追跡!ワイナリー最新情報!『吾妻山麓醸造所(WINERY AZUMA SANROKU)』福島に笑顔を運ぶワイナリーの新たな取り組み

福島県福島市に、2019年8月に設立された「吾妻山(あづまさんろく)麓醸造所」。福島市内を一望できる吾妻連峰の麓にあり、広々とした緑の景観に恵まれたワイナリーだ。

代表取締役である横山泰仁さんが吾妻山麓醸造所を立ち上げたのは、東日本大震災がきっかけだった。「福島にワイナリーを作ることで、地元の人々や福島を訪れる人たちの気持ちを晴れやかにしたい」という思いを抱き、ワイナリーの立ち上げを決意したのだ。

そして、吾妻山麓醸造所では、牧野修治さんを醸造責任者として抜擢。アメリカでワイン醸造の学位を取得し、日本ワインの本場である山梨で経験を積んだ醸造家だ。

福島市産のぶどうでワインを造ることを目指して、まずは長野県産や山形県産の原料を使って醸造を開始。優しい味わいのワインとして定評を得ている。そして、2023年ヴィンテージからは、いよいよ自社畑のぶどうでの醸造をスタートさせられる見込みだ。

吾妻山麓醸造所の2022年はどのような年だったのか。そして、2023年の展望とは?今回は、醸造責任者である牧野さんにお話を伺った。

『2022年のぶどう栽培』

吾妻山麓醸造所では2023年から自社ぶどうでの醸造を始める予定だ。2か所の自社畑で栽培する赤ワイン用品種は、メルロー、タナ、プティ・ヴェルド、カベルネ・ソーヴィニヨン、シラー。白ワイン用品種は、ソーヴィニヨン・ブラン、アルバリーニョ、シャルドネだ。

自社畑の樹が3年目を迎えた、2022年のぶどう栽培の様子を見ていこう。

▶︎硫黄の香りがぶどうに与える個性

吾妻山麓醸造所の畑は温泉地に程近いところにあり、空気が澄んでいるときには硫黄の香りが立ち込めるほどだ。硫黄の匂いがする畑を持つワイナリーは、あまり例がなさそうに思える。

「硫黄の香りがすることは、ほかの産地にはない特徴だと思っています。個性があるテロワールで育つぶどうから、個性のあるワイン造りができるのではと期待しているところです」。

畑に漂う硫黄成分は、硫酸銅で作られるボルドー液の散布の代わりになるかもしれない。有機農法で用いられるボルドー液の散布は、甲州などの品種では特有の香りが出にくくなる傾向が認められている。また、硫黄成分の効果により、酸化防止剤である亜硫酸塩の使用量も減らせる可能性もある。

2022年には、順調に生育してきたタナを収穫した。酸味がしっかりと残って色づきもよく、素晴らしい出来だったという。

ただし、硫黄がワインの出来にどのように作用するのかは未知数だ。

「吾妻山麓醸造所の自社畑のテロワールがどう転ぶかはわかりませんが、際立った個性を持つワイン造りができるのではないでしょうか」。

吾妻山麓醸造所の自社畑のぶどうは、どのような個性を表現するワインになるのか。自社畑のぶどうでのワインを楽しみにしたい。

▶︎雪対策を検討

吾妻山麓醸造所の畑は福島市内に2か所あり、あわせて1.6haほどの広さだ。ひとつは標高100m前後の場所にあり、市街地にほど近い。もうひとつの畑は吾妻連峰を源流とする白津川の扇状地にあり、標高は200〜250mほど。扇状地の畑には傾斜があり、ぶどう栽培に適した土地だ。

しかし、牧野さんには懸念していることがあるという。近年の気候の変化とともに、これまでの福島では不要だったことへの対策の必要性がでてきているのだ。例えば、雪対策について見ていこう。

2022年の福島は非常に雪が多かった。3月の後半までは雪が残り、剪定のために畑に入ることが難しいほどだったのだ。そのため、例年に比べて剪定の時期が遅れてしまった。

北海道など、もともと積雪量が多い土地では、冬季にぶどうの樹を雪の下に埋めて越冬させ、冷害から守る対策をとる。しかし、これまでは降雪量が少なかった福島市で今後もたくさんの雪が降るとすれば、適切な雪対策が必要となるだろう。

「今後、毎年の経過を確認して、どんな対策が本当に必要なのかを検討していきたいですね」。

▶︎雨への備えも万全に

また、雨への対策も、これまでよりも強化していく必要があると感じているそうだ。

梅雨明けが非常に早かった福島市の2022年。6月中には早々に梅雨明けを迎えたが、問題となったのは梅雨明け後の降雨だった。まるで梅雨が再来したかのように長く降り続いた雨。ぶどうへの悪影響が懸念された。

福島市の降雨量は、もともと全国平均より多い。だが、ぶどう栽培にとって大きな問題となるのは、雨量よりも雨が降る時期だ。牧野さんが福島に移住してからの数年間だけみても、雨の時期が変化しているのを実感しているという。

「2022年までは醸造用ぶどうの収穫がなかったのですが、2023年にはいよいよ自社畑のぶどうでワインを造り始めます。そのため、2023年以降は、徹底した雨対策の必要性を感じています。グレープガードなどを利用して、雨による影響を最低限に抑えていきたいですね」。

気象条件の変化によって、毎年のように予測しなかった雨や気温の変化にさらされるようになった近年。刻々と変化する気候への柔軟な対処は、どのワイナリーにとっても大きな課題となっている。

これから自社畑のぶどうでの醸造が始まるという、大切なスタートを迎える吾妻山麓醸造所にとっても、健全なぶどうを栽培するための対策は決して欠かすことができないポイントなのだ。

▶︎山梨と福島の違い

牧野さんは、吾妻山麓醸造所での仕事を始めるまでは、山梨のワイナリーで働いていた。山梨でのぶどう栽培と、福島でのぶどう栽培にはどのような違いがあるのか尋ねてみた。

「基本的な栽培管理の方法は同じです。ただし、福島の方が栽培時期が全体的に少し遅いので、伝染病などが山梨や長野で発生した場合でも、福島にはやや遅れて出ます。病気が北上する前に情報をキャッチできるので、速やかに対策が取れるのがメリットですね」。

山際にある畑では、夜になるとすっと気温が下がる。アントシアニンやポリフェノールなどの色素成分が充実した色付きのよいぶどうが採れるのは、福島でぶどう栽培をする利点だ。
2023年、自社畑からの収穫が予測されている吾妻山麓醸造所。自社畑のぶどうへの期待が高まる。

『新たなラインナップも登場 2022年ヴィンテージ』

続いては、吾妻山麓醸造所の2022年のワイン醸造について探っていきたい。

新たな銘柄も登場した2022年ヴィンテージ。注目したいのは、なんといってもデラウェアで造ったオレンジワインだ。牧野さん自身も自信作だと話してくれた新アイテムに迫ろう。

▶︎デラウェアのオレンジワインに挑戦

買いぶどうで醸造をしてきた吾妻山麓醸造所では、年ごとに購入できたぶどうでワイン造るため、製品のラインナップは毎年変化した。

産地の特徴をしっかりと表現したワインが、吾妻山麓醸造所のワインの注目ポイント。中でも、2022年に新たな試みとしてデラウェアを使って仕込んだのが、オレンジワインだ。

「商品アイテム数を増やす目的もあり、2022年も品質がよかったデラウェアでオレンジワインに挑戦しました。『紫玉園(しぎょくえん)』さんから購入したデラウェアを使っています」。

山形県高畠町にある「紫玉園」は、「日本のワインぶどうの父」とも呼ばれる川上善兵衛氏が名付け親のぶどう園なのだとか。歴史あるぶどう園で栽培されたデラウェアのオレンジワインは、いったいどんなワインに仕上がったのか。

「発酵中に、マスカット・ベーリーAの醸造で感じるような、いちごのニュアンスが出てきました。もしかしたら、オレンジワインらしくない風味に仕上がるのではと、少し心配しながら醸造しましたね」。

しかし、発酵が進むにつれて、いちごのニュアンスは次第に感じられなくなったそうだ。発酵の不思議さが感じられるエピソードである。

▶︎ワインで福島のイメージアップを

同じくデラウェアのスティルワイン、「DELAWARE 2022」もおすすめだ。デラウェアは東北で広く栽培されている品種で、牧野さん曰く「東北っぽい味わい」に仕上がっている。

「DELAWARE 2022」は、エチケットにも注目ポイントがある。吾妻山麓醸造所のキャラクターであるうさぎのイラストが描かれた、一見シンプルなデザインのエチケットだ。だが実は、「示温インク」という特殊なインクを使用しており、飲み頃の温度である7℃になると水色の水玉模様が濃く浮き上がる。

これは、ワインを手に取ってもらいやすくするための工夫でもある。

「ワインは開けてみるまで味がわからない飲み物なので、ワインを知らないお客様は手に取りにくいこともあると思います。そのため、エチケットに工夫をすることで、手に取っていただきやすくなるきっかけづくりをしたいと考えました。また、吾妻山麓醸造所のワインを、福島のイメージアップにも繋げたいという思いもあります」。

エチケットに描かれたうさぎは、地元の人たちに愛される存在がモチーフだ。ワイナリーにほど近い吾妻連峰の「吾妻小富士」と呼ばれる山には、雪解け時期にうさぎの形に雪が残り、春の訪れと種まきの時期を知らせるものとして古くから親しまれているのだ。

また、東北出身の牧野さんには、東日本大震災で苦しむ東北のためにできることはないかと模索する中で、吾妻山麓醸造所代表の横山さんと出会った経緯がある。これまで自身が携わってきたワイン造りをとおして福島の人たちに笑顔を取り戻すための手助けになればという思いで、福島でのワイン造りを決めたのだ。

福島を思う真摯な気持ちを込めて造られた、吾妻山麓醸造所のワイン。ぜひ手に取って味わい、福島に思いを馳せる時間を持っていただきたい。

▶︎シードルとポワレにも注目

吾妻山麓醸造所では、ぶどうのワインだけではなく、りんごのお酒であるシードルと、洋梨のお酒であるポワレも醸造している。福島は、りんごや梨の生産地として有名で、特にりんごの生産量は全国4位。地元の果樹農家から買い付けた新鮮なりんごと洋梨が原料だ。

シードル醸造では「ふじ」だけではなく、「つがる」という酸味が強い早生品種もブレンド。バランスのよい仕上がりで、料理との相性も抜群だ。牧野さんが特におすすめするのは、蕎麦粉のクレープ「ガレット」とのペアリング。福島は蕎麦の産地でもあり、地元食材と合わせる楽しみも味わえる。

続いて、ポワレについても紹介しておきたい。吾妻山麓醸造所のポワレの特徴は、なんといっても複数品種の洋梨を使用して醸造していることだ。2021年ヴィンテージの「うさぎ山のポワレ2021」では、グランドチャンピオン、ラ・フランス、シルバーベルをはじめとした7種類もの洋梨を使用。複数品種の洋梨を使用したポワレは、かなり珍しい存在だ。福島市の産地で購入した洋梨を、アルコール度数6%程度の香り高いスティルタイプに仕上げている。

洋梨の生産者からのオファーで醸造がはじまったポワレは、ワインにあまり馴染みがない人にも人気。吾妻山麓醸造所のワインに手を伸ばしやすくなるきっかけづくりにも役立っている銘柄なのだとか。

やや甘口の仕上がりで、食前酒や食後酒はもちろん、果物やスイーツとの相性もよい。ぜひリラックスタイムのお供としておすすめしたい1本だ。

新たなヴィンテージが発売されるたびに、年ごとのりんごや洋梨の味わいを堪能してみてはいかがだろうか。

『まとめ』

2022年、栽培や醸造だけでなく、営業面にもかなり力を入れた吾妻山麓醸造所。東京でのイベント出店や、メーカーズディナーの開催なども積極的におこなった。2023年についてはどのような展望があるのだろうか。

「2023年は、地元・福島のみなさんをはじめとした、たくさんの方に期待していただいている福島市産のぶどうからワインを造ることを最優先させます」。

個性ある自社畑のぶどうで造られるワインの誕生が待ち望まれる。

また、試飲ができるワイナリー直売所であるセラードアも、2023年春にはオープン予定だ。吾妻山麓醸造所と福島市の魅力を、セラードアを訪れてくれたお客様に直接アピールしていく。

さらに、地元とのつながりをさらに深めたいというのも、吾妻山麓醸造所が設立当初から掲げて推進しているぶれない目標だ。

「地元の方と繋がれるような、マルシェなどのイベントも開催したいと考えています。地元に根付いたワインを造り、そこから県外の方にもどんどん広まっていってほしいですね」。

福島を盛り上げることを使命として立ち上がった吾妻山麓醸造所のさらなる躍進に、引き続き期待していきたい。


基本情報

名称吾妻山麓醸造所
所在地〒960-2151
福島県福島市桜本字梨子沢4番地の2
アクセス
福島西ICから車で14分
電車
庭坂駅から車で11分
HPhttps://azumasanroku-winery.co.jp/

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