『アールペイザンワイナリー』100%自家農園産のぶどうやりんごを使う、ドメーヌスタイルが強み

岩手県花巻市幸田地区、棚田が広がるのどかな丘陵地帯の丘の上にある、「アールペイザンワイナリー」。2019年10月に設立された、「花巻クラフトワイン・シードル特区」第1号のワイナリーだ。 

自社農園のぶどうやりんごのみを使う「ドメーヌ」スタイルで、ワインやシードルを醸造している。運営母体は社会福祉法人で、障がいを持つ人とともに地域を盛り上げたいと活動を広げてきた。
アールペイザンワイナリーでは、「障がい者が造るのをうたうのではなく、高いブランド力や品質を市場に提供していきたい」と考え、独自のスタイルで栽培や醸造をすすめている。

アールペイザンワイナリーの歴史や魅力について、栽培・醸造責任者の高橋和也さんにお話を伺った。 

『2019年10月、りんごを使って醸造スタート』

アールペイザンワイナリーは、2019年4月に「果実酒製造免許」を取得。10月には自社農園のりんご3.5tを使って醸造を開始した。 

「花巻クラフトワイン・シードル特区」は、岩手県では花巻市だけが認定されている。通常は果実酒の最低製造数量が6klのところ、特区内では2klに緩和されるのだ。ただし、特区内で収穫された原料のみを醸造に使うのが条件だ。 

アールペイザンワイナリーでは、当初は市内3か所にりんご園地を所有し、約2haで生食用のりんごを栽培していた。続いて2018年からは、1haの休耕田を活用して、醸造用のぶどう栽培をスタートさせた。 

さらに、本格的にシードルを造っていこうと、シードル醸造に適した海外品種のりんご栽培も開始した。もともと栽培していた「和りんご」は基本的に生食用。
海外品種を使ったシードルに比べると、味に深みが足りないためだ。 

▶地域の課題を解決し、地域産業に貢献

アールペイザンワイナリーを運営するのは、「社会福祉法人悠和会」。2000年6月に設立され、介護事業を中心とした事業を展開してきた。
その後、2004年に障がい者就労継続支援施設B型「ワークステージ銀河の里」を開設。現在は高齢者を含め、1日170名ほどの利用がある。

「もともと農村地帯の土地柄なので、障がい者を支援する事業として、農作業を行っていました。近年は農家の高齢化が進み、『これ以上続けていくのが難しい』と近隣農家からの相談をうけるようになった。そのため、りんご園地を引き継ぐことにしました」。 

岩手県花巻市では、農業者の高齢化が深刻な課題だ。60歳以上の農業従事者の割合が全体の49%、うち70歳以上がその半数を占める。農業経営の存続が危ぶまれている状態なのだ。

障がいを持つ人が地域で活躍できる形を模索していた「社会福祉法人悠和会」は、その課題に着目。高齢農家の土地と経験を障がいを持つ人に引き継ぐことで、何とか地域課題を解決できないか。
全国的にも注目を集めている「農業」と「福祉」の連携を実現することで、新しい産業が地域貢献にもなるとも考えた。

▶地域振興を目的に「花巻クラフトワイン・シードル特区」へ 

「社会福祉法人悠和会」がりんご園地を引き継いで、何を作ろうかと模索していたのは2014年頃のこと。当時はおりしも、低アルコール飲料やシードルに対して、世間の認知度が上昇してきた時期でもあった。 

しかし当時は「果実酒製造免許」の取得はしておらず、醸造設備もなかった。そのため、岩手県の工業技術センターと共同で、アルコール1%未満で発酵を止めたノンアルコール・シードルの醸造を開始。
雑誌にも取り上げられ、さらに酒造りに対する熱意が高まってきた。 

だが通常の醸造免許取得はハードルが高い。地域振興を担っていくとして、自治体に「花巻クラフトワイン・シードル特区」の設立を打診した。

耕作放棄地や地域の課題を解決するために、新しい出口をつくって地域貢献をしていくのがワイナリーのコンセプトだ。
また、特区を活用してほかにもワイナリーができることで、ワインの産地形成ができればとも考えたのだ。

「視点を変えると、地方にはさまざまな資源がある。地方ならではの魅力をブラッシュアップして、地域づくりに貢献できればと思っています」。 

『ワインは農民が醸す芸術』 

 アールペイザンワイナリーの名は、フランス語から名付けられた。「アール(art)」は「芸術」、「ペイザン(paysan)」は「農民」を意味する。花巻出身の詩人・宮澤賢治の「農民芸術概論」にも影響を受けた。

「我々は一次産業に従事していますが、発酵という技術を使って、もの造りをした結果に出来上がるワインは、素晴らしい創造物。そんな気持ちを持って、もの造りに取り組めたらと考えているのです。農民が醸す芸術だといえるワインを生み出したいですね」。
アールペイザンワイナリーでは、ワインは自然と農民が織りなす創造作品だと考えているのだ。

▶球体のロゴにワイナリーの思いを込めて

 ワインやシードルのエチケットに使われているロゴは、アールペイザンワイナリーが目指す姿が具現化されている。あしらわれた山や花は、花巻市をイメージ。ぶどうやりんごと、それを媒介するミツバチといったすべてが、球体の中に凝縮している。
ワイナリーのコンセプトが見事にあらわされた、秀逸なデザインだ。 

▶ブランドや品質をしっかりと構築する 

アールペイザンワイナリーのワイン造りの主たる担い手は、障がいを持つ人々だ。だが、商品やブランドイメージも含め、障がい者が関わっていることは一切うたっていない。

「障がい者は一般企業の中でも一生懸命働いている。そこを訴えるより、ワインやシードルのブランディングや品質をしっかりと構築することを考えています。瓶を手に取って裏のラベルを見たら、『社会福祉法人』と書いてあるくらいが、フラットな社会じゃないかなと考えます」。

『醸造用ぶどうと、シードル用の海外りんご品種を栽培』 

アールペイザンワイナリーでは、以前は棚田であった、なだらかな南向きの斜面でぶどうを栽培している。自社畑の様子を紹介しよう。 

▶南向きで風のあたりがよい耕作放棄地を、ぶどう畑に

ぶどう栽培を始めるにあたっては、南向きの斜面で、風の抜けがよい場所をセレクトした。土壌は赤土の粘土質だ。耕作放棄地だった棚田を造成し、スタッフとともに1本1本ぶどうの苗を植えた。
品種はメルロー、マスカット・ベーリーA、シャルドネ、ゲビュルツトラミネールで、約2,200本を植えている。

▶酸のしっかりのこる品種、プティ・マンサンを新たに植える

アールペイザンワイナリーでは、2020年に自社畑を30a拡張した。2022年春には、プティ・マンサンを植える予定だ。温暖化の影響もあり、酸がしっかり残る品種を選んだのだという。
アルバリーニョとプティ・マンサンのどちらにするか悩んだという。しかしアルバリーニョは、スペインの海に近い地方が原産のぶどう。
アールペイザンワイナリーの立地であれば、プティ・マンサンがより適した品種なのではと考えたのだ。

アールペイザンワイナリーはシードルを造っているため、スパークリングワインの醸造設備が整っている。今後はシードルをメインに、ぶどうのスパークリングワインにも力を入れる予定だ。
ぶどうの樹が若いうちは、果実味と酸を活かしたスパークリングワインに仕立てるのがよいと考えているのだ。  

▶5種類のシードル専用りんごを栽培

また、海外のシードル専用りんご品種を5種類ほど栽培。検疫の関係で、苗自体を輸入することはできない。
穂木を取り寄せ自分たちで接ぎ木し試験栽培をスタートした。また、日本で一般的な「ふじ」や「紅玉」、「ジョナゴールド」などの生食用りんごも栽培している。

『ドメーヌスタイルで、高品質なワインとシードル造り』

アールペイザンワイナリー1番の特徴は、自社畑のぶどうやりんごを使用する、ドメーヌスタイルであること。

購入した果実を使うと、収穫から仕込みまでに、どうしてもタイムラグが出る。ドメーヌスタイルだと、果実の状態が最良になるのをぎりぎりまで待って収穫し、すぐに仕込めるのが強みなのだ。 

▶こだわりの醸造所 

スタイリッシュな印象がひときわ目をひくワイナリーの建物があるのは、段差のある立地だ。1 階が醸造スペースで、2階がショップラウンジ。2階からは1階の醸造スペースが見下ろせ、醸造の様子を見学できるのが特徴だ。 

ショップラウンジからは、外に広がる雄大な景観を楽しめる。大きな屋根がついたバックヤードは、多くの人が作業に関わることが可能な、こだわりの設計だ。 

▶2021年から、ぶどうとりんごの本格的な収穫が始まる

アールペイザンワイナリーのぶどうの樹は、2021年で植樹4年目を迎える。徐々にぶどうの収量が増え、2020年にはマスカット・ベーリーAとゲビュルツトラミネールが一部収穫できた。
400本程度のワインを仕込んだという。今後はより多くの収穫が見込めるため、ワイン醸造が軌道に乗ってくることが期待できる。

海外のシードル専用りんご品種も、2021年に初の収穫を迎える。食用品種のリンゴではないが、シードル専用品種には、日本のりんご品種に足りない「渋み」「酸味」「苦み」があるのが特徴だ。和りんごにブレンドして醸造することで、日本のシードルの酒質をあげていきたいと考えている。 

▶よいぶどうを作り、よいワインを造る

アールペイザンワイナリーが目指しているのは、よいぶどうを作り、よいワインを造ること。そのためには有機栽培や肥料ありきではなく、年ごとの気候に合わせてベストな対策をうっていく必要がある。
土地に適した栽培方法を模索しながら、細やかに進めている段階だ。

アールペイザンワイナリーの圃場は、風がよく通るのが特徴の土地だ。丘のてっぺんから風が抜けるため、大きな病気は出にくい。ぶどう栽培にも比較的適している土地なのではないかと考えている。

「品種については、比較的どのような土地でも育ちやすい、メルローやシャルドネを選抜して植樹しました。今後、この土地らしさをぶどうの味が表現してくれたらよいなと思っています。仮に平坦な味になっても、赤ならマスカット・ベーリーA、白ならゲビュルツトラミネールをアクセントにブレンドしようと考えて、4種類の栽培を決めました」。 

▶草生栽培で、土地の持つ力を引き出す

アールペイザンワイナリーの自社畑では、すべて垣根仕立てで栽培を行っている。自作でレインカットを作るなど、健全なぶどうが育つためのサポートも徹底している。 

アールペイザンワイナリーでは、除草剤は一切使用していない。木の周りだけ草を刈り、通路は草を伸ばす「草生栽培」を採用した。水分コントロールが容易になる効果が見込めるという。

自社圃場はもともと耕作放棄地であったために、20年ほど除草剤や肥料が一切入っていない土地。化学肥料は使わず、土地の持つポテンシャルを引き出すのが一番よいと考えたのだ。

ただし、棚田であったために、土を平らに崩して造成していく作業が必須だった。垣根の長さは最長で100mあり、土壌のバランスが一定ではなかったためだ。堆肥をすき込みながら、圃場内の土壌を均一に整える必要があった点に、最も苦労したという。
アールペイザンワイナリー圃場はまだ新しい。これからも時間をかけて、理想とする形を目指して整備されていく。  

『スパークリングワインにも力を入れたい』

 今後の展開としては、ほかにも多くある耕作放棄地の活用を検討している。また、スパークリングワイン造りに力を入れていくことも考えているという。

▶ワインとシードルの醸造比率は、7対3を目指す 

食事に合う、クリーンな味わいのワイン造りを目指すアールペイザンワイナリー。飲んだときに土地の風景を思い描ける、滋味深いワイン造りが目標だ。 

将来的には、ワインとシードルの醸造比率を7対3にすることを考えている。シードルの醸造割合を低めに設定してあるのには理由がある。 

日本では、シードルがまだ文化として根付いていないためだ。シードルが文化として根付くためには、食とのペアリングや、食文化の中でのシードルの位置付けが重要だ。
また、畑の収穫量からみても、将来的にはぶどうの方の収穫量が増え、醸造量が伸びる予定だという。

「アールペイザンワイナリーでリリースしているシードルは、食事に合うよう、かなりドライな味わいに仕上げています。りんごからイメージされる甘いお酒ではなく、食とのペアリングを意識して造っていますね」。

▶ふじを使った初ヴィンテージのシードルで受賞

シードルをどのように売り出すかは、市場開拓も含めて模索中だ。甘みの強い和りんごをブレンドして造ったシードルと、酸味が強いりんごをブレンドして造ったシードルの2種類を展開していく予定がある。 

アールペイザンワイナリーの初ヴィンテージは、ふじを使った「ポム・シュクレ2019」と紅玉を使った「ポム・エグル2019」だ。バランスも味わいも異なる2本の味を飲み比べるのも楽しそうだ。

フルーティーな「ポム・エグル2019」は、日本のシードルには珍しくドライな味わいで、すぐに完売した人気の商品だ。
一方、日常の食卓で楽しめる「ポム・シュクレ2019」は、2020年の「第 4回フジ・シードル・チャレンジ」でシルバーを受賞したという。やわらかな酸味と余韻がエレガントで、和食にもよく合う1本だ。  

▶「オークチップ」を加えてアクセントをつける

高橋さんは、初ヴィンテージでの受賞が非常にうれしかったと振り返る。食事に合うシードルとして、ドライに仕上げてある「ポム・シュクレ2019」。ほかに受賞したシードルをみても、ドライなシードルが受賞する傾向にあった。
評価の基準が「甘いりんごのお酒」ではなくなってきていると感じた高橋さん。アールペイザンワイナリーがねらっていた味わいに、トレンドがマッチしてきたことを確信した。

和りんごで醸造したシードルは、平坦な味わいになりがちだ。2020年から「オークチップ」という、樽を砕いた木のチップの使用が解禁になった。
賞を受賞した「ポム・シュクレ2019」はオークチップを使っている。

「解禁される2シーズンくらい前からテストをしており、それも受賞の要因のひとつのかなと思っています。樽のフレーバーや複雑性を加えて、果実味が増すように造った狙いが、ある程度評価されたのではないでしょうか」。

アールペイザンワイナリーでは、発酵終了後にオークチップを投入。量やバランスを見て、何種類か組み合わせ、2週間ほど浸漬している。
発酵終了後に加えるのは、風味がどこでどのように変化するのかをしっかり把握するためだ。ベースのシードルを造って、そこからエッセンスを振りかけていくイメージだという。

『栽培家や醸造家を育てるのも仕事』

 障がいを持つ人の支援策として、地域の中で栽培家や醸造家を育てるのもアールペイザンワイナリーの仕事だ。人によっては、ひとりで剪定から結引まですべてできる人もいる。
また、枝を拾ってくれる人がいると、作業効率が格段にアップするという。農作業を細分化することで、誰にでも必ずぴったりの仕事が見つかるのだ。 

▶それぞれの適材適所を見つける 

 「農作業が得意ではない人でも、よくよく話を聞くと、虫が大好きだったりもする。その人に害虫対策を任せると、自分で調べてスズメバチのトラップを作ってくれたんです。圃場にペットボトルを300本つるして、管理をしてもらいました。スズメバチの被害は本当に多いのですが、トラップのおかげで春先にスズメバチを駆除でき、秋の収穫期のぶどうの被害は一切ありませんでしたね」。

いろいろな能力を持つ人がいて、多様な仕事がある。アールペイザンワイナリーでは、個々の能力を活かして、得意な方面で活躍してもらう方法を模索しているのだ。 

▶食事や乾杯シーンで気軽に飲んでほしい

 アールペイザンワイナリーの、スタッフみんなの力で生み出されたワインやシードル。どんな場面で飲んでほしいかを伺うと、こんな回答が返ってきた。「楽しい食事や乾杯のシーンで、気軽に飲んでほしいですね」。

『まとめ』  

奥羽山脈と北上高地にはさまれた岩手県花巻市。りんご栽培の好適地に誕生したアールペイザンワイナリーの、今後の展開が楽しみだ。 

2021年には、自社畑で収穫されるワイン用ぶどう4種の収穫が本格化する予定だ。土地ならではのテロワールが表現されたワインが、これから続々と生まれてくるだろう。
海外のシードル専用品種が収穫されれば、市場に新たな味が投入され、日本におけるシードル文化の醸成が進むことも期待される。 

アールペイザンワイナリーでは、多様な人材がぶどう栽培やワイン造りに勤しむ。多様な人材が化学反応を起こし、ワインやシードルに新たな味や発見をもたらすのだ。
地域貢献という目的を持ちながらも、高い品質を求める「アールペイザンワイナリー」。これからの活躍と進化から、目が離せない。

基本情報

名称アールペイザンワイナリー
所在地〒025-0013
岩手県花巻市幸田4−35−1
アクセス東北新幹線「新花巻駅」より車で10分
HPhttps://artpaysanwinery.wixsite.com/website

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