千葉県香取郡多古町の船越地区にあるワイナリー、「船越ワイナリー」は、千葉県で2番目のワイナリーとして誕生した。
千葉県でワイナリーを始めたいちばんの理由は、「地域のため」。農業が盛んな多古町を元気にする方法として、ワインを造ることを選んだのだ。
日本各地で生産されたぶどうを原料としてワインを造りつつ、自社畑での栽培も開始。自社栽培したぶどうでの醸造も目指す。
今回は、醸造担当の戸張夏実さんにお話を伺った。多古町で優しく穏やかなワインを造る船越ワイナリーを、さまざまな角度から紹介しよう。
『農業の町多古にワイン文化を ワイナリー誕生のきっかけ』
始めに見ていくのは、船越ワイナリー誕生までの経緯について。ぶどう栽培やワイン造りをスタートした理由、そしてワイン造りへの思いを紹介していきたい。
▶︎農業の町、多古町 長く続いてきたぶどうの生産
多古ワインの歴史を知る上で欠かせない情報がある。それは、「多古町の特色」だ。
千葉県にある多古町は、成田空港の真東に位置する町。主幹産業は農業で、米や野菜が盛んに栽培されている地域だ。
中でも米の産地として名高く、「多古米」というブランド米もある。米作りが盛んなために、地域の人々は昔から身近なお酒として日本酒に親しんできた。
そんな多古町だが、実は生食用ぶどうの産地でもある。古くからぶどう栽培がおこなわれており、現在でも地域内には複数のぶどう農家が存在しているのだ。
だが、多古町のぶどうは主に地元の直売所で販売されており、市場へ出回る前に「地消」されているため、町外に出回ることはほとんどないという。
そんな大地の恵み豊かな多古町だが、近年はある問題に悩まされている。農業を主産業とする地域特有の悩みである、人口減少や高齢化にともなう離農の問題だ。事実、多古町のぶどう農家の数も年々減少の一途をたどっている。
さて、多古町のおおまかな特色が見えてきたところで船越ワイナリーの歴史に戻ろう。
地域の農業を守り、地元を盛り上げるためになにかできないか。船越ワイナリーの社長をはじめとした創業メンバーは以前から、多古町を盛り上げるための方策を探していた。
そんな中、メンバー内に多古町のぶどう農家出身の役員がいたこともあり、ぶどう栽培とワイン醸造をつうじて町を盛り上げることにしたのだ。
▶︎ヤマブドウのポテンシャルに注目
「創業前に事業内容に関するアイデア出しをしている段階で、ヤマブドウで何ができないかというアイデアも出ました。ヤマブドウを日常的に体に取り入れるためには、ワインにするのがよいのではということになったのです。地元を盛り上げることとヤマブドウへの着目から、ぶどう栽培とワイン造りをスタートすることになりました」。
地域貢献とヤマブドウの健康効果に着目したことから始まった船越ワイナリーは、こうして2020年に創業。千葉県で2番目のワイナリーとしてスタートした。
▶︎千葉にワイン文化を
「2023年6月時点で、千葉県のワイナリーは4つに増えました。しかし、2020年時点の船越ワイナリー創業までは、千葉県内にはワイナリーがたったひとつしか無かったのです。そのため、千葉県民にとってはワインは日常からかけ離れた存在だったといえるでしょう」。
ワイン造りを実際に始めてからも、千葉にワイン文化が浸透していないことを実感しているという船越ワイナリー。今では、千葉に暮らす人々にワイン文化を伝えたいという思いでワイナリー運営をしている。
そんな船越ワイナリーのコンセプトは、「ワインを愉しむ豊かな時間」だ。2021年以降に新たに出来た千葉県内のほかのワイナリーとも連携しつつ、千葉にワイン文化を普及させるための活動をおこなっている。
ぜひ、船越ワイナリーのTwitterやInstagramを覗いてみてほしい。「#ちばワイン」で県内ワイナリーやぶどう農家とつながりながら、さまざまな情報を発信していることがわかる。
千葉ワインを盛り上げるため、精力的に活動する船越ワイナリー。今後さらに、千葉のワイン産業の一端を担うワイナリーとして、大きな存在になっていくことだろう。
『船越ワイナリーのぶどう栽培』
続いて見ていくのは、船越ワイナリーのぶどう栽培について。船越ワイナリーでは、どんな品種を育てているのだろうか。ぶどう栽培のスタンスに迫る。
▶︎多古町で歴史ある「スーパー・ハンブルグ」とヤマブドウ系品種
多古ワイン船越ワイナリーでは、2020年から自社畑でぶどう栽培をしている。おもな栽培品種は次の3種類だ。
- スーパー・ハンブルグ
- ヤマ・ソービニオン
- ヤマブドウ
それぞれ解説していきたい。
「スーパー・ハンブルグ」は、赤い果皮を持つ生食用ぶどう。珍しい品種だが、多古町では60年ほど前から栽培されてきた歴史を持つ。まさに多古町を代表する品種なのだ。
スーパー・ハンブルグは糖度と酸味が十分にある品種特性を持つため、生食用とはいえワイン醸造へのポテンシャルが高い品種だと考えられている。
ワイナリーと付き合いがある地元のぶどう農家でも栽培されているスーパー・ハンブルグは、地域活性化のためにも注目したい品種だ。船越ワイナリーでは、スーパー・ハンブルグの栽培面積を徐々に拡大している。
続いてのヤマソービニオンは、ヤマブドウとカベルネ・ソーヴィニヨンの交配品種である。ヤマソービニオンを植えたのは、ワイナリー誕生のきっかけでもある「ヤマブドウ」の可能性追求のため。ヤマブドウ系品種ということで、一番最初に自社畑に植えた。
また、ワイナリー設立前から注目していたヤマブドウも栽培している。系統は山形県産の「月山1号」。ヤマブドウが本来持つ「強さ」を、品種特性としてはっきりと感じるという。
さらに2023年には、上記3品種以外のぶどうも自社畑に仲間入りする。数種類のヨーロッパ系ワイン用品種やマスカット・ベーリーAなどを植栽する予定なのだとか。今後、さらにバリエーションが豊かになる自社畑に期待が持てる。
2022年の醸造時点では、まだ自社ワインのぶどうをメインに醸造ができるほどの収量は確保できなかった。そのため、茨城、山形、山梨、岩手、長野といった各地域のぶどう農家から買い取ったぶどうでワインを醸造した。
2024年には、自社栽培したぶどうを一部使用したワインの醸造がスタートできる可能性もある。多古町らしさが感じられる新しいワインの誕生を、楽しみに待ちたい。
▶︎多古町のテロワール 生食用ぶどう栽培の歴史を生かして
船越ワイナリーの自社畑は、ふたつのエリアにある。ひとつは小高い山の上、もうひとつは集落に隣接している。面積はあわせて0.6haほど。山にある畑はフラットな面に広がり、集落にある畑は緩い傾斜地なのが特徴だ。
共通点は日照量が豊富なことと、水はけと風通しが良好なこと。標高が低いため昼夜の寒暖差は小さいが、それ以外の条件としては、問題なくぶどう栽培ができる土地だといえそうだ。
「多古町では昔から生食用ぶどう栽培の実績がある場所です。自社畑の一部には、もともとぶどうが栽培されてきた場所も含まれます。ぶどう栽培の歴史が長い土地柄なので、多古町ならではのぶどう栽培をおこなっていきたいですね」。
生食用ぶどうの歴史ある多古町だが、「ワイン用ぶどう」の栽培はまだ始まったばかり。今後さまざまな品種を栽培し、多古町ならではの栽培技術を確立させていくのだろう。
「それぞれの畑に適した方法を模索しながら、栽培しています。まだ栽培を始めて数年なので、もう少しぶどうが成長するまで観察が必要ですね。収穫量や生育具合など、畑によってどんな違いが出てくるのか楽しみです」。
船越ワイナリーの未来は、さまざまな可能性に満ちている。
▶︎ぶどう栽培のこだわり 稲作技術の応用で独自肥料を使用
船越ワイナリーのぶどう栽培には、独自のこだわりがある。多古の米農家でもあるワイナリーの代表が稲作に使用している肥料を、ぶどう栽培にも使用しているのだ。
「動植物由来のアミノ酸とミネラルがたっぷりと含まれた肥料です。ぶどうのポリフェノール含有量を高め、病害虫への抵抗力を強めるために使用しています。農薬に頼らずに栽培したいので、施肥によってぶどう自身の力を強くすることを目指しているのです」。
アミノ酸は土壌を豊かにする効果があるという。植物は土から栄養を吸収するため、土壌を豊かにすることはぶどうを健全に育てることにつながる。
船越ワイナリーの役員の研究からは、害虫被害を受けるのは「植物が弱っているとき」であることが圧倒的に多いことがわかっているのだとか。そのため、健康な植物を育てるためには、「植物を弱らせないこと」が非常に重要になる。多古町だけのぶどうの味わいを目指し、これからも栽培面での工夫が続く。
『優しく人に寄り添う 多古ワインの醸造と特徴』
続いては、船越ワイナリーが醸すワインについて見ていこう。船越ワイナリーでは、「多古ワイン」というブランドでワインを出している。
2022年から醸造担当になった戸張さんは、長野でワイナリーを経営する醸造家からの指導を受けながら、日々勉強中だという。
多古ワインの醸造のこだわりや銘柄の特徴について詳しく見ていこう。
▶︎地域の人々に寄り添うワイン
船越ワイナリーは、ぶどうを栽培し、ワインに加工して販売するところまでをおこなう6次産業化を目指して設立したワイナリーだ。
千葉県にはワイナリーが少ないため、県民は日頃からワインにはあまり親しんでおらず、どちらかというと日本酒好きの方が多い土地柄だ。
「ワイン造りが盛んな地域とは違って、千葉には日本ワインを飲む習慣がありません。そんな千葉県で目指すべきなのは、『地元の人に寄り添うワイン』を造ることだと思っています。美味しいワインを提供するのはもちろんですが、それ以上に地元の生活にワインを浸透させることを目指すべきだと感じたのです」。
船越ワイナリーが目指すのは、日本酒のように地元に親しんでもらう存在になること。昔はお祝いやお祭りには必ず地元の酒が用意され、地域の人々に振る舞われていた。また、日常の食卓の中にも地元の酒が並ぶのが普通の光景だった。そんなハレの日もケの日も、地域の人々の側にあるお酒となることが、船越ワイナリーが目標とする姿なのだ。
▶︎船越ワイナリーのワイン醸造におけるこだわり
続いては、具体的なワイン醸造の話に移っていこう。船越ワイナリーはどんなこだわりを持ってワインを醸造しているのだろうか?
「添加物を極力使用せず、ぶどう品種の特徴を出せるようにシンプルな造りをしています。まだ醸造担当になったばかりなので、自分のこだわりについて語るのは難しいのですが、将来的には『身体と心に染み渡るようなワイン』を造りたいと思っています。今は優しさが全面に出たスタイルですが、もっと華やかさや上品さを表現したいですね」。
戸張さんは2022年、長野のワイナリー「Le Milieu」の醸造家である塩瀬さんに師事して醸造作業に打ち込んだ。
そんな戸張さんが船越ワイナリーで醸造を担当することになったのは、前任の退職にあたり、「私がやってみたい」と手を挙げたのが始まりだった。
元々は経理職として入社したため、醸造に関わるのは補助作業程度だった。だが、前任の醸造担当から日々ワインの魅力について聞く中で、どんどん興味が湧いてきたのだという。そのため、ワイン造りをすると決断するまでに時間は掛からなかった。
▶︎苦労の連続だった2022年の醸造
醸造担当になる前は、会社員だったという戸張さん。醸造を担当するようになって、「醸造家が当たり前におこなっていること」のすべてが新鮮だったという。
2022年にもっとも大変だったのは、醸造期間中のワインに対する「毎日のお世話」だった。
「醸造期間中は、休みなくワインのお世話をする必要があります。3か月間、毎日醸造所にワインの様子を見に行っては、観察とお世話を続けました。まるで『子育て』をしているような感覚でしたね」。
特に、タンクに入れた醪(もろみ)を撹拌する「櫂(かい)入れ」は大変だった。すべてのタンクを朝夕2回、櫂で撹拌する。だが、小柄な戸張さんが力いっぱい櫂を醪に沈ませようしても腕の力だけではタンクの底まで入っていかず苦労したそうだ。
「毎日の変化を見逃したくなかったので、休まず醸造所に来ていました。『昨日より柔らかくなっている』など、ちょっとしたところに気付けるように注意深く観察しました」。
目の前の課題にひとつずつ取り組んでクリアするという繰り返しだった2022年の経験は、確実に次年度以降の糧になったはずだ。
▶︎もっとも思い入れがある銘柄「2022 ROSE」
多古ワインでリリースされている銘柄の中で、特におすすめの2種類を紹介しよう。
ひとつ目は、戸張さんが醸造を担当した「2022 Rose」。ピノ・ノワールとメルローを使用したロゼワインで、綺麗な酸と程よいタンニンを感じられ、温度の変化と共に表情を変え風味が増していく味わいが特徴だ。
「メルローを使ったロゼは私が造ってみたかったワインのひとつで、2022年ヴィンテージの中では一番思い入れがあります。このワインのことがあまりに可愛くて、出荷するときにはきっと子供をお嫁に出すような気持ちになってしまうのではないかと思い、エチケットは花嫁のドレスをイメージしたデザインにしました」。
「2022 Rose」とのおすすめのペアリングは、みずみずしいお野菜全般。また、千葉県特産の落花生との相性もよい。
「郷土料理である『ゆで落花生』とのペアリングは、ぜひ皆さんに楽しんでいただきたいですね。アルコール度は10%と低めなので、飲み疲れせず、ランチタイムにも楽しめますよ」。
▶︎ヤマソービニオンを使った銘柄「Newbie(ニュービー)2021」
ふたつ目に紹介するワインは、「Newbie(ニュービー)2021」。ヤマソービニオン100%の赤ワインだ。
ヤマソービニオンと言うと野趣あふれる味わいを想像するかもしれないが、「Newbie 2021」は軽やかな口当たりの仕上がりが特徴。すっきりした香りと穏やかな渋みが心地よく、ほどよい酸味もある。
「『Newbie 2021』にはヤマブドウ由来のワイルドな感じは少ないですが、酸味はしっかりと感じられます。幅広い方におすすめできるワインですよ。酸化防止剤は不使用なので、無添加ワインを探しているお客様にも選ばれています」。
軽やかな印象ではあるが、ヤマブドウ系ゆえの「芯の強さ」はたしかに存在するワインだ。醸造の際も、繊細さよりも強さを生かしたワイン造りがおこなわれたという。
「Newbie 2021」に合わせたいのは、牛肉料理。ジビエ料理のレストランでも取り扱いがある銘柄で、肉料理全般との組み合わせは抜群だ。
お客様からの反応がとてもよく、リピーターも多い人気のワインだ。多古ワインを知る1本として、選んでみてはいかがだろうか。
『船越ワイナリーらしい美味しさをめざして』
最後に見ていくのは、船越ワイナリーの今後について。ワイナリーはどんな目標に向かって歩んでいくのだろうか。
▶︎昨年より成長したい ワイン造りの目標
まずは、ワイン造りの目標について伺った。まだまだ目の前のことをこなすことで精一杯ですが、と話す戸張さん。2023年はどんなワイン造りをおこないたいと考えているのだろうか。
「1年目に学んだことや基本に忠実に、2年目以降も取り組んでいきたいです。今後は、自社ぶどうを使用した醸造も楽しみです」。
より美味しく魅力的なワインを造るため、船越ワイナリーの醸造は進化を続ける。
▶︎柔軟に動ける強みを生かし、地域に選ばれるワイナリーにしたい
続いては、ワイナリーの今後の目標を見ていこう。
「船越ワイナリーは、2023年で創業4年目を迎えます。そろそろ新人ワイナリーとはいえなくなってくるでしょう。今までは『多古町でワインなんて珍しい』という理由で購入いただくこともありましたが、これからは『ワインが美味しいから』という理由で買ってくださるお客様を増やしたいです。地域に寄り添い、日常に溶け込むワインが造れるよう、強みを生かして活動を続けていきます」。
船越ワイナリーの強みは、柔軟な運営方針にある。地域に根ざし、意見を広く取り入れる企業文化があるからこそ柔軟さを保てるのだ。
「実は、以前は赤ワインしか醸造していませんでした。しかし、ワイン好きのお客様から『白ワインも飲みたい』という声を多くいただいたので、白ワインの醸造もおこなうことにしたのです。お客様からの声をすぐに反映してワイン造りに落とし込めるのが強みだと思っています」。
船越ワイナリーの強みである柔軟な姿勢は、メンバーの柔らかい人柄からも伝わってくる。地域を愛し人々のつながりを大切にする多古ワインの造り手は、今後も数多くの美味しいワインで、地域の人々の暮らしを彩っていくのだろう。
『まとめ』
「地元の人たちの毎日に寄り添い、千葉にワイン文化を広めたい」という強い思いは、船越ワイナリー創設時から一貫してぶれることはない。
千葉県でどんなワインが造られているのかが気になったら、ぜひ船越ワイナリーに足を運んでみてほしい。
9〜10月の繁忙期以外には毎月、ワイナリーの直売所が数日間オープンする。ぜひ現地で造り手と語り合いながら、お気に入りの1本を見つけてほしい。
また多古ワインは、「道の駅 多古 あじさい館」でも全銘柄の取り扱いがある。千葉ならではの美味しさが詰まった多古ワインを選びに、立ち寄ってみてはいかがだろうか。
基本情報
名称 | 株式会社船越ワイナリー |
所在地 | 〒289-2244 千葉県香取郡多古町船越2006 |
アクセス | ・圏央道 松尾横芝インターチェンジより車で15分 ・東関東自動車道 新空港インターチェンジより車で25分 |
HP | https://tako-wine.com/ |