敏雄さんにお話を伺った。
『天候に恵まれた2022年のぶどう栽培』
まずは、ぶどう栽培に大きな影響を与える気候についてみていこう。土佐町の2022年の気候はどんな様子だったのだろうか。
「2022年の天候は、2021年同様に、ここ数年の中では比較的条件がよかったほうだと思います。梅雨明けが早く、その後も雨が多い高知にしては降雨量が少なかったのが特徴ですね」。
高知といえば、雨が多いだけでなく、台風の被害を大きく受ける場所だという印象を持っている人もいるのではないだろうか。
「高知県は台風の玄関口というようなイメージがあるかもしれませんね。私が高知に引っ越してきてから10年ほどが経過しましたが、実は、台風の直撃はそれほど多くないと感じています」。
気候変動に伴い、台風の進路が年々変わってきていることも影響しているのだろうか。いずれにせよ、ミシマファームワイナリーでは、台風による被害がほぼないとのことでひと安心だ。
▶︎樹齢が高くなり収量が減少
現在ミシマファームワイナリーを悩ませているのは、天候よりもぶどうの樹の高齢化問題だという。樹齢が高くなりすぎると徐々に房数が減ってくるため、収量が減少してしまうのだ。
ミシマファームワイナリーは、山中さんの奥様であるこずえさんのご両親が始めたぶどう園としてスタートした。創業当初からぶどうはビニールハウス内で栽培されており、古いものでは樹齢60年を超える古木もある。
古木ならではの滋味深いぶどうが取れる貴重な存在ではあるが、寿命があるのは人もぶどうの樹も同じだ。樹齢を重ねた樹は次第にもろくなり、害虫の被害にもあいやすくなるそうだ。
「私たちがワイン醸造を始めた頃から、すでに、寿命を迎える樹が少しずつ出てきていました。そのため、2018年には1000本程度を新たに植栽したのですが、ほとんどが病害や獣害を受けて枯れてしまったのです。新しく植えた樹で残っているのは、だいたい200本くらいでしょうか」。
新たに植えた樹の大部分は、なぜ病気や獣の被害を受けたのだろうか。実は、ミシマファームワイナリーが2018年に植樹したのは、ビニールハウスではなく路地だった。しかも、畑は山間部の数か所に点在している。土佐町は山あいにあるため、ぶどう畑として使用できるまとまった土地の確保は難しいのだ。
そのため、少し離れた場所にある畑には毎日通えないこともある。ほんの数日目を離しただけでも、病気が蔓延する可能性が高いそうだ。
そのうえ、ミシマファームワイナリーでは化学肥料を使わずにぶどう栽培をしている。つまり、土地に合わない品種には苗木の段階で病気が発生するケースもある。
▶︎ハウス栽培を中心に
また、ミシマファームワイナリーがある土佐町には、四国の水資源の要となる「早明浦(さめうら)ダム」があり、森林資源も豊かな土地だ。だが、自然豊かであることはまた、その森に生きる野生動物が多いということでもある。
山間部に点在する自社畑には、さまざまな動物がやってくる。ぶどうの房の被害の多くは、ハクビシンによるものだとか。
それ以外にも、春先にはシカやウサギが、やわらかくて美味しい新芽を食べにやってくる。新芽をすべて食べられた樹は成長することができず、枯れてしまう。一見かわいらしい動物でも、ぶどうにとっては天敵なのだ。
獣対策として電気柵を張り巡らす方法もあるが、費用負担が大きいのがネックだ。そのためミシマファームワイナリーでは、ビニールハウスでのぶどう栽培を中心に管理している。以前のようにビニールハウス内での栽培をメインにしたことで、害獣のリスクは大幅に軽減できた。
また、獣避けとして「木酢液」も活用しているというミシマファームワイナリー。木酢液とは炭を焼く際に出てくる水蒸気が冷えて生じる液体で、独特の強い匂いがある。
「動物が嫌う臭いなので、ビニールハウスのまわりにまいておくと効果がありますよ」。
豊かな自然は人間に多くの恵みをもたらしてくれる存在ではあるが、農業をする場合には難しさもあるのだと改めて気付かされるエピソードだ。
▶︎土佐町の気候
ミシマファームワイナリーの自社畑は、盆地形状になった土地にある。高知は「南国」のような気候だと思われることもあると山中さんは笑うが、実は、山間部の朝晩の気温はびっくりするくらい低いのだとか。
「夏には日中の気温が40℃近くまで気温が上がることもありますが、標高の高い畑では、陽が落ちると夏でもTシャツだと肌寒いくらいです。昼夜の気温差は、20℃くらいあるはずですよ。また、冬はマイナス4℃まで気温が下がることもあります」。
いくつかあるミシマファームワイナリーの自社畑の標高は、250〜650mとさまざま。いずれも山間部にあるため、温暖な気候の四国とはいえ、昼夜の寒暖差が大きいのが特徴なのだ。
昼夜の寒暖差があるとぶどうの果皮の色付きがよくなるため、ぶどう栽培にとっては大きなアドバンテージとなる。また、寒暖差があることによって糖度も上がりやすいという。しかし、そのような特徴にも近年、変化が出てきたと山中さんは感じている。
「昼夜の寒暖差が、年々小さくなってきている印象がありますね。それにともなって、果皮の色付きが少しずつ悪くなっていると思います」。
また、ミシマファームワイナリーでは、土地に合う品種も徐々にわかってきた。無農薬で育てているにもかかわらず、2018年に植えたナイアガラやメルローは健全に成長して、2022年から実を付けている。だが、同時期に植えたピノ・ノワールは、収穫の見込みはまだない。
同時期に植えた品種の明暗を分けたのは、土地への適性とそれぞれの品種特性だけでなく、植えた畑の標高も大きな要因となったのではないかと山中さんは考えている。
「ナイアガラとメルローを植えたのは、標高650mほどの畑です。ちょうど、ぶどうが好む気候だったのかもしれません。メルローの出来に引き続き期待しています」。
『ミシマファームワイナリー、2022年のワイン醸造』
ここからは、ミシマファームワイナリーの2022年ヴィンテージのワイン造りについて紹介していこう。
混醸スタイルでワインを造るミシマファームワイナリーから、新たにリリースされるワインの魅力に迫る。
▶︎2022年ヴィンテージの特徴
ミシマファームワイナリーは創業以来、スティルワインのみのラインナップを貫いてきた。
「今後も引き続き、スティルワインの醸造に専念していきます。今は白とロゼを造っているので、いずれは赤ワインにも挑戦したいですね」。
2022年ヴィンテージに醸造したのは、白とロゼの2種類だ。合計700本ほどを造った。
白ワインは、安芸クイーンが約70%、巨峰が約20%、そのほかにデラウェアとナイアガラを混醸。
ロゼワインは、巨峰が約60%、安芸クイーンが約40%、そのほかメルローなどを使用した。
ミシマファームワイナリーのロゼはもともと美しい色合いが持ち味だが、2022年ヴィンテージは特に、濃いめのきれいなルビー色に仕上がっている。
「今までのうちのワインと比べても、かなりよい仕上がりになりました。ぶどうのフレッシュ感が、香りにも味にもしっかりと表現できたと思いますよ。ぜひ楽しみにお待ちください」。
リリース時期は未定だが、早ければ2023年夏頃になりそうだ。気になる方は、SNSでの情報発信に注目してみよう。
▶︎おすすめペアリング
ミシマファームワイナリーのワインのコンセプトは、「和のものと融合しやすい」こと。
「日本の気候の中で育ったぶどうを使ったワインなので、和食と合わせて食べていただきたいですね。鍋物や肉じゃがなど、あっさりとした出汁の味わいがきいた、普段の食事に合わせるのがおすすめですよ」。
ミシマファームワイナリーのワインに合わせる高知の郷土料理について尋ねてみた。山中さんのいち押しは、「田舎寿司」なのだとか。
「田舎寿司とは、寿司のネタに山の幸を使った、高知の山間部の伝統的なお寿司です。寿司のネタに、地元で採れたミョウガやタケノコを使っています。高知ではスーパーのお惣菜売り場にも並ぶメジャーな郷土料理なのです。さっぱりとしていて、うちのワインと合わせるとお互いの味を引き立てるので、相性抜群ですよ」。
ミョウガの赤や山菜の緑、タケノコの黄色など、カラフルな田舎寿司は目にも鮮やかだ。地元の食材を使った郷土料理と合わせるとは、なんと贅沢なペアリングだろうか。ぜひお試しいただきたい。
▶︎香り高いワイン
お酒好きな人が多いといわれる高知だが、山中さん自身には、もともとお酒を飲む習慣はなかったのだとか。
そのため、普段はお酒をあまり飲まない人でも飲みたくなるように造っているのが、ミシマファームワイナリーのワインの大きな特徴だ。
ぶどうの果実味を表現することを大事にしてワイン造りをしているため、樽熟成はおこなっていない。鼻を近づけたときに、たわわに実ったぶどうの房が目に浮かぶような香りがあることを重視する。
山中さんたちがワイン造りを本格的に始めようと決心したのは、かつて試験醸造をした際に、安芸クイーンで造った白ワインが非常に香り高かったことがきっかけだった。
安芸クイーン由来の香り高さは、ミシマファームワイナリーのワインの大きな特色のなのだ。
「安芸クイーンはそのまま食べても美味しいぶどうです。瓶詰めのときには、醸造場にぶどうのよい香りが充満しますね。ロゼはいちごに似た香り、白の場合はシトラス系の香りが組み合わさったような香りがして、うっとりしてしまうほどですよ」。
ミシマファームワイナリーのワインはすべて混醸スタイルだ。混醸の割合は固定せず、年ごとのぶどうの出来をみて、毎回比率を変えている。混醸の比率そのものが、各ヴィンテージのミシマファームワイナリーのストーリーとして、しっかりと味にあらわれるのだ。
果実感たっぷりのフレッシュな味わいを目指して醸したワインを、ぜひ一度味わってみてほしい。
『まとめ』
ミシマファームワイナリーは、農業をいかに次の世代に引き継いでいくのかという、山中さんたちの模索から生まれたワイナリーだ。
「私の代でワイン造りを追求するというよりも、次の世代にバトンタッチしたときに、彼らがやりたいことが実現できる場を作ることを重視しています。ワイン造りを突き詰めることが自分のゴールではないと考えているのです。次世代の人たちが時代に応じて、自分で考えて試行錯誤して進み、それが今後のミシマファームの歴史になっていけば嬉しいですね」。
ぶどう栽培とワイン造りにおけるさまざまなトライ・アンド・エラーも、データやストーリーとして次世代に渡すことのできる立派な財産だ。また、若い世代が新しく事業を始めようとする際の資金援助も検討している。
「私は当初、地域農業を活性化するためにワイン造りを始めました。しかし、農業を始めたくても自己資本で解決できない場合もあるのです。若い世代の人の夢が実現できるように、バックアップしていきたいと思っているのです」。
ぶどう栽培とワイン醸造以外にも、たくさんの仕事をしている山中さん。その中のひとつが、300年もの歴史がある古民家宿の経営だ。伝統的な書院作りの日本家屋を貸切りにして泊まれる宿で、釣り客などに人気なのだとか。高知を訪れた際には、ワイナリー併設の古民家宿に宿泊してみるのもよいだろう。
また、山中さんはそのほか、野菜の栽培や警備員、新聞の販売所やテイクアウトのカフェの経営も掛け持ちしている。
「ストレスがないから、いくらでも仕事ができるのです。できればもうひとつくらい増やしたいくらいですよ」と笑顔で語る山中さんの元気の源は、次世代に農業を引き継いでいきたいという熱い思いだ。
そんなミシマファームワイナリーのワインを飲むことで、日本の農業の未来を応援してみるのはいかがだろうか。
基本情報
名称 | ミシマファームワイナリー |
所在地 | 〒781-3521 高知県土佐郡土佐町446−2 |
アクセス | 車 大豊ICから車で17分 電車 大杉駅からバス・徒歩で44分 |
HP | https://www.mishimafarm.com/ |