『安心院小さなワイン工房』安心院のぶどう栽培を守り、農家とのつながりを大切にするワイナリー

安心院町(あじむまち)は大分県の北部、宇佐市にある。九州では有数のぶどう産地だが、高齢化によって、引継ぎ手がなく荒れていくぶどう畑も増えているのが現状だ。そんな実情を憂い、地域のぶどう栽培を継続させるために立ち上がったのが、今回紹介するワイナリー、「安心院小さなワイン工房」だ。

安心院小さなワイン工房のワイン造りを担っているのは、酒造責任者の和田拓也さん。異業種からぶどう栽培とワイン造りの世界に飛び込み、地域の農家とのつながりを大切にしながら、独学でワインを造り続けてきた。

今回は和田さんから、安心院小さなワイン工房設立の経緯をはじめ、安心院町でのぶどう栽培の状況についても詳しく聞くことができた。

和田さんの語り口は真っ直ぐで飾り気がなく、真摯にワイン造りに向き合ってきたことがうかがえる。手作業が中心だという安心院小さなワイン工房のワイン醸造についても、じっくりと紹介していこう。

『安心院小さなワイン工房、立ち上げの経緯』

安心院町は古くから生食用ぶどうを栽培してきた歴史を持つ町だ。そんな安心院町に生まれた安心院小さなワイン工房は、「百笑一喜」という企業組合が経営母体。「百笑一喜」は、安心院で栽培された野菜や果物を集荷し、都市部のスーパーに配送する業務を主におこなっている。ぶどう栽培とワイン造りを始めるまでには、どんなストーリーがあったのだろうか。

▶︎町内のぶどう園を守るために

「安心院町は2010年にハウスワイン特区に認定されたので、その制度を使ってワイン事業を始めました。安心院町は昔から続くぶどう産地なのですが、高齢化によって廃業する人が増えてきたせいで、使われなくなって荒廃したぶどう園が目立ち始めました」。

そこで、ワイン用としてぶどうを使うことでぶどう園を存続させていこうと、ワイナリーを立ち上げたのだ。

また、安心院小さなワイン工房がワイン造りを始めた理由はもうひとつあった。生食用としては商品にならない「種ありぶどう」を有効利用するためだ。

生食用のぶどうで現在の主流となっている「種なしぶどう」だが、なぜ種がないのか不思議に思ったことがある人も多いのではないだろうか。

実は、「ジベレリン」という植物ホルモン剤を使うことによって、人工的に「種なしぶどう」を作り出しているのだ。ジベレリン液を入れたカップにぶどうの房をひとつずつひたすことで、ぶどうは受粉なしでも結実する。受粉しなかったために、種がないぶどうになるというわけだ。

ジベレリン処理は人がひとつずつ手作業でおこなうため、非常に時間がかかる作業だ。そのため安心院町では、多くのぶどう農家が、露地栽培ではなくビニールハウスでのぶどう栽培にすでに切り替えているそうだ。

ビニールハウスでぶどう栽培をするメリットには、水分管理が容易になることがまず挙げられる。また、ぶどうの成長タイミングをコントロールできることも、大きなメリットのひとつだ。加温して発芽時期を調整することで、開花や収穫のタイミングをコントロールすることが可能になる。つまり、ぶどうの開花時期に2度おこなうジベレリン処理も、時期をずらしながら実施できるのだ。

だが、露地栽培の場合には外気温を人為的にコントロールすることはできないため、同じ品種ではほぼ同時にすべての房が開花を迎える。すると、ジベレリン処理が間に合わなかった房は「種ありぶどう」として成長してしまう。

「『種ありぶどう』は生食用としては売り物にはなりませんが、捨てるのはもったいないですよね。そこで、種ができてしまったぶどうをワイン用として活用することにしたのです」。

地元産の大切な農産物を廃棄しなくて済むようにとの思いで、安心院小さなワイン工房はワインを造っている。地元のぶどう栽培とぶどう農家を少しでも助けたいという、あたたかな心から生まれたワイナリーなのだ。

▶︎ぶどう畑の管理を引き継ぐ

安心院小さなワイン工房では、ぶどう栽培は理事と和田さん、醸造は和田さんがひとりで担っている。

「ワイン原料は、農家さんからの買いぶどうが9割ですね。私たちが栽培を手がけている畑は、農家さんが高齢になったなどの理由で手が回らなくなった畑ばかりです。管理ができなくなった畑があると、町内の農家さんからお声がかかります。そういった畑ばかりを引き受けて管理しているのです。畑の持ち主は農家さんのままなので、もともと植栽してあった生食用ぶどうを引き継いで育てています」。

地元のぶどう農家にとって、安心院小さなワイン工房は救世主的な存在だといってよいかもしれない。

▶︎樹齢の高い樹を大切に守る

2023年現在、安心院小さなワイン工房が栽培管理しているのは、マスカット・ベーリーAとデラウェア。どちらも安心院町で昔から育てられてきた品種で、樹齢は古いものだと20年近くのものもある。

かつて安心院町は、デラウェアとピオーネなどの栽培が盛んなことで有名な産地だった。デラウェアに関しては当時、福岡や宮崎など、周囲のぶどう産地とかぶらない品種だったため、栽培品種として選ばれたのだそう。

しかし、現在は多くの農家が、シャインマスカットの栽培に移行した。昔ながらの品種も一部では栽培が続けられているが、大半が古木となり枯れていくものも多いという。しかし、いずれも凝縮感がある品質のよいぶどうが収穫できるのが特徴だ。

▶︎和田さんとワインの出会い

続いては、和田さんが安心院小さなワイン工房で働き始めるまでについて触れておこう。

「ぶどう栽培を始めたばかりの頃は、天候を予測してヴェレゾンの時期を調節することにチャレンジしたこともありましたね。しかし、ぶどうの出来は結局、天候に大きく左右されるものです。そのため最近は、できるだけ手をかけず自然に任せた栽培をするようになりました」。

そんな和田さんが安心院小さなワイン工房に入社したのは、2013年のこと。ぶどう栽培とワイン醸造は、安心院小さなワイン工房に入社して初めて経験した。

和田さんは前職では、福岡県にあるスペイン料理の店でスモークハムや生ハム、サラミなどを作る職人をしていた。だが、2012年の九州北部豪雨により、店の一部が流される被害に遭う。住んでいた家屋も床下浸水し、近隣地域では死者も出た。

命の危険を感じるような災害を経験した和田さんは、引越しを検討。安心院町に住んでいた友人に連絡したところ、住まいと仕事を紹介してくれたのだ。

「その友人がたまたま、安心院小さなワイン工房の理事長の隣に住んでいたのです。友人は私が飲食関係に携わっていたことを知っていたので、安心院小さなワイン工房での仕事を紹介してくれました」。

転職した当初は、ぶどう栽培に関してはまったく知識がなかった和田さん。さまざまな苦労を経験してきたのではないだろうか。

「理事長もぶどう栽培の経験者ですし、周りにぶどう農家さんが多いので、わからないことがあったらすぐにアドバイスをもらえる環境です。そのため、あまり困ったことはないですね。ぶどう栽培においては、自分なりに考えたことも少しずつ試してきましたが、基本的には安心院の農家さんの栽培方法を引き継いでいます」。

まぶしいほどに謙虚でまっすぐな姿勢を保ち、学ぶ姿勢を持ち続ける和田さん。だからこそ、未経験から始めても迷いなく続けてこられたのだろう。

▶︎粘土質で育つ旨みのあるぶどう

ここで、安心院小さなワイン工房のワインの原料となるぶどうが育つ、安心院町の気候や土壌について見ていこう。

安心院小さなワイン工房が管理している畑の土壌は、赤土混じりの粘土質だ。一般的には、ぶどう栽培に適しているとは評価されにくい特性を持つ。

「ミネラル分はあまりないと思いますが、豊かな土壌ですよ。旨みと甘みがある美味しいぶどうが収穫できます。ほかの産地のぶどうと食べ比べてみても遜色ありません」。

管理する畑の標高は100〜200m程度だが、盆地にあるため朝晩の寒暖差が大きいのが特徴だ。8月後半になると夜温が一気に下がり始める。

安心院町内の平野部は田んぼが占めており、ぶどう栽培がおこなわれているのは、谷がある地形の頂上部分だという。斜面ではない土壌の特性を考慮して、水はけをよくする対策がとられている。

丘のてっぺん周辺にあるぶどう畑は棚仕立てで、風通しは良好。台風の被害を受けることもあるが、安心院町ではそこまで大きな被害はまれだ。

年間降雨量が多い安心院町では、ぶどう栽培はほとんどがビニールハウスでおこなわれおり、露地栽培は少なくなってきたのが現状だ。だが、安心院小さなワイン工房が管理している畑は地域の農家さんから借り受けているもので、急に返却が必要になることもある。そのため、設備投資をどこまでするかは悩むところだ。現在はビニールハウスではなく、レインカットで雨対策を実施しているという。

「ビニールハウスは維持費がかかるというのもありますし、ワイン用ぶどうは路地で育てた方が絶対によいと考えています」。

▶︎新たな自社管理畑がスタート

和田さんがぶどう栽培に関わってから10年間、対策が必要だったのは天候よりも野生の獣による被害だ。

網を張るなどの対策はしているものの、イノシシ、カラス、アナグマなどによる食害を完全には防ぐことはできない。また、畑はいつか持ち主に返却する必要があるため、獣害対策においても大きな設備投資はためらわれるのが実情だ。

そんな中、2023年に新たに借りることになっている畑は、当分のあいだ管理を任されることが決まっている。

「ようやく、新しい樹を植栽できる畑を借りられることになりました。私の手できれいに整備するところから始めるので、ある意味でここからが本当のスタートだと思っています。ぶどうは実るまでに5年ほどかかりますから、品種選びは慎重にしなければなりません。近隣の大手ワイナリーさんで栽培している品種を参考にしながら、自分が育ててみたい品種を植えようと考えています」。

ぶどう栽培とワイン醸造に関わって10年目の和田さんの新たな歩みが、今まさに始まろうとしている。

『たくさんの人に美味しいといってもらえるワインを』

和田さんがワイン造りにおいて大切にしていることは、たくさんの人に美味しいと言ってもらえるワインを造ること。

そのために心がけているのは、醸造場の衛生管理を徹底することだという。清潔な環境は、クリーンかつオフ・フレーバーのないワイン造りに欠かせない。

安心院小さなワイン工房の醸造所には、最新の醸造機器が揃っているわけではない。だが、衛生管理については和田さんの得意分野だ。なにせ、前職では食肉加工をしていたのだから。

「ぶどうは、肉を扱うよりもずっと簡単ですよ」と語る和田さんがひとりで管理する醸造場は、小規模ワイナリーとしてはかなりゆとりのある広さだ。だが、ワイン醸造に使用するすべての道具は整然と収納され、磨き上げられたタンクや醸造機器は清潔そのものだ。

「誰が飲んでも、すっきりと美味しいワインだと思ってもらえるように造っているつもりです」。

▶︎契約農家とのつながりを大切に

また、和田さんがワインを造るうえでもうひとつ大切にしていることがある。契約農家との繋がりだ。地元のさまざまな農家からぶどうを提供してもらう中、かつては、理想的とはいえない状態のものしか入手できないこともあった。

「買いぶどうの品質に関しては、以前は非常に悩みましたね。そこで、栽培は農家さんにお任せして、忙しくて手が回らない場合には私が代わりに収穫することにしたのです。私自身が対応をすることで、糖度や酸度がちょうどよいタイミングに収穫できるというメリットもあります。契約農家さんの畑の収穫をワイナリー側が担当するというのは、安心院小さなワイン工房ならではの強みといえるかもしれませんね」。

もちろん、すべてのぶどうを和田さんが収穫しているわけではない。だが、農家との関係性ができてくるにつれ、ぶどうが理想的な状態で収穫してもらえるよう、農家に依頼することもできるようになってきた。

どんなタイプのワインにするかによって最適な収穫タイミングは変わってくる。そんな臨機応変な対応が必要な問題も、地元農家との人付き合いを深めていくうちに、徐々に解決できてきたのだ。

「農家さんとの繋がりが強くなるにつれて、より美味しいワインが造れるようになってきましたね。出来上がったワインを持っていくのを、みなさん楽しみにして下さっています。農家さんに直接『美味しいワインが造りたい』と話して思いを伝えることも、ワインの仕上がりに大きく関係してくると感じています」。

▶︎ぶどうの魅力を最大限に生かしたワイン

安心院小さなワイン工房では、昔ながらの手動の醸造機器を使っている。瓶詰め機にいたっては、なんと手作りなのだとか。

和田さんのワイン造りは、まずぶどうの状態をしっかりと見極めることから始まる。ぶどうの品質を見て、最善の醸造スタイルを選択するのだ。その方針には一貫していてブレがない。

「最低限の醸造機器しかありませんし、ぶどうの品質をカバーする醸造技術も持ち合わせていません。しかし、農家さんが『今年は出来が悪くてごめんね』と言って提供してくれるぶどうでも、可能な限り美味しいワインにしてあげたいと思って、心を込めて醸造しています」。

搾汁の仕方を変え、酵母の種類や配合を工夫する。また、発酵温度や醸し期間を調節し、品種ごとの香りや甘さなどの特性をナチュラルに引き出す醸造を心がけているという。

「色付きが薄い年ならすっきりとした赤ワインにしようなど、ぶどうのよい面を最大限に引き出せるように醸造しています」。

▶︎魅力的なエチケット

安心院小さなワイン工房のワインは、基本は単一品種での醸造。だが、ヴィンテージによっては、白や赤、ロゼ、オレンジのブレンドワイン「まぜこぜシリーズ」が登場することもある。

安心院小さなワイン工房のワインボトルは、エチケットのデザインにも注目したい。のびのびとしたタッチと絶妙な色使いで描かれた絵画が使われていて、デザイン性に富んでいるのが特徴だ。

安心院小さなワイン工房のワインのほぼすべてのエチケットに使われているのは、画家の伴幹雄さんの手によるものだ。伴さんは、和田さんが前職で知り合った画家なのだとか。

エチケットに登場する動物は、イノシシやアナグマなど。実はいずれも、安心院小さなワイン工房が悩まされている「獣害」をもたらした動物たちが描かれている。優しい眼差しで描かれたエチケットはどれも非常に個性的で、飲み終わった後もそのまま飾っておきたくなる可愛らしさだ。

▶︎こだわりの1本「マスカット・ベーリーA 樽熟成」

最後に、公式Webショップで購入可能なワインの中から、和田さんのおすすめワインを紹介してもらった。

「『マスカットベリーA 樽熟成』は、私が管理する畑で栽培したぶどうのみを使っています。自然酵母を使って発酵させました。また、マスカット・ベリーAとしては長い3週間程度、タンクで醸しています。かなりこだわって造っているので、ぜひ手に取っていただけたら嬉しいですね」。

和田さんは「マスカットベリーA 樽熟成」を造るにあたり、優れたマスカット・ベーリーAのワインを出しているワイナリーに関する情報収集をインターネットでおこなった。マスカット・ベーリーAのワインに関する発言があるインタビュー記事などを参考にして、どうすればより優れた味わいになるのかを模索したのだ。

和田さんがたったひとりでコツコツと学んでアレンジし、試行錯誤した結果が、安心院小さなワイン工房の「マスカットベリーA 樽熟成」の味わいにしっかりとあらわれている。

「『マスカットベリーA 樽熟成』は、ピノ・ノワールに近い感じを目指してライトな赤ワインに仕上げているので、味噌や醤油ベースの和食と合わせていただくのがいちばんだと思います。安心院の郷土料理だと、唐揚げにマッチしますよ」。

マスカット・ベーリーAのワインのイメージを変えてくれる個性的な魅力を持つ、安心院小さなワイン工房の「マスカットベリーA 樽熟成」を、ぜひ味わってみていただきたい。

『まとめ』

ここまで独学でワインを造り続けてきた和田さん。

「普段、自分ではあまりワインを飲みません。また、醸造家やワイン関係者の知り合いもあまりいませんので、私が持っているワインのイメージだけを大事にして造ってきました。私が造って美味しいと思ったものを出して、お客様に美味しいといってもらえれば、それが何よりも嬉しいですね」。

安心院小さなワイン工房のワインには、和田さんが大切に築き上げてきた世界観が凝縮されているのだ。

「春が来てぶどうが芽吹き、ぶどうの世話が始まるという毎年の繰り返しは、私の生活の一部になっていて、それをこれからもコツコツと続けていこうと思っています。焼酎やビールと同じ感覚で毎日飲んでも飲み飽きず、生活に寄り添えるような自然な味わいのワインを造りたいですね」。

肩肘張らず、マイペースに。しかし決してたゆまずに。しっかりと足元を固めながらワイン造りの道を歩んできた和田さんが造る、安心院小さなワイン工房のワイン。毎年リリースされる、日常に寄り添ってくれるワインに、これからも引き続き注目していきたい。

基本情報

名称安心院*小さなワイン工房
所在地〒872-0841
大分県宇佐市安心院町矢畑487-1
アクセス東九州自動車道 安心院ICから車で15分
HPhttps://hyakusho-ikki.wixsite.com/chiisana-wine-koubou

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