『たのめワイナリー』ナチュラルな生き方と、ぶどう栽培・ワイン造りを目指す

「ナチュラルで自給自足のような生き方を目指していて、その延長線上で、ぶどう栽培とワイン造りにとりくんでいます」と語るのは、「たのめワイナリー」代表の古田学さんだ。

たのめワイナリーは、長野県塩尻市と辰野町にまたがる歴史ある集落、通称「たのめの里」にある。

たのめの里で生まれ育った古田さんは、さまざまな業種に従事したのち、地元でワイナリーをすることを思い立った。欧州系ワイン専用品種の自然栽培と、無添加でのワイン造りを目指す。

たのめワイナリーの設立の経緯とこれまでの歩み、これから予定している取り組みについて古田さんにお話を伺った。

『ぶどう栽培スタートまでの歩み』

33歳までIT系の企業に勤務していた古田さん。より充実した人生を生きたいと考えて退社し、セールスや古物鑑定などの仕事にたずさわってきた。

そんな古田さんがぶどう栽培を始めたきっかけは、ある本との出会いだった。

▶︎きっかけとなった本との出会い

「サラリーマン時代の20代後半くらいに、当時ビジネス書として大ベストセラーだったある本に出会いました。当時は難しく感じて最後まで読めなかったのですが、後日あらためて読み返してみると、自分にとって非常に参考になる考え方が紹介されていると感じたのです」。

その書籍には、人としてどうやって生きれば幸せになることができるのかが示唆してあった。限りある人生の中で、お金を稼ぐだけの仕事に多くの時間を費やすのはもったいない。それでは、自分が「生きがい」を感じられる生き方とは?

今後の生き方を考える中で、自分が持つ才能とは何かについて改めて見つめ直してみた古田さん。だが、それがなにかをすぐに見つけることはできなかった。

▶︎先祖から託された土地を生かす

自問自答する中で、ふとあることがひらめいた。自分が持っているものであれば、頭脳などの能力以外に持っているものも、才能の一部なのではないかということだ。

地元には、先祖代々受け継いできた故郷の土地がある。つまり、自分が相続する土地を生かすことが、自分の才能であり使命だと感じたのだ。

古田家は「たのめの里」と呼ばれる集落に田んぼと畑、山林を保有していた。古田さんはこの土地を農地として生かすことで、今後の人生をより豊かなものにしていくことにした。

保有している田んぼや畑では、古田さんのお父さんが退職後に、家族で食べるための米や野菜を育てていた。だが、以前の古田さんは農業にまったく関心がなかったため、相続後には田畑を売却することも考えていたそうだ。

しかし、自分が生きる道は故郷の田畑を活用することだとひらめいた古田さん。さっそく、土地の生かし方を検討し始めた。

▶︎ワイン造りの道を志す

古田さんが受け継ぐことになった土地は、田んぼが3枚と0.8haの畑、いくつかの山だ。なにをすべきかは慎重に考える必要があった。

「いろいろと考えましたが、1次産業をするには十分な広さではありません。そのため、6次産業化して、持続可能なかたちで取り組めることをしようという考えに行きつきました」。

6次産業化とは、1次産業である農林漁業において、農産物の加工と販売までを手がけることで付加価値を高め、より高い収入を目指す取り組みだ。6次産業では、ただ農作物を作るだけではなく、マネジメント能力とコスト意識も求められる。

事業の展開方法を検討している中、友人にも相談してみた。するとある友人からワイン造りをすすめられたのだ。古田さんの地元は、ワイン用ぶどう栽培がさかんな長野県塩尻市にある。

よりよい人生を歩むことを目指し、自らの特性について見直していた古田さん。ちょうど、どんなことが得意なのかについて、改めて自分を見つめ直していたところだった。

自分が好きなのは、コツコツと地道に作業することや、研究者や職人のようにひとつのことを突き詰め、深掘りすること。奥が深い世界だというぶどう栽培とワイン造りなら、自分も一生かけて取り組めるだろう。

「私自身はそれほどお酒を飲まないたちでしたが、自分の特性に合うと思ったので、ぶどう栽培とワイン造りを始めることにしました」。

▶︎まったくの未経験からぶどう栽培を始める

ワイン造りを始めようと決めた古田さんは近隣のワイナリーを巡り、テイスティングを重ねた。幸い、塩尻市には優れたワインを生み出しているワイナリーがたくさんある。

実際に素晴らしいワインを味わうことは、ワインについて知るうえでは、なによりの勉強になった。

また、ワイン業界について知るためにさまざまな本も読み、知識をたくわえた。さらに、ワイン用ぶどうを販売している苗木屋のもとに足を運んで、植えるべき品種や苗木の入手方法も学んだ。

塩尻市は、ワイン専用品種のなかでも、とりわけ高品質なメルローが採れる土地として名高い。そのため、まずはメルローを植えようと考えて苗木を注文した。だが、苗木が手元に届くまでには2年待たなければならないということがわかった。

「仕方ないので、苗木が入手できるまでの2年間は、ぶどう栽培とワイン醸造に関しての勉強をしておこうと思いました。しかし、注文した翌年の2015年3月頃、キャンセルが出た苗木を購入しないかという連絡が、苗木屋から入ったのです」。

せっかくのチャンスを生かさない手はない。これもひとつの縁だと思った古田さんは、メルローを200本購入した。

だが、ぶどう栽培の方法は独学で本を読んだだけ。苗木屋に電話して植樹の仕方を聞き、手探りでのぶどう栽培をスタートさせた。

▶︎ワイン生産アカデミーと塩尻ワイン大学で学ぶ

初めてメルローを植えた後、古田さんは長野県内でワイン用ぶどう生産や、ワイナリー設立を目指す人を対象にした「長野県ワイン生産アカデミー」の存在を知る。そして、初めてのぶどう栽培と同時進行で講座を受けることにした。

そして、さらに深く醸造やワイナリー経営について学ぶことができる塩尻市が主催する「塩尻ワイン大学」にも通って、4年間かけてぶどう栽培とワイン造りに関する知識を深めていった。

人生について深く考察し、自らに託された故郷の土地を活用する生き方を選んだ古田さん。数年かけて着実に学びを深め、ようやく本格的なワイン造りの道に踏み出したのだ。

『欧州系品種の自然栽培に挑戦』

続いては、自社畑で栽培するぶどうについて紹介しよう。自社畑ではメルローのほか、ピノ・ノワールとシャルドネ、ピノグリを育てている。

無農薬でのぶどう栽培に挑戦している古田さんだが、初めから無農薬での栽培を目指していたわけではない。

栽培を始めた2015年は、まずマニュアル通りに栽培管理をしてみることに決めた。JAが決めた防除暦を参考にしたのだ。防除暦とは、病害虫の防除のため、栽培する作物ごとに農薬の種類や希釈倍数、散布の回数などを記載した表だ。

5月に入り、防除暦の指示通りに防除をした。だが、その数日後のことだった。なんと葉の裏側におびただしい数のアブラムシが発生しているのに気づいたのだ。

▶︎予防医学の知識と先人の成功を信じて

病害虫を防ぐためにおこなうはずの防除で、なぜ反対に害虫が発生してしまったのか。古田さんはがくぜんとした。だが、あることに気づく。

「例えば、食中毒を引き起こすことで知られている腸管出血性大腸菌の『O157』が原因で、食中毒が発生することがありますよね。本来O157は、非常に弱い菌なのです。しかし、しっかり殺菌消毒をした環境でほかの菌が死滅するとO157の天敵がいなくなり、逆にどんどん増えるのです。農薬をまいた畑でも、きっと同じことが起きたのだと思います」。

つまり、防除をしたことでアブラムシを食べるテントウムシなどが死んでしまい、天敵がいなくなったアブラムシが増えてしまったというのだ。

農薬をまいたことがかえって虫の発生をうながしたのなら、農薬を使わなければよいのではないか。健康に関する民間資格を取得した経験もある古田さん。ベースとなる考え方は、ぶどうも人間においての予防医学と同じなのではないかと考えたのだ。そこで、農薬を使わない自然栽培でぶどうを育てることに決めた。

農薬を使用しないことに対しては、周囲からはあまり理解が得られなかった。「どうせうまくいくはずがない」と言われたこともあるそうだ。

だが、日本ではぶどう以外の野菜や果物において、無農薬栽培を成功させた例もある。挑戦してみる価値はあるだろう。こうして、たのめワイナリーでの無農薬でのぶどう栽培がスタートした。

▶︎病気でメルローが全滅

無農薬でのぶどう栽培を開始した、たのめワイナリー。うまくいくのでは思ったのも束の間、やはり病害と無縁ではいられなかった。

2017年には「黒とう病」が蔓延し、メルローが全滅してしまったのだ。黒とう病は葉や新梢、果実に病斑が現れる病気だ。果実に発生すると肥大不良になり、場合によっては全滅することもある。

メルローは欧州系品種の中では比較的病気に強いほうだが、罹患したタイミングが悪かったのか、結実すらしなかった。

そのため、以降はメルロー以外の品種を追加で植栽することにした。結実の時期が早い品種を導入することで、病気の蔓延を防ぐことができると考えたのだ。

2018年から数年かけてピノ・ノワールとシャルドネ、ピノグリを植えて、より病気になりにくいぶどう栽培を試行錯誤している。

▶︎たのめワイナリーの自社畑

ここで、たのめワイナリーの自社畑の土壌について確認しておこう。たのめワイナリーのぶどうが育つ畑の土壌の特徴と雨量や標高、雪への対策について見ていきたい。

「火山灰土が降り積もってできた黒ボク土を30〜40㎝ほど掘っていくと、石灰岩がゴロゴロと出てきます。ぶどう栽培には非常に条件のよい、石灰岩土壌です」。

また、年間雨量は少なく、畑の標高は800〜850mと非常に高い。

「自社畑がある標高800mほどの土地は、昔なら、ぶどう栽培ができないくらい寒かった場所です。しかし、近年は温暖化がすすみ、むしろぶどう栽培の適地になってきたのではないでしょうか」。

雪の量は、長野県の中では少ない方だ。寒波が訪れたこともあったが、マイナス15℃まで気温が下がった年でも、降雪量はあまり多くなかった。

寒冷地で冬季に雪が降らなかった場合、ぶどうの樹が凍害にあう可能性も出てくる。だが、幸いにもこれまでに冷害が発生したことはないということだ。

だが、冬季には念のため、凍害対策をおこなっているという、たのめワイナリー。幹に稲ワラを巻くことで対策しているのだ。

「さまざまな手法を試してみるのが好きなので、すべての樹に巻くのはなく、1本置きにワラを巻いて様子を見ています。今のところ、ワラを巻いた木と巻いていない木に、特に違いは見られませんね」。

冬季に大切なぶどうの樹を寒さから守ってくれたワラは、春になるとそのままぶどう畑の肥やしにする。たのめワイナリーが使用しているワラは、地元の田んぼで育った稲だ。土地で採れたものを土に還すことができるうえ、ワインの味にテロワールを反映させることにもつながる、エコな取り組みだといえるだろう。

冷涼で雨が少なく、条件のよい土地で育ったたのめワイナリーのぶどうは、古田さんの試行錯誤が生かされ、テロワールをダイレクトに伝えてくれる。

『100%ぶどうのワインを目指して』

無農薬でのぶどう栽培に取り組んだ古田さんだが、病気が蔓延した直後には、一時的にボルドー液を導入した。ボルドー液は有機栽培でも使用可能な薬剤だ。使用した効果は、劇的にあらわれた。

そのおかげで2020年には初めてまとまったメルローの収量が確保でき、委託醸造で100本限定のファーストヴィンテージをリリースした。深い味わいが好評だったという。

▶︎無農薬栽培に再挑戦

「ボルドー液を散布すると、病気を防ぐ効果は確かに抜群でした。しかし、薬剤を大量に散布する必要があるので、使用するのをためらってしまったのです。結局、無農薬でのぶどう栽培にもう一度挑戦することを決意しました」。

だが、今のところ無農薬での栽培は成功していない。完全無農薬で栽培した2021年は病気の蔓延によりぶどうは全滅。続く2022年は、樹を回復させることに専念。少量だけ見込まれた房も、スズメバチの被害を受けたために収穫できなかった。

▶︎今後は対策を万全に

古田さんは、2023年も無農薬栽培を継続するつもりだ。

「病原菌の蔓延防止のため、2023年は早めにレインカットをして、房に雨が当たらないように対策していきます。また、スズメバチ対策の準備もすでにできています。2023年はこれまでの努力がすべて実を結ぶ年になりそうです」。

もしも無農薬で栽培されたぶどうが無事収穫できたら、自然嗜好の消費者にとっては魅力的な存在となるだろう。たのめワイナリーの今後の取り組みを、あたたかく見守りたい。

『まとめ』

古田さんが理想とするのは、ぶどう以外の物質が一切入っていないワインを造ることだ。

「100%ぶどうだけで造ったワインを味わってみたいと思っています。醸造過程でも添加物を使わずに、純粋なぶどう由来のワインを造るのが2023年のテーマです」。

自分に託された地元の自然を生かし、より充実した生き方をしたいと考える古田さんには、ほかにもやりたいことがたくさんあるそうだ。

将来的には、自然栽培で造ったワインを、山で切ったミズナラで造った樽に入れることを夢見ている。また、山の斜面を削ったカーヴで、ワインを熟成させることも考えているのだとか。

さらに、自然栽培で野菜や穀類を栽培し、調味料や蕎麦も自前で作ることも検討。原木栽培でキノコを作り、飼っているヤギの乳でバターも作りたいなど、夢は大きく膨らむ。食材を調理する際には山から切ってきた薪や炭を使うのが理想だ。

ほかにも、ログハウスを作るワークショップの開催や、土地を開拓してBBQスペース開設し、外での食事スペースとアクティビティを提供する場も作りたいとの構想もある。

現代社会でナチュラルな生き方を貫こうとすることは、ときに厳しいものだ。自然栽培でのぶどう栽培には、これからもきっとたくさんの困難が待ち受けることだろう。しかし、ぶどう栽培とワイン造りに、引き続き真摯に取り組んでいくという古田さんの意思は固い。

「たのめの里のすべてが入った混じり気なしのワインを飲んで、地元の自然を満喫できる時間が実現するのをイメージしながら、これからも励んでいきます」。

基本情報

名称たのめワイナリー
所在地〒399-0651
長野県塩尻市北小野69

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