瀬戸内海に浮かぶ、愛媛県の最北の島である大三島(おおみしま)では、柑橘類の栽培が盛んだ。だが、少子高齢化の影響で多くの畑が耕作放棄地になっているという問題も抱えている。
そんな大三島に設立されたのが、「大三島みんなのワイナリー」。建築家の伊東豊雄さんが大三島の耕作放棄地を活用し、島に新たな魅力を生み出すことを目指してスタートした。
しまなみ海道で初のワイナリーとして、地元の農家との信頼関係を築きながら、島の気候風土にあったぶどうを育ててきた。2019年に自社の醸造所が完成して以来、ぶどうのワインだけではなく柑橘類を使用したお酒作りもおこない、大三島ならではの魅力的な商品を生み出している。また、苗木のオーナー制度を実施し、全国のファンと繋がりを持つことにも積極的だ。
大三島みんなのワイナリーの栽培・醸造担当は、川田佑輔さん。山梨大学の醸造学科出身の川田さんは大三島の気候に惚れ込み、島でワイン造りを始めることを決意。2015年に大三島に移住して、大三島のテロワールを表現することを目指している。
今回は川田さんに、2021年以降の栽培と醸造についてお話を伺った。さっそく紹介していこう。
『2021年と2022年のぶどう栽培』
まずは、大三島みんなのワイナリーの、2021年と2022年のぶどう栽培について紹介してこう。
「2021年は最悪の年、2022年は最高の年でしたね。2021年は雨が多くぶどう栽培にとって厳しい年で、2022年は雨が少なくぶどうの生育に適した気候でした」。
2021年の年間降水量は1475mmで、大三島の平均降水量の1200mmを上回った。いっぽう、2022年は840mm。年によって降水量が不安定なことがよくわかる。
それぞれの年の気候と雨について、詳しく振り返ってくれた。
▶︎2021年の気候
「2021年は春先から雨が少なく、梅雨も短かったですね。よいぶどうが育つだろうと思っていたところ、8月のお盆過ぎからは2週間ほどで373mmもの雨が降り続け、9月の雨量も205mmでした」。
2021年は、西日本の至るところで、局地的な大雨に悩まされた。また、ぶどうの生育に悪い影響を及ぼすタイミングでの降雨だったことも問題だった。
「今まで経験したことがない天候でしたね。ここ最近、いわゆるゲリラ豪雨が増えたと感じています。こんなに悪い年はもう2度とないのではと思うほどにひどい雨でしたね。大雨による病気の蔓延でぶどうの収穫をあきらめたワイナリーもあったと聞いています」。
収穫間際にも雨が止まず、降りしきる雨の中を収穫したこともある。とにかく病気が出ないようにと祈りながらなんとか収穫して、ぶどうの状態に合わせて醸造段階で工夫するしかなかった。
収穫したぶどうの状態は、やや未熟で糖度が上がりきっていないものもあったそうだ。収穫時期が早いシャルドネはそれほど大きな被害は出なかったが、大三島みんなのワイナリーの契約農家のマスカット・ベーリーAは、前年の半分以下の収量にとどまった。
▶︎2022年の気候
続いて迎えた2022年は、2021年とは対照的に雨が少なく素晴らしい天候だった。
梅雨は短めで、夏から秋にかけての雨も少なかった。また、台風の被害も最低限に抑えられた。そのため、ぶどうの出来は全般的に良好だった。
とくに状態がよかったのは、マスカット・ベーリーAだ。通常は9月25日頃までに終える収穫を、1週間半ほど遅らせることができ、より熟した状態での収穫が実現した。
例年よりも2度ほど糖度が高く、色もしっかりついた状態で収穫できたため、ボディ感とタンニンがしっかりと出たワインに仕上がると予測している。
ただし、夏場の気温が高すぎたために、シャルドネは熟しすぎて酸が落ちてしまった。さらに、果実の糖度が上がっていくタイミングで雨が降ると、果実の水分量が多くなってぶどうが成長を止めてしまう。そのため糖度も低かった。
「2022年は赤ワイン用品種にはよい年でしたが、白ワイン用品種に関してはやや難しい年となりました。晴天が続いても、一概によい結果が出るわけではないことがわかり、とても勉強になりましたね」。
自然相手の農業の難しさと奥深さを思い知らされるエピソードだ。
▶︎豪雨への対応を強化
2022年は前年の天候を踏まえて、夏場の突発的な豪雨に備えた対策を実施した大三島みんなのワイナリー。
地面を覆うシート状の資材を使い、土壌に水を吸わせにくくするための実験おこなったのだ。だが、2022年は幸いにも、前年とは比べ物にならないほど雨が少なかったため、効果のほどは確認できなかった。
「雨の降り方が極端になり、梅雨も昔のようにしとしとした雨が少なくなってきましたね。年間降水量だけだと以前とそれほど変わらないのですが、降る時と降らない時との差が極端なのです」。
ゲリラ豪雨の発生は決してイレギュラーではなくなってきたと話してくれた川田さん。今後はさらに対策を強化していき、継続的に効果を確かめる必要があると感じている。
▶︎不耕起栽培をスタート
大三島みんなのワイナリーでは、2023年に新たな試みをスタートする。
「化学肥料の価格が高騰したこともあり、すべて有機肥料に切り替えました。また、試験的に不耕起栽培もスタートしました」。
不耕起栽培とは、田畑を耕さずに作物を栽培する農法だ。不耕起の土壌には植物の多様性があらわれ、微生物が増えて菌層が厚くなることが期待される。
まだ2023年の栽培シーズン序盤ではあるが、すでに樹勢がやや控えめになり、畑に生えている下草の種類が増えたことがわかっているという。おそらく、土の中では微生物が増えるなどの変化が起きているはずだ。
1年に1回しか収穫できないぶどうは、辛抱強く栽培管理を続けていくしかない。新たな施策の結果がワインにしっかりとあらわれるのを、楽しみに待ちたい。
『大三島みんなのワイナリーのワイン醸造』
大三島みんなのワイナリーでは、全部で8品種のぶどうを育てている。
赤ワイン用品種がマスカット・ベーリーA、メルロー、カベルネ・ソーヴィニヨン。また、白ワイン用品種がシャルドネ、ヴィオニエ、ピノ・グリ、アルバリーニョ、ゲヴェルツトラミネールである。
「2023年はシラーを植えて、2024年にはさらにプティ・マンサン等、大三島の気候に合うぶどうを探して植えていきたいと思っています」。
栽培している品種のなかで、川田さんがもっとも大三島の土地に合っていると考えているのはピノ・グリだ。
▶︎ブラッドオレンジを思わせるロゼ
みかん畑に囲まれた耕作放棄地に、2019年に植えられたピノ・グリ。非常に成長が早く、2022年には150kgほど収穫して仕込むことができた。2023年には400〜500kgほどの収穫が見込まれる。
2022年のピノ・グリは、非常に面白いワインに仕上がった。まるで、ブラッドオレンジのような赤みのあるロゼワインになったのだ。
ピノ・グリは果皮がほんのりとピンクがかったぶどうで、本来は白ワイン用品種である。
「オレンジワインのように醸したら、驚くほど赤みが出てきたのです。香りは色合いのとおり、ブラッドオレンジのような柑橘系ですね。後味には少し苦味が残ります。ピノ・グリのロゼは『島ロゼ』という銘柄として販売します」。
「島ロゼ」は醸造量が少ないため一般販売はせず、苗木オーナーやイベント限定での販売をおこなう。イベントなどで運よく出会えたら、ぜひ味わってみてほしい。
▶︎念願のスパークリングワインが完成
醸造面において特筆すべきは、念願のスパークリングワインを造ることができたことだろう。
「シャルドネ100%で造った瓶内二次発酵のスパークリングワインです。瀬戸内海の渦をイメージした、きめ細かい泡が特徴ですよ」。
大三島の前に広がる、瀬戸内の海の景色を落とし込んだネーミングとエチケットデザインが素敵なワインに仕上がった。
「天候が安定せず、栽培が大変だった2021年でしたが、シャルドネだけはよい品質のぶどうが収穫できました。雨の影響で成熟が進まず酸が残ったので、かえってスパークリングには最適な状態だったのが幸いしましたね」。
大三島みんなのワイナリー初のスパークリングワイン「島渦 2021」は、2022年10月にリリースして、すでに完売している。今後リリースされる2022年ヴィンテージの「島渦」のリリース時期は未定だが、どんな味わいになるのか期待が高まる。
▶︎骨格がある味わいのワインを目指す
今後どのようなワインを造りたいと考えているかについて、川田さんに尋ねてみた。
「2023年は、スパークリングでもスティルでも、より骨格がある味わいのワインを造っていきたいと思っています。大三島の土壌は花崗岩が多いので、香りは華やかですが、ややぼんやりした印象の味わいになりやすいのです。そこを改善していくのが今後の課題ですね」。
川田さんが検討している対策方法は、いくつかある。そのひとつがブレンドだ。複数の品種をブレンドすることにより、メイン品種に不足した香りや味わいを補うのである。
また、白ワインに限るが、スキンコンタクトをおこない、果皮のうまみなどの成分をワインに移すことでワインの味わいをコントロールする方法もある。
「酵母などの資材の使い分けなど、ほかにもいろいろと方法はあります。ただ、やはりワインのクオリティを決めるのはぶどうなのです」。
品質のよいぶどうを手に入れるためには、育成時期にさまざまな努力が必要なのはもちろんだが、適切な時期に収穫することも重要だ。
そのため川田さんは、2023年は収穫時期の見極めの精度をさらに高めていきたいと考えている。ぶどうが適切な熟度になったタイミングで収穫するためには、これまでの経験が大いに参考になる。川田さんがこれまでに集めたデータはきっと、2023年の収穫に生かされることだろう。
『おすすめ銘柄の紹介』
続いては、大三島みんなのワイナリーのおすすめ銘柄をいくつかピックアップしていこう。個性豊かなワインは、いずれも飲んでみたくなる魅力たっぷりだ。
▶︎ボディ感たっぷりのマスカット・ベーリーA
川田さんおすすめの銘柄を尋ねると、2022年ヴィンテージのマスカット・ベーリーAのワインを挙げてくれた。
しっかりと熟し切った状態で収穫できた2022年のマスカット・ベーリーAは、非常にボディ感の強いワインになりそうだ。
「マスカット・ベーリーAというよりは、タンニンがあって香りもスパイシーな、シラーのようなイメージですね。果皮の色付きもよかったので濃いめの色合いが魅力的です。プラムやベリーの濃厚な香りも特徴ですよ」。
雨が少なかった2022年は、大三島にしては夏の気温が高すぎず、9月になると急に涼しくなってきた。海に囲まれているので日差しは強いのですが、もともと気温はそこまで上がらない土地なのだ。
マスカット・ベーリーAのワインは、ステンレス発酵と樽発酵の2種類ある。いずれもしっかりとした味わいに仕上がっているため、牛肉を使った料理とのペアリングも可能かもしれないと川田さん。
「ボリューム感があるマスカット・ベーリーAなので、ローストビーフなどのお肉に合わせてもよいかもしれません。おすすめのペアリングは今考えているところです。ぜひ、お好みの料理に合わせて楽しんでいただきたいですね」。
▶︎みかんのスパークリングワインとイノシシレモン鍋
食中酒として楽しむワインには、地元食材と合わせて飲む楽しみもある。大三島のワインには、地元のどんな食材がマッチするのだろうか。
実は、大三島にはそれまで見られなかったイノシシが、15年ほど前から出るようになったそうだ。地元の人いわく、「島にかかる橋を渡ってきた」ということだ。大三島のイノシシは島のみかんを食べているせいか、獣臭さが少ないのが特徴なのだとか。
大三島みんなのワイナリーでは大三島の「イノシシレモン鍋セット」を冬季限定で販売している。レモンの酸味がイノシシの脂によく合う、ワインと一緒に楽しめる鍋セットだ。
「シャルドネのワインか、島みかんで造っているスパークリングワインに合わせるのがおすすめですよ」。
「島みかんスパークリング」は、みかんを使いワインと同じように仕込み、瓶内二次発酵でスパークリングワインにした商品。柑橘の酸味が特徴で、みかんを食べて育ったイノシシとの相性は抜群だ。
▶︎樽発酵・樽熟成のシャルドネ
続いて、今後リリースされるワインから、川田さんのおすすめ銘柄を紹介していただいた。
「これまではステンレス発酵したあとで樽熟成をおこなってきたのですが、2022年ヴィンテージでは新たな取り組みとして、樽発酵かつ樽熟成のシャルドネを造りました。味わいに一体感がある、非常によい状態に仕上がりそうだと期待しています」。
フレンチオークで樽発酵したのは、自社畑で栽培したシャルドネ。大三島みんなのワイナリーのトップキュヴェとして仕込んだ。
パッションフルーツやマンゴーなどの香りと、洋梨や桃、柑橘の香りが特徴の自社ぶどうに、樽の香りが滑らかにマッチしたクラシカルな味わいだ。
樽発酵・樽熟成シャルドネの2022年ヴィンテージは、2023年9月以降にリリース予定。ボトルや箱のデザインも、ほかのラインナップとは一線を画した特別なものになるとのことなので、リリースを楽しみにしたい。
『たくさんの新たな取り組み』
大三島みんなのワイナリーでは、毎年新たなチャレンジを続けている。歩みを止めない大三島みんなのワイナリーの、2021年と2022年の取り組みを紹介したい。
▶︎新たな醸造機器を導入
2019年に自社醸造を開始した大三島みんなのワイナリー。オープン当時は最低限の機器でのスタートだった。徐々に収量が増えきたため、2021年にはタンクやスパークリングワイン用の設備を新たに導入することにしたのだ。
だが、新型コロナウイルスでのパンデミックが発生して物流がストップ。本来7月に納品されるはずだった醸造機器がようやく届いたのは、なんと12月になってからのことだった。
「2021年は雨の影響で収量が少なかったので、なんとか従来の機器で醸造できましたが、正直かなり大変でしたね」と、苦笑する川田さん。
2022年ヴィンテージではついに新しい機材を使っての醸造を開始。タンクも大きくなり、仕込み量アップにも対応できるようになった。
「新しい機器は便利ですが、シーズン最初の仕込みでは、機器の操作やクセを把握するのに四苦八苦しましたね。また、作業のスケジュールを組み立てるのも試行錯誤が必要でした」。
だが、チャレンジ精神旺盛な川田さんは、新しい機器の操作をあっという間に習得。シーズンの後半にはすでに慣れて、できることが格段に増えた。今後はさらに、新たな醸造方法にもどんどん挑戦していきたいと話してくれた。
▶︎大三島産の蜜蝋をキャップに採用
大三島みんなのワイナリーでは、2022年からワインの蝋キャップに大三島産の蜜蝋を使い始めた。今後も自社圃場のぶどうを使ったワインに関しては、大三島産の蜜蝋を使用していく方針だ。
「大三島の養蜂家さんから分けて頂いた蜜蝋です。うちのぶどう畑にも、たくさんの蜂が草花の蜜を取りに来ているんですよ。花の時期になると蜂の羽音が鳴り響いています。大三島産のワインに同じ産地の蜜蝋を使うのは、ストーリーに一貫性があって面白いと感じています」。
▶︎ワイナリー同士でぶどうを交換? 斬新なプロジェクト
2022年、大三島みんなのワイナリーは非常に興味深いプロジェクトに参加した。大三島みんなのワイナリーと、広島県の「瀬戸内醸造所」「山野峡大田ワイナリー」の3社が、それぞれに栽培したぶどうを交換してワインを造ったのだ。
「近隣のワイナリー同士で単に交流するだけでなく、もっと面白いことができないかと考えて実現したプロジェクトです。ワインを造る仲間が近くに増えて、同じ瀬戸内エリアのワイナリーとして力を合わせていこうとしているのが嬉しいですよね」。
ワインをつうじて、人が繋がっていくことの素晴らしさを実感していると話してくれた川田さん。
「同じ品種でも、育つ地域によってまったく異なるぶどうになることがわかりました。ぶどうを触ると、そこに込められた想いが伝わってきたような気がします」。
詳細は、「#旅するぶどうがつなぐプロジェクト」でSNS検索して情報収集してみてほしい。近いうちに、2023年実施予定の関連イベントの告知もおこなうそうだ。
ともすればライバル関係にもなりうる近隣のワイナリー同士が、それぞれのぶどうを通じて繋がり合うプロジェクト。ワインファンとしても、非常に心を動かされる面白い取り組みだ。
『まとめ』
大三島みんなのワイナリーは、耕作放棄地を生まれ変わらせ、ワインを通じて島の新たな魅力を発信することを目的としてスタートしたワイナリーだ。
大三島みんなのワイナリーがぶどう畑を始めた際には、周囲の柑橘農家たちがたくさん協力してくれたそうだ。川田さんたちも、高齢者が多い農家に代わって力仕事を引き受けるなど、地域との信頼関係を徐々に築いてきた。地元に根差した活動をおこなうことは、想像する以上に大変なことに違いない。
「ぶどう栽培とワイン造りは数年だけで終わることではなく、今後ずっと続けていくべきものです。私たちの代で終えるのではなく、先人たちが守ってくれた土地を次世代に伝えていかなければと考えています」。
大三島みんなのワイナリーが、地域と一緒になって築きつつあるワイン産業は、きっとこれから先も50年、100年と続いていくだろう。魅力たっぷりの取り組みを、引き続き応援していきたい。
基本情報
名称 | 大三島みんなのワイナリー |
所在地 | 〒794-1309 愛媛県今治市大三島町宗方5208-1 |
アクセス | しまなみ海道 大三島ICから車で約15分 (大山祇神社参道内「大三島みんなの家」が事務所兼直売所) |
HP | http://www.ohmishimawine.com/ |