『ワイン工房あいづ』余計なものを足さない、自然なワインを目指すワイナリー

磐梯山(ばんだいさん)は、色彩豊かな湖沼郡を裾野に持つ、日本百名山にも数えられる山だ。
そのふもとの福島県耶麻郡猪苗代町にあるワイナリー『ワイン工房あいづ(有限会社ホンダワイナリー)』は、2021年でオープン15年を迎える。
地元のぶどうを使い、素材の味を大切にしたワイン造りを続けてきた。

東日本大震災で、どこよりも大きな被害を受けた福島の地にありながら、小規模ながらも着実にその歩みを進めてきたワイン工房あいづ。
ワイン工房あいづの個性と魅力に触れるため、代表の本田毅さんにお話を伺った。

『ワイン工房あいづの発端』

ワイン工房あいづは福島県で2番目にできたワイナリーだ。福島県初のワイナリーの発足は北会津町の『大竹ぶどう園』の明治33年(1900年)のこと。
ワイン工房あいづの誕生はそこから106年経ってからだ。本田さんは2006年、定年退職をきっかけにワイン醸造の道に入った。

▶カナダ・バンクーバーでの研修

「ワイン造りとは無縁な仕事をしていました」という本田さんの前職は教師。工業高校で電気・電子関係の教科で教鞭をとっていた。

定年を迎え、時間に余裕ができた。職場に残ることも可能だったが、なにか別のジャンルに挑戦してみたかったという本田さん。個人でできる職種をあれこれ探し始めた。
そのうちに本田さんの目に止まったのが、北海道のある小規模ワイナリーだった。

本田さんの出身地は山形県南陽市赤湯だ。小さな温泉町でありながら、日本有数のぶどうとワインの生産地でもある。そんな赤湯の地でぶどう畑に囲まれて育った本田さん。

「若い頃はぶどう栽培をする父親の手伝いをしていました。そのこともワイン造りに惹かれたひとつのきっかけだったかもしれません」と語る。

本田さんはさっそく北海道のワイナリーを訪ねた。そこで、カナダのバンクーバーに研修を受け入れるワイン醸造所があることを知る。ここからさらに本田さんは行動力を発揮する。
旅行好きの奥様を「旅行に連れていくよ」と誘い、夫婦揃ってバンクーバーへ。朝から晩までワイン醸造を学ぶ研修期間を過ごした。

カナダで学んだのは、濃縮果汁でのワイン醸造だった。日本とアルコール製造に関する法規制が異なるアメリカやカナダでは、家庭でのワイン醸造も許されている。
そのため、手軽に使用できるワイン醸造用濃縮果汁の販売がさかんだ。さまざまなぶどうの濃縮果汁が手に入るため、収穫時期以外にも、年間を通してワイン醸造が可能なのだ。

北米などでは、家庭でも使える小型の醸造機材も充実している。バンクーバーのダウンタウンには小型のガラス製醸造樽を使った小規模ワイナリーが数か所存在する。
日本に戻った本田さんもガラス製醸造樽の23リットルを150本、11.5リットルも数十本揃え、濃縮果汁での醸造をスタートさせたのだ。

▶近隣農家の協力

ワイン工房あいづは、創業当初から自社圃場を持っていなかった。そのため、本田さんが醸造免許を取得するために申請した原料は、醸造用の濃縮果汁だった。しかし、実際に事業を開始するとすぐに、会津若松や郡山など、あちこちのぶどう農家から「うちのぶどうを使って欲しい」との申し出が相次いだ。

そのため、2年ほどで濃縮果汁の使用を終了。地元の原料での醸造に切り替えた。カナダでの研修では濃縮果汁での醸造のみを学んだため、本田さんは独学でぶどうからの醸造に取り組んでいったのだった。

「ワイン醸造に関してどなたかに教えを請える状況ではなかったため、独学で試行錯誤を重ねました。前職の工業高校での教職も、対象は違っても“ものづくり”という点では共通するところがあります。機材への知識や工具の取り扱い方など、経験は生かされていますね」

また、磐梯山のふもとで長年山ぶどうを栽培してきた農家から畑を譲り受けることもできた。木が老化してきたため現在収穫は難しくなってきているが、山ぶどうワインの原料を収穫することが可能になったのだ。

自社畑が一切ない状態から事業をスタートさせたワイン工房あいづだったが、近隣の農家の支えがあって原料と自社畑を確保することができた。本田さんの挑戦を応援したいという、たくさんの温かい気持ちがあったに違いない。

『ワイン工房あいづのワイン』

ワイン工房あいづで醸造しているワインは、シードルやフルーツワインなども含めて現在15種類。会津若松市や郡山市熱海町、猪苗代町や山形県南陽市などからの原料を用いてバリエーション豊かなワインを醸造している。

▶使用しているぶどう品種

原料として一番多く使用しているのは会津若松で栽培されるマスカット・ベーリーAだ。年によって変動があるが、年間3トン前後を使用している。

食用ぶどうのポートランドも同じく会津若松から仕入れている。非常に香りの良いぶどうで、とても美味しい白ワインになる。
ただ、完熟すると収穫時に実がポロポロと落ちてしまうため、収穫の時期を見極める必要があるという。

ナイアガラとピノ・ノワールも同様に会津若松産、デラウェアは山形県南陽市で栽培されているものを使用している。渋みの強い品種であるサンセミヨンは郡山から仕入れ、ロゼワインになるスチューベンは会津若松や福島産のものを使用している。

▶化学肥料不使用

「ぶどうの栽培法に関しては農家さんに各自お任せしています。農家さんそれぞれに考えがありますが、会津若松の農家さんは化学肥料を使わず、肥料には鶏糞などを使用しています」と本田さん。

会津若松の圃場は、大川という大きな川のそばにある。土壌は砂質で水はけがよく、果物の栽培には非常に適した土地だ。
会津地域でもっとも手広くぶどうを作っている小森ぶどう園が栽培しているぶどうの品種は豊富で、ワイン工房あいづではいろいろな食用ぶどうを提供してもらい、ワインを醸造している。

▶余計なものを足さない、自然の力に任せたワイン

当初は試行錯誤の連続だったワイン工房あいづも、2021年で創業15年目を迎えた。本田さんが確立したのは、ぶどうそれぞれの個性を生かしたワインを造っていく、という考えだ。

「たくさんのワインを造って売る、大規模のワイナリーでは万人受けを狙わなければならない部分があると思います。しかし私のところのような小規模ワイナリーであれば、ぶどうの個性を生かしたものを造ることが可能なのです」と本田さんは語る。
醸造の際に余計なものを足さず、透明度を上げる助剤も使用していないという。

また、ワイン工房あいづには「甘口ワイン」がない。それは、ワインの発酵を最後まで止めず、自然に任せているからだ。酵母は果物に含まれる糖分を食べ、アルコール発酵を起こす。酵母がすべての糖を食べることにより、甘くないワインができるというわけだ。

甘口のワインは、酵母が糖分を食べきらないうちに、人間が手を加えて発酵を止めることによって生まれる。処理方法は熱を加える、フィルターを通すなどの人工的な方法だ。

万人受けを狙うのであれば、発酵に人工的な処理を加え、甘口ワインを造るのもひとつの手段かもしれない。しかしあえてそれを行わず、自然の力でぶどうの味を引き出すというのがワイン工房あいづのスタンスなのだ。

▶苦労しながらも使い続けるガラス樽で得られるもの

醸造に使用しているガラス製醸造樽は、木の樽のように香りが移ることがない。そのため、ぶどう本来の香りと味をそのままワインにすることができる。開業当初、濃縮果汁を原料とするためにガラス樽醸造を選択。
だがこれが結果的に、ぶどう本来の味を生かしたワイン造りにぴったりの機材となったのだ。

ガラス製醸造樽には、ひとつひとつを洗う手間がかかり、壊れやすいというデメリットもある。東日本大震災の際には多くの樽が割れ、工房の外までワインが流れ出るほどの被害があったという。2021年の福島県沖地震の際にも、ガラス樽が数個割れたそうだ。

だが、小型のため移動ができることや、透明なガラスは泡や澱の沈下具合といった醸造の様子を観察できるなど、メリットも大きいという。

「一度木の樽で熟成させたワインを飲みだすと、木の樽のものでないと満足できなくなるとも言われています。正直、うちでも使いたくなることもあるんですけどね。でも、ぶどうの個性を出すためには、ガラスの方がいいと考えています。もちろん、結局ワインは嗜好品なので、好みが分かれるところではありますが」と本田さん。

余計な成分が入らない、ぶどうの個性を活かしたワイン。それがワイン工房あいづの持ち味なのだ。

▶ブレンド技術の大切さ

同じ品種のぶどうを使い、同じ醸造法だったとしても、前年と同じ味にはならないのがワイン醸造の難しいところだ。年ごとに気候は違い、栽培方法も同じになるとは限らない。

次はどんなワインになるのだろう、と期待する面白さ。しかし、ベストなワインを目指すものの、期待していたようにはならない厳しさも同時に存在する。

「ワインの味をもう少しよくしたい、と思う時に大切なのはブレンドの技術です」と本田さん。ブレンドとは他のワインを調味料として使うことを指す。色合いや味など、性質が異なるぶどうを加えて仕込むことによって、ワインの色や味などを調節するのだ。

ほぼすべての大規模ワイナリーにはブレンダーと呼ばれるブレンドを専門とする技術者が在籍している。それほどにブレンドの技術はワイン造りに欠かせないものなのだ。
ブレンドの技術は経験と知識、そして試行錯誤が必要とされる。決して一朝一夕で習得できるものでないのは、ワイン醸造もブレンドも同様なのだろう。

▶地元の人に愛されるワインを目指して

「会津富士」とも例えられる磐梯山の麓にある猪苗代地区。自然豊かな観光地として非常に人気が高く、訪れる観光客は後を絶たない。
ワイン工房あいづのワインは、数多くの観光客に楽しまれている。

また、県内と地元のワインファンにも、もっと楽しんでもらいたいと本田さんは考えている。地元農家と協力して醸造したワインが地元に普及することは、地産地消にも繋がるからだ。

元来、会津地方は日本酒醸造が盛んな地だ。昨今ではアルコールの好みも多様化している。この地域でもアルコールのニーズは多様化してきているはずだ。新たなニーズに対して応えていくことが、これからのワイン工房あいづの役割になるだろうと本田さんは考えている。

▶ワインの健康への効果

本田さんはワインの健康への効果にも着目している。背景には自身の病気の経験がある。本田さんはワイナリーの創業とともに、とある大学の通信講座も受け始めた。
そして、ワイナリーの初動と学業とが重なるストレスからか狭心症を発症。当初は4種類の薬を処方されたのだが、今では1種類の薬のみを飲むだけでよい程までに回復しており、ほぼ完治状態だという。

「狭心症は、一度かかると治ることはないといわれている病気です。担当医に、なぜ良くなったんでしょうと尋ねましたが、わからないと言われました。ポリフェノールが四六時中漂う空間にいたからだと私は思うんです」と本田さん。
ポリフェノールの抗酸化作用は老化や動脈硬化の促進を抑制する働きがある。ワインの消費量が多いフランスは心臓病が少ないことからも、ポリフェノールは心臓疾患にも効果があると注目されているのだ。

『ワイン工房あいづのこれからの展開』

「年齢的にこれ以上ワイナリーの規模を大きくしようとは考えていません。これからもぶどうの個性を活かした、自然で美味しいワインを造ることに注力したいと思います」と語る本田さん。
しかし新たなことにチャレンジをする姿勢も決して崩さない。

▶新たな山ぶどう品種の栽培に挑戦

本田さんは、山ぶどう畑に異なる品種の山ぶどうの木を植えようと考えている。山ぶどうは濃くてポリフェノールが多いため、非常に魅力的なワインに仕上がる。

山ぶどうは小粒で皮が厚く種も多いため、潰してもろみを押し出しても、なかなか果汁が出てこない。山ぶどうでワインを造るのは非常に手間がかかるため、使用をためらうワイナリーも多いという。
しかし、本田さんは山ぶどうに非常に大きな魅力を感じている。

山ぶどうは人間が地球に生まれる前から存在したのではないかと言われている。古代の遺跡から種が出てくるほど、山ぶどうは人間に古くから関わってきた果実だ。
北は北海道、南は沖縄まで分布していて、地域によってもその持ち味は違う。

「日本に古来からある、貴重なぶどう品種のひとつである山ぶどうを大切にしたいのです。私がこれからどのくらいワインを造れるのかはわかりませんが、やってみたいですね」と本田さんは力強く語る。
異なる品種の山ぶどうがどんなワインになるのかを、自分で確かめたいと考えているのだ。

ワイン工房あいづから、あたらしく植えた樹に実った山ぶどうのワインが登場するのも、そう遠くないことかもしれない。

▶発泡酒の醸造の継続

本田さんは、現在醸造している発泡酒の継続にも意欲的だ。現在ワイン工房あいづでは、りんごのシードル、ラ・フランスのポワレ、山ぶどうスパーク、ポートランドのポートスパークの4種の発泡酒をリリースしている。

中でもとくに山ぶどうのスパークは、伊達市と猪苗代産の山ぶどうを使った貴重なワインだ。国産赤ワインでは珍しい発泡酒として新しさが評価され、2014年度には「ふくしま新風味開発」に選ばれた。
深い赤と濃厚さ、酸味が特徴だ。鶏の唐揚げや豚カツなど、揚げ物系の料理との相性がよい。チーズケーキとのペアリングもおすすめだ。

これら4種の魅力的な発泡酒を、これから先も楽しめるのは、消費者として非常に嬉しいことだ。

▶後継者の育成

後継者の育成にも力を入れたいと語る本田さん。15年前の創業時には福島県内にふたつしかなかったワイナリー は、東日本大震災以降に急激に増え、現在10か所になった。
背景には日本ワインブームの到来と、復興事業に対する国や自治体の助成がある。

また、本田さんがぶどう栽培を呼びかけ、福島のワイナリーの先駆者としての背中を見せたことも、多くの後進たちを発奮させたはずだ。これから先、自らが築いてきた技術を若手に伝えたい本田さんは考えている。
貴重なワインの味を引き継ぐ後継者が現れてくれることを、ワインファンとしても心から願うばかりだ。

『まとめ』

福島県は東日本大震災でどこよりも甚大な被害を受けた地だ。福島の地で、地元の果実の味をコツコツとワインに活かしてきたワイン工房あいづの15年の歩みには、頭が下がる思いだ。

ワイン工房あいづは、北には磐梯山、南には日本で4番目に大きい湖の猪苗代湖があるという自然豊かな場所にある。

東日本大震災から10年が経過した今、ぜひ一度福島を訪れ、雄大な自然とワイン工房あいづのワインを楽しんでみてはいかがだろうか。福島の復興にも繋がることだろう。

基本情報

名称ワイン工房あいづ
所在地〒969-3133
福島県猪苗代町大字千代田字千代田3-7
アクセス電車
JR猪苗代駅から徒歩で約5分

磐越自動車道・猪苗代磐梯高原インターチェンジから車で約5分
HPhttps://www.hondawinery.co.jp/

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