厳しい環境で磨かれる『さっぽろ藤野ワイナリー』の優しげな杯に酔ってみたい

「栽培限界で育てられる作物は、実はストレスが掛かっているからこそ美味しくなるんです。環境が厳しい分、味により厚みが出ますし、ぶどうならワインになったときにきれいな酸が感じられます。そこは北海道という土地がプラスに作用していると言えそうですね」。

食糧自給率200%を誇る広大な北海道。「さっぽろ藤野ワイナリー」醸造責任者の秋元崇宏さんが、寒冷地ならではの苦労話も交えながら語った言葉である。

北海道はぶどうの産地である空知エリアや後志エリアを中心に、ワイナリーが急増している地域だ。
そのなかでも「さっぽろ藤野ワイナリー(以下「藤野ワイナリー」)」は、札幌中心部から車で30分ほどの距離にある。ワイナリーの周囲に広がるエルクの森とパークゴルフ場は、併せて約7万坪(東京ドーム4.6個分) の広大な土地。同社のぶどう畑や200種類以上の草花が美しい田園風景を描いている。
自然を眺めながら藤野ワイナリーのワインと共に食事を楽しめるカフェレストラン「Vigne(ヴィーニュ)」も併設されているので、訪ねて行きやすい。

さらに自然派ワインとしては醸造量が多く、全国のワインショップにある程度流通しているので見かける機会も少なくない。

そんな風にアプローチしやすい「藤野ワイナリー」。秋元さんに本音を交えながら、ざっくばらんに語っていただいた。

『志半ばで他界した弟の遺志を継ぐ「体に優しいワイン」』

「ワイナリーの設立は2009年。北海道の中では14番目です。道内のワイナリーは現在50軒近くありますが、その中では比較的早い部類になると思います」。

伊與部淑惠さんと妹の佐藤トモ子さんの姉妹がワイナリーの「顔」となっている同社だが、もともとは真ん中の弟の順さんのお酒好きが創業のきっかけだった。順さんの「体に優しいワインが飲みたい」の一言でワイン造りに挑戦したのだという。家族で持っていた土地にぶどうを定植し、栽培、そして醸造と一歩一歩確かめながら経験を積んでいった。
順さんは体が弱く志半ばで他界してしまったが、ワイナリーは軌道に乗って動き始めた。

設立の経緯もあって「藤野ワイナリー」の根本には「体に優しいワイン」という理念がある。余計な添加物を使用しない、亜硫酸もできる限り少なくする、濾過も行わない、というのがポリシーだ。

秋元さんが入社したのは2018年の5月。それまでは宮城のワイナリーにいたが、「藤野ワイナリー」で前任の醸造責任者だった浦本忠幸さんと知り合いだった縁で移ってきた。ちょうど浦本さんが独立に向けて動いていたタイミングだったこと、それから近藤良介さんの後押しもあってすんなり入社が決まったようだ。

この近藤さんという方は「藤野ワイナリー」の初代醸造責任者(〜2015年)で、現在は北海道のワイン業界でその名を知らぬ者のない「KONDOヴィンヤード」(http://www10.plala.or.jp/kondo-vineyard/)の経営者である。2代目が浦本さんだが、二人とも社員ではなくなったものの完全に離れたわけではなく、現在も「アドバイザー」として仕込みの時期など要所、要所で製造に参加しており、変わらず「藤野ワイナリー」の兄貴的な存在だという。秋元さんは3代目という形になる。

ところで「ワインには作り手の人柄が出る」という話を耳にしたことがある。「藤野ワイナリー」の経営陣の人柄はどんな風なのだろうか。

「風通しのよい社風で、社長たちは『ザ・マダム』という感じです。『こういう造りをしたい』ということを社長(伊與部さん)にお伝えすると、『良いんじゃない。やりなさい』と背中を押してくれます。
秋の仕込みなどの忙しい時期には食べきれないほど手料理を振る舞っていただいています。醸造の部分にはあまり口出しされないんですが、その分失敗できないという責任を感じます。ウチの強みは、もしかしたら社長たちの懐の深さにあるのかも知れません」(秋元さん)

『積もった雪でぶどうの樹を埋めて越冬させる』

「藤野ワイナリー」は自社の圃場(ほじょう:農産物を育てる場所。田、畑、果樹園、牧草地、放牧地のいずれにも使える言葉)が小さく、全体の仕込みの量からすると5%くらいの割合だという。
面積も藤野に2ヘクタールにすぎない。去年と今年で1ヘクタール増やしたので、広くなってはいる。しかし大部分は余市、三笠、道南などの契約農家10軒からのぶどうで賄っている。北海道・道央の圃場はどんな環境なのだろう?

「藤野の既存の畑は南向きで日照量はかなり良いですね。ただ標高が220メートルくらいあってちょっとした山ですから、当然天気が変わりやすいんです。寒暖差はありますが、道内でぶどう栽培の実績がある余市、三笠と比べても積算温度が50〜100℃くらい気温は低いです。

特にこの辺りは春先にぶどうの芽が出ても、運が悪いと遅霜にあたって芽が枯れてしまいます。秋の収穫時期も本当は収穫までもうちょっと引っ張って糖度が上がってくるのを待ちたいのに、葉が落ちてきたのでこれ以上実が熟さなくなり、収穫せざるを得なくなることがあります。そういう部分では、かなりハンデを背負ってる土地だという印象ですね」(秋元さん)

ワイン用ぶどうとしてポピュラーな品種にシャルドネがある。一般に早熟な品種といわれるが、北海道だと10月下旬ごろに収穫するイメージである。
霜が降りるか降りないか。ぎりぎりまで引っ張るのが北海道でのシャルドネのイメージだ。

またカベルネ系のような重たい品種は晩熟なので、栽培することができない。そうなると赤でも軽やかな品種をメインに据えることになる。このように「育てられる品種が限られる」のが北の大地だ。

さて北海道のぶどう畑には、もうひとつ面白い特徴がある。積もった雪でぶどうの樹を埋めて越冬させるのだ。冬の道央はマイナス15度程度まで気温が下がるが、雪の中はマイナス1、2度程度だ。外気に晒しておくと凍害(樹が低い気温に耐えられなくて枯れてしまうというリスク)でぶどうの樹が駄目になってしまうが、雪の下に埋めてしまえばやり過ごせる。
そのため、北海道のぶどうは低く斜めに生えており、支えのワイヤーを外してしまえば、簡単に埋められるようになっている。つまり棚作りで栽培していないのだ(*註:耐寒性の強いヤマブドウや生食用ぶどうの一部はこの限りではない)。
そして雪解けしたら、再びワイヤーに固定して新たなシーズンを迎える。だから一面の白銀のなかに、ぶどうの樹々の姿はない。支柱だけが規則正しく林立する様は、真冬の北海道ならではの雪景色だ。

『与えられた条件下で、土地に合うぶどうを丁寧に育てる』

「藤野ワイナリー」の圃場が広がる道央の北部は粗粒火山灰地だ。一見ぶどう栽培に適しているように思える。ところがそれなりのコンディションを保っているのは表土だけで、掘っていくと下の方は粘土質の赤土である。
緻密度が高い土地なので果樹が深く根を下ろしてくれず、横に広がってしまう。

おまけに水はけも良いとは言えない。場所によってなだらかだったり、平坦だったりするので一概には言えないが、平坦なところほど水が溜まりやすい。
雪解け後はそれが顕著になり、ひどくぬかるんだり氷が張ることもある。当然ながらそういう箇所はぶどうの生育が悪い。

したがって必ずしも理想通りとは言えないのだが、試行錯誤しながら地道な土壌改良が続けられている。年に1回鶏糞と植物性の堆肥を混ぜたものをすき込んできたことが、徐々に功を奏しているという手応えもある。秋元さんは「少しずつぶどうも馴れてきたのかもしれません」と語る。

藤野は同じく札幌市南区の八剣山とともに果樹の産地として知られる地域である。この圃場も元々果樹が栽培されていた土地だという。したがってぶどうとの相性は悪くはないはずだ。

そのぶどうだが、樹の本数にして4千本弱くらい栽培しているという。圃場を増やすまではピノ・ノワールとシャルドネが主力だったそうだ。
それは知名度があること、それからピノ・ノワールに関しては耐寒性に優れるため北海道で盛んに植えられていることが理由だった。

現在は作付けが多い順にピノ・ノワール、リースリング、シャルドネ、ゲヴュルツトラミネール、ピノ・グリ、オーセロワ、ソーヴィニヨン・ブラン、ガメイだという。ただしゲヴュルツトラミネール、ピノ・グリ、オーセロワはまだ定植して2年目なので、収穫できるのは数年先のことになる。

これらの新しい品種は、初代醸造担当者の近藤さんから「この土地に合うだろう」ということで、穂木(台木と継ぎ合わせて苗木にする木)をいただいて、苗木にしていただいた上で導入したものだ。
2009年創業の「藤野ワイナリー」だが、この土地に合う品種はまだ手探りで、さまざまな品種を試してみて少しずつ選抜するという段階にある。

栽培に関しては秋元さんのほかにもう一人、「北海道ワイン」(https://www.hokkaidowine.com)にいた山口さんという75歳の男性が担当している。自然派ワインを造っている「藤野ワイナリー」では、過保護な管理はしていない。ぶどうに対して過剰な干渉はしない代わりに、きっちりすべき部分ではきっちり施策をする。そうしないと病気が蔓延するなどしてしまう。その辺りに関しては山口さんの力が大きいという。

また醸造という観点から見ると、きれいなぶどうは必ずしも良いぶどうではない。少しでも待てれば待って、「味により奥行きが出てきたとき」に醸造するのがベストだ。そのタイミングはいまも毎回悩みながら決断しているという。

『自然派ワインとしては多い銘柄数』

「藤野ワイナリー」は銘柄数が多いことでも知られている。毎年およそ40銘柄生産しているという。自然派ワインの出荷量は少ないのが一般的だ。にも関わらず、この銘柄数は驚きである。

この点について秋元さんは「据え置きの巨大なタンクを使っていないことが原因」だと説明する。小さなタンク主体で製造しているため、自ずとそこから造れる本数が決まってしまう。その分タンクを増やしていくのでアイテム数も増えてしまうのだ。
さらには生産者ごとにタンクを分けて醸造し、個性の違いを明確化していたという事情もある。当然管理の手間が掛かるので、効率面では必ずしも好ましいとは言えない。

2018年に少し大きめの1,800リッターと1,400リッターのタンクを1本ずつ導入したものの、据え置き型のタンクはこの2本しかない。

秋元さんは「ある程度銘柄を絞ることで単価が安くなれば、必然的にファンの裾野も広がっていくのかな、と思います。簡単にはできませんが、そういう方向に持っていくという考えは頭にあります」と語る。

銘柄も多いが流通量も多いのが「藤野ワイナリー」だ。

「いわゆる自然派のワインは大きなロットで造るのは難しいです。我々もロット自体は大きくないんですが、ハコが大きいのでたくさん造れているという感じですね。流通しているから人の目につきますし、愛好家からもお褒めの言葉を頂けるのでしょう」と秋元さん。

生産本数は年間で2万5千から3万本で推移していたというが、2019年は豊作で一気に40トンものぶどうが集まった。生産量は4万本にもなったという。さらに2020年のぶどうは45トン。生産量にして4万5千本分だ。

「これ以上増えることはないと思います」と秋元さんは話すが、これだけの量を安定して出荷できれば、同社の存在感は確固としたものになるにちがいない。

『優しい味わいの裏には苦労も付きまとう』

「藤野ワイナリー」で造るワインはすべて無濾過の自然派ワインだ。自然な造りだからこそ感じられる優しい味わいが特徴と言える。しかし自然派ワイン造りには苦労も付きまとう。

「培養酵母や栄養源などの添加物を使わずに造ると、製造過程をコントロールするのがひじょうに難しいので、前職の仙台のワイナリーにいたときと、まるで違う世界です。もし主発酵用の培養酵母やマロラクティック発酵(MLF)用発酵助成剤(ワイン中のリンゴ酸を乳酸に変えることでまろやかな味わいになる)を入れたら、あるいはベントナイトのような澱下げ剤(にごりの原因となるタンパク質を沈殿、除去することでワインの透明度を上げる効果がある)を使ったら、クリーンで思い通りのワインが造れます。しかし工業的な工程をとらずに、いかにして良いワインを造るかというのは難しい挑戦です」と秋元さん。

実際醸造過程において、樽の中身が酢酸や揮発酸に汚染されたり、酸膜(ワインが酸化して白い膜が張る)が生じることは自然派の造りで起こりがちなトラブルだという。

またオフフレーバー(醸造・熟成・管理などの過程で生まれる欠陥臭の総称)のリスクもある。樽管理不備などによる家畜小屋臭、アミノ酸不足が原因で酵母が硫化水素を分解することで発生する硫黄臭、酸化による酸化臭や豆臭(枝豆をゆでたような風味になる)など、無添加での醸造は失敗との戦いでもある。
管理を怠ると収穫直後のぶどうの良さが台無しになるばかりか、出荷することさえ覚束なくなる。しかしそれでも自然派ワインでやっていくことは、「藤野ワイナリー」という屋号でやっていく上で重要な点なのだろう。

同社の偉大な点は「失敗を出さない」という消極的な姿勢に留まらず、挑戦的な攻めの姿勢を貫いていることだ。

一例として浦本さんが「世界最古のワイン産地」といわれるジョージアの古式製法での醸造にトライしていることに触れたい。「クヴェヴリ」と呼ばれる素焼きの瓶(かめ)を使うのだが、道東の斜里町に住む中村さんという方に100リッターサイズのクヴェヴリを焼いていただいて、2016年から挑戦を続けているそうだ。「ぶどうを房ごと入れたクヴェヴリを埋めて熟成させる」というその手法は、かつてはジョージアのどこの家庭でも行われていたという。
「そもそもワイン造りとは」という根源的な部分を問うという意味でも、意欲的な試みと言えるだろう。

『ワイン業界の先達たちの考え方に触れる幸せ』

ここで秋元さんがお薦めするワインを尋ねてみた。

「日本のワインだと、北海道の『ナカザワヴィンヤード』(http://www.nvineyard.jp/)の『クリサワブラン』。これは是非飲んでいただきたいです。中澤一行さん、由紀子さんの夫妻が造っているんですが、「初めて飲んだときに日本でもこんなに美味しいワインが造れるんだ」と感動しました。中澤さんたちも、なにも添加せず無濾過でやっているんです。でも見た目だけでなく、味わいまで本当に綺麗なワインなんですよね。こういうワインが造れたら楽しいでしょうね」。

秋元さんは中澤さんのご自宅によく訪ねていくそうで、その度に勉強させてもらっているという。

ちなみに自社製品の中でお薦めなのは、浦本さんが造る『三氣の辺(みきのほとり) ツヴァイゲルトレーベ2017(税込3,520円)』。通常北海道では渋みを出すのに使われる赤ワイン用のポピュラーなぶどう品種だが、同社の場合は優しい味わいになる。タンニン感や渋みよりも深みを感じる1本だ。

「ご自身で造った物の中では?」と尋ねると「これから出るんですが『藤野シャルドネ 2019(税込3,850円)』には合格点を上げたい」と即答された。山口さんと相談して収穫をぎりぎりまで粘ったお陰で、良質の酸味を残しつつも暖かい地域を連想させるようなワインに仕上がっているという。2019年の北海道は当たり年だったそうで、是非とも飲んでみたい。

「ワインを造っている最中は大変だと思うこともありますが、この業界は横のつながりが強いので、いろいろな方々と意見交換できる環境にあります。これ以上ない宝物をもらっているなと思いますね」と秋元さんは熱を込める。

「KONDOヴィンヤード」の近藤さん、「ナカザワヴィンヤード」の中澤さん、「ドメーヌ タカヒコ(http://www.takahiko.co.jp/)」の曽我貴彦さん、「10Rワイナリー(http://www.10rwinery.jp/)」のブルース・ガットラヴさん、「農楽蔵(http://www.nora-kura.jp/)」の佐々木賢さんといった道内で著名な醸造家たちと交流し、先達たちの考え方に触れる機会を得る。その度ごとに秋元さんは「この業界に入って良かった」としみじみ感じるそうだ。

「ワインを飲むときには、どんなときでも頭を1度クリーンにして勉強のつもりで飲みます。仕事の感覚を抜きにして飲めなくなるので、好きじゃないとできないのかも知れませんね。結局、なにも考えずに飲めるビールが最高です」と、インタビューの最後で茶目っ気をみせた秋元さん。「さっぽろ藤野ワイナリー」の強みは、秋元さんを含めたスタッフ一同の大らかさにあるのかも知れない。

基本情報

名称さっぽろ藤野ワイナリー
所在地〒061-2271
北海道札幌市南区藤野670−1
アクセス【お車でお越しの方】
国道230号線を札幌市街地方面から来ると、藤野3条2丁目信号左折、道なり2km先右側(看板あり)
【札幌駅バスターミナルから】
じょうてつバス定山渓線 [8] から定山渓車庫前、豊滝行き「藤野3条2丁目 下車 徒歩15分」。
じょうてつバス定山渓線 [7] から藤野4条11町目行き「藤野4条2丁目 下車 徒歩7分」。
【地下鉄南北線真駒内駅から】
じょうてつバス真駒内線 [12] 定山渓車庫前、藤野4条11丁目行き「藤野4条2丁目 下車 徒歩7分」。
HPhttp://www.vm-net.ne.jp/elk/fujino/index.html

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