『ルミエールワイナリー』新しい日本ワイン文化を導いていく老舗ワイナリー

日本が文明開化を迎えた黎明期から、どこよりも先んじて、西洋文化を取りこみワイン造りを始めた山梨。現在でも日本一のワイナリー数を誇る山梨の中でも、ひときわ長い歴史を持つワイナリーが、「ルミエールワイナリー(以下ルミエール)」だ。

ルミエールの歴史とワイン造りへの思い、そして未来のルミエールの姿に迫るため、株式会社ルミエールの代表取締役、木田茂樹さんにお話をうかがった。

『ルミエール136年の歴史』

ルミエールは、2021年に創業136年を迎えた。創業のきっかけは、長年大事に育まれた養蚕業が、海外からの安価な絹などの流入などによって衰退したことにある。そして、新たに殖産興業として明治政府が推奨したのがぶどう栽培、そしてワインの製造だった。
そんな時代の流れを受け、山梨の地で数社のワイナリーがいち早く立ち上がった。そのうちのひとつが、降矢醸造場(現在のルミエールワイナリー)だ。創設は1885年のことだった。

▶家族経営のワイナリーとして最古参

降矢醸造場の創設者は降矢徳義氏。幕末の『蛤御門の変』において長州軍を撃破したことで、武名を天下に轟かした人物だ。明治維新後は新政府によって憂き目にあったが、明治10年の西南の役の後、名誉を回復。その後、醸造場の開設を行ったのだ。

2代目の降矢虎馬之甫氏によって社名が『信玄印甲州園』に変更された。現在の社名、株式会社ルミエールに変えたのは先代社長、塚本俊彦氏だ。
塚本氏は大のフランスワイン好きで、ボルドーのワイナリーオーナーとも親交が深かった。フランスから苗木を購入し、植えられたものが今も栽培されている。

社名がまだ甲州園の頃から既に商品名として使われていた、フランス語で「光」を意味する「ルミエール」は、塚本氏がよく使う言葉だった。
「日本のワイン産業に一筋の光を」との願いとともに、社名が変更されたのは1992年のこと。ルミエールは社名こそ変更があったものの、同じ土地、家族で繋いできたワイナリーとしては、最古参のひとつに数えられている。

▶主力商品名と一致したワイナリー名

山梨県の歴史あるワイナリーは、主力の商品名とワイナリー名が異なる場合が多い。横文字の商品名と古くからの社名、といった具合だ。そんな中、フラッグシップ銘柄「シャトールミエール」の名を採用した社名は珍しいケースだ。

「最近では日本ワインのブームなので、ロゴやワインのラベルなども、どちらかというともっと日本風でもよいと考えています。先代の時はフランス風のデザインでしたが、これからはだんだん漢字を入れるなど、日本風にしていこうと思っています。これからの私の仕事ですね」と木田さん。
古いものと新しいもの、双方の要素を取り込みつつ変化しながら前進するスタイルは、136年もの歴史がある老舗ワイナリーだからこそなのだろう。

『ルミエールのぶどう栽培』

ルミエールでは自社圃場で栽培されたぶどうと、創業当時から付き合いのある農家が栽培したぶどうの両方を使用して、ワイン醸造を行っている。

▶水はけのよい扇状地にある自社圃場

ルミエールの自社圃場は、標高400メートルほど。甲府盆地の日照量の多い土地にある。京戸川の扇状地でもあり、非常に水はけがよいのが特徴だ。
花崗岩が細かくなって堆積した地層で、水を通しやすい。日本では雨量が少ない山梨ならではの気候もあり、ぶどうの栽培にはこれ以上ないほどの適地である。

▶自然に近い栽培方法

ルミエールの自社圃場では、草生栽培を行っている。化学肥料・化学合成農薬なども使用せず、自然に近い状態でぶどうを育てているのだ。

ルミエールで草生栽培を採用し始めたのは、20年ほど前のこと。世界的にビオワインが流行し、農薬に頼るだけではなく、自然に近い農法でワインを造っていこうとの気運が日本に伝わった頃だった。
草生栽培で栽培したぶどう畑では酵母菌がよく育ち、天然酵母での発酵も成功しやすいという利点もある。
ルミエールの『光シリーズ』は自社農園のぶどうを使い、天然酵母で醸造している。繊細な味わいは天然酵母ならではの醸しのたまものだ。

▶温暖化に合わせた品種選びと柔軟なワイン造り

ルミエールの自社畑で最も多く栽培されているのは、白ワイン用品種の「甲州」だ。甲州は日本の固有種で、ルミエールでは100年以上に渡り栽培してきた歴史を持つ。

先代の時代にたくさん植え始めた欧州系品種は「カベルネ・ソーヴィニヨン」「メルロー」「カベルネ・フラン」がある。
最近は「プチ・ヴェルド」や「テンプラニーリョ」「タナ」など南欧系品種の栽培も増やしている。
白ワイン用品種は甲州のほかに「シャルドネ」「セミヨン」「プティ・マンサン」などを栽培している。

ルミエールでは気候温暖化に合わせ、プティ・マンサンなど温暖な気候向けの品種選びを始めている。甲州種は比較的強い品種なので温暖化でも問題がないが、シャルドネやセミヨンなどは、本来はもう少し冷涼な土地が合う品種だ。赤ワイン用品種では近年の温暖化でメルローやカベルネ・ソーヴィニヨンは色が濃くならず、濃い赤ワインが造りづらくなっている。
しかしルミエールではその問題を逆手に取り、色の淡いぶどうで美味しいロゼワインの醸造に成功している。

「あまり色の濃いワインだと、日本の食事に合わなくなることがあります。色が淡くてもバランスがよく、繊細なワインが造れたらと思います」。気候風土に合ったぶどうでどんなワインを造るかが、まずは問題。赤が濃いことだけが大切ではないとの柔軟な考え方が、ロゼワインで功を奏しているのだ。

「肉にも魚にも寄り添うロゼの味わいは、和食とも相性が良いのです」。

▶棚栽培と垣根栽培を使い分ける

ルミエールのぶどう栽培は、かつてはすべて棚栽培で行っていたが、欧州系の赤ワイン品種で垣根栽培にトライし始めた。作業効率は垣根の方がよいが、単位面積当たりのあたりの収穫量はかなり減ってしまう。
そのため、欧州系品種のメルローで「一文字短梢」の棚栽培を行っている。

全て垣根栽培がよいとは言い切れない。棚も生かしつつ、垣根栽培にもチャレンジする。それがルミエールのスタンスだ。

▶長雨があった2020年の出来栄えは?

2020年7月には長雨があり、日本の多くのぶどう農家が大打撃を受けた。ルミエールでもぶどうがひと房も収穫できなかった畑があった。
いっぽうで、8〜10月は雨が少なかったので、被害を免れて残っていた品種の出来栄えはよかった。
平均的な年間収量と比較すると約20%下がったが、できたワインは美味しく、新酒はあっという間に売れてしまった。雨が多いからといって、必ずしも結果が悪いということにはならない。自然が相手のぶどう栽培は、難しさと共に、そんな面白さもあるのだ。

▶100年以上の付き合いのある農家との協力体制

ルミエールと契約農家との付き合いは、実に100年以上もの長きに渡っている。

「100年前は全部うちの社員のような形で一緒にやってきた同志です。農地解放によって農地はそれぞれの農家さんに振り分けられていきましたが、以降も代々その方達がぶどうを作り、うちがワインを作るという構造は全く変わっていません。ですから、私たちは単に契約農家だとは考えていません。ずっと一緒にやってきたんですから」。

高齢化が進む日本の農業事情は、ルミエールの契約農家も例に漏れない。契約農家では、親が70〜80代で農業をして、外へ働きに出ていた後継が定年を迎えて後を継ぐのが昔からのやり方だ。

それでも最近では、後継ぎが農業をしない場合がある。後継ぎのいない農地は耕作放棄地になるしかない。日本では、所有者が一度決められた農地を、新しい農家が手に入れにくいためだ。

また、日本のワイン造りには欠かせない品種である甲州の栽培をやめる農家も増えている。甲州より栽培が容易で、しかも販売価格が高いシャイン・マスカットを作るためだ。

100年以上も農家とルミエールが共に築いてきたワイン造りの歴史。その貴重な歴史が途切れてしまうことをルミエールは危惧している。しかしルミエールの契約農家は現在でも100軒ほどある。
少々の高齢化やワイン用ぶどう品種からの撤退くらいでは、びくともしないほどの層の厚さがあるのだ。  

『ルミエールのワイン』

ルミエールの年間のワイン醸造量は年間平均150キロリットルほどだ。ルミエールではクオリティーの高いぶどうを作ることを基本にし、ぶどうをいかに上質なワインにするかを追求している。

▶現場感覚を大切に

「ワイン造りはトップダウンではないと思っています。方向性はある程度トップが決めても、造っているのは現場です。ですから、現場の感性を高めることが大切だと考えています。それは昔から変わりません」。

収穫されるぶどうは同じ品種であっても、出来栄えは毎年違う。収穫されたぶどうを見て、設計を変えていく現場感覚が必要とされるのだ。

▶日本食に合うワイン

世界的に見ても、日本の食文化は評価が高い。ルミエールでも、和食を中心とした日本の食卓で楽しめるワインを造るべきだと考えている。また、多湿で雨も多い日本では、古くから味噌や醤油といった発酵調味料が発達している。
そのため、発酵調味料を使った料理に合うワイン造りもルミエールのテーマのひとつだ。

甲州ぶどうで造ったワインは、比較的日本食に合うと海外からも評価されている。ふきのとうやタラの芽など山菜の天ぷらを塩で食べるのも合う。
刺身や生牡蠣、ムール貝、塩ゆでの野菜に合わせるのもおすすめだ。

マスカット・ベーリーAは醤油やソースがよく合う。すき焼きやお好み焼きとも相性がよい。
焼き鳥は塩なら甲州がおすすめだが、タレはマスカット・ベーリーAがぴったりだ。

▶30種以上ものワイン

ルミエールで発売しているワインは種類が多く、30種以上ある。

「毎年いろいろとチャレンジしていると、いつのまにか増えていくんです。ぶどうの品種は20以上あるので、すべてで造ったらもっと増えてしまう。そこまではやらないようにしています」。銘柄の多様さは、ルミエールのワイン造りへのあくなき探究心の現れなのだ。

▶魅力的なスパークリングワインのラインナップ

木田さんの代になってから、ルミエールでは甲州を使ったスパークリングワインの醸造を始め、好評を得ている。シャンパンのように瓶内二次発酵で造っているため、繊細な泡が楽しめる。
甲州のスパークリングワインを造ったことは、イギリス・ロンドンへの輸出にもつながった。

また、同じく甲州を使ったオレンジワインのスパークリングワイン「スパークリング オランジェ」も造っている。「スパークリングのオレンジワインは、おそらくルミエールしか造っていないと思います」と木田さんが言うように、世界的にも非常に貴重なものだ。
評判もよく、日本食にもよく合うため、これからさらに力を入れていく方針だ。

綺麗なロゼのスパークリングワインも好評だ。しかし日本ではロゼワインがあまり売れない傾向がある。売れるのは決まって、バレンタインや花見の時期。つまり味ではなく、色味で選ばれているのだ。

ロゼは本当は、日本人が一番楽しむべきワインだとルミエールは考えている。ロゼも日本の食事によく合うからだ。
美しいロゼのスパークリングワインとおいしい和食のペアリングは、多くの人の心をつかむことだろう。

▶甲州のオレンジワイン

ルミエールのオレンジワインは、スパークリングとスティルの2種がある。甲州はオレンジワインと相性がよい品種だ。もともとタンニンのあるぶどうなので、オレンジワインにすると、その雰囲気をうまく醸し出せる。
甲州の皮や種から旨味が出たオレンジワインも、やはり日本の食事と相性がよい。

▶ワインに漬け込んだ梅酒

ルミエールではワインの梅酒も造っている。本来は焼酎やホワイトリカーに漬け込んで造る梅酒。その梅酒をワインで造ったきっかけは、友人である紀州南高梅の生産者との間に交わされた会話だった。

「ワインで梅酒を造ったらどうなるんだろう、という話になったんです。それで、頂いた南高梅で造ってみたら美味しいものができたんですよ」。
現在は南高梅と山梨の梅品種「白加賀」で2種の梅酒を造っている。海外で特に人気が高く、台湾や香港に出荷しているそうだ。

ルミエールの梅酒は炭酸とも相性がよい。おすすめの飲み方は、同じくルミエールで出しているシードルで割って飲む方法だ。ぶどうと梅とりんご、同時に3つのフルーツが楽しめて美味しそうだ。 

▶ルミエールの強み

ルミエールの強みは、なんといっても長い歴史だ。136年築き上げた伝統は、何にも替えがたい。100年以上の近隣農家との連帯も含み、ワイン造りを地元でのぶどう栽培から手掛けていることも、確固たる強みだろう。
自分たちでぶどうのよしあしを見極めながらワインに仕上げることができるからだ。

「東京に近い立地も強みですね」。近年はワインツーリズムでかなりの人が訪れるようになったのだ。2010年にはワイナリーレストラン「ゼルゴバ」もオープン。訪れた人に、ワインと食を同時に楽しんでもらえるようになった。

もちろん、長年のルミエールファンの存在も大きい。設備が既に整っているため、ワインの価格が抑えられる点と合わせて、これもまた長年の歴史があるからこそだ。

『ルミエールのこれから』

「次は200年を目指してやっていくことが第一ですね。ワイン造りは10年、20年ではなく代々続けていくことですから」。
創業136年のルミエールだからこそ、見据える先はさらに遠い未来なのだ。ルミエールがその長い見通しの中で目指しているものは何か。

▶日本ワインがレストランで楽しまれる文化を作る

世界各国から観光客がやってくる時代。これからは、レストランに行けば日本ワインが当たり前に楽しまれる文化を作っていくべき時だと、ルミエールでは考えている。

「今はまだレストランに行ってメニューを見ると、フランスのワインから始まる。日本のワインは、下のほうにある場合がほとんどなのが現状です。日本のワインが先に来るような、そんな国にしたいですね」。

日本ワインだけを出すレストランも増えてきた。毎年10以上の新しいワイナリーが立ち上がり、いまだかつてない時代を迎えてもいる。だからこそ、日本のワイン文化は、まだまだこれからが発展するべき時なのだろう。

▶新しいワインの飲み方を提案

ワインというと大きなグラスに注ぎ、ぐるぐると回して飲むものだと私たちは思い込んでいる節がある。しかし、ワインは本来、もっと自由な飲み方をしてよいはずなのだ。
例えばドイツのホットワイン「グリューワイン」やスペインのサングリアなどは、フルーツやスパイスと組み合わせ、カクテル的な飲み方をしている。

また最近、若い人の間では赤ワインをコーラで割る飲みかたが流行っているという。「ハマるとけっこう美味しいんですよ」。特に、マスカット・ベーリーAがコーラに合うのだそうだ。

マスカット・ベーリーAはタンニンがやわらかいので、冷やしても美味しい。暑い日本の夏には冷蔵庫で冷やして、グラスもビールジョッキでゴクゴクと飲むのもよいかもしれない。
暑いときにも美味しく飲める赤ワインは、日本で大きな需要があるはずだ。

文化は、それぞれの土地で変化しながら新たに作られていくもの。新しく日本ならではのワイン文化を牽引するべく、ルミエールでも、これからさまざまな提案を行なっていく姿勢だ。

▶ワインと食事をセットで楽しめるホテル

木田さんの代になり、ルミエールはワインを造るだけではなく、たくさんの人が集まる場となるワイナリーを目指している。
その一環として、ワイナリーの敷地内にホテルの建設計画を立てている。山梨のワインと食を味わい、宿泊してゆっくりとワイン文化を楽しめる施設になる予定だ。

『まとめ』

現在、山梨には80社以上ものワイナリーがあり、その数は日本一だ。しかしいずれ数では北海道や長野に抜かれるだろう、とルミエールでは考えている。
震災以降は、東北のワイナリーの増加も目覚ましい。

だが、常に日本のトップを走ってきた山梨のワイナリーとしての役割は、もちろん終わってなどいない。創業200年を目指して一足先に新たなステージに立ち、その光で日本ワインの道を照らす。
そして次世代の日本ワインを導いていくのが、ルミエールの役割なのだろう。

基本情報

名称ルミエールワイナリー
所在地〒405-0052
山梨県笛吹市一宮町南野呂624
アクセス電車
塩山駅からタクシーで15分

勝沼インターから車で5分
HPhttps://www.lumiere.jp/

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