『アルカンヴィーニュ』ぶどうが繋いだ壮大な人間のアーチ

「アルカンヴィーニュ」でネット検索すると、以下のような文言が検索結果のトップに表示される。

〈日本ワイン農業研究所株式会社は、日本に農業としてのワインづくりを正しく根づかせることを目的に、千曲川ワインアカデミーとアルカンヴィーニュを運営しています〉

ワイナリーらしからぬ文言だ。異色と言っても良いだろう。
このような文言を目立つ場所に掲げるワイナリーには、どんな来歴があるのだろうか。


ここでは「アルカンヴィーニュ」について書いますが、「ヴィラデスト」の記事も併せてお読み頂くことで全体像が明確になると思います。


『農業としてのワイン造りを根付かせようとするワイナリー』

「アルカンヴィーニュ」は、過去に別枠で取材した「ヴィラデスト」(長野県東御市)の兄弟ワイナリーである。「ヴィラデスト」が兄、「アルカンヴィーニュ」が弟に当たる。

「日本ワインの父」と称される故・麻井宇介さんの指導を経て「千曲川ワインバレーの父」と呼ばれる玉村豊男さんの構想の下、2003年にまず「ヴィラデスト」を創業した。現在のように小規模ワイナリーがポピュラーな時代ではなく、日本ワインブームもまだ来ていなかった。

しかし2008年に「ヴィニュロンズリザーブ シャルドネ 2007」の「国産ワインコンクール 金賞 および 欧州系白ワイン最優秀カテゴリー賞」を受賞し、さらに洞爺湖サミットのワーキングランチでの「ヴィニュロンズリザーブ シャルドネ 2005」提供という形で結果を出すと、押しも押されぬ存在となった。

2010年頃になると、「ヴィラデスト」に触発されて、ワイナリー創業希望者が東御に現れるようになった。
自分のワイナリーを持たない彼らは「ヴィラデスト」にぶどうを持ち込み、仕込んでもらって自分のブランドで売り出した。そんな彼らの姿を見て、さらに人が集まるようになった。2013年〜15年頃のことだ。

就農希望の移住者は、ぶどうの知識もワイン醸造の経験もない者が多かったのだ。教師や医師などワインとは畑違いの業種からの転身組も多く、どう動いたら良いのか分からない。そんな状況だった。

そこで助け舟として立ち上げられたのが「アルカンヴィーニュ」だった。

ちょうどこの頃玉村さんは『千曲川ワインバレー:新しい農業への視点』(集英社新書 2013年)を出版している。
そこには「千曲川流域に小規模で個性的なワイナリーを集積させ、銘醸地にしたい。農業をベースとしたライフスタイルをこの地に根づかせたい」という夢が書かれていた。
この夢の実現を担っているのが「アルカンヴィーニュ」だ。

「アルカンヴィーニュ」はワイナリーとして活動するのと同時に「千曲川ワインアカデミー(以下「アカデミー」)」という講座も開催している。
日本初の民間ワインアカデミーであるこの講座が始まったのは、ワイナリー建設と同じ2015年だ。

こうした経緯が冒頭の〈日本ワイン農業研究所株式会社は、日本に農業としてのワインづくりを正しく根づかせることを目的に、千曲川ワインアカデミーとアルカンヴィーニュを運営しています〉という文言で言い表されているのである。

『二つのワイナリーの棲み分け』

「アルカンヴィーニュ」と「ヴィラデスト」は車で5分の距離にある。経営は同じ顔ぶれで、醸造責任者も同じ。そしてどちらのラベル(エチケット)も玉村さんの筆によるという。

では二つの会社の棲み分けはどこにあるのか。
醸造責任者で「アルカンヴィーニュ」の取締役でもある小西 超(こにしとおる)さんによると、形式上別個の法人ということにはなっているものの、会社の成り立ちから言って、「ヴィラデスト」と「アルカンヴィーニュ」はほとんど一体だという。
しかし二つの点でブランドのカラーが異なっている。

1点目は価格帯の違いだ。「ヴィラデスト」が提供しているのは、ハレの日に飲むワインだ。特別な日に楽しんだり、贈り物にする1本を造っている。
醸造に使っているのは12ヘクタールの自社畑から採れたぶどうと、創業当時から付き合いのある数軒の農家からのぶどうだけだ。
自社畑が8割、契約農家が2割という地場のぶどうを絞ったプレミアムワイン。畑にしっかり力を入れて醸造にも手間を惜しまないのが「ヴィラデスト」のワインだ。

一方「アルカンヴィーニュ」は、消費者に長野ワイン、日本ワインをより身近に感じてもらえるようなワインを造っている。
中心価格帯は「ヴィラデスト」のワインが3千円〜5千円程度。「アルカンヴィーニュ」は2千円弱から3千円台。高くても3,600円だという。

この棲み分けを活かし、「ヴィラデスト」では世界に通じるプレミアムワインを、「アルカンヴィーニュ」では親しみやすくて新しい発見のあるワインを目指している、と小西さんは語る。


2点目の違いは自社農園を構える「ヴィラデスト」と、外部からぶどうを調達する「アルカンヴィーニュ」の差だ。
もちろん仕入にもこだわりがあり、特に「アルカンヴィーニュ シャルドネ ヴィラージュ」と「アルカンヴィーニュ メルロー ヴィラージュ」の原料は、近隣の決まった農家から買い付ける。

アカデミーの卒業生のぶどうを引き受けて造ることもある。
彼らのぶどうから醸造したワインが「ジュベニール」というシリーズ。「ジュベニール ピノ・ノワール」や「ジュベニール メルロー・カベルネ」などいくつかのバリエーションがある。
「ジュベニール 」や「ヴィラージュ」は、生産者の顔が見えやすいワインだが、生産者の顔が見えないものもある。農協経由のぶどうで造る場合がそれで、ワインの個性を出すため戦略的にブレンドしている。

例えば「アルカンヴィーニュルージュ」はメルローを主体にして巨峰やブラッククイーンをブレンドするという、これまでにない取り合わせに挑んでいる。
ほかにもシャルドネをベースにして「竜眼(善光寺ぶどう)」をブレンドした「アルカンヴィーニュブラン」という商品もある。

遊び心あふれるブレンドはワインに留まらない。
シードルに天龍村産のゆずを加えた「ゆずシードル」や千曲市産の杏(あんず)を加えた「アプリコットシードル」、3種類のリンゴを使った「シードルさんきょうだい」などシードルでも果敢な挑戦が続けられている。

『高原のぶどう畑が眼前いっぱいに広がるようなワイン』

そんな「アルカンヴィーニュ」と「ヴィラデスト」が目指すワイン像は、信州の蒼い山並みを背景に、眼前いっぱいに広がる東御のぶどう畑が目に浮かぶような1本だという。

ワインはぶどうを絞って発酵させれば形になってしまう。
同じ醸造酒でも日本酒は製造工程が多く複雑だが、それに比べてワインは手数が少なくて済む。しかししっかり管理しないとトラブルが発生する。だから雑菌汚染や酸化防止に細心の注意を払わなければならない。
自分の力でコントロールするというよりも、「見守る」という感覚だという。これを怠ると、醸造場で雑菌が増えたり、ワインが酸化してしまう。
だから先輩の経験に耳を傾けたり、逆に新しい知識を勉強してぶどうが良いワインに変わる手助けをする必要がある。

もう一つ重要なことは、醸造の過程で絶対に手を抜かないことだという。
東御ではぶどうの収穫は9月の中旬から10月の中旬の1ヶ月間に集中する。一気に収穫し、一気に仕込まなければならない。
戦場にも喩えられるほどの慌ただしさに作業が追いつかなくなり、手抜きが起こりがちになる。そうすると良いワインにはならない。だからやるべきことをやる。特別なこだわりや方法はない。
口で言うほど簡単ではないが、愚直にやっていくしかないと小西さんは自戒を込めて語る。
こうした実に地道な作業を根気よく続けた末に、「ヴィラデスト」と「アルカンヴィーニュ」は年間3万本ずつものワインを出荷しているのである。

『アカデミーでの濃厚な日々』

ここで醸造とならび「アルカンヴィーニュ」の柱とも言える「アカデミー」の話題に移りたい。アカデミーはぶどう栽培、ワイン醸造、ワイナリー経営を総合的に学ぶことができる希有な場所である。

「まったくのゼロベースで始めましたから、最初のうちは大変でした。授業の内容、講師、学校の規約などなど決めなければならないことが山積みで、最初の2年はほとんど休みもない状況でしたよ」と小西さんは語った。

講師陣は日本全国から、その道では一流の人たちに来てもらった。日本ワイン盛り上げの立役者でジャーナリストの鹿取みゆきさんの紹介者や、小西さんの同世代人でメルシャン、サントリー、マンズワインなどの第一線で活躍している人たちだ。

「講師の方たちには、玉村さんが主催するアカデミーという場所に、半ばプロボノ(プロフェッショナルが自らの専門知識やスキルを活かして社会貢献的な活動をすること)みたいな形で協力していただいています。
なかなか来てもらえないような豪華な講師陣なんです。知識を学ぶだけに留まらず、業界の一線で活躍している人たちと知り合うチャンスでもあるんですよ」と小西さん。

立ち上げ当時のアカデミーの授業は平日に年間60日行われていた(現在は30日間に短縮された)。わざわざ会社を辞めて移住してきた受講生が何人もいたという。当然熱意の高い顔ぶれが揃うことになったので、運営する側も必死になった。
初期のアカデミーは生徒と運営者が一体となり、濃厚な空気を醸していた。

 就農して間もない、とある男性の話だ。それまで自らが経営していた飲食店を息子に任せ、上田でぶどう畑を借りた。ある日、畑で作業をしていたところアクシデントに見舞われる。
作業中の重機の下敷きになってしまい、骨折という重傷。しばらくぶどう畑の手入れができない。放っておくとぶどうがだめになってしまう…。そんなとき、アカデミーの同期生たちが男性の畑の手入れを買って出てくれたのだ。
そのおかげで、男性が退院した後も畑のコンディションは良く、いまは「アルカンヴィーニュ」に委託醸造する形で自分のワインを造っているという。

こうした熱意は形を変えて現在も引き継がれている。

例えば3期生だ。最初の2年は熱心な受講生がそこそこ集まったものの、3年目で応募数が激減した。やはり会社を辞めてまで来る人はそこまで多くはないのだ。この年の受講者は11名だった。
しかし人数が少ないためか、逆に結束が固く、講座の修了後に東御に移り住み、就農したり地域作りに貢献したりという形で頑張っている者が少なくないという。

4期目からは授業を土日に変更してハードルを下げた。すると会社を辞めなくても済むということで、再び応募者が増え出した。定員以上の応募が集まり書類選考で不合格になる者までいるほどだ。
とは言え熱心な受講者は健在で、取材時点で開講中の6期生(2020年度生)のなかには鹿児島から飛行機や新幹線を乗り継いで通っている者がいるという。それ以外にも秋田、山形、岡山などからの通学者もいたそうで、その情熱には頭が下がる思いである。

アカデミーからは既に120名ほどの卒業生が巣立っており、6期生36名が受講中とのことだ。卒業生のうち40名以上は実際に就農してぶどうを育てており、更にその内の約30名はオリジナルワインを醸造しているそうだ。
「千曲川ワインバレー」地域にいる者だけでも20人くらいになるという。ワイナリーを始めた者も8名か9名いる。そんな「アルカンヴィーニュ」は誰言うともなく「揺りかごのようなワイナリー」と呼ばれているそうだ。

『相手を尊重して醸造の委託を請け負う』

「アルカンヴィーニュ」ではアカデミーの卒業生からの委託醸造を請け負っている。現在の利用者は十数名。醸造を頼んでくる期間は人によりまちまちだ。
1年間委託醸造をし、自分のワイナリーを立ち上げる者もいれば、まずは「オリジナルブランドのワインを造りたい」と委託醸造を続ける者もいる。
ワイナリー造りは冒険である。資金も必要だし、リスクも大きい。人を雇えば雇用主としての責任も生じる。なにより家族からの同意を得なければならない。必ずしもそこがゴールである必要はない。

利用者それぞれが自分なりの想いを持ってワイン造りに取り組んでいる。そうした日々の中で、困難に直面することもある。
たとえば現在一大勢力となっているナチュラルワイン。
「なにも加えずに自然由来の方法で造りたい」と考える者は少なくない。しかしこれは茨の道である。うまく発酵が進まなかったり、酸化してしまったり、余計な微生物が増えてしまったりというリスクがあるからだ。
あくまで 「アルカンヴィーニュ」の責任で造っているので、最低限の品質は保証できる形に仕上げなければならない。そこはきちんと説明して考えてもらう。

相手の希望を考慮せず「アルカンヴィーニュ」の手法で醸造してしまうのが一番楽だろうし、そうすることもできるはずだ。しかしそれをしないのは相手を同じ「千曲川ワインバレー」の仲間だと考え、対等に接しようとする態度の表れなのだろう。
「相手の希望に耳を傾けながら、最終段階である商品まで持っていくのが一番難しいです」と小西さんは語る。

さらに委託となると、発注者の畑で採れたぶどうだけで醸造することになる。ぶどうの出来がストレートに反映されるので、ごまかしが利かなくなる。 

また仕込みのタイミングの問題もある。東御周辺から持ち込まれるぶどうは、収穫のタイミングが似通っている。一気に持ってこられても作業が追いつかないので、調整が必要である。この辺りの手続きは一苦労だという。

そうして面倒を見てきた人の中から10軒近くのワイナリーが独立していった。「揺りかごのようなワイナリー」の面目躍如である。

『ぶどうが繋いだ壮大なアーチ』

2010年に「ヴィラデスト」の地元である東御市に「はすみふぁーむ&ワイナリー(http://hasumifarm.com/)」と「Rue de Vin(リュードヴァン)(https://ruedevin.jp/)」という二つのワイナリーが創業すると、3社は合同で「東御ワインフェスタ」を始めた。
数十種類に及ぶ地元産ワインや食事、音楽の生演奏を楽しむ行事で、参加ワイナリーを増やしながら、引き続き毎年9月に行われている。

同時代に同じ業界で働いていれば、知遇を得る機会もある。そういう意味では地元の同業者のほとんどは知り合い、あるいは仲間と言える。
そのなかには「アカデミー」開講以前の「ヴィラデスト」に研修に来たり、委託醸造していたりという具合に、小西さんたちと古い付き合いを持つ人たちも少なくない。

もちろん「アカデミー」が作り出した生徒同士の絆の意味も大きい。収穫のときにそれぞれの畑を手伝いに行ったり、情報交換したりという具合に協力し合う姿が見られる。
単純に知識を学ぶだけではなく、生徒間あるいは生徒と講師との間で人間関係が築けることは、「千曲川ワインバレー」を盛り上げていく上で意味のあることだろう。この地域がワイン産地化していく上で、「アカデミー」の存在意義は決して小さくない。

「今はワイナリーの数も増えてきたので、以前のように内輪で集まって動くレベルを超えています。行政も関わって『千曲川ワインバレー東地区』の特区協議会でイベントをやることもありますが、それぞれのワイナリーが個性的な活動をしていますから、まとまりがなくなってきたかもしれません。

しかし強制的にまとまる必要もありませんし、穏やかに連携していけばいいのかな、と思っています」(小西さん)

「アルカンヴィーニュ」はフランス語で「ぶどうが繋ぐ人のアーチ」を意味するという。小西さんをはじめとする同社の面々は、見事なアーチを掛けたのではないだろうか。

基本情報

名称アルカンヴィーニュ
所在地〒389−0505 
長野県東御市和6667
アクセス電車 長野(北陸)新幹線「上田駅」下車 (東京〜上田間 約1時間30分)
上田駅よりタクシーにて約30分
車 上信越自動車道「東部湯の丸IC」で下り、料金所すぐの「東部湯の丸IC入口」信号を左折、県道4号線を再び左折して管平方向へ向かい「田沢」信号を右折、料金所出口より約15分
HPhttps://jw-arc.co.jp/

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