『ぶどうの樹』地酒として地元の人に愛されるワインを目指す

福岡県遠賀郡にある岡垣町は、玄界灘に面した自然豊かな町。そんな岡垣町にあるワイナリー「ぶどうの樹」は、レストランや宿泊施設、ウエディング事業などを幅広く展開する「株式会社グラノ24K」が運営している。

ぶどうの樹が造るのは、ぶどうの味わいそのままを楽しめるフレッシュな風味のワイン。地元の人に地酒として愛されるワイン造りを目指している。

今回は、ぶどうの樹の創業からこれまでの歩みについて、醸造代表を務める小役丸 敏幸(こやくまる としゆき)さんにお話を伺った。

『親子3代に渡る夢だったワイナリー』

ぶどうの樹ワイナリーは2021年11月にオープンしたばかりの自社醸造所だが、ワイナリーを運営する「ぶどうの樹」グループは、2023年に創業88年を迎えた歴史ある企業だ。ぶどうの樹がワイナリーを設立するまでの経緯を追っていこう。

▶︎岡垣町で事業をスタート

「私の曽祖母が岡垣に引っ越してきて、海の家を開いたのが創業のきっかけでした。海の家はその後、旅館『八幡屋』となり、現在も営業しています」。

その後、祖父の代には石材業や林業を始めるとともに、ぶどうの観光農園も開園。祖父は当時から、農作物を付加価値をつけて販売することを視野に入れていたようだ。しかし、当時は酒類製造免許を取ることが非常に難しかったため、ワイン醸造は実現しなかった。

その後、小役丸さんの父が始めたのが、生食用ぶどうの棚の下でBBQや結婚式が楽しめるレストラン。現在はウエディング会場や宿泊施設も作られ、「ぶどうの樹リゾート」として運営している。

▶︎ワイナリー設立までの歩み

また、株式会社グラノ24Kは岡垣町に自社畑を保有しているが、なんとドイツにも自社契約畑があるそうだ。

さらに、自社でのワイン用ぶどう栽培とワイン醸造をスタートさせる構想は以前からあったため、小役丸さん自身はオーストラリアのワイナリーで5年間修行をした経歴を持つ。

オーストラリア滞在を終えて日本に帰国した小役丸さんは、従兄弟とともに自社ワイナリー設立に踏み切った。町内にある自社畑でワイン専用品種の栽培をスタートさせたのだ。

いつかワイナリーを作りたいという夢を持っていた祖父と父の夢をかなえた小役丸さん。祖父が1次産業であるぶどう農園を始め、父が3次産業であるサービス業を始めた。そして、小役丸さんが2次産業であるワイン醸造を開始。3世代かけて6次産業化を実現したのだ。

『ぶどうの樹のぶどう栽培』

続いては、ぶどうの樹の自社畑におけるぶどう栽培について紹介していこう。

ぶどうの樹の自社畑で栽培しているメインの品種は、ヤマブドウ系の品種である「行者の水」とメルローの交配品種、「富士の夢」だ。なぜ富士の夢を選んだのか、理由を尋ねてみた。

▶︎メインの品種は「富士の夢」

「富士の夢は栽培しやすく、収量も多いという品種特性を持っています。また、ヤマブドウ系の交配品種なので、色付きが非常によいのが特徴です。赤ワインを造るときに、しっかりと濃い赤色を表現したいと考えて、富士の夢を選びました。また、日本の土着品種であるヤマブドウ系の富士の夢なら、日本ワインらしい味わいが表現できると考えました」。

自社畑では富士の夢のほかに、白ワイン用としてシャルドネも栽培。まだ収穫には至っていないが、順調に生育しているところだ。

さらに、ぶどうの樹では宮崎県西臼杵郡五ヶ瀬町にある「五ヶ瀬ワイナリー」からの買いぶどうも醸造に使用している。購入しているのは、ナイアガラとキャンベルアーリーの2品種。

九州の地で育った健全なぶどうが、ぶどうの樹ならではの味わいのワインとなるのだ。

▶︎適切な防除の重要性

ぶどう栽培をする上で注意しているのは、防除を適切におこなうこと。気候や雨の状況をしっかりと確認しながら、必要なタイミングで実施する防除が、健全なぶどうを育む秘訣だ。

高温多湿で降水量も多い九州でぶどう栽培をするためには、栽培が比較的容易な品種を選ぶことが欠かせない。また、ぶどう栽培する上でもっとも気をつけなければならないのは、雨対策だ。

「日本の気候で栽培しやすい富士の夢ですが、雨対策は欠かせません。レインカットで雨が直接房に当たるのを防ぐことが大切です。雨が当たると、糖度が上がる前に病気が発生してしまうのです」。

岡垣町の平均降水量は1.640mm。全国平均と同程度ではあるが、ぶどう栽培が盛んな地域と比べると雨が多いエリアであることは間違いない。

また、手作業で草刈りをすることで、除草剤はできるだけ使わないことを心がけている。

▶︎自社畑の特徴

ぶどうの樹の自社畑の広さは60aほどで、海のほど近くに位置している。海が近いために土壌は砂地。以前は畑として利用されていた場所だが、水はけはよい。

周辺はぶどう栽培が盛んなエリアというわけではなく、岡垣町ではもともと菊の栽培が広くおこなわれてきた。だが、輸入の菊が増えたことで、地元の花卉農家の多くが果樹栽培に舵を切ったという。

玄界灘に面した岡垣町の沿岸部には、「三里松原(さんりまつばら)」という防風林が広がる。海から吹き付ける風から、自社畑のレインカットを守ってくれるありがたい存在だ。

ぶどうの樹の自社畑では欠かせないレインカットだが、ビニールが風に弱い点には苦労するという。特に、台風の暴風域に入るとビニールが破れたり吹き飛んだりしてしまう。

「富士の夢がまだ苗木の頃に、台風の風で大きな被害を受けたことがあります。ここ数年は幸いにも台風被害を受けていないので、無事に収穫までこぎつけています」。

常に海風が吹き抜ける環境のため、自社畑の風通しは非常によい。小高い土地にあるため土壌の水はけもよく、雨に気を付けさえすれば健全なぶどうが栽培できる環境が整っているといえるだろう。

ぶどうの樹では、農薬や除草剤の散布は最低限におさえている。また、収穫はすべて丁寧に手摘みでおこなうのがこだわりだ。

「せっかく美味しいぶどうができる環境があるので、できるだけ自然に近い状態で、手間暇かけて大切に育てたいと考えています」。

▶︎新品種「マスカット・サーティーン」に期待

ぶどうの樹のぶどう栽培の成功の裏には、実は小役丸さんの祖父の代からサポートしてくれた、ぶどう栽培の師匠の存在がある。ワイナリー設立の際にもサポートしてくれた、立役者的な人物だという。

「醸造担当の私と、栽培担当の従兄弟、それにぶどう栽培の師匠である有吉さんと『三人四脚』でやってきました。有吉さんからはぶどうも分けていただいていますよ。『マスカット・サーティーン』という珍しい品種で、どんなワインになるのか非常に楽しみにしているところです」。

有吉さんが栽培したマスカット・サーティーンは「ロザリオロッソ」と「シャインマスカット13号」の交配品種で、爽やかなマスカット香と甘味・旨みが強いのが特徴だ。

ワイン用に使われることはあまりないであろうマスカット・サーティーンが、どのようなワインになるのか期待したい。

ぶどうの樹のワイン醸造』

ここからは、ぶどうの樹のワイン醸造について見ていきたい。ぶどうの樹では2021年7月から自社での醸造をスタートさせた。

ワイン醸造のおけるこだわりと、味わいの特徴についてお話いただいた。

▶︎飲みやすく果実味が味わえるワイン

ぶどうの樹が目指すのは、ぶどうの果実味をしっかりと味わえるワインだ。甘口好みの九州人の舌に合わせ、果実の味と香りを生かした造りにしている。地元に愛されるワインを目指しているのだ。

自社畑で栽培しているヤマブドウ系品種の富士の夢のワインの場合、甘酸っぱくジューシーな味わいがそのまま感じられるのが特徴。

「樽香がしっかりとついた赤ワインらしい赤ワインを造るワイナリーさんはたくさんあるので、あえて路線を変えて、地元の人に受け入れられやすい味わいにしています。気軽にグイグイ飲んで欲しいですね」。

ぶどうの樹のワインは、系列のレストランやウエディング会場で提供されている。また、ぶどうの樹は、海辺に滞在できる体験型リゾートやジャグジーが楽しめる宿やグランピング施設なども経営。宿泊客もぶどうの樹のワインを楽しむことができる。

さらに、博多駅の新幹線口にあるぶどうの樹の販売店でも購入可能なので、見かけたら手に取ってみていただきたい。

▶︎こだわりは温度管理と濾過

ぶどうの樹の自社醸造所のキャパシティは大きく、最大醸造量は1万2000t。醸造量を徐々に増やしていっているところだ。

そんなぶどうの樹のワイン造りで、小役丸さんがもっとも気を付けているのは温度管理である。

「発酵途中の温度管理には、特に気を使っていますね。風が強いエリアなので、強風で『チラー(冷却水循環装置)』が止まってしまうことがあるのです。発酵中のワインがある期間には気が抜けません。ワイン造りをする中では大変なこともたくさんありますが、頑張った分だけぶどうは美味しいワインになって応えてくれると感じます。非常にやりがいを感じています」。

手塩にかけて育てた健全なぶどうだからこそ、きちんと発酵し、狙い通りのワインになってくれるのだろう。

また、ぶどうの樹のワイン醸造のこだわりのひとつに、濾過に遠心分離器の導入が挙げられる。

「1分間に1万2000回ほど回る遠心分離器で、雑菌や不純物を飛ばしてきれいなワインを作っています。遠心分離機を使うことで、澱(おり)下げ作業が短時間で済みますし、澱下げ剤の使用量を減らすこともできますよ」。

一般的な珪藻土の濾過器などに比べると、遠心分離器はメンテナンスに非常に手間がかかるのだとか。だが、均一で高精度な濾過が可能になるため、ぶどうの樹では今後も使用を継続していくつもりだ。

『ぶどうの樹、おすすめのワイン』

ここで、ぶどうの樹のおすすめ銘柄を、小役丸さんにご紹介いただいた。

ぶどうの樹の公式ウェブショップをみると、ワイン以外にも、デリやソーセージ、デザートなど非常に多くのラインナップがあることに驚かされる。さまざまな製品を加工・販売しているぶどうの樹では、ワインと一緒に楽しめる商品も豊富だ。

ぶどうの樹のワインと一緒に楽しんでほしい商品についてもあわせて教えていただいたので、購入時の参考にしてみてはいかがだろうか。

▶︎赤ワイン「654 NUKAZUKA」

オンラインショップで購入可能なぶどうの樹のワインの中で小役丸さんおすすめの銘柄は、「654 NUKAZUKA」。「糠塚(ぬかづか)」とは、ぶどうの樹の自社畑がある地区の名前だ。

「オリジナル赤ワイン『654 NUKAZUKA』は、自社畑のぶどうだけで造ったワインなので、たくさんの方に味わっていただきたいです。服にこぼれるとシミが取れないくらい色が濃いので、気を付けてくださいね」。

いたずらっぽい笑顔と共に紹介してくれた「654 NUKAZUKA」は、自社畑で栽培された富士の夢を使用。

2023年ヴィンテージの「654 NUKAZUKA 2023」は、アルコール度数が10〜11度ほど。すっきりした味わいの新酒ながら、色付きがよくさわやかなタンニンも味わえる。チーズと合わせて、2023年ヴィンテージならではのフレッシュな美味しさを味わってみて欲しい。

▶︎ロゼワイン「夢のつづき」

次に紹介するのは、五ヶ瀬産のキャンベルアーリー100%で造ったロゼワイン「夢のつづき」。キャンベルアーリーのストロベリー香がふんだんにありつつ、しっかりとドライな味わいに仕上がっている。こちらも、色鮮やかさが特徴で、キンキンに冷やすと刺身などにもよく合う。

「甘い香りがありながら、味わいはびっくりするくらいドライに仕上げました。『ちょっと変わっている』と驚いてもらえるワインですよ」。

小役丸さんの遊び心たっぷりの「夢のつづき」。驚きの味わいをぜひ飲んでみたいものだ。

▶︎美味しい水炊きと合わせて

ぶどうの樹で製造・販売している製品とワインのペアリングも提案していただいた。

「ピザやスモーク系のメニューもワインに合いますが、一押しは『九州産 平飼い鶏の博多水炊き』ですね。うちの水炊きはすごく美味しいですよ。この水炊きは『654NUKAZUKA』『夢のつづき』の両方に合いますので、召し上がってみてください」。

ぶどうの樹の「九州産 平飼い鶏の博多水炊き」は、もも肉・胸肉・つくねの3種が使われている贅沢なセット。脂を味わえるもも肉には赤ワイン、さっぱりとした胸肉にはロゼがよく合う。

岡垣町のふるさと納税にもラインナップされているので、気になる方はチェックしていただきたい。

ぶどうの樹の強みと、今後の目標』

最後に紹介するのは、ぶどうの樹の強みと今後の目標について。

ワイナリーがこれから進んでいく道と、どんなワインを造っていきたいと考えているかについても尋ねてみた。

▶︎飲み手の声に応えられるワイナリー

小役丸さんに、ぶどうの樹のワイナリーとしての強みを伺った。

「ぶどうの樹は、レストランや宿泊施設などのサービス業からスタートした企業です。そのため、お客様と直接お話しして、フィードバックいただいた内容を事業に反映させることに長けていると思うのです。ワイナリー事業でも、飲み手の方の声や要望をワイン造りに取り込んで反映していけるところが強みですね」。

飲み手との接点を大切にし、その声に応えていくことが、ぶどうの樹のワイン造りに大きく生かされているのだ。

▶︎湯呑み茶碗で飲んでくれたら最高に嬉しい

小役丸さんが願うのは、ぶどうの樹のワインをもっと気軽に楽しんでもらうこと。特に、地元の人たちに自社のワインを飲んでもらいたいと考えている。

目指すのは、地域で広く受け入れられる「地酒」になることだ。

「私がワイン造りを学んだオーストラリアでは、ワインは地酒として認識されていました。土地で取れたぶどうを仕込んでワインにするわけですから、もちろん地酒ですよね。ぶどうの樹のワインも、同じように地酒として飲んで欲しいと考えています。地元の農家のおじさんたちが、畑仕事終わりの一杯として湯呑み茶碗でうちのワインを飲んでくれたら、最高に嬉しいですね」。

地元の人がワインを買いやすくなるような仕掛けづくりにも取り組んでいる、ぶどうの樹。ワイナリーでは、好きなワインを好きな量だけ量り売りするという販売方法を検討している。

「都市部とは違い、地方ではワインはまだまだ『少し気取って飲むお酒』というイメージです。地元の人がよく飲むビールやハイボール、焼酎と同じような位置付けで、ワインにも親しんでもらいたいですね」。

また、ワイナリーでは「ホットワイン」や「ワインボール」など、ワインのさまざまな楽しみ方も提案している。

地元のぶどうでできたワインをぶどうの樹で気軽に購入し、地域の仲間と飲み交わす。岡垣町でそんな風景が見られる日が待ち遠しい。

『まとめ』

大規模醸造設備を持つぶどうの樹では、今後、醸造量アップに向けて自社畑の拡大も視野に入れている。また、将来的にはぶどう以外にビワやイチジクなど、地域の特産品の果物でワインを造る構想もある。

「岡垣町には、イチジクとビワ、イチゴなど美味しいものがたくさんあります。イチジクなどは傷んだら捨てなければなりませんが、ワインに仕込めば長期保存が可能です。もし造ることができれば、地域にワイナリーがあってよかったと地元の皆さんに思っていただけるのではないでしょうか」。

全国各地に広く店舗展開をしているぶどうの樹だが、長い間支えてきてくれた地元の人々に恩返しをしたいとの思いが強いのだ。

「子どもの頃は正直、岡垣町には魅力なんてないと思っていました。しかし、町の魅力は外から見たときに初めてわかるんですよね。自然豊かで海があって、食べ物が美味しくて、こんなに素晴らしいところはほかにありません」。

また、岡垣町には最近、ビール工房と日本酒工房ができたそうだ。岡垣町が今後、町外からも新たなファンを獲得することは間違いないだろう。

美味しくて飲みやすく、親しみやすいワインで地域をさらに盛り上げてくれるぶどうの樹のワイン造りを、今後も応援していきたい。

基本情報

名称ぶどうの樹ワイナリー
所在地〒811-4204
福岡県遠賀郡岡垣町手野183
アクセスhttps://maps.app.goo.gl/hw8s4ngMg2h713BY9
HPhttps://budounoki.co.jp/

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