青森県弘前市にある「Fattoria da Sasino(ファットリア・ダ・サスィーノ)」。イタリアンレストランである「オステリア エノテカ・ ダ・サスィーノ」のオーナーシェフ、笹森通彰さんが立ち上げたワイナリーだ。
笹森さんのこだわりは、「造れるものは自分で造る」こと。以前からレストランでは、自分で栽培・加工した地元食材を使った料理を提供してきた。
「ワインも自分で造りたい」と考えた笹森さんは、2005年にぶどう栽培をスタート。2010年には「弘前ハウスワイン特区」が制定されたため、ファットリア・ダ・サスィーノは醸造免許を取得してワイン醸造を開始した。
ぶどう栽培では、基本に忠実かつ丁寧な作業と最低限の適切な防除をおこなって、健全で美しいぶどう作りに力をそそぐ。
醸造では多様な資材を駆使しつつ、ぶどうにストレスを与えないよう、細心の注意を払って発酵・熟成管理をおこなっている。
世界を常に意識し、自分の造るワインが世界に認められる日を視野に入れる。「やるからにはてっぺんを」と、ファットリア・ダ・サスィーノは日本一かつ世界に負けないワイナリーを目指しているのだ。
そんなファットリア・ダ・サスィーノの最新情報について、笹森さんにお話を伺った。さっそく紹介していこう。
『2022年のぶどう栽培』
ファットリア・ダ・サスィーノがある青森県弘前市では、2021年はぶどう栽培する上では最高の天候だった。降雨量が少なく、台風の直撃も避けられたのだ。
過去最高のヴィンテージになったと、笹森さんは振り返る。気難しい品種であるネッビオーロもよい状態で収穫でき、濃厚な仕上がりのワインとなった。
しかしながら、2022年の天候は一変。自社圃場の周辺エリアは、ニュースにもなったほど大雨続きだったそうだ。2022年の天候について確認しておこう。
▶︎やりがいのある年となった2022年
青森県弘前市の2022年7〜8月は大雨続きだった。雨が降ると房が濡れて病気の発生リスクが高くなる。だが、雨はなかなか止まず、防除の作業が難しいほどだったという。
「雨が上がったタイミングを見計らって防除をしましたが、病果がかなり出てしまいました。被害が拡大するのを防ぐため、きれいに摘粒する必要があり、かなり時間を使いましたね」。
また、雨が続いたために日照時間も少なく、糖度は上がらず収量も落ちた。それでも、「やりがいのある年だった」と、笹森さん。
2022年のような天候の場合、糖度を少しでも上げようとして収穫を遅らせると病気が広がる原因となりかねない。だが、早く収穫しすぎると未熟な状態になる。そのため、収穫のタイミングの見極めも、かなり難しかったそうだ。
ファットリア・ダ・サスィーノでは、例年よりも収穫時期を1週間前倒しして、可能な限り、ぶどうのダメージを減らす努力をした。
▶︎早めの判断で醸造の方向性を決定
雨に悩まされた2022年だったが、笹森さんは諦めなかった。最善の状態に持っていくためにはどうするべきかについて、スタッフとディスカッションを重ねた。
7〜8月の雨量を見て、2022年の収量や品質などはおおよそ予測がついていたため、早めの対策を打つことができたのだという。
「最終的な収量と品質を予測して、2022年は優しくエレガントな方向の造りにする方針をたてました。ネッビオーロのロゼを増やすなど、醸造の方向性まで早めに決定できたのはよかったと思います」。
ファットリア・ダ・サスィーノが主に栽培する品種は4種類。シャルドネとマルヴァジア、メルロー、ネッビオーロだ。
2022年は前年に比べて収量事態は減少したが、白ワイン用品種であるシャルドネとマルヴァジアの状態はよかった。
また、赤ワイン用品種のメルローとネッビオーロは、天候の影響で果皮の色合いが優しい印象だった。樽熟成した後、最終的にどんなワインに仕上げるのかに関しては、ブレンドの割合を慎重に試行錯誤していく予定だ。
『自社畑は段階的に拡張予定』
続いては、自社畑の様子にも触れておこう。
2023年春、ファットリア・ダ・サスィーノは自社畑を拡張。新しい圃場には、シャルドネとネッビオーロを植える。また、続く2024年には、バルベーラも増やしていく予定だ。
▶︎シャルドネとネッビオーロ、バルベーラに期待
笹森さんが考える、青森県弘前市の土地に合うぶどう品種について尋ねてみた。「シャルドネは適性があると考えて間違いないですね」と、開口一番に応えてくれた笹森さん。
「シャルドネは、広い地域で質のよいぶどうが収穫できる品種です。そのため、弘前にも合っていると感じます。また、ネッビオーロとバルベーラにもポテンシャルを感じているので、今後さらにしっかり根付かせていきたいですね」と、期待を寄せる。
実際、イタリア系の品種は、樹が成長するにつれて高いレベルで品質が安定してきている。特に2021年のネッビオーロは素晴らしい出来だった。
だがネッビオーロは、開花から結実までの期間、ほかの品種より天候に左右されやすいという品種特性があることがわかってきた。そのため、今後は、毎年安定した品質と収量を叩き出すことが目標だ。
また、同じくイタリア系品種のバルベーラは、2021年には初めて単一品種で仕込める収量が確保できた。
「バルベーラもすぐれたポテンシャルが見えてきたため、今後、少しづつ追加で植樹していく予定です」。
▶︎2023年は、さまざまな課題に対応する予定
大雨の影響などで2022年に浮き彫りになった課題は、2023年に順次対応していく予定だ。
「草刈りなどは、時間が多く取られる作業です。人手不足の問題には、新しい草刈り用の機械を導入して時間短縮をするつもりです」。
また、除葉の方法に関しても改善の必要性を感じているという。特にネッビオーロは樹勢が強い品種のため、節と節の間が長くなるのが特徴だ。
節の間隔が長い場合、葉も隙間なく出てくるわけではなく、ある程度の間隔が空く。だが、葉の枚数が少ないと果実が成熟しにくいという弊害が出ることがある。
そのため、これまでファットリア・ダ・サスィーノでは、実が熟しやすく糖度を少しでも上げることができるよう、葉をできるだけ残すようにしていたのだ。
だが、2022年にはこの対応が裏目に出た。多くの葉を残したため、防除の際に葉が邪魔をして薬剤が房にまで行き届かず、病気が蔓延してしまったのだ。
この経験を生かして、2023年は房周りの葉はしっかりと除葉し、防除の効果を最大限に生かせるようにする予定。
さらに、年ごとの収量が安定しない品種がある問題については、剪定方法を短梢剪定から長梢剪定に変えることで解決を目指す。手間がかかる作業ではあるが、ひとつずつ課題に取り組み、クリアしていきたい考えだ。
『醸造コンサルタント導入で、次々と課題解決』
ファットリア・ダ・サスィーノでは、2020年後半から外部のワイン醸造技術士にコンサルタントを依頼。醸造についてのアドバイスを受けることにした。
効果はすぐにあらわれ、醸造面において課題だった点が、みるみるクリアになっていったという。
▶︎2022年の白ワイン用品種の仕上がりに期待
「2022年は白ワイン用品種が特によいワインに仕上がりそうです。シャルドネは、スプマンテとスティルワインにしました」。
スプマンテとは、イタリア語でスパークリングワインのこと。冷涼な弘前の気候で育つぶどうは、キレのある味わいのスパークリングワインに向いている。
また、2022年のマルヴァジアは、果実感が全面に出た2021年と比べて、キレがよい印象。しっかりとコクがある、重めの仕上がりを目指す。
例年より色付きが弱かったネッビオーロは、醸造段階でひと工夫した。醸造時の抽出を少しでも強くして色を出すようにと高めの温度で発酵。さらに、オークチップ使用で清菌。発酵補助剤などを使い、できる限り健全なワインに仕上がるよう手を加えた。
2022年ヴィンテージでは、青森県の桜の時期に合わせてネッビオーロのロゼを準備した。ネッビオーロのロゼは、前回作った2020年に、和食店からの引き合いが多かった銘柄だ。
青森の桜は、例年4月20日ごろから開花が始まり、ゴールデンウイーク前に満開になる。淡いピンク色のロゼは、北国の桜のシーズンにぴったりのワインだといえるだろう。
▶︎新たな酵母の使用と、スプマンテ造りの見直し
続いては、ワイン醸造における新たな取り組みについて伺った。
「とても評判のよかった酵母を、新たに使ってみました。白ワインの醸造に使用したところ、期待以上の出来になりましたね」。
また、特に力を入れたのが、スプマンテの醸造段階での課題解決に向けての対応だ。ファットリア・ダ・サスィーノで特に問題となっていたのが、スプマンテの「酒石」をどのように処理するべきかという問題。
2020年ヴィンテージのスプマンテでは、発生した酒石に泡がからみ、栓を開封したあとに泡の消費が早いという課題があった。そのため、2021年ヴィンテージでは、酒石を落とす工程を加えることにしたのだ
だが、それでも酒石を十分に取り除くことはできず、その後のデゴルジュマン(澱抜き)とドザージュ(加糖)の工程にも工夫が必要だった。時間と手間をかけて、より納得のいく仕上がりを目指した。
「ようやくベストな状態が見え始めてきたことが、2022年の成果だといえると思います。スプマンテに関しては、引き続き試行錯誤していきたいですね」。
今後のさらなる進化を、楽しみにしたい。
『ファットリア・ダ・サスィーノのおすすめワイン』
ここで、ファットリア・ダ・サスィーノが自信を持っておすすめする銘柄をいくつか紹介しよう。
試行錯誤中のスプマンテもお客様からの評価は高く、「シャンパンと並べても遜色ない」と驚かれるほど。また、そのほかにも、それぞれの魅力と個性が際立つワインが目白押しだ。
▶︎オンラインショップで購入できるおすすめ
「美味しいのは、『弘前ネッビオーロ2020』ですね。2022年は天候に悩まされた年でしたが、とてもエレガントな仕上がりになりそうです。うっとりするような香りをぜひ感じていただきたいですね」。
そして、2021年に収穫したネッビオーロとメルローを、7対3でブレンドした「スコルピオーネ2021」もおすすめの1本だ。
「『スコルピオーネ2021』は、3年後、5年後に本領を発揮してくるワインだと思っています。もちろん、2023年に飲んでも十分美味しいですよ」。
さらに、「弘前マルヴァジア2022」「ロゼ2022」は、飲み心地のよい仕上がりが期待できるという。
いずれも、弘前市の自社畑で丁寧に栽培されたぶどうからできたワインだ。素材の味が生きたシンプルな料理と合わせることで、食材の美味しさをいっそう引き立たせてくれるだろう。ぜひお試しいただきたい。
▶︎乾杯からメインまで、自社ワインでのマリアージュ
自らが経営するレストランのシェフでもある笹森さん。自社醸造のワインは、もちろんレストラン「オステリア エノテカ・ ダ・サスィーノ」で提供される。
「乾杯からお肉料理まで、すべて自社ワインとのマリアージュを楽しんでいただけるラインナップの準備がようやく整ってきました。さまざまな種類の自社ワインを、コースに合わせてお出しするのが理想ですね」。
青森に足を運ぶ機会があれば、ぜひ笹森さんが腕を振るう自慢の料理と共に、ファットリア・ダ・サスィーノのワインを味わってみたい。
『ファットリア・ダ・サスィーノ、未来への展望』
笹森さんが目指すのは、フランスやイタリアのワインより美味しく、自分で飲んでも「文句なし」だと思えるクオリティーのワインだ。今後もさまざまなことにチャレンジしたいので、知恵を絞ってやっていきたいと話してくれた。
ものづくりに意欲的で、常に新たな挑戦を続けるファットリア・ダ・サスィーノ。どんな思いで次なる目標に取り組んでいるのだろうか。
「常に最短ルートで、ベストな答えを見つけたいと思ってやっています。私がやりたいことはなぜか、長時間を必要とするものが多いのですが。ワイン造りに関してはまだまだこれからなので、失敗を次の糧にして、いかにうまく成功に変えるかということは、常に考えていますね」。
▶︎初の国際コンテスト出品
2023年には、もうひとつ新たな挑戦をする予定だ。ファットリア・ダ・サスィーノは自社のワインを、「インターナショナル ワイン&スピリッツ コンペティション(IWSC)」に出品するのだ。
IWSCとは、毎年イギリスで開催される国際的なワインコンペティションだ。2023年は「スプマンテ」、2024年は「スコルピオーネ2021」を出品する予定だという。
「IWSCでよい評価をいただければ、ある意味で、私が目指す『てっぺん』に到達できたと思えるはずです」。
海外のコンペティションに出品するのは初めてというファットリア・ダ・サスィーノ。笹森さんが仕上がりに納得したワインのみを出品し、「常にアップデートしていきたい」と意欲を見せる。
今後は、年ごとのクオリティーのブレを極力均一にし、毎年コンクールに出品できる安定した品質のワインを造っていくことを目指す。
▶︎栽培管理においても進化を
質の高いワインを造るためには、年ごとの天候に左右されにくいぶどうの栽培管理方法を確立することも重要だ。
「作業効率をアップするために、必要な機械を適切に使い、削減できた作業時間は病害虫の予防にまわすことを検討しています。すぐれたぶどうを作るための方法は、いろいろとあると思いますよ。優先順位の高いものから順に実施していきたいですね」。
気候変動の影響は多少感じているものの、笹森さん自身は、「温暖化による異常気象ではなく、温暖期では?」というスタンスだ。
刻々と変化する環境や状況にも柔軟に対応できるからこそ、ファットリア・ダ・サスィーノでは、ヴィンテージごとの魅力が最大限に発揮されたワインが登場するのだろう。
▶︎自社畑の拡大と、新醸造所のオープン
最後に、ファットリア・ダ・サスィーノの5年後は、どのようになっているかについて尋ねてみた。
「自社畑を少しずつ広げていると思います。また、2023年に植えたぶどうの収穫もスタートしているでしょう。新しい醸造所も近々オープン予定なので、生産量も増えて安定した経営が実現できていると思いますよ」と、笹森さんは自信をのぞかせる。
新たな醸造所の開設については、綿密な事業計画を立てて動き始めたところだ。2023年の年内、または2024年初めにはスタートできそうだという。
新醸造所では、ワイナリーを訪れた人向けのツアー開催も予定している。なんと、スパークリングワインのデゴルジュマン体験ができるかもしれないのだとか。
「体験型のツアーに参加していただき、自宅に持ち帰ったワインを飲むときに、ワイナリーでの経験を思い出していただけるような企画を考えています。試飲や、醸造所と畑のツアーもする予定ですよ」。
『まとめ』
2022年のファットリア・ダ・サスィーノは、ひとつひとつの課題に、正面からぶつかってきた時間だった。細かな課題や挑戦したいことはまだまだある。笹森さんはスタッフの力も借りながら、ファットリア・ダ・サスィーノをより高みへと押し上げていくだろう。
雪深い青森では、圃場の雪解けとともに、2023年の畑作業がスタートした。2022年よりも質の高いワイン造りを目指し、万全の体制を整えて新たなシーズンに臨む。
新醸造所のオープンや国際コンテストへの出品も控えている2023年。すべては、笹森さん自身が満足のいく味わいのワインを造り、レストランで料理とともに味わってもらうために。
2023年も、ファットリア・ダ・サスィーノの躍進から目が離せない。
基本情報
名称 | ファットリア・ダ・サスィーノ |
所在地 | 〒036-1312 青森県弘前市高屋安田185 |
アクセス | 電車 弘前駅から車で19分 車 大鰐弘前ICから車で30分 |
HP | https://dasasino.com/ |