山形県東根市は、さくらんぼの生産量で日本一を誇る。また、りんごやもも、ぶどう、ラフランスなども多く栽培している果樹王国だ。
今回紹介するのは、そんな山形県東根市神町にある「一家農園」。取締役を務める針生栄二さんが、中学時代の仲間たちとともに設立したワイナリーである。
「自然と調和した農業の仕組みを作る」 という理念のもと、農薬や化学肥料を使わずに栽培したぶどうを使って、野生酵母だけでワインを造っている。醸造においては酸化防止剤は不使用。また、無清澄で無濾過、 非加熱醸造するという徹底ぶりだ。
ストイックにも感じられるワイン造りだが、どのようなこだわりを持って取り組んでいるのだろうか。針生さんに伺った一家農園の魅力を、余すところなく紹介していこう。
『一家農園立ち上げまでのストーリー』
まずは、一家農園の発足までの経緯をたどっていこう。
針生さんたちは、なぜ山形の地でぶどう栽培とワイン醸造を手がけることにしたのだろうか。また、一家農園という社名に込められた思いについても尋ねてみた。
▶︎農業でビジネスチャンスをつかみたい
一家農園が誕生したのは2020年のこと。前職は会社員だった針生さんだが、地元・仙台で過ごした中学時代の仲間と交流する中で、「農業でビジネスチャンスをつかみたい」という思いが大きくなっていったという。
だが、自身には就農経験がなかったため、中学時代の後輩でもあり山形県東根市で農業を営む友人を含む3人に声をかけた。
就農するとはいっても、当初からワインを造るつもりだったわけではない。農業法人を作って農業の分野で活躍したいとの考えで、ありとあらゆる可能性を模索することからスタートした。
検討を続けるうち、果樹の町として有名な東根市でぶどうの苗木を育ててみようという案が浮上した。苗木を植えてから収穫するまでに3年以上かかるぶどうだが、まずは植樹して育てながら、今後の方向性を定めていけばよいのではないかと考えたのだ。
さっそくぶどうの苗木を植え、平日は仕事をして週末にはぶどう栽培に携わる日々を送った。仲間とミーティングや地元の人と交流をもつ生活をする中で気づいたのは、日本の農業が抱える一番の問題とは高齢化であるということだったという。若い人が就農する重要性を肌で感じたのだ。
また、週末ごとに畑仕事をしていると、次第に地元の人が話しかけてくれるようになった。そしてあるとき近隣の人から、畑を広げる気はないかと打診されたのだ。
「声をかけていただいたときには、そこまで大きな畑だとは思いもしなかったので、『もちろん広げられたら嬉しいですね』と、軽くお返事したのです。すると、2haものぶどう畑を私たちに譲りたいという方を紹介してくださったので驚きました」。
とんとん拍子に2haのぶどう畑を格安で借りられることになった針生さんたち。しかも、畑に植えられていたぶどうの樹はすでに成木で、1t程度のぶどうが収穫できる見込みもあったのだ。
畑の拡大はありがたいことだが、まだ事業の方向性も定まっていない中で、1tものぶどうが手に入ってしまう。さて、これからどうすればよいのだろうかと急いで知恵を絞った。
▶︎ワイン醸造を決意
大規模農業をはじめるほどの資金や人をすぐに集めることはできない。それならば、安定した経営のためにブランド価値を重視しよう。自分や家族の健康と日本の将来、大切な地球環境のことを考えたときに、選んでもらえる商品を提供したい。
そして、ワインという商材であれば、自分たちの思いがぴったりマッチするのではないかと考えたのだ。
『一家農園のぶどう栽培』
自社畑を拡大して本格的な農業に乗り出した一家農園。続いては、一家農園のぶどう栽培について詳しくみていこう。
2023年時点で管理している自社畑は4haほどだ。自社畑の特徴や、ぶどう栽培におけるこだわりを紹介したい。
▶︎自社畑の特徴
一家農園の自社畑がある山形県東根市は盆地のため、夏は暑く冬は寒いのが特徴。2022年の場合、最高気温は35度を越え、最低気温はマイナス11度だった。梅雨が明けるとその後は猛暑日が続くため、夏が終わるまでは昼間は暑すぎて畑にでるのがむずかしいほどだ。
山形県の中央に位置する東根市は、針生さんたちの地元である宮城県仙台市に隣接している。宮城県との県境には「関山」という山があり、関山にぶつかった湿った空気は冬季に大量の雪を生み出す。一家農園の自社畑では棚栽培でぶどうを育てており、棚の高さは180mほど。だが、降雪があると高い棚は大雪ですっぽりと覆われてしまう。
数か所に点在する自社畑の中には耕作放棄地を譲り受けて整備した土地もあり、水田として活用されていた場所は水はけがよくない。
「水田として使われていた場所は、水がたまりやすいように土がぎゅっと固められているので、ドリルで穴を開けて水はけがよくなるように改良しているところです。ほかの作業の合間に、少しずつすすめています」。
▶︎栽培している品種の紹介
一家農園で所有している4haの自社畑のうち、ワイン造りを決心したときに借り受けた2haの畑で栽培しているのはデラウェアがメイン。同じ区画では、スチューベンとナイヤガラも少量栽培している。
残りの2haには、針生さんたちが植栽したぶどうが成長しているところだ。どの品種が東根の土地に合うのかを見極めるための試験栽培中なのだ。栽培している品種は以下。
赤ワイン用品種
- ヤマ・ソーヴィニヨン
- ガメイ
- マスカット・ベーリーA
白ワイン用品種
- シャルドネ
- リースリング
新しく植栽した中で、ヤマ・ソーヴィニヨンは針生さんが絶対に育てたいと選んだ品種なのだとか。針生さんの楽しそうな表情からは、ぶどう栽培が楽しくて仕方ないという様子が伝わってきた。試験栽培中の品種のうち、土地に合うと判断された品種から誕生するワインが今から待ち遠しい。
「東根市では、かつてはたくさんの農家がデラウェアを栽培していました。しかし、現在では大半がシャインマスカットに改植されたようですね。デラウェアは土地にあった品種だったと思うので残念です。また、山梨や長野の生産者の方とお話をすると、甲州の栽培をすすめられます。病気に強く樹勢がとても強いため、育てるのが面白いそうです。いつか栽培してみたいですね」。
▶︎ぶどう栽培におけるこだわり
一家農園の自社畑では、動物と虫、微生物が植物と影響しあい、それぞれが本来持っている力を最大限に生かせるよう工夫されている。農薬や肥料に頼ることなく、「やればやるほど地球を豊かにする農業」を目指しているのだ。
「ぶどうの樹は水分や土の中の微生物がつくった栄養を吸い上げて育ちます。ぶどうにとって心地よい環境を作るためには、まず、土の中の微生物が住みやすい環境を整えることが必要なのです。うちの畑は不耕起栽培を採用しているので、土の中の虫にミミズなどがたくさんいる環境ですよ」。
「よいぶどう」とは、ぶどうが生態系の中で関わるすべての命とよい関係を築いたときに生まれると考える針生さん。農業は環境を悪くしていると言われることもあるが、一家農園が実践している農業は、環境にプラスになると信じているのだ。だが、ぶどうの栽培をおこなう上では苦労も多いことだろう。
「どんなことにも、プラスの要素があればマイナスの要素もありますよね。たとえば、ぶどうの実を食べに鳥がやってきますが、防鳥ネットは使用していないので被害が出ます。しかし、私たちは鳥を敵だとは考えていません。畑に来た鳥が残した糞の中に草の種が含まれていて、今までうちの畑になかった雑草が生えるかもしれないですよね。すると、その雑草のおかげで、今まで大量に生えて困っていた雑草が減ることだってあるかもしれません」。
なんとナチュラルでポジティブ、しかもやさしい思考だろうか。一家農園の自社畑には、鳥だけではなく獣たちもやってくる。山に近いこともありカモシカやイノシシも来訪するそうだ。だが、あくまで環境に負荷をかけないことを大切にしている一家農園。自然と共存し次の世代に繋ぐ農業をするのだという、揺るがない決意が感じられる。
▶︎「信じて待つ」姿勢を大切に
一家農園のぶどう栽培では肥料を使用していないため、苗木によっては植樹してから3年経っても実をつけないものや、枝振りがよくないものもある。
だが、「栄養が足りないから」と考えるのではなく、ぶどうが生きるために根を張る時期なのだととらえている。焦る気持ちもあるが、そこで自分たちの考えを曲げてはいけないのだという。
また、ぶどう栽培をする上で、気候は生育を大きく左右する存在だ。一家農園では、あるがままの気候を受け入れて栽培管理をおこなっている。
2023年の春は気温の上昇が例年よりも早く、ぶどうの目覚めも早めに訪れた。秋口に収穫を終えた樹は、枝の剪定後には休眠期に入る。寒さが厳しい冬を雪の布団にくるまってやり過ごすと、3〜4月には雪解けの季節がやってくる。
気温の上昇を感じると、樹は根から水を吸い上げる。樹液の流動が始まると、秋に剪定した枝先から水がポタポタと落ちてくる。いわゆる「ぶどうの涙」といわれるもので、ぶどうの樹が目覚めた証でもある。
待ちに待った春の訪れではあるが、この時期に朝晩の冷えが厳しく遅霜が発生する日があると、流動し始めた樹液が凍る被害が起こる。
「遅霜への対策としては、雨除けのビニールをかけることくらいしかできません。かけたところであまり効果もなく『頑張れ、頑張れ』とぶどうに声をかけて乗り切るしかありません。信じて待つのみです」。
自然の摂理に則っておこなう農業は、ときに厳しい現実を突きつける。だが、それもまた命を繋いでいく上では必要なことなのだ。
『一家農園のワイン醸造』
自社の醸造施設を保有していない一家農園では、ほかのワイナリーに委託醸造をしている。委託先は山形県南陽市の「Yellow Magic Winery(イエローマジックワイナリー)」だ。
可能な限り自然に近い環境で栽培されたぶどうを、一家農園ではどのような点に気をつけながらワインにしているのだろうか。ワイン造りにおけるこだわりについて紹介していきたい。
▶︎正直なワイン造りを目指す
一家農園のワイン造りは明解だ。余計なものは一切入れず、野生酵母だけで造る。また、亜硫酸や濁りを取るための清澄剤も使用していない。
「なにも足さず、多くを引きすぎない正直なワイン造り」が、一家農園のワイン造りのコンセプトだ。畑でもワイン醸造でも余計なものは入れず、濾過もしないので何も引かない。それをどこまで突き詰められるかが目指す姿にいきつくための鍵となる。
委託醸造先のYellow Magic Wineryでは、代表の岩谷さんが「自然発酵」にこだわってワインを造っているのが特徴。30年以上のワイン造りのキャリアを持つ岩谷さんから教えを受けることは非常に多いという。
「岩谷さんからは、『正直にワインを造れよ』とよくいわれます。1年間、丹精込めて取り組んだぶどう栽培の結果を、ワインにしてボトルに詰めこむのです。ぶどうの力だけでできたワインのおいしさを、そのままお客さまに飲んでいただきたいですね」。
これまで岩谷さんの元で3回ワインを仕込んだ。まるで玉手箱を開けるような思いでワインを造ったと、針生さんは嬉しそうに笑う。納得いくこだわりのワインを、楽しみながら造るのが一家農園のスタイルだ。
▶︎広がっていくターゲット層
一家農園のワインはナチュラルだ。幅広い層の人に飲んで欲しいという思いで造ったワインだが、思わぬ人たちがターゲットになることがわかった。ある日、神奈川のアレルギーを専門とする内科医から連絡があったのだ。
「『アレルギーに悩む患者さんの中には、お酒を飲みたいけれど我慢している人が大勢います。何も加えていない一家農園のワインなら飲めるのではないか』というお電話をいただきました。アレルギーの患者さんにうちのワインを飲んでもらおうとは考えてもいなかったので、驚くと同時に、選んでいただいたことに感動しましたね」。
また、大手百貨店が環境に配慮した商品をギフト販売するという企画をおこなった際にも、一家農園のワインが選ばれた。売り上げ本数が多かったことから、環境やSDGsに配慮したワインとして注目を集めつつあることが、はっきりと実感できたという。
針生さんに目指すワイン像について尋ねると、ワインが苦手だった人でもするすると飲めてしまうようなワインだと話してくれた。
具体的には、酸と糖度のバランスを意識し、「程よい酸味が美味しい」ワインを目指しているため、ぶどうの糖度が上がりすぎないよう栽培の段階から注意しているそうだ。
畑のぶどうが紫色に色づき始めると、毎日畑のぶどうの糖度を注意深く測って回る。甘くなり過ぎず酸味を生かした味わいが、一家農園の目指すワインなのだ。
▶︎おすすめ銘柄の「GaraMogi(ガラモギ) 2022」
おすすめの銘柄を尋ねると、針生さんは2022年ヴィンテージのオレンジワインを紹介してくれた。デラウェアを主体に、同じ区画で栽培するスチューベンとナイアガラを混醸した「GaraMogi(ガラモギ) 2022」は、いわゆる「フィールドブレンド」だ。
グラスに鼻を近づけると、ナイアガラの華やかな香りが際立つ。少し甘めの味わいを想像しながら口に含むと、含有比率が高いデラウェアの酸があらわれ、タンニンもしっかりと感じる。一家農園のラインナップの中でも、とりわけボリュームを感じる銘柄だ。
「『がらもぎ』とは、山形の地元農家さんたちが、「すべて収穫する」という意味で使う言葉です。畑のすべてを詰め込んだフィールドブレンドのワインにぴったりだと考えて名付けました。和食に合うので、おでんやお寿司、お刺身と一緒に味わっていただくのがおすすめです。東京のお寿司屋さんにも『GaraMogi(ガラモギ) 2022』を置いていただきました」。
『一家農園のこれから』
最後に紹介するのは、一家農園のこれからについて。ぶどう栽培やワイン醸造において、どんな未来が待ち構えているのだろうか。
継続していきたい取り組みと、新たなチャレンジについて具体的にお話いただいた。一家農園の未来について紹介していこう。
▶︎自分たちのワイン造りを突き詰める
「ぶどう栽培とワイン醸造においては、シンプルさをもっと追求していきたいと考えています。ワイン造りにはさまざまな手法がある中で、シンプルな造りなのにこんなに美味しいのかと思っていただけるような味わいを出したいと思っています」。
「なにも足さず、多くを引きすぎない正直なワイン造り」という一家農園のコンセプトをどこまで突き詰められるかが、これからの目標だ。
苦労して悩みながらも、その境地を目指したい。だが、難しく考えすぎずにみんなで楽しくやっていきたいとも話してくれた針生さん。
「ものづくり」としての農業に惹かれ、たまたま出会えたワイン造りという世界には、自分の力ではどうにもできないことが多いと日々感じているそうだ。だが、自分の力が及ばないところがある点が、かえって心地よいのだとか。
「醸造について新たに学ぶたびに、こんな手法もあるのかと驚いたり感心したりする毎日です。学んだことをただ取り入れるのではなく、一家農園ならではのワイン造りに適したかたちに変換して組み込んでいきたいですね」。
▶︎みんなが幸せを感じられるように
山形県東根市でのぶどう栽培を成功させ、ゆくゆくは地元である仙台市でもワイナリーをオープンさせたいと語る針生さん。その際には、ワイン造りに挑戦したい人の受け入れもしたいと考えている。
「ワイン造りをしてみたいと思う人たちが、醸造機器やスペースをみんなシェアできる仕組みを作ることも考えています。同じような志を持つ仲間がいれば、一緒にチャレンジしていきたいです」。
また近い将来、ぶどうジュースも製造する予定だ。ワインイベントに参加したお酒を飲めない人や子供たちが、ワインと同じぶどうで造ったジュースを味わうことで経験を共有して欲しいとの思いがある。
「ワインは飲めなくても、同じぶどうからできたジュースを飲んでくれたら、ワイナリーに一緒に来た家族や友人みんなで話が弾むでしょう。同じものを共有して、その場にいるみんなが幸せを感じられるような仕掛けを作っていきたいですね」。
『まとめ』
ワイン造りの過程には、「ぶどうに助けられる」「自然に助けられる」「人に助けられる」そして、「ときに自分が手を貸し助ける」という「助け合い」が存在すると話してくれた針生さん。
今後の一家農園は、老若男女みんなが楽しめるものを提供できる場を作ることを目指し、さらに、よりナチュラルな方向性もさらに視野に入れていく。
自然と助け合うことで誕生した一家農園のワインが気になったら、ぜひ一度購入して飲んでみて欲しい。自然そのもののやさしい味わいに、心が癒されるに違いない。
基本情報
名称 | 一家農園株式会社 |
所在地 | 〒999-3764 山形県東根市神町東3丁目8−10−111 |
アクセス | JRさくらんぼ東根駅から車で8分 |
HP | https://ikkawines.shop/ |