追跡!ワイナリー最新情報!『霧訪山(きりとうやま)シードル』新たな取り組みで理想のシードルとワインを追い求める

「霧訪山(きりとうやま)シードル」は、長野県塩尻市にある「霧訪山」の裾野でシードルとワインを醸造しているワイナリーだ。醸造販売責任者は徳永博幸さん。会社勤めのかたわら、ぶどう栽培とワイン醸造を手がけている。

フランス産のシードルと出会ったことをきっかけに、シードル・ワイン造りの道に入ることを決心した徳永さんが目指すのは、「心の琴線に触れる」ものづくりだ。塩尻ワイン大学で栽培と醸造を学んだ後、2018年にワイナリーを設立した。

霧訪山の周辺エリアは、その名のとおり霧が発生しやすい。また、標高が高く昼夜の寒暖差があるため、ぶどう栽培に適した環境だ。自社畑は石灰質土壌のため、ミネラル感のあるワインを造ることができる。

霧訪山シードルのりんごとぶどう栽培におけるこだわりは、自然に近い状態で栽培すること。りんごとぶどうの力を信じ、害虫対策や収量制限は極力おこなわない。また、醸造面では亜硫酸塩や滓下げ剤、発酵助剤などを使わず、出来る限り手を加えないことをこだわりとしている。

だが、ワイナリー設立当初から自然に任せるスタイルをとっていたわけではない。常識とされる工程をあえて辞めることで、より美味しいものができたという試行錯誤をするうちに、より自然な栽培・醸造に舵を切ってきたのだ。

自由な発想で人の心に寄り添うワインとシードルを届けてくれる霧訪山シードル。今回は、2022年から2023年にかけての取り組みについて徳永さんにお話いただいた。

『2022年のりんご・ぶどう栽培』

まずは、2022年の塩尻市の天候と、霧訪山シードルのぶどうとりんご栽培について振り返ってみよう。

▶︎2022年における塩尻の天候

果樹栽培の適地とされ、ぶどう栽培などが非常に盛んな塩尻市。だが、気候の変化は確実に起こっていると徳永さんは言う。

「近年は塩尻市周辺でも雨が多くなってきています。2022年もりんごとぶどうの生育期に雨が降り、害虫が発生して被害が出ました」。

霧訪山シードルの自社畑は標高780mほどにあり、りんごとぶどうを同じエリアで栽培している。冷涼な気候のため、かつては自社畑での病害虫による被害はほとんどなかったそうだ。

しかし、ここ数年は6月と9月頃に降る雨が増え、病害虫の発生に悩まされるようになった。なぜ、6月と9月の雨はやっかいなのだろうか。塩尻エリアにおける、りんごとぶどうの生育スケジュールを見てみよう。

まず、りんごは4月末から5月頭にかけて花が咲き、5月末には実が大きくなる。りんごの実は「中心実」のまわりに5つほどの小さな実が付くので、収穫する実を大きくするために、6月に入ると余分な実を取り除く「摘果」の作業をおこなう。

一方のぶどうは、5月に小さな房が付く。6月になると開花して、実が大きくなり始めてくる。

そして6月は、りんごとぶどうのいずれも「展葉(てんよう)」を迎える時期だ。葉が出て大きく繁り、成長に必要な光合成を盛んにおこなうタイミングである。だが、この時期に雨が降って日照量が不足すると、順調に生育しない可能性が高まってくる。

また、雨が続くと病害虫が発生しやすくなるため、薬剤の散布が必要になる。しかし、雨が降っていると薬剤が流れてしまうために、散布するには晴れ間を待つしかない。そのため、長雨が続くと病害虫の発生リスクがどんどん高まっていくのだ。

「もともと減農薬で栽培を実践しているので、ほんとうに最低限の薬剤のみを散布しています。しかし、雨が続くと、その間に伸びた新梢には薬剤が行き届かないこともあり、病害虫が発生してしまった樹もありましたね」。

また、9月の雨も、りんごやぶどうの栽培農家にうとまれる存在。りんごもぶどうも、ちょうど収穫を迎えている時期のためだ。

「できる限りの病害虫対策をおこないましたが、雨の影響は決して小さくはありませんでした。ぶどうは房付きが思わしくなく、りんごは収量はキープできたものの、糖度が足りないものも出ました。2023年も長雨があったので、無事に収穫時期を迎えられるかが心配です」。

2023年の塩尻の天候が、霧訪山シードルのぶどうとりんごの生育に味方してくれることを祈ろう。

▶︎栽培している品種

霧訪山シードルの自社畑でりんごとぶどうの栽培を開始したのは、2015年のことだった。現在、シードル醸造用に栽培しているりんごの品種は10種類以上。

「栽培しているりんごのうち、早生品種は観賞用でもある『クラブアップル』がメインです。赤く大きな花弁がきれいな品種もあり、海外では観賞用として公園に植樹されることもありますね。渋味と酸味が強い小さな実が付き、シードルを造りに使うと、面白い味が表現できるのです」。

また、栽培しているぶどうは、生食用品種の「コンコード」のほか、「岩松」「小公子」というのふたつのヤマブドウ系品種。2022年の収穫でもっとも結果がよかった品種は岩松だった。

「生命力が強く、樹勢も非常に強い品種です。房付きもよいので、自社畑がある土地に合っている品種なのでしょう。霧訪山シードルの自社畑の樹は、2023年に樹齢8年になりました。成熟期を迎えたので、今後はさらに素晴らしいぶどうが収穫できると期待しています」。

今後は、さらに追加でヤマブドウ系品種を追加で植えるつもりにしており、剪定した枝を短く切って挿し木を作っているそうだ。

『2022年のシードル醸造とワイン醸造』

続いては、霧訪山シードルの2022年ヴィンテージのシードル醸造とワイン醸造について見ていこう。2022年に実施した新たな挑戦についても詳しく紹介したい。

▶︎コンコードの樽熟成に挑戦

霧訪山シードルでは新たに、ワインの樽熟成をスタートさせた。

「コンコードのワインを樽熟成するというのはあまり聞いたことがないのですが、なかなか面白いものができました。コンコードのようなアメリカ系品種には、特有の甘いキャンディのような香りがあります。樽と合わさるとどんな感じになるのかを試してみたかったのです。全体がお菓子のような可愛いらしい感じに仕上がり、狙いどおりでしたね。」。

コンコードの品種特性である華やかなキャンディ香は、樽に入れることによってバニラやココナッツのような甘いアロマに変化した。だが、甘い香りとは異なり、味わいはしっかりと辛口仕立てだ。香りと味わいのギャップに驚かされる魅力的なワインに仕上がった。

ペアリングには、ビターチョコレートやカラメルの効いたプリンなど、苦味のあるお菓子がおすすめだ。デザートと一緒に、食後酒として飲んでみたい1本だ。

フレンチオークの樽香がほのかに香る樽仕込みのコンコードが気になる方は、さっそくチェックしていただきたい。

▶︎シードルも樽熟成

霧訪山シードルでは、2022年ヴィンテージにおいて、ワインだけでなくシードルも樽熟成をおこなった。ワインの樽熟成をしたところ、徳永さんが理想とする味わいのものとなったため、シードルでも樽熟成を導入することにしたのだ。

「樽熟成のよいところは、味わいの中のとげとげしく感じられる要素を、まろやかにしてくれることです。もともとワイン用に使っていた樽で1年半から2年熟してから瓶詰めしようと考えています」。

ちなみに、樽にワインやシードルを入れると、熟成とともに次第に水分が蒸発するために少しずつ水分量が減っていくことを、「天使の分け前」と呼ぶことがある。なんとロマンチックなネーミングだろうか。

そもそも、徳永さんがワイナリー設立を決意したのは、フランス産のシードルとの出会いがきっかけだった。

「フランスのシードルを初めて飲んだときに、非常に複雑で立体的な味わいだと感じました。甘味や辛味だけではなく、渋味や苦味などが混ざり合った厚みのある味でしたね。あの時に感銘を受けたシードルの味わいを目指しているのです」。

樽熟成シードルのリリースは2023年の冬以降になる予定だ。徳永さんのが理想とする味わいのシードルに仕上がるかどうかを楽しみに待ちたい。

霧訪山シードルでは、樽を使用していないシードルも醸造している。両方のシードルを飲み比べて、違いを味わってみるのもよいかもしれない。

▶︎産膜酵母を発生させたシードル

2022年には、シードルに関してもうひとつの挑戦をおこなった霧訪山シードル。「産膜酵母」を活用したのだ。

産膜酵母とは好気性の酵母菌の集合体で、液体の表層に白い皮膜状となって繁殖する。酵母菌の一種なので害はないが、まれに欠陥臭のもとになることがあるため、発生した場合には適切な処置が必要となる。

だが、フランス・ジュラ地方のヴァン・ジョーヌやスペインのシェリーなど、産膜酵母をあえて発生させて醸造するお酒もある。徳永さんが以前ヴァン・ジョーヌを飲んだ印象として残っているのは、アーモンドのような風味だったそうだ。

「邪険にされがちな産膜酵母ですが、造り方によっては美味しくなるということをわかっていただくために挑戦しました。ひとクセある味わいですが、熟成香のひとつとして捉えています」。

ステンレスタンクで仕込んでタンク上部に空間をつくることで産膜酵母を発生させたシードルは、複雑味を出すためのブレンド用として活用した。

「ブルーチーズやウォッシュチーズなど、一度食べたら病みつきになるような味わいの食材とぺリングしていただくと面白いかもしれません」。

▶︎独特な味わいが人気の「山葡萄 2019」

販売中のワインの中から、徳永さんのおすすめを挙げていただいたので紹介しよう。まずは、「山葡萄 2019」だ。

「イベントの試飲でお客様に飲んでいただいたところ、『独特な感じで面白い』という感想が多く、意外と人気があった銘柄です」。

「山葡萄 2019」に使用している品種は、小公子と岩松だ。別々に仕込んだ小公子と岩松をブレンドしてさらに熟成させた。2種類のヤマブドウ系品種の味わいが調和し、魅力的な1本に仕上がっている。18か月以上瓶内熟成した重層的な風味で、牛肉の煮込みや醤油ベースの和食に合わせて楽しみたい。

▶︎濃い味わいながら飲みやすい「メルロー 2021」

続いて、塩尻のぶどう農家が栽培したメルローを使用した、「メルロー 2021」も紹介しよう。

「塩尻産の減農薬栽培のメルローを全房仕込みしています。非常に濃い色付きと味わいなのですが、アルコール度数は12度と低めになりました。日本ワインならではの柔らかい口当たりが特徴です」。

自然酵母で発酵させたメルローは、日本ワインらしいやさしい味わいの1本だ。徳永さんイチオシの銘柄をお試しいただきたい。

▶︎ふたつの新たな取り組み

霧訪山シードルでは、これまでイベントへの参加実績が少なかったが、2023年にはすでにいくつかのイベントに出店した。

「お客様と話す機会を持って、ワインを飲んだ感想を直接聞いたことが大きな励みになりました。さまざまなご意見をいただいて、新しい発見や学びもありました。イベントには今後も継続的に参加していきたいですね」。

また、霧訪山シードルにはもうひとつの新たな取り組みがある。欧州系品種の栽培をスタートさせたのだ。

「減農薬で自然に近い栽培をするのが難しいことから、欧州系品種には手を出さないつもりでした。しかし、うちの自社畑の近くで欧州系品種を手がけている方の畑を見せていただく機会があり、もしかしたら挑戦してみる価値があるのではないか考えたのです」。

徳永さんが欧州系品種の栽培に踏み切っていなかった理由は、霧訪山シードルの自社畑では、できるだけ農薬を使わない自然な栽培管理をおこなっているためだ。欧州系品種は雨や湿気に弱いため、日本の気候で栽培すると農薬散布が欠かせないと考えていた。

しかし、近隣で栽培されている欧州系品種の実際の様子を見たことで、徳永さんが希望する方法での栽培が可能かもしれないと感じたそうだ。

また、2021年ヴィンテージで初めて、塩尻市産のぶどうを買い入れてメルローのワインを造った経験も、徳永さんが欧州系品種の面白さに気づいたきっかけのひとつだった。

「私自身が素晴らしいと思う品種を植栽しましたが、品種はまだ秘密にしておきます。順調に育って無事に収穫できたら、いつかリリースできるかもしれません。気長にお待ちいただきたいですね」。

『まとめ』

霧訪山シードルでは、2022年ヴィンテージにおいてシードルの樽熟成という大きな試みを開始した。2023年には、同様の手法をさらに発展させたいと考えている。また、産膜酵母の活用を、シードルだけでなくワインにも拡大していくというアイディアもある。

「2023年は、ここ数年の取り組みをさらに発展させていていく年にしたいと思っています。自分が本当にやりたいことだけを試すというスタンスで取り組んでいるので、毎日が楽しくて仕方ありません。これからも引き続き、たくさんのことにチャレンジしていきたいですね」。

シードル造りとワイン造りを心から楽しんでいる徳永さんのマインドは、霧訪山シードルのシードルとワインの味わいにストレートに表現されている。

楽しいことに出会いたいと思っていた人は、ぜひ霧訪山シードルのワインとシードルを飲んで造り手の思いを受け取ってみてほしい。


基本情報

名称農事組合法人霧訪山シードル
所在地〒399-0726
長野県塩尻市下西条字洞627
アクセス塩尻駅またはみどりこ駅から車で5分程度
Google Maphttps://goo.gl/maps/zrxoQNVjnDbYjiVc9

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